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一七世紀の怪異認識

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一七世紀の怪異認識

著者 木場 貴俊

雑誌名 人文論究

巻 62

号 2

ページ 1‑24

発行年 2012‑09‑20

URL http://hdl.handle.net/10236/10999

(2)

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

木 場 貴 俊

は じ め に 本論

は︑ 一七 世紀 前後 の怪 異や それ に類 する 言葉 がど のよ うな 対象 に用 いら れ︑ また 当時 の人 々は そう した 怪異 に ど のよ うな 対応 を行 って いた のか を考 察す るこ とが 目的 であ る︒ 怪異 とは

︑﹁

① 現実 には あり 得な いと 思 われ る よ うな 不 思 議な 事 柄︒ ま た︑ そ のさ ま

︒あ や しい こ と② 変 だと 思 う こ と︑ 不審

③ば けも の

︑へ ん げ﹂

︵﹃ 日 本 国 語大 辞 典﹄ 第 二版

︶︑ 要 す る に﹁ あ!!!!

﹂ 物!! を 指 す︒ し かし

︑人 が ど の よう な物 事に 対し て﹁ あや しい

﹂と 感じ るか は︑ 時代 や地 域︑ 階層

︑世 代︑ 性差 によ って 様々 であ る︒ また 何か を

﹁あ やし い﹂ と感 じる 場合

︑当 事者 にと って の日 常 や 常識 が 前 提に あ る︒ つ まり 怪 異 を 理解 す る こと は

︑﹁ あ やし い

﹂ と 思う 人々 にと って の日 常や 常識 を逆 説的 に考 える こと に他 なら ない

︒ 怪異 とい う言 葉に つい ては

︑こ れま で古 代・ 中世 の歴 史学 や国 文学 な どで 研 究 が 進め ら れ てき た

︒し か し近 世 で は

︑文 芸や 演劇 など に登 場す る怪 異に 関す る研 究は 数多 ある

一方 で︑ 怪異 と いう 言 葉 に 関す る 研 究は こ れ まで ほ と ん どな かっ た︒ そこ で使 われ てき た﹁ 怪異

﹂や

﹁妖 怪﹂ は︑ あく まで も分 析概 念︑ 或い は理 解す るた めの 文化 的符 丁 と して であ り︑ 言葉 のも つ歴 史性 には あま り着 目し たも ので はな い︒ 本論 は︑ この 歴史 性に 注目 する もの であ る︒ 一

(3)

だが

︑先 述し たよ うに 何を

﹁あ やし い﹂ と感 じる かは

︑人 によ って 様々 であ る︒ そこ で注 目す るの が︑ 京極 夏彦 氏 に よる

︑妖 怪そ れ自 体の 定義 では なく 現在 の通 俗レ ベル で使 われ る﹁ 妖怪

﹂と いう 言葉 が定 義す るモ ノゴ ト︵ 言葉 が 領 域と して いる 対象

︶を 明ら かに する 試み であ る

︒ 京極 氏 は︑ 辞書 や 柳 田 國男

・井 上 圓 了た ち の﹁ 妖 怪﹂ に関 す る 言 説を 駆使 する こと で︑ 通俗 的に

﹁妖 怪﹂ と認 識さ れる ため の条 件︵ 属性

︶を 明ら かに して いる

︒私 も京 極氏 の手 法 に 倣い

︑一 七世 紀の 怪異 とそ れに 類す る言 葉︵ 不思 議・ 化物

・妖 怪⁝

︶が どの よう な対 象を 領域 とし てい たの か︑ 言 い 換え れば どの よう な属 性を もつ 物事 が怪 異や 妖怪

︑不 思議 と認 識さ れて いた のか

︑ま たそ れを 踏ま えて どの よう な 対 応が 行わ れて いた のか を考 えて みた い︒ 一七 世紀 を対 象に した のは

︑近 世の 怪異 に関 する 研究 は一 八世 紀以 降に 集中 し︑ 一七 世紀 のも のは 作品 や作 家研 究 以 外ほ とん どな いた めで ある

︒一 七世 紀は 徳川 政権 にな り支 配や 社会 のあ り方 が大 きく 変化 した 時期 であ り︑ この 時 期 を押 さえ なけ れば 一八 世紀 以降 の怪 異の 様相 も歴 史的 に把 握す るこ とは でき ない

︑と 考え るか らで ある

︒ ただ し︑ この 時期 の民 衆︵ 専門 的知 識を ほと んど 持た ない 被支 配者 層︶ が記 した 怪異 に関 する 史料 は決 定的 に欠 け て いる

︒し かし

︑知 識人 の著 述は 当時 の社 会・ 文化 状況 を反 映し たも ので あり

︑ま た出 版物 など の商 品は 民衆 の意 識 か ら遠 く離 れた もの では ない と考 える

︒そ のた め丹 念な 分析 を通 じて

︑民 衆の 怪異 観の 一端 に触 れる こと も可 能だ と 考 えて いる

︒ この よう な問 題意 識の もと

︑次 章か ら具 体的 な考 察を 行っ てい く︒ なお 特に 断ら ない 限り

︑引 用史 料の 傍線 や読 点 お よび 丸括 弧の 説明 は筆 者に よる

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(4)

第一 章 恠

異 一七

世紀 の怪 異を 考え る前 に︑ それ 以前 の怪 異の 様 相 を確 認 し てお く こ とに す る︒ 前 代 から の 流 れを 掴 む こと で

︑ 歴 史性 をよ り明 確に 示す こと がで きる と考 える から であ る︒ そも そも 古代 にお いて 怪異 とは

︑中 国の 天人 相関 説に 由来 する 一種 の法 令用 語で あり

︑内 裏紫 宸殿 の東 回廊 で行 わ

れ た︑ 軒廊 御卜 とい う国 家的 な卜 占の 対象 にな った 事象 のみ に適 用 され る 言 葉 だっ た

︒そ こ での 怪 異 は︑ 兵革 や 天 災 など 政権 にと って の危 機に 神仏 が起 こす 予兆

!!! と理 解さ れて いた

︒つ まり

︑現 代人 がど んな に怪 異だ と思 う 現 象で あっ ても

︑軒 廊御 卜で 占わ れな けれ ば︑ 怪異 と見 なさ れな かっ たの であ る︒ こう した 政治 性を もつ 限定 的な 用

法 での 怪異 を︑ 怪の 異体 字を 使っ て便 宜上

﹁恠 異﹂ と表 現し

︑あ やし い物 事全 般を さす 広義 の怪 異と 区別 する こと に し たい

︒ 狭義 の怪 異

恠異 は︑ 古代

・中 世を 通じ て次 第に シス テム 化し てい く︒ すな わち

︑寺 社な どか ら様 々な フシ ギな コ ト

広義 の怪 異︶ が注 進さ れ︑ 朝廷 は注 進に 対し 軒廊 御卜 を行 う︑ それ が恠 異

政権 にと って の凶 兆だ と認 定さ れ た 場合

︑贈 位や 奉幣

︑支 配権 など 注進 者に 望ま しい 収拾 を行 う︑ 一方 で政 権︵ 朝廷

︶は 危機 管理 の対 応が でき たと そ の 統治 能力 を社 会に 示す

︑こ れが 一連 の流 れで あっ た

︒ この 注進 者と 政 権双 方 に 権 益を も た らす シ ス テム は

︑室 町 期 にな ると

︑恠 異と され る事 態も その 収拾 の仕 方も 定型 化し てい た︵ 例え ば多 武峯 の大 職冠

︵藤 原鎌 足︶ 像破 裂に は 朝 廷か ら告 文使 発遣

︶︒ し かし 応仁 の乱 以降

︑公 武統 一政 権の 減退 も あり

︑恠 異 の 注 進・ 収拾 シ ス テム は 機 能不 全

︑ す なわ ち政 権︵ 朝廷

︶は 寺社 から の要 求に 対し 儀礼 的な 危機 管理 を示 すの みで

︑注 進し た寺 社が 望む 収拾 を行 わな い

︵行 えな い

︶事 態 に陥 る

︒ま た 恠 異認 定 の 国家 儀 式 で あっ た 軒 廊御 卜 自 体も 激 減 し︑ 史 料上 か ら も見 ら れ なく な っ 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(5)

て しま う

︒ こう した 流れ を経 た後

︑恠 異は どう なっ たの か︒ 豊臣 秀吉 政権 期の 場合 を︑

﹃ 多聞 院日 記﹄

から 見て みる と︑

①一

︑千 段地 震ノ 時︑ 当山 ヨリ 火多 ク出 了ト

︑内 裏ノ 御庭 ニハ 数千 ノ声 ニテ 夜躍 了︑ 朝見 レハ 異類 ノ足 アト

︑或 ハ 丸

︑或 ハ四 方長 ク︑ 大小 牛馬 以下 様々 ノア ト也 シ︑ 院御 所ニ ハ首 多ア リシ

︑数 ヲヨ ムニ 消失 了︑ 二百 計在 之シ ト 云 々︑ 方々 不思 儀共 在之 云々

︵天 正一 三年

︵一 五八 五︶ 一二 月一 一日

②行 歩難 治之 間不 能社 参︑ 前三 無記 談義 ニ各 被来 了︑ 藤七 郎京 ヨリ 下︑ 十七 八日 ノ比 歟︑ 三条 ノア タリ ニ火 数多 飛 去 テ在 之︑ 狐沙 汰歟 云々

︑大 坂モ 爰元 モ毎 度飛 火在 之之 由各 申︑ 不吉 之題 目也

︵天 正一 四年

︵一 五八 六︶ 八月 廿 一 日︶

③一

︑従 京都 禁中 近日 以外 鳴動 之︑ 可有 祈祷 之旨 倫旨 下了 云々

︑大 津之 城・ 坂本

・大 坂ニ モ恠 異共

︑心 細事 也︑ 并 廿 日帝 位御 元服

︑廿 六日 御即 位共 以無 風雨 之難 様︑ 可抽 懇祈 之旨 倫旨 下了 ト︵ 天正 一四 年九 月一 八日

④京 都集 楽ニ ハ恠 異共 数多

︑新 テン ノ大 門 ノ 上ニ 龍 ヲ 作置 処

︑夜 々 光リ

︑終 女 ニ 反 テ池 ヘ 入 ト云

︑上 ノ 御 馬物 云

内 裏 ニ テ 御祈 祷 ノ アラ イ 米 血ニ マ メ ル︑ 占 ヲサ セ ラ ルヽ 処 ハ 天 井ヨ リ 首 落ツ

︑孤 ア レ テ池 ノ 白 鳥 寫 以 下 数 多 食 之

︑関 東八 幡ヨ リ使 トテ 山伏 来テ

︑来 五日 一大 事︑ 不然 者廿 五日 大事 究云 々︑ 毎夜 可有 火事 之由 雑説 ニテ サワ ク ト 云︑ 依之 大政 所ハ アツ タヘ 御参 詣方 々ニ テ祈 祷在 之了

︑実 否ハ 不知 也︑ 如此 口遊 則物 恠也

︑沈 思々 々︵ 天正 一 九 年︵ 一五 九一

︶五 月四 日︶ な どが ある

︒① は一 一月 に起 きた 天正 大地 震後 の

﹁不 思 議﹂

②は 誠 仁親 王 の 死か ら 正 親 町天 皇 の 譲位 に 至 る時 期 に 起 きた

﹁不 吉之 題目

﹂︑

③ は後 陽成 天皇 即位 直前 で起 きた 鳴動 や﹁ 恠異

﹂︑

④は 天正 一五 年︵ 一五 八七

︶に 落成 した 聚 楽 第で 起き た﹁ 恠異

﹂で ある

︒こ の頃 は既 に軒 廊御 卜は 行わ れて いな かっ たと 思わ れる が︑ 不吉 とし て祈 祷な どの 対 応 が取 られ てい るよ うに

︑当 時も 恠異 は機 能し てい たの であ る︒

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(6)

そ し て慶 長 三 年︵ 一五 九 八︶ 八 月一 八 日 の 秀吉 の 死 去直 前 に も︑ 不吉 な 出 来 事 が 起 き て い る︒ 慶 長 元 年︵ 一 五 九 六

︶の 大地 震で 倒壊 した 方広 寺大 仏の 代わ り に︑ 翌 年善 光 寺 如来 を 勧 請し 安 置 す るが

︑﹁ 善 光 寺如 来 上 り給 て 後︑ 太 閤 無程 病気 之間

︑不 吉之 兆と て如 斯﹂

︑死 去二 日前 の一 六日 に信 濃へ 下向 され る︒ また

﹃当 代記

﹄に は︑ 此 春︑ 下京 の神 明堂 にて

︑人 なら は二 三十 人声 にて 卅日 余躍 ける か︑ 後に は泣 ける と也

︑又 八月 十日 時分 に︑ 将 軍 塚鳴 動不 斜︑ 是等 は太 閤の 凶兆 也 と

︑将 軍塚 鳴動 とい う伝 統化 した 恠異 が﹁ 太閤 の凶 兆﹂ とし て発 生し てい る

︒ 徳川 の御 世に なっ ても

︑柳 原紀 光の

﹃続 史愚 抄﹄ を見 ると

︑伝 統的 な恠 異が 少な から ず生 じ︑ 七社 七寺 での 祈祷 な ど が執 行さ れて いる

︒そ れは

﹃続 史愚 抄﹄ に載 る最 後の 天皇

︑後 桃園 天皇 の死 去︵ 一七 七九 年︶ 直前

︑皆 既月 蝕や 多 武 峯・ 将軍 塚が 鳴っ てい るこ とに 象徴 的で ある

︒ ま た興 味 深 い 事例 と し て︑ 近年

﹁島 原

・天 草 一揆 の 責 任 を公 家 た ち支 配 層 の堕 落 に 求 める 異 例 の公 家 社 会批 判

と して 注目 され てい る随 筆﹃ 春寝 覚﹄ が あ る︒ 筆者 不 明 なが ら

︑寛 永 一五 年

︵一 六 三 八︶ 三月 一 一 日以 前 に 記さ れ

︑ 後 に下 冷泉 為景 に写 され た本 書に は︑ 恠異 が重 要な 機能 を果 たし てい る︒ か 斗天 地人 の三 方と もに 怪異 をあ らは し︑ 凶事 をし めし ける にも 人み な其 外に のみ うた かひ をた てゝ

︑そ のう ち に そむ ける まつ りこ とあ るを うた かふ 人稀 なり し︑ 東路 ハ程 遠け れは

︑よ くも しら すか し︑ いて や此 都の 中の あ り さま こそ

︑夜 をお ひ︑ 日に した かひ てく たり もて ゆく めれ

︑此 年内 侍所 の御 神楽 の音 たへ しこ そ︑ いと ゆゝ し く 神慮 もい かゝ と空 おそ ろし けれ

これ は﹁ 吉利 支丹 とい ふ法

﹂に よっ て起 きた 島原

・天 草一 揆と 同時 期に 起き た﹁ 東西 の山 の端 あか き事

﹂な どの 天 変 地妖

︑都 での 髪切 り事 件と いっ た﹁ 怪異

﹂に 対す る見 解で あり

︑こ れら の原 因を 外

天地 では なく

︑内

公 家社 会 に 求め

︑こ こか ら公 家社 会批 判へ と展 開さ れる

︒そ の背 景に は︑ 恠異 は悪 政︵ 公家 社会 の頽 廃︶ と関 連が ある とい う 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(7)

認 識が あり

︑そ の機 能を 自説 展開 の契 機と して 巧に 利用 して いる ので ある

︒ た だ し︑ こう し た 朝廷 に よ る恠 異 へ の 対応 に 徳 川幕 府 が 積極 的 に 関 与し て い たの か と いえ ば

︑決 し て そ う で は な い

︒例 えば 寛文 八年

︵一 六六 八︶ 二月

︑江 戸大 火を 含む

﹁奇 怪﹂ の頻 発に

︑﹁ 朝 家安 全玉 体安 穏之 御祈

﹂を 行う よう

︑ 伊 勢神 宮・ 石清 水八 幡・ 春日 社な どが 言っ てい たこ とに つい て︑ 摂政 鷹司 房輔 らが 天台 座主 堯恕 法親 王に 小御 修法 を 執 行す べき かの 沙汰 があ った

︵三 月執 行︶

︒ この 時に

﹁奇 怪︵ 怪 事︶

﹂と し て 列 挙さ れ た のは

︑八 幡 山 の光 物

・貴 船 社 鳴動

・小 御所 の廊 架に 鳶が 侵入

︵以 前内 裏 炎 上の 前 に も発 生

︶・ 鞍 馬山 の 松 顛 倒・ 法隆 寺 の 聖徳 太 子 像顛 倒

︵大 坂 の 陣で 発生

︶で あり

︑堯 恕は

﹁不 祥之 事﹂ と述 べて いる

︵江 戸大 火も

﹁天 災奇 怪之 事﹂ と表 現す る︶

︒ しか し一 方で

﹃江 戸幕 府日 記﹄ とい った 幕府 の公 的記 録類 には

︑こ の件 に関 する 記述 は見 られ ない

︒ また 一八 世紀 の事 例だ が︑ 寛延 四年

︵一 七五 一︶ 二月 以来 の京 都で の地 震や 四月 一七 日に 加茂 別雷 社酒 殿で 起き た

﹁釜 鳴 恠 異

﹂に 対 し て

︑五 月 一 日 に 七 社 七 寺 で 御 祈 が 行 わ れ て い る が

︑こ れ に つ い て も 幕 府 の 関 与 は 確 認 で き な い

幕 ︒ 府 の記 録に 恠異 が記 され ない

︑言 い換 えれ ば幕 府が 積極 的に 恠異 に関 与し ない 点は

︑一 九世 紀に 編ま れる 幕府 の

﹁正 史

﹂﹃ 徳 川実 紀

﹄に 如 実に 表 れ てい る

︒﹃ 徳 川 実紀

﹄で は

︑大 坂 の陣 後

︑恠 異 はほ と ん ど 記 さ れ て い な い

︒ も ち ろ ん大 坂の 陣以 降に

﹁怪 異﹂ とい う言 葉は 散見 でき るも のの

︑そ れは 恠異 では なく

︑人 の不 可解 な行 動を 指す 表現 に 限 ら れ てい る

︒近 年 二 次史 料 的 な位 置 づ けが な さ れ てい る

﹃徳 川 実紀

﹄ だが

︑恠 異 が ほ とん ど 記 され な い その 背 景 に は︑ 林述 斎ら 編者 の間 に︑ 元和 偃武 以降 は幕 府に よる 平和 な状 況が 続い てい る

恠異 は起 きな い︑ とい う認 識が 共 有 され てい たた めで はな いだ ろう か︒ 以上 のよ うに

︑朝 廷の 恠異 への 儀礼 的対 応に つい て︑ 徳川 幕府 の関 与は きわ めて 消極 的で あっ たこ とが わか る︒ こ の 点は

︑従 来の 政権 によ る恠 異へ の対 応と は全 く異 質な もの であ る︒

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(8)

そこ には

︑徳 川政 権が 室町 殿と 違っ て朝 家の 有す る国 家祈 祷権 を奪 取せ ず︑ 利用 する こと で政 権の 正当 性を 高め よ う とし たこ と が

︑原 因の 一つ とし て挙 げる こと がで きる

︒つ まり

︑国 土の 安 全と 民 の 安 寧を 祈 念 する 国 家 祭祀 と し て

︑朝 廷で 行わ れる 古代 以来 の伝 統的 神祇 祭祀 が幕 府に よっ て尊 重さ れた ので あり

︑そ の神 祇祭 祀の 中に 恠異 への 対 応 も含 まれ てい たと 考え られ る

︒ 要す るに

︑恠 異へ の儀 礼的 対応 は︑ 朝廷 に分 掌さ れて いた ので ある

︒ また

︑明 暦三 年︵ 一六 五七

︶二 月二 九日 に京 都で 出さ れた 町触

︑ 一︑ 飛神

・魔 法・ 奇異

・妖 怪等 之邪 説︑ 新儀 之秘 法︑ 門徒 に仕

︑山 伏行 人等 に不 限︑ 仏神 に事 を寄

︑人 民を 妖惑 す る の類

︑又 ハ諸 宗共 に法 難に 可成 申分

︑与 力同 心仕 候族

︑代 々御 制禁 候条

︑新 儀之 沙汰 にあ らさ る段

︑可 存弁 其 旨 事 や

︑寛 文 五 年︵ 一 六 六 五︶

︑全 国 の 寺 院 に 対 し て 出 さ れ た﹁ 諸 宗 寺 院 法 度

﹂第 二 条 附 の

﹁立 新 義

︑不 可 説 奇 恠 之 法 事

﹂ な ど︑ いわ ゆ る﹁ 新 儀異 説

﹂の 禁 止と い う 幕 府の 政 策 が︑ 寺社 に 恠 異を 容 易 に 語る こ と を掣 肘 し たと も 考 え ら れ る︒ そし て元 禄六 年︵ 一六 九三

︶の

﹁馬 のも の言 ひ﹂ 事件 など

︑幕 府は 社会 秩序 を乱 す言 説を 語る 者に 対し 法で 処罰 す る 姿勢

︑い わば 法度 によ る恠 異︵ 怪異

︶の 統制 を行 った

︒法 度の 幕府 と 儀礼 の 朝 廷 とい う 対 応の 差 異 は︑ 近世 の 恠 異 をめ ぐる 動向 の大 きな 特徴 とい える

︒ 別に

﹃春 寝覚

﹄の

﹁東 路ハ 程遠 けれ は︑ よく もし らす かし

﹂の よう に︑ 幕府

︵江 戸︶ と朝 廷︵ 京都

︶の 地理 的関 係 も 大事 な要 因と して 含め るこ とが でき るだ ろう

︒ こ の よう に 政 治的 な 恠 異は 近 世 に なっ て も 機能 し て いた が

︑徳 川 幕 府と 朝 廷 との 間 で は温 度 差 が 見ら れ た の で あ る

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(9)

第二 章 恠異 か ら 怪異 へ 前章

では

︑恠 異の 歴史 的変 遷に つい て見 てき た︒ 古代 以来

︑恠 異は 政治 性を 持つ 限定 的な 怪異 の用 法で あり

︑そ れ は 近世 でも 特に 朝廷 とそ の周 辺で 機能 して いた

︒ しか し﹁ 怪異

︵恠 異︶

﹂ とい う言 葉は

︑中 世に なる と 次第 に 政 治性 を 持 たな い 事 象 にも 用 い られ る よ うに な る︒ そ の 代表 例が 建長 六年

︵一 二五 四︶ 成立 の説 話集

﹃古 今著 聞集

﹄で ある

︒巻 一七

﹁怪 異﹂ 篇の 序で は︑

﹁ 恠異 のお それ

︑ 古 今 つ ゝ しみ と す﹂ と

︑さ!!! つ ま り 恠 異を 収 載 する 意 図 が見 ら れ る︒ だ が内 容 的 には

︑さ!!! では な い︑ 単 に 不 可 思議 な事 件も 載っ てい る︒ つま り﹃ 古今 著聞 集﹄

﹁ 怪異

﹂篇 は︑ 恠!!!!!!!!!!

︑﹁ 異常 で不 思議 な出 来事 を さ す語 が機 能し 始め てい る様 相が 伺 え﹂

︑ 政治 性 の ない

﹁人 の 心 をま ど は す﹂ 鬼 や天 狗 な どの

﹁変 化

﹂篇 と 同じ 一 七 巻 に﹁ もの がた り﹂

︵ 著聞

︶と して

︑怪 異が 収め られ てい るの であ る

︒ また 室町 期に なる と︑ 先述 した 恠異 シス テム の機 能不 全・ 軒廊 御卜 の激 減の 一方 で︑ 政権 と関 係の ない 不思 議な 出 来 事

怪 異 が︑ 頻 繁に 日 記 類に 書 き 留め ら れ る よう に な る

︒ 高谷 知 佳 氏 はそ れ を 室町 期 京 都の 都 市 性

︑﹁ 武 家・ 公 家

・寺 社が 集住 し︑ この 権力 者た ち相 互の あい だに

︑そ して 雇用 や祭 礼を 通し て民 衆と のあ いだ に︑ 日常 的・ 流動 的 な 都 市 社会 の ネ ッ トワ ー ク が幾 重 に も築 か れ て﹂ い る 点と 関 連 させ

︑こ の 政 治・ 経 済・ 文化 が 集 中す る 都 市ネ ッ ト ワ ーク を介 して

︑都 市問 題や 政権 危機 に関 する 情報 だけ でな く︑ 社会 不安 や政 治批 判の 意味 合い を含 んだ 怪異 も風!! と して 拡散 して いっ たと いう

︒こ れは 先 に 引 用し た

﹃多 聞 院日 記

﹄④ の﹁ 口遊 則 物 恠﹂

︑ 口遊 み つ まり 噂 が 起き る こ と 自体 が﹁ 物恠

﹂で ある とい う認 識と 共通 して いる

︒ この 時期 にな ると

︑凶 兆で ある 恠異 と社 会不 安や 政 治 批判 の 意 味を 持 つ 怪異 と の 境 界は

︑甚 だ 曖 昧に な っ てく る

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(10)

そ うし た怪 異と 恠異 が混 淆し てい る事 例と して

︑﹃ 当 代記

﹄慶 長一 二年

︵一 六〇 七︶ の記 事を 見る こと にす る︒ 此 二三 箇年 中︑ 九州 中国 四国 衆︑ 何も 城普 請専 也︑ 乱世 不遠 との 分別 歟と 云々

︑京 都町 人已 下︑ 種々 怪異 に付 如 此 歟︑ 閭巷 説と 云々 こ れは

︑そ れま で戦 場と なっ た京 都に 住む 者に

﹁豊 臣・ 徳川 間の 政治 均衡 のあ やう さと

︑西 国大 名の

﹃城 普請

﹄が 戦 争 準備 であ ると いう リア ルな 現実 認識 が︑ 同時 に﹃ 種々 怪異

﹄を 乱世 の前 兆と する 認識 と結 びつ いた もの とし て町 人 意 識 を 捉 えて

﹂ いた こ と を示 す 史 料 であ る

︒ま た﹁ 怪 異﹂ と﹁ 乱世 不 遠﹂ の 関連 は

︑元 来 政 権で の み 機 能 し て い た さ!!

! 恠 異観 が社 会不 安の 怪異 と融 合し たか たち で︑ 民間

︵都 市民 だが

︶に 浸透 して いた とも 表現 でき る

︒ こう した 状況 下で

︑新 たに 怪異

︵恠 異︶ と関 わり を持 ち出 した のが

︑吉 田神 道で ある

︒吉 田兼 倶以 来恠 異に 関わ っ て いる が︑ 特に 室町 中期 から 戦国 期に か け て在 地 社 会の 要 請 に応 じ て︑ 多 く の亡 魂 や 怨霊 に

﹁亡 霊 神﹂

﹁霊 神

﹂の 神 号 や﹁ 若宮

﹂と いう 社号 を授 与し て神 格を 上昇 させ 斎き 祀っ てい る

︒ そ れは 徳 川 政 権期 に な って も

︑慶 長 一二 年 に 破 裂し た多 武峯 大職 冠像 への 祈念 や野 狐鎮 など を行 った 神龍 院梵 舜を はじ め︑ 吉田 神道 は積 極的 に怪 異へ の対 応を 行 い

︑そ れを 通し て朝 廷か ら民 間ま で広 く展 開し てい った

︒ 第三 章 怪異 で あ る条 件 ここ

まで 一七 世紀 まで の怪 異︵ 恠異

︶を 概観 して きた

︒こ れを 踏ま え︑ 冒頭 で掲 げた 本論 の目 的︑ 一七 世紀 にお け る 怪異 であ ると 認識 する 条件

︵属 性︶

︑ つま り当 時の 人々 は何 を﹁ あや しい

﹂と 感じ てい たの かに つい て考 察す る︒ その 足が かり とし て︑ まず 前代 の事 例を 取り 上げ

︑仮 説を 立て た上 で検 討を 行い たい

︒そ れは

﹃経 覚私 要鈔

﹄宝 徳 二 年︵ 一四 五〇

︶三 月二 四日 に記 され た奈 良で の事 件で ある

︒ 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(11)

一︑ 或者 語云

︑於 南都 希共 在之

︑先 去廿 日比 歟︑ 猿澤 池上 死人 浮上

︑若 人身 ヲナ クル 歟︑ 不分 明︑ 是 一 於 一言 主︑ 狐︑ 神楽 ヲ進 ケル

︑是 二 一 言主 御供 此間 不取 之︑ 是 三 大 佛汗 カヽ セ給 云々

︑是 四

元 興寺 吉祥 堂張 挙︑ 両方 端食 切︑ 是 五 於 御社

︵春 日社

︶︑ 猿 ヲ猪 食殺

︑云 々︑ 是 六 於 一乗 院塵 塚火 柱両 度立

︿正 月ト 今月 初﹀

︑ 是 七 御 社安 居障 子絵

︑於 勝南 院因 幡絵 師所 書之 処︑ 絵師 共両 三人 喧嘩

︑一 人被 殺害 了︑ 仍此 障子 令穢 之間

︑別 沙汰 直 云 々︑ 是 八 条 々希 以外 之慎 也︑ 猿 澤 池ヲ ハ 廿 一日 ニ カ ヱ﹇

﹈ 井ノ 水 ヲ 入 云々

︑其 日 於 池端

︑︵ 幸 徳 井︶ 友幸

﹈供 沙 汰 之

︑御 供共 大風 吹々 倒了

︑是 も﹇

﹈ 事也 云々

︑旁 以可 慎

!

"

﹁希

﹂は お そ らく

﹁希 代 之 事﹂ を略 し た 表現

と 考 えら れ る が︑ ここ で 挙 げら れ る 狐 の異 常 な 行動 や 大 仏が 汗 を か く 現 象は

︑従 来恠 異と され たも ので ある

︒ま た﹁ 希﹂ に対 し て行 う

﹁慎

﹂は

︑恠 異 へ の代 表 的 な対 応 手 段で あ る︵ 先 述 の﹃ 古今 著聞 集﹄ など 参照

︶︒ も う一 つ︑ 時を 下っ て﹃ 親長 卿記

﹄明 応二 年︵ 一四 九三

︶一 一月 五日 条を 見る と︑ 晴

︑今 朝将 軍墳 鳴動

︒或 仁云

︑近 日及 度々 云々

︑ 其 次語 云︑ 南 都怪 異有 数ケ

︑猿 沢池 水如 泥︑ 数魚 死去 云々

︑ 東 大寺

︑火 柱立 云々

︑ 南 円堂 本尊 瓔珞

︑地 震之 時落 給︑

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

(12)

春 日祭 依大 和物 騒︿ 国人 有合 戦事

﹀下 行物 等無 之︑ 仍延 引云 々︑ 又

︑春 日山 鳴動 云々

︑同 有︵ 闕文 カ︶ 又 聞︑ 水無 瀬御 廟︿ 後鳥 羽院

﹀鳴 動云 々 将 軍塚 鳴動 を発 端に 列挙 され る﹁ 南都 怪異

﹂の 中に

︑春 日 祭 が合 戦 に よっ て 延 引し て し ま った こ と も含 ま れ てい る

︒ こ れは

︑﹃ 経 覚私 要鈔

﹄の 絵師 の喧 嘩が

﹁希

﹂と され て いる こ と と共 通 し てい る と 思 われ る

︒こ れ ら時 期 も 著者 も 異 な る二 つの 記事 から 窺え るの は︑

﹁ 南 都希

﹂と

﹁南 都 怪 異﹂ の含 意 は 同じ な の で はな い か︑ と いう こ と であ る

︒そ こ で 希

怪異

︑怪!!!!!!!!!!!!

︑ とい う仮 説を 立て てみ る︒ この 仮説 を踏 まえ て︑ 次に 一七 世紀 の事 例 を 見る こ と にす る

︒最 初 に︑ 仏教 唱 導 説 話を 文 芸 化し た

︑﹁ 仏 教怪 異 小 説 の 嚆矢

﹂ とさ れ る﹃ 奇 異雑 談 集﹄

︵ 写 本は 寛 永 末〜 慶安 年 間 頃成 立

︑一 六 八 四年 刊

︶を 取 り上 げ る

︒ 書 名に 掲 げ ら れる

﹁奇 異﹂ とは

︑何 を意 味し てい るの だろ うか

﹃ 奇異 雑談 集﹄ には

﹁き いの 事 なり

﹂と い う 表現 が 一 箇所

︑そ し て﹁ 奇 異︵ の 儀︶ にあ ら ず﹂ と いう 表 現 が三 箇 所 あ る︒

﹁ きい の事 なり

﹂と ある 下│ 一五 は﹃ 祖 庭事 苑

﹄の 翻 案で

︑楚 国 の 内裏 の 鉄 柱 を︑ 宮仕 え の 女が 暑 さ しの ぎ に 抱 き︑ 後に 鉄の 玉を 出産 した 事に 使わ れて いる

︒一 方﹁ 奇異

︵の 儀︶ にあ らず

﹂は

︑女 性の 執心 悪業 のお そろ しさ を 説 く話

︵上

│四

︶︑ 丸 太橋 が渡 れな い馬 を老 人の 知恵 で助 ける 話︵ 下│ 九︶

︑そ して 下│ 一一 の三 箇所 であ る︒ 今回 は 下

│一 一に 注目 した い︒ 話の 概要 は次 の通 りで ある

︒ 津 の国 兵庫 の西

︑塩 屋で 製塩 業を 営む 男が 夜塩 釜近 くで 焚き 火を して いる と︑ 子供 を抱 いた 女性 が火 に当 たり に 来 る︒ 男が 焚き 火越 しに その 女性 を見 る と︑ そ れは 雁 を くわ え た 狐だ っ た︒ 男 は 棒で 驚 か し︑ 狐か ら 雁 を奪 う

︒ 次 の 日 に 市へ 雁 を 売り に 行 こう と す る 途中

︑小 男 に 出会 い 二 百 文で 売 っ た︒ だが 後 に 代金 を 見 る と 馬 の 骨 だ っ た 一 ︒ 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 一

(13)

典 型的 な狐 に化 かさ れる 話だ が︑ 最後 に以 下の 解説 が付 けら れて いる

︵写 本を 使用

︶︒ 世 に狐 の物 がた り︑ おほ き事 かき りな し︑ 此さ うた ん︑ 奇異 の儀 にあ らす と いへ ども

︑火 炎の 中に おひ て︑ その 真実 を︑ みる 事ふ しぎ にあ らず や︑ 真言 宗に

︑護 摩木 をた くこ と︑ 八千 枚 を たく

︑禅 法に いは く︑ 三世 の諸 仏︑ 火炎 上に おひ て︑ 大法 輪を 転ず

︑又 いは く︑ 丹霞 木仏 を焼 バ︑ 院主 看︑ 眉 鬚 堕落 す︑ と云 々 こ の話 は﹃ 奇異 雑談 集﹄ 下巻 の草 稿 本﹃ 漢 和希 異

﹄に も 収載 さ れ てい る が︑

﹁ 世 に狐 の 物 がた り

︵中 略︶ 奇 異の 儀 に あ らす

﹂の 一文 はな い︵

﹁ 火炎 の中 に﹂ 以降 はあ り︶

︒ 現代 の感 覚か らす れば

﹁奇 異﹂ に思 え る 話で も

︑﹃ 奇 異雑 談 集﹄ の 編者 に と っ ては

﹁奇 異 の 儀に あ ら す﹂ なの で あ っ た︒ 何故

﹁奇 異﹂ と見 なさ れな いの か︒ それ は前 文に ある

﹁世 に狐 の物 がた り︑ おほ き事 かき りな し﹂ だか らで あ ろ う︒ 狐に 化か され る話 は数 多あ る︑ 故に

﹁奇 異﹂ には なら ない

︒つ まり

︑稀 少な こと が﹁ 奇異

﹂の 条件 と考 えら れ て いた こと にな る

︒ それ は﹃ 奇!! 雑談 集﹄ 下巻 草稿 本が

︑﹃ 漢 和希!!

﹄ とい うこ とに 示唆 的で ある

︒ ただ し﹁ 奇異 の儀 にあ らす

﹂の 続き には

︑火 炎越 しに 狐の 正体 を暴 くこ とを

﹁ふ しぎ

﹂と して いる

︒不 思議

︵不 可 思 議︶ は本 来仏 教用 語で あり

︑火 の効 能を 諸仏 の 霊 験と 結 び 付け て 話 を締 め る の は︑

﹃奇 異 雑 談集

﹄に ふ さ わし い 終 わ り方 であ る︒ 注意 すべ きは

︑﹁ 奇 異﹂ と﹁ ふし ぎ﹂ が 区別 さ れ てい る 点 であ る

︒つ ま り﹁ 奇!!

﹂ は!

︑ 仏!!!!!!!!!!!!!!!!!!! と︑

﹃ 奇異 雑談 集﹄ の編 者は 考え てい たこ とに なる

︒ さら に事 例を 挙げ ると

︑本 邦初 の 百 物語 怪 談 集﹃ 諸国 百 物 語﹄

︵一 六 七 六 年刊

︶の 巻 二│ 二﹁ 相 模の 国 小 野寺 村 の ば け物 の事

﹂で は︑

﹁ めづ らし きこ と﹂ と﹁ ふし ぎ﹂ が同 じ事 象に 用い られ てい る

︒ また 元禄 二年

︵一 六八 九︶ 刊行 の京 都の 地誌

﹃京 羽二 重織 留﹄ には

︑﹁ 奇 瑞﹂ と﹁ 妖怪

﹂の 項目 があ り︑

﹁奇 瑞﹂ は

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 二

(14)

神 仏の 霊験 につ いて

︑﹁ 妖 怪﹂ は神 仏と は無 関係 な︑ 不可 思議 な現 象に つい て区 別さ れて 書か れて いる

︒ そ し て貞 門 俳 諧師 で

︑﹃ 古 今犬 著 聞 集﹄ な どの 仮 名 草子 編 者 でも あ っ た 椋梨 一 雪 の﹃ 続 著 聞 集﹄

︵ 一 七

〇 四 年 九 月 序

︶は

︑全 二〇 篇そ れぞ れに 主題 が決 まっ てい る︒ その 第十 篇の 主題 が﹁ 奇怪

﹂で あり

︑そ の﹁ 奇怪

﹂に つい ては 序 文 で以 下の よう に説 明さ れて いる

︒ 奇 怪と は︑ 凡天 地の 造化

︑万 物変 易は

︑各 其本 然の 理有 て︑ 四時 寒煖 より 及大 小屈 曲に 至ま て︑ 悉訝 るへ きに あ ら す︑ 然る に間

︵々

︶処 々に 起り

︑物 々 に 付 而︑ 非常 の こ と

!

"

を な し︑ 奇異 の 業 を 現し て 耳 目を 驚 す 事あ り

︑ 此 等の 類︑ 此篇 にお さむ こ こ で の

﹁奇 怪﹂ と は

︑﹁ 非 常

﹂な

﹁奇 異 の 業 を 現 し て 耳 目 を 驚 す 事

﹂を 指 し て い る

︒ ま た

﹁奇 怪 篇

﹂は

︑神 の

﹁霊 妙の 功験

﹂に 関す る第 二﹁ 神異 篇﹂ と区 別さ れた 編成 がな され てい る点 に特 徴が ある

︒ 以上

︑複 数の 事例 から

︑あ る事 象が 怪異

︵奇 異・ 妖怪

・奇 怪︶ と認 識さ れる 条件 とし て︑ まず 稀!!!!!!! が 挙 げ られ る︒ これ は通 時的 なも の で あり

︑且 つ 儒 学︵ 朱子 学

︶の

﹁怪

︵怪 異︶

﹂ の概 念 と も 共通 す る 点で 諸 教 一致 的 な 属 性と いえ る︒ ただ し何 を稀 少だ と感 じる かは

︑認 識す る側 の社 会環 境に 大き く左 右さ れて いた こと は言 うま でも な い

︒ また 神!!!!!!!!!!!!!!!! とい うこ とも

︑怪 異の 条件 とな る場 合が あっ た︒ しか しこ れは

︑第 一章 で見 た神!!!!!!!!!!!!! とは 位相 が異 なっ てい る︒ 軒廊 御卜 によ る判 定は

︑注 進 さ れて きた フシ ギな コト から 政治 的な 意味 を引 き 出 す手 段

︑言 い 換え れ ば︑ 怪 異か ら 恠 異 を抽 出 す る行 為 で あっ た

︒ そ こ に 神 仏が 関 与 して い る のは

︑権 益 を 被 る政 権 と 注進 者

︵寺 社︶ 双 方 の利 害 関 係が 大 き く影 響 し て い た か ら で あ る

︒ だが 室町 期以 降︑ 軒廊 御卜 の断 絶や 恠異 シス テム の破 綻が 生じ る︒ さら にこ の時 期以 降曹 洞宗 など が地 方で 仏説 布 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 三

(15)

教 を行 う際

︑殺 生石

︵九 尾狐

︶の 教化 など

︑怪 異を 仏教 に帰 服さ せる 説 話が 語 ら れ るよ う に なる

︒そ う し た民 間 へ の 仏説 布教 を強 めて いく 過程

︵仏 教の 世俗 化︶ にお いて

︑僧 侶は 神仏 が引 き起 こす 恠異 では なく

︑神 仏と 関係 のな い 怪 異│ 教導 話材 とし ての 怪異 を語 り仏 教を 説く 傾向 を強 めて いっ たの では ない だろ うか

︵そ の間 隙を 埋め るよ うに 吉 田 神道 が登 場す る︶

︒ いわ ば官 から 民へ の仏 教の 展 開が

︑怪 異 の 内容 に も 変化 を も た らし た の であ る

︒ま た 第一 章 で 見 た新 儀異 説の 禁止 が︑ 社会 秩序 を乱 しか ねな い恠 異で はな く︑ 救済 の﹁ 方便

﹂と して 民間 に怪 異を 語る 方向 性を 僧 侶 に示 した とも 考え られ る︒ この よう な中 世末 から 近世 にか けて の仏 教と 社会 の関 係性 の変 化が

︑神 仏の 霊験 と関 係の ない 怪異 とい う新 たな 属 性 を生 じさ せた ので ある

︒ も う 一 つ︑ 恠 異 の︵ 政 治 的 な

︶凶!! と い う 性 質

︑言 い 換 え れ ば 不!

!!!!! も 怪 異 の 条 件 と し て 考 え ら れ る

﹃日 葡 辞 書﹄

︵一 六

〇 三年 刊

︶に は︑ 怪 異︵ 恠異

︶で は な い が︑

Yôquai

︵ 妖怪

︶﹃ 妖 ひ 怪 し い﹄ わ ざ わ い と 危 険 な こ と と﹂ とい う項 目が あり

︑負 のイ メー ジを 伴っ た表 現で ある こと は 広く 知 ら れ てい た

︒し か し︑ 負の 属 性 は恠 異 で は 絶対 条件 であ って も︑

﹃ 京羽 二重 織留

﹄の よう に広 義 の怪 異 で は必 ず し も絶 対 の 条 件で は な く︑ あく ま で も怪 異 を 構 成す る条 件の 一つ にす ぎな かっ たと 考え られ る︒ 第四 章 経験 論 的 怪異 認 識 前章

で︑ 一七 世紀 にお いて 怪異 と認 識 さ れ るに は

︑﹁ 稀 少で あ る こと

﹂﹁ 神 仏 と の関 係 の 有無

﹂﹁ 負 の イメ ー ジ﹂ が 条 件︵ 属性

︶で ある こと を指 摘し た︒ では

︑そ うし た 怪 異認 識 の もと

︑当 時 の 人々 は ど の よう な 対 応を 行 っ たの か

︒ 宗 教儀 礼や 法度 とは 異な る対 応を 仮名 草子 から 考え てみ る︒ 冒頭 で述 べた よう に︑ 仮名 草子 は出 版物 とい う商 品で あ

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 四

(16)

︒そ れは 読者

︵購 買層 およ び読 み聞 かせ の対 象︶ の関 心や 知識 を反 映し た上 で作 成さ れた もの であ り︑ そこ に記 さ れ る怪 異観 は当 時の 民衆 の理 解に 近い もの と考 えら れる

︒ まず

﹁京 やゐ なか の人 々に

︑二 三千 とを りも 売申

﹂ した ベ スト セ ラ ー﹃ 清 水物 語

﹄を 取 り上 げ る︒

﹃ 清水 物 語﹄ は 寛 永一 五年

︵一 六三 八︶ に刊 行さ れ︑ 作者 は儒 者朝 山意 林庵 だと され てい る︒ 儒学 に基 づく 道理 を問 答形 式で 説く 本 書 の下 巻に は︑

﹁ ばけ 物ぞ

︑き どく

︑ふ し ぎそ

︑と い へ る事 ハ あ るこ と や︑ な き 事か

﹂と い う 問い が あ り︑ 回答 者 の 老 人は 次の よう に答 えて いる

︒ よ き不 審に てこ そ候 へ︑ ある

︑と 申せ は︑ 鰯の かし らも 仏に なる など ゝ思 ひて

︑木 のき れ︑ 石の かけ も︑ たう と み すぎ て︑ おろ かに あさ まし

︑又

︑な き︑ と申 せは

︑神 もな く︑ 仏も なく

︑天 道も なし など ゝい ひさ みし て︑ 物 こ とに やぶ れぎ をい ださ れ候

︑あ るに ても 候ハ す︑ なき にて も候 ハす と申 せは

︑中 ぶら りと いへ るも のに て︑ わ け もき こへ す︑ 申わ けん

︑と すれ は︑ いと むつ かし

︑さ りな から

︑や さし く︑ 少人 の御 たつ ね候 を︑ すこ しハ 御 物 語申 へし

︑よ ろつ の事

︑み な︑ ふし ぎ︑ きど くな るゆ へに

︑わ きて

︑き どく とも

︑ふ しぎ とも

︑い ふへ き事 な し

︑見 なれ たる 事ハ ふし ぎに なき と思 ひ︑ みな れぬ 事あ れは

︑き どく

︑ふ しぎ と思 ふ事 にて 候︑ 其子 細ハ

︑鳥 の 空 とぶ もふ しぎ にて 候ハ すや

︑お さな きよ りみ なれ たる ゆへ に︑ きど くと も︑ おも はぬ にて こそ 候へ

︑さ りと て は

︑き たい

︑ふ しぎ の第 一な り︒ 魚の 水に すむ も︑ 草木 の花 のい ろ

!

"

染 いた すも 何者 かあ りて

︑か 様に 才工 を い たす とも しら ぬハ

︑み なふ しぎ 也︑ これ から ミれ は︑ 天地 のう ちに

︑た れが する とも しら ぬ︑ ふし ぎは なに ほ ど も有 へし

︑と 心を すへ て︑ 其上 に︑ わが 心に こゝ ろえ られ ぬ事 あら は︑ みな れ︑ きゝ なれ ぬに てこ そあ れ︑ こ と ハり を思 ひあ たり たら は︑ ふし ぎに ても

︑き どく にて もあ るま しき

︑と 思ふ へし

︑石 か物 をい ひ︑ 石か 空を と ぶ とも 有ま しき こと く︑ おど ろく へか らす

︑こ れは 何ゆ へに

︑か くの ごと くあ るぞ

︑と

︑し りた る人 に︑ とい た ら んハ

︑う たが ひは れて ゆく へし

︑そ のほ か︑ 狐︑ 狸の しは さま ても

︑よ くこ とハ りを しり ぬれ は︑ おど ろく 事 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 五

(17)

さ らに なし

︑き どく

︑ふ しぎ ハめ なれ ぬも のと きゝ なれ ぬこ とな り︑ とお もへ は︑ きど くも

︑ふ しぎ もな し︑ 神 の 事も

︑仏 の事 も︑ きど くな る事 ハ︑ まこ との 道に あら す︑ きど くな きか

︑み な︑ きど くと おも ふへ し︒ 何事 も ま どハ すし て︑ しか もや ふら ぬは なし こ れに つい ては

︑吉 江久 彌氏 の適 確な 整理 があ るの で引 用す る︵ 傍線 部参 照︶

ⅰ 天地 間に 存在 する 一切 のも のが 不思 議奇 特な ので あっ て︑ 特に 不思 議奇 特だ とい うも のは ない

︒神 仏の こと でも 同 じ︒

ⅱ 人々 が不 思議 に思 うの は︑ その 事そ の物 を見 聞き し馴 れな いか らに 過ぎ ない

ⅲ 右の よう な観 点か ら言 えば

︑不 思議 は多 いが

︑そ れも 道理 さえ 判れ ば何 の不 思議 もな い︒

ⅱか ら﹃ 清水 物語

﹄で も︑ 稀少 性が

﹁ふ しぎ

﹂﹁ き どく

﹂﹁ ばけ 物﹂ と認 識さ れる ため の条 件で あっ たこ とが 判明 す る

︒ま た 世 界 全体 が 不 思議 だ と いう 前 提 の もと

︑物 事 の 道理 を 知 る こと で

︑不 思 議を 克 服 し よ う と す る 点 は︑ 儒 学

︵朱 子学

︶の 格 物 致知 に つ な がる 発 想 であ る

︒こ れ は︑ 一 八世 紀 以 降の 近 世 怪異 小 説 に 登場 す る 儒者 の 役 割を 考 究 し た近 藤瑞 木氏 が﹁ 一般 に儒 学は 合理 的な 学問 であ ると 言わ れる こと が多 いが

︑近 世の 儒家 思想 は必 ずし も怪 異を 非 合 理的 なも のと して 否定 して いた わけ では ない

︒む しろ

︑そ の存 在を 合理 化す るこ とで

︑そ の神 秘性

︑超 越性 を否 定 し よう とし たと 見る べき だろ う﹂ と述 べて いる

点と 大き く重 なる

︒ この

﹃清 水物 語﹄ に対 し︑

﹃ 清水 物語

﹄版 行直 後に 刊行 され た論 難書

﹃祇 園物 語﹄ の説 を次 に見 てみ る︒

﹃ 祇 園物 語

﹄で は︑ 回 答者 で あ る僧 が

﹁大 神反 経

﹂に も あ る よ う に 万 物 が 神 変︵ 奇 特︶ で あ り︑

﹁ 老 人 の 申 さ れ し と

︑同 し事 やら ん﹂ と﹃ 清水 物語

﹄を まず 首肯 する

︒し かし

﹁さ ハあ れど

﹂と して

︑日 常的 に起 きる 物事 を﹁ 定の き と く﹂

﹁ 常の きど く﹂

︑非 日常 的 な 物事 を

﹁異 相 のき と く﹂

﹁ きど く 神 反﹂ と 区別 し

︑後 者 を﹁ ふし ぎ と 申す

﹂と 位 置 付 け︑

﹃ 清水 物語

﹄と 差別 化を 図っ てい る点 が︑ 一つ 目の 特徴 であ る︒

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 六

(18)

その 背景 には

︑﹃ 祇 園物 語﹄ で 頻用 さ れ る表 現

﹁目 前﹂ へ の批 判 が あ る︒ この

﹁目 前

﹂と は 現実 の こ とを 指 し︑ 現 実 にあ る事 象の みを 重視 する 儒学 の道 理へ の不 満が その 表現 に 込 めら れ て い ると い う

︒﹁ 一々 の 法︵ 存 在︶

︑ミ な 目 前 に見 へた る事

︑き とく にて

︑其 上に 異相 ある を︑ きど く神 反と 申に や﹂ とい う文 にも

︑こ の点 は反 映さ れて いる

︒ そし て僧 は﹁ 異相 も真 如の 理に

︑万 法 を 具し け る﹂ と︑ 不 思議 の 領 域で あ る 異 相に も

﹁真 如 の理

﹂が あ る とい う

﹁真 如 の 理﹂ は﹁ 深き 理

﹂︵ 上 五︶ と同 義 で 仏法 を 指 し︑

﹁ 目前

﹂と 対 極 に 位 置 づ け ら れ る

︒ つ ま り﹃ 清 水 物 語﹄ の 示 す道 理の 外側 に︑

﹁ 異相 のき とく

﹂と それ に 内在 す る﹁ 真 如の 理

﹂を 設 定す る こ と で︑ 仏教 の 優 位性 を 主 張し て い る ので ある

︒し かし

﹃清 水物 語

﹄と

﹃祇 園 物 語﹄ は思 想 的 な差 異 は あっ て も

︑万 物 に道 理

︵﹁ 真 如の 理

﹂︶ が 存在 し

︑ そ れを 理解 する こと で不 思議

︵異 相の きと く︶ を克 服す る点 では

︑ど ちら の論 調に も大 差は ない

︒ 二つ 目の 特徴 は︑

﹃ 清水 物語

﹄に はな い﹁ あや しみ

﹂︑ つま り恠 異に つい て触 れて いる こと であ る︒ 僧は 先述 の説 と 関 連さ せな がら

︑善 政や 修徳 のた めの 必要 悪と して 恠異 は必 要だ と主 張す る︒ また 恠異 の対 極に ある 祥瑞 も同 様に 必 要 であ ると する

︒ 続 い て

︑山 岡 元 隣

・元 恕 編

﹃古 今 百 物 語 評 判﹄

︵一 六 八 六 年 刊 以 下

﹃評 判﹄ と 略 記

︶を 取 り 上 げ る︒ 巻 四│ 八

﹁西 寺町 墓の 燃え し事

﹂の 最後 には

︑﹁ 其珍 しき に 付 きて

︑或 は ば け物 と 名 付け 不 思 議 と云 へ り︑ 世 界に 不 思 議な し

︑ 世 界皆 ふし ぎな り﹂ と ある

︒﹃ 評判

﹄は

︑北 村季 吟門 下で あっ た元 隣が 京都 六 条で 行 っ た 百物 語 怪 談会 と そ こで の 解 説 を︑ 元隣 没後 に子 の元 恕が 編集 刊行 した もの であ る︒ 従来 の百 物語 怪談 と異 なり

︑先 生︵ 元隣

︶が 儒学 や仏 教な ど の 知 識 を 駆使 し て 怪異 を 論 断し て い る 点に 大 き な特 徴 が あ る︒ そう し た 趣 向 の 中 で︑ 先 生 は﹁ 珍!!!

﹂ 物!!

﹁ ば!!!

﹂︑ 事!!

﹁ 不!!!

﹂ と位 置づ け

︑﹃ 清 水物 語

﹄﹃ 祇 園物 語

﹄と 同 趣旨 を

﹁世 界 に 不思 議 な し︑ 世界 皆 ふ しぎ な り﹂ の 短 文で 適確 に表 現し てい る︒ ただ し﹃ 評判

﹄は 没後 出版 のた め︑ 厳密 には 元隣 の準 著作 物と いう 位置 づけ とな る︒ では

︑元 隣の 思想 を生 前の 著 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 七

(19)

﹃小 さ か づ き﹄

︵一 六 七 一年 刊

︶巻 五 第一 一

﹁日 待 の 雑 談 の 事﹂ か ら 見 る と︑ や は り﹁ か の 出 家 の

︑い へ る や う

︑ せ かい のう ちに

︑い つれ か︑ ふし ぎ︑ いつ れか

︑ふ しき なら ざる ハ︑ なし

︑ふ しん を︑ たつ れば

︑い つれ も︑ ふし ぎ 也

︑さ れど も︑ よの つね の人 々︑ めづ らし き 事ハ

︑ふ し き︑ と︑ お も へる

︑み な 気 のま よ ひ 也﹂ と︑

﹃ 評判

﹄と 同 じ 主 張し てい る︒ 以 上︑ 珍 しい 物 事 を怪 異 と して 認 識 す る視 座 は︑ 仮 名草 子 で も確 認 で き た︒ それ は 稀 少 な 物 事

怪 異 と い う 理 解 が

︑当 時の

﹁常 識﹂ とし て定 着し てい たこ とを 意味 して いる

︒ こう した 作品 群で 怪異 への 対応 策と して 提示 され てい たの は︑ 稀少 性の 克服 であ る︒ つま り世 界は 不思 議そ のも の で あり

︑そ れを 意識 して 道理 を理 解す れば

︑自 ずと 不思 議に 思わ なく なる

︑と いう もの であ る︒ こう した 怪異 の原 因 を 珍し く思 うこ と︑ 言い 換え れば 無知 や未 経験 に 由 来し た も のと す る 認識 を

︑﹁ 経 験 論的 怪 異 認識

﹂と 呼 ぶ こと に し た い︒ この 経験 論的 怪異 認識 は二 つの 対応 の方 向性 をも つ︒ 一つ は︑ 経験 を積 んだ り知 識を 修得 した りす るこ とで

︑怪 異 に 関わ る道 理や 機能 を把 握し 克服 する こと

︵宗 教 儀 礼や 法 度 もこ れ に 含む

︶︒ も う 一 つは

︑怪 異 は そも そ も 起き る も の だか ら殊 更に 怪し む必 要は ない

︑い わば 非合 理を 非合 理と して その まま 受け 入れ ると いう

︑逆 説的 な合 理性 を獲 得 す るこ とで ある

︒い ずれ も合 理性 の獲 得と いう 点で 差異 はな い

︒ また この 怪異 認識 は︑ さら に内 と外 へ展 開す る可 能性 を孕 む︒ 内と は︑ 怪異 を人 の心 に由 来す るも のと して 捉え る も の で あ る︒ 例と し て は﹃ 徒然 草

﹄や

﹃性 理 字義

﹄︑ ま た 河 内屋 可 正 の思 想 な どが 挙 げ ら れる

︒た だ し こ の 唯 心 論 的 な認 識は

︑怪 異

心因 性の 幻覚 とい う否 定だ けで はな く︑ 怪異 に遭 遇し た場 合に 心の 不安 によ って 更な る災 いを 引 き 起こ すこ とが ある とい う︑ 怪異 があ るこ とを 前提 にし た主 張も 見ら れる

︒ 一方

︑外 とは

︑怪 異を 他者

︵モ ノ︶ とし て捉 える

︑ま たは ある モノ の仕 業と する 見方 であ る︒ 例と して 辞書

﹃節 用

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 八

(20)

﹄で

﹁妖 怪﹂

﹁ 妖化 物﹂ とい う言 葉が 生類 とし て分 類 され て い るこ と や︑ 不 思議 な こ と は狐 狸 の 仕業 で あ ると い う 当 時の

﹁常 識﹂ が挙 げら れる

︒ お わ り に 本論

では

︑一 七世 紀の 怪異 をめ ぐ っ て︑ 当時 の 恠 異・ 怪異 の 様 相︑ 怪異 と さ れ る属 性

︵条 件︶

︑ 怪異 へ の 対応 と い う 面か ら考 察を 行っ た︒ これ らは 複合 する かた ちで

︑一 七世 紀︵ 近世

︶の 怪異 を取 り巻 く状 況を 構成 した

︒怪 異は 当 時 の社 会を 把握 する ため の合 理的 なシ ステ ムと して 一定 の機 能を 果た して いた

︒ ただ し︑ 今回 明ら かに した 点だ けで 近世 の怪 異全 てを 言い 表せ るわ けで はな い︒ 本論 はあ くま でも

︑近 世の 怪異 の 全 体像 を明 らか にす るた めの 緒を 示し たに 過ぎ ない

︒今 後本 論を 踏ま え る かた ち で

︑近 世 の怪 異 を めぐ る 研 究 が さ ら に深 化す るこ とを 望む ばか りで ある

︒ 註

⑴ 東 ア ジ ア 恠 異 学 会 編

﹃ 怪 異 学 の 可 能 性

﹄︵ 角 川 書 店

︑ 二

〇 九 以 下

﹃ 可 能 性

﹄ と 略 記

︶︑ 森 正 人

﹁ モ ノ ノ ケ

・ モ ノ ノ サ ト シ

・ 物 恠

・ 恠 異

│ 憑 霊 と 怪 異 現 象 と に か か わ る 語 誌

﹂︵

﹃ 国 語 国 文 学 研 究

﹄ 二 七

︑ 一 九 九 一

︶︑ 田 中 貴 子

﹁﹃ 渓 嵐 拾 葉 集

﹄ に お け る

﹁ 怪 異

﹂ の 諸 相

﹂︵

﹃﹃ 渓 嵐 拾 葉 集

﹄ の 世 界

﹄ 名 古 屋 大 学 出 版 会

︑ 二

〇 三

︶︑ 大 塚 光 信

﹁ ア ヤ カ シ と ア ヤ カ リ

﹂︵ 土 井 先 生 頌 寿 記 念 論 文 集 刊 行 会 編

﹃ 国 語 史 へ の 道

﹄ 上 三 省 堂

︑ 一 九 八 一

︶ な ど

⑵ ひ ろ た ま さ き

﹁﹃ 世 直 し

﹄ に 見 る 民 衆 の 世 界 像

﹂︵

﹃ 日 本 の 社 会 史

﹄ 七 岩 波 書 店

︑ 一 九 八 七 後 に

﹃ 差 別 の 視 線

﹄ 吉 川 弘 文 館

︑ 一 九 九 八 所 収

︶︑ 横 山 泰 子

﹃ 江 戸 東 京 の 怪 談 文 化 の 成 立 と 変 遷

﹄︵ 風 間 書 房

︑ 一 九 九 七

︶︑ 堤 邦 彦

﹃ 江 戸 の 怪 異 譚

﹄︵ ぺ り か ん 社

︑ 二

〇 四

︶︑ 香 川 雅 信

﹃ 江 戸 の 妖 怪 革 命

﹄︵ 河 出 書 房 新 社

︑ 二

〇 五

︶ な ど

⑶ 京 極 夏 彦

﹃ 妖 怪 の 理 妖 怪 の 檻

﹄︵ 角 川 書 店

︑ 二

〇 一 一

︶︒ 一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

一 九

(21)

⑷ 註

﹃ 可 能 性

﹄ 第 一 章

︑ 久 禮 旦 雄

﹁ 古 代 史 料

︵ 史 書

・ 法 典

︶ と 怪 異

﹂︵ 東 ア ジ ア 恠 異 学 会 編

﹃ 怪 異 学 入 門

﹄ 岩 田 書 院

︑ 二

〇 一 二 以 下

﹃ 入 門

﹄ と 略 記

︶ な ど

⑸ 軒 廊 御 卜 の 対 象

恠 異 と な っ た の は

︑ 現 代 の 怪 異 に つ な が る 不 思 議 な あ や し い 現 象 で あ っ た

︒ こ う し た 軒 廊 御 卜 の 対 象 と な り う る 社 会 で 起 き る 不 思 議 な 現 象 を

︑ 註

﹃ 可 能 性

﹄ に 倣 っ て

﹁ フ シ ギ な コ ト

﹂ と 表 現 す る こ と に す る

⑻ 高 谷 知 佳

﹁ 室 町 期 の 大 織 冠 像 破 裂

│ 中 世 に お け る 宗 教 的 法 理 の 射 程

﹂︵

﹃ 法 学 論 叢

﹄ 一 六 七

│ 三

︑ 二

〇 一

︶︒

⑼ 西 岡 芳 文

﹁ 六 壬 式 占 と 軒 廊 御 卜

﹂︵ 今 谷 明 編

﹃ 王 権 と 神 祇

﹄ 思 文 閣 出 版

︑ 二

〇 二

︶︒ 西 岡 氏 に よ れ ば

︑ 軒 廊 御 卜 が 史 料 上 最 後 に 確 認 で き る の は

︑ 延 徳 二 年

︵ 一 四 九

︶ と さ れ る

︒ ま た 軒 廊 御 卜 な ど の 陰 陽 道 の さ ま ざ ま な 技 術 や 伝 承 は

︑ 豊 臣 政 権 の 陰 陽 道 弾 圧 に よ っ て 決 定 的 に 断 絶 し た と い う

﹃ 続 史 料 大 成 多 聞 院 日 記

﹄︵ 臨 川 書 店

︑ 一 九 七 八

︶ に よ る

﹃ 当 代 記

﹄ 慶 長 三 年 八 月 一 六 日

︒﹃ 当 代 記

﹄ は

﹃ 史 籍 雑 纂 当 代 記

・ 駿 府 記

﹄︵ 続 群 書 類 従 完 成 会

︑ 一 九 九 五

︶ に よ る

⑿ 笹 本 正 治

﹃ 鳴 動 す る 中 世

﹄︵ 朝 日 新 聞 社

︑ 二

︶ は

︑ 林 鵞 峰 編

﹃ 本 朝 通 鑑

﹄ の 慶 長 四 年 に 秀 吉 の 墓 が 鳴 っ た と い う 記 事

に 注 目 し

︑﹁ 鳴 動 が 先 祖 と 子 孫 を つ な ぐ と の 意 識 の 一 端

﹂ を 見 て い る

︒ こ れ は お そ ら く

﹃ 続 史 愚 抄

﹄﹁ 今 春

︑ 故 太 政 大 臣

︿ 秀 吉

﹀ 廟 鳴!

︿ 本 朝 通 鑑

﹀﹂ に 依 拠 し た も の と 思 わ れ る が

︑﹃ 本 朝 通 鑑

﹄ の 該 当 箇 所 を 確 認 す る と

︑﹁ 是 春

︑ 秀 吉 廟 成!

﹂ つ ま り 秀!!!!!! を 記 し た も の で あ る

︵﹃ 言 継 卿 記

﹄ な ど で は

︑ こ の 頃 か ら 秀 吉 廟 に 参 詣 し 始 め て い る

︶︒

﹁ 鳴

﹂ は 単 な る 同 音 異 字 で あ っ て

︑ 笹 本 氏 の 主 張 は 成 立 し な い こ と に な る

﹃ 続 史 愚 抄

﹄ は

﹃ 国 史 大 系 続 史 愚 抄

﹄︵ 吉 川 弘 文 館

︑ 一 九 六 六

︶ に よ る

⒁ 藤 田 覚

﹃ 天 皇 の 歴 史 06 江 戸 時 代 の 天 皇

﹄︵ 講 談 社

︑ 二

〇 一 一

︶︒

﹃ 春 寝 覚

﹄ に 関 す る 研 究 は

︑ 他 に 野 村 玄

﹁ 近 世 前 期 の 幕 府 に よ る 公 家 へ の 行 動 規 制 と 身 分 制

﹂︵

﹃ ヒ ス ト リ ア

﹄ 二 三

︑ 二

〇 一 二

︶ な ど が あ る

﹃ 春 寝 覚

﹄ は

﹃ 茶 湯 研 究 と 資 料

﹄ 四

︵ 思 文 閣 出 版

︑ 一 九 七 一

︶ の 翻 刻 に よ る

﹃ 春 寝 覚

﹄ と ほ ぼ 同 時 期 の

︑ 後 水 尾 天 皇 が 興 子 内 親 王

︵ 明 正 天 皇

︶ に 送 っ た 御 教 訓 書 に は

︑﹁ 天 地 人 の 三 才 ハ

︑ 其 も と 一 致 な る が ゆ へ に

︑ 天 地 に 災 あ れ ハ

︑ 人 に を よ ふ こ と は り 也

︒ 依 之

︑ 天 変 地 妖 出 現 す る 時

︑ 諸 道 勘 文 を た て ま つ り て

︑ 御 つ ゝ し ミ あ る 事

︑ 常 の 事 也

︒ さ れ と も 熟 思 に

︑ 天 地 に は 私 な く

︑ 人 に は 私 あ る 事 な れ は

︑ 政 道 た ゝ し か ら す し て

︑ 急 難 す て に 出 来 せ む と す る 時

︑ 其 災 天 地 に 及 て

︑ 妖 怪 出 現 す へ き 事 な る 歟

︒ 然 ハ 人 道 の 変

︑ 本 な れ ば

︑ 前 非 を あ ら た め

︑ 弥 深 く つ ゝ し ま る へ き 事 に こ そ

﹂ と あ る

︒ 天 変 地 妖 の 原 因 を 天 地 で は な く

︑ 人 の

﹁ 私

﹂ に 求 め て い る 点 は

﹃ 春 寝 覚

﹄ と 共 通 す る も の が あ る

︒ な

一 七 世 紀 の 怪 異 認 識

参照

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 基本的人権ないし人権とは、それなくしては 人間らしさ (人間の尊厳) が保てないような人間 の基本的ニーズ

( 同様に、行為者には、一つの生命侵害の認識しか認められないため、一つの故意犯しか認められないことになると思われる。

    pr¯ am¯ an.ya    pram¯ an.abh¯uta. 結果的にジネーンドラブッディの解釈は,

(自分で感じられ得る[もの])という用例は注目に値する(脚注 24 ).接頭辞の sam は「正しい」と

[r]

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