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梶井基次郎『器楽的幻覚』論(二〇一五年度卒業論文要旨集)

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Academic year: 2021

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(1)Title. 梶井基次郎『器楽的幻覚』論(二〇一五年度卒業論文要旨集). Author(s). 佐々木, 彩香. Citation. 札幌国語研究, 21: 102-102. Issue Date. 2016. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/8066. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) 教材研究としての大岡昇平論. 梶井基次郎『器楽的幻覚』論. これまで取り上げられることのほとんどなかった「口笛」 によっ. 従来の研究では、作中における「幻覚」の原因は、作中で演 奏されるフランス近代音楽にあるとされてきた。本研究では、. 近代文学研究室 二四二四 佐々木彩香. 本研究では、大岡昇平作品における高等学校の小説教材の学 習指導の方向性を提案することを目的とした。先行研究では戦. 国語科教育学研究室1 二四七〇 伊藤 実花. 争文学と恋愛小説との比較、戦争文学における心理の描き方の. て生じる心情変化に注目して考察を進め、本作の「幻覚」の原. 『野火』では、 戦争で起こされる行動を意識化し、 『俘虜記』 極限状態における心理と行動の関係を的確に描いていた。平凡. を真実として表現していた。. 『靴の話』 『武蔵野夫人』などでは、動作や表面に出る言葉 だけでは測ることのできない、心の底にある人間の感情や思想. り、フランスの心理小説の影響を受けていることが分かった。. が募ったことで、「病気のような寂寥感」を抱き、殺人という「幻. この「聴衆」からの疎外によって、 「はかなさ」や「孤独感」. 演奏を楽しむことができなくなっていることがわかった。 また、. から外れたことで「聴衆」の「ざわめき」と「静けさ」の繰り. かけになっていることがわかる。このことから、「私」は 「聴衆」. 主人公の「私」が「口笛」によって「鋭い嫌悪」を感じる場 面に注目すると、「口笛」は「私」の「幸福」や「感動」を汚. 因を明らかにしようとした。. 段階を追った分析に考察の余地があった。. な日常において、人間は目的や意図を思考した後に行動を起こ. 大岡の恋愛小説について、フランスの心理小説と比較した。 どちらも作品を語る人物から登場人物のすれ違いが描かれてお. す。しかし、 『俘虜記』 『野火』の「私」は行動が先立ち、その. 覚」を見ることになったのである。つまり、本作における「幻. また、「口笛」をきっかけとした「聴衆」からの疎外による「音 楽」がなければ、「幻覚」は生じることもなかった。すなわち、. 覚」とは、「私」が「寂寥感」に苛まれることで生じている。. 返しを「音楽」のように感じるようになり、本来の音楽である. しただけではなく、 「私」が音楽への「没入」から醒めるきっ. 後に理由を思考するという順序で描かれていることを示した。. その描かれている心理は現代にも通じる人間の姿である。. 一つの「音楽」を聴くことによって生じる「幻覚」を描いた作. 戦争文学を通して、大岡は人間の行動や考え方から心理を描 き出し、真実を追求しているといえよう。戦争は舞台にすぎず、 小説教材として『俘虜記』や『野火』を教える場合、思考よ り行動が先立つ人間の姿を描いている点に着目させたい。叙述. 品なのである。. この作品は、演奏による音楽そのものではなく、「私」がもう. を基に心理の描き方を学習するという指導を提案する。. - 102 -.

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