2017 年 10 月
Ⅰ はじめに
中小企業1は,わが国の雇用の大半を担ってお り,地域経済を支える基盤となっている。多種多 様な中小企業が存するが,その多くは財務基盤が 脆弱であり,大企業との間には競争力に相当の格 差があると考えられる。このような現状を鑑み て,中小企業に対しては,大企業とは異なる税制 上の特例措置により優遇されている。 現行の法人税法には,「中小企業税制」という 概念はなく,また,実定法上も規定はないもの の,上記の理由から講じられている中小企業に対 する税制上の特例措置を中小企業税制とみなすこ ともできよう2。 本稿は,税制上の特例措置の中でも,恒常的で ある法人税法等の本則に基づく措置を中心に,こ れまでの改正経緯や先行研究の見解を通じて,中 小企業税制のあり方について検討を行うものであ る。Ⅱ 中小企業税制の概要
1 法人税法等の本則に基づく措置 現行の中小企業税制としては,法人税法等の本 則に基づく措置と,租税特別措置法に基づく措置 が設けられている。法人税法等の本則に基づく措 置として,⑴貸倒引当金(法人税法第 52 条),⑵ 欠損金の繰越控除(法人税法第 57 条),⑶中小法 人の軽減税率(法人税法第 66 条),⑷特定同族会 社の留保金課税の停止措置(法人税法第 67 条), ⑸欠損金の繰戻還付(法人税法第 80 条),⑹法人 事業税の税率(外形標準課税)等があげられる。 その概要は,以下のとおりである。 ⑴ 貸倒引当金 資本金1億円超の大法人には原則不適用とされ ている貸倒引当金の損金算入について,中小法人 の場合には繰入限度額まで損金算入が可能とされ ている。 ⑵ 欠損金の繰越控除 資本金 1 億円超の大法人に制限措置が講じられ ている欠損金の繰越控除について,中小法人の場 合には所得金額の全額まで損金算入が可能とされ ている。 ⑶ 中小法人の軽減税率 法人税の基本税率は 23.4%であるが,資本金 1 億円以下の中小法人の年 800 万円以下の所得につ いて,19%の軽減税率が定められている。 ⑷ 特定同族会社の留保金課税の停止措置 特定同族会社の内部留保に対する留保金課税に ついて,資本金 1 億円以下の同族会社には同制度 が不適用とされている。 ⑸ 欠損金の繰戻還付中小企業税制のあり方について
井藤 哉
*The Special Tax Treatments for SMEs
ITO, Hajime
論文
を超える交際費等の額が損金不算入とされている のに対し,中小法人の場合には,同措置のほか, 年 800 万円の定額控除限度額が設けられている。 ⑺ 少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特 例 30 万円未満の設備を取得した場合に,取得価 額の全額を損金に算入することができる。 以上が税制上の特例措置であるが,租税特別措 置は,「公平・中立・簡素」という租税原則の例 外として,時限的に特定の政策目的を有する税制 であることに鑑みると,その政策を実現するため の要因を個々の制度ごとに詳細に検討することが 必要であると思われる。そこで,本稿では,恒常 的な法人税法等の本則に基づく措置を中心に,こ れまでの改正経緯等を概観し,先行研究の見解を 基に検討する礎とする。
Ⅲ 中小企業税制の検討
1 貸倒引当金 貸倒引当金については,平成 23 年税制改正に より,適用法人を中小企業と銀行,保険会社その 他これらに類する法人に限定されている。これら の法人は,その有する金銭債権のうち,貸倒引当 金の設定対象となるものを,個別評価金銭債権 と,一括評価金銭債権とに区分し,それぞれにつ いて貸倒見込額を損金経理により貸倒引当金勘定 に繰り入れたときは,その繰り入れた金額のう ち,それぞれの繰入限度額に達するまでの金額は 損金の額に算入することが認められる。 中小企業については,一括評価金銭債権の実績 繰入率に代えて,業種ごとに定められた法定繰入 率の選択適用が租税特別措置により認められてい る。この法定繰入率による貸倒引当金の繰り入れ は,平成 10 年に廃止されたが,中小企業につい ては,大企業に比して取引先の件数が少ないこと から貸倒損失が恒常的に発生するとは限らず,実 績繰入率のみによって計算を強いることには無理 があるところから認められることになったようで ある3。 しかし,法人の規模や業種に関わらず金銭債権 には常に貸倒れリスクがあること,企業会計の観 点からは,取立不能のおそれがある金銭債権につ いて,その取立不能見込額を貸倒引当金として計 上しなければならないこと,租税原則として一般 欠損金がある場合に,前事業年度の所得に繰戻 し,既に納めた法人税から欠損金の分だけ還付を 受けることができる。 ⑹ 法人事業税の税率 資本金1億円超の法人に適用されている法人事 業税の外形標準課税について,中小法人には付加 価値割および資本割は課税されず所得割のみ課税 されている。 2 租税特別措置法に基づく措置 他方,租税特別措置法に基づく措置として,⑴ 法人税率の特例(租税特別措置法第 42 条の 3 の 2),⑵中小企業技術基盤強化税制(租税特別措置 法第 42 条の 4),⑶中小企業投資促進税制(租税 特別措置法第 42 条の 6),⑷雇用促進税制(租税 特別措置法第 42 条の 12),⑸商業・サービス業・ 農林水産業活性化税制(租税特別措置法第 42 条 の 12 の 3),⑹交際費等の損金算入の特例(租税 特別措置法第 61 条の 4),⑺少額減価償却資産の 取得価額の損金算入の特例(租税特別措置法第 67 条の 5)等があげられる。その概要は,以下の とおりである。 ⑴ 法人税率の特例 既述のとおり,軽減税率(19%)が定められて いるが,さらに,租税特別措置として時限的に 15%にまで税率が引き下げられている。 ⑵ 中小企業技術基盤強化税制 研究開発をした場合に,税額控除を受けること ができる。 ⑶ 中小企業投資促進税制 機械装置等を取得した場合に,特別償却または 税額控除を受けることができる。生産性向上の要 件を満たす設備については上乗せの優遇措置を受 けることができる。 ⑷ 雇用促進税制 雇用者を増加させるなど一定の要件を満たした 場合,雇用増加者数に応じて税額控除が受けるこ とができる。 ⑸ 商業・サービス業・農林水産業活性化税制 商工会議所等の経営改善指導を受けて器具備品 等を取得した場合に,特別償却または税額控除を 受けることができる。 ⑹ 交際費等の損金算入の特例 大法人については,接待飲食費の 50%相当額(出所)藤井誠「繰越欠損金」成道秀雄編『法人税の 損金不算入規定』 中央経済社(2012 年)114 頁を基に筆者作成。 欠損金をどのように取り扱うべきであるかとい う問題について,制度上は大きく三つの期間に分 けて運用がなされてきたといえる。第Ⅰ期は,明 治 32(1899)年∼大正 14(1925)年までで,当 時の商法との調和により欠損金の繰越控除は是と されていた。第Ⅱ期は,大正 15(1926)年∼昭 和 24(1949)年までで,事業年度単位課税の原 則により欠損金の繰越控除は否とされていた。そ して,昭和 25(1950)年以降現在まで続く第Ⅲ 期では,シャウプ勧告の内容により,再び欠損金 の繰越控除は是とされているのである7。 近年の税制改正では,法人実効税率の引き下げ に伴い課税ベースを拡大しようとする指向が見受 けられるが,財源確保のために欠損金の繰越控除 を制限しようとする方向性については否定的な考 え方8が概ね大勢を占めているようである。 例えば,政府税制調査会の法人課税ディスカッ ショングループなどにより,財源捻出案として欠 損金の繰越控除の圧縮がリストアップされている が,富岡幸雄教授は,「欠損金については,過去 の損失を補填しない限り,原理的には所得は生じ ないのですから,間違った財源漁りとしか考えら れない」9と述べている。 他方,中小企業に認められている欠損金の全額 控除を廃止し,大企業と同様にすべきとの考え 方10もある。確かに,欠損金の繰越控除措置は, 低迷企業を擁護する機能もあるので,中小企業の 多くが欠損を計上している事実11があり,さら にそれを長期間にわたり,垂れ流しながらも事業 を継続しているという指摘である。欠損金の繰越 控除の制限をすることにより,企業経営者が奮起 することを期待し,企業の収益向上を促し,経営 の適正化を企図するものである。 しかし,そもそも欠損金の繰越控除という制度 が存在するのは,租税原則として一般に共有され ている「課税の公平性」からの要請に基づくもの と考えられている。公平性には,同様の状況にあ る者は,同様に課税されなければならないことを 要請する水平的公平性があると説明される。仮に 本制度が無いとすれば,所得計算の期間を区切ら なければ同様の状況にある者が人為的に計算期間 に共有されている「課税の簡素」の観点からは, 企業会計と法人税制は可能な限り調和させること が望ましいこと等を勘案すれば,法人の規模等に 関わらず,その繰入額の損金算入が認められるべ きであろう4。 したがって,大企業については,少なくとも個 別評価金銭債権と一括評価金銭債権の実績繰入率 による貸倒引当金の繰り入れは認められるべきで あり,中小企業に対する現行の制度は今後とも存 置すべきであると考える。 2 欠損金の繰越控除 欠損金の繰越控除については,所得課税である 法人税において国際的に幅広く認められている制 度5である。わが国では,平成 27 年税制改正に おいて繰越期間は 9 年から 10 年に延長されたが, 控除限度が所得金額の 50%にまで引き下げられ ることとなった。 中小企業については,大企業に比してより景気 変動に対する備えが必要であると思われるため, 控除限度は設けられておらず所得金額の全額が控 除できる6。 欠損金の繰越控除規定は,これまで幾度と変更 されているが,これらをまとめると次のとおりで ある。 区分 期間 繰越控除期間 控除限度 Ⅰ期 明治 32(1899)年∼大正 14 年まで 無期限 なし Ⅱ期 大正 15(1926)年 ∼昭和 14 年まで − なし 昭和 15(1940)年 ∼昭和 20 年まで 3 年 なし 昭和 21(1946)年 ∼昭和 24 年まで 1 年 なし Ⅲ期 昭和 25(1950)年 ∼平成 12 年まで 5 年 なし 平成 16(2004)年 ∼平成 22 年まで 7 年 なし 平成 23(2011)年 ∼平成 26 年まで 9 年 あり(80%) 平成 27(2015)年∼ 9 年 あり(65%) 平成 28(2016)年∼ 9 年 あり(60%) 平成 29(2017)年∼ 9 年 あり(55%) 平成 30(2018)年∼ 10 年 あり(50%)
41 年税制改正においては,中小企業の負担軽減 を図ることを目的とした措置であるという制度の 趣旨に即応し,軽減税率の適用が資本金 1 億円以 下の法人に限定されている17。 近年では,平成 21 年税制改正により,平成 20 年のいわゆるリーマン・ショックを契機とした世 界金融資本市場の混乱とわが国経済の長期停滞の 中で,とりわけ景気後退の影響を受けやすい中 小・小規模企業等支援対策の一つとして,租税特 別措置により法人税率の特例として軽減税率を時 限的に引き下げた18。 軽減税率や適用される所得金額に対する見解と しては,中小企業の財務基盤の強化を図り,企業 の成長を支援する観点からは,これまでどおり中 小企業に対する軽減税率制度を存置すべきであ り,その税率は,現行の水準(15%)をさらに引 き下げることが適当であるとの考え方19や,中 小法人の軽減税率が適用される所得の金額(年 800 万円)の引上げの是非について検討が必要と の考え方20がある。 他方,中小企業に対する軽減税率をなくして大 企業と同様の基本税率とすべき,という議論もあ る。また,中小企業と大企業との中間的な位置づ けとして「中堅企業」の概念を設け,基本税率を 段階的に軽減税率に近づけていくべきとする考え 方21もある。 中小企業における税率に関しては,わが国で は,法人形態で事業を行った方が税負担が軽減さ れることから,戦後いわゆる「法人成り」の現象 が著しく,実体が個人企業と異ならないような法 人がきわめて多いため,これらの法人に対する税 負担をいかにすべきかということが問題視されて きたと解される。しかし,この問題については法 人税のあり方のみならず,所得税のあり方も含め て議論すべきであろう。 そこで,中小法人の軽減税率のあり方として, 法人税の性質を中心に検討してみたい。 法人税の税率構造に関して,法人所得課税を個 人所得課税の前払いである(法人擬制説)と位置 付けると,法人税率は,税の性格からみて段階税 率はなじまないものと考えられる。租税原則とし て一般に共有されている「課税の中立性」の観点 から,単一の比例税率であるべきであろう。ま た,近年の税制改正において法人実効税率が徐々 を区切ることにより異なる課税状況が生まれてし まう12。既述のとおり,中小企業のおよそ 7 割が 欠損法人である。しかし,このような中小企業に は,役員給与など特定の損金算入項目含めて,総 合的に経営適正化促進のための措置の導入を検討 すべきであり,欠損法人数が多いという理由で, 課税の公平性を歪めてもよいのであろうか。 水平的公平性によれば,割引現在価値で見て同 程度の所得を上げている法人に対しては,同程度 の税負担を課すべきである。しかし,今般の欠損 金の繰越控除制度の見直しによって,繰越控除の 使い残しが生じる法人が出てくれば,法人所得を 上げるタイミングによって税負担が異なる可能性 が出てくる。万年赤字の企業は市場の中で淘汰さ れることになるが,ゴーイングコンサーンである からには,繰越控除の使い残しが出る企業を「稼 ぐ力」が弱いとして税制上不利な扱いにすること が妥当だとはいえないであろう13。 控除限度額を設けるにしても,一定額を超える 額について制限を設けるという考え方14もある が,企業活動の継続性と業績回復を支援するとい う観点からも,企業規模の大小を問わず,繰越欠 損金について控除制限を設けるべきではないと考 える。 3 中小法人の軽減税率 中小法人の軽減税率について,現行の中小企業 に対する法人税率の特例は,法人税により,年 800 万円を超える所得金額については 23.4%,年 800 万円以下の所得金額については 19%とされて いる。さらに,法人税率の特例として,租税特別 措置法により,この軽減税率は,時限的な措置と して 15%にさらに軽減されている。 現行制度のような普通法人に対する二段階税率 は,昭和 30 年税制改正において講じられた。そ の際の政府提案においては,資本の蓄積の促進お よび輸出の振興等に資するため所得に対する法人 税の税率を一律 42%から 40%に引き下げること としていたが,大企業が租税特別措置法を利用し 税負担を軽減するケースが多いのに対して,中小 企業の利用が不十分であり,両者の間に税負担の 格差が生じていたため,これを是正する目的から 二段階税率15に修正が行われている。その後, 軽減税率の適用対象所得が引き上げられ16,昭和
50%以下の同族会社が留保金課税適用除外とされ た。 そして,平成 18 年税制改正において,留保金 課税の対象となる「同族会社」の判定について, 3 株主グループによる判定から 1 株主グループに よる判定とする措置が講じられ,その法人の名称 については「特定同族会社」と称せられた。平成 19 年度税制改正において,留保金課税の適用対 象となる特定同族会社から,当該事業年度終了の 時における資本金の額が 1 億円以下である会社が 除外されるのである。これらにより,大幅に適用 範囲が縮小28されるのである。 近年では,平成 22 年税制改正により,資本金 の額または出資金の額が 1 億円以下である被支配 会社であっても,①資本金の額または出資金の額 が 5 億円以上である法人,②保険業法に規定する 相互会社(外国相互会社を含む。)および③法人 税法 4 粂の 7 に規定する受託法人との問に当該法 人による完全支配関係がある普通法人について は,特定同族会社から除外されないことになっ た。すなわち,大法人による完全支配関係にある 普通法人については,特定同族会社から除外され ないことになったのである。 従来,留保金課税は,配当に対する所得課税を 回避する傾向の強い同族会社に対し,その課税の 繰延べを防止する趣旨で設けられたものであり, 法人事業と個人事業の間の税負担の差異を調整す る目的も有している。ただし,現行の留保金課税 制度では,既述のとおり,平成 18 年および平成 19 年税制改正によって対象法人が縮小されてお り,そもそも本来の目的が達成できる状況ではな い29。 近年,法人税率と所得税率が乖離しており,配 当に対する税負担の調整も不完全なものとなって おり,留保金課税制度を廃止すべきとする考え 方30も見受けられるが,経済的実態を踏まえた 所得課税の公平性や中立性を確保する観点から は,留保金課税の法人税制における基本的な仕組 みとしての目的は否定されるべきではないものと 考える。したがって,中小企業に対しても留保金 課税を適用すべきである。また,法人擬制説の立 場によれば特別税率を複数税率にすべきではない が,法人税率の特例と同様,中小企業に対する配 慮は必要であろう。 に引き下げられており,基本税率と軽減税率の差 異が縮小する傾向にある。このため,中小企業に 対する軽減税率制度を廃止すべきであるという考 え方22がある。 他方,法人税と所得税は別個の税であり,法人 を独立した納税主体である(法人実税説)と位置 付ければ,必ずしも比例税率による必要はない。 米国では数段階の法人税率が導入されており,わ が国においても,法人の規模等に関わらず 3 段階 程度の税率構造も可能との考え方23もある。 わが国においては,昭和 25 年のシャウプ勧告 による税制改正で法人擬制説的な考えが採用され ていることから,段階税率はなじまないものと考 えられる。そうすると,中小企業に対する政策的 配慮24は必要であるとしても,基本税率との格 差を縮小する方向で検討することが適当であると 考える。租税特別措置法における法人税率の特例 (15%)は廃止し,適用すべき中小企業の範囲25 については別途検討したうえで,現行(19%)に 相当する軽減税率のカテゴリを租税特別措置法に おいて臨時的に措置することが適当であると考え る26。また,租税特別措置において措置すること により,時限的かつ,その時の経済状況にあわせ て弾力的な対応が可能となる。 4 特定同族会社の留保金課税の停止措置 特定同族会社(1 株主等による持株割合等が 50%を超える会社)の各事業年度の留保金額が留 保控除額を超える場合には,その特定同族会社に 対して課する各事業年度の所得に対する法人税の 額は,留保控除額を超える部分の金額に特別税 率27を乗じて計算した金額を通常の法人税の額 に加算した金額とされている。現行では,一般の 中小企業には留保金課税の適用はない。 わが国の留保金課税の歴史は古く,大正 12 年 において初めて設けられた。昭和 29 年税制改正 において,初めて同族会社の特別税率が設けら れ,その後も様々な改正が行われてきた。平成 12 年度税制改正において,中小企業・ベンチャー 企業を支援する観点から,新規事業創出促進法上 の中小企業者または同法の認定事業者に該当する 一定の事業年度については留保金課税を適用しな いとする特例が設けられた。平成 15 年度税制改 正において,資本金額 1 億円以下で自己資本比率
損法人であっても事業税を負担すべきことにな る。 しかし,法人実効税率の引き下げに伴う財源確 保のため,外形標準課税を中小企業にまで拡大し ようする指向に対しては,否定的な考え方32が 多勢を占めているようである。 例えば,日本税理士会連合会「平成 30 年度税 制改正に関する建議書」では,中小企業には,外 形標準課税を適用すべきではないとしている。そ の理由として,「法人事業税の外形標準課税の課 税標準である付加価値割の大半は給与であり,中 小法人は大法人と比較すると労働分配率が高いこ とから,中小法人に外形標準課税が適用された場 合には,その雇用の維持と創出に影響を及ぼすこ ととなる。また,欠損法人等の担税力のない中小 法人の資金繰りを圧迫することとなり,設備投資 を控える要因ともなる。さらに,都市部より地方 の企業に税負担が増える傾向にあり,企業の地域 間格差が広がるおそれがある。」とし,「したがっ て,中小法人の雇用確保と資金繰りの悪化を防ぐ ためだけでなく,地方創生の観点からも,中小法 人には法人事業税の外形標準課税を適用すべきで はない。」33としている。 また,富岡幸雄教授は,「赤字に苦しむ中小企 業に新たに課税することは理不尽であり,納得し がたいことです。法人事業税は地方自治体に納め るものです。地方自治体が景気に影響されない安 定財源を確保しようとする中,中小企業の立場を 無視した徴税者本位の発想であり,容認できませ ん。」34と述べている。 外形標準課税を拡大させる問題点としては,次 の二点があげられる。第一に,事業税付加価値割 は税率が引き上げられたことで,従来の法人実効 税率の効果を減殺されたこと,第二に,人件費 (報酬給与額)に与える税負担増の影響である35。 特に後者の問題は深刻である。現行の外形標準 課税は,その大半を企業の付加価値に求めてお り,その大部分は報酬給与で占められている。し たがって,実質的に「人件費課税」であり,所得 の小さい法人や欠損法人においては,その担税力 を超えた負担が生じるおそれがある。また,労働 分配率の高い中小企業にまで適用範囲を拡大する と,雇用の維持・創出に悪影響が及ぶとともに, その経営を著しく圧迫することとなり,企業の存 5 欠損金の繰戻還付 欠損金の繰戻還付については,昭和 25 年税制 改正において制定された。しかし,昭和 59 年税 制改正において,解散等の一定の場合を除いて欠 損金の繰戻還付が停止された。昭和 63 年税制改 正で一旦,停止が廃止されたものの,平成 4 年税 制改正で復活してそれ以降,原則として欠損金の 繰戻還付は停止されている。 その後,停止の例外措置として幾度と改正され ている。まずは,平成 6 年税制改正において, 「特定中小企業者の新分野進出等による経済の構 造的変化への適応の円滑化に関する随時措置法」 に定める特定中小企業者のみを対象としていたと ころ,平成 11 年税制改正では,これが設立後 5 年以内の中小法人とされた。さらに平成 21 年税 制改正において,設立後要件が廃止され,平成 22 年税制改正で,大法人により完全支配されて いる中小法人が対象から除かれた,という経緯を たどっている。 これは,真に制度の利用を認めるべき者にのみ 恩恵を与える制度から,単に法人の規模のみに着 目して中小企業を一律に救済する方向に制度が変 化しているとの理解も可能であり,どのような中 小企業にいかなる目的でこの制度の恩恵を与える べきかという観点から,制度を利用しうる「中小 企業」の範囲を見直すべきとの考え方31がある。 しかし,欠損金の繰戻還付は,欠損金の繰越控 除のみでは救えない場合の救済措置としてシャウ プ勧告により創設されたものであり,課税の水平 的公平性にしたがえば,企業規模の大小を問わ ず,全ての企業に対して欠損金の繰戻還付は停止 すべきではないと考える。 6 外形標準課税 現在,大企業に適用されている法人事業税の外 形標準課税について,中小企業には付加価値割お よび資本割は課税されず所得割のみ課税されてい る。 事業税は,公共サービスの受益によって企業活 動が営まれていることに着目した応益課税であ り,また,地方自治体の税収の安定化を図るため に企業に一定の負担を求めるものであるとされて いる。その性格や課税目的をこのように解すれ ば,理論的には企業の規模に関わらず,また,欠
後,⑦租税特別措置について言及した。中小企業 税制を検討するうえで,租税特別措置は,時限的 であるが故に「公平・中立・簡素」という租税原 則の例外であるとすると,法人税法等の本則に基 づく措置は,恒常的であるが故に租税原則に反し てはならないであろう。 近年の税制改正では,上記③中小法人の軽減税 率に象徴されるように,法人税率の引下げに伴う 税収減を補填するために課税ベースの拡大を指向 していると解されている。税率水準については, 法人形態と個人形態の間における税負担の調整が 必要であろう。法人擬制説の立場によれば,法人 税率の大小に関わらず,段階税率を採用すべきで はないが,中小企業に対する配慮は必要として租 税特別措置において軽減税率を設けるべき,と結 論付けた。 上記①貸倒引当金,②欠損金の繰越控除,⑥外 形標準課税については,課税ベースの拡大指向が 多分に見受けられたが,既述のとおり,少なくと も中小企業については,現行の制度を維持すべき であろう。中でも⑥外形標準課税は,法人税の税 率や課税ベースとは別の問題として,事業税の課 税のあり方は,企業経営に与える影響が多大であ るため,極めて重要な問題であると考える。 上記②損金の繰越控除,⑤欠損金の繰戻還付に ついては,制度自体が租税原則を歪めているた め,中小企業を例外的措置とせず,企業規模の大 小に関わらず,制度の適用を認めるべきであろ う。 以上は,財源確保に伴い課税ベースが拡大され た項目といえるため,以後,中小企業に対して適 用が拡大されないか懸念される。今後の税制改正 等,動向を注視する必要があろう。 一方で,課税を強化すべき項目として,上記④ 特定同族会社の留保金課税の停止措置をあげた。 仮に中小企業に対して,留保金課税を適用したと しても,利益計上法人割合が 3 割程度に止まる状 況においては,法人事業と個人事業の間における 税負担の差異を調整できるか疑問は残るであろ う。 近年の税制改正により,法人税率の引き下げを 実現したため,法人税改革は一段落という雰囲気 が支配しているようである。今後は,所得課税の 公平性や中立性を確保する観点から,法人なりと 続問題も生じかねないとの考え方36もあること から,少なくとも中小企業に対しては,外形標準 課税を拡大させるべきではないと考える。 7 租税特別措置 租税特別措置については,特定の業種や特定の 企業に恩恵が及ぶことを防止するとともに,既得 権益を排除する観点から,その整理・合理化を行 う必要があるとの考え方37が多勢を占めている ようである。また,現行の租税特別措置法では, 法人税法だけでなく所得税法等の他の税法も含め た形で規定されているものが多く存在するため, 中小企業が適用できるか否かが判断し難いものと 思われるため,利用者目線に立った,整理・統合 が必要であろう。 近年の租税特別措置の内容については,中小企 業技術基盤強化税制,中小企業投資促進税制,商 業・サービス業・農林水産業活性化税制に代表さ れるように,攻めの姿勢を後押しする支援に重点 が置かれていると思われる。また,後二者につい ては,改組されながらも適用期限が延長されてお り,実質的な延長に等しい。確かに,資金不足の ために必要な設備投資が困難な中小企業が多い現 状に鑑みると,企業の競争力の強化に資する設備 投資については,投下資本の早期回収を支援する ための特別償却等の措置が必要との考え方38も ある。 しかし,そもそも中小企業は赤字法人が多く, 税制上の特例措置が設備投資のインセンティブと なりにくい側面もあることから,補助金制度等を 含む多方面的な観点からの施策を検討する必要が あろう。設備投資を誘導するような租税特別措置 は,制度そのものが租税負担の公平性や租税の中 立性を阻害するといった性質を持つ。したがっ て,中小企業に対する政策税制といえども,あく まで租税原則の例外であり,適用期限通りに廃止 されるべきであると考える39。
Ⅳ
おわりに
中小企業税制のあり方として,①貸倒引当金, ②欠損金の繰越控除,③中小法人の軽減税率,④ 特定同族会社の留保金課税の停止措置,⑤欠損金 の繰戻還付,⑥外形標準課税を個別に検討した八ツ尾順一「特定同族会社の留保金課税」『税研』 180 号(2015 年) 注 1 一般に,企業規模(資本要件としての資本 金,人的要件としての常時雇用従業員)の小 さな企業が中小企業といわれ(中小企業基本 法第 2 条),中小企業の用語は大企業との対 比で使われる。本稿では,中小企業と中小法 人を同一のものとして扱っている。 2 日本税理士会連合会税制審議会「中小法人の 範囲と税制のあり方について−平成 27 年度 諮問に対する答申−」(2016 年)1 頁参照。 これは,中小企業税制を個々の中小企業向け 特例措置を束ねたものとするアプローチとい える。一方で,統一的に定義された中小企業 向け特例措置をパッケージとして捉えるアプ ローチも考えられ得るが,現在の中小企業向 け特例措置は,前者のアプローチによるもの であると考えるほうが適当であると思われる (成宮哲也「中小法人の定義及び範囲」『税務 会計研究』第 28 号(2017 年)12 頁参照)。 3 植田卓「中小企業税制のあり方をめぐって」 『税研』81 号(1998 年)24 頁参照。 4 日本税理士会連合会・前掲(注 2)8 頁参照。 5 諸外国の類似制度と比較しても,わが国の繰 越期間は特に短いことがわかる(藤井誠「繰 越欠損金」成道秀雄編『法人税の損金不算入 規定』中央経済社(2012 年)125 頁以下参 照)。 6 上西左大信・吉村直泰「中小企業政策と税 制」『税研』190 号(2016 年)11 頁参照。 7 藤井・前掲(注 5)114 ∼ 116 頁参照。 8 土居丈朗「税制改正大綱を評価する」『税研』 187 号(2016)54 頁参照,日本税理士会連合 会・前掲(注 2)8 頁参照。 9 富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』文春新 書(2014 年)184 頁。 10 高畑公一「中小企業経営と課税方式の検討」 『税務弘報』12 月号(2014 年)160 頁参照。 11 国税庁の「会社標本調査」(平成 27 年度)に よると,欠損法人数は 1,690,859 社であり, 全体(2,641,848 社)の 64.3%である。 12 齋藤真哉「欠損金の繰越控除」『税研』180 所得税法との調整が主な問題になると考えられ る。法人税の税率と所得税の税率が乖離しつつあ る現状において,法人形態と個人形態の間におけ る税負担の調整,それぞれの税率水準のあり方に ついて議論が進むことを期待したい。 参考文献 青山伸悦「中小企業税制の適用範囲」『税研』166 号(2012 年) 井堀利宏「経済政策における中小企業優遇税制の 意義とあり方」『税研』81 号(1998 年) 植田卓「中小企業税制のあり方をめぐって」『税 研』81 号(1998 年) 上西左大信・吉村直泰「中小企業政策と税制」 『税研』190 号(2016 年) 齋藤真哉「欠損金の繰越控除」『税研』180 号 (2015 年) 坂本雅士「税制改正大綱を評価する」『税研』193 号(2017 年) 佐藤英明「『中小企業税制』の過去と現在−岐路 に立つ『中小企業税制』」『税研』166 号(2012 年) 鈴木修「『中小法人課税』の改正動向とそのあり 方」『税理』10 月号(2014 年) 関戸隆夫「中小企業の範囲と税率」『税研』180 号(2015 年) 高畑公一「中小企業経営と課税方式の検討」『税 務弘報』12 月号(2014 年) 土居丈朗「税制改正大綱を評価する」『税研』187 号(2016 年) 土居丈朗「中堅企業支援税制の展望」『税研』166 号(2012 年) 富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』文春新書 (2014 年) 成道秀雄編『法人税の損金不算入規定』中央経済 社(2012 年) 成宮哲也「中小法人の定義及び範囲」『税務会計 研究』第 28 号(2017 年) 日本税理士会連合会税制審議会「中小法人の範囲 と税制のあり方について−平成 27 年度諮問に 対する答申−」(2016 年) 八山俊久「中小法人に対する課税に関する一考 察」『福岡大学大学院論集』43 巻 2 号(2011 年)
28 国税庁の「会社標本調査」(平成 27 年度)に よると,特定同族会社数は 4,950 社であり, 全体(2,641,848 社)の 0.2%である。 29 八ツ尾順一「特定同族会社の留保金課税」 『税研』180 号(2015 年)52 ∼ 53 頁参照。 30 日本税理士会連合会税・前掲(注 2)9 頁参 照,八ツ尾・前掲(注 29)53 頁参照,井堀 利宏「経済政策における中小企業優遇税制の 意義とあり方」『税研』81 号(1998 年)32 頁参照。 31 佐藤英明「『中小企業税制』の過去と現在− 岐路に立つ『中小企業税制』」『税研』166 号 (2012 年)39 頁参照。 32 土居・前掲(注 8)54 頁参照,富岡・前掲 (注 8)184 頁参照,日本税理士会連合会・前 掲(注 2)10 頁参照。 33 日本税理士会連合会からの建議書でも重点項 目として,外形標準課税は,平成 27 ∼ 30 年 度まであげられている。 34 富岡・前掲(注 9)184 頁。 35 土居・前掲(注 8)54 頁以下参照。 36 日本税理士会連合会・前掲(注 2)10 頁参 照。 37 坂本雅士「税制改正大綱を評価する」『税研』 193 号(2017 年)60 頁以下参照,日本税理 士会連合会・前掲(注 2)8 頁参照,八山俊 久「中小法人に対する課税に関する一考察」 『福岡大学大学院論集』43 巻 2 号(2011 年) 193 頁参照。 38 日本税理士会連合会・前掲(注 2)8 ∼ 9 頁 参照。 39 坂本・前掲(注 37)63 頁参照。 号(2015 年)44 頁参照。 13 土居・前掲(注 8)54 頁参照。 14 齋藤・前掲(注 12)48 頁参照。 15 所得金額のうち年 50 万円以下の金額には 35%を,年 50 万円を超える金額には 40%の 税率が適用された。 16 軽減税率の適用対象所得は,昭和 32 年に年 50 万円から年 100 万円へ,昭和 33 年に年 200 万円へ,昭和 39 年に年 300 万円へ,昭 和 49 年に年 600 万円へ,昭和 50 年に年 700 万円へ,昭和 56 年に年 800 万円へと引き上 げられた経緯がある。 17 鈴木修「『中小法人課税』の改正動向とその あり方」『税理』10 月号(2014 年)106 頁参 照。 18 関戸隆夫「中小企業の範囲と税率」『税研』 180 号(2015)39 ∼ 40 頁参照。 19 日本税理士会連合会・前掲(注 2)7 ∼ 8 頁 参照。 20 日本税理士会連合会・前掲(注 2)7 ∼ 8 頁 参照。また,競争相手国である韓国は,軽減 税率 11%の適用所得金額は 1,500 万円程度で あるため,さらなる引き上げが必要との指摘 もある(青山伸悦「中小企業税制の適用範 囲」『税研』166 号(2012 年)57 頁参照)。 21 関戸・前掲(注 18)41 ∼ 42 頁参照。 22 土居丈朗「中堅企業支援税制の展望」『税研』 166 号(2012 年)63 頁参照。 23 日本税理士会連合会・前掲(注 2)7 ∼ 8 頁 参照。 24 欧米の主要国の法人税率を見た限りでは,米 国を除き概ね比例税率となっており,多少の 段階が設けられている構造が一般的なようで ある(関戸・前掲(注 18)40 頁参照)。 25 軽減税率については,対象を限定するなど熟 考が必要と指摘されている(富岡・前掲(注 9)185 頁参照)。中小企業の範囲については, 拙稿「中小企業の現状と範囲のあり方につい て」『経済経営論集』24 巻 1 号(2016 年)に て検討している。 26 鈴木・前掲(注 17)106 ∼ 107 頁参照。 27 年 3,000 万円以下の部分は 10%,年 3,000 万 円超 1 億円以下の部分が 15%,年 1 億円超 の部分は 20%となる。