• 検索結果がありません。

家族介護者支援の実態と課題――イギリスの介護者支援団体調査から――

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "家族介護者支援の実態と課題――イギリスの介護者支援団体調査から――"

Copied!
14
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

家族介護者支援の実態と課題

―イギリスの介護者支援団体調査から―

大 原 ゆ い

 1.はじめに

 近年、「老老介護」「介護殺人」「介護離職」など介護や介護に関わる人に関 する報道を見ないといっても過言ではないほど、日本の介護問題は社会問題化 している。2000 年に介護保険制度が創設され、20 年間で介護を必要とする高 齢者へのケアそのものは量・質ともに充実してきているが、たとえば、介護殺 人の件数は減少傾向が見られないなど、介護する家族の問題は深刻化している。  このような状況の中、介護を必要とする人をケアする「介護者」の支援への 関心も高まっている。それは単に、家族介護者支援団体の数が増加しているだ けではなく、若年性認知症やレビー小体型認知症といった疾患別や、男性介護 者、ヤングケアラーといった属性別など、多様な家族介護者支援団体が実践に 取り組んでいる状況をみても明らかである。また、これまで個別に実践に取り 組んできた支援団体が、2017 年に「認知症関係当事者・支援者連絡会議」1 発足させ、コロナ禍においても孤立しがちな家族介護者をサポートする取り組 みもはじめている2。さらに、2020 年 3 月には埼玉県で日本初のケアラー支援 1  構成団体は、「公益社団法人認知症の人と家族の会」「全国若年認知症家族会・支援 者連絡協議会」「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」「レビー小体型認知症サポー トネットワーク」の4つの認知症当事者団体(認知症本人、介護家族、その団体に関 与する支援者)である。 2  ふだん多くの家族介護者支援団体では、家族介護者や当事者が定期的に集まり、日常 の介護の悩みや気づきを共有するための「集い」を行なっている。コロナ禍では人との 交流がままならず、また地域によっては介護サービスの提供がストップしたところもあ り、家族介護者が孤立しがちな状況が全国で見られた。このような状況に対応しようと、 連絡会議では、構成団体が持ち回りで週1回 W E B を通じた情報発信を行なっている。 さらに、家族介護者がおかれている実態を把握するための緊急調査も実施された。

(2)

条例が可決・成立するなど、実践、政策の両場面において家族介護者を支援す る仕組みは整えられつつある。  「人生 100 年時代」とも言われるこれからの日本社会は、誰もが介護したり 介護されたり、人生いずれかのタイミングで介護にかかわる「大介護時代」(樋 口,2015)でもある。本稿では、人口減少社会や家族形態の変化が叫ばれるなか、 来るべき大介護時代が目指す地域社会のあり方を家族介護者支援の視点から考 察する。

 2.研究方法

 本稿では日本における家族介護者支援のあり方について検討するにあたり、 世界で最も早く家族介護者支援策を打ち出したイギリスの支援策について整理 する。分析の対象とするのは、公的な刊行物、支援団体の H P および、筆者が 実施した現地踏査、インタビュー調査の結果である。

 3.介護者の定義

 本稿では、「介護者」を次のように定義する。「介護者」は、広義には福祉施 設等に勤務する介護職のように介護サービスを提供することで賃金を得る介護 者も含まれる。しかし、本稿では、子が高齢の親を自宅で介護する、障害のあ る子を親が介護する場合など、私的な関係性のなかで介護に関わる家族や友人 などを「介護者」と位置づけ、広義の意味での「介護者」と区別するために「家 族介護者」もしくは「ケアラー」と述べる。

 4.家族介護者を取り巻く日本の状況

 今、わたしたちの社会には、これまでの社会が想定していなかったような家 族介護者が登場している。従来、家族介護者といえば、嫁や娘といった「男は 外で働いて、女は家を守る」という家族モデルを前提として、介護役割を担っ ていた女性たちであった。1968 年に全国社会福祉協議会が初の全国規模の介 護者実態調査を行なっている3が、この調査によると家族介護者の属性は、嫁 49%、妻 26%、ついで娘 14%となっており、実に9割以上が女性であった。 3  1968 年、全国社会福祉協議会は、全国 13 万人の民生委員の協力を得て調査を行い、『居 宅ねたきり老人実態調査報告書』として調査結果を公表している。

(3)

ところが、この調査から半世紀を経たいま、女性の社会進出や家族形態の変容 により多様な家族介護者が登場している。たとえば、妻や親を介護する男性介 護者や、祖父母や兄弟姉妹、親を介護するヤングケアラー、育児と介護が同時 に発生するダブルケアラーなどである。  このような家族介護者の多様化によって、これまで潜在化していた介護問題 が顕在化することになる。その一つが、介護離職である。介護離職は、男性の 介護者が増えたことで認識されるようになった問題である。2018 年に総務省が 発表した『平成 29 年就業構造基本調査』によると、主たる介護者のうち男性 介護者は 37%を占め、その数は 200 万人を超えていると推計される。未だ数の 上では、介護の大半を担っているのは女性である。しかし、これまで介護にか かわることのなかった男性が介護者になるという状況が、新しい問題としての 「介護離職」を可視化した。  近年、介護に関する制度は充実してきている。2000 年の介護保険制度の創設 は、これまでの日本の福祉の仕組みを大きく変えるものであったし、法の整備 は利用できるサービスを量・質ともに充実させた。しかし、この介護保険も万 全ではない。介護保険では、介護を必要とする本人の生活をさまざまなサービ スによって支えるが、しかし、介護する家族を支援する制度設計にはなってい ない。ましてや、家族形態の変容によって出現した新たな介護者は、そもそも 介護者として想定されておらず、介護する家族の抱える問題は放置されたまま である。つまり、多様化する家族介護者の出現という私たちの生活実態と制度 との間に齟齬が生じている状況である。  このような多様化する家族介護者を支援する実践が各地に拡大している。た とえば、男性介護者と支援者の全国ネットワーク(男性介護ネット)の調べに よると、2009 年には全国に 3 か所しかなかった男性介護者の会や集いは、2017 年にはその数は 150 か所を超えるまでになっている(男性介護ネット 2017 年 度総会資料)。わずか 10 年間でのかなりの広がりであるが、あくまでもこれは 男性介護ネットが把握している数であり、なおかつ男性介護者支援に特化した ものであるので、実際にはこの数を上回る家族介護者支援の仕組みが地域に広 がっていると推測される。さらに、「はじめに」でも述べたように認知症関係 当事者・支援者連絡会議の発足や、埼玉県でのケアラー支援条例の成立のみな らず、神奈川県や神戸市、北海道栗山町でもケアラー支援条例の施行や行政計

(4)

画にケアラー支援対策を盛り込む検討が始まった状況、またケアラー支援法の 成立を目指すケアラー議員連盟の発足など、家族介護者支援の仕組みは実践・ 政策ともに広がりを見せている。

 5.イギリスの介護者支援の状況

 イギリスにおいて、長く社会保障とは縁のない存在であったケアラーが、公 的な手当てやサービスの対象として登場するのは 1967 年以降のことである。 両親を在宅で介護するために離職に追い込まれた女性を対象に、年金保険料の 免除措置がとられたのが始まりである。1971 年には、自宅で恒常的に介護を要 する人に支給される介護手当が、また 1976 年には、ケアラーに直接支給され る介護者手当制度が発足する。その後 1986 年になると、要介護者へのアセス メントの際に、ケアラーの介護能力を考慮するように自治体に義務づける「障 害者(サービス、諮問および代表)に関する 86 年法」(以下、86 年法)が制定 される。この法律の制定により、ケアラーのニーズにも関心が広がり、イギリ スの介護者支援策にとって大きな転換点となる。以下、イギリスの介護者支援 政策の経緯を、政策文書、H P 等で公開される公的な刊行物などの分析を通し て追ってみる。 5-1.イギリスの介護者支援政策の動向  2009 年 2 月、イギリスは「認知症とともに良き生活(人生)をおくる:認知 症国家戦略 (Living well with dementia: A National Dementia Strategy)」を発 表し、認知症を国家の重要課題と位置づけた。この国家戦略では、2014 年まで の 5 年間を認知症ケア改善に取り組む集中期間と定め、5 つの最優先課題のひ とつにケアラー支援の強化を掲げている。その後、2012 年には当時のキャメロ ン首相が、認知症に関する政策(Prime Minister's Challenge on Dementia)を 発表し、認知症フレンドリーな社会環境をつくるという政策を掲げた。このよ うに近年のイギリスでは、認知症ケアを中心とした政策に積極的に取り組んで いる。では、世界で最も早くケアラーの権利を認識し、擁護するための法を整 備したイギリスは、どのような変遷を経て今日に至ったのだろうか。以下、年 代順にイギリスの介護者支援制度の特徴を追う。  イギリスでケアラーへの関心が高まるのは、86 年法がきっかけである。三

(5)

富(2000)によると、86 年法に対する国内での評価は高い。それは 1988 年 の『コミュニティケアに関するグリフィス報告(A Report to the Secretary of State for Social Services by Roy Grifdiths)』(以下、グリフィス報告)で、コ ミュニティケアの原則と目的の確認がまず重要であるとした上で、家族介護者 の役割を認めるとともに支援の必要性について言及していることからも明らか である。1989 年には、グリフィス報告に応える形で『人々の介護』(Caring for people)と題する保健・社会保障大臣の白書が議会に提出され「多くの介護は、 家族や隣人、友人によってなされる」として、在宅介護のニーズを調査し支援 に取り組まなければならないという基本的な認識が示された。この考えは「国 民健康サービスとコミュニティーケアに関する 90 年法」(The 1990 NHS and community Care ACT)として具現化されることになる。

 1995 年になると、ケアラーに関するイギリス初の単独立法である「介護者 の承認とサービスに関する 1995 年法(The Carers (Recognition and Services) Act 1995)」(以下、95 年法)が制定される。95 年法では、ケアの概念を病児 の世話、養護、介護など広く捉えており、ケアラーを定期的に相当量の介護を するすべての者(職業・ボランティア活動でのケア従事者を除く)と定義して いる(1 条1項および同条3項)。この法により、ケアラーに介護能力および介 護持続能力に関するアセスメント請求権が認められ、自治体にはケアラーの請 求に応じ、アセスメントを実施すること、アセスメント結果を被介護者への支 援プランに活かすことが義務づけられた(同条1項)。このようにして、ケアラー はイギリスの社会保障制度の中に独自の存在として位置づけられた。  1999 年には、「介護者のケア;介護者のための全国戦略(Caring about carers; A national Strategy for carers)」が発表される。この戦略では、ケア ラーが介護役割を担えるよう支援することに加え、自らの生活をより選択的に 設計できるようケアラーを個人として認めてサービスを提供することが目的と され、予算措置もとられることになる。

 2000 年の「介護者と障がい児に関する 2000 年法(The Carers and Disabled Children Act 2000)」は、地方自治体にケアラーへの支援を行う権限を付与した。 この法により、ケアラーのアセスメントは被介護者とかかわりなく、ケアラー の権利として認められた(1 条)。また、自治体は、ケアラーへの支援の必要 性をアセスメントを通じて決定しなければならないとされ(2条1項)、アセ

(6)

スメントの結果に応じてケアラーに直接サービスを提供することが可能になり (同条3項)、アセスメントとサービスの拡充を保障するための財源が政府予算 に計上された。このように、ケアラーを対象にしたアセスメントの実施、アセ スメントに基づくケアラーへの直接サービスの提供など、この法律は 95 年法 の限界を克服するためのものであった。しかし、実際には、アセスメント請求 権についてのケアラーへの周知は極めて不十分であった。CarersUK が 2002 年 に介護者 1 万人を対象に行った調査によると、実際にアセスメントを受けたの は回答者の 32%であり、45%は介護者アセスメントを受ける権利を有している と認識していないことが明らかとなっている(NPO 法人介護者サポートネッ トワークセンター・アラジン,2012)。  2002 年の CarersUK の調査によって、法整備がなされても当事者の認識が不 十分であることが明らかになると、2004 年には自治体の法的な責務としてアセ スメント請求権をケアラーに知らせる義務を規定した「介護者の均等な機会に 関する 2004 年法(The Carers (Equal Opportunities) Act 2004)」が制定される。 この法は、アセスメントの過程では介護者が日常生活上の援助を継続すること が可能かどうかを調査するにとどまらず、労働もしくは求職の意思、生涯教育 と訓練、余暇活動への参加の意思も確認することを定めている(2 条)。ケアラー を介護責任にかかわる存在として捉えるだけでなく、就業や学習などのニーズ をもつ個人として認めたことは評価に値すべき点であろう。このような背景に は、ケアラーはケアに関わることで、社会的な排除を余儀なくされる現実があ り、ケアラーが他の人と同様に労働市場に参加するとともに、余暇の享受を目 指す内容となっている。ただし、ケアラーへの権利の伝達はあくまでも自治体 の「努力義務」であったため、アセスメント請求権について知るケアラーは相 変わらず少なかった。また、ケアラー支援の必要性を判断するための根拠が不 明瞭である上に、支援を実施するか否かを判断するのは自治体の裁量であり、 十分なケアラー支援が実現したとは言い難い。  その後、2008 年には、「21 世紀の家族と地域の中心に位置する介護者;あ なたのための介護システム、あなた自身の生活(2008 年戦略)(Carers at the heart of 21st century families and communities: a caring system on your side, a life of your own)」が制定される。この戦略では、ケアラーは被介護者を最も よく知る「expert care partner」であり、自身のニーズに対し支援を受けるこ

(7)

とができると位置づけ、ケアラーが日常生活上の援助を継続的に担うことがで きるばかりでなく、自らの生活を介護に従事していない人々と同じように営む ことができることをケアラー支援の目的として明示している。

 このような経緯を経て、2014 年にはこれまでの介護とその支援に関する法 および介護者支援に関する法の限界を改正する形で、介護法(The care Act 2014)が制定され、アセスメント請求権の対象者やアセスメントの内容等が改 められることとなる。 5-2.イギリスの介護者支援政策のまとめ  イギリスは世界で最も早くケアラーの存在とその権利を認め、ケアラー支援 を政策課題としてきたが、前項でみたように試行錯誤を繰り返しながら現在に 至っていることがわかる。たとえば、95 年法では、ケアラーのアセスメント 請求権を認めてはいるが、ケアラーを「定期的に相当量の介護をするもの」と 定義しているように、全てのケアラーが対象となるわけではなく、あくまでも 一定の介護を担っているという要件付であった。また、アセスメントの請求権 は認められても、直接サポートを受ける権利は認められていなかった。さら に、サポート内容や程度は自治体によるところが大きく、権利保障としては不 十分であった。しかし、このような制度の不十分さが介護者支援団体である CarersUK が明らかにすると、改正を行って制度をアップデートしている。そ して 2014 年の介護法では、従来の要件にかかわらずケアラー自身の法的権利 としてアセスメント請求権を認めたことに加え、サポートを受ける権利をも認 めた(10 条)。このように、制度・政策の見直しを繰り返しながら、介護者支 援の枠組みを確固たるものとして構築してきた様子がわかる。  では、介護者支援の現場の実情はどうであろうか。次項では、イギリスのケ アラー支援の現状を把握することを目的として、高齢者へ直接サービスを提供 する団体、政策決定に影響力を持つ団体、イギリスが最重要課題とする認知症 フレンドリー社会づくりに取り組む団体を対象に筆者が行ったインタビュー調 査からイギリスの介護者支援の特徴を整理する。当該団体を対象とした理由は、 いずれも長期に渡り活動を行なっており活動実績が豊富である、さらに社会へ の影響力が大きく、多様な実践から全体把握が可能であると考えたからである。 5-3.インタビュー調査

(8)

 筆者は、2019 年9月6日〜9日にイギリスにおいて家族介護者支援に関わる 団体を訪問し、施設見学およびインタビュー調査を実施した。以下、それぞれ の団体の概要、インタビュー内容からイギリスにおける家族介護者支援の実態 を整理する。

5-3-1.ageUK wellbeing center

 イングランド中部に位置するシェフィールドの ageUK wellbeing center を視 察した。ウェルビーイングセンターは、ケアの必要な高齢者が日中通所して過 ごす場所で、日本のデイサービスセンターのような役割を果たすサービス提供 の場である。

 ageUK は、2009 年に設立された登録慈善団体である。その前身は、高齢者 支援や政策提言活動に取り組む Age Concern England と Help the Aged であ り、これらの統合によってイギリス国内最大規模のチャリティ団体として誕生 した4。イギリス全土で約 150 の ageUK が活動を行なっているが、それぞれ独 立採算制をとっている。ageUK が取り組むのは、高齢者の生活に関わる多様な 支援活動で、具体的には、筆者が訪問したウェルビーイングセンターでのサー ビス提供や、在宅訪問によるサービス提供、チャリティショップの運営などで ある。  筆者が視察を行ったウェルビーイングセンターは、月曜日から金曜日まで毎 日 15 人程度の高齢者が利用している。ここではダンスや絵画といったさまざ まなアクティビティが行われており、参加者は自分の希望するものに自由に参 加ができる。日本のデイサービスセンターと異なるのは、送迎サービスがな いことである。そのため、高齢者は、家族による送迎、もしくは community transport という公共の交通機関を利用する。また、看護師や医師は常駐して おらず、身体ケアや医療ケアが必要な場合は利用できないため、利用者のほ とんどは認知症の初期段階であった。日本の介護保険制度のようなケアの必 要な高齢者に包括的にサービスを提供する制度を持たないイギリスでは、GP (General Practitioner)と呼ばれるかかりつけ医の紹介や家族からの直接の申 4  全国規模での統合ではあったが、2009 年以降も地域密着型の実践を行う Age Concern は、Age UK のブランドパートナーにはならず、従来のままの形態で実践を継 続している。

(9)

込みによって介護サービスにつながるということであった。 5-3-2.Alzheimer's Society  イギリスを代表する民間の認知症支援団体である Alzheimer's Society を視察 した。その活動内容は多岐にわたっており、認知症に関する普及啓発活動や支 援事業としてチャリティーイベントを開催したり、Dementia Friends という認 知症サポーターの育成・普及啓発活動に携わる。また、認知症にかかわる研究 費投資、民間事業者・公共施設向けの認知症ガイドラインの作成、オンライン や電話での相談事業等に取り組んでいる。  活動の始まりは、認知症患者の家族が、認知症の普及啓発活動を促進する ことを目的に Alzheimer's Disease Society を設立したことである(1999 年に Alzheimer's Society に変更)。現在では、中央政府、地方自治体とも連携を とりながら活動を進めており、イギリスの認知症対策において重要な役割を 担うまでになっている。イギリスでは、2009 年の認知症国家戦略、2012 年の Prime Minister's Challenge on Dementia によって、「認知症フレンドリー社会」 の実現に向けた政策が国家の最重要課題として取り組まれていることは先に 述べた通りであるが、この政府方針のもと政策を中心的に推進しているのが、 Alzheimer's Society である。とくに国家戦略を促進するため設立された産官学 連携のプラットフォームである「Dementia Action Alliance:認知症アクショ ン連盟」 ( 以下、DAA) と連携した認知症フレンドリー社会の構築に向けた取り 組みや、各業界が作る実用的な認知症ガイドライン作成支援に注力している。  認知症フレンドリー社会に向けた取り組み事例としては、交通手段、住宅、 医療サービス、福祉・介護サービス、ビジネス、社会参加など認知症の人が日 常生活を送る上で課題となることについて、地方自治体は Alzheimer's Society や DAA からのサポートを受けて、それぞれの課題に対して加盟する企業や団 体が連携して対策に取り組める体制を整えている。たとえば、交通手段に対す る課題であれば、バス運転手が認知症に関する情報提供やトレーニングを受け たり、「ヘルプカード」という取り組みをはじめたりしている。「ヘルプカード」 は、折りたたみ式のカードにバスの利用に不安がある乗客がカードにあらかじ め降りるバス停の名前や、着いたら声をかけてほしいというメッセージを書い ておいて、そのカードをバスを利用するたびに開いて運転手に見せる仕組みに

(10)

なっている。日常の業務の中で、目的地を乗り過ごしてどうすればよいか戸惑っ ている高齢者に出会ったバス運転手が、運転手として自分にできることは何だ ろうかと考え思いついた取り組みであるという。この提案にバス会社も賛同し、 その後認知症に関する研修会や、カードの配布が自治体の取り組みとして始 まったのだという。また、住宅にかかわる取り組みとしては、不動産保有者に 所有する住居を認知症の人のニーズにあったものに改築の要請を行ったり、ビ ジネス領域では認知症の人が身につけられるテクノロジーの開発を企業、研究・ 教育研究機関と連携して進めている。また、認知症の人の社会参加を推進する ために、博物館などは認知症の来館者を対象にした特別ツアーなどのイベント 開催を行ったりしている。

 このように、Alzheimer's Society は、DAA と連携しながら、各自治体へ異 業種連携を基盤とした認知症フレンドリー社会の構築に向けた具体的な取り組 みの提案を行っている。着実に実績を積んでいる取り組みではあるが、とはい え、未だローカルな活動としての展開の域を出ておらず、国全体の取り組みと しては未達成なことが多い点が課題であるとのことであった。 5-3-3.Carers UK  Carers UK は、ケアラー当事者からなる民間非営利組織である。これまで、 ケアラーの声を可視化し、ケアラーの具体的な権利を獲得することを目的とし た戦略的な活動を一貫して展開してきた。たとえば「介護者と障がい児に関す る 2000 年法(The Carers and Disabled Children Act 2000)」では、ケアラー のための法律や年金制度にケアラーの視点を盛り込むなど、その策定に大きく 関与し、ケアラーの具体的権利の獲得に貢献している5。ここでは、とくに介 護離職防止の実践に取り組むチームの実践と政策決定プロセスへの関わりにつ いてヒアリングを行った。  日本同様イギリスにおいても、介護離職問題は大きな関心を集める社会問題 となっている。政府と Carers UK が 2019 年に行った実態調査では、全労働力 の7分の1にあたる 500 万人がなんらかの形で介護と仕事を両立させていると いう実態が報告されている。とくに、働く介護者に焦点を当ててみると、その 5  たとえば、Carers UK の働きかけによって、週 20 時間以上の介護者は基礎年金の保 険料納入期間が短縮された。

(11)

半数が仕事や介護その他家庭での役割を担う「サンドイッチ・ケアラー」であ り、自分の時間が 1 日 30 分未満だと回答している。また、71%の働く介護者が、 介護にかかわって職場で孤独を感じたり、孤立したりしていることも明らかと なっている。さらに、過去2年間の間で約 50 万人が介護離職をしており、多 くの家族介護者が職場のサポート、適切なケアが不足しているために、仕事を 諦めざるを得ない状況にあることがわかる。このような状況を踏まえ、Carers UK では介護離職を防ぐために企業へ向けた研修や、日常的なコンサルティン グ、また介護問題への関心を高めるソーシャルアクション、資金集めの手法を 高度にマネジメントし取り組んでいる。また、ケアラーに関わる調査研究も積 極的に行い、政策決定にも影響力を持つほどである。Carers UK の主な活動内 容は、①調査・研究、②ロビー活動、③関係機関への情報提供、④教育・トレー ニングなど教育活動であり、とくに、定期的かつ継続的なケアラーを対象とし た調査・研究活動は社会的に大きく注目されている。ケアラーに関する新しい 法律が制定された場合、必ずそのケアラーへの影響を確認するための調査を実 施し、政策評価を行っており、この過程では学会や大学と連携する場合もある が、多くの研究立案および分析は、Carers UK のスタッフで企画しているのが 特徴的である。  また、Carers UK はケアラーに関する国の審議会等にも参加しており、政策 策定プロセスにも重要なポジションで関与している。政治家とも連携している ほか、議会の中のケアラーの会などにも参加して、ケアラーの視点からアドバ イスを行うなど、積極的な政策へのアプローチが見られる。その一方で、地域 で活動する介護者支援団体やソーシャルワーカーとの関係構築は未だ不十分で あり、今後の課題であるとのことであった。 5-4.インタビュー調査のまとめ  本項では、5-3 のインタビュー内容をもとに各団体の実践内容の特徴と今後 の課題を資金調達、人員配置、調査研究の点から整理する。  まず、資金調達である。先に述べた通り、本研究の調査対象はいずれも民間 の非営利団体であり、一部行政からの補助金もあるが、基本的にはその活動資 金は寄付金や事業費によってまかなわれている。特に、継続的に資金源を確 保するための方法として、ageUK ではチャリティショップを全国展開したり、

(12)

Alzheimer's Society では寄付金を募るためのデザイン性に富んだグッズ開発や 販売に積極的に取り組んでいた。ただ、イギリスの寄付文化やチャリティの捉 え方については十分ヒアリングや検討が行えておらず、この点は今後の課題と したい。  次に、人員配置である。今回のインタビュー対象者はいずれも団体の有償正 規スタッフであった。特に、福祉や介護分野に特化した専門職集団ではなく、 マネジメントや宣伝広告、デザインの専門家といったように、多様な専門家に よる集団であることが特徴的であった。もちろん、Alzheimer's Society が取 り組む電話相談などはボランティアスタッフに拠る活動ではあるが、活動の根 幹を支えるスタッフの有償正規率の高さは、日本の多くの支援団体で非正規ス タッフによって担われている状況とは大きく異なる点である。  最後に、調査研究能力の高さについてである。たとえば、Carers UK では、 新しい制度が施行されるたび、当事者を対象にしたアンケート調査を企画し、 制度評価を行なっている。調査結果はインタビューでもあったように、制度の 改正に直接的に影響しており、政策立案者としても Carers UK の動きは軽視 できないものであるとのことであった。驚くのは、多くの調査が団体単独で実 施されている点である。組織内に調査を専門とするスタッフがおり、またその ための人材養成にも力を入れているとのことであった。具体的な政策プロセス への関与や、人材養成の方法やその成果の詳細な検討は今後の課題である。

 6.考察 

日本とイギリスでは、社会基盤や社会保障制度など社会インフラが異なるた め、一概に比較し、すべての取り組みを取り入れることには限界がある。その 点を踏まえた上で、イギリスの取り組みから日本の今後の家族介護者支援策と 地域づくりに示唆されることを考察する。  まず、介護者支援策についてである。今回インタビュー対象とした団体の制 度施策への影響力の大きさは目を見張るものであった。たとえば、アンケート 調査や日常的な集いの場を通して地道に当事者の声を集め、分析し、その結果 を政策提言の際の根拠としている点や、ロビー活動による議員との関係づくり など積極的な政策へのアプローチする手法は日本の支援団体にとって大いに学 ぶ点である。また、当事者の声をより効果的に社会に発信するための調査研究

(13)

の遂行に際しては、団体独自の調査力を高めることに加え、大学や研究機関と の連携を模索することも重要であろう。  次に、介護問題が社会問題化する日本の地域社会の地域づくりに対して得ら れた示唆である。それは、認知症フレンドリー社会が目指すケアすることを媒 介にした異業種が連携した地域づくりの促進である。高齢社会白書によると、 2025 年には日本の認知症の人の数は約 700 万人に達すると推計されており、介 護したり介護されたりという暮らしは私たちにとって当たり前のライフスタイ ルになるであろう。その際、ケアを排除の対象として捉えるのではなく、ケア したりケアされたりという関係性を地域の中に包摂する視点が重要となろう。 ケアに関わることによって人と人とのつながりを構築したり、居場所を作った りすることで、誰もが共に生きられる社会の実現が可能となるのではないだろ うか。また、ケアの問題を福祉や介護、医療に限定した問題として捉えるので はなく、イギリスの事例でみたような交通や教育、住まいなど多様な領域が連 携しながら社会づくりに携わる仕組みが必要となるであろう。そこでは、介護 者支援団体が当事者の声を重要なエビデンスとして位置づけ、社会に届けると いうことが求められる。社会に発信して政策に訴えかける実践とともに、介護 者支援団体が地域づくりのキーパーソンとなることに期待を寄せたい。  イギリス、日本ともに未だケアラー支援の状況は発展途上にある。また、本 研究はイギリスの制度、実践の概要を分析するにとどまっており、ケアラーの 所得保障制度や具体的なサービス内容は分析対象とすることができなかった。 これらは今後の課題とし、継続してケアラー支援のあり方についての研究に取 り組んでいきたい。 (引用文献) 樋口恵子「二〇五〇年のにっぽん−幸せな超高齢社会のために−」『2050 年の超高齢社 会のコミュニティ構想』岩波書店、2015 年 三富紀敬『イギリスの在宅介護者』ミネルヴァ書房、2000 年 NPO 法人介護者サポートネットワークセンター・アラジン「『被災地のケアラーとこれ からのケアラー支援』平成 23 年度老人保健事業推進費等補助金老人保健健康増進 等事業 東日本大震災被災地のケアラー ( 家族など無償の介護者 ) の実態と今後のケ アラー支援に関する調査研究事業」平成 24 年 (2012) 年 3 月 31 日発行 age UK https://www.ageuk.org.uk/(最終閲覧 2020 年9月 26 日)

(14)

Alzheimer’s Society https://www.alzheimers.org.uk/(最終閲覧 2020 年 9 月 15 日) Carers UK https://www.carersuk.org/(最終閲覧 2020 年 9 月 29 日)

参照

関連したドキュメント

科 目 目 的 内  容 時間数 ・認知症に関する 事例

師との連携」 6 件,「排便コントロール」1 件など患者の体調や体調管理に関連するものが複

対象者となった家族介護者 A さんは 代女性,認知 症の人本人は夫で 代男性であった。診断名は脳血管性

では、介護者がこのような状態に至るためには、専門職はどのような支援・介入をする 必要があるのだろうか。その方法として、菅沼らが示した 8 つの要因

(4)認知症総合支援事業

際の食事提供の状況について看取りを実施している認知症高齢者グループホーム 395 施設 の管理者及び看取りを経験した職員と、サービス付き高齢者住宅

インタビューの結果から、医療的ケアを行う家族介護者の心理的支援ニーズに関連

めるために、家族介護者の健康に対する認識とそれに関する援助内容などを質問した