はじめに 生活習慣病の 1 つである虚血性心疾患を中心とす る心臓病に対して,一次予防のみならず再発予防に おいても運動療法が重要であることは論を待たな い.その効果として,運動耐容能増加や糖尿病,脂 質異常症などの危険因子コントロールだけでなく, 近年では血管内皮機能改善や自律神経機能改善など の報告が相次ぎ,QOL の向上や生命予後改善に貢 献することが知られている.また,高齢化社会となっ たわが国では,たとえ慢性疾患をもっていても自立 した生活を送ることのできる高齢者を多く生み出す ことが必要となる.それには,運動・身体活動をい かに習慣化していくかということが重要となる.し たがって,運動療法に対するアドヒアランス(ad-herence)が重要となってくる.わが国では,心筋梗 塞発症後または冠動脈バイパス術後の 5 カ月間は心 大血管疾患リハビリテーションとして保険算定が可 能であるが,その後の保険診療が認められず,運動 療法を継続するための受け入れ施設もほとんどない のが現状である.一方,虚血性心疾患の死亡率がわ が国より約 5 倍高いドイツでは,心臓リハビリテー ション(心臓リハビリ,心リハ)が継続的に行われる システムが整備されており,とりわけ維持期のリハ ビリは地域にあるスポーツクラブ(Sportverein)を 中心に実践されている. 集団スポーツ運動療法 わが国でも虚血性心疾患患者を対象にして 1982 年 1 月よりスポーツを用いた運動療法(集団スポー ツ運動療法)が開始された1,2) .これはドイツで行わ れていた心臓リハビリシステムをわが国に初めて導 入したものである.集団スポーツ運動療法とは,従 来から行われていた心臓リハビリの主運動にスポー ツ種目を取り入れていることを特徴としている3). 一般にわが国では,スポーツというと競技スポー ツのみに誤解されがちであるが,スポーツには健康 のために行うスポーツ(健康スポーツ)や娯楽のため に行うスポーツ(市民スポーツ)もある.�sport�の 語源はラテン語でdisportare(喜び,気晴らし,憂さ 晴らし)という意味が含まれている4) .すなわち,ス ポーツには文化的,創造的な人間の営みや喜び,楽 しみといった精神の解放がなければならない.運動 は楽しくなければ長続きしないし,楽しくなければ 効果が現れない.つまりグループでスポーツを行う ことによって身体活動に対する不安を除去し,他人 との共同プレーを通じて自己を陶冶し,生活の質 (QOL)を高め,社会への再適応を目指していくので ある2).ドイツではすでに高血圧,糖尿病,心臓病な どの内科疾患に対するスポーツ治療(Sportthera-pie)という言葉が使われ医学関係の辞書にも載って いる5). ただし心臓病の治療として行うスポーツは,その 適応と禁忌を明確にし,運動処方によって安全性を 確保し運動療法の効果を十分引き出すものでなくて はならない.また,臨床的な効果を期待するなら, 先述したように運動療法を継続することが重要とな る6,7).運動療法に対するアドヒアランスを高めるた めにも,グループで行う集団スポーツ運動療法は効 果が期待できる.筆者は,生活習慣病の患者を集め て 8 年間にわたり運動療法を指導し,その効果を実 証している8). 埼玉医科大学国際医療センター 心臓リハビリテーション科
心臓リハビリテーションとしてのスポーツ
牧田 茂
スポーツと循環器疾患
ドイツの心臓病運動療法 ドイツでは一般的に急性期には,患者は救急病院 に入院し,その後は郊外の風光明媚な地域もしくは 温泉地にあるRehabilitationsklinik(リハビリテー ション病院)もしくは Kurklinik(クア病院)と呼ば れる病院に数週間滞在して回復期心臓リハビリを行 う.そこでは,食事療法や運動療法,リラクセーショ ン法などを取り入れた生活習慣改善が徹底して行わ れる.患者が自宅に戻っても,良好なライフスタイ ルを維持できるように指導を受けるのである3).し かし近年は,外来通院型の回復期心臓リハビリが実 施されるようになってきている(図 1). 回復期以降の維持期になると,患者はそれぞれの 地域にあるAmbulante Herzgruppe(AHG:心臓病 患者の外来運動療法グループ)に属することになる. このAHG は 1965 年 Schorndorf という南ドイツの 田舎町で産声を上げた.以後ドイツの維持期リハビ リシステムは 50 年以上にわたり発展を続けてきた. 現在全国で 6,000 以上のグループが組織され,ス ポーツ種目(主としてバレーボール)を取り入れたユ ニークな運動療法が展開されている(図 2).全国ど こに行っても必ず 1 つはAHG があり,維持期心臓 リハビリを続けたい患者に対してサービスが提供さ れる.AHG の組織母体は,全国に 70,000 あるとい われているスポーツクラブが中心となっている.ド イツの多くのスポーツクラブは,競技スポーツより も需要がはるかに多い地域住民を対象にした健康ス ポーツに焦点を合わせており,低料金で会員になる ことができる.多くのスポーツクラブには,心臓病 患者のための運動療法プログラムが用意されてい る9).このドイツを中心としたヨーロッパでの地域 密着型スポーツクラブを総合型スポーツクラブとし てわが国に定着させようという試みがなされている が,地域の有疾患者,低体力者や高齢者に対する良 質なプログラムが提供されることを期待したい10). さらに,NPO 法人(特定非営利活動法人)ジャパン ハートクラブは,わが国における循環器病の一次予 図 1 外来通院による心臓リハビリ施設 ベルリン市内にあるherzhaus という心臓リハビリ専門の循環器クリニック. 自転車エルゴメータによるトレーニング室,メディカルリハビリを行う訓練室 (一見フィットネスクラブと見間違えるほどである),体育館と調理実習室もある.
防(発症予防)および二次予防(再発予防)のための運 動療法・心臓リハビリの普及を目的として設立され, その主な活動としては,一般人・慢性期心疾患患者 や生活習慣病患者を対象とした運動療法に関する正 しい知識と有用性の啓発,運動療法の指導者育成, ならびにドイツ型維持期心臓リハビリシステムを参 考にしてメディックスクラブを運営し全国展開して いる11). スポーツ運動療法の効果 トレーニングに伴い運動耐容能の改善は一般的な 現象として認められ,酸素摂取量は 2 割から 3 割増 加する.その他に中枢効果として心筋の灌流改善が 期待できる.われわれは,スポーツ運動療法によっ て,201Tl による心筋シンチグラフィで,54.8%の患 者に灌流改善を確認している.これは 42 名(平均年 齢 65 歳)の心臓リハビリ患者を平均 70 カ月追跡し た結果である12).さらに,降圧効果13)や総コレステ ロール改善効果14)も認められる.また,心室性期外 収縮の検討では,3 カ月間の注意深いモニター観察 下での心臓リハビリで,約 8 割の不整脈患者の改善 を認めた15).不整脈改善の機序については,期外収 縮の閾値の変化やカテコラミンの低下さらに副交感 神経系の機能亢進が考えられる. 特徴 ・公共施設を有効利用(高校・大学の運動施設を利用)している. ・地域密着型スポーツクラブ(Sportverein:日本では NPO 法人)が運営母体となっ ていることが多い. ・運動指導者は有資格者であり,スポーツ医が関与している. ・保険診療が一定期間認められる場合があり,そのほかにも地域によって行政から の法的・財政的支援がある. 図 2 維持期心臓リハビリ風景 ドイツ体育大学の施設を使い,週 2 回心臓病患者が有資格の運動指導者の下で集 団スポーツ運動療法を行っている.
さらに心理的にも好ましい効果が期待でき,石原 ら は,67 名 の リ ハ ビ リ 患 者 に 心 理 テ ス ト を 行 い SDS(Self rating Depression Scale)に関して,54 カ 月以上の長期リハビリ継続群に有意にうつ傾向が低 下していることを述べている16). 筆者らは,免疫学的検討も加えている.平均参加 期間 4 年のスポーツ運動療法に参加している 38 名 (平均年齢 64 歳,男性 19 名,女性 19 名)の心疾患患 者を対象にした.運動耐容能とNK 細胞活性の間に は,r=0.415,p<0.05 と弱いながらも有意な正の 相関が認められた.コントロールのないパイロット 研究であるが,中程度の運動を長期間持続し耐容能 を向上させれば,免疫機能の改善が期待できるとい う結果である17)(図 3). また,これまでの成績から集団スポーツ運動療法 の脱落率は,1 カ月で 30.2%,3 カ月で 44.1%であっ た.また,筆者が以前勤務していた一般病院での集 団 ス ポ ー ツ 運 動 療 法 の 長 期 脱 落 率 は 63%であっ た8). 集団スポーツ運動療法のリスク対策 Van Camp らは全米 167 の監視型リハビリプログ ラムを調査し,100 万人×時間に対して 8.9 人の心 停止,3.4 人の心筋梗塞そして 1.3 人の心臓死が発 生したとしている.このデータより心リハプログラ ムの安全性は証明されたとしている18).また集団ス ポーツ運動療法のデータでは,10 年間に 595 名の患 者が参加し,85,658 人×時間の運動プログラムを実 施したが,重大な心事故は皆無であった. われわれは 12 年間の運動療法経験において,参 加患者計 430 名のうちアンケートを回収できた 267 名(平均年齢 63.5 歳,平均リハビリ参加期間 37 カ 月)に関して分析を行った.その結果,運動中の心臓 死を含む重大事故の経験は全くなく,全死亡率 9%, 心臓死 4%,突然死 1%という満足する結果を得て いる19).したがって監視下で計画的に実施されてい る運動療法はリスクが極めて低いと考える.ただし 運動療法の禁忌疾患を除外し,実施前には運動負荷 試験をはじめとする心循環系の評価を行い,運動処 方を個別化しさらに実施中は観察を十分行い不測の 事態に備えることが前提である. 運動療法に伴うケガの発生は,少なからずみられ る.1997 年 1 月から 1998 年 5 月までの,延べ 10504 名の心リハ実施患者のうち運動メニューを変更また は中止した整形外科的障害は 29 件(0.3%),運動中 の外傷は 11 件(0.1%)であった.日常活動(運動療 法以外)で外傷のため運動中止に至った例は 10 件で あることから考えると,運動療法によるケガの発生 頻度は少なく,安全に実施可能であるといえる.し かし,念入りなウォーミングアップ・クーリングダ ウンや運動中の危険行為の指導等改善すべき点はま だあるといわざるを得ない.整形外科的メディカル チェックやケガの発生時の対応に関して,整形外科 医との密接な連携が望まれる. 心臓リハビリの今後の課題 わが国においては回復期・維持期の心臓リハビリ を積極的に行っている施設はまだ数少ない.厚生労 働省の認定した指定運動療法施設(民間商業スポー ツ施設)内での運動療法に医療費控除が認められて いるが,現在指定を受けているスポーツクラブは数 少なく,慢性疾患患者が気軽に利用できる状況に なっていない.一方,病院・医院に運動施設を併設 する医療機関は徐々に増加してきているが,それに 伴う行政からのバックアップや,質の高い指導者の 0 5 10 0 5000 10000 15000 20000 25000 NK activity(count) ml/kg/min 25 20 15 r=0.415 p< 0.05 n=38 peak VO2 図 3 集団スポーツ運動療法に参加した患者の NK 細胞活性と運動耐容能(peakVO2)の 関係
養成は十分でない.また財政的な基盤作りも重要で ある20).日本心臓リハビリテーション学会では,心 臓リハビリテーション指導士認定制度を発足させ, すでに 3,000 名あまりの指導士が誕生している.こ のような資格を持った心臓リハビリの指導者が地域 で活躍できる場の提供が必要と思われる. 文 献
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2) 村山正博,ほか:運動療法に関する診療基準.Jpn Circ J
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4) Das Neue Taschen Lexikon Band 15
Germany:Bertels-mann Lexikon Verlag;1992. p. 124
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12) Linxue L, Nohara R, Makita S, et al:Effect of long-term exercise training on regional myocardial perfusion changes in patients wiyh coronary heart disease. Jpn Circ J 1999;63:73-78 13) 牧田 茂,吉田敬義,ほか:高血圧患者に対する外来集 団スポーツ療法のシステム化.体力研究 1993;83:146-154 14) 野原隆司:長期心臓スポーツリハビリテーション.別冊 総合ケア 老人の疾病と運動処方.東京:医歯薬出版; 1992.p. 60-71 15) 奥田和美,野原隆司,ほか:スポーツリハビリテーショ ンにおける心室性期外収縮の検討.Ther Res 1991;11: 215-221 16) 石原俊一,橋本哲男,今井 優,ほか:心臓リハビリテー ション患者の心理・社会学的特徴について.心臓リハビ リテーション 1998;3:22-26
17) Ishihara S, Nohara R, Makita S, et al:Immune function and psychological factors in patients with coronary heart disease(Ⅰ). Jpn Circ J 1999;63:704-709 18) Van Camp SP, Peterson RA:Cardiovascular
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