は じ め に
本書は,筆者が大学で工学部初学年向けに行っている講義での経験に基づいて執筆した力学 の解説書である.筆者の担当する講義には,大学入学試験で物理を選択しなかったり,そもそ も高校において物理を履修しておらず,物理に対して苦手意識をもっている人もいる.一方 で,高校のときから物理が好きだったり,得意だった人もいる.同じ大学生でも物理の習熟度 には,はじめからかなりの幅がある.
そこで,物理に苦手意識や不安を感じている学生でも基礎的なところから一つずつ理解を積 み重ねていけるように,逆に基礎的なことばかりでは満足できない学生もその興味や意欲を失 わないように,それぞれの習熟度によって学習できることを目指して本書を執筆した.具体的 には,次のような点を意識した.
・章のはじめに「学習目標」
,「キーワード」
,章末問題の前に「まとめ」を設ける.・工学で最低限必要とされるものは扱うが,物理学を専攻する学生に要求するような高度な 内容までは含めない.
・出発点を,用語の意味が理解できることと,力の図示ができるところからはじめる.
・数学的な取扱いの説明に関しては,本文中において初出のところで基本的なところから解 説し,必要最小限の数学に留める.
・式展開はできるだけ式変形が理解できるように段階的に行い,その本質を説明する図およ び解説を併記して理解しやすいようにする.
・文字式には,最後に SI 単位をつける.
・例題は,本文を理解するために必要な基本的なものを選ぶ.
・類題には,現実的な数値で計算を行う問題も取り入れて,実際の物理量を単位と共に実感 できるようにする.
・章末問題は,例題や類題に収まりきらないが一度は解いておくべき問題の他,腕試しがで きるように少し高度な問題も含める.
物理にあまり慣れていない人は,解説をじっくり読んで,例題を繰り返し解いて自力で解け るまでになってほしい.章末問題に含めたやや高度な問題には*印をつけてあるので,少し深 く学びたい人は是非ともそれらに挑戦してみよう.なお,類題と章末問題は,巻末の答を見る だけでなく,裳華房のホームページに掲載した詳しい解説も参照してほしい.
第 1 章は導入部なので,理解できないところがあってもあまり気にせずに読み進めればよ い.むしろ最後に読み返したときに本当の意味がわかる部分があるかもしれない.第 5 章の運 動方程式は複素数も使って解くので,式変形を追えない場合は,現象の把握ができればよい.
第 15 章の座標変換は感覚的に理解しづらいので,座標の設定をかなり慎重に説明した.その ためにやや複雑に感じるかもしれない.じっくり読み込めば理解できることを目指したので,
必要に応じて挑戦してほしい.
ところで, 「物理が苦手」とか, 「物理は難しい」と思っている人は,本当に物理でつまずい
ているのだろうか? 大学生の場合,そう感じている人の多くは,物理というよりも,高校で
習った数学が身についていないようだ.これは,例えばテニスをするのに,その道具である
iiiラケットを逆さまに握ったり,あるいは素手でボールを打ち返そうとして, 「テニスは難しい」
と言っているようなものである.道具の最低限の使い方は身につけておく必要がある.数学は 数学,物理は物理として,それぞれ別個に修得するものだという意識があるとしたら,一刻も 早くそのような思い違いから目覚めてほしい.もし高校の数学をきちんと理解できていないよ うなら,まずはそれを克服する必要がある.本書は,高校程度の微積分,そこで扱う関数,そ してベクトルを修得していれば読み進められるようにした.それらが,物理を学ぶ際の必要最 低限の道具となる.大学では,高校の物理よりもむしろ高校の数学を基礎にして,新たな気持 ちで物理を学んでほしい.また,微積分を使わずに習った高校の物理でつまずいた人も,その ときに暗記した公式などの身についていない知識をいったんリセットして,初めて物理を 学ぶつもりで読んでみてほしい.本書が,物理を修得したいという人たちの一助になれば幸い である.
最後に,東京農工大学の三沢和彦先生と東京工業大学名誉教授の渡邊靖志先生には,本書の 原稿を詳細に読み込んでいただき,貴重なご意見をいただきました.紙面の都合でそのご意見 を反映できなかったところもありますが,本書を改善する上で大変参考になりました.この場 をお借りして心から感謝いたします.また,石黒浩之氏,小島敏照氏,小野達也氏をはじめ編 集部の方々には,本書の完成までにいろいろとお世話になりました.筆が遅いだけでなく,執 筆するにつれて次第に膨れてしまった原稿を予定のページ数に収めるために,内容を吟味した 上でのフォントサイズやレイアウトの調整などを行っていただきました.そのご尽力に深く感 謝いたします.ありがとうございました.
2019 年 9 月
田 村 忠 久
iv は じ め に