早稲田大学大学院 理工学研究科
博 士 論 文 概 要
論 文 題 目
那須電波トランジェント探査における
赤緯 32 °から 42 °の 1.4 GHz電波アトラス 1.4GHz Sky Atlas at Declination 32°to 42°
in Nasu Radio-Transient Search Project
申 請 者
岳藤 一宏 Kazuhiro Takefuji
物理学及応用物理学専攻実験天体物理学研究
2008 年 2 月
No.1 現在、世界各国の電波天文台には大口径の電波望遠鏡や地球規模の基線を持つ相関型電波干渉計が設 置されている。これらは、日々アンテナの基線長を変えることにより毎日少しずつ空の輝度分布の各 フーリエ成分を求め、最終的にそれらのフーリエ合成により空の完全な輝度分布を得るものである。
フーリエ合成干渉計と呼ばれるこの方式は、空の細かい像を長時間かけて高分解能観測を行うのに適 しており電波源の構造の解明に大きな役割を果たしてきた。しかし 短時間しか輝かない電波トラン ジェントや電波超新星などをサーベイするには、電波像の完成に数週間以上かかるため、不向きなシ ステムである。例えば早稲田大学による高銀緯電波トランジェントの発見(2006)を受けて、VLAは 毎週20分キャリブレーション用に観測している北天のデータ20年分を再解析し、高銀緯電波トラン ジェントの存在を確認した(2007)。しかしこの場合の時間分解能は1週間となる。また、大型のアン テナは空に対して一点しか感度を持たないため、広域の観測が難しい。早稲田大学FFT型 64素子電 波干渉計および、那須パルサー観測所はこれらの問題を克服するために建設された世界ではじめての 時間領域データを得る観測装置である。これらは定常的なパトロール観測を行い、電波新星や電波バ ーストを効率的に発見できる。
那須パルサー観測所では 2004 年から 20 m鏡 8 台を 4 組の干渉計として用い、赤緯 32°から 42°の範囲のドリフトスキャンサーベイを定常的に行っている。干渉計データから電波トランジェン トを探すソフトウェア (自動電波バースト探査プログラム Automatic Burst Search System )は国吉 によって開発された。このソフトウェアではフリンジと呼ばれる干渉計データを周波数変換し、まず S/N を算出する。 S/N の 3σを閾値としてフラグデータを与え、フラグが立てば、天体が観測され たとする。またフラグが立たなければ、SKYを見ていることとする。トランジェント天体を探査する 上でこのソフトウェアが果たしてきた役割は非常に大きい。しかし、そのヒューマンインターフェー スや、処理時間、そしてフラグデータによる量子化損失などに改良の余地があった。
本論文の著者は 那須干渉計システムで使用されていた解析プログラムを大きく進化させた。1ヶ月の 観測から得られる膨大なデータも数十分以内で解析が終了する。さらに結果をカラー画像として表示 することにより、数ヶ月分のデータの中から一目で新天体を確認できる。この方式を"Quick-look Data
Analysis"と呼んでいる。観測者はこれまでフリンジとよばれる専門的な知識を要するデータを扱って
いたが、カラー画像によってデータ解析になれていない初心者もこのソフトで電波像を扱えるように なった。観測所のメンテナンスにおいては、定常的な天体が常時観測できているかをチェックして受 信機系の状態をモニタする必要があるが、これにもいち早く対応できる。最も大きな利点は、トラン ジェント天体や変動電波源の発見が極めて高速にできることであり、これが本論文の中心テーマであ る。日々のデータを並べたとき、定常的に存在する天体は同一の赤緯に毎日出現する。しかし突発的 にあらわれるトランジェント天体は該当する日に突然出現する。その S/N がおよそ 3σ 以上ならば、
カラー画像では黒地に赤色で表される。結果として電波トランジェント発見の解析効率は以前の何十 倍にも向上した。
本論文第一章は序論である。第2章で那須 20 m干渉計および 30 m鏡の簡単な説明を加えた後、20 m 干渉計のフリンジ周期の値を導出している。このフリンジ周期はその後のトランジェント天体検出 の判断材料になり極めて重要である。このため導出の際に、観測周波数だけでなく観測帯域も考慮し た。また観測方向が真北および真南の場合、その方向が干渉計の基線と垂直になるため有効基線長は 実際の基線長そのままの84 mである。しかしそれ以外の方向を観測する場合には垂直とならず射影成 分が有効基線長となる。このときフリンジ周期の差は最大でも 0.25%(0.1秒)であることが確認さ れ、基線長変化を加えることでさらに正確な値を導出した。また20m干渉計で観測の基準となる方位 角 180°から 360°のアンテナAz(アジマス)軸角度と赤緯の対応表を載せてある。地球の歳差と章動 の影響で赤緯が1年で1分角シフトしていくため、一年ごとに対応表を再計算する必要がある。
No.2 第3章で那須 20m 干渉計における新たなフリンジ解析方法の"Quick-look Data Analysis"を解説する。
干渉計出力(フリンジデータ+雑音)の自己相関を計算すると、雑音は無相関のため取り除かれ、信 号成分のみが残る。このとき規格化をしておけば、信号成分の強弱に関わらず同じ振れ幅の相関パワ ー出力が得られる。しかしS/N( Signal to Noise ratio )が3σ以下になると雑音が支配的になり出 力に影響する。このとき自己相関関数のフーリエ変換を行うとフリンジの情報は低周波部分に集まる ため、この低周波部分だけでS/N( これをFringe Search Index : FSI と呼んでいる)を計算する。
その後 S/N は RGB色フォーマットに割り当てられ、フリンジデータをカラーラインデータに変換さ
れる。例えば"Quick-look Data Analysis"を連続27日間の赤緯36°観測に応用した場合、定常的に存 在する天体は天球上に固定されているため、簡単に16天体を確認できた。そしてこの中にトランジェ
ント天体WJN J0204+36 を発見した。この天体については第6章で解説する。
第4章で2004年、2005年と2006年に行われたサーベイ観測のデータから作成された1.4 GHz電波 アトラスを説明している。このサーベイは観測可能範囲の赤緯 32°から42°の範囲を0.5°ずつ区切 って行われた。2004年に行われたファーストサーベイで、各赤緯を約10日観測した。2005年に行わ れたセカンドサーベイでは、約20日連続して観測した。フリンジデータは"Quick-look Data Analysis"
を利用してカラー画像に変換し、カラー画像を赤緯順に並べて三つの電波アトラスとした。ただサー ドサーベイでは同軸スイッチングアレーが経年劣化のため故障し、途中でダイオードスイッチングア レー(同研究室助手の新沼浩太郎と共同で開発)を導入した。このため歯抜けのアトラスとなってい る。ファーストサーベイ、セカンドサーベイはそれぞれ違う季節でのサーベイのため、太陽の影響が 出る昼間の時間帯に当たった使い物にならない赤経範囲をほとんどなくすことができた。こうして 2 回のサーベイをアセンブルすることで全赤経にわたり完璧な1.4 GHz電波アトラスが完成した。この 那須電波アトラスと世界最大級の米国国立電波天文台 ( NRAO ) の VLA Sky Survey catalog
( NVSS ) と比較した。その結果、アンテナ分解能よりも密なCyg領域のぞき、93 %にあたる144個
の天体を同定した。また11個の天体については確認できなかった。確認できなかった天体については 受信機の S/Nレベルの低下や、天体の電波強度が減衰した可能性が考えられる。この点については追 観測がすでにスタートしており結論づけてくれると期待している。進行中のサーベイは、32.25°、
32.75°、33.25°のように前回のサーベイの間を中心にしている。この谷間の部分をさらに正確に調
査することが目的である。また今回の観測はダイオードスイッチングアレーを用いてスパイクノイズ の混入が無くなったため、観測可能範囲において高感度マップを作成することが可能である。
第5章でアンテナビームの中心を推定する"Central Beam Method"について解説する。各赤緯のサー ベイについて、アンテナ角度の自動制御プログラムは同研究室の澤野昭博、松村寛夫、中村亮により 作成されている。しかし、アンテナ角度オフセットの微調整設定は人目に頼っている。そのため、ア ンテナビームが意図している角度とコンマ数度のずれを生じていることがある。この問題を解決する ために、実際に観測している赤緯の方向を、観測データ自体を用いて決定する方法を開発した。アン テナビームの中心を決定する方法"Central Beam Method"である。この方法は観測領域内の天体の強 度と参照するカタログ値の比がビーム中心のずれに起因すると仮定し、同一赤緯のすべての天体を利 用してビームオフセットを決めるものである。その際ビームの高感度部分が効くので、ビームの形を ガウス関数に近似している。このガウス関数に最小二乗法を応用してアンテナビームの中心を決定し た。実際、赤緯36°観測に応用した結果、観測中心赤緯から0.25°だけ南を向いていた。今後全赤 緯において"Central Beam Method"を行い、補正量を設定することが課題となる。また赤緯に対する アンテナビームの分布を決めたことで、ビーム内(0.8°の半値幅)だが観測中心から離れている天 体の変動を発見することが可能となる。
第6章で那須20m干渉計の観測において、新たに一日だけバーストを起こしていたトランジェント天
体 WJN J0204+36、および2倍の増光が確認された電波銀河 UGC02783について報告する。那須
20m 干渉計のトランジェントサーベイにおいて突発的電波天体がすでに十数個観測されている。うち
No.3 七個のトランジェント天体は同研究室の国吉雅也、松村寛夫、新沼浩太郎、貴田寿美子によって発表 されている。これらはどれも他の電波観測所(米国国立電波天文 VLA 、GREENBANK ) のカタロ グに対応する天体がみつかっていない。突発的天体現象としては、ガンマ線バースト( GRB )、
Rotating RAdio Transient ( RRAT )、Cyg X-3に代表されるX線連星のバーストがある。しかし、
これまでに那須で観測されたものはそのバーストの持続時間や銀河面から離れていることから新しい タイプのバースト現象である可能性がでてきた。本観測でWJN J0204+36 は電波強度が 2000mJy± 300mJy と推定された。エラーボックス内には最大でも 137.4mJy の天体( B2 0200+35 )だけである。
この天体は Spectral Energy Distribution (SED)が右下がりであることから、シンクロトロン放射が 支配的な定常天体と考えることができる。そのため変動を起こす可能性は低い。またエラーボックス 内の他の電波天体が変動を起こす可能性は残されているが、仮に今回のようなバーストを起こしたと 仮定すると、電波強度が数十から数百倍の変動になる。また 2 倍の増光が確認された電波銀河 UGC02783 は VLAで847.7mJy、Greenbankで 1019mJyとこれまで約一割の強度変化は観測され ていたが、今回那須 20m 干渉計サーベイでは 1750±350mJy とほぼ二倍の増光を示していた。
UGC02783は平坦なSEDを持ち、赤方偏移が0.020591であることから内部で強烈なジェットが放出
されているBlazerタイプの天体であると予想される。その場合、地球に向けて光速に近いジェットが 放出され、相対論的ビーミング効果(relativistic beaming)で電波強度が増加した可能性が考えられ る。
最後に第7章では以上を総括するとともに、今後行うべき課題と展望を述べていく。