大学生を対象とした誤概念修正のための誤知事例の複数提示の効果に関する研究 [ PDF
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(2) いる。日常生活の体験によって、それらの誤概念が一層 強化され、かなり強力のものになりうると思われる。. してきたかを検討することである。 これらの目的をふまえて、斎藤(2013)の反証群用テキ. 本研究では、1種の誤概念修正方略の効果が測定され. ストを援用し、オリジナル調査問題を加えて、調査冊子. るため、その対象者は上記の「大気圧ルール」に関して. 『理科の知識に関するおはなし』を作成した。内容は、. 誤概念を所持している者でなければならない。一方、 「大. I 導入説明文;II 事前問題(理由記述欄あり;正答のみが. 気圧ルール」とその誤概念を取り扱ういくつかの研究に. 提示される);III 複数の誤知事例問題群及び解説;IV. よれば、大学生の中でも、誤概念を所持している者が多. 事前類似問題群とまとめ;V 事前問題理解度(4段階)、. い。特に理系で圧力に関する学習を深めていない文系大. 面白さ評定(4段階)、知識変換度;VI 事後テストという. 学生の場合、誤概念を所持している可能性が高いと考え. 流れで構成されている。それに加えて、事前問題の正答. られる。従って、本研究はそのような文系大学生を対象. 提示後に意外度(4段階)、各誤知事例問題の解説後に納. 者とする。. 得度、不納得の理由、及び前問参考度が問われている。. まず、本研究では、斎藤(2013)が用いた反証群用のテ キストの内容構成について再検討を行なった。. 事後テストに関しては、問題はそのまま斎藤(2013)の問 題を用いるが、比較が行わないため、フィラー問題(大気. 5. 伏見(1995) によれば、誤知事例の提示は学習者の持つ. 圧には無関係の問題)の解答の集計を行わない。. ルールの外延を拡大することに効果的である。斎藤テキ. これらを踏まえて、以下の3つの予想が考えられる。. ストでは誤知事例が用いられるため、ルールの事例範囲. 予想1:斎藤(2013)の反証群における学習効果が調査. の拡大という面で優れているはずである。そして斎藤テ. 1の結果にも現れ、学習結果は斎藤(2013)の反. キストでは、そのような誤知事例が複数用いられ、それ. 証群と類似する傾向があるだろう。. ぞれに、同じルールに基づく丁寧な解説がつけられてい. 予想2:学習者の思考変容の過程が「納得度」とオリ. る。それに加えて、個々の誤知事例が属性操作を加えた. ジナル調査問題の「前問参考度」に現れ、両方. 異なる状況に分けられ、学習者に判断を求める問題形式. 共に順次上昇していくだろう。. 6. 7. で提示されている。藤田(2005a ,2005b )によれば、事. 予想3:学習者の誤概念のタイプと内容は事前問題の. 例に属性操作を加えて複数提示することは、概念の般化. 選択とその理由記述の内容に反映され、それら. に効果的である。さらに、工藤(2005)8による、知識操作. の違いによって学習結果に差が出るだろう。. 水準の向上はルールの適用可能性を向上させるという観. 2)実施の概要. 点を合わせて見れば、そのような提示形式によって、学. 調査1の対象者(学習者)は国立大学文系大学生計. 習者の知識操作水準が高められ、ルールの適用可能性が. 131 名であり、調査は教育学関連の講義時間を用いて、. 高められるはずである。. 調査冊子を配布し、集団で実施された。学習時間は 20 9. さらに、斎藤テキストの内容配列は、麻柄(1994) が提 案した「事例→ルール→事例→ルール…」という検証的. 分であった。 3)結果. な推理プロセスに類似している。麻柄(1994)によれば、. 事前問題の正答率は 35.1%であり、想定された通り. 検証的な推理プロセスには、ルールに対する確信を高め. 低い。そして意外度も高く(意外度平均値 1.8;最大値は. る効果がある。従って、斎藤テキストの内容配列は、学. 3)、多くの学習者が誤概念を持ち、事前問題は彼らにと. 習者のルールに対する確信度を高め、使用習慣を強化し. っての誤知事例であることが示された。テキスト中の問. ていく効果を持っているはずである。. 題については、ストロー問題群の正答率は全体的に高く. 本研究は上述の斎藤テキストを援用し、オリジナル問. (1回目の解説前の問題群正答率:85.5%、74%;その後の. 題を加えて調査冊子を作成し、2つの調査を行なった。. 問題群正答率:89.3%、64.9%)、学習者にとっての誤知事. それらの調査は基本的に斎藤(2013)と同じ方法を用いる。. 例になっていない可能性がある。ビン問題群においては、. 2.調査1. 1回目の解説の前の正答率が非常に低く(29%、35.9%)、. 1)目的と予想. 誤知事例だと位置づけられるが、その解説の後、問題群. 調査1の目的は2つある。1つは、斎藤(2013)の結果. の正答率がかなり上昇した(84%、89.3%、87.8%)。事前類. は一般化できるかどうかを確認することである。そして. 似問題群に至っては、300cc 状態下問題の正答率が低い. もう1つは、誤知事例の複数提示という誤概念修正方略. が(66.7%、50%)、解説後の 100cc 状態下問題の正解率が. を元に作成された、斎藤(2013)の反証群用のテキストに. 高まり(97.2%、94.4%)、事前類似問題(300cc と 100cc の. おける学習では、学習者の思考と反応はどのように変容. 比較)の正答率は 76.3%に達し、理解度(2.0)や知識変換.
(3) 度(62.6%)と合わせて、一定の学習効果を示している。 事. 気圧ルール」における誤概念の特徴に対する配慮は反映. 後テストでは、掃除機問題以外の大気圧に関する問題の. されていない。従って、それらを踏まえて、導入文と解. 正答率はほとんど7割を超え、ある程度の事例の広がり. 説文を改訂する必要がある。. があったと言える。. 4.調査2. 斎藤(2013)の研究でも、以上とほぼ同じような傾向が 見られた。従って、予想1が確認され、斎藤(2013)で検 証された学習結果は一般化できると言える。 問題の納得率は全体的に高く(すべて8割以上であ. 1)目的と予想 調査1の問題点を踏まえ、補足するために調査2が行 われた。その目的は、①調査1の情報収集の不足に対し て、新しい調査問題を増設し、分析の視点を変え、不足. る)、ルールに対する確信が高められたといえよう。しか. している情報を収集し、再検討する;②調査1で現れた、. し、前問参考度問題の結果を見ると、問題群の参考度は. 調査冊子内の教示内容の問題点に対して、教示内容を部. 上昇する傾向が見られる(35.9%→48.1%→62.6%→66.4%). 分的に改良した上で、学習効果を確認する。. が、事前類似問題に関連する問題群の前問参考度は逆に. 調査2では調査冊子の内容を以下のように部分的に. 低い(48.1%)。加えて、全体的に7割を超えておらず、 高. 修正した。①すべての問題の正答を提示した後に「意外. いとは言えない。従って、予想2が完全には確認されな. 度評定」問題を設置した。②「前問参考度」問題を廃止. かった。. した。③「空気分子」というキーワードを中心に導入文. 事前問題の結果を選択別で分析すると、「30cc の真空. と解説文の内容を改訂した。. を維持する場合、ピストンを指で止める力が 10cc の真空を維. 以上を踏まえ、調査2の予想は以下の3つである。. 持する場合より大きい」という誤反応表すb選択肢を選ぶ学. 予想4:提示されたすべての事例が誤知事例であるか. 習者の学習効果が、 「10cc の真空を維持する場合、ピストン. どうかは、 「意外度」によって判断できるだろう。. を指で止める力が 30cc の真空を維持する場合より大きい」と. 予想5:学習者の思考変容の過程は「意外度」と「納. いう誤反応を表す a 選択肢を選ぶ学習者より良かったこと. 得度」によって反映され、 「意外度」は提示事例. が示された。さらに、それぞれの誤答理由(学習者の誤概. ごとに低下していき、 「納得度」は高い水準を保. 念の構造を表す情報)を分類してみると、a 選択肢を選ぶ. つだろう。. 学習者の理由記述中一番多いのは 「真空注射器 10cc のほ. 予想6:改良された教示内容の誤概念修正効果が学習. うが空気の量が多い」というパターンであり、事前問題. 結果に現れ、学習者たちは事前類似問題群と事. の内容を正しく理解していない可能性が高い。b選択肢. 後テストにおいて、良い結果を出すだろう。. を選ぶ学習者の理由記述には、誤概念を印象的に捉える. 2)実施の概要. 「直感重視」パターン、「真空体積重視」パターンと、誤. 調査2は学習者の思考変容を個別で、より細かく分析. 概念の論理構造をある程度意識している「典型的真空吸. するための少人数の調査であり、調査1と同じ手順で、. い寄せ論」パターン、 「真空に絡む外部要素重視」パター. 国立大学文系大学生4名を対象に実施した。所用時間は. ンがある。後者の学習効果が前者よりわずかに高く、そ. 25 分であった。. れは、誤概念を学習者に意識させたとしても、その誤概. 3)結果. 念に対する認識の差によって、修正方略の効果が影響さ. 4名の学習者のうち、事前問題で正答したのが1人、. れる可能性を示している。従って、予想3は確認された。. 前述の誤答bを選んだのは2人、前述の誤答 a を選んだ. 4)問題点. のが1人であった。そして事前類似問題で正答したのが. 調査1が残した問題は以下になる:①問題の正答率と. 3人であり、正答出来なかったのは事前問題で誤答 a を. 納得度が全体的に高い傾向があるため、それぞれの事例. 選んだ人のみであった。予想6はある程度支持されたと. が誤知事例になっていない可能性がある。それらの事例. 言える。. が誤知事例であるかどうかを確認する必要がある。②設. 意外度に関しては、4名の学習者のうち、ストロー問. 問の不備により、学習者の思考変容の過程を測定するた. 題群においてもビン問題群においても、意外度は完全に. めの情報収集が不足している。③前問参考度が全体的に. 0 になることはなかった。従って、予想4に関しては、. 低く、学習者が事例間、事例とルール間のつながりに対. ストロー問題もビン問題も誤知事例として位置づけられ. する意識が薄いことになる。それはルールに対する確信. ると言える。. やその事例の広がりを阻害する可能性がある。さらに、. 意外度の変化は、ストロー問題もビン問題も、1 回解. 調査1の調査冊子には、宮下・村山(1985)が指摘した「大. 説を行う前の問題より、その後の問題の意外度が低い。.
(4) 加えて学習者全員がすべての解説に納得しており、予想. 持つ誤概念の差が学習効果に影響を与えるという可能性. 5も確認された。. がある以上、方略を用いる際に、学習者が持つ誤概念を. 理由記述に関しては、誤答者の3人のうち、2人の学. できるだけ全面的に把握し、対応できるように教示内容. 習者はルール文の一部を理由として記入している。その. を調整する必要があるだろう。そして、そのような作業. 2人の学習者は自分が所持している誤概念を直感的に捉. を成功させるには、教授活動の対象となる特定の学習者. え、それの影響で提示された情報を歪めて理解し借用し. が持っている誤概念を調べ、分析する作業が必要とされ. たと思われる。さらに、その2人の学習者の学習結果を. るだろう. 見ると、1人の学習者は事前類似問題で正答できなかっ. 以上を踏まえ、本研究は調査1と調査2の調査冊子で. た。もう1人の学習者は事後テストでの正答率が低かっ. 用いられた教示内容をさらに改良し、誤知事例の複数提. た。この2人と対比的に、もう1人の誤答者が理由を論. 示という方略を用いた「大気圧ルール」に関するテキス. 理的に記述しているが、事前類似問題で正答し、事後テ. トを提案した。主な改良点は、①導入文と解説文の内容. ストの成績もよかった。従って、調査1で見られた、誤. を調整し、ルールと各誤知事例におけるルールの適用情. 概念の違いによる学習効果の差が、調査2でも見られた. 報を強調し、読み取りやすいようにした。②事前問題群. と言える。. に3力記入問題を加入し、理由記述問題の形式を改訂す. 4)問題点. ることで、学習者に誤概念を論理的に再整理させる枠組. 調査2の問題点は以下の3つである。①導入文と解説. みを提示した。③調査1と調査2をふまえ、テキストの. 文の改訂によって、ルールが強化され、ルールと事例、. 効果を評価するための問題の設定を改良した。当該テキ. 事例と事例の一貫した繋がりもある程度強調されたが、. ストの学習効果を評価し、さらに改良を積み重ねていく. その点を裏付ける学習者の思考変容過程に関する情報は、. のが今後の課題である。. 依然として不足している。②学習者の誤概念の内容に関. 6.主要参考文献. する情報は主に自由記述によって収集されているが、自. 斎藤裕(2013)誤概念修正教授方略としての反証法と融合. 由記述は抽象的かつ曖昧であるため、それだけで学習者 の誤概念の内容を検討するには不十分である。③少人数. 法の再検討,人間生活学研究,4,pp.1-12. 伏見陽児(1995)『「概念」教授の心理学 提示事例の有効. の調査であるため、学習者個人個人の状況は確認できる が、調査結果の一般性が保証されにくい。. 性』 ,川島書店. 細谷純(2001)『教科学習の心理学』 ,東北大学出版社.. 5.考察と提案 ①誤知事例の複数提示という誤概念修正方略の効果. 1 2. について、斎藤(2013)の研究結果は一般化できることが 確認されたことによって、当該方略が誤概念修正のため の有効な方略の1つとして成立することとなる。. 3. ②学習者の思考変容と方略の枠組みについては、学習 者の思考変容の過程を分析した結果、ルールに対する確. 4. 信と使用習慣が強化されていくにつれて、個々の誤知事 例が事例化されていき、最終的に誤概念が修正されると いう特徴が見られた。従って、 「じわじわ型ストラテー」. 5. 6. とは別の方略であるが、当該方略は、誤知事例を活用し て、 「じわじわ型ストラテジー」の誤概念修正過程の効果 を実現できる方略であると言えよう。. 7. 以上を踏まえて、誤知事例の複数提示という誤概念修 正方略を用いる際の注意点は:①具体的な教授案と教材. 8. を開発する際に、ルールの使用習慣を確実に強化してい くために、ルールを導入するための説明と、誤知事例に 対する説明の内容に対して、ルールを使用しやすい形で 提示し、各誤知事例への適用に関する情報を読み取りや すいようにするという工夫が必要であろう。②学習者が. 9. 細谷純(2001)『教科学習の心理学』,東北大学出版社. 進藤聡彦・麻柄啓一・伏見陽児(2006)誤概念の修正に 有効な反証事例の使用方略―「融合法」の効果―,教 育心理学研究,54,2,pp.162-173. 斎藤裕(2013)誤概念修正教授方略としての反証法と融 合法の再検討,人間生活学研究,4,pp.1-12. 宮下孝広・村山功(1985)気体の力学的性質の理解につ いて,発達研究,1,pp.33-41. 伏見陽児(1995)『「概念」教授の心理学 提示事例の 有効性』,川島書店. 藤田敦(2005a)複数事例の提示が概念の般化可能性に 及ぼす影響―気圧の力学的性質に関する概念受容学習 過程―,教育心理学研究,53,pp.122-132. 藤田敦(2005b)属性操作に関する事例の教示が概念の 般化可能性に及ぼす効果:気圧の力学的性質の概念受 容学習―,教育心理学研究,53,pp.393-404. 工藤与志文(2005)概念的知識の適用可能性に及ぼす知 識操作水準の影響―平行四辺形求積公式の場合―,教 育心理学研究,53,pp.405-413. 麻柄啓一(1994)法則学習における「検証」法の効果― 帰納・演繹法批判―,教育心理学研究,42,3,244-252..
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