抄 録
1 はじめに
特許権侵害訴訟において、被疑侵害者側から特許 法 104 条の 3 第 1 項の規定に基づく抗弁( 以下、本 最高裁判決の用語にならい、 「 無効の抗弁 」
1 )とい う。)が提出された場合、特許権者からは、訂正に よる当該無効理由の解消等を内容とした対抗主張
( 以下、本最高裁判決の用語にならい、 「 訂正の再抗 弁 」
2 )という。)が提出されることがある。
この訂正の再抗弁の要件は、裁判例( 例えば、東
京地判平成 19 年 2 月 27 日( 平 15( ワ )第 16924 号 ) 判タ 1253 号 241 頁〔 多関節搬送装置 〕
3 )など )の蓄 積により、一般に、以下のように整理されている。
〔 1 〕特許権者が、訂正請求又は訂正審判請求( 以下
「 訂正請求等 」という。)を行っていること。 〔 2 〕そ の訂正が訂正要件を充たしていること。 〔 3 〕その訂 正により無効の抗弁で主張された無効理由が解消さ れること。 〔 4 〕被告の製品又は方法が訂正後の特許 請求の範囲に属するものであること。
要件〔 1 〕に関し、これを不要とする説( 最一小判
本稿は、「シートカッター事件」最高裁判決を紹介しつつ、若干の検討を加えたものである。本最高裁判決は、上告審係属中に訂正審決が確定したという事案において、紛争の早期解決の 観点から、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもか かわらず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは、訂正の再 抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り、許さ れないとしたものである。
なお、本稿は、塩月修平弁護士・元知的財産高等裁判所部総括判事を講師に迎えた私的勉強 会において、本最高裁判決の速報を行った際のレジュメ(最高裁判所調査官の解説等に触れる前 のもの)を基に作成したものである。本速報後の議論状況については、十分に検討する余力がな く、脚注を追加するにとどめた。この点、お許しを賜りたい。また、本稿の中で述べられている 事項は、筆者の属する組織の公式見解を示すものではなく、筆者の個人的見解によるものである。
審査第一部 調整課 品質管理室
戸次 一夫
寄稿3
訂正の再抗弁における訂正請求又は訂正審判 請求の要否と訂正に係る主張の提出可能時期
〜「シートカッター事件」最高裁判決(最二小判平成29年7月10日・民集71巻6号861頁)〜
1)𠮷田広志「(累進多焦点レンズ及び眼鏡レンズ事件知財高判)判批」L&T80巻(2018)62頁は、いわゆる無効の抗弁について、例えば、実 施可能要件違反等では、一般に権利者側に立証責任があることを挙げ、正確な意味での「抗弁」であるのか異論もあるとする。
高林龍「権利行使阻止の抗弁の要件事実」日本弁理士会中央知的財産研究所『クレーム解釈をめぐる諸問題』14,15頁(商事法務,2010)は、
被疑侵害者側の抗弁について、例えば、特許請求の範囲に公知技術が含まれる場合において、①特許請求の範囲に公知技術が包含されて いることに加え、②公知技術を除外した場合の特許請求の範囲に被告対象物件が包含されないことも要件とした、権利行使阻止の抗弁と 構成する。
2)この対抗主張については、再抗弁ではなく、予備的請求原因と捉える説もある。例えば、辻本良知「特許法104条の3の抗弁に対する訂正 主張の要件事実〜訂正請求等の要否について〜」知財ぷりずむ13巻150号7,8頁(2015)は、訂正の対抗主張を「訂正請求等をなし得る状 況が整ったにもかかわらず訂正請求等がなされないことを解除条件とする予備的な請求原因の追加」と捉え、「原告が将来において確定的 に認容判決の効力を享受するためには、訂正請求等をなし得る状況が整ってから合理的な期間内において訂正請求等を行い訂正を確定さ せる必要があると考える」旨、述べている。
3)このほかに、知財高判平成21年8月25日(平20(ネ)第10068号)判時2059号125頁,判タ1319号246頁〔切削方法〕など。判決の動向を 基に、訂正の再抗弁の要件を整理したものとして、中島基至「無効論」髙部眞規子編『裁判実務シリーズ2 特許訴訟の実務〔第2版〕』142- 146頁(商事法務,2017)、髙部眞規子『実務詳説 特許関係訴訟〔第3版〕』210頁(金融財政事情研究会,2016)、島並良ほか『特許法入門』
334-336頁〔上野達弘〕(有斐閣,2014)、松葉栄治「訂正の再抗弁」小泉直樹・末吉亙編『ジュリスト増刊 実務に効く知的財産判例精選』
72-75頁(有斐閣,2014)など。
本最高裁判決は、上記( b )の考え方を採り、訂正 請求等ができない期間中であったとしても、事実審 の口頭弁論終結前に訂正の再抗弁を行わなければ、
特段の事情がない限り、訂正確定に係る後の主張 は、許されないとしたものである。
上記ナイフの加工装置事件では、無効の抗弁が提 出された後、口頭弁論終結前において、訂正審判請 求が可能であった。そのような状況下において、特 許権者は、口頭弁論終結前から、訂正審判と、請求 取下又は請求不成立審決とを繰り返し、事実審の口 頭弁論終結後に請求した 5 回目の訂正審判請求に係 る訂正審決が確定すると、このことを理由に、民事 訴訟法 338 条 1 項 8 号に規定する再審事由がある旨 主張し、請求棄却とした原審の判断を争った。同事 件の最判は、特許法 104 条の 3 第 2 項「 の規定の趣 旨に照らすと 」、 「 特許請求の範囲の減縮を目的とす る訂正を理由とする無効主張に対する対抗主張も、
審理を不当に遅延させることを目的として提出され たものと認められれば、却下されることになるとい うべきである。」とし、前記主張に関し、当該事案 の下で、 「 訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口 頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理 由は何ら見いだすことができない。」とした上で、 「 紛 争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得 」 ず、 「 特許法 104 条の 3 の趣旨に照らしてこれを許す ことはできない。」とした。
これに対し、本件では、新たな無効の抗弁が提出 された後、口頭弁論終結前において、訂正請求等を することはできなかった。本最高裁判決は、その後 に設けられた特許法 104 条の 4
7 )の趣旨も踏まえ、
訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを 得ないといえるだけの特段の事情がない限り、上告 審において、事実審の口頭弁論終結後の訂正確定に 平成 20 年 4 月 24 日( 平 18( 受 )第 1772 号 )民集 62
巻 5 号 1262 頁〔 ナイフの加工装置 〕における泉裁判 官意見など )も有力であるが、裁判実務においては 必要とされてきた
4 )。
しかしながら、訂正請求等は、無効審判が請求さ れた後、以下のように制限される。すなわち、無効 審判が特許庁に係属した時から審決確定までの間 は、訂正審判を請求することができず( 特許法 126 条 2 項 )、平成 23 年法改正前から認められてきた答 弁書提出可能期間等( 同法 134 条 1 項、2 項、134 条 の 3、153 条 2 項 )における訂正請求、あるいは、同 改正により導入された審決予告後( 同法 164 条の 2 第 2 項 )の訂正請求を行えるだけである( 同法 134 条 の 2 第 1 項 )。しかも、無効の抗弁において主張され た無効理由と、無効審判請求において主張された無 効理由とが異なる場合には、当該無効審判が特許庁 に係属した時から審決確定までの間に、無効の抗弁 に対抗するための訂正請求は、事実上、行うことが 困難となる。
このような訂正請求等ができない期間においては、
そもそも要件〔 1 〕の充足が不可能であるから、 ( a ) 当該期間中においては、訂正の再抗弁の主張は一切 できないと考えるのか、それとも、 ( b )当該期間中の 訂正の再抗弁について、要件〔 1 〕を不要とする( 場 合がある )と考えるのか、疑問が生じることになる。
ここで、 ( a )の考え方によれば、当該期間経過後 に、訂正請求等を行い、事実審の口頭弁論終結
5 )後 に訂正が確定した場合には、民事訴訟法 338 条 1 項 8 号に規定された再審事由に該当するものとして、
上告審で破棄判決を得られる余地が生じるものとい える
6 )。他方、 ( b )の考え方によれば、当該再審事 由に該当することを上告審において主張することは、
紛争解決の遅延をもたらすものとして、許されない とする結論が導かれやすくなる。
4)清水節「無効の抗弁と訂正の再抗弁の審理及び問題点について」パテ69巻3号87頁(2016)。なお、必要説、不要説の対比につき、辻本・
前掲注(2)3-6頁。
5)口頭弁論終結時は、既判力の基準時となる。すでに存在する攻撃防御方法については、口頭弁論終結時までに全て提出しておかなけれ ばならない(山本弘ほか『民事訴訟法[第 3 版]』271 頁〔山本〕(有斐閣 ,2018))。
6)ナイフの加工装置事件最高裁判決は、「本件については、民訴法 338 条 1 項 8 号所定の再審事由が存するものと解される余地があるという べきである」とする。田村善之「判批」WLJ 判例コラム 125 号(2018)7,8 頁は、侵害訴訟において特許権侵害を否定した確定判決に対し、
訂正審決の確定が民事訴訟法 338 条 1 項 8 号の再審事由に該当するか否かについて、否定的な立場をとる。
同号の再審事由に該当するとしても、上告理由に該当するのか、それとも該当しないが上告受理を申し立てることが可能と考えるの か、学説上の見解は分かれている(山本・前掲注(5)438,439 頁、三木ほか『民事訴訟法第 3 版』627-629,648,649 頁〔菱田〕(有斐閣 ,2018))。
7)特許法 104 条の 4 第 3 号 , 同法施行令 8 条は、侵害訴訟の終局判決の「確定後」に、訂正をすべき旨の決定又は審決であった場合について、
再審の訴えにおける主張を制限するものであり、本件のように、「確定前」の場合は規定されていないので、本件には直接適用されない。
3 判旨
本最高裁判決は、次のように判断し、X の上告を 棄却した。
「 2 所論は、本件の上告審係属中に本件訂正審決 が確定し、本件特許に係る特許請求の範囲が減縮さ れたことにより、原判決の基礎となった行政処分が 後の行政処分により変更されたものとして、民訴法 338 条 1 項 8 号に規定する再審事由があるといえるか ら、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな 法令の違反がある旨をいうものである。
3( 1 )特許権侵害訴訟において、その相手方は、
無効の抗弁を主張することができ、これに対して、
特許権者は、訂正の再抗弁を主張することができ る。特許法 104 条の 3 第 1 項の規定が、特許無効審 判手続による無効審決の確定を待つことを要せずに 無効の抗弁を主張することができるものとしている のは、特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権 侵害訴訟の手続内で迅速に解決することを図ったも のであると解される。そして、同条 2 項の規定が、
無効の抗弁が審理を不当に遅延させることを目的と して主張されたものと認められるときは、裁判所は これを却下することができるものとしているのは、
無効の抗弁について審理、判断することによって訴 訟遅延が生ずることを防ぐためであると解される。
以上の理は、訂正の再抗弁についても異ならないも のというべきである( 最高裁平成 18 年( 受 )第 1772 号同 20 年 4 月 24 日第一小法廷判決・民集 62 巻 5 号 基づく主張をすることは許されないとした上で、さ
らに、事実審の口頭弁論終結前に、訂正請求等がで きなかったという事情があったというだけでは、前 記特段の事情には当たらないとした。すなわち、侵 害訴訟において、特許権者は、たとえ実際の訂正請 求等ができない期間であったとしても、原則として、
事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張 しておかなければならない、ということになる。し たがって、本最高裁判決は、上記ナイフの加工装置 事件に比べ、紛争の早期解決を一層徹底させる内容 を含んだものと捉えることができる。
本最高裁判決は、紛争解決の遅延防止という点で は妥当であるように思われる。しかしながら、仮に、
無効の抗弁が採用されるか否かが微妙なケースにお いても、訂正の再抗弁を強いるとなれば、特許権者 を過酷な状況に追い込むケースが生じ得るかもしれ ない。本稿では、本最高裁判決後のいくつかの残さ れた問題について考えてみたい。
2 事案の概要
本件は、発明の名称を「 シートカッター 」とする 本件特許( 特許第 5374419 号 )の特許権者である X
( 上告人 )が、Y( 被上告人 )に対し、本件特許権に 基づき、工具の販売の差止め及び損害賠償等を求め た事案である。
本件の経緯は、以下の表 1 のとおりである。
寄稿3 訂正の再抗弁における訂正請求又は訂正審判請求の要否と訂正に係る主張の提出可能時期
表1 本件の経緯
侵害訴訟 審判
平成25年12月 訴え提起
※無効の抗弁 平成26年1月6日 無効審判請求
新規事項、サポート要件、明確性要件 ※新規事項、サポート要件、明確性要件
平成26年7月15日 請求不成立審決
〇審決取消訴訟提起 平成26年10月30日 一部認容判決
〇控訴提起
※無効の抗弁(新たな無効の抗弁)
乙13発明に基づく新規性欠如、進歩性欠如 平成27年11月2日 口頭弁論終結
平成27年12月16日 取消判決(自判:請求棄却) 平成27年12月16日 請求棄却判決 ※新たな無効の抗弁を採用 平成28年1月6日 訂正審判請求
〇上告受理申立て
平成28年10月4日 請求認容審決
※乙13発明に基づく進歩性肯定
めに現にこれらの請求をしている必要はないという べきであるから、これをもって、上告人が原審にお いて本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張す ることができなかったとはいえず、その他上告人に おいて訂正の再抗弁を主張しなかったことについて やむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわ れない。」
4 検討
(1)本件において訂正の再抗弁の提出は期待で きたのか
ア 共焦点分光分析事件
訂正の再抗弁の要件についての一般的な整理は、
上記 1 のとおりであるが、知財高判平成 26 年 9 月 17 日( 平 25( ネ )第 10090 号 )判時 2247 号 103 頁〔 共 焦点分光分析 〕は、要件〔 1 〕を欠く訂正の再抗弁の 主張が許される、例外的な場合があるとした。
(ア)共焦点分光分析事件の経緯
この事件の経緯は、次ページの表2のとおりである。
(イ)知財高裁判決の要旨
この知財高裁判決は、訂正の再抗弁について、以 下のように判断した( 太字及び下線は、 筆者によ る。)。
「 5 訂正の再抗弁について
( 1 ) ( 略 )
( 2 )訂正審判請求又は訂正請求の必要性につき ア 控訴人らの主張
控訴人らは、……( 略 )……訂正の再抗弁として、
当該訂正により原判決が認めた無効理由が解消する ことと、被告製品が訂正後の本件発明の各構成要件 を充足することを主張するが、訂正の再抗弁を主張 するに際して訂正審判請求又は訂正請求( 以下「 訂 正請求等 」という。)を行っている必要性はなく、訴 訟の当事者( 特許権者 )が訂正請求等を行いたくて も行えないような場合に訂正の再抗弁を認めないと すれば、当該当事者の権利を不当に害することにな ると主張する。そこで、以下検討する。
イ 訂正請求等の必要性について
特許権侵害訴訟において、被告による抗弁として 1262 頁参照 )。
また、特許法 104 条の 4 の規定が、特許権侵害訴 訟の終局判決が確定した後に同条 3 号所定の特許請 求の範囲の訂正をすべき旨の審決等( 以下、単に「 訂 正審決等 」という。)が確定したときは、当該訴訟の 当事者であった者は当該終局判決に対する再審の訴 えにおいて訂正審決等が確定したことを主張するこ とができないものとしているのは、上記のとおり、
特許権侵害訴訟においては、無効の抗弁に対して訂 正の再抗弁を主張することができるものとされてい ることを前提として、特許権の侵害に係る紛争を一 回的に解決することを図ったものであると解される。
そして、特許権侵害訴訟の終局判決の確定前で あっても、特許権者が、事実審の口頭弁論終結時ま でに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず、
その後に訂正審決等の確定を理由として事実審の判 断を争うことを許すことは、終局判決に対する再審 の訴えにおいて訂正審決等が確定したことを主張す ることを認める場合と同様に、事実審における審理 及び判断を全てやり直すことを認めるに等しいとい える。
そうすると、特許権者が、事実審の口頭弁論終結 時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわ らず、その後に訂正審決等が確定したことを理由に 事実審の判断を争うことは、訂正の再抗弁を主張し なかったことについてやむを得ないといえるだけの 特段の事情がない限り、特許権の侵害に係る紛争の 解決を不当に遅延させるものとして、特許法 104 条 の 3 及び 104 条の 4 の各規定の趣旨に照らして許さ れないものというべきである。」
「( 2 )これを本件についてみると、前記事実関係等に よれば、上告人は、原審の口頭弁論終結時までに、
原審において主張された本件無効の抗弁に対する訂 正の再抗弁を主張しなかったものである。そして、
上告人は、その時までに、本件無効の抗弁に係る無 効理由を解消するための訂正についての訂正審判の 請求又は訂正の請求をすることが法律上できなかっ たものである。しかしながら、それが、原審で新た に主張された本件無効の抗弁に係る無効理由とは別 の無効理由に係る別件審決に対する審決取消訴訟が 既に係属中であることから別件審決が確定していな かったためであるなどの前記 1( 5 )の事情の下では、
本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するた
寄稿3 訂正の再抗弁における訂正請求又は訂正審判請求の要否と訂正に係る主張の提出可能時期
方では無効事由を有する部分を除外したことによる 訴訟上の利益を得ながら、他方では当該無効事由を 有する部分を特許請求の範囲内のものとして権利行 使が可能な状態が存続する。
したがって、訂正の再抗弁の主張に際しては、実 際に適法な訂正請求等を行っていることが訴訟上必 要であり、訂正請求等が可能であるにもかかわらず、
これを実施しない当事者による訂正の再抗弁の主張 は、許されないものといわなければならない。なお、
無効の抗弁が、実際に無効審判請求をしなくても主 張できると解される一方で、訂正の再抗弁は、実際 に訂正審判等をする必要が求められるわけであるが、
これは、無効の抗弁が、客観的根拠を有する証拠等 に基づいて主張する必要があるのに対し、訂正の再 抗弁は、所定の要件さえ満たせば特許権者において 随意の範囲にて主張することが可能であることに由 来する相違であって、両者の扱いに不合理な差別が あるわけではない。
ただし、特許権者が訂正請求等を行おうとしても、
それが法律上困難である場合には、公平の観点から、
その事情を個別に考察して、訂正請求等の要否を決 すべきである。その理由は以下のとおりである。
ウ 例外となる背景事情
平成 23 年法律第 63 号による改正前の特許法( 以 下「 旧特許法 」という。)においては、特許無効審判 特許法 104 条の 3 に基づく権利行使の制限が主張さ
れ、その無効理由が認められるような場合であって も、訂正請求等により当該無効理由が回避できるこ とが確実に予想されるようなときには、 「 特許無効審 判により無効とされるべきものと認められる 」とはい えないから、当該無効の抗弁の成立は否定されるべ きものである。そして、無効理由の回避が確実に予 測されるためには、その前提として、当事者間にお いて訴訟上の攻撃防御の対象となる訂正後の特許請 求の範囲の記載が一義的に明確になることが重要で あるから、訂正の再抗弁の主張に際しても、原則と して、実際に適法な訂正請求等を行っていることが 必要と解される。
仮に、訂正の抗弁を提出するに当たって訂正審判 等を行うことを不要とすれば、以下のような弊害が 生じることが予想される。すなわち、 〈 1 〉当該訂正 が当該訴訟限りの相対的・個別的なものとなり、訴 訟の被告ごとに又は被疑侵害品等ごとに訂正内容を 変えることも可能となりかねず、法的関係を複雑化 させ、当事者の予測可能性も害する。 〈 2 〉訂正審判 等が行われずに無効の抗弁に対する再抗弁の成立を 認めた場合には、訴訟上主張された訂正内容が将来 的に実際になされる制度的保障がないことから、対 世的には従前の訂正前の特許請求の範囲の記載のま まの特許権が存在することになり、特許権者は、一
表2 共焦点分光分析事件の経緯
侵害訴訟 審判
平成22年11月16日 訴え提起 平成23年12月22日 無効の抗弁 ※乙16発明に基づく進歩性欠如
平成24年7月3日 訂正審判請求 平成24年9月11日 請求成立審決 ※乙16発明に基づく進歩性肯定 =訂正①確定
平成24年9月18日 訂正①を主張 平成24年11月5日 無効審判請求 平成25年7月2日 請求不成立審決 ※乙16発明に基づく進歩性肯定 =予告審決による訂正の機会なし
○審決取消訴訟の提起 平成25年8月30日 請求棄却判決
※無効の抗弁を採用
○控訴提起
訂正の再抗弁(訂正②) ←実際の訂正請求等なし
平成26年9月17日 控訴棄却判決 平成26年9月17日 請求認容判決
※訂正の再抗弁を排斥
要件を欠く訂正の再抗弁の主張も許されるものと解 すべきである。
そこで、上記特段の事情について具体的に検討する。
エ 本件における具体的事情 a ( 略 )
b 以上の経緯によれば、現時点において、知的 財産高等裁判所に上記審決取消訴訟が係属中である 以上、特許権者である控訴人レニショウは、訂正審 判請求及び訂正請求をすることはできない( 特許法 126 条 2 項。同法 134 条の 2 第 1 項参照。)。
しかしながら、控訴人らが、当審において新たな 訂正の再抗弁を行って無効理由を解消しようとす る、乙 16 発明に基づく進歩性欠如を理由とする無 効理由は、既に原審係属中の平成 23 年 12 月 22 日に 行われたものであり、その後、控訴人レニショウは、
平成 24 年 7 月 3 日に本件訂正審判請求を行ってその 認容審決を受けている。また、被控訴人が平成 24 年 11 月 5 日に乙 16 発明に基づく進歩性欠如を無効 理由とする無効審判請求を行っていることから、控 訴人レニショウは、その審判手続内で訂正請求を行 うことが可能であった。さらに、新たな訂正の再抗 弁の訂正内容を検討すると、本件発明である共焦点 分光分析装置として通常有する機能の一部を更に具 体的に記載したものであって、控訴審に至るまで当 該訂正をすることが困難であったような事情はうか がわれない。
すなわち、控訴人レニショウは、乙 16 発明に基づ く無効理由に対抗する訂正の再抗弁を主張するに際 し、これに対応した訂正請求又は訂正審判請求を行 うことが可能であったにもかかわらず、この機会を 自ら利用せず、控訴審において新たな訂正の再抗弁 を主張するに至ったものと認められる。
そうすると、控訴人レニショウが現時点において 訂正審判請求及び訂正請求をすることができないと しても、これは自らの責任に基づくものといわざる を得ず、訂正の再抗弁を主張するに際し、適法な訂 正請求等を行っているという要件を不要とすべき特 段の事情は認められない。
したがって、控訴人らの新たな訂正の再抗弁の主 張は、その余の点について検討するまでもなく、失 当というべきである。
6 総まとめ
以上の次第で、その余の点について判断するまで が特許庁に係属している場合、当該無効審判に係る
審決取消訴訟を提起した日から起算して 90 日の期 間内に限り、訂正審判請求ができるとし( 旧特許法 126 条 2 項 )、裁判所は、当該訂正に係る特許を無 効審判において審理させることが相当であると認め るときには、事件を審判官に差し戻すことができる と定めていた( 旧特許法 181 条 2 項 )。これらの規定 は、裁判所から特許庁への柔軟な差戻しを認めると ともに、特許権者において、当該審決に示された判 断を踏まえて合理的な期間内に無効理由を回避する 訂正をし、特許庁において、改めて訂正後の特許の 有効性を判断することにより、特許発明の保護を図 るという利点をもたらす一方で、特許権者が訂正審 判請求を繰り返すことにより、審理又は審決の確定 が遅延するという問題点を有していた。そこで、平 成 23 年法律第 63 号による改正後の特許法( 以下「 新 特許法 」という。)は、審決取消訴訟提起後の訂正審 判請求を禁止し( 旧特許法 181 条 2 項の削除、新特 許法 126 条 2 項 )、併せて、無効審判手続における 審決予告制度( 新特許法 164 条の 2 第 2 項 )を導入 し、特許権者において、無効審判請求に理由がある とする予告審決を踏まえて訂正請求をすることを可 能とした( 新特許法 134 条の 2 第 1 項、164 条の 2 第 2 項 )。
したがって、新特許法下においては、裁判所に審 決取消訴訟に提訴され、これが係属している間、審 理の迅速かつ効率的な運営のために、特許権者が訂 正請求等を行うことは困難となったものである。
また、旧特許法下においても、 例えば、特許権侵 害訴訟において被告が無効の抗弁を主張するととも に、同内容の無効審判請求を行った後に、被告が、
新たな無効理由に基づく無効の抗弁を当該侵害訴訟 で主張することが許され、その無効理由については 無効審判請求を提起しないような例外的な場合は、
既存の無効審判請求について訂正請求が許されない 期間内であれば、特許権者において、新たな無効理 由に対応した訂正請求等を行う余地はないことにな る ( 新特許法下においても同様である。)。
以上のような法改正経緯及び例外的事情を考慮す
ると、特許権者による訂正請求等が法律上困難であ
る場合には、公平の観点から、その事情を個別に考
察し、適法な訂正請求等を行っているとの要件を不
要とすべき特段の事情が認められるときには、当該
寄稿3 訂正の再抗弁における訂正請求又は訂正審判請求の要否と訂正に係る主張の提出可能時期 においてなされなかった理由としては、本件控訴審 で提出された乙 13 発明に基づく無効の抗弁( 特許法 29 条 1 項 3 号違反( 新規性欠如 ))について、容れら れないだろうと特許権者が判断した可能性が考えら れる。
そこで、本件の控訴審判決( 知財高判平成 27 年 12 月 16 日( 平 26( ネ )第 10124 号 )裁判所ウェブサ イト )における、当該無効の抗弁についての判断を 詳細に見ていきたい。
(ア)本件特許発明
本件特許発明( 本件特許の特許請求の範囲の請求 項 1 に係る発明 )は、分説すると、以下のとおりで ある( 本件の第一審判決( 東京地判平成 26 年 10 月 30 日( 平 25( ワ )第 32665 号 )裁判所ウェブサイト ) における分説に従った。)
11 )。
A 第 1 の刃と、
B 第 2 の刃と、
C 前記第 1 の刃と前記第 2 の刃を設けた本体と、
D 前記本体と可動的に接続されたガイド板とを 有し、
E 前記本体が前記ガイド板に対して動くことに もなく、控訴人らは、被控訴人に対し、本件発明 7
〜本件発明 10 及び本件発明 13 に係る特許権を行使 することができない( 特許法 104 条の 3 第 1 項 )。」
8 )(ウ)本件と共焦点分光分析事件との時間的先後 共焦点分光分析事件の知財高裁判決は、上記太字 部分の例などを述べた上で、要件〔 1 〕を欠く訂正の 再抗弁の主張が許される、例外的な場合があるとし ている
9 )。そして、上記太字部分は、まさに、本件
( シートカッター事件 )と同様の状況を挙げている。
しかも、この判決の言渡日は、本件の一審判決の 直前であるから、特許権者側は、この判決を参考に して、控訴審での攻防に臨めたのではないかと推察 される。この判決によれば、本件は、例外的に、要 件〔 1 〕を欠く訂正の再抗弁を提出することが可能な 事案であった可能性が高い。しかしながら、結果と して、この判決は、本件特許権者に対し、要件〔 1 〕 を欠く訂正の再抗弁の提出を促す、という影響を与 えるに至らなかった
10 )。
イ 本件の控訴審における無効の抗弁についての判断 要件〔 1 〕を欠く訂正の再抗弁の提出が本件控訴審
8)無効審判において乙16発明に基づく進歩性が争点となっているから、形式的にみれば、無効審判の答弁書提出期間において、訂正②を 内容とする訂正請求を行う機会はあったといえる。しかし、訂正審判、無効審判においては、乙16発明に基づく進歩性が肯定されてい たが、侵害訴訟においては、これが否定された。そうであるならば、訂正②を内容とする訂正請求は、事実上、行えなかったとも考えら れ、この判決における「特段の事情」があったと評価することも可能であったのかもしれない。東崎賢治=中野智仁「(共焦点分光分析事 件知財高判)判批」知財研フォーラム100号39頁(2015)は、本事案において、「訂正請求等を行うことができる最後の機会は、無効審判 における答弁書の提出期間」であることから、本判決は、「特許権者からみると、早いタイミングでの訂正請求を迫られる点において厳し い考え方」であるとする。また、三村淳一「(共焦点分光分析事件知財高判)判批」判時2274号173頁(2015)も、「本件の様に行政と司法 で特許の有効性が分かれるような場合、訂正できる機会には思い切った訂正(誰が判断しても特許性が有する)を行わなければならなく なる。これでは、権利者の適正な保護に欠けると言わざるを得ない」とする。
9)高林龍「判批」年報知的財産法 2017-2018(日本評論社 ,2017)31 頁は、共焦点分光分析事件知財高裁判決と本件最高裁判決との関係に ついて、前者が「訂正請求等の手続を減ることなく訂正の再抗弁を主張することを認めるべき特段の事情があるか否かを問うているの に対し」て、後者は「事実審において訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえる特段の事情があるか否かを問 うているのであって、主従が逆転している」と分析する。
10)鈴木將文「判批」平成 29 年度重判解 275 頁は、「共焦点分光分析事件知財高裁判決が、正に本件のような事情の下では訂正請求等を行わ ずに訂正の再抗弁を主張できる『特段の事情』を認める旨の判断をしていたことから、X に訂正の再抗弁を期待しても酷とはいえない と思われる」とする。
他方、愛知靖之「判批」L & T80 巻(2018)75,77 頁は、「共焦点分光分析事件の判決が出た直後でその評価も定まらない時点で、この 判決に依拠して控訴審段階で訂正の再抗弁を提出することを怠ったのが紛争解決の不当遅延にあたるとの評価を下すには、やはりもう 少し慎重な判断が必要ではなかったと思われる」とする。また、田村・前掲注(6)12,13 頁も、共焦点分光分析事件が登場したばかりで あり、訂正請求等を不要とする場合があることを認める「法理の帰趨や要件論も定めっていない原審の段階で原告に訂正の再抗弁をな しておくことを要求するのは、難きを強いるものであるように思われる」と述べ、「本件限りの特殊事情を指摘して例外的に『やむを得 ない』特段の事情があるとして原告を救済する判断をなすことも選択肢の一つ」であったのではないかと指摘する。
11)なお、被告製品の構成は、本件第一審判決の認定によれば、以下のとおりである。
「a〜c刃 1 及び刃 2 が留め具 4 及び留め具 5 によって本体 3(回転板)に固定されている。
d本体 3 は 3 か所の接続部 7 を介してガイド板 6(固定板)に接続されている。接続部 7 は、本体 3 に設けた円弧状の溝に、ガイド板 6 に 設けた突起部を摺動可能に嵌合したものであり、本体 3 に対してガイド板 6 は上記溝の範囲で左右に円弧状に動くことができる。
e ガイド板 6 をシートに当接して固定し、本体 3 をガイド板 6 に対し左又は右に円弧状に動かすと、ガイド板 6 によって刃先が隠され ていた刃 1 又は刃 2 がガイド板 6 から外へ出てくる。この状態で被告製品をガイド板 6 に沿って左右に動かすと、シートを切断すること ができる。
fシートカッターである。」