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おとり捜査に対する抗弁についての米国裁判例の動向(三・完) : 罠の抗弁とデュー・プロセス 利用統計を見る

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(1)

おとり捜査に対する抗弁についての米国裁判例の動

向(三・完) : 罠の抗弁とデュー・プロセス

著者名(日)

宮木 康博

雑誌名

東洋法学

54

1

ページ

111-160

発行年

2010-07-30

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00000769/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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︽論 説︾

おとり捜査に対する抗弁についての米国裁判例の動向︵三 完︶

ー罠の抗弁とデユー・プロセスー

東洋法学 第54巻第1号(2010年7月)   ω 罠の抗弁   ㈲ 罠の抗弁の範囲   ω ソレルス事件判決︵一九三三︶   ω シャーマン事件判決︵一九五八︶    生成期   ω ラッセル事件判決︵一九七三︶  2 罠の抗弁の多様化とデュi・プロセスの抗弁  1 罠の抗弁の生成期

三判例の動向

 2 罠の抗弁とその範囲  1 犯罪の奨励︵誘い︶ 二 犯罪の奨励︵誘い︶と罠の抗弁 一 は じ め に 4         3    (4)(3)(2)(1) (3)(2)    主    張    の 四 お(4)(3)(2)(1

宮 木

康 博

 ハンプトン事件判決︵一九七六︶⋮⋮︵以上五二巻二号︶  デュi・プロセスの抗弁︵主張︶の法的基盤 デュi・プロセスの抗弁︵主張︶の展開期  ラッセル・ハンプトン両事件判決以降の動向  巡回区控訴裁判所判決をめぐる議論状況  抗弁︵主張︶の有効性に関する二つの潮流  抗弁︵主張︶の適用状況   ⋮⋮︵以上五三巻三号︶ 罠の抗弁の確立期  ジェイコブソン事件判決︵一九九二︶  ジェイコブソン事件判決以降の動向  巡回区控訴裁判所判決をめぐる議論状況  ハイブリッド・アプロ!チの採用  わ り に 111

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 4 罠の抗弁の確立期  ω ジェイコブソン事件判決︵一九九二︶  一九七三年のラッセル事件判決以降、罠の抗弁に加えて、デュー・プロセスの抗弁︵主張︶が提起されるに至っ た。こうした展開は、連邦最高裁が一九三二年のソレルス事件判決以来、一貫して主観説を採用してきたことに関 連して、罠の抗弁とは別の観点から、犯罪を訴追する政府の権限と行き過ぎた政府の行為から保護されるべき権利 とを訴訟の場で適正に調整する試みが模索されたことが背景にあると捉えることができるように思われる。もっと も、連邦最高裁の内部では、その間も罠の抗弁をめぐって主観説と客観説の対立は継続していた。        ︵1V  このような状況下において、連邦最高裁は、一九八八年のマシューズ︵ζ9冨語︶事件判決で再び罠の抗弁を取 り扱う機会が訪れたが、本判決は、被告人がコ貫性のない抗弁︵誉・琶総耳号δ匿①ω︶﹂を主張することができ        ︵2︶ るか否かに焦点をあてたものであり、それに関連する範囲で主観説と客観説の対立がみられるにとどまる事案で あったQ  四年後の一九九二年、ソレルス事件判決以来展開されてきた判断基準をめぐる対立の一つの区切りとの評価が可 能なジェイコブソン︵冒8富8︶事件判決が下された。本判決は、連邦最高裁において客観説をとる見解が姿を消 したことに加え、主観説の判断基準である事前傾向に関して新たな議論が生じる契機となった点で注目を集めるこ ととなった。 ︻事実概要と訴訟経過︼ 一九八七年九月二四日、 ジェイコブソンは、﹁わいせつな行為に関与している未成年者の視覚的描写﹂であるこ 112

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) とを認識して郵便で受け取ることを犯罪とする一九八四年の児童保護法︵9ま国9①&8>亀に違反したとして       ︵3︶ 起訴された。事案は次の通りである。  ジェイコブソンは、ネブラスカ州で農業を営んでいたが、一九八四年二月に二冊の雑誌とパンフレットをカリ フォルニア州のアダルト書店に注文した。雑誌には、チャイルド・ポルノが掲載されており、コ八歳以上の若い 男性﹂の写真を受け取ると思っていたジェイコブソンを驚かせたが、掲載内容には性的行為に関与するものがな かったことから、当時の連邦法、ネブラスカ州法のいずれにおいても合法であった。その後、児童ポルノに関する 法律が改正され、子どものわいせつな描写を郵便で受け取ることが違法となった。新法が施行された月に、郵政監 察官は、カリフォルニア州の書店の郵便リストの中にジェイコブソンの名前を見つけた。これを契機として、ジェ イコブソンの新法を犯す意欲を調査するプロジェクトが開始された。  プロジェクトは、一九八五年一月に郵政監察官が架空団体からジェイコブソンに手紙を送ることから始められ た。手紙には会員申請書が同封されており、協会の主張が﹁︵会員は、︶望むものを読む権利、我々の理念を共有す る人々と同様の関心について議論する権利、そして最後に、我々は時代遅れの清教徒の道徳によって制限をかけら れることなく快楽を求める権利を有する﹂と述べられていた。ジェイコブソンは協会に入会し、プレティーンの性 行為に興味はあるが、小児性愛には反対である旨を示したアンケートを返送した。  しばらくの問、被告人との接触はなかったが、郵政公社の禁止郵便の専門家がジェイコブソンの名前をファイル で見つけ、一九八六年五月、二つ目の架空団体が勧誘書を送った︵手紙には、内容の対象が未成年者か若い成年のど ちらなのかは説明されていなかった︶。この手紙に対し、ジェイコブソンは、もっと多くの情報を提供してくれるよ う求めたほか、自身の名前を秘密にするよう要請した。 113

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 その後、ジェイコブソンは、さらに別の架空団体から連絡を受けた。この団体は、性的自由と選択の自由を保 護・促進するために設立された団体であることを標榜し、﹁我々は恣意的に課されているあなたの性的自由を制限 している法律による制裁は立法により廃止されるべきであると考えている﹂と宣言していた。同封されたアンケー トに対し、ジェイコブソンは、﹁プレティーンの性行為−同性愛﹂への興味は平均以上だが高くはないとした。ま た、別の質問に対して、﹁性的表現だけでなく、報道の自由も攻撃を受けている。我々は、自由を縮小しようとし ている⋮⋮者に対して反撃できるよう常に気を配っていなければならない﹂と返答した。  これに対して、この団体は、自身を﹁強姦などの暴力的な行動に関連する以外の性的行動を規制するすべての 法﹂を廃止することを求めるロビー団体と表現するとともに、﹁法定された同意年齢を撤廃するためのロビー活動 を行っている﹂と返答した。また、これらのロビー活動は、カタログ販売が資金源であると説明したほか、アン ケートに類似の回答をした人のマッチング結果も提供した。ジェイコブソンは何らのやり取りも開始しなかった       ︵4︶ が、禁止郵便の専門家は、ジェイコブソンに手紙を書き始めた。手紙のやりとりの中で、ジェイコブソンは、コ○ 代の後半から二〇代の前半の男性﹂のポルノに関心があるとしたが、児童ポルノについては何らの言及もしておら ず、二通の手紙を書いた後にやり取りをやめた。  ここで、税関が児童ポルノに対するおとり捜査である﹁国境作戦︵○冨韓一8ω・巳①島器︶﹂の対象にジェイコブ ソンを加えた。税関は、架空のカナダの企業名を使い、ジェイコブソンに若い男の子の性行為の写真を宣伝するカ タログを郵送した。ジェイコブソンは注文したが、雑誌が送られてくることはなかった。他方で、郵政公社もま た、ジェイコブソンに手紙を書いた。手紙は次のように始まった。  ﹁多くの皆さんがご存知のように、ポルノグラフィーが国境を越えて入ってくるのを食い止めるためにどうすべ 114

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) きかについて多くのヒステリックな戯言が米国のメデイアに掲載されています。この短い手紙では、多くを語るこ とはできませんが、なぜ政府は、あなたの国を世界で最も犯罪が多発する国にしている何トンもの麻薬が簡単にす り抜けているのに、国際的な検閲を実行するために何百万ドルも費やしているのでしょうか。﹂ 手紙は次のように続く。  ﹁我々は、詮索好きな米国関税局の目があなたの郵便物を没収することなく、これらをあなたに届ける方法を編 み出しました。⋮⋮米国のソリシタに相談したところ、商品の⋮⋮投函後は、裁判官の許可なくしてはいかなる検 査のためにも開封することができないとのアドバイスを受けました。﹂  手紙は、ジェイコブソンに対し、詳細を問い合わせるよう誘い、彼は応じた。カタログが送付され、ジェイコブ ソンは、若い男の子の性的行為を描写するポルノ雑誌を注文した。ジェイコブソンは、コントロールド・デリバ リーの後に逮捕された。  なお、ジェイコブソンの家で発見されたのは、政府が送付した雑誌と一九八四年児童保護法制定以前に購入して いた雑誌、さらには、政府が彼に送付した物のみで、それ以外に、彼が児童ポルノを収集していたり、積極的に興 味を持っていたことを示す物は見つからなかった。  以上の事実関係に対し、ジェイコブソンは、逮捕されるまでの二六ヶ月に渡る一連のやり取りを通して、政府が 犯罪を行うよう罠にかけたと抗弁した。第一審は、陪審に罠の抗弁について教示し、ジェイコブソンは有罪判決を 受けた。第八巡回区控訴裁判所は、郵政公社は、事前傾向を有する被告人に違法な児童ポルノを購入する機会を提 供したに過ぎず、﹁ジェイコブソンは法律の問題として罠にあっていない﹂として罠の抗弁の主張を退けて控訴を    ︵5︶ 棄却した。これに対し、ジェイコブソンが上告した。 115

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 ︻法廷意 見︼

 ホワイト︵≦耳Φ︶判事が最高裁の意見を述べた。  法を執行する熱意から、政府は、犯罪意図を創出したり、無実の人に犯罪行為を行う事前傾向を植え付け、政府 が訴追できるよう犯罪の実行を誘引してはならない。本件でそうであったように、政府が法を犯すよう個人を誘引 し、罠の抗弁が問題となっている場合、検察は政府の捜査官が被告人に最初に接触する以前から犯罪行為を行う事        ︵6︶ 前傾向をもっていたことを合理的な疑いを超えて証明しなければならない。  したがって、本件においても、捜査官がジェイコブソンに対して単に郵便で児童ポルノを購入する機会を与えた        ︵7︶ に過ぎず、彼が即座にこの機会を利用したのであれば、罠の抗弁は陪審への教示を必要としなかったであろう。し かし、本件で起きたのはそのようなものではない。ジェイコブソンが最終的に注文した時点では、彼はすでに 二六ヶ月もの間、繰り返し行われた政府職員および架空の団体からの郵便とコミュニケーションの対象とされてい た。したがって、彼は一九八七年五月までには法を破る事前傾向を有するようになっていたが、この事前傾向が独 立したものであり、政府が一九八五年一月から申立人に向けてきた注目の結果ではないことを政府は証明してい  ︵8︶ ない。  検察の事前傾向に関する証拠は二種類に分かれる。郵政公社の郵便による作戦活動以前に明らかになった証拠 と、捜査の過程で明らかになった証拠である。唯一の捜査以前の証拠は、ジェイコブソンによる一九八四年の雑誌 、.浮おω○鴇、、の注文・受領である。しかし、これは、ジェイコブソンがその犯罪的性質を知っていると推定される 違法な行為を行う事前傾向の証拠になったとしても非常にわずかなものである。これは、ジェイコブソンの性的趣 向に合った性的描写の写真を見る事前傾向を示すかもしれない。しかし、単に犯罪ではない広範な一般的行動性向 116

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月)        ︵9V を示す証拠は、事前傾向を立証する証明力はほとんどない。  また、ジェイコブソンは、これらの雑誌を受け取った時点では合法的に行動していた。以前は合法であったこと を行うという事前傾向の証拠は、それ自体では現在は違法である行為をする事前傾向を示すのに十分ではない。な ぜなら、多くの人は、それに賛成しない場合でも法に従うという共通の理解があるからである。したがって、ジェ イコブソンが雑誌.、田おω・器..を合法的に注文・受領したという事実は、彼が犯罪的な行為を行う事前傾向を有し ていたことを立証する政府の責任を果たす上でほとんど役に立たない。雑誌が未成年者を描写しているとは届くま        ︵10︶ で知らなかったというというジェイコブソンの証言に鑑みると、特にそういえる。  捜査の過程で収集された検察の証拠もまた、政府の責任を果たすのに失敗している。犯罪を犯す以前に行われた やり取りにおけるジェイコブソンの反応は、プレティーンの性行為の写真を見る事前傾向とロビー団体を支持する ことによって与えられた命題を推進することへの意欲を含む特定の個人的な傾向を示唆するに過ぎない程度のもの であった。ジェイコブソンの反応は、彼が郵便によって児童ポルノを受け取る犯罪を行うという推論を裏付けるも       ︵n︶ のでは到底ない。  他方で、説得力があるのは、個人の権利の旗を振り、わいせつな商品の入手制限の正当性と合憲性を軽んじるこ とにより、政府は、違法なわいせつ商品へのジェイコブソンの興味を刺激したのみならず、彼に検閲と個人の権利        ︵12︶ の侵害に対する戦いの一部として商品を入手し、閲覧するための相当なプレッシャーを与えたという推論である。 これらの勧誘に対してジェイコブソンが即座に反応したことは、郵便で児童ポルノを受け取るという犯罪を行う事 前傾向を作り出すことを意図した政府の活動以前に彼には事前傾向があったことを合理的な疑いを超えて立証する のに十分ではない。ジェイコブソンにこの犯罪を行う用意と意欲があったという証拠は、彼には法で禁止されてい 117

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る行為に関与する権利がある、あるいは、あるべきであると説得するのに政府が二年半をかけた後にのみ出てき た。陪審は、政府の捜査以前にジェイコブソンには事前傾向があり、それが政府の複数回にわたる接触と独立して 存在したことを合理的な疑いを超えて立証することができなかった。シャーマン事件で説明されたように、法律の 問題として罠の評決が下される場合、﹁政府は、無実の当事者の弱さを利用して、さもなければ彼が試みなかった        ︵13︶︵14︶ であろう犯罪を行うよう騙︹してはならない︺。﹂       ︵15︶  彼らが﹁無実の人に当該犯行を行う事前傾向を植えつけ、訴追するためにその実行を誘引する場合﹂、法執行官 は限度を超えている。政府による有罪判決の探求が、放っておかれれば法に抵触することが決してなかったであろ        ︵16︶ う、さもなければ法を守る市民の逮捕︵8賓魯Φ塗8︶につながる場合、裁判所は介入するべきである。  以上の検討を踏まえて、政府は、﹁不注意な無実の人﹂と﹁不注意な犯罪者﹂に対する罠との間の一線を越え、 法律の問題として、ジェイコブソンには逮捕された犯罪を行う事前傾向が︵捜査機関等による働きかけとは︶独立し        ︵17︶ てあったことを立証することに失敗したとして破棄した。

 ︻反対意 見︼

      ︵18︶  法廷意見に対しては、ケネディー︵内①目①身︶判事が同意し、スカリァ︵ω邑邑判事が一部を除いて同意するオ コナー︵qO・9&主席判事による反対意見が付された。  ジェイコブソンは、郵便で児童ポルノを購入するたった二回の機会を与えられただけであった。いずれの機会に おいても彼は注文した。また、いずれの機会においても彼はさらなる購入の機会を求めた。彼には、誘導、脅し、 または説得する政府職員は必要ではなかった。誰も彼の同情や友情を利用したり、彼の犯行が命題を推進すること 118

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東洋法学第54巻第1号(2010年7月) につながるとは暗示しなかった。実際、政府職員は誰も直接に接触すらしなかった。検察は、ジェイコブソンが犯 罪を行う機会へ反応した際の熱意を根拠として、陪審は、彼には犯罪を行う事前傾向があったと合理的な疑いを超       ︵19︶ えて推論することができると主張しているが、私は同意する。  政府が初めてジェイコブソンに違法な商品のカタログを送付した際、彼は、、、蜜2轟ぎ器ぎω震8ぎp皆⇒..の写 真セットを注文した。彼は注文に次のようなメモを同封した。﹁私はそちらのカタログを受け取り、注文すること        ︵20︶ にしました。もしそちらの商品が気に入れば、後日、追加注文をします。﹂  政府が二度目の違法な商品のカタログを送付した際、ジェイコブソンは、﹁二歳と一四歳の男の子が⋮⋮。も し男の子が好きであれば、あなたは大いに楽しむでしょう。﹂と説明された雑誌、、切○協名ぎ8く①窪窃..を注文し た。注文と一緒に、ジェイコブソンは﹁他の商品も後日注文します。あなたと自分を守るために、慎重にしたいで       ︵21︶ す。﹂とのメモを送付した。  政府職員は、ジェイコブソンに直ちに児童ポルノを購入する機会を提示しなかった。⋮⋮彼らはまず初めに、 ジェイコブソンがそのテーマに興味があることを確かめるためにアンケートを送付した。⋮⋮ジェイコブソン.のア       ︵22︶ ンケートヘの反応は、調査者に彼がプレティーンの性行為写真に興味があると考える根拠を与えた。  法廷意見はその時点でジェイコブソンが犯罪を行う事前傾向を有していたことは認めているが、カタログヘの ジェイコブソンの反応により、事前傾向があったと陪審は合理的な疑いを超えて評決を下すことができなかったと 結論付けた。ジェイコブソンの犯行時の事前傾向が﹁独立しており、ジェイコブソンに向けられた政府の注目の結 果ではないという﹂証拠を提示することに政府は失敗したとしている。そのように判断する上で、法廷意見は証拠 による陪審の推論の合理性を認めておらず、事前傾向を再定義しており、おとり捜査は被疑者に接触する前に違法 119

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行為の合理的な嫌疑︵お器・墨幕ω5冨一8︶を有していなければならないという新しい要請を導入していると私は   ︵23︶ 考える。  最高裁は、以前、被告人の事前傾向は、政府の捜査官が最初に関与し始めた時ではなく、政府が最初に犯罪を提       ︵24︶ 案した時点で判断されると判示した。法律の問題として、罠と判断されたシャーマン事件においてさえも、政府の 職員は繰り返し被告人に麻薬を買うよう誘引したが上手くいかず、最終的には被告人の同情を利用することによっ てのみ成功した。最高裁は、被告人との最初の接触に基づいてではなく、政府による犯罪を誘引するための多くの        ︵25︶ 失敗した試みを根拠に、事前傾向はなかったと判断した。  本日、法廷意見は、犯罪の実行を誘引する政府の行為以前であったとしても、政府の行為は犯罪を行う事前傾向 を作り出したと考えることができると判示した。私の考えでは、この判断は罠の理論を変更することになる。一般 的には、審理は、政府が彼との最初の接触を行う前ではなく、政府が犯罪の実行を誘引する前に被疑者が事前傾向 を有していたか否かである。政府のアンケートと手紙が誘引を立証するのに十分ではなかったことについては争い はない。それらは、ジェイコブソンが違法行為に関与すべきであると示唆すらしなかった。もし政府がしたことが これらを送るだけであったのであれば、ジェイコブソンの罠の抗弁は失敗することになる。しかし、法廷意見は、 政府は、犯罪を行う機会が発生した前だけでなく、政府が現れる前にも被疑者が犯罪を行う事前傾向を有していた        ︵26︶ ことを証明しなければならないと判示している。  政府の最初の接触が事前傾向を作り出すことができるという基準は、犯罪捜査官のみならず、下級審において も、政府は被告人に接触すらする前に彼の事前傾向について十分な証拠をもっていることを要求していると誤って 解釈される可能性がある。法廷意見は、間違いなくそのような要請を課すことを意図することはできないだろう。 120

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) なぜなら、それは、我々が課したことのない条件、すなわち、捜査を開始する前に政府が犯罪行為の合理的な嫌疑 をもっていなければならないことを意味するからである。法廷意見は、この新しい基準が一般的なおとり捜査に影 響することを否定しており、その通りであることを望む。それでもなお、本件以降、すべての被告人は、犯罪を誘 引する前に政府の捜査官がした何らかの行動がそれ以前には存在しなかった事前傾向を作り出したと主張するであ ろう。例えば、賄賂を受け取った者は、得られる金銭の額の説明がとても魅力的であったため、それがその後に提 示された賄賂を受け取る傾向を植えつけたと主張するであろう。麻薬の購入者は、麻薬の純度および効能の説明が 非常に魅惑的であったため、その説明が初めて麻薬を試してみる衝動を作り出したと主張するであろう。つまり、 法廷意見は、被疑者に事前傾向を作り出すことをおそれ、おとり捜査の一環として政府が犯罪行為の誘惑を伝える ことを禁止していると読むことが可能なのである。そのような制限は、とりわけ、実際のポルノグラフイーの提供 者が行う宣伝を真似て実施するおとり捜査を妨げる可能性が高い。法廷意見は、⋮⋮そのような広い定理を支持し ていないと間違いなく反論するだろうが、これらのシナリオを区別する主要な根拠が明らかに欠如していること       ︵27︶ は、本日法廷意見が採用したより制限的な基準の欠点を浮き彫りにする。  法廷意見の基準は、単に犯罪自体の誘惑を強調する政府の行為と他の何らかの義務︵︹社会的︺責任︶を満たすた めに犯罪を行うよう被疑者を脅し、強制し、または導く政府の行為とを区別しないため、なおさら厄介である。例       ︵28︶ えば、ソレルス事件では、政府の捜査官は被告人に﹁昔の戦争仲間は他の仲間に酒を与えるものだ﹂という理由に 基づいて同意するよう誘引し、繰り返し違法な酒を頼んだ。シャーマン事件では、﹁政府の捜査官は、麻薬の禁断 症状にあるフリをし、麻薬を買うのを助けることにより苦しみを和らげてくれるよう被告人に懇願し、同情を利 ︵29V︵30︶ 用した。﹂ 121

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 本件における政府の行為は比較できるものではない。法廷意見は、政府が﹁検閲と個人の権利の侵害に対する戦 いの一環としてそのような商品を入手し、読むよう被告人に多大なプレッシャーを与えた﹂と主張するが、そのよ うな﹁多大なプレッシャー﹂の証拠は記録には見当たらない。みつけることができるのは、せいぜい簡単に無視し たり捨てることのできるようなわいせつ法︵・ぴω。①耳≦署ω︶をなくす法的措置を支持する手紙である。政府はどこ にも違法な商品の販売利益が法改正を支持するために使われるとは示唆していない。ジェイコブソンの﹁いろいろ な騒ぎやヒステリア﹂がどんなものかをみたいという興味は確かにいくつかの解釈が可能である。そして、その解 釈の義務を負っているのは陪審である。つまり、法廷意見は、政府にとって最も有利に証拠を解釈することを怠 り、政府の有利にすべての合理的な推論を導くことを怠った。証拠から他の推論が可能であったとしても、ジェイ        ︵3 1︶ コブソンが合理的な疑いを超えて事前傾向を有していたと陪審が推論するのは疑いなく合理的であったであろう。  法廷意見における二つ目の不可解な点は、事前傾向の再定義である。法廷意見は、﹁最終的な犯罪行為の前の 数々のコミュニケーションに対するジェイコブソンの反応は、プレティーンの性行為写真を見る事前傾向を含む特 定の個人的な傾向を示している﹂と認めている。もしそうであれば、これで問題は解決したはずである。ジェイコ ブソンは、違法な行為に関与する事前傾向を有していたのである。それにもかかわらず、法廷意見は、﹁ジェイコ ブソンの反応は、彼が郵便で児童ポルノを受け取るという犯罪を行うという推論を支えることは到底できない﹂と       ︵3 2︶ 結論付けている。  法廷意見は、事前傾向を証明する義務に新しい何かを追加したように見受けられる。政府は、被告人が違法な行 為1つまりここでは性行為に関わっている未成年の写真の受領であるがーに関与する事前傾向を有していたことの みならず、被告人がそのために知りながら法に違反する事前傾向を有していたことを示さなければならないのであ 122

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東洋法学第54巻第1号(2010年7月) る。しかし、ここで破られた法は、法に違反する特定の故意︵意図︶についての証拠を要求していない。卑狼な行 為に関与している未成年者の視覚的な描写を知りつつ受領することのみを要求しているのである。しかし、法廷意       ︵3 3︶ 見の分析によれば、政府は有罪判決を得るために証明する必要があるもの以上を証明しなければならないことになる。  本件において最高裁が懸念する最も重要な点は、政府が限度を超えており、法に違反するよう無実の人をおびき 寄せることにより察知と執行手続を濫用したということである。結果として、法廷意見は、政府はジェイコブソン が犯罪を行う事前傾向を有していたと合理的な疑いを超えて証明することに失敗していると判示している。しか し、ジェイコブソンが犯罪行為を進んで行う参加者であったかそれとも無実の騙されやすい人であったか否かを判 断するのは、社会の良心としての陪審の役割であった。⋮⋮本件の陪審が、罠の法理について完全かつ正確に教示 された上でジェイコブソンが有罪であると判断したことについては争いはない。私は陪審の評決を支持するのに十       ︵34︶ 分な証拠があったと考えるために反対する。  吻 ジェイコブソン事件判決以降の動向  ジェイコブソン事件判決には、反対意見が付されたが、主たる対立点は、事前傾向の有無の判断時期についてで あり、いずれの判事も罠の客観的アプローチには言及しなかった。このことから直ちに連邦最高裁では客観的アプ       ︵35︶ ローチが姿を消したとみることには留保が必要であるが、少なくとも最高裁は当初より、全会一致とまではいかな        ︵36︶ いまでも、少なくとも一貫して罠に対する主観的アプローチを支持してきたといえる。他方で、下級審の動向をみ てみると、連邦裁判所に加えて、三七州が主観的アプローチをとり入れて連邦最高裁の先例に倣った一方で、一三       ︵37︶ 州が客観的アプローチを採用した。 123

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 ㈲ 事前傾向の有無の判断時期  ジェイコブソン事件判決では、事前傾向の有無の判断時期に関して、新たな 問題が提起された。すなわち、オコナー判事が反対意見中で指摘しているように、法廷意見は、シャーマン事件判 決で示された事前傾向の概念を変更し、政府が犯罪を行うよう被告人を直接的に誘引した時点ではなく、﹁対象者 に接触しようと試みる前に政府が被告人の事前傾向について十分な証拠があることを﹂要請しているかである。す       ヤ  ヤ     ヤ  ヤ  ヤ でにみたように、シャーマン事件判決では、﹁カルチニアン︵捜査協力者︶がシャーマンに近づいた時点で、彼に麻 薬密売の用意があったことを立証するには不十分であり⋮⋮﹂との行があり、事前傾向の有無の判断時期につい て、オコナー判事は、﹁近づいた時点﹂とは﹁犯罪をもちかけた時点﹂と解釈しているものと推察される。引用さ れたシャーマン事件では、被告人は捜査協力者からの最初の麻薬入手を拒否しており、その後の懇請や麻薬の禁断 症状の苦痛を訴えられた結果として、事前傾向が植え付けられたと判断されたものであり、オコナー判事のように 解釈しても事前傾向の認定には、何らの不都合もない事案であった。他方、ジェイコブソン事件は、捜査機関が犯 罪をもちかけた時点で被告人に事前傾向があったことに争いはないが、法廷意見は、﹁検察は被告人が政府の捜査 官に最初に接触される以前から犯罪行為を行う事前傾向をもっていたことを合理的な疑いを超えて証明しなければ ならない﹂としており、事前傾向の有無の判断時期は﹁捜査機関の対象者への最初の接触時点﹂に求めていると読 むことが自然なように思われる。それゆえ、ジェイコブソン事件のような事案では、事前傾向の有無の判断時期に ついて、いずれの立場に立つかによって、罠の抗弁の成否に差異が生じることとなったのである。        ︵38︶       ︵39﹀  この点については、すでにみたように、従来より、合理的な嫌疑を要件とすべきとする見解や令状審査を求める  ︵40︶ 見解が主張されてきたが、ラッセル事件判決において、連邦最高裁が罠の抗弁は捜査官の行動を管理するのではな く、事前傾向のない対象者を守ることに主眼をおく主観説の採用を明確にしたことで、こうした見解を最高裁が受 124

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) け入れる可能性はないかのように受け取られてきた。しかし、伝統的なおとり捜査とは異なり、ジェイコブソン事 件のような逆おとり捜査︵おくR器豊罐︶が活用されるにつれて、対象者が禁止薬物等の売り手としてではなく、 政府が販売者として行動するという特殊性から、再び事前規制が必要であるとの見解が活発に主張されるに至っ た。すなわち、ジェイコブソン事件における最高裁は、被告人の事前傾向は政府が犯罪を行うよう被告人を誘引し       ︵41︶ た時点ではなく、むしろ政府の最初の接触の時点で検討されるべきであると判示したと解し、事前規制としての効    ︵42︶      ︵43︶ 果も含め、おとり捜査の対象者を決定する時点で何らかの要件を課すことに合理性を見い出すのである。  また、別の観点からも肯定的な見解が提示されている。すなわち、捜査機関に一般的な疑念のみに基づいて犯罪 探索活動を許せば、非犯罪活動を行っているにもかかわらず、特定のグループがターゲットにされる危険性に加       ︵必︶ え、多大な資源の無駄遣いにもなると説くのである。ジェイコブソン事件は、児童ポルノに関与していたという明 白な経歴のない個人が二六ヶ月にも及んで政府によって提供された一冊の雑誌を受け取るという捜査対象にされた という意味で、非生産的な法執行資源の使用を例示しているとする。この見解は、捜査目的は児童ポルノの根絶で あり、目的の正当性は認められるとした上で、本件で提示された唯一の児童ポルノは政府によって製造され配布さ れたものであり、法執行官に探索的活動を許すのは、多大な資源の無駄遣いを許すことになるとともに、恣意的に       ︵45︶ ターゲットを選択することを可能にする危険性があると説くのである。  他方で、法廷意見の当該判示部分をオコナi判事のように解釈することには否定的な見解もある。例えば、法廷 意見は、ジェイコブソンが逮捕されたとき、雑誌、、評おω・協、.と政府が彼に送付した物証以外に、彼が﹁児童ポル ノを収集し、あるいは積極的に興味をもっている﹂ことを示す何らの証拠も政府は見つけられなかったとの意見を 述べているが、仮にジェイコブソンが児童ポルノを収集していたことを立証する他の物証を政府職員が見つけるこ 125

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とができたとすれば、検察は、彼の事前傾向が独立したものであり、政府の多種多様なアプローチの結果ではない ことを立証することにより、罠の主張を破ることが可能だったのではないかとして、オコナー判事が危惧するよう に、﹁対象者に接触しようと試みる前に政府が被告人の事前傾向について十分な証拠をもっていることを要請して        ︵46︶ いる﹂と法廷意見は示したわけではないと指摘するのである。  また、オコナー判事が、法廷意見は﹁︵犯罪︶機会が発生する前に被疑者には犯罪を行う事前傾向があったこと のみならず、政府が舞台に登場する前にそうであったことを政府は証明しなければならない﹂と判示しているとす る点についても、もし身分秘匿捜査官が徐々に対象者と親しい友人になったが、その交際の最初の一〇ヶ月間に麻 薬の件を持ち出さない場合、政府の捜査官が対象者との接触を開始し、あるいは最初に現れた際に、対象者が麻薬       ︵47︶ 犯罪を行う事前傾向を有していたという証拠があったか否かは問題となるのであろうかとも指摘されている。       ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  ヤ  法廷意見は﹁検察は被告人が捜査官に最初に接触される以前から犯罪行為を行う事前傾向をもっていたことを合 理的な疑いを超えて証明しなければならない﹂と判示していることから、オコナー判事の指摘の前提にも理由が認 められる。実際の現場では、最初の接触以降に事前傾向が生じる可能性があることを否定できない事態が想定でき るのであって、主観説に立つことを前提にすれば、いずれの理解に立つかは事前傾向の有無の判断にとって重要な ものとなる。その意味では、当該判示部分がおとり捜査一般に対する指針としての役割を担うのか、それとも本件 事案の事実関係における判示にとどまるのかといった射程の問題ともいえよう。  ㈲ 被告人の能力  こうした事前傾向の有無の判断時期に加え、ジェイコブソン事件判決の法廷意見で示され た最後の一文の解釈を巡って、その後の連邦下級審では見解が分かれることになった。すなわち、法廷意見は、 ﹁政府による有罪判決の探求が、﹃放っておかれれば﹄法に抵触することが決してなかったであろう、﹃さもなけれ 126

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東洋法学第54巻第1号(2010年7月)       ︵48︶ ば法を守る市民﹄の逮捕︵碧冥9Φ量9︶につながる場合、裁判所は介入するべきである。﹂と締めくくっている が、こうした言い回しはこれまでの最高裁にはみられなかったため、その意味するところが議論の対象とされたの である。  では、その後の下級審はジェイコブソン事件判決の当該判示部分をどのように受け止めたのであろうか。以下で は、ジェイコブソン事件判決に明示的に言及して当該判示部分の解釈を展開している代表的な三つの判決を取り上 げたい。       ︵49︶  ①ゲンドロン事件判決︵一九九四︶ ゲンドロン事件の事案は、ジェイコブソン事件と同様に、郵便による児童 ポルノの購入者をあぶり出すために計画されたものであり、事案の類似性が認められることからいかなる判断が示 されるか注目を集めた。ブレイヤー︵卑亀包裁判長は、被告人は児童ポルノを受け取るよう罠にかけられてはい       ︵50︶ ないと判示する過程で、次のように指摘した。  最高裁はジェイコブソン事件判決において、﹁政府による有罪判決の探求が、放っておかれれば法に触れること        ︵5 1︶ が決してなかったであろう、さもなければ法を守る市民の逮捕につながる場合、裁判所は介入するべきである﹂と したが、最高裁が繰り返し政府による法執行権力︵あるいはそれに類似したもの︶の﹁濫用﹂と﹁さもなければ法を 守る市民﹂︵あるいはそれに類似したもの︶の双方に懸念を述べてきたため、罠の抗弁には、政府の﹁誘引﹂と被告       ︵5 2︶ 人の﹁事前傾向﹂に焦点を当てる二つの部分があることは驚きではない。  最高裁は、罠の抗弁に、警察行為を管理するための制裁というよりは、むしろ、政府の行き過ぎから通常の法を 守る市民の保護をみた。したがって、最高裁は、対象者自身がそのような市民でない限り、その抗弁を利用するこ とを許す必要性を感じなかった。結局、我々はその﹁無実の人﹂が正にどのような人であるかを見つけなければな 127

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らないことになる。どのような人が﹁さもなければ﹂犯罪を行わなかった﹁さもなければ法を守る市民﹂なのであ   ︵53︶ ろうか。  その質問を尋ねる正しい方法は、現在の状況から、政府の過度の関与が明らかになっている部分を取り除くこと であるように思われる。つまり、我々は、被告人が通常の犯罪を行う機会に対してどのように反応する可能性が高       ︵5 4︶ かったかを尋ねるべきなのである。ここでいう﹁通常﹂という言葉は、﹁誘引﹂あるいは﹁過度な関与﹂とされた 政府の特徴的な行動がない機会を意味している。被告人は、不適切ではなく、適切な誘惑に肯定的に反応する﹁事        ︵5 5︶ 前傾向を有していた﹂のであろうか。  次に我々はジェイコブソン事件について検討する。三つの側面において、政府職員は、児童ポルノを購入する通 常の機会を提供する以上のことをした。︵1︶勧誘は、無害な誘惑から始まり、率直な申し出へと進展していき、 ジェイコブソン自身の非犯罪的な反応に対応するような心理的に﹁段階的な﹂対応を映し出していた。︵2︶政府 による勧誘の手紙は、それらの送り主を﹁言論の自由﹂のロビー団体および﹁望むものを読む権利﹂についての戦        ︵56︶ 士と表現し、ジェイコブソンに、﹁検閲と個人の権利の侵害に対して戦う﹂よう求めた。︵3︶児童ポルノを購入す る﹁機会﹂を提供しようとする政府の試みは、二年半にも及んだ。総合すると、これらの三つの状況︵段階的な対 応、適切な動機︹言論の自由︺へのアピール、長期間の試み︶に、通常の法を守る市民に犯罪を行うよう誘引する多大       ︵57︶ な危険性を見つけるかもしれない。  しかし、ジェイコブソン事件の重要性は、罠の抗弁の﹁事前傾向﹂の部分に関連する。法廷意見は、法律の問題 として、証拠は無罪を要求したと判示した。なぜなら、陪審は、ジェイコブソンの事前傾向を疑わざるを得なかっ たからである。政府は︵合理的な疑いを超えて︶﹁事前傾向﹂を示すのに失敗した。それは、︵我々の理解では︶政府 128

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) の証拠が、彼が特別な﹁誘引﹂ではなく、犯罪を行う通常の﹁機会﹂に直面していれば、ジェイコブソンがどのよ        ︵58︶ うに行動したかを示さなかったことを意味する。  本件における証拠は、総合すると、児童ポルノを購入する最初の機会を強い興味をもって迎え、さらなる政府の 導きに注文で反応し、ジェイコブソンとは違い、ゲンドロンは反検閲運動に特に興味を示さなかった。この証拠 は、陪審に︵合理的な疑いを超えて︶ゲンドロンが普通の機会に対して肯定的に反応した可能性が高く、したがっ て、犯罪を行う﹁事前傾向をもっていた﹂と判断することを許す。したがって、我々は、陪審の罠に関する判断を      ︵59︶ 適法と判断する。       ︵60︶  ②ホーリングスワース事件判決︵一九九四︶ 被告人ピッカード︵空。訂益︹矯正歯科医︺︶とホーリングスワース ︵目9ぎ鴨妻9嘗︹農業従事者︺Vが、法律の問題としてマネーロンダリング計画に関与させる罠にあったと判示す る過程において、六対五の多数派を代表して、ポスナー︵評撃包判事は次のように述べた。  ジェイコブソン事件の最高裁が、罠の法的コンセプトは政府による脅しや約束なくして犯罪を行う被告人の証明 された意欲によって満たされたと考えていれば、ジェイコブソンは事前傾向をもっていたことになる。その場合、 最高裁が有罪判決を破棄したことを説明するのは難しくなる。政府はジェイコブソンにポルノ雑誌を買うようにい かなる誘引も提示しなければ、購入しなければ彼を傷つけると脅しもしなかった。犯罪を行うことに対する彼の抵 抗を乗り越えるために、政府が二六ヶ月に渡りジェイコブソンを執拗に勧誘し続けなければならなかったわけでは        ︵6 1︶ ない。彼は一度も抵抗しなかった。  我々は、ジェイコブソン事件判決は厳密な事実に制限されていると推測したり、意見の分析部分を﹁放っておか れれば法に触れることがなかったであろう、さもなければ法に従う市民の逮捕﹂と締めくくり、以前にはみられな 129

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い最高裁の罠の定義を無視することには躊躇がある。どれだけジェイコブソンの考えが不純であったとしても、彼 は法に従っていたのである。ジェイコブソンはネブラスカ州の農業従事者であり、児童ポルノヘのアクセスは限ら れていた。政府が把握している限りでは、ジェイコブソンをターゲットにした二年以上の間に、彼はポルノの購入 に関する他の勧誘を受け取らなかった。したがって、もしジェイコブソンが﹁放っておかれれば﹂、おそらく、彼 は﹁法に触れることはなかった﹂であろう。もし同じことが本件の被告人であるピッカードとホーリングスワース       ︵6 2︶ についてもいうことができるのであれば、彼らもまた無罪判決の資格を有する。  最近、第一巡回区控訴裁判所は、ゲンドロン事件において、我々と同様ジェイコブソン事件の射程を理解するた めに格闘しながら、政府は、おとり捜査の対象者に犯罪を行うよう誘引しようとする中で、彼を私的な誘引におけ る通常あるいは典型的な状況と違う状況に直面させてはならないということをいっているだけであると示唆した。       ︵63︶ 第一巡回区控訴裁判所は、ジェイコブソンに対して児童ポルノを消費するという第一修正の権利を有すると説得し ようとする政府の試みは、典型性から乖離したと考えた。我々はそう確信しているわけではない。銃産業が第二  ︵6 4︶ 修正の仮面を被りたがるのと同じように、ポルノ産業は第一修正の仮面を被りたがる。しかし、それはともかく、 政府は本件においては、本当のマネーロンダリングの顧客がグレナダ銀行を売却するという広告に反応したであろ       ︵65︶ うことを証明する努力を行わなかった。  我々は、ジェイコブソン事件が罠の抗弁に新しい要素1もっとも重要である事前傾向に加えて、﹁やる気﹂や ﹁能力﹂あるいは﹁危険性﹂1を追加することは示唆しない。事前傾向はただ単に精神的な状態、すなわち政府の エサを喜んで飲み込む状態ではない。事前傾向には、心的傾向︵駐8の置・邑︶だけではなく、地位や能力 ︵8ω筐9巴︶が含まれる。被告人は、政府が犯罪を行うよう彼を誘引していなかったとしても、事前の訓練あるい 130

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) は経験あるいは職業あるいは知り合いによって、別の犯罪者がそうしたであろう可能性が高いように位置づけられ ていなければならない。そうして初めておとり捜査あるいはその他のお膳立てされた犯罪は、危険人物を取り出す ことになるのである。公人は、賄賂を受け取る立場にある。麻薬中毒者は麻薬を取引する立場にある。銃砲店は違 法な銃の販売に関与する立場にある。これらの、そして他のおとり捜査の伝統的な対象者については、事前傾向を 立証することにより、罠の抗弁を破るために示さなければならなかったのは、過度な誘引なくして法に違反する意 欲だけであった。その状況では、能力は推定されることが可能であったのである。政府の援助がなくては違法な行        ︵66︶ 為に関与することができない立場の被告人の場合、話は違ってくる。  ヒンチ︵匹8巳が彼らをマネーロンダリングの計画に取り込む作戦行動を始める以前に、ピッカードとホーリ ングスワースがそのような行動に関与することを考えていたという証拠はない。悪徳な国際的金融家になる機会が 到来した際、ジェイコブソンが郵便で児童ポルノを購入することを禁じている連邦法に違反した際と比べるとそこ までやる気はないが︵ジェイコブソンには金銭的な誘引はなかったが、一度も躊躇をみせなかった︶、彼らは十分やる気 があった。しかし、ピッカードとホーリングスワースは、政府の援助なしではマネーロンダラーになるチャンスは    ︵研︶ なかった。  ピッカードとホーリングスワースはマネーロンダリングを行う能力がなかったということが問題なのではない。 明らかに、彼らはそのような行為が可能であった。しかし、国際的なマネーロンダリング事業に参入するには、裏 社会の人脈、経済的洞察力または財産、外国の銀行あるいは銀行家へのアクセス、またはその他の資産が必要であ       ︵68︶ る。ピッカードとホーリングスワースにはいずれもなかった。彼らは明らかに無害であった。  我々は、政府が手段を提供すれば、現時点での犯罪を行う手段の欠如のみで罠を立証するのが十分であると判示 131

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していると理解されることを望んでいない。ヒンチが現れる前に︵なぜなら、ジェイコブソン事件は、政府によって 作り出された事前傾向は罠の抗弁を退けるのに使用できないことを明らかにしているので︶、ピッカードがキューバに武 器を密輸しようと決めたが、どこで適切な船を買えばよいかを知らなかったと仮定しよう。勘によって、捜査官が ピッカードににじり寄り、船の業者の住所を渡す。そして、ピッカードは、船を購入して出航した後に逮捕され、 密輸未遂で起訴される。それは、ピッカードが犯罪のアイデアをすべて考え出しており、単にそれを行う現時点で の手段を欠如していた事案となり、政府がそれらの手段を提供しなかったとしても、他の誰かがしていたかもしれ ない。政府が、単にすでにそれを行う事前傾向を有していた者に対して、犯罪を行う機会を単に提供したに過ぎな      ︵6 9︶ い事案となる。  二人の国際的な金融家志望は財源が尽きており、ヒンチが幸運にも現れなければ、他の誰かが彼らをマネーロン ダリングに導いたという可能性は非常に低い。本当の犯罪者はそのような素人と仕事をしようとしない。あるいは        ︵70︶ 少なくともそのように思われる。       ︵71︶  ③ノックス事件判決︵一九九七︶ 教会の牧師ブレイス︵零8①︶は多額の借金を負っていた。ブレイスは、教 会の債権者に支払う一千万ドルを調達するため、フィナンシャルアドバイザーを雇った。同時期に、身分秘匿捜査 官は、マネーロンダラーを捕まえるために計画されたおとり捜査を行っていたわけだが、ブレイスのフィナンシャ ルアドバイザーとその関係者は、身分秘匿捜査官に麻薬で得た金銭をマネーロンダリングすることに興味を持って いる牧師を知っていると伝えた。最終的に、身分秘匿捜査官はブレイスと会い、コカイン販売による金銭をロンダ リングするよう依頼されていると伝えた。ブレイスは、それは問題ないと答えた。  陪審は罠の抗弁を拒絶し、ブレイスを麻薬利益のロンダリングで有罪とした。しかし、第五巡回区裁判所のデモ 132

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東洋法学 第54巻第1号(2010年7月) ス︵∪①竃8ω︶判事は、﹁政府は、牧師が政府の行為がなくてもマネーロンダリングに関与する可能性が高いことを 証明することに失敗したため、法律の問題としてブレイスは罠にあったと認定するにあたって、以下のように判示 した。  第七巡回区控訴裁判所の大法廷は、最近、ホーリングスワース事件においてジェイコブソン事件の意味と格闘し た。多数意見を書いたポスナー判事は、事前傾向を検討する上で、我々は政府が関与しなければ被告人がどうして いたかを問いかけねばならないと述べた。その問題に適切に答えるためには、我々はもっと被告人の精神状態をみ        ︵72︶ なければならない。我々はまた、被告人の技能、経歴および交際関係についても検討しなければならない。  我々は、第七巡回区控訴裁判所によるジェイコブソン事件の解釈は広く受け入れられていないことを認識してい        ︵73︶      ︵”︶ る。第九巡回区控訴裁判所は、第七巡回区控訴裁判所の地位や能力を考慮する事前傾向の要請を拒絶しており、第       ︵万︶ 一巡回区控訴裁判所は、違うテストを採用した。ゲンドロン事件で、ブレイヤー裁判長は、ジェイコブソン事件 は、おとり捜査の対象者を犯罪を行うよう誘引しようとする中で、政府は、実際の犯罪者が誰かを悪事に関与する よう誘引する際に使用する通常の状況と異なる状況に彼を直面させてはならないという定理を支持していると判示 した。それによれば、政府は、﹁特別な誘引ではなく、犯罪を行う通常の機会に直面した﹂際に、被告人が犯罪を       ︵76︶ 行なったであろうことも示さなければならないことになる。       ︵77︶  それでもなお、我々は、第七巡回区控訴裁判所によるホーリングスワース事件判決は正しいとの結論に至った。 最高裁は、事前傾向を判断する際に、被告人は政府の関与がなければどうしたであろうかを尋ねなければならない と教示している。その命令に効果を与えるためには、我々は被告人の精神状態︵彼の﹁傾向︵身8ω置8︶﹂︶のみな らず、被告人が、その経験、訓練および交際関係に基づき、実際に犯罪を行うことが可能であり、可能性が高かっ 133

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       ︵78︶ たか否か︵彼の﹁地位や能力﹂︶についても検討しなければならない。  我々は、ブレイスがマネーロンダリングをする事前傾向をもっていたことを政府が合理的な疑いを超えて証明し たか否かを判断するよう求められている。ホーリングスワース事件に従い、我々は彼の精神的な傾向はもちろん、 ブレイスの状況も検討した。政府は、ブレイスが政府の関与なくしてマネーロンダリングを行う立場にあったこと を証明するのに失敗した。したがって、証拠はブレイスがマネーロンダリングをする事前傾向を有していたことを        ︵79︶ 証明するのに不十分である。  ブレイスが身分秘匿捜査官に出会っていなければ、ブレイスはどうしていたかという質問を尋ねる際、我々は ﹁本物の麻薬の密売人のためにマネーロンダリングをする﹂とは答えることができない。おそらく、ブレイスはマ        ︵80︶ ネーロンダリングをすることはなかったであろう。  ⑥ 巡回区控訴裁判所判決をめぐる議論状況  ジェイコブソン事件判決を巡る二つの議論につき、第一の政府が犯罪を行うよう被告人を直接的に誘引した時点 ではなく、対象者に接触しようと試みる前に政府が被告人の事前傾向について十分な証拠があることを要請してい るかについては、下級審判例の動向からは、例えば先に触れた第七巡回区控訴裁判所によるホーリングスワース事        ︵8 1︶ 件判決などのように、各巡回区で概ね採用されているとの評価が可能である。他方で、二点目の﹁放っておかれれ        ︵82︶ ば法に抵触することが決してなかったであろう、さもなければ法を守る市民﹂の解釈については、ゲンドロン事件 判決では、ノックス事件判決の言葉を借りると、おとり捜査の対象者を犯罪へと誘引しようとする中で、政府は、 実際の犯罪者が誰かを悪事に関与するよう誘引する際に使用する通常の状況と異なる状況に彼を直面させてはなら 134

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東洋法学第54巻第1号(2010年7月)       ︵83︶ ないとしているに過ぎないと解したのに対して、ホーリングスワース事件判決では、被告人が政府の関与がなけれ       ︵綴︶ ばどうしたであろうかを尋ねなければならないと解釈している。そして、その判断のためには、被告人の精神状態 ︵彼の﹁傾向︵酵8ω識8︶﹂︶のみならず、被告人が、経験、訓練および交際関係に基づき、実際に犯罪を行うこと        ︵85︶ が可能であり、犯す可能性が高かったか否か︵彼の﹁地位や能力﹂︶についても検討しなければならないとした。  ホーリングスワース事件判決の解釈は、ノックス事件判決で基本的に支持されたものの、同じ第五巡回区控訴裁       ︵86︶ 判所が判断したオーグル事件判決では批判にさらされるといったように、裁判例上、定着したとみることはできな       ︵8 7︶    ︵88︶ いが、学説上は、事前傾向の判断に際し、被告人の﹁能力﹂等を考慮する見解が支持を集めている。例えば、事前 傾向の内容として、能力︵2ω置8巴︶と︵心的︶傾向︵爵8ω置・邑︶という二つの要素があるとし、ジェイコブソ ン事件判決において、最高裁は、かなり慎重にその被告人がどのような人物であるかを見るように言っているよう に思えるとの指摘がある。すなわち、最高裁は、被告人は、政府の関与がなくても当該犯罪を行う蓋然性が高かっ たのであろうかを罠の抗弁の適否の判断要素としていると説くのである。以上の解釈を前提として、その判断のた       ︵89︶ めに、政府が何をしたかについても念入りに見る必要があるとする。  ただし、事前傾向を判断する際の考慮要素として﹁能力﹂を肯定しつつ、ホーリングスワース事件判決における       ︵90︶ ﹁能力﹂の捉え方については疑問も呈されている。例えば、ホーリングスワース事件の多数派は、実際の能力に注 目している点に問題があるとし、実際の能力は無関係であると説くのである。そのように指摘する理由としては、 犯罪を完結することができないことは、被告人が熱心ではあるが自信過剰な参加者である可能性を排除しない点を 挙げる。そして、事前傾向を有さないことの審理の適切な焦点は、被告人が﹁客観的に無害﹂であったか否かでは なく、被告人が、主観的に自分自身が政府の誘引の時点で犯罪を行う能力を有していると理解したか否かである。 135

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したがって、もし被告人が能力の証拠を使用して事前傾向を有さないことを論証することを望むのであれば、 の時点で犯罪を行うことができると信じていなかったことを立証しなければならないとする。 誘引  @ ハイブリッド・アプローチの採用  罠の抗弁について、連邦最高裁は一貫して主観的アプローチを採用してきたわけだが、おとりを用いた手法の多 様性に伴い、捜査手法に着目したデュー・プロセスの抗弁が主張されるに至った。また、下級審では、罠の抗弁自 体も単に主観的アプローチと客観的アプローチという区別にとどまらず、多様化していくこことなった。とりわ       ︵9 1︶ け、各州では、主観的要素および客観的要素の双方を含む罠︵ハイブリッド・アプローチ︶を発展させていったので  ︵92︶ ある。ニュージャージー州、フロリダ州、インディアナ州およびノースダコタ州の議会は、ハイブリツドな罠のア       ︵93︶ プローチを規定し、ニューハンプシャー州とニューメキシコ州は判決でハイブリツド・アプローチを採用した。ハ イブリツド・アプローチは、主観的・客観的アプローチの二項対立構造を調整し、それぞれの問題を最小化しつ       ︵9 4︶ つ、双方の利点を得ることを意図しているといえる。このアプローチは、大別すると、さらに混合型︵O・ヨ8ωぎ       ︵95︶ =旨匿>も賓8魯︶と分離型︵9ωR9①鵠くぼ一α>も凛8魯︶に分類できる。  @ 混合型ハイブリツド・アプローチ  ニュージャージー州、インディアナ州およびニューハンプシャー州で       ︵96︶ は、罠の抗弁の適否について、主観的および客観的アプローチの双方の判断基準を統合した。﹁混合型ハイブリッ ド・アプローチ﹂と称される判断方法は、インディアナ州の罠の制定法に示されている。 (a) これは以下のような抗弁である。 136

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  るいはそのエージェントの産物︵虞・身亀であり、かつ、        ︵9 7V ㈲ 単に人に犯罪を行う機会を提供するだけの行為は罠を構成しない。  ︵  ー その者はその犯罪を行う事前傾向をもっていなかった。 2  ー ︵ ー ある者が行った禁止行為が、説得あるいは当該行為に人を関与させるような他の手段を用いた法執行官あ 東洋法学 第54巻第1号(2010年7月)  混合型アプローチの下でうまく罠の抗弁を提起するには、被告人は、まず、客観面として、政府の誘引が平均的 な人が犯罪を行う相当な危険を創出したこと、あるいは、その行為が﹁有罪判決を許す裁判所の廉潔性に疑いを差   ︵98︶       ︵99︶ し挟む﹂ほど甚だしいことのいずれかを示さなければならない。次に、主観面として、被告人は当該犯罪を行う事       ︵m︶ 前傾向をもっていなかったことを証明しなければならない。  この混合型ハイブリツド・アプローチに対しては、罠の抗弁と関連付けられている公平さおよび利益を最大化さ せることを目指していたにもかかわらず、個々の主観的および客観的アプローチの利益を否定することに成功した       ︵皿︶ に過ぎないとの批判がなされている。すなわち、主観的アプローチの主たる社会的利益は、彼ら自身では犯罪を行       ︵麗︶ わない者たちが政府の強い要請により実行したことによって罰せられないというものであるが、この利益は、被告 人の行動を強制するために警察が不適切あるいは甚だしい手法を用いたことを証明するという追加の負荷が被告人       ︵鵬︶ に課される混合型アプローチの下では著しく減少するとされる。他方、客観的アプローチの主たるメリットは、被 告人の評判あるいは過去の行動といった偏見を抱かせる証拠を提出する必要がなく、事前傾向がある被告人とない       ︵期︶ 被告人の取扱いに公平性が認められる点にあるが、混合型アプローチの下では、被告人は事前傾向に関する主観的        ︵鵬︶ な質問に答えることを依然として要求されることになるため、メリットが失われるとされる。 137

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 さらに、二つの負荷を被告人に課すことにより、混合型の罠の抗弁は適用対象が不適切に狭くなる可能性が高い       ︵㎜︶ との懸念も示されている。すなわち、﹁事前傾向がある﹂被告人はそれでもまだ甚だしい警察の策略の餌食になる かもしれず、他方、事前傾向がない被告人は抽象的で不明確な﹁平均的な人﹂基準を満たすという多大な負荷に直 面する。加えて、適用対象が不適切に狭いため、政府の過剰性に対する抑止の効果はほとんどない。すなわち、裁 判所には警察による誘引を批判する機会があるものの、主観的な判断要素を満たすことができなかった被告人は有        ︵㎜︶ 罪判決を受けることになる。そのような状況では、司法による誘引への批判は、捜査機関にとってはとるに足らな        ︵鵬︶ いものとなってしまうと危惧されるのである。  この点につき、インデイアナ州は、検察に立証貢任を転換することにより適用対象が不適切に狭くなる問題を回       ︵㎜︶ 避しようとした。すなわち、検察は、警察の誘引の度合が被告人の自由意思に影響を与えなかったこと、被告人は その犯罪を行う事前傾向をもっていたことの双方を示すことにより罠の抗弁に反駁しなければならないとしたので  ︵m︶       ︵m︶ ある。ただし、この立証貢任は、必ずしも乗り越えられないものではないとされる。なぜなら、インデイアナ州の 最高裁が、検察は﹁大量の密輸品の所持、短時間で密輸品を入手する能力、価格や供給源についての知識、および       ︵㎎︶ 密輸品自体の販売を行うやり方を含む、被告人の犯罪の事前傾向を証明する状況を示すこと﹂によってそれを満た すことができると宣言したからである。  他方、インディアナ州のような立証責任の緩和は、抗弁が認められる対象者の範囲が不適切に広がる可能性︵﹁過 剰な取り込み﹂︶があることが懸念されている。すなわち、政府側の誘引を少しでも示すことができる被告人は、罠 の抗弁を提起し、検察が立証責任を果たすことができるか傍観するだろう。もし国家がそこで失敗すれば、被告人 の罠の抗弁は成功することになる。また、もし検察が事前傾向を証明するためにかなりの量の証拠を提示し、その 138

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東洋法学第54巻第1号(2010年7月) 証拠が訴追されている犯罪に十分に類似している違法な行為でなければ、被告人に対する事件は、陪審に不当に先       ︵m︶ 入観を抱かせたとして覆されるかもしれないのである。       ︵皿︶  一九九四年のドッケリー︵U8囹蔓︶事件判決は、インディアナ州のアプローチの難しさを明らかにしている。        ︵聞︶ 事件は、身分秘匿捜査官がコカインを購入したいとジャクソン︵宣。厨8︶に伝えたときに起こった。ジャクソン       ︵HGV は捜査官をドッケリーの家の前の道まで連れて行った。ドッケリーは、ジャクソンと二人だけで話をした後に、一        ︵m︶ 定量のコカインを量り分け、捜査官の車まで持って行き、二五〇ドルで売却し、逮捕された。  ドッケリーの罠の抗弁に対して、検察は、三年前のマリファナおよび違法な銃器所持の逮捕歴を含む事前傾向の       ︵聞︶ 証拠を提示した。また、検察は、ドッケリーは二年前に情報提供者にコカインを販売したと述べた警察官の証言を    ︵㎜︶ 提示した。ドッケリーには有罪判決が下されたが、インディアナ州の最高裁は、ドッケリーがコカインを取引する 事前傾向を有していたと証明するには、検察の証拠は起訴された犯罪と十分な類似性が認められないと結論付け、        ︵㎜︶ 有罪判決を覆した。さらに、検察の事前傾向の証拠は、これもまた破棄が正当化される﹁平均的な陪審に偏見を抱        ︵捌︶ かせる影響﹂を有していたと判示した。  ドッケリー事件で提示された事実関係によると、ジャクソンがドッケリーの家に捜査官を連れて行った際に知っ ていたと思われることからわかるように、被告人は明らかに突然の知らせで取引を行うのに自発的で有能であっ      ︵麗︶ たといえよう。しかし、先例に反して、裁判所は被告人の﹁大量の密輸品の所持、短時間で密輸品を入手する能        ︵鵬︶ 力、価格ならびに供給源に関する知識、および密輸品自体の販売を行うやり方﹂には注意を向けなかった。その結 果、検察は比較的単純な事案のように見える事件で立証に失敗したのみならず、インディアナ州の最高裁の判決理       ︵腿︶ 由では、立証過程で陪審に不適切に偏見を抱かせたと指摘したのである。 139

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