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昭和四年七月二十七日相模强震調査報告

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(1)

崎弘一切七時相模強震調査報告

一 、 緒 昌 昭和四年七月二十七日午前七時四十八分頃後現した相模、甲斐図境附近に震央を有する地震は、相模 一帯に強震を戚ぜしめ、同地方に相営の被害を被らしたものであっ℃、共の震域は関東地方及中部地方 杢般、近畿の東部及奥 m m 地 方 南 部 に 百 一 AYE 又会図殆ど全部の微動計に記録を穫したものであって、昭和 三年五月二十一日東京湾に起った地震よ

b

も規模少しく大なるものであった。著者は本墓地震掛の一員 として本地震の調査を命ぜられたので、地方観測所所長の御好意によ

h

中央気象墓宛さられた本地震記 象紙潟しを基として調査をなす乙とを得た。設に調査結果を報告するにや回って各観測所長の御好意を厚 く謝す次第である。 本地震は勢力大なる上に震源浅く B 不連緩屠よ λ ソ 浅

3

に存し℃わた結果、一 P 波 一 S 波の観測を得て相営 '興味ある結果を得た。 次に本調査の概要を翠ぐれば次の如くである。 ' ヒ

(2)

震度分布固 一一、走時曲線及各波の速度

(

p

校 、 一 P 波 、

s

波 、 一 S 波) 一、震央の決定(石川、和建雨氏の初期微動継績時間の比による法) 八‘ 三、震源の深さの決定 四、不連鎖屠の深

3

の決定 の関係及震央距離との関係 第 一 回 五、三種の初期微動継績時間

(

F

l

S 、

P1

豆 、

p

l

s

v

と震源距離と ~~ 酔討議揖~~ヨ ~知ヰミ討J 略号 淵 〉 手 一、震央の決定 本地震の震央の決定に先立ち、本地震の観測結果を左に掲げる。但し観測値は大部分著者が記象紙か ら直接譲取った値であるが、接震時と著者の験測し得・なかった観測所の値は気象要覧から借用した。 醤 日 } ε ミ ヨ 針 。 藍 干 昔 、一ー田ー 対 ト 同 一 州 国 一 円 悼 一 H UM 口 。

。 品

口 1 U C H H φ 串 。 ・ ∞。・。 ロ J u c . C H H -m v h匂 &l 而 思 ロ - r h A W 2 4 . 2 3 寺 日 1 ・ 品 ∞ ・ 凶 串 ・ 凶日印・凶 日 寸 ・ 。悶∞・。 ω 。 ・ ∞ ω 日 ・ 品 民3 同 d ' m w さ 古 同 o

a s

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(3)

N9E.D 857

v S5.0

,v.D S徴W S45

v N39E S79"" S45

v S53E S.E'?D N34W S17W N31

V 1II.W S71九V S.W

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IV,! N45W S.W N')今、v S.W.D N42W S87,、V.U S.E i 守宅 秒 38.9 。r;n .LIU色F " J ・ ‘1・‘〉 電:)v.,'> ‘ 一、‘、 A ・Jt_)・モ士 :J:_L5 43.0 34.S G.7 ]4.2 18.5 13‘5 22.5 18. 18.8 Hl.l 1u.0 17.2 24.8 20.2 22.4 ゐ白6、‘1・ " " リ.t-"" 2[

.8 23.8 2H.7 32.0 :34.9 33.3 34.0 34.1 34.4 34.5 37. 38. 39.8 40. 40.3 42. 43.5 45.6 46.7 47.4 47.5 48.7 49.6 51.2 52.9 53.5 55.4 57.u 58.u 59.4 51 122 129 97 1リ3 152 158 157 ]28 150 243 179 229 190 266 2.I2 211 266 2'30 251 2G8 277 259 308 24:8 津 山 阿 縞 ・ 官 松 戸 子 本 野 洋 山 潰 川 井 腔 阜 潟 木 品 品 根 郡 津 波 車 品 川 名 i1i 津 丈 沼 舘 柿 前 宇 潰 水 銚 松 長 A V 高 小 高 一 附 名 岐 新 伏 八 前 彦 京 金

(4)

S.

rV.U S.W U S.W.D v ' 可 、 一 E 乱 W S.W.U S.

v N.E.U S8W S.W v ' 1 1 w

W 孔 110 53.5 46.5 51.5 47.9 53.2 f.i1.9 56.0 56.3 G2.0 59.7 86.4 89.8 93.5 74.0 82.5 88.2 93.9 78.9 35.6 33.6 41.7 38.9 39.4 42.3 42.7 63.8 47. 52.0 57.6 。生.3 55.1 49.02.4 033 03.9 04.7 07.3 07.6 09.3 10.0 10. 11.3 11.9 14.0 19. 19.6 21. 23.2 25.1 25.2 26.0 28.9 30.G 42.6 43.7 45.3 46.3 382 318 343 344, 3G6 350 :'::85 384 505 378 4u3 GOO 602 478 438 470 (;49 497 558 514 552 615 603 638 528 岬 木 阪 藍 戸 沖 向 山 津 谷 本 森 山 律 問 島 阿 波 戸 知 島 山 間 歌 民 兵-平 日 18 2 4 H ト ・ 1 F 境 湖 八 大 仙 紳 宮 山 盟 和 多 石 洲 背 同 水 秋 宇 盛 新 室 高 炭 松 潰

(5)

徳. 島 441 49.8 46.0 66.9 s~ f!iM 763 50.02.5 80.5 888

v 図 前 703

3.0 106.5 S aLE3a ~!(,f 812 04.9 89.9 137.2 N.E.D i~l 先ミ 岳 868 09.0 122.2 ネL 幌 847 14.0 90.0 n i吊 阿 823 14.3 117.3 1m 本 826 17.2 116.9 父 島 995 18.0 100.0 大 ./i:jS 930 20.7 169.6 長 rJi6J 900 20.8 86.2 114.6 鹿 ノ~è 島 905 216 138.6 i': 日日 763 21.7 7目 11) 948 30. 100. 41F Elf 880 ‘史》事区4、.. 1404 A0 4・ $一-I;~、 111 900 40. 113. 自11 ~îf 930 41.1 羽 幌 1029 42.7 117.8 JJI 1113 56. 大 ?白 12G5 51.01.9 158.4 期: fii1 1485 39.6 166.8 石 垣 島 1873 52.15.2 200.1 It ~~ 2027 54.7 ま: 商 2305 56.48白O 山 形 322 33.6 S27W 11]

(6)

);.. (', と 〉 寸 口 ( )

同 。

ω

・ 。

閉 山 ・ J J 刊 一 本地震の震央が陸地にある事は明であって、叉乙の震央附廷にで震央を閏む観測所が多く B 旦芙の各 夫等観測所の

p!S

値が可成

b

正確であると云ふ粘から、震央を決定するに著者は、石川

i

!

和注の初 期微動縫緩時間の比による震央の決定誌を使用した。 白石川氏に依れば二割測所の

p!S

値の比め軌跡である固の宇径を R とすれば 見 11

,~I ロ

己 I ,~ であって、日は

plS

値の小なる観測所から雨観測所問の距離を

pls

値の比で内分した勤までの五雄 で あ っ て , h

pls

値の大なる観測所から同内分勤までの距離である。 此 の

P1S

値の比の軌跡を求むる銭に用ひた観測所は本震の震央の四方を国み、

pls

値が明瞭に護み 取れた震央に最も近い、街、演、沼津、甲府.東京、熊谷、布良、前橋、松本の一八箇所の

p!S

値を用ひ た 是等八箇川の組 A 口に際し℃百八箇所全部の組合を行へば一番有効な誇であるが、その中横演、沼津、 甲府、熊谷が卒に丁度震央の前後左右とも言ふべ

3

十字の位置にあるので此の四箇所の"観測所を本とし て他の観測所との組人口を行へば充分であると思ふ。故に横演と他の七箇所の観測所との組 A 口 に 依 る 七 筒

(7)

の圏、沼津と他の六箇所の観測所との組合に依る六箇の園、甲府と他の五箇所の観測所との組合に依る 五箇の問、熊谷と他の四箇所の観測所との組合に依る四箇の図、印二十二箇の軌跡の国を求めて、乙れ を百寓分の一の地国上に記入し、和達氏の方法に依って、其等各二回の共遁弦の交知子}求 U る時、共の 交黙の配布を見るに第二固に一不す如

3

分布となるが、其の分布の路中心に於て最も多く其の共遁弦が交 錯する箇所がある。却ち此の箇所を震央とする。 乙の震央を他の方訟で検して見るに、等plS線に依る震央は殆ど乙の震央と一致し、初動方向に依 れば、震央は稿南東に偏する傾向はあるが矢張 h J 路一致するのであるご 故に乙の地黙を震央と確定し℃其の位置を求むるに、 震央 相模も甲斐図一説大群山の南麓 東径一三九度五分 北緯三五度三

O

分 となる。乙の位置は丹海の約西北西に営

b

,酒匂川の支流河内川の水源附近である。 一一、走時曲線及各波の速度

(

p

波 、 一 P 波 、 S 波

js

波) 第一一岐に於て求めたる震央を本とし、百一品分の一の地国上よ

b

各観測所の震央を求め、乙の震央距離と 各観測所の報告による後震時との闘係を求ひる時は第四国に一不す如き縦波の走時曲線を得る。 引 っ 一 P 波 走 時 曲 線

(8)

J)

二 四

(9)

次に記象紙 J T えるに縦波中明らかに二段になれる観測所がある。而して乙の縦波の二段となれる観測所 は震央距離二百二粁なる名古屋及びそれよ A Y 大なる震央距離にある観測所の記象紙に見出 S れた。却 H 疋 は不連結棋屠が存在し‘震源が不連緩屑よ

b

3

所に位置する翁に出現したる波であって、所謂一 P 波の出 現である υ 依って此の

p

波 と 一 P 波との夜震時差印

plF

を験測して見るに次の表の如

3

結果を得た。 植 古 pi 一 P 屋 島 阪 戸 岡 島 歌 親 測 表 一 一 ・ 穴 七 二 一 七 ・ 七 一 0 ・ 一

0 ・ 五 一 一 ・ 四 境 抑l和 仙 京 岐 本 山 室 都 阜 一 一 一 ・ 一 一 一 七 ・ 二 七 ・ 一 八 ・ 五 一 三 ・ 九 一 二 ・ 八 徳 豊 制 ! 大 幅 名 斯して得られた p │ 一P 値を各観測所の報告による後震時に加へて(徳島、授は恥句集時の誤差大と思は るる故に除く)一 P 波の接震時を求めて、震央距離との関係を求むるによく一直線上に遮る乙とを知る印 第四国中 - P 波走時曲線である。 此 の 一 P 波の走時曲線は震央附近の縦波法震時線とよく連る。震央附近の縦波殺震時は却も一 P 波の殺震 (ロ)時 P で 波 あ 走 る 時 か 曲 ら 線 で あ る 二 五

(10)

一 一 六 次一に震央距離約百七十粁以上の所にある観測所の報告による殺震時と震央距雌との関係を見るに、旦議 に 得 ら れ た 一 P 波走時曲線よら傾皮小なる一直線を以℃連ね得られる。郎ち此の走時曲線は

p

波の走時曲 線であってJP波走時曲線との交姑は闘に一不す荻に震央距離約百六十五粁前後に在ると思はれる。郎ち此 の距離百六十五粁前後の所に

p

波と一P波の同時に地表に到達する所謂轄向困が存在するム推察出来る。

S

波及 S 波の走時曲線 震央距離約二百粁以上の位置にある初測所の記象紙に於て、縦波中

p

波が験測されし如ノ¥横波も二段 代 表 は れ 、 創 ち 一 S 波が験測当れた。而して S 波の験測された湖測所の放は、一 P 波の験測された観測所の 数よ A Yも逢に多くあった。 是 等 S 波 及 、 ぴ 一 S 波と最初に現はれた縦波との夜震時差郎ち初期微動絵模時間

pis

、 一 P15 、 P 1 一S 値(第一表観測表中に記載)を各観測所の報告による縦波殺震時に加へてプ S 波及 S 波の走時曲線を求 む る に 第 四 国 中 一 S 及 S を以て一不す如く、各略一直線となる。而して一 S 波走時曲線 E f 一S 波走時曲線との交 'り郎・ち轄向闘の位置は固によって、縦波と等しく路震央距離約百六十五粁前後である事が判る。 コ各波 ( P 波 、 - P 波 、 S 波 、 - S 波)の速度 各波の走時曲線の、最も遁蛍と思はれる震央距離二百粁乃至五百粁の範閏に於ける各曲線の傾皮から各 波の不均の速度を求 U れば

(11)

H J 舟 HU ・0 賞 ・ ¥ 寺 ︼ γ 持 H 4 ・ U ミ ∞ 向 付 H h ω ・ ∞ ヒ m d 持 H 恥 ・ ω

を得る。而し℃是等求められた速度は、今迄の地震調査に依って得られた速度 ξ 殆ど一致してゐるもの で あ る 。 三、震源の深さの決定 初期微動機縫時間と一震央距離との関係、印ち

P

I

s

-ムダイアグラム営描けば第五闘の如くなる。 走時曲線に於て迷べたる如く,本地震に於ては、

s

波 及 一 S 波が明らかに区別して観測し得られたので, 闘にも一不す如く、震央距離約百六十粁前後から曲線が二つに別れて描かれた。却ち曲線が分岐する震央 距離約百六十粁以内の曲線は-P波と一 S 波 の 到 着 時 差 、 印 ち 一

r

l

一 S に封するものであ

b

、距離百六十粁以 上にある曲線の中.傾度の小なる曲線はP波と S 波 と の 到 着 時 差 、 郎 ・ ち pjS に卦するものであ b 、 又 傾 皮大なる曲線は

p

波 と 一 S 波との到着時差、郎ち

p

!

一S に卦するものである。 震源の深さを求ひるに際して、震源が地下深

3

所に存在するものは,震波の停播軌道の輝一ケ曲も亦大 に し て 、 震 波 速 度 の 深 3 に依って相遣する事も亦激しい事等よ ι 夕、震源の深志は容易には求められな 二冠

(12)

記 象 の 例 第 三 H

0

i

二名古在

^

(13)

尋 湖 括 提 回 州 国 国 ' M m l

l

B

諮 。 ' " 句uキ -!‘。 早~ 《今 "1<'> 喝、 .." 司 、 由 河

8

4 〉 骨 hと 「τl 羽 一 向 ご 九

(14)

1 1)' 160 lよD 初巾 期 D 微 動 2 縫/10 .r.;~ ..畳F iE只 時 間う0 80 70 ω .¥"0 4<> 30 20 10 第 五 図

P

-

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ム diagram 1 1

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P

且 a日γレ→1-3

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4

E

1, I O 100 200 JOQ 400 500 bOO 700 800 100 1000 1/00 12.00 1300制 震 央 距 離

(15)

いが、震源の浅

3

所に存在する地震に於ては、殊に不連縫屠よ λ リ 浅

3

所に震源の位置を有する地震に於 ては.震波速度も路一定し、震波も亦直進するものと仮定する事が許 3 れてゐる。且又震央距離二三百 粁位迄は地表面の曲卒を無説し得る事も許容

3

れてゐるものであるから、震央距離ムと震源の深 Sh と 初期微動絃緩時間 t との関係はピタゴラユの定理に依って ト 凶 十 A V h F P H 凶

+

b

凶 時

H

3

むよヤ

b z r

s H I

となる、是等の関係から μ 及んの平均の伎は ~ 1-:> I1 月初引百 MII 時計戸|日~~;: I I I / ヘ It"ヘ ロ;..J ト-1 1 ト4 、-"I '--ノ 品 I

>

t

F 日 大 可 M k y v l ( D l H ) b ド喝 炉d の二式よ

b

得 ら れ る 。 扱、以上の式に代入すべき t の値であるが、本震に於ては t に 釣 し て 、

一P15

p

i

s

-p

i一

S の

(16)

J 一 一 一 一 一 三 種 あ る 。 併し式の仮定が震波速度の一定と、震波の直進する事と地表面の曲率を無親し得る範固とえ﹄れ・℃ゐる 故に,是等三種の初期微動縫績時間中、縦波も皆、波も不連緩屠をく川、らず‘直接に観測所に到達する一P 波とS波,との組合よ

b

成る初期微動繕穣時間一

P!

一 S を 用 ふ 可

3

である乙とは勿論である。 本震に於ては

pl

一 S の観測された観測所は宰にして、総べ℃地表面の曲率を無視し得る震央距離約百六 十粁以内にあっ℃、 且曲線の上から見℃可成信用が置けると思はれる

F

l

一S値を験測し得た観測所の 教も多くあった。故に是等の一 P I L S 植を用ひて求めた次の本震の震源の深

3

は可成信用の於けるもの で あ る 。 著者が最も諸官として用ひた一

p

l

一 S 値 は 筑 前 布 熊 東 甲 沼 横 波 山 橋 良 谷 京 府 津 潰 二 九 九 七 六 五 五 五 全 二 七 一 五 四 二 一 O 什 t 秒 山 ハ ・ 山 ハ ム ハ ・ 七 六 ・ 八 七 ・ 五 九 ・ 九 一 一 ・ 九 一 一 一 一 ・ 五 一 四 ・ 二

(17)

i百 長 松 松 野 本 一 二 八 一 五 O 一 五 二 一 穴 ・

o

一 七 ・ 二 一 八 ・

o

以上十一筒

m m

の佐であって.求められた k 及震源の深さは h u h

ω

b H M

∞ ・

∞ 誇

と な っ た 。 目疋を園富技師の十秒等

p

l

s

線 の 短 企 ・ 筏 よ

b

震源の深さを求むる公式 rHC41H ・0 主 ) ( ず H 論 令 治 問 ) を用以て験する時、本震の十秒等

p

l

s

線の一短竿径は七十粁であって 出 H H

と求められ‘嚢に著者が求めたる深さと金く一致する。故に本震の深さを二十三粁と決定する。 四、不一期績居の深さの決定 不連緩屠の深

3

を求

U

るに並日遁用ふる公式は 夫 、 JKVJ( 包

1

3

8

ω

Q

b

u

一 言 であって、設に h は震源の深

3

-ムは震央から縛向園迄の距離、 d は不運績層の深当である。叉 α は

(18)

'凶 震波の第一一暦から第二一層に入る入射角であって、従つ℃ ロ

〆l~

︿ H h w 吋

i

淘RH ゆ F W h い加問問問 ︿ 回 一 濃 い 滴 F刊 号 5 1 か 悌 同 門 で あ る 。 本震に於ては震源の深さ 出 u H M ω

・ ∞ 希

ムは走時曲線よ

b

A V

- E

- u

当 ・ 包きは本震によって求められた一 S 波と S 波の速度を用ひて

∞ ・ ∞ ∞

ム コ ミ ill--H0

・ ヨ ロ

0 5 t E │ 中 ・ ω c

。 。

ω 内M H O -0 0 0 恥 故に是等の値を代入し℃不漣綾層の深誌を求むれば 島 H B -S 4 卸ち約四十四粁となる命今迄求められた本邦に於ける不連総暦の深誌を表示すれば次の如くである。

(19)

昭 大 昭 陪 大 大 和 正 和 平11 lE lE. 三 十 二 二 十 十 年 二 平 年 五 四 地 八 年 十 三 年 年 月 九 月 月 八 五 二 月 二 七 月 月 十 一 十 日 三 二 二 日 ー ヒ ヰ じ 日 寸4 日J:s手ζ 日 開 日 丹 東 三 熊 束 中 後 京 日 本 大 越 烈 湾 北 縁 地 強 震 強 但 川 震 震 震 お 地 強 名 長 A工骨t 震 深さ蓮不 三 三 三 四 四 四 居鶴 プ ミ 九 四 五 二 二 野 の 長b寺乏3 源 σ〉 一一一 一一 一 四 三 深さ O 八 八 四 O 三好 隼 図 図 図 鷺 手11 算 田 宮 宮 寓 坂 建 定 公 信 信 信 清 清 。 地 一 一 一 信 夫 者 』 五、'三種の初期微動縫緩時間 ( 一

P15EplSEpl

S

)

と震源距離及震央距離との関係 義に第三項にて,本震に於ては、 ニ穫の初期微動継綾時問、印一

p

i

g

-p

i

s

-p i 一S の観測値が得 られた事を述べたが、木震の如く斯く明かに S 、 - S が区別主れ℃、従って三種の初期微動機緩時間が観 測

3

れ災地震調査の報告は今迄・なかった荻に思ふ。但し和建技師が但馬地震の調査に於て一 S 波の存在の 食め初期微動が後雑な性質のものである事は言はれてあるが、区別して数値は翠げて-なかった。是等三 経の初期微動縫緩時間は夫々性質の相遣するものであるから、従って震源距離との関係郎ち震源距離を ム‘初期微動緩槙時間を t として 一 五

(20)

一... / 、 A Y H a h q h の関係にあ

b

とすれば、 t の性質にょっ℃たの値が遺ったものとなるであらう。 故に震源距離に卦して今求められた三種の t に采ずべきkの値を共の各々に就いて求める事は興味ある (イ)問

P

! と

S 思 値

A

t乙 野 す る k の イ 直 一

P

l

-S

値に封するたの値は既に震源の深 3 を求むるに際して r H

∞ ・ ∞ 。

と求められてゐる。 ロ

pls

値に卦するkの値 本震によって

pis

伎の験測された観測所の位置は B 殆ど全部震央距離二百粁以上にある。 本震の震源の深 3 二十三粁に卦して、乙の震央距離二一臼粁に卦する震源距離は二百

O

一粁余となっ て‘震源距離と震央距離とは殆ど一致し℃ゐる。 故に震央距離二百粁以上の観測所の震源距離は全く震央距離に等しいと見る事が出来る。 3 れば、設に用ふる関係 k V H 誌のムは震源距離であると同時に震央距離であるので、求むるkも亦, 震源距離に封するものであると同時に震央距離に封するものである。 次に乙の

plS

に針するたを求めて見ょう。弦に用ふる観測所の値は

pjS

曲線から割 A 口に正しいと

(21)

思はれる者のみを選んが μ

高 境 - 盛 徳 * 洲 盤 手 [ J 石 市1[1111 山 八 京 踊 八 新 合 伏 名 観 、 出 所-震 源 距 離 即 震 央 が 離 軒 二 O 二 二 一 ニ O ニ同三 一 一 穴 大 二六八 一 一 七 七 一 一 一 O 八 一 一 一 一 八 一 一 一 一 一 一 一 = 一 四 凶 一 一 一 六 六 三七八 三八四 三八五 四 O 三 四三八 四同一 四九七 五二八 五五二 秒 一 一 一 一 一 ・ 三 二 三 ・ 八 二 凹 ・ 八 二 九 ・ へ 二 九 ・ 七 三 ご ・

o

三 四 ・ 九 三 五 ・ 六 一 一 一 一 - 一 ・ 穴 三 一 一 一 ・ 大 凹一・七 四 二 ・ 三 三九・四 三 八 ・ 九 四二・七 四 七 ・ 四 ム ハ ・

o

五 二 ・ O 五 五 ・ 一 日 九 七 ・ 穴 PAIls 古 岡 牛 島 洋 本 岡 山 巻 戸 室 形 木 都 島 島 潟 ‘ 津 木 屋 丈 取' 全 日 八 ・ 七 O 九 ・ 山 ハ 穴 九 ・ 八 一 八・九四 九 ・ O 一 一 一 八 ・ 六 九 八 ・ 八 三 八 ・ 九 一 九 ・ 五 八

0 ・ 二 O 八 ・ 八 O 八 ・ 九 四 九・七五 九 ・ 九 一 九・川七 九 ・ 一 一 一 四 九 ・ 五 八 九 ・ 五 五 九・五六 九 ・ 穴 O 三 七 、

(22)

一 八 父 札 宝 松t青 ー 島 幌 蔚 山 森 大 O

ム ハ O 三 七穴三 八四七 九九五 六三・八 宍四・三 凡 0 ・ 五 九 0

・ 。

00

・ 。

平 均 九回フ

ι

フじ.ゴU O ゴI.i九.

三 九 三 四 三 JZH 九 五 九 九 八 七 以上二十五箇所のたの値平均ど求ひれば r H

。 ・ ∞ 。

左 な る 。 (ノ、) P S I ζ 封 す る の

p

l

S

の験測された観測所の位置も

plS

の験測

3

れた観測所と等しく‘殆ど全部が震央距離二百粁以 上の位置にあるので本震の震源の深さに封しては是等観測所の震源距離と震央距離は全く等し

3

ものと なる。故に次に求 h u るたの値は、震源距離に針するものであると同時に震央距離に針するものである。 次 に

p

l

-S

に封するhの値を求めて見ょう。 浮 木 開 震

一一霊源

百三即.距

八 O粁斑tl経 P ﹃ l 一 S k 現 剖 所 金 伏 秒 一 一 一 一 ・ 一 二 一 四 ・ 八 ム ハ ・ 九 七 ・ 一

(23)

大 函 漬 , 康 青 央 高 境 室 秋 徳 洲 豊 和 湖 神 宮 仙 大 凡 京 繭 常 歌 島 本 ・ 岡 山 岬 戸 浄 蓋 阪 木 都 井 二 五 一 一 一 六 六 ' 一 ニ O 八 三一ぺ 三四三 三四四 三 五 O 一 一 二 ハ 宍 三八二 三八四 三八五 四 O 三 四 四 一 四七 O 五一四 五二八 五五二 六 00 大 O 二 宍一五 六 三 一 本 七 O 一 一 一 七 一 一 一 O 三 三 ・ 四 三 八 ・ 九 四 三 ・

o

四 六 ・ 五 五 一 ・ 五 四七・九 五 一 ・ 九 五 三 ・ 二 五 三 ・ 五 五 六 ・ コ 一 五 大 ・

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五 九 ・ 七 穴 穴 ・ 九 七二・四 七 四 ・

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セ 凡 ・ 九 八 二 ・ 五 八 六 ・ 四 八九 0・ 八 八 八 ・ ニ 布 一 一 了 九 一 O 宍 ・ 五

O コ 7 0 回 戸 知 分 舘 田 島 森 七 ・ 五 三 六 ・ 八 五 七 ・ 一 七 六 ・ 八 六 六 ・ 六 六 七 ・ 一 九 六 ・ 七 七 六 ・ 入 八 七 ・ 一 回 ム ハ ・ 凡 一 大 ・ 八 八 六 ・ 七 七 六 ・ 穴 一 一 六 ・ 五 O 六 ・ 九 六 六 ・ 七 O ム ハ ・ 七 O 六 ・ 九 五 ム ハ ・ 七 回 大 ・ 九 七 六 ・ 八 七 六 ・ ・ 大 一 一 七 ・ 。 八 九

(24)

四 O 帯 血-1m.踊 民 岳 本 亀 岡 /i、/,‘ i¥‘/¥ 八 プ ミ 二 二 0/¥穴‘ J三 一 一 七 三 一 一 一 一 穴 ・ 九 一 一 一 一 一 二 一 一 一 一 一 一 ・ 均 七 ・ O コ 一 士 ・ O 大 七 ・ O 七 七 ・ 二 一 穴 ・ 九 二 泉 4 以上二十九筒所の k の値の卒均

k

U

れば 同 一 H

-D M L L な る 。 由 一 k の意義 以上求めたる k の佐をまとめて見ると 可 1 ∞ お 時 一 } 叫 か 即 日 ∞ ・ ∞ 。 ︼ V I m -門 出 市 匂 斗 以 w -H C ・ ∞ 。 可 l m R 段 斗 以 W H O -s となる。但し是等求められた k の値は本震に依って得られた値のみであるから、 一般に直に用ふる乙と は早計であって、更に他の種々の地震によって是等の依を求めて吟味し・なければならぬ事は勿論である。 併し本震に依って得られた是等初期微動舷続時間は可成正確に議み取れたものであるから、求められ た k の値も相品目田信用の置けるもので、他の地震によって求 U るも、略本震によって符られた k の値比近

(25)

いものとなるであらうと思はれる。 扱 , H 一 必 等 h の値の意味であるが,一

pl

一β 値に封する k の値は勿論震源距離に封するもので震央距離に は流用問来ない。併し P 1 1 S 航及 P 1 1

S 住民封する k の位は震源距離に到し℃も亦震央距離に鈍しても 使用出来る古のである事は先に述べた遁

b

で あ る 。 一般に震源の深浅によって、震央距離等し

3

同一観測所の初期微動継緩時間は著しく相遣するから、. 震央距離に封する一般公式は求められない。 併し不運緩屠よ λ ソ 浅

3

所に起る地震の震源は多く二三十粁の深 3 にあって、此の震源の深芯に卦して は、震央距離二三百粁以上にある観測所の震源距離はる一く震央距離と一致するものである。 而かも

pls

値及び

p

l

一S 値の観測される観測所は、多く乙の震央匝離曹と震源距離の一致するこ三百 粁以上の距離にあるが普通である。 故に、震源が浅いと思はれる地震の震央距離二三百粁以上の観測所の初期微動機緩時間に卦し℃は震 央距離ムに封ずる公式 澗治問譲 AYH 宮 が意味を有官る事になる。 之の意味に於て義一に求めた、 P 1 S 及

p

!

一 S に劃するこつの k の位も元来は震源距縦に卦するもの 四

(26)

四 であるが、叉震央距離に封しても詳され得るものであって.賞際の問題に於℃は震央距離に封し℃使用 するが便宜である。併しながら放に考慮すべ

3

事は‘本震によって符られた結呆からも判る様に P 1 S 'に卦するkの値と,

P1

一 S に封するんの値とは可成相還してゐるので‘一般に何れのkの伎を使用すべ a d かは問題である。 却ち一見して

plS

p

l

S

を区別する事は困難な事であるから

. s

波 と 一

S

波と何れが明瞭に出るか を明らかにして置く事が大切である。 著者が本地震の調査によら得た経験に依れば、殆

E

総べての記象紙に於℃、一 S 波が著しく明瞭に出て ゐ て S 波 は 一 S 波に比してそれ程明瞭に顕はれてゐ・なかった。 乙の結果、各観測所の報告による要覧所載の初期微動継緩時間の大部分が、著者の験測したP

S 値 によく符合してゐた。

p

l

s

値は著者自身が験測したもの以外には各観測所よ

b

初期微動継績時間として報告主れたものは 殆ど無かった。 ,乙の事から考へる時、一般には

p

l

一 S が初期微動機績時間として観測される事が多い様に思はれるリ r 故に震央距離に勤し℃、初期微動縫緩時間に采すべ

3k

の 一 位 は

p

l

一 S 値に封ずるんの値を別ふる方が 趨営と推察当れる。

(27)

併 し ‘ 之 の k の値及び共のたの何れを震央距離に使用すべきであるかは興味ある問題であるが、今迄 材料も余 λ リなく,叉論ぜられた乙ともないので、本地震一つの調査結果から余タ論ずる事は出来、ない。 乙の問題に就いては他日機を符て更に研究して見たいと思ム。 本稿を終るに臨みん、種々御指導下さった岡田先生に厚く御鵡申上げる次第である G ( 昭和四年十一月) . 、 《、 四

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