Bulletin of the Mukogawa Women's University Museum No.1
紀要・年報 第 1 号
紀要・年報
ごあいさつ ……… 横川公子 1 総合ミュージアムの紹介……… 横川公子 3 紀要 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 論考 古い缶詰は食べられるのだろうか? -経年劣化したパインアップル缶詰の外観および成分分析- ……… 鮫島由香・福田史織・岩橋咲季・松井徳光 9 武庫川女子大学附属総合ミュージアム所蔵着物資料の色彩分析 第1報 ―天然染料で染まる色および現代衣料用テキスタイルとの比較から見出した色彩的特徴― ………… 古濱裕樹 17 モスリン友禅による流行模様の大衆への広がり ―絣風・絞り風の模様を例に― ……… 樋口温子 29 研究ノート シンガーミシン裁縫女学院におけるミシン刺繍教育 ……… 池田仁美 39 年報 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 総合ミュージアム(総合ミュージアム設置準備室)活動の記録 ……… 43 受入資料 ……… 47 資料特別利用 ……… 48 展覧会報告 春季展 「描かれたキャンパス 武庫川学院の景観」 ……… 49 秋季展 「ハレの日のきもの -近代の裾文様-」 ……… 53 「衣と生活 Kimono and Life」かんさい・大学ミュージアム連携プロジェクト 「ゴージャスとモダニズム」 -船場の美意識探訪、塩野家コレクションとその周辺- ……… 61 「登録有形民俗文化財」登録記念展 「きものに見るモダン生活の軌跡-A locus of Modern KIMONO Life-」 ……… 63 展覧会によせて ミュージアムサロンで語る「ものとしての着物、人との関わりにおける着物」 -大学生と地域の人たちによる博物館での世代間交流- ……… 佐藤優香 67 「武庫川女子大学近代衣生活資料」の有形民俗文化財登録について ……… 横川公子 74 館蔵資料データベース ……… 76 武庫川女子大学附属総合ミュージアム規程 ……… 82 『武庫川女子大学附属総合ミュージアム紀要・年報』の編集および刊行に関する内規 ……… 86
- 1 - 横川 公子 武庫川女子大学附属総合ミュージアム 館長 『武庫川女子大学資料館紀要14号』改題『武庫川女子大学附属総合ミュージアム紀要・年報 第 1号』をお届けします。本号は、令和元年度創立記念日、2月25日を機に、準備室から総合ミュー ジアム開設となり、さらに令和2年4月1日から、附置研究所としての活動を開始した総合ミュー ジアムの、最初の紀要です。これを機に『武庫川女子大学附属総合ミュージアム紀要・年報』と改 題し、当館の活動と調査研究の成果を盛り込むための新しい皮嚢となりました。 総合ミュージアムに先立つ武庫川女子大学資料館は、平成6(1994)年の学院創立55周年を機 に創設されました。創設の趣旨は、生活文化に関する知見の涵養と情操教育に資することを目的と して民具資料と美術工芸資料を収集し、教育と研究のための基礎的な資料や情報の整備を行ない、 その成果を、展示を通して公開するというものです。この資料館が、平成26(2014)年に武庫川 女子大学附属総合ミュージアム設置準備室となり、5年後に総合ミュージアムが開設されました。 この間、旧資料館および総合ミュージアム設置準備室は、展示のみならず、前年度の活動報告と調 査研究報告を収録する『資料館紀要』を13号まで発刊しました。 『武庫川女子大学附属総合ミュージアム紀要・年報』は、基本的に旧資料館の趣旨を継承するも のですが、2つの点で、新たな展開が盛り込まれます。ここには、総合ミュージアムで始めた新し い取り組みである研究員および嘱託研究員の制度による成果や活動状況が反映されることになりま す。 まず、総合ミュージアムは、日本の生活文化資料と美術工芸を扱う資料館と、学院のアーカイ ブ機能を持つ資料室を統合しました。そのため従来の『資料館紀要』に加えて、アーカイブ化が進 むにつれて、逐次、学院の歴史や関連するエピソード、学院が目指した教育研究が照らし出される ことになると思います。 次に、生活文化資料の調査と展示によって蓄積されてきた成果の一部(9,092点)が、「武庫川女 子大学近代衣生活資料」として、令和元(2019)年度の文化庁による登録有形民俗文化財に登録 されました。近現代における普通の、つまり人々が暮らしの中で身近に親しんできた生活文化資料 の収集、展示と図録作成の成果が認められたものです。これらは、さらに本学の大学ミュージアム における学術標本資料として検討され、別の視点や新たな方法で、これまで知られていなかった学 術価値を発掘することに繋がると思います。そうして大学の教育研究活動や地域の知的活動に活か されると思います。新しい研究員・嘱託研究員制度は、こうした活動を後押しする役割を果たすこ とになるでしょう。 『武庫川女子大学附属総合ミュージアム紀要・年報』は、以上のような、標本資料を拠り所とす る様々な立場からの議論をする場となり、こうした活動を推進するコーディネーター役を果たすも のにしたいと思います。このことは、ミュージアムの強みだと思います。研究員・嘱託研究員のみ なさまには、論考の投稿のみならず、この場を多角的に活用していただきますよう、お願いいたし ます。大いに歓迎いたします。
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We are pleased to introduce the first issue of the Bulletin of the Mukogawa Women’s University
Museum. As the Bulletin has been renamed from the Annual Report of MINGU, Arts and Crafts Center,
the new issue continues the sequence from no. 14. onwards. On 25th February, 2019, anniversary of the University's foundation, the Mukogawa Women’s University Museum was established, and the Museum began activities as an affiliated research institute on 1st April, 2020, with regular researchers and non-regular "research fellows". The renamed journal (hereafter Bull. MWU Museum) will report museum activities and research.
The Folk Art and Craft Center was established in 1994 to commemorate the 55th anniversary of foundation of the Mukogawa Gakuin Educational Institution. The purpose of the Center was to collect tools, materials and information related to arts and crafts, preserve them for education and research, and present exhibitions in order to foster knowledge about everyday life culture and to cultivate aesthetic sensitivity. In 2014 the Center became a Preparatory Office for the university-affiliated museum, which opened five years later. From 2007 to 2019, the Center and subsequent Preparatory Office published 13 issues of the above-mentioned Annual Report.
The Bull. MWU Museum continues the functions of the former Annual Report, but with two new developments. Firstly, the newly established MWU Museum not only integrates the functions of the former Center, it also serves as an archive for Mukogawa Gakuin Educational Institution as a whole (including the University and associated schools). The history and educational activities of the
Institution will also be reflected in Museum activities as the archiving progresses.
The second new development is that the collection of "Modern Clothing Living Materials" held by the Museum (9,092 items) was recognised by Japan's Agency for Cultural Affairs as registered tangible folk cultural property in 2019. These materials remain available for study and exhibition, and will gain new value over time as academic research is carried out at the Museum with new methods and diverse viewpoints. With the support of our researchers and research fellows, I believe the collected materials will also have continuing value for the University and wider community.
By serving as a forum for discussions and diverse viewpoints, the Bulletin of the MWU Museum will also contribute to the development and promotion of our Museum activities. I am confident that this will be an advantage for the Museum, and invite all researchers and research fellows to not only submit papers, but also to utilize the new forum in other ways. You are most welcome.
- 3 - 2020(令和2)年4月1日、武庫川女子大学附属総合ミュージアム(Mukogawa Womenʼs University Museum)(以下総合ミュージアムと称す)は、武庫川女子大学附置研究所として開設さ れました。本稿では、今日までの沿革と目的、未来に向かっての活動紹介を中心に、総合ミュージ アムの紹介をします。 【沿革】 1994(平成6)年5月 武庫川学院55周年事業として武庫川女子大学資料館(旧資料館)開設。 公江記念館2、3階にギャラリーと収蔵庫を設置する。資料館運営委員 会を設置する。 生活文化に関する知見の涵養と情操教育に資することを目的とし、民具 資料と美術工芸資料を収集し、教育と研究のための基礎的な資料や情報 の整備を行ない、その成果を、展示を通して公開する。 2014(平成 25)年4月 総合ミュージアム設置準備室を設置し、旧資料館と旧資料室を統合、資 料館運営委員会をそのまま引き継ぐ。旧資料館については活動を継続する。 2015(平成 27)年4月 総合ミュージアム設置準備室の旧資料館部門について「学内研究員」が 発令。教育・研究機関としての内実を図る。 2017(平成 29)年4月 公江記念館取り壊しに伴い、収蔵資料の移動のための準備を開始する。 総合ミュージアム設置準備室に80周年史編集委員会事務局を併設する。 2018(平成 30)年1月 総合ミュージアム設置準備室の事務室・ギャラリーを、IR館4・5階に 移動する。同時に、収蔵品を芸術館・MM館地下倉庫・日通倉庫に分け て移動する。 2018(平成30)年4月 総合ミュージアム設置準備の委員会を組織化し、常任委員が委嘱される。 2020(令和2)年 常任理事会にて、創立80周年記念日の2月25日に総合ミュージアムを開 設し、さらに4月1日から附置研究所として活動することが承認される。 2020(令和2)年 評議会にて、総合ミュージアムを4月1日より附置研究所として活動す ることが承認される。附置研究所は、ミュージアム機能を持つ研究所と なる。 2020(令和2)年 総合ミュージアムを開設。総合ミュージアム設置準備室の事務室・ギャ ラリーの施設設備をそのまま引き継ぐ。 2020(令和2)年 総合ミュージアムが附置研究所となり、博物館機能を持つ研究所となる。 現学院長・大河原 量氏によれば、「このミュージアムの発端は、前学院長・理事長・学長の日下 晃先生が、明治・大正・昭和に亘る生活用具などの民具が失われていく現状に危機感を覚え、教育・ 研究に資する為、これらの時代に係わる民具類の収集を始められた事にあります。」ということで あり、その後、上述のような経緯を経て、旧資料室を併合し大学附属総合ミュージアムとなり、さ らに発展的に博物館機能を持った附置研究所として、活動を開始しました。基本理念・目的は、次 の通りです。 1月16日 2月5日 2月25日 4月1日
- 4 - 化と美術工芸について調査・研究し、大学内外の知的資源の発掘・活用、並びに教育に寄与する。(武 庫川女子大学附属総合ミュージアム規程 第二条参照) 基本理念・目的を達成するため、次に掲げる業務を実施していきます。 (1)学院史資料の収集、保存と活用のための調査研究、展示 (2)近現代の絵画・工芸資料の収集、保存と活用による調査研究、展示 (3)近現代の文化資料の収集、保存と活用による調査研究、展示 (4)学内と地域・他機関との研究交流の促進 (5)資料の修復、保存およびそれに関する調査研究 (6)調査研究成果の学内・社会への還元を目的とした諸資料の展示、公開 (7)博物館学芸員課程の運営、教育研究活動の推進 以上の業務を遂行するために、総合ミュージアムは、5つの研究・教育部門を置いています。武 庫川学院の歴史を探求する「学院資料部門」、大学の研究と教育の成果の一つとして、当面、主に 近現代の生活文化と美術工芸などの調査・活用を進める「調査研究部門」、学内と地域や他機関と の研究交流を促進する「地域社会連携研究部門」、資料の受入・保存・修復に対応する「保存修復 研究部門」の3つの研究部門によって、調査研究活動を推進します。さらに学芸員課程の運営や資 料保存・修復講座を担う「教育部門」を置いています。以上の5部門によって、学内外への研究成 果の公表や展示、自校史教育、学芸員養成など、これまで以上に本学附属としての重みと機能を担 うことになります。(84頁体制図参照) 具体的な取り組み内容について、少し触れておきます。従来から蓄積してきた調査研究成果と しての年3回の展覧会実施や紀要の出版、他の大学博物館との連携企画に加え、さらに具体的・進 取的に取り組みを進めるうえで、学内からは研究員、学外からは嘱託研究員を広く募集し、調査研 究の実を上げる仕組みを進めています。2019年度に文化庁によって登録有形民俗文化財に指定さ れた「武庫川女子大学近代衣生活資料(9092点)」を視野に入れた、「近現代のきもの意匠に関す る総合的研究」など、研究員・嘱託研究員による多様な研究課題が浮上しています。さらに総合 ミュージアムが収蔵する、近現代の美術工芸資料や生活文化資料の活用のために、データベース化 とその公開のための作業を進めており、文化財を所蔵する大学ミュージアムとしての大学内外や地 域からの要請に応えるべく、スタッフ一同、取り組んでいます。 ミュージアムの総合化に伴う学院資料部門の設置により、武庫川学院法人とのゆるやかな連携 が可能になり、学院史資料のデータベース化推進が緒についております。80年史編集業務の推進(~ 2019年度)に伴って収集された学院史資料のリスト化も開始されています。 また開館と同時に、総合ミュージアムは、学芸員課程を運営する主管部署になりました。従来、 日本文化学科に特化されていた学芸員課程が、全学に拡大され、2021年度入学生から、3学部6 学科の要望に応えることができるようになりました。博物館実習や、資料の保存修復に関する講座 や実務を引き受けることも含め、今後、内容の充実が要請されています。 最後に、以上のような総合ミュージアムの活動の場である施設設備について、触れておかねば なりません。学術研究交流(IR)館3・4階に、総合ミュージアム設置準備室から、事務室とギャ ラリー、資料整理・準備室、周年史資料室兼事務室をそのまま受け継いでおり、収蔵庫は、附属中 学校・高等学校構内の芸術館と第一学舎日下記念マルチメディア(MM)館の地下倉庫、各所の学 院史資料置場等々に分散されています。調査室や講義室・実習室、研究員・嘱託研究員の共同控室
- 5 - 組織図・部門活動紹介 等々、施設設備に関する要請は総合ミュージアムの喫緊の課題の一つであり、鋭意、取り組みたい と思います。 (総合ミュージアム館長 横川公子) i 2020年度は、研究員(9名)嘱託研究員(6名)となっている。
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論 考
古い缶詰は食べられるのだろうか?
-経年劣化したパインアップル缶詰の外観および成分分析-
鮫島由香・福田史織1・岩橋咲季2・松井徳光 食物栄養科学部食物栄養学科 食品加工学研究室 1.はじめに 古い民家に残された缶詰をミュージーアム 資料として入手されたミュージーアム準備室の 横川室長から、「20年以上前の古い缶詰は食べ られるのでしょうか?」と尋ねられ、答えに困っ た。 現在の食生活において、缶詰などの食品保 存容器は欠かせないものになっている。この食 品保存容器が使われ始めたのは、1804年から である。フランスのニコラ・アペールにより缶 詰製造の原理が発見され、1810年にはイギリ スのピーター・デュランによりブリキを使った 缶詰が発明された。当時は軍事用の保存食とし て使用されていたが、現在、缶詰は一般的な食 品保存容器として使われるようになり、ブリキ 缶に代わりスチール缶やアルミ缶が普及し、 様々な缶詰商品が家庭用として販売されている。 缶詰は保存性に優れ、自宅で調理を行うと 手間のかかる料理もすぐに食べられるなど利便 性がある。缶詰は、容器を密封し、食品中の微 生物を死滅させるための加熱殺菌を行うことで 長期保存を可能にしている。しかし、保存性に 優れているという利点を持つ缶詰であるが、保 存期間中に膨張や穴が空くという現象が起こる こともある。長期保存された缶詰の中は、どの ような状態になっているのだろうか?これまで、 多くの人々が疑問を抱いた課題であるが、長期 保存された缶詰に関する科学的観点からの研究 はほとんどなく、不明な点が多く残されている。 古い民家に残された119点の缶詰の中で、外 観的に著しい変化が観られたのは果物が入った 缶詰で、缶詰の缶が膨張し、穴が空いたものが 多く観られた。本論考で破壊実験を実施したパ インアップル缶詰においても受け入れ時から6 年後にはラベルの一部が黒くなるなど明らかな 変化が生じていた(図1)。果たして食べられ るのであろうか? そこで本研究では、「古い缶詰の中はどのよ うな状態になっているのだろうか?」、さらに 「古い缶詰は食べられるのだろうか?」という 疑問の解決を主目的として、現在も販売されて いるパインアップル缶詰を用い、製造20年以 上保存された缶詰における外観の形状変化、パ インアップルの色や香り、微生物検査、真空度、 糖度、遊離アミノ酸量の測定を行い、古い缶詰 の状態について明らかにすると共に、「食べら れる・食べられない」の可食に関する判別基準 を示唆した。 図 1 資料の外観(左:2011年 6 月の受け入れ時 撮影、右:2018年 6 月撮影) 1 生活環境学研究科食物栄養学専攻 2 生活環境学部食物栄養学科- 10 - 2.古い缶詰の分析 缶詰の中で最も著しい変化が認められたの は果物の缶詰であった。缶詰の缶が膨張してい たり、穴が空いているものが多く観られた。そ こで、この変化の原因を追究するため、本研究 では、古い缶詰と、現在も販売されているリリー のパインアップル缶詰(新しい缶詰)とをそれ ぞれ破壊実験を行い、外観の形状変化、パイン アップルの色や香り、生菌数、真空度、糖度、 遊離アミノ酸量を比較した。 缶詰の形状 古い缶詰と新しい缶詰を用いて缶の形状に おける変化について観察した。また、缶詰内の 内容物の変化を観察し、重量を測定した。本研 究で使用した缶詰に記載されている表示を表1 に示す。商品名から輸入者まで賞味期限を除き すべて同じ表記であった。 古い缶詰はふたが膨らんでおり、ラベルの 部分が黒くなっていた(図1)。図2と図3に 古い缶詰のパインアップル、図4と図5に新し い缶詰のパインアップルを示す。古い缶詰の方 は、新しい缶詰に比べてパインアップルの色が 茶色く褐変していた。新しい缶詰のシロップは 薄い黄色を帯びた透明の液体(図6)であった が、古い缶詰では、すでにシロップが無くなっ ており、パインアップルの色から褐色に変化し ていたことが推察される。さらに、新しい缶詰 は甘いパインアップルの香りを呈したが、古い 缶詰のパインアップルは不快な金属臭であった。 図7に古い缶詰の缶の内部、図8に新しい缶詰 の缶の内部を示す。古い缶詰の内部は灰色であ り、新しい缶詰は金色であった。缶詰の重量を 表2に示す。古い缶詰は新しい缶詰に比べてシ ロップがなくなっていた分、重量も減少してい た(表2)。 古い缶詰の中にあったパインアップルが茶 色く褐変した原因として、長期保存期間中にパ インアップルおよびシロップ中に含まれる糖と アミノ酸によるアミノカルボニ反応が起こり、 褐色色素であるメラノイジンが生成したことが 推察される。メラノイジンは味噌や醤油におい ても多量に生成される有用物質であり、有害で はない。パインアップルの褐色物質がメラノイ ジンであれば、食べられる可能性がある。 しかし、古い缶詰が不快な金属臭を呈した こと、缶の内部が灰色であったことから、本缶 詰は鉄にスズメッキが施されているブリキ缶で あり、ブリキを構成しているスズが腐食し、不 快な金属臭が生じたと考えられる。この不快な 表1 本研究で使用した缶詰に記載されている表示 古い缶詰 新しい缶詰 商品名 リリーのパインアップル リリーのパインアップル 名称 パインアップル・シラップづけ(ヘビー) パインアップル・シラップづけ(ヘビー) 形状 輪切り 輪切り 内容個数 10枚 10枚 原材料名 パインアップル、砂糖、酸味料 パインアップル、砂糖、酸味料 固形量 340g 340g 内容総量 565g 565g 賞味期限 2001年9月6日 2021年1月30日 原産国名 タイ国 タイ 輸入者 三菱商事株式会社 三菱食品株式会社 表2 缶詰の重量 古い缶詰 新しい缶詰 固形量(g) 302 360 シロップ量(g) 0 228 総量(g) 302 588
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図2 古い缶詰のパインアップル(缶の中) 図3 古い缶詰のパインアップル
図4 新しい缶詰のパインアップル(缶の中) 図5 新しい缶詰のパインアップル
図6 新しい缶詰のシロップ
- 12 - 金属臭は、食品としては敬遠されるものであり、 食欲を減退させる。また、スズが古いパインアッ プルに含まれる可能性が高いことが推測される。 高濃度のスズを摂取すると急性中毒となり、吐 き気、嘔吐、下痢を引き起こすことが知られて いる。よって、本研究で用いた古い缶詰のパイ ンアップルは、スズを体内へ多量に摂取し食中 毒の原因となることから可食できないと判断さ れる。 真空度の測定 缶詰は一般的に内容物を入れてから蓋をの せ、蒸し器などで脱気処理を行った後、直ちに 巻締を行っている。そのため、缶内が真空状態 に保たれ、好気性微生物の生育を阻止し、さら に酸素による酸化反応を抑制している。そこで、 古い缶詰と新しい缶詰の真空状態を確認するた めに、バキュームゲージを用いて缶内の真空度 を測定した。真空度とは、真空の程度を示すも ので、缶詰や瓶詰製品の内圧力(減圧の程度) のことである。 缶詰の真空度を表3に示す。新しい缶詰は 真空度32cmHgであり、一般的な缶詰の真空度 が20~30cmHgであることから、真空度が保た れていることが確認できた。一方、古い缶詰の 真空度は0cmHgを示し、真空状態が保たれて いない状態であることが確認された。 表3 缶詰の真空度 古い缶詰 新しい缶詰 真空度(cmHg) 0 32 古い缶詰の真空度が0cmHgであったことか ら、缶を構成する金属の腐食などの原因により 穴が空き、缶が密閉状態が保持できず、空気が 外から混入した可能性が考えられる。また、微 生物が侵入した可能性も考えられる。空気中の 酸素が缶詰内容物であるパインアップルとシ ロップのみならず、ブリキ缶の金属の構成成分 である鉄を酸化した可能性が考えられる。一般 的に鉄は酸化(酸素が結合する反応)によって 錆び脆くなる。パインアップルの褐色化に鉄の 錆びの関与も否定できない。鉄錆がパインアッ プルの褐色化の原因に関与しているのであれば、 過剰摂取の可能性も考えられるため、可食は避 けるべきであると判断される。 また、古い缶詰はシロップが無くなり重量 が減少していたことから、目に見えない小さな 穴が長期保存期間中に生じたことが推測される。 目に見えない小さな穴の形成に関する原因とし て、缶の外観に錆びが存在していたことから、 保存期間中に、天気や季節にも関係するが、長 雨により高湿度の空気が生じ、缶詰が湿度の高 い空気で覆われることで缶詰の缶表面が湿気を 帯び、ブリキ缶を構成している金属である鉄が 水と酸素との化学反応を起こして赤錆となり、 錆びた部分に肉眼では見ることができない小さ な穴が空いた可能性が考えられる。 生菌数の測定 真空状態が保たれていなければ、缶詰内部 に空気(酸素)が入り、好気性微生物が缶内部 に侵入し、繁殖したことが考えられる。そこで、 古い缶詰と新しい缶詰のパインアップル中の一 般細菌とカビ・酵母の有無を明らかにするため に、平板希釈法により生菌数を測定した。 なお、生菌数とは生きた菌の数のことであり、 一般的に1gあるいは1ml中に108個の微生物が 存在した場合に腐敗の状態であると判定される。 図8 新しい缶詰の缶の内部
- 13 - 培地には、一般細菌用として普通寒天培地、 カビ・酵母用としてマルト培地を用いた。培養 は好気的および嫌気的条件を設定し、30℃、1 週間で行った。 しかし、古い缶詰および新しい缶詰のパイ ンアップルからは細菌およびカビ・酵母などの 微生物は全く検出されなかった。 新しい缶詰は、真空度が保たれていたこと から、缶詰は密封されており、加熱殺菌後、微 生物が侵入することができなかったと考えられ る。一方、古い缶詰は、シロップが無くなって いたことから、保存期間中に小さな穴が生じた 可能性があり、微生物が侵入できる状態になっ ていたと推測されるが、高い糖度による浸透圧 の影響、酸味料(クエン酸)による低いpHな ど缶詰内における生育条件が良好ではなく、増 殖が困難であり、混入した微生物も死滅し、今 回の破壊実験を行った段階では、微生物が検出 できなかったと考えられる。 本研究で用いたパインアップル缶詰は膨張して いた。一般的に、膨張する原因として、微生物 学的原因と化学的原因がある。微生物学的原因 は缶詰の殺菌が十分ではなかった時、あるいは 殺菌後に微生物が侵入した時など、微生物が生 育してガスを出した時に起こる。また、化学的 要因は缶を構成している金属の腐食などにより 鉄が溶け出し、水素ガスが発生した時に起こる1) 。 微生物の生菌数の測定において、古い缶詰 から細菌、カビ、酵母などの微生物が検出され なかった。よって、古い缶詰における膨張は微 生物学的原因によるものではなく、化学的原因 であると考えられる。古い缶詰の内部は灰色で あり、腐食が進んでいたことが推測される。ブ リキ缶を構成するスズが溶出し、鉄が露出し、 シロップに含まれるクエン酸などの酸と鉄が反 応して水素ガスが発生したことが推察される。 古い缶詰のパインアップルは不快な金属臭 が強かったことから、パインアップルにはブリ キ缶の構成成分であるスズや鉄が含まれ、食中 毒の原因となる可能性が十分に考えられること から、過食は避けるべきであると判断される。 糖度の測定 古いパインアップル缶詰と新しいパイン アップル缶詰における糖度の変化を明らかにす る た め に、 糖 度 計( 糖 度 屈 折 計 ATAGO N-1a)を用いて糖度を測定した。なお、糖度 とは、食品100g中に含まれるブドウ糖やショ 糖など糖分のグラム数のことある。 缶詰の糖度を表4に示す。古い缶詰と新し い缶詰のパインアップルにおいて、糖度に顕著 な違いは認められなかった。微生物が繁殖すれ ば、微生物の栄養源として缶詰に含まれる糖質 が利用され、結果として糖度は減少する。しか し、古い缶詰と新しい缶詰におけるパインアッ プルの糖度にほとんど変化が認められなかった ことから、微生物による腐敗は起こらなかった 可能性が高い。したがって、ガスの発生、それ に伴う缶の膨化は化学反応よることが推察され る。 表4 缶詰の糖度 古い缶詰 新しい缶詰 糖度 (%) シロップ固形物 19.0‐ 19.318.7 遊離アミノ酸量の測定 保存中の変化として、パインアップル中の 遊離アミノ酸が微生物に利用される、あるいは アミノ酸と糖との化学反応であるアミノカルボ ニル反応で遊離アミノ酸が反応に使われるため 減少することが推測された。そこで、高速液体 クロマトグラフィー(HPLC)を用い、古い缶 詰と新しい缶詰におけるパインアップルの遊離 アミノ酸量を測定した。なお、遊離アミノ酸と は、食品中などに含まれているアミノ酸のこと である。 HPLCの試薬には、反応用緩衝液〔0.1mol/L ホウ酸緩衝液(pH9.2)〕、反応液〔25mmol/L NBD-F〕、 移 動 相A〔10mmol/LCitratebuffer (pH6.2)+75mmol/LNaClO4〕、 移 動 相 B 〔CH3CN/H2O=50/50〕を用いた。 分 析 条 件 は、 カ ラ ム にC A P C E L L PA K
- 14 - C18MGⅡ(4.6mmI.D×250mm)を用い、移動 相 は(A)10mmol/Citratebuffer(pH6.2)+ 75mmol/lNaClO4、(B)CH3CN/H2O=50/50 と した。グラジエント条件はB% 5%(0min) → 10%(20min) → 38%(45min) → 100% (60min)→100%(65min)→5%(65.1min) →5%(80min)Gradientとした。流速は0.95min/ 分、恒温槽を40℃に保ち、注入量を40μl、検 出波長をEx:480nm、Em:530nmとして測定 した。 缶詰の遊離アミノ酸量を表5に示す。古い 缶詰は新しい缶詰に比べて若干ではあるが遊離 アミノ酸量が減少していた。遊離アミノ酸が減 少した原因として、缶詰中の糖とアミノ酸との 化学反応であるアミノカルボニル反応が起こっ たことが推測される。その結果、密閉された缶 内において二酸化炭素ガスが発生し缶を膨張さ せたこと、また、アミノカルボニル反応で生じ るメラノイジン色素(褐変色素)(図2、図3) が古い缶詰のパインアップルを褐変させたこと が考えられる。 表5 缶詰の遊離アミノ酸量 古い缶詰 新しい缶詰 遊離アミノ 酸量 (μmol/g)* 固形物 0.8 1.2 シロップ ‐ 2.4 総 量 0.8 3.6 *単位(μmol/g)は、固形物1g中に含まれる遊離ア ミノ酸のμmolを示す。 表6に缶詰の遊離アミノ酸組成を示す。古 い缶詰のパインアップルは、新しい缶詰のパイ ンアップルに比べて、アスパラギン酸、ヒスチ ジン、アルギニン、リシンが1/2以上減少して いたことから、アミノカルボニル反応に使用さ れた可能性が示唆される。 表6 缶詰の遊離アミノ酸量 遊離アミノ酸量(μmol/g) 古い缶詰 新しい缶詰 固形物 固形物 シロップ アスパラギン酸 0.011986 0.051056 0.085482 グルタミン酸 0.034069 0.034893 0.046317 セ リ ン 0 0 0.336946 グ リ シ ン 0.023982 0.027637 0.435606 ヒ ス チ ジ ン 0.011856 0.022831 0.096568 ス レ オ ニ ン 0.008040 0.007586 0.039480 ア ラ ニ ン 0.019279 0.015298 0.134483 ア ル ギ ニ ン 0.006637 0.140301 0.118814 プ ロ リ ン 0.022363 0.023668 0.123512 シ ス テ イ ン 0.558754 0.739777 0.759441 バ リ ン 0.035401 0.034360 0.072045 イ ソ ロ イ シ ン 0.011475 0.015950 0.038682 フェニルアラニン 0.037793 0.040453 0.076579 リ ジ ン 0 0.028765 0.023826 チ ロ シ ン 0.019469 0.025693 0.042784 まとめ 缶詰は保存性に優れており、自宅で調理を 行うと手間のかかる料理もすぐに食べられるな どの利便性がある。しかし、古い缶詰が食べら れるのかについては不明な点が多く、解決され ないままで現在に至っている。本研究では、同 様の商品である古い缶詰と新しい缶詰を用いて 外観の形状変化、内容物の色や香り、内容物の 重量変化について観察した。さらに、真空状態 や微生物の生菌数を明らかにすると共に、糖度 および遊離アミノ酸量を測定し、長期保存期間 後の成分変化を調査した。 本研究で使用したパインアップルの古い缶 詰は膨張しており、真空状態は保たれていな かった。また、シロップが無くなり、新しい缶 詰に比べて重量が減少していた。そこで、缶詰 の缶の膨張の原因が微生物によるものである可 能性が考えられたため、平板希釈法により生菌 数を測定したが、微生物は全く検出されなかっ た。本研究で用いた古い缶詰は、鉄にスズメッ キが施されているブリキ缶であった。古い缶詰
- 15 - の内部は灰色になっていたが、腐食が進みスズ が溶出していくうちに鉄が露出し、酸と鉄が反 応して水素ガスを発生させたことが膨張の原因 の一つであると推測された。また、古い缶詰の パインアップルの色が褐変していたことと、古 い缶詰が新しい缶詰に比べて遊離アミノ酸量が 減少していたことから、缶詰中の糖とアミノ酸 によるアミノカルボニル反応が起こったことが 推測された。アミノカルボニル反応により二酸 化炭素ガスが発生し、缶の膨張が起こると共に、 メラノイジン色素(褐変色素)によるパインアッ プルの褐変を導いたことが推察された。しかし、 不快な金属臭を呈したことから、茶色く褐変し た原因として、ブリキ缶を構成する鉄の酸化に よって生成した赤錆の関与も否定できない。 また、ブリキ缶の内部が灰色であったこと から、流出したスズがパインアップルに多量に 含まれている可能性がある。高濃度のスズの摂 取は食中毒の原因となることから可食できない と判断された。 「20年以上前の缶詰は食べられるのでしょう か?」という疑問から始まった本研究であるが、 本論考で提示したパインアップル缶詰は、缶の 内部の灰色、パインアップルの色、不快な金属 臭などから食べることができないと結論づけた。 しかし、中田家コレクションの缶詰の中に は、20年以上を経過しても缶の膨張など外観 的に全く問題がないものもある。 一般的に缶詰については、室温での長期保 存が可能という理由で、冷蔵、冷凍、冷暗所な ど保存場所が明記されていない。しかし、本研 究で取り上げた長期保存された古いパインアッ プルの缶詰は、真空度が0cmHgの状態であっ たこと、パインアップルが褐色していたこと、 不快な金属臭がしたことなどから、ブリキ缶を 構成している金属が、長期保存期間中に、水と 酸素(空気)と化学反応し、酸化した鉄が錆び た状態になり、錆びの部分で目には見えない小 さな穴が形成されたことが契機となり、空いた 穴から空気が入ることで真空度が無くなり、酸 素の缶内部への混入が、スズや鉄などの缶を構 成している金属の流出や酸化を促進し、水素が 発生することで缶が膨らみ、鉄が錆びることで パインアップルが褐色したことが推測された。 したがって、食べられなくなる状態へ変化させ る最初の原因は、水と酸素(空気)による缶詰 を構成している金属の腐食であると考えられる。 したがって、缶詰をより良好な状態で維持 させるためには、水と酸素(空気)が缶詰の金 属と反応しにくい条件を設定することが適して いると考えられる。しかしながら、冷蔵庫や冷 暗所であっても、また風通しの良い場所であっ ても、水と酸素(空気)を遮断することは困難 である。そこで、水と酸素(空気)を缶詰と可 能な限り遮断する方法として、気体遮断性や防 水性に優れた塩化ビニリデンで作られている ラップフィルムなどで缶詰全体を包むことを提 案する。水も酸素(空気)も遮断する効果が期 待できるために、缶詰の金属が錆びる可能性は ほとんどない。缶詰の金属が錆びなければ、目 に見えない小さい穴は形成されず、製造時の真 空度を維持し、スズや鉄の流出や酸化が起こる ことはなくなり、長期の保存期間中に、本研究 で使用した古いパインアップルの状態にはなら ないことが想像できる。 中田家コレクションの缶詰の中には、長期 保存されてきたにもかかわらず、缶詰が錆びな かったものがある。偶然にも湿気の少ない空気 の状態が維持された場所で保管され続けてきた のかもしれない。 本研究では、「古い缶詰の中はどのような状 態になっているのだろうか?」、さらに「古い 缶詰は食べられるのだろうか?」という疑問点 を解決することを主目的として、製造20年以 上保存された缶詰における外観の形状変化、パ インアップルの色や香り、微生物検査、真空度、 糖度、遊離アミノ酸量の測定を行い、古い缶詰 の状態について科学的実験を行い、状況の解明 を試み、「食べられる・食べられない」の可食 に関する判別基準を示唆したが、缶詰には、今 回のパインアップル缶詰のように低温殺菌製造 のほか、シーチキンのような高温高圧殺菌製造
- 16 - のものもある。また、シロップ漬や味噌などの 水をベースとした調味液に漬けたもののほかに、 シーチキンのように調味液として油を使用して いるものもあり、酸素(空気)が缶詰の内部へ 侵入した場合における金属の酸化反応の現象が 異なる可能性が高い。さらに、カニ缶詰のよう にカニ足を硫酸紙で包んでいる缶詰においては、 本研究で用いたパインアップルの缶詰とは異 なった状況であることも考えられる。さらに、 今回のパインアップル缶詰と白桃缶詰は両方と もに低温殺菌製造であるが、同じような変化が 観察できるかについても疑問が残る。 よって、「20年以上前の古い缶詰は食べられ るのでしょうか?」に対して明確に回答するた めには、より多くの缶詰の調査が必要であろう。 参考文献 (1)沼尻光治、増田寛行(2012) 「改訂3版 缶詰入門」 株式会社日本食糧新聞社
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論 考
武庫川女子大学附属総合ミュージアム所蔵着物資料の色彩分析 第1報
―天然染料で染まる色および現代衣料用テキスタイルとの比較から見出した色彩的特徴―
古濱 裕樹 生活環境学部生活環境学科 材料科学研究室 1.緒論 武庫川女子大学附属総合ミュージアムは、近 代の着物資料をおよそ3,000点所蔵している。 これは「くらしきもの資料館」から寄贈された ものを主とし、他に個人からの寄贈を受けたも のや購入したものである。大正期から昭和の戦 前・戦後期のものを中心とした長着や帯、小物 等の染織物で、華やかな色柄のものも多く含ま れる。使用者から保管者へ大切に受け継がれて きたものであり保存状態は良く、和装が一般的 であった当時の都市部における衣生活を垣間見 ることができる貴重な資料群である。これに裁 縫道具や洗濯道具、型紙、図案を加えた計9,092 点の資料が2020年3月16日に「武庫川女子大 学近代衣生活資料」として、国の登録有形民俗 文化財に登録されている。 この着物資料を文化史的、意匠学的など種々 の視点で研究に活用することで、近代日本の衣 生活文化の変容を明らかにすることができる。 一方で、明治期から昭和中期にかけては世界的 に繊維科学や染料化学の発展した時期と重なる ため、着物資料をものとして捉えた物質科学的 視点によるアプローチもできる。つまり、新し い繊維や染料が登場したことが着物の変容にも 影響を及ぼしたと考えられるのである。こうし て得られた知見は近代衣生活文化の把握に寄与 できる。さらに派生的に着物資料の適切な保管 や修復にも活用できよう。 そこで筆者は着物資料の非破壊的化学分析 を継続的に実施している。そこから非破壊的手 法による染料鑑別手法の検討も続けている1)。 今回は、着物資料の色彩科学的分析により近代 の着物における色彩の特徴について、明らかに することを企てた。資料をハンドヘルド型分光 測色計で色彩計測し、色彩値をL*a*b*色度図に 示した。それらの色彩的特徴について筆者が構 築している天然染料色彩データベース2) に収 めている色彩情報との比較から考察を行った。 2.方法 2-1.着物資料の測色 武庫川女子大学付属総合ミュージアムが収 蔵している着物資料の全ての資料の測色を計画 しているが、本報告では測色を終えた452着を 検討の対象とした。その用途内訳について、表 1に示した。これらはすべて「くらしきもの資 料館」からの寄贈品である。これらは染織作家 が芸術作品として制作したものではなく、都市 部の一般市民(主に阪神間で暮らす、比較的洗 練された先進的な生活を送っていた人々)が着 用するものとして作られたものである。実際に 着用、保管され、後世になって資料館等に寄贈 されたものが大半で、すなわち近代の都市部住 民の衣生活を反映しているものといえる。その 1,028色をコニカミノルタ㈱の積分球内蔵分光 測 色 計CM-2600dを 用 い て 測 色 し、L*a*b*値 (D65光源、10°視野)と分光反射率(360~ 740nm)を得た。計測値は正反射光込みの測定 (SCI測定)結果を基本とて採用し、一部の光 沢のある色については正反射光を除外する測定 (SCE測定)結果を使用した。- 18 - 着物資料は保管用畳紙の中に入った状態の まま机の天板面に静置し、明らかな汚れや変退 色の確認されない部位を選び、測色部の布の裏 に化学分析用濾紙を敷き、表面より分光測色計 をあてて測色した。測色結果は、1色につき、 測定部位を変えた複数回の計測を行い、異常値 を除去した有効な計測4回以上の測定値を平均 して採用した。 測色計の測定径は直径3mmの円形であり、 その中に完全に収まる色のみを測色対象とした。 そのため、手描きの細かい柄や刺繍などでそれ に収まらないものは測定していない。金属糸が 使用されている部分、および羅や紗、絽など透 けが強いものも測定対象から除外した。グラ デーションで濃淡が表現されているものは、濃 色の部分のみを測定した。なお、染色していな い、つまり生成りの色と思われる部分も測定し、 分析対象に含めたが、それは繊維の黄変が進行 している場合にベージュや灰色などの染色され たものとの区別が困難であるためである。すな わち、白、灰、灰黄の色相の中には生成りの色 も含まれていると考えられる。 2-2.色彩情報の処理 分光測色計の計測で取得したデータはコニ カミノルタ㈱のソフトウェアSpectra Magic NX で 集 計 し た が、 種 々 の 解 析 を 行 う た め、 Microsoft officeのExcelにデータをエクスポー トして使用した。得られた色彩情報はL*a*b*表 色系のa*b*色度図にアウトプットした。 また、L*a*b*表色系の色を図1に示すように 色相角h、彩度C*、明度L*によって、有彩色11 区分、無彩色3区分の計14区分にわけ、考察 において使用した。具体的には、C*が10未満 のものは無彩色とし、無彩色は明度によって3 色に分けた。hが0以上115未満および340以上 360未満の赤色から黄色にかけての色は出現頻 度が高いため、C*が10以上30未満の鈍い色と、 C*が30以上の鮮やかな色に分けた。 彩度C*はL*a*b*色度図において、a*=0、b* =0の色度図中心からのユークリッド距離で表 され、数値が高くなるほど鮮やかな色であるこ とを示す。また、色相角hはa*>0、b*=0の赤 方向、すなわち二次元直交座標系におけるx軸 の正方向を0°とし、0~360°の角度の数値に よって色相を表すものである。 図1 L*a*b*色度図における色彩区分 2-3. 天然染料色彩データベースおよび現代の アパレル繊維製品サンプル帳を用いた比較 天然染料色彩データベースは筆者が2010年 より構築を開始し、現在も拡充を続けているも ので、染色された多数の布や糸の分光測色に よって得られた分光反射率や色彩値などの色彩 情報を、染料名や染色法などとともに収録した ものである。天然染料の染色物だけに限らず、 合成染料染織物や使用染料不詳のもの、顔料着 色物も含め、幅広く収録している。筆者の研究 室 で 染 め た 合 成 染 料 に よ る 染 色 見 本(N: 3,828)も含まれ、ここには綿、絹、毛、レー 表1 測定試料(452着)の用途内訳 用途種別 長着 帯 羽織 襦袢 コート その他 資料数 200 71 69 45 35 32
- 19 - ヨンをクリスタルバイオレットやマゼンタ(フ クシン)など現在は用いられない近代初期の合 成染料で染めた染色物もある。 現代のアパレルの繊維製品(以下、現代ニッ ト)との比較のために、2007~2009年頃の洋 服地見本(綿系のニット、N:2,966)を使った。 これは日本の大手テキスタイル商社の複数年に わたる生地見本帳を筆者が測色したものである。 綿が主体であるが、ポリエステル100%のもの もあり、ポリウレタンが混紡されているものも ある。綿系のニット生地であり、カットソーの 日常着などカジュアル衣料用途向けのサンプル 帳である。これはテキスタイル商社がアパレル メーカーとの商談で用いるための多色展開の生 地サンプル帳であり、生地は多色展開されてい るが、実際のアパレル店頭に並ぶことになる服 の色は流行色や売れ筋、定番品などに左右され ると考えられる。今回は色彩の流行や売れ筋を 考察するものではなく、現代に用いられる可能 性がある色を探ることを主眼としているため、 エンドユース製品になる前のサンプル帳は都合 の良い資料であると言える。 2-4.色彩比較の方法 着物資料と現代ニットの比較では2-2、図 1に示した14分類の各色相の出現頻度を示し、 比較した。 また、着物資料については、その色が天然 染料で染まる色かどうかについて、独自の客 観的手法で検討した。具体的には、着物資料 の各色を、天然染料色彩データベースを基に した天然色・合成色判定ツール1)によって、 天然染料で染まる色(天然色)、天然染料では 染まらない色(非天然色)、その境界付近に位 置する色(境界色)の3通りに分類した。14 分類の色相ごとに、それぞれの出現割合を表 した。この天然色・合成色判定ツールの原理 は、天然染料色彩データベース中の天然染料 の色から、着物資料のある1色に最も近い色 をCIE76(ΔE*ab)によって特定し、両色の色 差CIEDE2000(ΔE00)の数値から判定を行 うものである。すなわち、非天然色とは、そ の色はデータベース中の天然染料で染めた色 に色差の小さい色が存在しないため、天然染 料では染まらないと判断できる色である。天 然染料色彩データベースには天然染料で染め られた繊維の色彩だけでも1万色以上に及ぶ 大量のデータを収めているため、そのような 比較が可能となる。ただし、今回はD65光源に おける色差を用いた判定であり、光源をC光源 やA光源など変更すると判定結果が変わること がある。ここでの色差(表2)の判定数値基 準は、JIS L 0804の変退色用グレースケール 3級相当以内の変退色に相当するΔE*AN< 3.2、および2級相当以内の変退色に相当する Δ E*AN < 6.5 の 数 値 を 採 用 し、 Δ E*AN を ΔE00に置き換えて基準とした。つまり、ある 色が最も近い天然染料の色と比較して、グレー スケールで3級相当以内の色の違いなら天然 色、3級から2級の間であれば境界色、2級 よりも大きな色の違いがあれば非天然色とな る。ΔE*ANはアダムス-ニッカーソンの色差 表2 色差による判定基準 判定 判定基準色差 概要 天然色 3.2>ΔE00 色の離間比較ではほとんど気付かれないとされる。 境界色 3.2≦ΔE00<6.5 JIS Z 8721で色見本の目視判定における許容色差範囲外となる。 非天然色 6.5≦ΔE00 マンセル色票等で1歩度以上の差があるとされる。
- 20 - で、ΔE*abよりも古く、今回の判定に用いた ΔE00との多少の誤差が生じると考えられるが、 産業界でもΔE=3.2までがA級許容差、6.5ま ではB級許容差などと呼んで使われている現状 をふまえ、現時点では暫定的にこの数値を採 用した。 3.結果と考察 3-1.着物資料の色彩分布 着物資料の色彩分布をa*b*色度図で全数、お よび絹、毛、綿、化学繊維(ほぼ全てレーヨン などのセルロース系再生繊維であると推察す る)の繊維のそれぞれに分けたものを図2に示 した。なお、着物資料の中には繊維種別の分類 が容易ではないものも存在するため、全数と各 繊維ごとに分類した資料の合計は一致しない。 この色度図では各プロットを透明度66%で示 しているため、重なっているところは黒色が濃 くなっており、出現頻度の高い色が視覚的に表 現されている。 これら色度図より着物資料の色相は偏りが 大きいものであることがわかった。橙色や赤色 は低彩度から高彩度のものまで多く出現し、黄 緑系や紫系では鮮やかなものもあるが出現頻度 は低く、青色系や緑色系は高彩度の色は少な かった。 繊維別に分けた場合、全体的に最も鮮やか な色が使われていたものは毛であった(図3)。 彩度の平均値は、全体が19.0、絹が18.3、毛が 24.9、化学繊維が20.4、綿が15.2であった。近 代において絹や毛を合成染料で染める場合、酸 性染料または塩基性染料が用いられるが、いず れも鮮やかに染められる染料であった。毛は絹 と比較して、繊維高分子の構成アミノ酸にイオ ン性官能基の側鎖を有するものを多く含むため、 これらイオン性染料も濃く鮮やかに染まりやす い。近代の着物もその鮮やかさが活かされてい たといえる。今回の着物資料の測色総数のうち 7割近くを占める絹の色は鮮やかなものから鈍 いものまで幅広かった。また、絹には他の繊維 で見られなかった色みとして、大変鮮やかな紫 色が使われていた。 絹と比べて鮮やかな色が少なく、平均彩度 も最も低く、印象的にも最も鈍く感じられた繊 維は綿であった。色みは鈍い青色、青紫色のも のが多かった。綿と絹では着物の用途が異なる ことも大きな要因であろうが、綿を染める染料 が直接染料、建染染料、硫化染料など鮮やかさ に欠けるものが多かったという染料の発色的要 因もあると考える。 化学繊維はほとんどが人絹、つまりレーヨ ンである。長繊維のレーヨンは絹の代替用途と しても使われた。また、短繊維のレーヨン、い わゆるスフは綿の代替繊維としても使われた。 これらは、同じくセルロースから構成され、同 じ染料で染められる綿よりも全体的に鮮やかな 印象で、平均彩度は絹をも上回った。ただし、 人絹は黒留袖など特殊な用途の濃暗色が少な かったために平均彩度が高くなったと考えられ る。伝統的な絹に対して、新しい化学繊維のレー ヨンは、人々が抱く印象として鮮やかな色との 相性が良かったのではないかと考えられる。た だし、化学繊維には絹とは異なり鮮やかな紫色 は見られなかった。天然染料色彩データベース より、綿やレーヨンなどのセルロースに対し C*45を超える鮮やかな紫色を染めている染料 はクリスタルバイオレットなどの塩基性染料に 限られていたが、セルロースに対する塩基性染 料の堅牢度は悪く、このように後世に受け継が れるような高級品の着物地の染色には使われな かったのではないかと考える。堅牢で鮮やかな 紫色の人絹を欲しても、技術的に染めることが できなかったのである。 なお、今回の考察は出現頻度に基づいたも のであり、染められた面積や部位については考 慮していない。今後、さらに多くの資料の計測 を行ったうえで、部位に分類しての集計や、地 の色、模様の大小などの出現面積に分類しての 集計といった詳細の分析を行うことにしたい。
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- 22 - 3-2.天然染料で染まる色かどうか 1856年に欧州で合成染料が発明され、1860 年代半ば以降には日本の染色業にも導入されて いった。導入当初は染色方法の知識不足やセル ロース繊維に対する堅牢度の低さなどから、天 然染料よりも質の低い染料として捉えられてい たようである。19世紀後半の染色関連書物には、 合成染料を用いて海老茶色や浅黄色、橙皮色な ど伝統的な色をどのように染めるかというよう な書き方がされている。また、染工場が行う合 成染料染色の質の低さを嘆く文言が目立つ3)。そ の後、明治末期になると染色の質もかなり向上 していたようで、直接染料や硫化染料などの系 統分類ごとに染色法の解説が記されるようにな り、近頃は染色の質も向上してきたという旨の 文言が書かれている4) 。そして、大正期に入る 頃には、合成染料を用いた堅牢な染色が一般的 なものとなり、天然染料もほぼ使用されなく なったのである5)。 合成染料は天然染料よりも染まる色の範囲 が広く、鮮やかな色も容易に染めることができ る2)。合成染料の普及により、人々は全く新し い色を目にするようになった。合成染料の出現 は日本のみならず世界で人々の着る服の色彩に も影響を与え、変化をもたらした。しかしなが ら、日本は合成染料出現後も比較的鈍い色彩を 好んで用いたようである6)。そこで今回、着物 資料に合成染料ならではの新しい色みがどの程 度現れているかどうか、天然色・合成色判定 ツールを用いて検討することにした。 着物資料の色が天然染料で染めることが可 能な色かどうかについて、図1に示した14区 分の色相ごとに判定した(表3)。 非天然色であるΔE00≧6.5となった色は天 然染料で染まる色から大きくかけ離れているも のであるが、それが現れた色相は鮮やかな赤(出 現 率:3.4%)、 橙(5.9%)、 黄 緑(4.8%)、 緑 (14.3%)、青緑(5.0%)、青(3.1%)、紫(21.1%) であった。また、3.2≦ΔE00<6.5の境界色も 合 わ せ る と、 緑(71.4%)、 紫(47.4%)、 橙 (26.6%)、青緑(25.0%)となった。 緑色に合成染料ならではの新しい色が使わ れていることが多い理由として、天然染料で染 まりうる緑色の色度図上の存在範囲が狭いこと が挙げられる7) 。天然染料の緑色は藍と黄色染 料の混色によって得られるが、藍の青色は彩度 が低いため、得られる緑色の彩度も高くはない。 それに対して、合成染料による緑色は幅広い色 図3 着物資料の彩度分布図3 着物資料の彩度分布 3.2 天然染料で染まる色かどうか 1856 年に欧州で合成染料が発明され,1860 年代半ば以降には日本の染色業にも導入されてい った.導入当初は染色方法の知識不足やセルロース繊維に対する堅牢度の低さなどから,天然染 料よりも質の低い染料として捉えられていたようである.19 世紀後半の染色関連書物には,合成 染料を用いて海老茶色や浅黄色,橙皮色など伝統的な色をどのように染めるかというような書き 方がされている.また,染工場が行う合成染料染色の質の低さを嘆く文言が目立つ.3)その後, 明治末期になると染色の質もかなり向上していたようで,直接染料や硫化染料などの系統分類ご とに染色法の解説が記されるようになり,近頃は染色の質も向上してきたという旨の文言が書か れている.4)そして,大正期に入る頃には,合成染料を用いた堅牢な染色が一般的なものとなり, 天然染料もほぼ使用されなくなったのである.5) 合成染料は天然染料よりも染まる色の範囲が広く,鮮やかな色も容易に染めることができる. 2)合成染料の普及により,人々は全く新しい色を目にするようになった.合成染料の出現は日本 のみならず世界で人々の着る服の色彩にも影響を与え,変化をもたらした.しかしながら,日本 は合成染料出現後も比較的鈍い色彩を好んで用いたようである.6)そこで今回,着物資料に合成 染料ならではの新しい色みがどの程度現れているかどうか,天然色・合成色判定ツールを用いて 検討することにした. 着物資料の色が天然染料で染まる色かどうか着物資料の色が天然染料で染めることが可能な色 かどうかについて,図1 に示した 14 区分の色相ごとに判定した.(表2 表 3) 表2 表 3 着物資料の色相ごとの天然色・合成色判定ツールの判定結果 非天然色であるΔE00≧6.5 となった色は天然染料で染まる色から大きくかけ離れているもの であるが,それが現れた色相は鮮やかな赤(出現率:3.4%),橙(6.65.9%),黄緑(4.8%),緑(14.3%), 0 10 20 30 40 50 C*<10 10≦C*<20 20≦C*<30 30≦C*<40 40≦C*<50 50≦C*<60 60≦C*<70 70≦C*<80 80≦C* 全体 絹 毛 化学繊維 綿 黒 灰 白 鈍赤 茶 灰黄 鮮赤 橙 黄 黄緑 緑 青緑 青 紫 資料総数 229 109 78 54 93 145 29 135 45 21 14 20 32 19 出現数 224 104 73 53 93 145 27 99 42 19 4 15 28 10 出現率 97.8 95.4 93.6 98.1 100 100 93.1 73.3 93.3 90.5 28.6 75.0 87.5 52.6 出現数 5 5 5 1 0 0 1 28 3 1 8 4 3 5 出現率 2.2 4.6 6.4 1.9 3.4 20.7 6.7 4.8 57.1 20.0 9.4 26.3 出現数 0 0 0 0 0 0 1 8 0 1 2 1 1 4 出現率 3.4 5.9 4.8 14.3 5.0 3.1 21.1 天然色 境界色 非天然色 (n) 表3 着物資料の色相ごとの天然色・合成色判定ツールの判定結果 黒 灰 白 鈍赤 茶 灰黄 鮮赤 橙 黄 黄緑 緑 青緑 青 紫 資料総数 229 109 78 ₅₄ ₉₃ ₁₄₅ 29 135 45 21 14 20 32 19 天然色 出現数出現率 97.8224 95.4104 ₉₃.₆₇₃ ₉₈.₁₅₃ ₁₀₀₉₃ ₁₄₅₁₀₀ 93.127 73.399 93.342 90.519 28.64 75.015 87.528 52.610 境界色 出現数出現率 2.25 4.65 ₆.₄5 ₁.₉₁ ₀ ₀ 3.41 20.728 6.73 4.81 57.18 20.04 9.43 26.35 非天然色 出現数出現率 0 0 0 ₀ ₀ ₀ 3.41 5.98 0 4.81 14.32 5.01 3.11 21.14
- 23 - 調のものが染められる。合成染料で染められた 新橋色は近代における流行色の一つとして知ら れている。なお、新橋色は青みのある緑色であ るが、hが200前後であり、本報告では緑の色 相に分類される。このように、天然染料で染ま る緑色の範囲が狭く限られるため、合成染料で 染めた緑色をその範囲におさめることも簡単な ことではない。江戸時代までの染色色彩を染色 家が合成染料で再現した染色物の色彩データも 天然染料色彩データベースにおさめているが、 緑色は天然染料では染まらない、すなわち江戸 時代には存在し得ない色相の緑色に染められて いることも少なくない2)。青色も同様のことが いえる。青色の天然染料はほぼ藍のみに限られ、 その彩度は高くなく、染まる色の範囲も限られ る7)。青色もまた、江戸時代までの色を再現し たものが、藍の色からかけ離れていることがし ばしば見受けられる。 緑色、黄緑色、青緑色、青色で非天然色と 判定された資料は次のようなものであった(表 4)。全4資料中3つが子ども用の着物であっ た。子ども服は社会的制約が緩く、新規の色を 取り入れやすいこともあるのではないだろうか。 青色の非天然色は1点のみで、境界色も少なく、 全体の9割近くが藍で染まる色に近いもので あった。藍の主色素indigoは19世紀末に合成に 成功して工業生産も始まり、天然藍は激減した が、その後も合成藍が使われ続け、両者に染ま る色の差異はない。藍以外の合成染料を使用す れば鮮やかな青色が容易に得られるにもかかわ らず、近代の着物においても藍の青色は支持さ れ続けたと考えられる。近代初期に日本を訪れ た複数の外国人が、街中に藍による青色が多い ことが印象的であった旨のことを書き残し、 ジャパン・ブルーという色名も作られたほどで あるが、その後も藍に対する特別な意識は残り 表4 黄緑色、緑色、青緑色、青色の非天然色の詳細
色相 名称 画像 性別/仕立 該当部分 素材 ΔE00 ΔE L*a*b* 黄緑 ちゃん ちゃんこ 女児袷 黄緑色の葉 化繊 7.6 15.2 -37.755.3 47.9 緑 緑色の葉 ₇.₅ ₁₂.₅ 59.1 -28.9 -7.9 緑 長着 女児 袷 水色に見える水玉 モスリン毛 6.7 12.1 -29.673.8 -6.6 青緑 長着 男児 袷 青緑色の青波 絹 7.5 12.5 -20.130.2 -16.4 青 長着 女 単衣 刷毛染の市松模様 綸子絹 8.5 17.2 32.115.6 -39.6
- 24 - 続けていたと言えるかもしれない。 続いて、紫色について、非天然色と判定さ れた4つの資料の詳細を表5に示した。天然染 料では紫根や貝紫など染料が希少で得難いもの が多く、近世までは着用者が限られる色であっ たが、合成染料の出現によって誰しもが身につ けられる色となった。明治15年に登場した跡 見女学校の紫衛門と呼ばれた袴姿の制服にも見 られるように、近代においては合成染料ならで はの新しい色としてもてはやされたようである。 天然染料ではC*30を超えるような鮮やかな紫 色はほぼ染まらないのに対し、19世紀に開発 された初期の合成染料は、モーブ(1856)を 皮切りに、マゼンタ(1858)、メチルバイオレッ ト(1861)など鮮やかな紫色染料が次々と開 発され、クリスタルバイオレット(1883)で 絹を染めると、C*=83.5(h=305)にも達する 鮮やかさが得られる。当時においては非常にイ ンパクトの強い色であったと考えられる。合成 染料ならではの鮮やかな紫色は、近代日本の大 人用の着物でも使われていることから、着物の 色として受容されていたといえる。藍に近い色 が保たれ続けた青色とは対照的である。紫色は 近世まで庶民が着用することがなかったため、 それまでの伝統や規範に縛られない色だったの かもしれない。 次に、赤色、橙色について述べる。これら の色相に該当する彩度の高い鮮赤、橙、彩度の 低い鈍赤、茶のうち、非天然色として判定され た資料の詳細を表6に示した。鮮赤は1つ、橙 色は7つで、鈍赤と茶はなかった。 赤色は、天然染料でも紅花や蘇芳など鮮や かな染料がある。鮮やかで堅牢性も優れるコチ ニールは、染料としては合成染料と同時期に日 本に入ってきたが、染織品としては安土桃山時 代には入ってきており、戦国武将の猩々緋の陣 表5 紫色の非天然色の詳細
色相 名称 画像 性別/仕立 該当部分 素材 ΔE00 ΔE L*a*b*
紫 襦袢 女 単衣 り染め布の36枚の絞 うち3枚 絹 10.8 27.5 25.9 33.1 -41.9 紫 長着 女 袷 絞りの反染 めの地 絹 6.7 11.0 24.423.2 -26.1 紫 襦袢 女児 袷 紫色の地 毛 モスリン 8.2 12.8 18.215.8 -26.4 青 長着 女 袷 身頃の下半 分の地 モスリン毛 9.4 15.7 16.617.6 -28.9
- 25 - 羽織にも使われている。ただし、近世まで庶民 が濃い赤色を身につけることはできなかった。 鮮やかな赤色を染めるためには大量の染料が必 要となり、贅沢の極みであったのである5)。な お、合成染料ではさらに鮮やかな色を染めるこ とも可能であるが、その色の差は青や紫の色相 と比較して大きなものではない。 橙色は、天然染料では基本的に赤色と黄色 の混色で得られる。黄色の天然染料は、キハダ やクチナシなど赤色以上に鮮やかなものもあり、 鮮やかな赤色染料と掛け合わせることで、鮮や かな橙色が得られた。例えば皇太子および皇嗣 の袍の色である黄丹は紅花とクチナシの交染で 得られる大変鮮やかな橙色で、C*は50前後に 達する。それらはいずれも色相角30°を超える 橙色である。それに対し、色相角が30°以下の 赤みよりの橙色は、天然染料の鮮やかさも限ら れており、合成染料ならではの色が存在する。 近世までは濃い赤色と同様に橙色を庶民が身に つけることもできなかった。 近代以降、鮮やかな赤色や橙色も紫色と同 様に庶民が自由に身につけることができるよう になった色であり、着物の色として受け入れら れたようである。 表6 鮮赤色,橙色の非天然色の詳細
色相 名称 画像 性別/仕立 該当部分 素材 ΔE00 ΔE L*a*b*
鮮赤 長着 女児 冬物 身頃の地 毛 9.2 12.2 77.349.0 17.8 橙 襦袢 画像欠 女児 単衣 紅絹色の半襟 絹 8.1 11.2 38.459.8 44.6 橙 長着 女児 袷 橙色の梅の花模様 モスリン毛 12.9 25.7 66.471.2 59.2 橙 羽織 女 袷 裏地の檜扇柄を囲む橙 色の四角 絹 7.1 10.0 24.5 39.3 31.6 橙 長着 女 袷 表の地 縮緬絹 8.0 11.8 39.656.9 45.3