プライバシー法理の発展‑‑アメリカの場合を中心に
著者 三和 一博
雑誌名 東洋法学
巻 5
号 1
ページ 59‑78
発行年 1961‑10
URL http://id.nii.ac.jp/1060/00007804/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
プライバシー法理の発展
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最近︑わが国において︑プライバシー問題が論議のまとになっている︒元来︑かかる権利はアメリカにおいて最初 に意識され︑そこで発展してきた法的概念である︒したがってプライバシーの権利についてその概念を明らかにし︑
その法的取扱いを考えるためには︑まず︑
アメリカにおけるその発展を跡づけてみることが必要なことはいうまでも
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本稿では︑もっぱらアメリカにおけるプライバシー法理の発展について論述する︒
本稿における判例については︑主として︑Zぽ
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なお︑プライバシーの権利をめぐって生ずる法的諸問題については︑次稿で論ずるつもりである︒
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プライバシーの権利が法律上の問題となったのは︑やっと前世紀の末である(はじめて法律上の問題として展開したの
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つまり︑このような権利が
形成されるためには︑それを要求する政治的・社会的・経済的な条件が必要であった︒一七・八世紀の社会では︑も
つばら人民の自由を奪う国家権力が問題であって︑個人的なプライバシーはまだ問題となるにいたっていなかった︒
その後︑産業発展の時代になって︑交通・通信の驚異的前進が時間・空間をせばめはじめ︑新聞雑誌は大きくなりう
つあった﹁イエロー・ジャーナリズム﹂の苦悩を経験しつつあり︑かつ企業も大きくなりはじめてきた︒この強者の
勝利によって特徴づけられた時代には︑プライバシーのような秘密的概念は商品として瑚弄されていた︒
﹁新聞雑誌は︑あらゆる方面において︑礼節と分別の明白な限界を越えつつある︒うわさ話は︑もはや怠け者やふしだらな
者のうさ晴らしではない︒それは︑いまや商品となり︑そして厚かましくも懸命に追求されている︒好色な趣味を満足させる
ために︑性的関係の詳細が日々の新聞のコラムで広く撒布されている︒怠惰な者の関心をひくために多くのコラムが不真面目
なうわさ話でみたされている︒そしてそういううわさ話は︑家庭生活の領域を侵すことによってしか入手できないような種類
のものである︒﹂ハ者向吋
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︒・外間寛訳・法律時報三一巻六号一九頁)このようなゆきすぎに対する反動として︑プライバシー権が形成されたのであり︑それはいわば歴史的必然であっ
たといえる︒
そのように︑プライバシー権の起源は比較的新しいものであるが︑しかし︑その基礎はコモン・ロlの古い原理に
遡ることができる
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︒古い時代には︑人的権
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出生命と財産に対する物理的な暴力侵害に対して救済を与えたにすぎなかったが︑やがてその傾向は次第に拡がり︑それ以上の無形的・
無体的・精神的な価値に対しても︑より十分な保護を認めるようになった︒
一三四八年あるいは一三四九年には民事上の暴行脅迫(巳
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吋)に対する回復が許されて︑侵害の恐怖を与えること
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も禁止されるにいたり︑一三五六年には名誉駿損
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宮口念︒に関する最初の判決がロl・ブックスに記録されている︒ずっ
と後になってニュlサンスの法が形成され︑それが精神的価値に対する保護︑たとえば一七四五年に愛情移転守口︒
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に対する訴権を認めるようになったq人的権の範囲の拡大は︑言論・出版・集会および宗教の自由︑犯罪を告訴
された人が自己に不利な証言を強要されざる憲法上の特権︑誤った拘留︑もしくは悪意ある告訴についての危険を回復する権
利︑さらに弁護士・医師もしくは聖職者との秘密の通信を証拠として認めないこと等をも含むようになった︒
同様に︑財産権
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比四宮﹀も個人に対してその土地と家畜を保障するにすぎなかったのであるが︑その後︑
物理的な有形物のみならず︑それらをとりまく無体権︑さらには精神の産物やその過程をも含むものへと拡がってい
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文学や芸術作品については一五五八年に︑グッドウィルは一七四三年に︑商業上の秘密や商標については一入O三年にそれ
ぞれ裁判上の保護をうけるようになり︑さらにその後︑不正競争に対する回復が許されるようになった︒
このようにして︑コモン・ローはその永遠の若さのゆえに︑社会の要求にこたえるように成長してゆく︒人間の思
想や感情・感覚は手足以上に重要なものであり︑人間の精神的な性質もまたその法的承認を要求する︒かくて︑人間
プラ イバ シー 法理 の発 展
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の最少限の権利は︑人間存在の尊厳とよりょや一致する・妨害されざる・より充実しより豊富な人生を楽しむべき・
人間的権利のより新しい概念を意味するものとなる D
プライバシーの権利は︑孤独
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ろと匿名守口︒巳
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の生活をする個人の権利であり︑名声と悪名の両者
を伴う小んトト好きな好奇心からの自由である︒それは︑公衆の注視から退き下りたいという願望︑平均を超えた人
あるいは平均から下落した人に対する大衆の貧欲な関心からの自由を前提とするものであり︑孤独の尊さの承認︑人
間の自由意思の尊さとその人自らの運命を創造する力の尊さの承認︑人間のもっとも内部そのものに対する神聖不可
侵性の承認である︒
このような理念に対して︑公開の白光は公衆を保護し︑真理の自由な発覚は専制政治に対する最良の保護であると
いう原理が存在する︒
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﹀の権利である︒文明の進歩は知識の伝播に依
存しており︑社会はその保護と教育に関係ある事柄を知らされる絶対的権利をもっている︒そのため︑公衆はしばし
ば独りでいる権利
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﹀をしのぐ利益をもっ︒つまり︑私権はしばしば公共の利益に従わねば
ならないのである︒
そのように︑プライバシーの権利はその本質において反社会的なものであり︑したがって︑その歴史は個人の利益
と社会の利益との対立する理念の絶えざる激斗の摘発的記録であるということができる︒裁判官は︑
一方 にお いて
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言論の自由の権利︑真理を知るべき社会の権利︑地球の最極端へも即時に通信できるような近代文明の驚異を十分に
使用させる権利を保障することを要請され︑他方︑大衆の厚かましい卑俗な注目から個人の感情を保護すること︑利
己的な商業的利益の追求から人間存在のちいきいかたすみを防禦することを要請される︒したがって︑プライバシー
権の侵害にもとずく訴訟においては︑裁判所は個人の権利と社会の権利とが平衡状態にあるべき点を見出すことに努
めねばならず︑かかる平衡状態の点の系列がプライバシー法理の進むべき線を構成するのである︒
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否定的判例裁判所は容易にその先例との関係を絶とうとしないものであるが︑アメリカにおいてもしばしばそのような障害に
よってプライバシー法理の発展が妨げられた︒
他人の氏名や肖像の権限なき使用についての初期のアメリカの判例は︑ほとんど無意識的にプライバシー法理に向
って手探りしていた︒つまり︑そこに含まれている法学上のすばらしい原理に全く気ずかずにプライバシー権にあた
るものを認めていた︒
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事件では︑江間
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でステージで演技中の原告の姿を被告がこっそりとスナップしたのに対して︑ニューヨーク最高裁判所はその写真の公聞を禁止する中
間的差止命令を許した︒被告が控訴しなかったため︑その差止命令は異議なく確定した︒
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医師の氏名の使用を禁じた︒その氏名の使用が﹁かれの有する氏名の単独使用公
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由からであったが︑それはプライバシー権の論議を含むものではなかった︒ ﹀権に対する侵害﹂であるという理0
プライバシー概念について論議した最初の二つの判例は︑結論的には回復を否定したものであるが︑しかし︑他の 状況の下でのかかる権利の存在を認めるものであった︒すなわち︑
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に概当することによって自己のプライバシー権を放 棄している旨を判示した︒しかし︑いずれの裁判所も原理においてはプライバシー法理を容認するものであった︒
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の記念立像を求めたが︑この記念像が
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の甥と継男子によって提訴された︒裁判所はその申立を否定して︑﹁それは生存者の権利であって︑認定されているような故人の権利ではない﹂と判示した︒
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生活に入りこむことによって自己の権利を喪失した︑といいえたにもかかわらず︑裁判所はそれらのいずれをも明確
に拒絶してプライバシー権の存在を広く否定した︒裁判所は︑社会に役立つことをなした人がそれによってプライパ
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権を放棄したとみなすことをきらい︑氏名についての考え方は人それぞれによって異るものであり︑親族に対しては同情するがその回復についてはやむをえず否定するのだと説明して︑﹁われわれは︑それが法の下では匡正する
ことのできない一種の病気であるとだけいいうる﹂
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ヨーク控訴院は四対三の判決で︑広告ポスターにおける生存者の写真の使用を禁ずることを拒否した︒裁判所の多数
意見は︑プライバシー権を承認するとその訴訟が殺到し︑それが不合理なものにまで拡大されることを防ぎえなくな
るかもしれないということをおそれで︑プライバシー権が先例にみあたらないという面に重きをおいて︑この理論は
法律家
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﹀や公衆が長い間導かれてきた一定の原理に背くことなしに法に編入されえないということをのべ
た︒それに対して有能な反対意見は︑プライバシー法理に対する先例に同等の欠陥守口
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があることを指
プラ イバ シー 法理 の発 展
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摘して︑法律上の原理が﹁芸術や科学の行進﹂と歩調をそろえるべきであると宣明して︑4司
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以来の伝統を強調した︒
この判決は新聞雑誌で鋭く攻撃され
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うと予言した︒しかしその予言ははずれ︑その翌年かかる制定法が採用され︑以来効力をもちつづけているのである︒
これについて︑
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は次のようにいっている︒﹁新しい法的原理がその末端的適用の懸念的予想を伴う
であろうことは︑自然なことである︒新しい概念を信用しないという困難な実際上の臆測は︑それがいまだ弁別ある適用の保
護を得ていないために︑容易につくり出されうるものである︒時はそれ自身︑冷酷な論理から法を自由にする例外をもたら
す︒少くともこの場合においては︑その懸念は根拠のないものとなっている︒プライバシー法理の下で提起された訴訟は比較
的少く︑それは過度な範囲に拡げられるどころか︑いまだその全発展に到達していないのである︒﹂と︒
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ロ事件の判決は︑他州において若干の影響を与えた︒ある裁判所は︑新しい法律上の権利は裁判上の命令
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lズベルト葉巻タバコ﹂なるものの製造をはじめた事件であるが︑裁判所は︑コモン・ロl上︑広
告目的のために他人の氏名もしくは肖像の使用は違法ではない︑しかも連邦制定法またはウイスコンシン州法はなんらそのル
ールを変更していないとして︑商印名に対する被告の選択は決してよい趣味とはいえないが︑しかしそれを不法とはしなかっ
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代理屈は債権差押の手続を始めるつもりであることを告げた事件であるが︑ワシントン最高裁判所はプライバシー法理が未解
決の問題であるとして︑かかる権利の存在を認めるかどうかについては︑本裁判所の権限ではないとして否定した︒
ま た 他 の 裁 判 所 は
︑ プ ラ イ バ シ ー 権 の よ う な い わ ゆ る 先 験 的 な 権 利 は 裁 判 所 に よ っ て 審 理 さ れ る 法 的 原 理 と し て 解 釈されえないものであると告げた︒
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には存在しないものであり︑さらに︑それは個人が社会に加わったときにその人に留保されるところのいわゆる先験的な権利
であって︑そのような権利を行使することによって︑先例︑あるいは各人が正悪を鑑別しうる白熱的本能を創造する要求もカ
もなレとレってレる︒
さらに︑他の裁判所は︑権利の存在を否定せずに個々の事実においてその回復を拒否した︒
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ライバシーについての権利がこの州の法によって認められるかどうかを判断することを︑われわれに要求していない﹂として
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︿忌ωω﹀)事件では︑原告が夫・運転手その他二人と
一緒に写真をとられ︑被告新聞が﹁地方離婚スキャンダルの当人たち﹂と題して︑互にはなれて立っていた原告と運転手だけ
プライバジl法理の発展
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を残してその写真を掲載した事件であるが︑裁判所は︑それを名持鍛損Q5巳)として損害の回復を許したが︑しかしその判
決が︑ニュlサンス︑あるいは広告目的でもってする他人の氏名もしくは肖像の使用におけるプライバシー権の侵害とは関係
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∞)事件では︑原告が︑
自分が評判の高い女優であるにもかかわらず︑被告バーレスク劇場の正面にヌlド俳優として自分の写真が展示されたと異議
を唱えた事件であるが︑裁判所は︑原告が契約の破棄に対する訴をなしうるであろうこと︑さらに︑損害が証明されえたなら
ば名誉盟損
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として劇場主から回復をなしうるであろうことを判示したが︑原告のプライバシー権の侵害に対する回復
を許すことは拒否した︒裁判所はの︒ロ
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事件を引用しながら︑原告は報酬を受取って公衆の視界に自らをさらすことによっ
て︑自己のプライバシー権を断念したとのベ︑すでに公的である場合にはプライバシーはありえたいとして︑他のケlスでは
かかる権利が認められるであろうことをほのめかしながら︑認められないような多数の場合をリストした︒
プ ラ イ バ シ ー 権 が 否 定 さ れ た ケlスを概観してみると(前掲諸判例を参照)︑
そ れ が 明 白 に 否 定 さ れ た の は
︑ ミ シ ガ ンおよびロ
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ド ア イ ラ ン ド の 両 州 に お い て の み で あ っ た と い う こ と が で き る
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︑ ワ シ ン ト ン お よ び ウ イ ス コ ン シ ン の 各 州 で の 否 定 は
︑ そ れ が 裁 判 所 に お い て よ り も む し ろ 議 会 に よ っ て 認 め ら れ る べ き で あ る と い う 理 由 に
もとずいたものであった(ニューヨーク州は制定法をつくることによって︑これに従ったことは前述のとおりである﹀︒
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肯 定 的 判 例 今 日 プ ラ イ バ シ ー 権 の 侵 害 と 呼 ば れ る よ う な も の に つ い て 救 済 を 認 め た 初 期 の イ ギ リ ス の 判 例 は
︑ そ の 判 決 の 基 礎 を 若 干 の 歴 史 上 相 当 な 根 拠 に お こ う と 努 力 し た
︒ た と え ば
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2して作り︑クリスマス・カ1ドとしてそれを売却した事件であるが︑裁判所は︑ネガは被写人によって命じられたプリントの
作成以外の目的のために使用されるべきでないという黙示的契約にもとずいて救済を与えた︒しかし︑許可なしに撮られた写
真が勝手に展示されたときには︑契約の主張を支える約因がないために救済することができないという弱点がある
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事件では︑ピグトリア女王とその夫が楽しみのために若干のエッチングをつくり︑それを友人への贈物とするために︑そのい
くつかのコピーを命じたのであるが︑この目的のために一雇われた職人が若干の追加コピーをプリントし︑それらの展示と描写
カタログの発行を申込んだ事件である︒プリンスがエッチングに対する財産権を有するという理由︑および職人が信託違反に
よってそれらを得たという理由で︑展示とカタログの発行の両方に対して差止命令が与えられた︒
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命令が与えられた︒
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授によってなされた講義のノlトの発行が学生に禁じられた︒裁判所は︑講義は学生の財産的利益というよりはむしろ学生の
知的利益のために与えられたものであるとして︑信頼違反にその基礎をおいた︒
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︿同∞由∞﹀)事件では︑医師である原告が被告の特許医薬を使用しかっ推せんしたということを明記した広告の発行に対して︑人格に対する名誉鼓損として差止命令が与えられた︒
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∞︿同∞む﹀)事件では︑原告の氏名がある会社の取締役として誤って発表されたのであるが︑裁判所は︑原告が取締役の資格で告訴されるかもしれないという理由で財産杭が侵害されたと判示
プライバシー法理の発展
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︑栽 判所 は︑ 偽り の陳 述( 呂町 円︒ 日
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︒ろを主張する訴訟の危険が財産権の侵害を構成 する と判 示し た︒
これらの各々のケlスにおいて到達された結果は正当であるが︑反面においてこれらのこじつけられた理由づけは
その後の訴訟を制限するような先例を無意識のうちに与える結果となった︒
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然な 成長 を阻 止す るも ので ある
︒﹂ とい って いる
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コモン・ロlの一部としてプライバシー権を認めたアメリカの裁判所は︑自然の裁判官としてその本性的
感情によって動かされることを認め︑確立された法的ドグクによってかれらの判決を正当化しようと努めなかった︒
原理としてプライバシー権を認めた最初のアメリカの判例は︑
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事件である︒この事件は︑原告の写真︑が生命保険会社の広告に使用され)
たものであるが︑その広告は生命保険によって得られる利益を描くもので︑対象的な方法を使っている一方の欄で使
用され︑足をひきずって泥だらけになって悲しみに洗んでいる写真で﹁生命保険をもたない男﹂と題しであった︒ジ
ョlジア州の裁判所は︑裁判官の通常の概念に矛盾するような問︒
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︒ロ事件における判決を非難して︑次のような
論法によって差止命令を与えた︒各個人は政治的活動に入ることによって︑個人のもっている以上の何らかの正当性
でもって侵害されざるちいさな私的領域を保持するのである︒語るべき権利と周囲に語られない権利とは︑互いに法
律の認める範囲内で他を保つべく作用して共存する︒
いずれも︑個人の利益と公共の利益との本質的な均衡が破壊さ れるような自由を与えられるべきでない︒身体の自由に対する憲法上の保障は︑集会や言論に対する公的な権利にお とらず︑公衆の注視から引き返る権利を包含している︒身体の安全は生命の剥奪によってだけでなく︑生活のあらゆ る楽しみに必要なこれらの事柄を剥奪することによってもまた危険にさらされるのである︒このようにいって︑裁判 所はプライバシー権が先例によって確立された現行範囲の背後でその保護を拡げつつあることを知らした︒
同様に︑カリフォルニア州では︑憲法の保障する幸福を追求・獲得する権利を引証することによって︑プライバシ
ー法理を支持した︒
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︿HUωH﹀)事件がある︒以前に売春婦であった原告が︑殺人罪に問われたが無罪となって︑その後︑再婚して自分の過去を知らない人々の閣で貞潔な生活をおくつていた︒被告は︑その原告の試練をあばくような彼女の人生にもとづいた映画(﹁赤い着物﹂)を製作し配布した︒被告はまた︑映画において原告の旧姓を使プロット用し︑かっその構想が真実の話である旨を広告した︒裁判所は︑原告の経歴における事件の使用が公判記録にもとずくものであるという理由で起訴できないとしたが︑しかし損害賠償は広告および映画の中での原告の氏名の使用に対して許与された︒その判決は︑カリフォルニア憲法一条一項の﹁人はすべて生れながらにして自由かつ独立であり︑何人によっても奪われることのできない権利をもっ︑なかんずく︑生命および自由の享楽・防禦︑財産の所持・保護︑および安全および幸福の追求・獲得に対する権利である︒﹂という点に基礎をおいた︒宮
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∞ホールドアップ事件にあった原告の体験をラジオ・ドラマ化したという訴訟で︑宮巳
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事件を引用して原告を支持した︒原告はその放送を聴き︑さらに友人からの問合せによって精神的・肉体的苦痛をうけたのであるが︑それは︑翌日︑かれが運転手としての地位を一居主から解雇されたほどのものであった︒
プライバシー法理の発展七
東 洋
法
学
七
初期にプライバシー権を認めた裁判所では︑
最初の二・三の判決においては先例からの念進的な離反を正当化する
精巧な意見を要求されたが︑近年ではもはや長ったらしい釈明をせずに承認している(巳・
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﹂とを物語っている︒
少くとも一九三七年以来の判例にのいては︑プライバシー権に対する悲観的な評価を正当としないといわれるほどに︑以前よりは確呼たる地位を占めるにいたっている(ぇ・問︒
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若干の批判 しかしながら︑プライバシー法理を容認した若干の裁判所では︑それを現行法範博の下で分類することによってそ の成長を妨げた口すなわち︑ミズリ
1
およびニュlジャージーの両州において︑裁判所はプライバシー権が侵害され
たと判決したが︑その際に︑人の氏名や肖像は商業的価値をもづものであり︑
かかる利潤の潜在は他人によって奪わ
れるべきものではない︑それゆえにその権限なき公開は原告の財産の盗用(忍有名門
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であると判示した︒
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Lて商業広告において使用したことに対して︑裁判所は原告の写真に対する財産権の侵害であるとした︒
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記入された原告によって起されたその取消に対して︑裁判所は財産粧を見出すことに努力した︒もちろん︑この判決ではその
附随的意見として︑
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巴各事件を引用しながら人的杭のみが問題となっている場合でも差止命令を与えたであろうといっ
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る︒
しかし︑このような財産的な規準は限定的で不十分なものであるとして批判されるべきものである
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つまり︑身体に対する侵害行為は相手方が財政上の利得をひき出さない場合です ら受けることがある︒したがって︑財産的要素を強調することによってプライバシー法理に不当な制限をおくことに
なる
しかし︑その後の判例においては︑このような財産概念を捨てて︑プライバシー権の明白な概念を認め︑プライバ ︒
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権 の 基 礎 は 以 前 に 考 え ら れ て い た よ り も 広 く な っ て い る 包 巳
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﹀)事件において︑ニュlジャージー衡平法裁
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判所は︑有罪確定前の被告人の警察写真および資料を全州へ送付することを禁じたが︑その判︑決中において﹁学説の大勢は︑
プライバシー権が独立の権利として存在し︑それは附随的な他の長い間認められてきた単なる財産または契約上の権利のよう
なものではないという見解に傾くこということを‑認めた︒
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﹀)事件では︑タイム・マガジンにおいて︑ある婦人N
が入院中の﹁飢えたる大食漢﹂であるとして︑おびただしい食事をたベしかも体重が滅りつつあるというストーリーとその写
真が掲載された事件に対して︑ミズリ!最高裁判所はプライバシー権の明白な概念を認めることによって原告を救済した︒
プライバシー権を法典化しようとした立法部の努力も︑権利を拡げるよりもむしろ制限することに作用した︒
プライバシー権に関するニューヨーク州法は︑他人の氏名または肖像の権限なき使用が広告または商業目的のため
プライバシー法理の発展
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七四
で あ る 場 合 に の み
︑ そ の 回 復 を 許 し て い る
︒ こ の 制 定 法 は
︑ 前 述 し た よ う に
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的 憤 慨 に 対 す る 直 接 の 解 答 と し て つ く ら れ た も の で あ り
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ス の 事 実 を い い 直 し て そ の 判 決 を 却 下 し た の と 同 様 の も の で あ っ た
︒ し た が っ て
︑ あ る 特 殊 な ケ
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ス に 適 す る よ う に つ く ら れ た 法 律 は 決 し て そ の 影 か ら 抜 け 出 せ る も のではなく︑プライバシーの他の侵害が起訴しうるように意図されなかった︑という批判がなされている(丘・
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・な・丘町ω∞・なお後述の法律︑注釈者による反論も参照)︒さらに︑この制定法︑が(めったに発動され な い と は い え
﹀ 刑 事 的 な 面 を も 含 ん で い る と い う 理 由 で
︑ 裁 判 所 は 制 定 法 を 厳 格 に 解 釈 し た
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よる同意なくして﹀生存者の氏名および肖像を広告または商業目的のために使用することは︑軽罪(百円ω品
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と規定している︒
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・臼は︑差止命令を得る権利および損害賠償を請求する権利を与えている︒被告が制定法によって禁じ
られた方法で故意に他人の氏名または肖像を使用した場合は︑陪審は徴罰的損害賠償を裁定することができる︒但し︑三つの
例外が規定されている︒すなわち︑川職業的写真家は︑書面による反対がなされていないかぎり︑自己の事業場の中および周
囲で自己の作品の見本を展示することができる︒倒製造者または販売者が自己の商品と関連して自己の氏名または肖像を使用
した場合は︑他の者も同様に使用することができる︒
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作家・作曲家または美術家が自己の文学作品・音楽作曲または美術作品に関連して自己の氏名または肖像を使用した場合は︑他の者もそれに倣うことができる︒(後のこつの例外は一九一一一年に
追加されたものである︒)ZUR
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戸川注目∞)は︑この制定法が厳格な制限をおくことによって︑抽象的にプライパジl権とみなされ
る若干の重要なものに対する慢害を禁止することに欠けているとして︑次のようなものを挙げている︒川他人の氏名や肖像は
広告または商業以外であればあらゆる目的のために︑その人の許可なしに使用されることになる︒倒故人の氏名や肖像はいか
なる方法でも使用されることになる︒同開会社・組合または公的団体守口
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るおよび無生物o
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の名称または写真は︑いかなる方法でも使用されることになる︒ーーしかし反面︑公的性格と私的性格との聞に何らの区別も
していないが︑これは正当である︒いずれも︑広告および商業目的のために使用されない権利は同じくもっている︒ーーとし
てい
る︒
なお︑﹁修正制定法の目的は︑公的なものによって金銭的価値をもっ地位を占める人の肖像を︑正規の商業的手段とするよ
うな取引を禁ずることを︑明らかに予定している﹂といわれている(関口ロσ戸問︒
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ユタ州法は︑他のある種の点では比較的自由であるが︑氏名または肖像の権限なき使用が広告または商業目的のた めになされる場合にその回復を制限している点は︑
ニューヨーク州法と同様である
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︒しかし︑この制定法は他州の法の発展には影響は少なかった︒
ユタ州法は二点においてニューヨーク州法より自由である︒
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生存者はもちろん故人のプライバシーも保護されている︒ω
自然人はもちろん公的団体守口広片吉己主託︒ろに対してもプライバシー権を与えている︒
パージニア州法も大体ニューヨーク州法と同趣旨の規定であるが︑故人のプライバシーについて生存配偶者および 近親者から訴えられることになっている(寸
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連邦商標法はプライバシーの非常に制限された権利をつくり出しているが︑この制定法もその効果においては影響
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による証書によって証明された同意がある場合を除き商標として登録することはできない︒また︑合衆国の故大統領の肖像は
その未亡人の生存中は︑同様の方法で証明されたその未亡人の同意がある場合を除き登録することはできない︒﹂
プライバシー法理の発展
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東
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七六
一八九九年に制定されたカリフォルニア州法は︑その起草術の貧困のために用語がその合理的な意図をこえて拡張
されたという理由で運用できないものとされ︑多年にわたって書物の上で空文を残したのみで一九一五年に廃止しさ
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法律注釈者の多くは︑コモン・ロl理論の下でプライバシー権を承認することを唱え︑ニューヨーク州法の制限的
な範囲を攻撃してハ丘・
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$80)︑プライバシーが侵害されうる方法は多様であり︑それを予想
することは実際上不可能であるという理由で︑制定法をつくることはその失敗を予め運命づけられていたという見解
をのべている︒
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では次のようにいっている111﹁もし影響力あるプライバシーとして公開の
特殊な型に対して制定法によって救済策を準備しようと企てるならば︑その困難性は︑文書誹殿QF巳)の分野で企てられた
のと同じことが︑その結果に匹敵するものとなるであろう︒﹂
プライバシー権が実際に立法化されているところでは︑その発達は制定法の硬直性によって制限された︒しかしな
がら︑これらの制定法もコモン・ロ!と結びつくことによって成長し︑現在の変化する条件に合するようになってい
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プライバシー法理の発展は︑歴史的には︑近代生活の複雑性によってつくり出された必要に応じて成長してきた︒
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いくつかの障害によってその成長が妨げられてきたが︑
アメリカにおけるその発展は次のようなことを示唆 している︒かかる権利を従来の確立された法理論にこじつけることなく︑法の根低に横たわる理念によってその本来
の意義を正当に認めるべきである︒
誰でも︑静かにそして一人で自らの生活をする権利をもっ︒慎み深さと沈黙は︑まったく公衆の喧騒の犠牲にされる必要は
ない︒誰も︑自分の失敗あるいは成功によって︑その利益を他人に許すべき義務をもたない︒人の家庭はその人の城であり︑
また人の私的生活は誰にも奪われざる貴重なもちもの
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ろである︒
さらに︑その侵害される可能性は予測できないものである(あらゆる新しい攻撃用武器は防禦用装備に相応して進歩して
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したがって︑
その保護は立法によって硬直されることなく︑裁判所の柔軟性ある運用によって正当に保護し
てゆくべきである︒
この点は︑英米法体系の特質にもよるようである︒プライバシー権がコモン・ローによって認められるという点と関連して
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守口旬包丘町
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は次のようにいっている
1 1
1﹁英米法体系の精随は︑それが事実の前よりもむしろ後に対して作用す
ることである︒それは︑百科全書的な法典のようなものによって予測しようとする代りに︑現実のケlスや論争を解決する︒
ステートメントコモン・ロ!は︑承継された伝統的なモラル・コードの単なる形式的な声明書ではなくて︑相遇した予期せざる要求に新たに
適合させられたものである︒それゆえ︑プライバシー法理が形成されることは予定されていた︒ルールは︑その時の産物であ
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プライバシー権を支える個人的利益をあまりにも強調すると社会の混乱を導くというおそれがある︑それは法にお
いて堅固に確立された対立的理念によって妨ぐこと︑ができる︒
人は社会的動物であり︑平和に存在せんがためには社会の共同の利益のために自らの部分を断念しなければならない︒他人
プライバシー法理の発展
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のための考慮は相互の譲歩を要求する︒公衆の関心が︑ある人の活動や業績の暴露を要求するときがある︒そのときは︑社会
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ーしばしば個人の権利より優れた権利ーーをもっ︒プライバシー権の意識的な保護を生じた条件は︑その承認以来増大している︒しかしその反面︑報道に対する公的利益も大きな比重をもってきている︒個人の利益と社会の利益
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1プライバシーの権利はこの対立する理念の間の子供である︒すべての新しい法理と同
様に︑それは衝突する原理のスパークから生ずる︒これらの力によって与えられる漸次的調整でもって︑価値のパラ ンスは達せられるであろうし︑またプライバシー権の十分な成長を達することになる︒
このようなスパーク︑すなわちプライバ
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権をめぐって生ずる法的問題点については次稿において論ずるつもりである@