「ハムレット」序論 III
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(2) . 第 23 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 「ハ ム レ ッ ト」 序 論 平. 松. 秀. 昭和48年2月. 皿. 雄. 北海道教育大学札幌分校英文学研究室. Hideo ・ 日ーRAMATSU ; An 1ntroduct ion to 方賜粉zZ ef. 七. -- 復讐の倫理 -- Shakespeare は, 勿 論, 観 客 に 単 な る 倫 理 を 説 く 為 に 作 品 を 書 い た の で は な い, 他 の 作 家 の 場 合. と同様に, 結果的には, その作品が観客の教化に役立っ ているのは当然であるとしても, 彼の場合, は じめから, それだけを目標にして, 登場人物や筋に比除的な意味を持たせようとしたわけではな. い, 彼は, 道徳劇の作者とはちがって, 何よりも先ず, 曇りない鏡を自然に向け, そのあるがまま の姿を映したのである, そこで彼が示したものは, 血と肉を持っ た生身の人間と, それ らの衝突か. ら生まれる人生の真実の姿なのであっ て, その倫理的解釈は全く 観客自身の自由な判断にまかせて. い る,. l toy の言うように, 作品叉は作者自身の倫理性の欠如を け れ ども, こ の こ と は, た と え ば To s. 意味するものでは決してない, むしろ, こうすることによって, 逆に作者は, 倫理に関する観客自 身の主体的な判断を強く 迫っているのであり, またそうすること自体が, 作品のうしろに慎しく 控. えている作者自身の倫理性の深さを示しているとも言えるのである, このことは特に彼の悲劇に ついて言えることである, なぜな ら, 彼はそこにおいて, 具体的に登. 場人物の性格と行為を通して, 人間社会における罪悪の発生と, それがもた らす必然 的 結 末 で あ る, 主人公をは じめとする幾人かの犠牲者の死に至るまでの過程を, 透視図のように描き, 人間自 らが作り出す悪のおそろしさを示しているからである, 彼の描く悪は, われわれの目に見える, いわゆる社会悪といっ た種類の外面的な事 実ではない,. 彼は, 何よりも, この世の悪の根源を個人の心の秘密の奥深いところに探り, 観客をして, そのよ うな個 人の内面に潜む悪心が, いかに普遍的な広がりを持つものであるかということ, つまり, そ の登場人物の悪心, すなわち, 所謂道徳上の罪は, 実は他ならぬ観客自身の心の中にも, いわば,. 太古以来の人類の病根として, いかに牢固として抜きがたく, 根強く 植えつけ られているかという ことを自覚させ, 思わず自 らの暗黒の深淵に襟を正して, 凝然として立ちすく ませずに は お か な し、.. もしも彼が, その喜劇の中で, 生を尊びその創造に寄与するや さしい愛と気高い理性を持つ, 明 るい善人の美 しさをうたっ たとするな らば, その悲劇の中では, それとは全く 反対のもの, すなわ ち, 生を軽んじ, その破壊にのみ役立ついやしい欲望や, 恐ろしい憎悪の激情にかられ, 暗い悪の. 深淵に沈んで行く 人間の醜さをうたっ たのである, そこでは, 善と悪, 美と醜の, 二 つの傾斜を心 -1 11一.
(3) . VO . ,23 NO .2. i ion (Sec i d。 Uni l dく t l。f 日o t 10urna veぎ s ai on IA) y ofEducat. Februar y ,1973. の中に同時に持つ矛盾 した主人公が, 今にもその平衡が失われようとして, そのいずれを選択すべ きかの決断に迫 られ, 迷ったあげく, ある媒介物によっ て, 自 ら, 止むに止まれぬ動物的激情に圧. 倒され, 憎悪, 憤怒, 欲望等の虜になり, 遂には, 理性や愛の力に逆 らっ て, 生を破壊する暗黒の 泥沼に向かっ てまっ しく らに突き進み, 無実の者を巻き添えにしなが ら, 死に至る姿が描かれてい i s s を 行 な わ せ られ る る. わ れ わ れ が そ の 為 に, い わ ゆ る 哀 憐 と 恐 怖 の情 を ひ き 起 こ さ れ, cathar. のは, 何よりも, このような倫理的決断を迫 られる悲劇的な人物の中に, われわれ自体の生きた姿 を見せつけ られ, 共鳴を起こして, 激しく心底か ら揺り動かされるか らである. また, わ れ わ れ l l が, そ こ に 示 さ れ て い る 幾 人か の, い わ ゆ る vi ain と呼 ばれる人達に対して さえも, ある種の同. 情を禁じ得ないのは, われわれが自 らの心の中にも, 彼等と同じ生の破壊へ導く激情の存 在する事 実 を 知 らさ れ, か つ ま た, そ の 為 に, わ れ わ れ も ま た, い っ, い か な る と こ ろ で で も, そ の よ う な. 激情を爆発させ, 心の平衡を失っ て転落し, 彼等と同 じような悲劇的破綻に陥る危険を内蔵 してい l l ain は, みな, 観客をして彼等と る こ と を 教 え 知 ら さ れ る か らに 他 な らな い, Shakespeare の vi 同じような悪に共鳴させて, その血を騒がせ, 共に熱狂させるほどの, 悪魔的な魅力 を 持 っ て い る. 彼等が自 らの罪に呪われて地獄に落ちて行く過程には, 必ずどこかで, われわれをして, 思わ lぞ5 0 ) と 叫 ば せ る 時 が あ る しか も 幕の閉 じる時 われ われは ず “We are arrant knaves al , , . , そ のと り か え しの つ か ぬ 罪 業 の お そ ろ しさ を 知 らさ れ て, 憎 然と さ せ られ て しま う の で あ る.. ,. 猛α““” の 中 に 示 さ れ て い る 悪 も ま た, 以 上 の よ う な 意 味 で, わ れ わ れ に 考 え さ せ る も の で あ る.. そもそも, こ の作品において, 悪の問題は, どのような形 で作者によっ て投げかけられているので あろうか, その提示は, 先ずはじめに, 亡霊が Hamlet に, C1audius の 王 位 纂 奪 の 為 の 先 王 の 殺 害 の 事 実 を 語 る と こ ろ か ら始 め られ る, C1audius こ そ は, 確 か に, 過 去 に お い て 犯 した 罪 業 ば か り で は なく, そ の 後 の 悪 嫁 な 陰 謀 の 仕 方 を 通 して み て も, ま さに. l l l l ian vi Machiave ain の 名 に. よっ て呼 ばれ るにふさわしい腹 黒い悪漢である, 彼及び彼以外の多く の登場人物の悲劇的結末は, Z をこの面だけか ら見ると, そ B も と を 乱 せ ば, す べ て 彼 自 身 が 蒔 い た 種 に よ る も の で あ る. 亙α粥Z. れは, こうした王位纂奪者の悪業の報いを示す悲劇であると言えないこともない. けれども, この 劇の始まる時には, 先王の殺害はすでに終わっ ており, 亡霊が Hamlet に 言 い た い こ と は, 何 よ t に比 audius は, その悪に対する復讐者 Haml e り も, こ の 悪 業 に 復 讐 せ よ と い う こ と で あ る. C1. べれば, はるかに影がうすく, ただ単に, 彼にふりまわされる敵対者になっ ているにすぎない, } E るβ坊 において描かれているのであって, この作品で作者 が焦点 位幕奪者の悲劇は, む しろ, ヱMαc t の復讐 e をあて, その心理と行動と, その結果を問題にしているのは, あくまでも主人公 Haml であ る.. Haml t のそれに限 らず, 一般に復讐という行為に, どのような倫理的評価が下されるべきもの e であるかということについては, 誰しも戸惑いを感ぜずにはい られないであろう. 何故な ら, それ がいかに残忍で, 違法で, その時の社会習 慣や, 宗教上の徒を破るような殺人行為であっ たとして. も, 不正に対して黙視し得ず, 直接身をもっ て反抗し, いわゆる, 目には目を以って報いようとす ~持つ本能的衝動, 場合によっ ては, もっとも人 る私的復讐は, 心理的公正を願う人間の, 誰しも力 間的とさえ言い得る心情か ら生まれたところの,自 らの手で悪を懲 らそうとする返報行為であり,わ れわれ自身の正義心を満たしてく れる場合が多いからである. 復讐の剣を振うものは, たとえその 行為が社会的に非難され, 法の上では殺人犯の汚名を着せ られたと しても, 心情の上か らは深く同 l l の よ う な 野 心 や, lago の よ う な 理 由 の 情 を 寄 せ られ る 理 由 を 持 っ て い る. 誰 しも 人は, Macbet. ない嫉妬心を持つとは限らないとしても, 何人かに不当な仕打ちを受 けたまま, 何の欲求不満 も持 たず, 多少の復讐の情念を燃やさずにい られるものはいないであろう. それゆえ, 復讐者ほど, 劇 2- -11.
(4) . 第 23 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀 要 (第一部A). 昭和4 8年2月. の登場人物として, 観客に訴えるに充分な心理的動機を持っ た魅惑的な反逆者はなく, 彼らが既成 の道徳的社会習慣に反逆して, 身の毛もよだち, 血も凝る, 残虐な仕返しをするのを, 観客は熱狂 的に見入り, その身も心も破滅して行く姿に深く 同情を寄せるのである. まして, 法的根拠に欠け ている為に捕えることの出来ない暗殺者に対して, 被害者の子供が血の復讐をする場合な らば, な izabeth 朝 時 代 に お い て 流 行 した の も, そ して ま た 今 日 それ お さ らの こと で あ る, 復 讐 劇 が B1 ,. が映画や演劇の中でも, 常に格好の材料と してとり上げ られ, 観客の人気を 得ているのも, 共に, それが何らかの不正に対する観客の強い心理的要求に応え, 共感をさそうものであるからにほかな らない, 復讐者は, このように, 観客の同情をかうだけの充分な心理 的根拠を持っ ているが故に, その行為に対するわれわれ自身の倫理的判断は, 戸惑いを伴っ てなされざるを得ない, けれども,. 人があ る事に同情出来るということと, 倫理的に肯定出来るということとは, 必ずしも同じではな. い. われわれは Macbeth に同情することは出来ても, その行為を倫理的に肯定す ることは出来な い の で あ る,. i th 朝の時代において, 復讐は一体どのよ 国法の整っている現代社会の場合はともかく, B1 zabe うな倫理的評価を受けていたのであろうか, 当時の人人は, 私的復讐行為を, はたして, ‘神聖な 義務’ として常に倫理的に是認していたのであろうか. それとも, それを ‘野蛮な処罰’5 1 ) として. 非難していたのであろうか, 当時, 品α粥毎≠ をはじめ, 復讐劇が盛んに行なわれていたという事実 は, それが観客の何らかの世の不公正に対する抑圧された不満の解消に役立ち, 本能的に, 熱狂的. に, 観客の心に深く訴えたものであるとは言えても, このことが直ちに, 復讐行為に対す る観客自 身の倫理的肯定を意味していたということには, 勿論な らない, 当時,野蛮な私的裁判が 何 らの道 , 徳的規範も法的規範もな しに,自由に許されていたとは誰も報告していない. た しかにC t s on .B ,Wa ‘ ’ も言うように, 1 7世紀において, 名誉の 決闘が頻頻として行なわれ, 人が自分の体面を傷つけ られた時, 加害者に復讐することは, その人の義務であるという考え方も一方においてあったよう で あ る, 彼は, こ れ を Renai ssance に よ み が え っ た 異 教 的 人 道 主 義 の, 名 誉 を 重 ん ず る 思 想 か ら tes が, 父 の 死 の 知 らせ を 聞 い た 時 と っ た 態 出 た も の で あ ると して い る。 そ して, た と え ば Laer. 2 ) 度 は, そ の 一 つ の あ らわ れ で あ ると 彼 は 言 っ て い る5 . け れ ども ま た 他 方,た と え ば E. Prosser が 1 E i b t h して い る よ う い か に 報告 に, 騒然た る 朝 時 代 で あ っ て も, 英 国 国 教 と 国 法 の 捷 は, や za e は り 存 在 して い た の で あ り, そ れ らが 民 衆 に, か な り の 影 響 を 与 え て い た で あ ろ う5 3 ) と いうこと. もまた事実のようである.. izabeth 朝 の 時 代 に お い て, こ の よ う に, 復 讐 に 関 す る キリ ス ト教 的 倫 理 基 準 と 異 教 も しも E1. 的倫理基準とが同時に存在していたとするならば, Shak z の 中 で, そ れ を, ど s e e r e は 鼠の“Z pea のように取り入れようとしたのであろうか. そ の 見 方 に よ っ て, Haml t l e は, あ る い は E.E, Stol の 言 う よ う に, 全く欠陥のない r i t oman c な理想的英雄, 腐敗した社会に対抗す る正義の戦士と l も な り, ま た, D, Wi son や, G. Barker の言うように, 悲劇的欠陥を持っ た憂うつ者ともなる , ま た, よく 問 題 に さ れ る, 第 一 幕 第 四 場 で の Haml et の So oft if chances in particular men, ,. 4 )も, 彼自らのことをさす 以下の句5. dramatic irony の 一 つ で あ る とも と れ る し ま た , , そうでは. な い と 解 釈 す るこ と も 出 来 る, あ る い はま た, 亡 霊 は, A, C. Bradl ey の 言 う よ う に, 何 か 尊 厳. な, 宇宙の隠れた最高の支配力をあらわす ‘神の正義の使者’ ともとれるし, また, Haml t の心 e に潜む原罪をひき出す悪への誘惑者ともとれる. 獄の”郷 をめぐるさま ざま な議論は, 要するに, -1 13-.
(5) . VO I .23 No .2. ido Univer lof Hokka i i i t Journa t s on (Sec on IA) y of Bducat. February ,1973. 復讐の倫理性に関する, これら二つの観点から出ている場合が多いのである, (この問題について は, 本紀要21巻2号に書いたので, 以下省略する.) 八 死 Hi Z は 復 讐 者 Haml B α“ 2Z et の 死 を 以 っ て 終 わ る, も ち ろ ん, 復 讐 者 が 生 き 残 る よ う な 争 い も あ. り得るけれども, そのようなものは, 少なくとも復讐を主題としようとする作品には, ふさわしく ない. 何故な ら, 復讐者が敵対者をたおし, 自 らもまた死を迎えることによってのみ, 復 讐 と い 5 ) と して 完 結 し得 る か ら で あ る, う事件の一つの cycle は, ‘ そ れ 自 体, 全 き, 一 つ の 行 動’5 ‘ ’ 目には目を の復讐に対する復讐が, 交互に果てしなく 続いて繰返されるような争いは, 読まれ. るべき叙事詩にはなり得ても, 舞台上にのせて見られるべ き一 つのまとまっ た詩劇に は な り 得 な l l t の 作 品 の よ う に, か りに 復 讐 者 が 生 き 残 る よ う な 復 讐 劇 が あ っ た い, ま た, た と●え ば Be efores. としても, そのような主人公によっ ては, 観客の哀憐と恐怖の情はかきたてられず, 従っ て, それ は復讐の悲劇にはなり得ない, Shakespeare. の悲劇では, 一般に, 主人公が死を迎えようとする時, それを予 示するような雰囲. 気 を も っ た 場 面 が 設 定 さ れ て い る. Hi α粥 霧Z の 場 合, Grave Scene がそれにあたる, 現世と死の世. tSc 界との亀裂を示す Gho s ene が, この劇の序曲であるとすれば, 永遠の世界を開示するこの場 は, その終曲のはじまりである. それは, この劇の筋の進行には直接かかわりない道化役としての ief で あ る. 悲 劇 の 中 の 笑 い が, どの よ う な 意 味 を 持 つ 二人の墓掘人の冗談ではじまる c omi crel. ものであるかということに ついては, 今更く どく 論ずるまでもないであろう, それは, 観客の緊張 をときほぐし, 彼等の心の中にある笑いの要素を吸収して, 作品の悲劇性を純化 し, 深めると同時 t と彼等 に, 登場人物の比輸的な意味をも暗示するもの である. ここでは, 墓掘人同志や, Haml e. 及び. Horat io の 間 に 交 さ れ る 冗 談 ま じ り の 会 話 を 通 して, 特 に, 人 の 生 と 死 の 意味 が 問 わ れ て い. る, こ こ に 現 わ れ る Haml et は, か つ て 英 国 へ 送 られ る 直 前 ま で 見 られ た よ う な, 残 忍 で 血 な ま ぐ. さい, 復讐の激情に身をゆだねる若者ではない. 今はそれよりも, はるかに成熟し, 落ちついて静 かに人生を諦観できる大人に成長 している. 年令も30才に達した者のように扱わ れ て い る. そ れ が, こ の 作品 の 中 で, 実 際 に は どの よ う に 矛 盾 して い よ う と も, 作 者 は, 彼 のい ち じる しい 性 格 の. 発展のあとを示そうとしているのである, Haml et の性格の転換は, 大きく分 けて二回行なわれている, その最初のものは, 既にわれわれ が見たように, 亡霊に会っ た時におこったものである, 彼は, 父の死の直後の母と叔父との近親相. 姦的結婚を見, さらに, 亡霊の告知を受けて, 生まれてはじめて, 人間の手も つけられ な い 汚 辱 と, 荒廃と, 堕落の惨状を知っ た, それまで彼は, 人間を万物の霊長として, この世に君臨出来る,. 天使にも似た美しいものと思いこみ, それに無限の信順をよせていた. この信頼感は, 先に見たよ うに, 人間を, 神を頂点として, それ自身完全な秩序を保つ hierarchy の 概 念 の 中 に 置 い て み る. 中世の伝統的な人間観の中で生まれたものであった. そのような人間観がく つがえ され, ひとたび. 人間に対する信頼感が失われると, 彼はそれにかわっ て, 権謀術策をほしいままにし, 目的の為に l l i i 的人間観を持たざるを得なくなっ た. 天 は 手段を選ばぬ野獣的悪徳の横行を認める Ma ch ave. 使は野獣にか っり, 人間の讃美は嘆きにかわっ た, しかも, 何よりも彼を悲嘆からさらに進 んで, 苦悩のどん底に突き落としたのは, そのような狂っ た野獣の存在を, 自己の内部にも, また, 認め -1 14一.
(6) . 第 23 巻. 第2号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 昭和48年2月. ざるを得 ないということであっ た. 外なる自然の混乱は, 内なる心の壊滅をもたらし, “ 花咲く 青 春のたぐいない姿 ” は, あえなく “ 狂気に凋落して“ 行 っ て しま っ た. 彼は, 陰 謀 の 霧 の た ち こ ‘流行のかが める宮廷の中で, “ 貴族にふさわしい眼差し, 学者の弁舌, 武人の腕前” を備え, ‘ み, 作法の手本” とたたえられた宮廷人から, 権謀術策の武器を自由に 操ることの出来る人間に な っ て 行 っ た. は じめ, C1 audius の罪をためす方法を考えつかなかった彼が, ついには, Rose. ldenstern crantz, Gui. 等を死に追いやるほどの, 密策を操れる人になっ てしまった. それが, まさ に, か つ て は 美 しく 整 っ て い た 心 の 秩 序 を 崩 壊 さ せ, あ た か も Desdemonagの愛を失っ たと思っ た l o の よ う に, “ 運 沌 が や っ て 来 た “ 末の彼の姿なのである 時の othel ,. 性格の発展の第二の転換点は, 英国への 航海から帰っ て, 墓場にあ らわれる時である. その転換 のきっ かけになったのは, 言うまでもなく, 航海の途上においておきた一つの事件である. ” 心の 中に一種の戦いがおこっ て”r眠 られぬ Hamlet が, “ 向う見ず” を承知の上で, 夜陰に乗 じて, ひそかに持ち出した国書を見て知っ たことは, 英国で自分を待ち受けている確実な死である. 先王 i の死の真相をぱくるするのに成功をおさめ た劇中劇が, C1 u aud s をして, それまでの守勢から攻 勢 へ 転 じ さ せ, Haml et を 死 出 の旅 路 に つ か せ よ う と し た の であ る. Haml et が, こ の 事 実 を 発 見 して 悟 っ た こ と は, “ 人 間 が, い か に 荒 削 り を して お こ う と も, さ い ごの 仕 上 げ は 神 の 力 に よ る “ Theres a divini ty thatshaPes our ends, Rough-hew them how we wi l l- - ,. i (V,i l0 o-11) ,1. という真理である. “ 遠謀深慮よ りは, 無分別の方が役に立つこともある ” と い う 事 実 が Haml et に, 人の手の到底及ばないところにある, いわば, 外なる運命の存在と, その意味を教えたのであ. る, この意味は, 密書を手探 りで探し当てたという事実ばかりではなく, それにひき続いて起こっ た不思議な事実--先王の印鑑が財布の中に入っていたということ, 海賊船が通り合わせ, 乱闘の t 一 人だ け が, そ れ に 乗 り 移 りえ た と い う こ と 最 中 に, Haml e. か らも 重ね て 教 え られ る. こ れ. ら偶然の事件は, いずれも, 絶対絶命の状況から彼を救っ たものであり, そのような, 自ら命をか けた体験を経て, 彼は, 何事によらず, 人間の思慮で捉え得る範囲には限界があり, 人間を超えた ---が存在するということを感じとっ たのである, そのように, 自 らの身を挺して ある力--神慮-. 限界につきあたり, それから脱却した時, 彼は, 従来よりも一段と人格的に高め ら れ て い る. ま た, それは, 復讐への人間的欲望と, それを控えさせる何ものかの力との間での, 彼の内部におけ る激しい長い戦いを経た後のことである. このようにして, 墓場にあらわれる時の彼は, もはや今. までとは違っ て, ただ天意のおもむくままに, 我が身をゆだねようとする落ち着きをもっ て登場 し て い る の であ る.. l Han t が, 現世的な欲望にこだわることの空しさを悟り, すべてを天意にゆだねようとす る心 ・ e 境は, この場所で一層深められる, けれども, このことは, 彼が己の自我に全く固執せず, ‘いっ さいの’ 現世的欲望を捨て去っ て, 何事も神に解決をゆだねようとする, ということではな い, い )と 6 わゆる煩悩からの解脱が行なわオ て, “ 復讐者としての Hamlet は Grave Scene で 死 ん だ ”5 ま で 言 う の は 言 い す ぎ であ ろ う, 彼 の 性 格 の 発 展 の 仕方 は, Lear の さ い ごに 見 せ る よ う な, あ の. は げ しい 自 己 変 革 の 道 を 通 っ て な さ れ た も の で は な い, 彼 は Laertes に 対 して は, 自 ら進 ん で 許 しを 乞 お う と は して も, C1 audius の よ う な “ 人類 の 害 虫 を, こ の ま ま は び こ らせ て, そ の 害 毒 を 世 に ひ ろ め さ せ る “ こ と は 出 来 な い と 思 う. た だ, 彼 は, こ こ で, 人間 の 誰 も が, や が て は 帰 り. つく死を思い, 自分の生に対する執着を捨て, いつでも神の召すままに応じようとする心の準備を -115一.
(7) . vo l .23 N0 ,2. Februaけ,1973. ion (Sedi ーo i do Uni i f Hokka ty of Bduca l journa s on I A) ver. ととのえる, 彼にとっ て, 他のすべての欲望は捨て去り得ても, 復讐の執念だ けは, 相手をたおす か, 自 らの 死 に よ っ て しか, ぬ ぐい 去 る こ と は 出 来 な い. そ して ま た, か り に 復 讐 を 果 た し得 た に. しても, 一旦人間の汚辱を知っ て得た苦悩を彼から解放出来る唯一の救いは, もはや死の手による しか な い の で あ る.. Grave Scene を 一 般 的 に 支 配 して い る 雰 囲 気 は, 無 常 感, 空 減 感 で あ る, こ こ に は, お び ただ. l し い 数 の, Bib e と 死 に 関 連 す る 語 や image が 氾 濫 して い る, そ れ らは み な, も は や, ま ぬ が れ. 難 い 死 を 迎 え よ う と す る 今 の Haml et の 心 を 映 し出す の に, ま こ と に ふ さ わ しい も の で あ る. “ ’ “ ‘ ‘ ’ “l tt ’ ’ “re uiem’ ’ ’ ’ ’ ’ “Cain’ “Chr i A S t d i t ian , cr p u・e , s as ram q am’ ー prayer , pet~ , , ,. ’ ‘death “ ”buヱied’ ’ ”drown’ ‘ ‘ ‘doomsda “ ”sa1vat ’ ”sexton’ ’‘ ’ ” al ’‘ ion’ 1 ’ ange1’ y , , , , , , , g ow , ” rave‐maker’ ’ “c ’ ’ “dus ’ ”sku ’ ” 等 の 語 や ophe l l A d i l t o s s a の溺死の残響 a m 以来続く r e g , , , , ,. r大 e×ande 墓掘 り, 人殺しの元祖 Cain の使ったろばの顎骨, 政治家や法律家や道化師の鰯績, A1 l ia の埋葬の 王 の 遺 骸 か ら生 ま れ た 酒 樽 の 栓 等 の image が, 次 次 に 重 ね られ て, さ い ご は, ophe 現実によっ て, しめくく られている, これ ら, 人間の宿命的な死に関連する語や image が, 全体 的に無常感, 空減感を作り出しており, それは人生に対 して諦観的になり, また, 観照的にさえな et の静かに落ち 着いた心境に match し て い る, っ た Haml. もう一つ, この場を支配している雰囲気は, 疑問の 雰囲気である, ここには, 疑問符のつく台詞 t の真実を問う気分に似合うも が, 他のどの場面にも見られぬ程多くある, この雰囲気は, Haml e l A i ty を求め 来 人 しく 装 た e a r a n ce の 奥 に あ る,Rea の で あ る. 彼 は, 父 王 の 死 以 , 間 の, 美 pp っ. i て来た, その間に彼は, C1 us をはじめ, 宮廷 内の人人の多くの醜悪な現実を見た, 今, 彼が aud l i ty 眼 に 見, 手 に 触 れ る も の は, す べ て の 人 間 に つ い て の, も っ と も 確 実 な Rea. 死 で あ り,. 有為転変の見事な結果--棒投げ遊びの一片の骨, 酒樽の栓の材料である. 王者も乞食も, 富者も r e の皮をはぎと anc 貧者も, 賢者も阿呆も, 善人も悪人も, 皆一様に帰りつく 一塊の土-- Appea. っ て, つきとめようとした人間の, これが, ま ぎれもなくたどりつく窮極の姿である. かつて彼は, 生の側から死の世界を見た, 今彼は, 死の側から生の世界を見る. 彼が 死 の 世 界 を,. ’d countr from whose bourn The undiscover y 80) (m,i , 79-. l No travel er returns ,…. と して 見 た 時, ”return“ という語は, 死の国から “現世に帰る” 意味に使われた. 今, そ れ と. は逆に, To what base uses we ・nay return,. 22 224) (V, i , 3-. Horat iol. と い う 句 が 示 す よ う に, ”return” は, 束 の 間 の 現 世 か ら, 永 遠 の “ 死 の 国 へ 帰 る ” 意味に使わ ‘re turn” の 一 語 は, 今 の 彼 の心 境 を 示 す の に ふ さ わ しい. 土 こ そは 人 間 の れ て い る, ま こ と に ‘. 帰るふるさと, 墓穴は永遠の住家である. この世に生をうけたものは, 誰一人と して, ここに住み つく ことを拒むわけにはいかない. 彼もまた, もう間もなく, ここに帰るだろう. この静寂の中か ら, 再び現世の雑踏を見 れば, 人の一生は, ぼう漠たる永遠の時の流れの中の, 僅かな間隙をよ ぎ る 一 瞬 の 夢 で しか な い. 若 い 日 の 恋 も, 歌 も, 冗 談 も, 金 も う け も, ご ま か しも, Adam 以来く り -1 16-.
(8) . 第 23 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 昭和48年2月. 返して来た同じような現世のことどもは, 全て, 束の間に浮かんで消える幻に しか過 ぎない. 人生へ の懐疑から始まっ た彼のへんれきの旅は, 今, 間近に確実に忍びよっ て来る死 を 前 に し て, 彼にその無常と虚無を教えて終えようとする. ‘水が彼に来る’ の か, ‘彼 が 水 に 行く ’ の か, それ は天 の み の 知 る と こ ろ で あ る. “ い っ 捨 て る か, 誰に も わ か ら ぬ 命 で あ れ ば, い っ 捨 て よ う と , ‘覚 悟 こ そか ん じん ” と い う こ だ わ る こ と は な い ”, い つ で も 神 の 思 召 に 応 ず る ‘ Laertes と の ,. 試合を前にしての彼の心境は, 生ある者を全て呑み込む墓穴 を見, op l l i l e a の埋葬を眼のあ たりに 見たあとに生まれて来る.. Grave Scene が Haml et ,. にとっ て, 人間の生死についての腹想の場面であるとすれば, 一転 し. て fencing ma t ch は, 彼の生死をかけた行動の場面 である. 思考と 行動, あるいは, 行動と思考 の, そ れ ぞ れ の 停 滞 と 活 発 の 時 は, 今 ま で も, Haml et に 交 互 に 訪 れ て 来 た も の で あ る. fenc ing match へ の招 待 は, Haml et を腹想の世界から, 再び行動の世界へ呼び戻す. .. こ の 試 合 は, 老 膚 な 政 治 家 C1 audius が, 父 と 妹 の 突 然 の 死 に 怒 っ た 青 年 Laert es を, 言葉巧. みに使嫉して, 彼をして, 自分の命をつ けねらう Haml t に対する謀殺的復讐を果た させるよう e , ‘悪だくみは仕組んだ者の頭上に か え 共謀して仕組んだわなである. しかし, しばしば, ‘ って来 ’ Machiave l l ian C1 る’ audius の極悪な陰謀は, 試合の最中に起こっ た偶然から, Haml t をは じ e 。. め, 一般の廷臣達の面前で暴露される. C1audius が ひ そ か に 盃 に 盛 っ た 毒 は Gertrude に飲 ま れ, Laertes がひそかに真剣の先 に塗 た毒は Ham l t と Laertes の体内に入る, e っ , Haml t 1 i e が父の死以来求めて来た Ca ud us の美 しく装っ た外観のかげに潜む醜い実体は, 今, 自らの命をかけて見届けられた, 知りたくもないものを知 り, 見たく ないものを見た時の絶望的な 苦悶は, もうすでに味わいつく した彼である, 今は, ただ苦悶だけで済む時ではない, とりかえし t tes に も, 自 分 に も 刻 刻 ま わ っ て い る の つ か ぬ 命 を 奪 う 毒 が, Ger rude に も, Laer . 絶対絶命の 今, 彼は 半 ば 反 射 的 に, 半 ば 絶 望 的 に C1audius を 刺 す. そ れ は, C1audius の側と違っ て, 謀殺. 的な復讐ではない. 彼は, 自ら積極的に復讐の 計画を練っ たわけではなく, ただ, 来るべく して来 る時を待っ ていた. 天意のおもむくところに身を委ねていたのである. しか しな が ら, こ の こ と は, 必 ず しも, 彼 が キ リ ス ト教 的精 神 に の っ と っ て 死 んだ こ と を 意 味 す i る も の で は なし・, た し か に, 試 合 の 前 に 彼 が Horat o に 言 っ た 句, ’ l l of a sparrow. …there s a special providence in the f a. is not to come t lf it be now ’ ;if it be not to come , ,. l l be now;i fi i t be not now yeti l t wi l come : t wi ,. l:since no man has aught of what the readiness is al ’ imes? Let be t to l he leaves what is eave bet . ,. i V i (V , ,230‐235). l に は, 次の よ う な Bib e の中の一節の反響がある, l And fear not then・ which ki l the body but are not able to ki l . the soul; but rather , b l d t h i fear him whi t b l l l c s a e o es roy oth sou and body in he . Are not two sparrows sol d for a farthing? and one of them shal l not fa l l on the ground (Mathew X 28-29)・ , ,. thout your Father wi .. t しかし, 彼の試合の前の Lae r e s への許しの乞い方は, 自分の名誉を守る為になされた倣慢な言 -1 17-.
(9) . vo . ・23 No .2. i i l。f H0kka ido Univer i t Journa ty of Bducat s on (sec on IA). February ,1973. io に 向 か っ て, こと の て ん ま つ を 後 世 し・わ け と して し か 受 け と れ な い し, ま た, さ い ご に Horat. に伝えてくれる ように依頼するところも, キリス ト教的精神というよりは, む しろ, 死後の名誉と 名声を気にする, 中世の騎士道精神のあらわれであると考えられる, 彼は, 要するに, 復讐は天. にまかせよと教えるキリス ト教的な神から, 離れることも離れないことも出来ず, 矛盾した二つの 心の相旭の中に, 永遠の眠りにつく. ‘水が彼に来た’ のか,‘彼が水に行っ た’ のか, それは, “ ‘ ’ l ence” で あ る. 彼のみならず, 誰にと っ ても, ‘That is the question’ で あ り, The rest issi io Hamlet の さ い ごの 一 言 に つ づ く Ho rat ,. の. t i Now cracks a noble heart. Good night , swee pr nce ;. l t ing thee to thy res And Rights of angels s. i 37 3 (v,i 71 ) ,. et が, 死によっ て救われることを祈る作者 と い う 句 は, 心の中の長いたたかいを続けて来た Haml l H t が わ れ る と い う の は, Prosser も 言 う よ う 救 こ しか し こ で a m e ろ う れ で あ の 心 の あ らわ , .. ” という意味において に, 彼が “復讐者であるから“ ではなく, “ 復讐者である にもかかわらず ) 彼 は, 本 来 自 分 の 責 任 で は な い 筈 の, C1 7 audius の 悪 事 に 対 して, 自 らの 内 な る 運 命 の で あ る5 ,. ‘神の代理者” になろうと して5 ) 9 ) に従い, 復讐の激 情にかられ, ‘ 8 呼び声5 , 遂に自ら生命の壊滅 を招いてしまっ た, 作者は, そのような内と外との運命の招きに 魅せられた, 悲劇的な青年に対す “ も しも 機 会 に る 深 い 同 情 と 共 感 を も っ て, こ の 作品 を 書 い た の で あ り, そ の さ い ごに お い て, ,. “ 主人公の死を 心から哀悼 さえ恵まれたな ら, 王者たるに, もっ ともふさわしかったであろう , し, こ の よ う な 青 年 の 救 済 を 祈 っ て い る の で あ る.. -再. 九 生. -. ≠ に限らず, 一般に, 復讐劇の主題は死である. そこでは, 主人公である復讐者は, は じ 互のタ“”. めから終わりまで一貫 して, 敵対者に対する強力な破 壊力として存在する, 心の奥深く恥辱の傷を “ 受けた彼は, それを与えた相手に対して, はげしい憎悪と怨恨を懐き, 昼を夜に, 希 望 を 失 望 6 ) と思う, この思い が進むと, 彼は自分を傷つけた相手を, この世 0 に, 至福を苦難に変えよう“ ” から抹殺したい気 持ちにとらわれ, “理性の勧めに従っ て, 怨みに報いるに徳を以っ てしよう 61) というような, 生の創造力の源泉と しての, 慈悲の心の入り込む余 地などは全くなく してしまう.. 復讐劇とは, このように, 自分を傷つけた相手の抹殺だけを自己日的とする破壊的激情にとらわれ, 相手の生命の滅 亡を目ざすこと以外には 生き甲斐を求め得ない人の心理とi行動を描くものであり, そ の 意 味 で, そ れ は 最 も 卒 直 に 死 を 主 題 とす る も の で あ る. SPの“魂. rγαgBdy や 元帥8“gBγ’ s. rγαgBメタ は, ま さ に, そ う い う 種 類 の 作 品 で あ り, そ こ に は, 復 讐 に 次 ぐ 復 讐 の 惨 事 の 繰 返 しだ. けが描かれている, 品の”をZ は, もちろん, これらの作品とは違っ て, 単純に, 殺伐な復讐の行為 それ自体に観客の興味をひこうとしたものではない. そのことは, すでに, われわれが見 て来たこ と で あ る. し か し, その よ う な 耳の“ 励. も, 基 本 的 に は, や は り, こ う した 流 血 の 復 讐 劇 の 流 れ. の中にあるものである ことに変わりはなく, その主題の第一に挙げられているものは, 生の破壊, すなわち, 死である,. こ の こ と は, こ の作 品 を imagery の面 か ら見 て も, ま た, 言 え る こ と で あ る, お そ ら く z ほど ′ 嵐の”Z e 作中いたるところに死に関連する語や image の 充 満 して い る 作 品 は, Shakespeare の も の の 中 に は 少 な い で あ ろ う, 先に見た Grave Scene 以外 の と こ ろ で も, こ の作 品 に は, 膨 大 -118-.
(10) . 第 23 巻 第 2 号. 昭和4 8年2月. 北海道教育大学紀要 (第一部A). な数 の “die”, ”death”,. ‘dust’ “de d’ ”buried’ ’ ‘ ’ “funeral“ ’ ”lost“ ”s laughter’ a ’ , , , , , ’‘ ‘ t’ ’” i ’ ’ ‘d ‘ ‘ ‘ r ve’ ‘1 ave“ ‘ ’d’ ‘t b“ ”bl ’ ”ki ’‘ ’‘ l 1 d ’ oody’ oomsday“,‘ e ga , om , , cu , po son , , mur er , , “venom“ 等の 直接的に死に関係する語や 亡霊によ て語られる先王の毒殺 Haml et の独. ,. 白の 中で考えられている死の国, 劇中劇での. ,. っ. ,. l lonius の刺 殺, ophe ia Gonzago 殺 し, Po. の溺死,. Rosencrantz, Gu l ing match の場での Gertrude, C1audius, denstern の謀 殺 に よ る 斬 首, fenc i let の死等 直接的 間接的に提示される死の場面 死の映像が数多く並 べ られてい Laertes Han ・ , , , ,. 0人にのぼる犠牲 る, 先王の死には じまるこの作品は, 結局, 劇中劇の登場人物を含めると, 総計1 ‘ ” ‘ 者の死の模様を映し出し, さいごに, 狩場さながらの無残な死骸の山 を見せて終わっ ている. Z は, 復讐者をめぐる血なま ぐさい殺りくの ima しか し な が ら, 賊α7 B ”Z ge だけを残して終わる. の で は な い. さ い ご に, 僅 か で は あ る が, 死 に 対 す る 生 の image がある. それは, 古い Denmark. inbras の死 滅 と, そ れ に か わ る 新 しい 国 の 生 誕 が, Denmark 王 家 の 絶 滅 の 直 後 に 入 っ て 来 る Fort. の 王 位 継 承 の 宣 言 に よ っ て 期 待 さ れ る と こ ろ に 示 さ れ て い る. 彼は 先 王 Haml et の 仇 敵 の 子 で あ. り, 先王によっ て奪われた父の失地を回復しようとするその若若しい映像は, はじめから, この劇. の 背 後 に, 時 時 では ある が, シル エ ッ トの よ う に, う す く, 影 を 映 して い た, か つ て Haml et は, “ け が れ な い 高 貴 な 野 心 に 胸 を ふく 英 国 へ 送 られ る 途 中, Denmark の 平 原 で, こ の 人 の こ と を,. らませ, 先知れぬ未来をものともせず, はかない命を運命と死と危険の前に平然とさらし, 卵の i リた る 穀ほどの問題を争う, う ら若い, やさしい王子” とたたえたことがある. このような 溌“ Norway の青年貴公子が t の遺言と, 彼自らの権利の要求とに従って, 王位を継承すると e , Haml こ ろ に, か す か な が らも, 長 い 間 毒 気 に あ て られ て い た Denn ・ark の 王 室 の 新 生 の 曙 光 が 見 られ. る, このように, 復讐がもたらした古いものの死のあとに, 新しいものの生誕の希望が与え られる 1 l 両王家の継承者の絶 tuga と こ ろ は, SPα”おゑ 7 γαgBdy に は 見 られ な い, そ こ で は, Spain, Por. 滅が示されているだけで, その先のことについては全く 不明である, というよりは, むしろ絶望的 である, のみならず, 亡霊の依頼にこたえた復讐神 が, さらに, これから下界において, 仇敵達の 果て知らぬ悲劇を始めようという意味の決意を示すところで終わっている. ただ, 鼠α““郷 の影響 1 γαgBdy は, さ い ご に死 の あ と の 生 の 光 を 示 し て い る, の下 に 書 か れ た 筈 の 疋8粥〃gBγ’ s7 古 い Denmark の王家の死と, それに代わる新しい王家の生誕を告げる さい ごの場面は, この作. 品の持つもう一つの主題を暗示している, それは, もはや, 主人公 Hamlet 個人の問題にかかわる もの-- 復讐の情念にとらえられ, その倫理の問題をは じめとする, あ らゆる意味での窮地に立た された若者の苦悩と死--ではなく, 個人を越えた, ある意味では, ひろく悲劇一般の持つ, より 普遍的なもの, 即ち, 古い不浄なものの死と新しい生の復活ということ である, こ の こと は, こ の 作品 の 中 に, 先 に あ げ た 死 の image と 並 ん で, 不 浄 な も の の image が 多 い こ. とと関連している. 何故なら, 不浄なものは, 例 え ば SPurgeon が 指 摘 して い る よ う に, Denmark の不健康な状態を示す毒, 肉体のよ ごれ, 腐敗, 病 気 等 の image で示されているが, それは 結局 は, この国の健康を回復する為に除去され, 洗浄されるべきものとして示されているからである, た と えを ,. ’ “ ’d ear’ “b ’ “ mi ’ “ ii ’‘ ‘i lder le’ t ’ l i st er’ cksoul“, “thought-sick’ , , mo e , v c ous mo , , s ‘ ‘ ‘ l i ○ thatthi ied Hesh would s too too sul ckatheartr am s 等の語や. ‘ rob d wound” ‘ e p. , , ’ ” ’ ”Fo b ing a good ki ing carrion’ fthe sun breed maggots in a dead dog l t’ ss my ri me , , , e. “l t ’ ” ○ m oぼence is rank it smel l s to heaven ” n l le corrupted currents wits’ diseased’ y , , , ” “ 1 l l l l but skin and G1 l /W hies rank corruption, d , lt wi ・ n the u cerous P ace, ofthi s Wor. l l wi thin“ 等 の 句 の よ う に, mln・ng a. Denmark は, こ の 劇 の始 め か ら,シい わ ば 毒 物 が 注 入 さ れ, 病 ん でい ると こ ろ と して 紹 介 さ れ て -11 9-.
(11) . l vo .23 No .2. い る.. l ー0 ion (sec i l ofト d{a ido Uni i Journa t ver t on I A) s y of Educat. - 隠- 爺的な毒液 が, は じめに. February ,.973. C1 audius が Haml et 王を殺す時から, 最後に Gertrude, Laer-. lus tes C 1audius Haml l et 等 が 死 ぬ 時 ま で, こ の 作 品 全 体 に し み わ た っ て い る, は じめ に Marce , , が 言 う よ う に, “ この国のどこかが腐っ ていて” , そこか ら放たれる毒気が, 人人 を無差別に滅亡. させようと しているのである. 美しく咲きほこる若い花は萎び, 溢れる若さに溌刺とした青年が無 t であって, 彼はこの毒気をまともに受 け 気力に衰えてしまう. その最もよい例が主人公 Haml e ‘生きなが ら腐 て’ て, 病み, 狂い, 身体全体が腐 蝕 していっ てしまう. 彼はまわりの人たちが ‘ っ いるのを見るばかりではなく, 何よりも, 自らの内部に悪臭を放っ ている醜い罪の汚点を見なけれ ば な らな い.. l am very Proud revengeful ambit ious wit l lal l l have l more o圧ences at n1y beck tl , , ,. i ′hat ime to act them in. V thoughts to put them in imaginat ion to give them shape or t , , d such fe l l (m.i shoul ows as l do crawling between earth and heaven? ,126-131). 結局, Hamlet は, C1audius によっ て放たれた, 殺人, 近親相姦等, 人間の野心や肉欲等から生 まれる, もろもろの罪と悪の毒気に汚濁して病んでいる Denn・ark を浄化し, 再生させるために必. じ に お い て, Thebes の都 要な犠牲として自 らの生命を捧げることになる, あたかも OBαZP“s 尺8 . “ “ ” ” 市国家が 織れ , その 膿みただれた潰癌 がとり除かれなければ, 穀物の収獲も, 家畜も女 性 も, 不 毛 の ま ま で あ っ た と 同 じく, Denmark の国も どこかが腐っ てよごれており,誰かが腐敗の ‘膿癌 ” を見出して とり除き 洗い清めなければ, この国をひん死の病から 源であるかくれた ‘ , ,. 救い, 健康をとり戻すことは出来ない. しかもそれは, そうしようとする者 自らの死を代償として しか 成 し遂 げ られ な い. Haml et は, そ の よ う な 仕事を自 ら背負い, 自 らの生命を犠牲に供した, t to 等が指摘して い あ るい は, 供 せ られ た の で あ る. そ の 意 味 で, この 作品 は, Fergusson や Ki 3 ) る よ う に6 , 0緩 め 堀 尾e遷 と 共 通 した 主 題 を 持 っ て い る.. 彼の遺骸が, 鳴 りわたる礼砲と, 荘重な葬送曲に送られて, 壇上に運ばれて安置されるさいごの 場面は, 古代原始民族が, 災禍と罪悪の死と, 安寧の復活を祈っ てした, 人身御供の祭儀の場面を 連 想 さ せ る. そ れ は, oedipus が国の汚醜の源を知り, その蘇生復活を願って, 自 ら, 織れている と知 らされた我が身の追放をたのむところ以上にそうである. 6 4 ) に 見 立 て て い るが, そ れ Fergusson や Ki tto は, Haml et を oedipus と同 じく Scapegoat. は, 演劇をその発生の起源にまでさかのぼっ てみると, あながち, 索強附会とは言え な い で あ ろ う, 演劇は古代の呪術的儀式から生まれたものであるということは, よく指摘されることである, Fr r によれば, 古代民族の多くは, ”あたかも, 木や石の重荷を他人に移すことが 出来るよう aze に, 自分の苦痛や悲嘆の重荷を, 自分に代わっ て負っ てくれる他者に移すことが出来る” と信 じ ており, “ 災禍と罪悪とを死に行く神 (人) に負わせて, 人人を幸福に しようとする” 人身御供の 5 ) 呪術的儀式を行なっ た6 , そして, 古 代ギリシアの演劇も, もともとは, そのような宗教的儀式か ら発展して来たものであり, とくに, その悲劇は “悪霊を追い払い, 作物の豊穣を祈願する春の祭 son に り で あ る, Dionysos の 祭 り に う た わ れ る 歌 か ら発 展 した も の で あ る と 言 わ れ る。 F. Fergus izabeth 朝の時代の よれを , Shakespeare の 時 代 に は, い ま だ 中 世 の 宗 教 的 文 化 が 生 き て い て, E1. ) 6 舞台は, 象徴的に, そのような宗教的儀式に近い場面を提供していたのである6 。 元来, 呪術的儀式には, 災禍を他者に移し, 不幸を未然に防ごうとする人人の, 強い願いがこめ られている, 今日からみれば, 極めて残忍, 野蛮なものとしか思えない人身御供は, 最 も 具 体 的 e r は, az に, 災禍の追放, 罪の重荷からの解放等の, 人人の痛切な願望を表現 したものである, Fr -120柵.
(12) . 第 23 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部A). 昭和4 8年2月. そのようなものの実例を, 世界各地から無数に蒐集して紹介しているが, 今, その中の一例を引用 して み る と, 次 の よ う な も の が あ る, そ れ は, 西 ア フ リ カ の ヨ ル バ 黒 人 の 風 習 で あ る が, 「犠 牲 に. 選ばれた者は, 十分に食べさせられた後, 行列をして引き廻される. すると, 家家から 人 人 が 出 て, その罪や死を移すため, 彼に手を置く. 彼が神殿で首を切られる時, 悲鳴があがると, 群衆は ) 7 歓喜の叫びをあげ, 神の怒りが, なだめられたと信ずる6 」 という, 聖なる王を殺したり, 王が自. らの 子 を 殺 した り, あ る い は Scapegoat にみたて られた人を殺したりする各地の呪術的儀礼には ,. すべて, このように, 神とか超自然的な魔性を持っ たものに対する, 人人の切実な願いがこめられ てい る, こ の よ う な こ と を しな け れ ギ, 神や精霊, その他, 人力ではいかんともしがたい魔力を持 つ超自然物と共に住む彼等は, いっおそって来るかわからない病魔 や災やくの不安や恐怖からのが れられず, また, 日頃の不満, 反感等の心理的緊張を解消することも出来なかったのである, 心理. 学的に見れば, おそらく, すべての呪術的儀式は, 後の演劇の場合と同じく, それに参加する人人 8 ) の catharsis を 行 な う 場 所 で あ っ た に ち が い な い6 . ‘ ≠ が, 観 客 の 哀 憐 と 恐 怖 の 情 を 作興 して, そ れ らの 感情 の catharsis を行なう’ の 悲劇 鼠筋〆β. も, ひとつには, それが, 古代の宗教的儀礼の場合と同 じく, 蹟罪の犠牲者の死によっ て, 生の回 復を得るという主題を持っ ているか らである, もちろん, 嵐”粥 嫁 が, 観客に哀隣と恐怖の情をか きた て る 理 由 は, こ の ほ か に も, い ろ い ろ と あ げ られ る で あ ろ う. そ れ は, Shakespeare の他の悲 ≠ の 場 合 に つ い て も, す で に, わ れ わ れ が しば しば 見 〃 劇に も 共 通 して 言 え る こ と で あ る し, 品の〃/. て来 た こ と で あ る, 例 えを , 高位至福の状態にある主人公が, 一瞬にして烈しく転落する時の落差. の大きさとか, 主人公の内部に生まれる破壊的激情の発生の不 可避性と, その結果, 自分の上にふ ‘哀れな りかかっ て来る死の必然性とか, あるいは, 死それ自体の不可解性とか, あるいはまた, ‘ ” に, 外から突然の来訪者としてやっ て来る, その運命性とかが, 全て, 観客自身に常 役者ども 時かかわっ ている問題だからである, しかし, そのほかに, 品α粥海ご がわれわれに哀憐と恐怖の情 をおこさせる特別の理由は, その主人公が, 他の悲劇の主人公と違っ て, 国の健康の回復の為に, 自ら公の贈罪の犠牲者として, 生命を捧げなければな らないからである.. ’ E1 sinore の 宮 廷 に は び こ る 野 心, 高 慢, 嫉 妬, 肉 欲, 殺 意 な どの, も ろ も ろ の 罪は, Haml et が,. 自 らの 肉 体 の 中 に も ま た 宿 る も のと して, 全 身 を 以 っ て 感 じ, 苦 しん で い た よ う に, Denmark を. ひん死の病に おとしいれた根源であり, それはまた, 広く 人類にはびこる病の根源でもある. それ は, あたかも原始民族が, 自分たちのまわ りをとりまい て, たえず脅威を与えていると 考 え て い た, 超自然的な神神や, 精霊のよう に, 現代の人間の内部にもまた, 人の手のほどこし ょ う も な い, 強 大 な 力 を も っ て, 不 気 味 に, 暗く, 醜く, ひ そ ん でい る, 猛α削Z郷 は, Denmark の 腐 敗 の. 浄化を目指す主人公自 らの悲劇的な崩壊と蹟罪の死を通じて, われわれに恐怖と哀憐の情をか きた て, それを流すと共に, そのような不可解な魔性を持ったものの呪縛からの解放, 内からの災禍の 追放, すなわち, 罪ある心の浄化を, 現代の祭儀の場である劇場において果たすのである.. 5の 〃の, ?なそ , m,i ,13・. 51) F. Bacon s BQGのゐ E S Library s即那,p,13 (E▽eけman, ,1966) , Frの鋪省 incet 52) C ’ z son z〆′粥 足りzばssmzce cの肥りf oヂ 猛り or on .355 (Pr ,p . B. Wat ,1960) , sんα卿sPβore の 53) E, Pros ser . メオ .3-35 リ pp ,oゑ 54) 鼠の〆“, 1,デv , ,23一36 i lar men, So ti tchancesin par t cu ,of l Thatf ・ l l n。 e ofnatur ein then c ous n orsomev ,. i As l i in they areno[ gui ty th----wher r e rb ,in the ,. -1 21一.
(13) . VO1 .2 ,23 No. l of Hokka ido Uni i i Journa i ty of Educat t ver s on (Sec on I A). February ,1973. i Since natur igin--- t choose h ecanno s or ’ By the o ergrowth ofsome compl exi on , of l tbr t eaki ng down the pa esand for s ofr eason , ’ orby some habi l tthattoo much o eavens er‐ i The f l or i n of p ve manner aus s ,thatthese men, l h f f Carryi t s t t ng a es am onede o ec y p , , , ’ ’ Be i i tune t ng natur e sl very ss or ar ,orf , The l i tuese rvi r s e--一bethey as pur eas grace ,. Asin五ni t e as man may undergo一一一 Sha l lin the genera lcensuretakecorrupt i on From thatpar l l i t t: cu arf au. 55) アリストテレス, 「詩学」 9) 94 .68(岩波文庫, 1 , 松浦嘉一訳, p. 56) E. Pros r se .c常,p .234 ,op ら緩, 57) E. Pros ser .237 ,ば ,p z 57) 鼠の“/ e ,1 ,iv ,81‐82 そ! l l l not go or ed;you sha . Be ru . 差Z d r 外 i f α, “ at ecr esout y . , Did 59) す v , , m,i ,172一175 , i Forth ssamel ord, l do r l tso epent: but heaven hath p eased i , To pun i th n th thi sh n s Wi ne le wi s and thi , i Tha tl mus tbethe t rs courge and mini s er , 1 60) SPα牝i - sた Tγ”gBの’ 7 8 v , , , z 61) Te閉めe s , V,i ,25一28 Pγ0 i . . t s th the r hi . r ns ruc (t c o thequi gh wrongsla ~ . Though wi l Ye t my fury t wi th n ns ny nob er r eason ’ gai i Do ltake par t t: the rar erac s on i ln vi tue than in vengeance: r. f f zg 順o z f彰 み〃αgB ’ ry oヂ S卿を榔め錆γ曲 Tγαge霧嬬, Sみ磯g 62) C, F, B. Spurgaon, 乙eαばれ s脚”γe の窮 ≠ Cγ lds C1 i 〆 云たf s“ z(1919-1935) pp as s c s ,26-28 (The,wor ,1962) i 63) F. Fergus son, TたB Zdgα o t z /α 豹8のけ quotedin M. We . ,pp 59-101 , め.c鳶 H, D. F 「 t o . Ki . 〆乙,Pp .151一166 ,oわ. ′ dB z増Z ) Scapegoat に つい て は, J. G, Frazer が, 彼の最大の力作と言われる T粥 Go 64 “ Bo z の中で, 未開社 会において広く行われた呪術的儀礼に使われるものとして, 数多くの実例をあげて説明している. 要 す る に, それは, 神的生命の衰えを救うため, 穀物の豊穣をもたらす植物神と見立てられた人や動物を殺す風 習と, 毎年一度, 人の災禍と罪とを人叉は動物に移して追い払う風習とが, 結び合って生まれたものであ -フレーザー, 「宗教民族学」 る. ) 65 ,159(誠信書房,19 , 〔比屋根安定訳編〕 , p 65) フレーザー, 前掲書, p .147 96) F.Fergus son ,96 . ”ぜ , ,op ,p. 67) フレーザー, 前掲書, p ,156 68) 吉田禎吾, 「呪術」 - 130(講談社、1970 ) 8 ,10 , pp. -122-.
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