LCS対話イベント「い ま 、あ ら た め て2030年を展望する」
2030年の展望と次代への転換
「未来は生きうるか」という問いからいまを考える 2020年12月3日(木)
小野塚 知二 ( 東京大学・経済学研究科 )
未来に向けてどんな展望を語れるのか?
①歴史研究者や経済学者が苦手な問い
どちらも将来予測や未来展望を目的としていない
歴史家:過去から語り起こすのだが、語っている「いま」をどう認識するの か? いかなる「いま」の視点から過去を物語るのか?
経済学者:現実認識の前提の非現実性
(
「無限空間・無限時間」=
有限性の無視)
②地球が物的に閉鎖系で、総人口が 80 億人であるとい う現実からは、端的に、「薔薇色の展望は難しい」。
③単純に悲観的な滅亡 (
待望) 論を提示するのは容易だが、
それを超えていかなる展望を語りうるかが重要。
はじめに
Ⅰ 人類史の五つ(ないし六つ)の転換期
いま終わろうとしているのは、そのうちどの転換によってもたら された文明か?
Ⅱ いま求められている転換
Ⅲ 「いま」と将来 ―現状認識は思想に規定される―
Ⅳ ありうる近未来像 ―科学・技術の役割―
Ⅴ 思想闘争の問題
なぜ、温暖化・海面上昇後の、より永続的な文明への転換の可能性 を論じなければならないのか?
むすびにかえて:末世を予感したうえでの希望
(1) 現生人類 ( 組織性・攻撃性・拡張性 ) の登場・拡散と旧人類の駆 逐・包摂 ( 自然史上の転換 = 人類史の発生 )
(2) 農耕牧畜の開始・定着 ( 原始時代の転換 )
(3) 「文明」の誕生 ( 古代の転換 ) :国家、都市、商工業者・戦士・
官僚・神官僧侶・学者 ( 食糧を生産しない人びと ) 、 貨幣・税、文字 の発明・定着
(3.5) 欲望の解放 ( 近世の転換 )
:技術的基礎は前近代のままでも、ルネサンス=人間主義(humanisme)原理への転換(欲望の承認)
宗教改革=救霊予定説の恐怖から逃れるために勤勉の自己目的化
「地理上の発見」=欲望充足(経済活動)の前線の拡延:西洋と非西洋の非対称性 小野塚
[2018]
第7章、第18
章.
(4) 産業革命 ( 近代の転換 = 機械革命+エネルギー革命+原料革命 )
①工場・機械により、前近代・近世的な生産力・生産関係 の駆逐・再編 (= 資本主義体制の確立 )
②過去の自然と他国の自然の利用 (
自然の有限性の先送り)
一国的で循環的な ( 短期間の物質・エネルギー循環での ) 再生産が不 可能でも、持続的な成長・人口増大を可能にしてしまった。
③原料革命 :木材⇒鉄鋼、木炭⇒石炭、化学肥料
(小野塚[2020])(5) 現代 ( ≒ 20 世紀 ) 社会の登場:欲望し続ける人間と、欲望 を充足し続ける経済システムの人為的な維持
⇒ 20 世紀の急激な経済成長と人口爆発
(1) 近世 (3.5) ないしそれ以前に戻る可能性:とりあえず棄却 (2) 現代 (5) を安定的に持続するのは不可能
(3) 現時点での産業革命の規定性 ( そこから卒業できる可能性 )
①機械革命からの卒業:困難 ( 便利さ ) かつ不要?
②エネルギー革命からの卒業:可能かつ必要
③原料革命からの卒業:困難だけど必要 (
以上、小野塚[2020])
④貿易 ( 他国の自然への依存 ) からの卒業
:②と③はこれを要請 しかし、「小国寡民」、文化大革命、ポルポトのディストピア⑤資本主義からの卒業? (
小野塚[2018]
第4章)
資本主義(と民主主義)は多くの問題を内包したシステムであり、それ以外を 展望する夢はあったが、資本主義は当面は卒業不可能←欲望解放。
(3) いま:「 (1)(2)(3)(3.5)(4)(5) のうち何を終えて、何へ転換しなけ ればならないのか?」という問い
この問いへの共有された答は存在しない = 次代の展望がないま ま、いまを終えなければならない状況:末世
共有された答は存在しない ( だからこそ末世である ) が、現代の 持続は不可能で、近世以前には戻りたくないのだとするなら、
問題は近代 ( 産業革命 ) の何を継承し、何から卒業するのかという 問いに変換可能。
これは、理論的・科学的に一義的な答が定まる問いではなく、
価値判断・思想が介在せざるをえない問いである。
四つの選択肢
(1) 非自覚的な滅び ( 「吾が亡き後に洪水は来たれ」 )
科学的な蓋然性はこれ
=温暖化と原因は認識されているが止められない(2) いったん [ 少なくとも近現代産業文明 ( Ⅰ (4)) が ] 滅んだ後の
「新たな「文明」」への期待⇒では、いかなる新たな文明か?
何の構想もない。SF未満の状態 = つまり「末世」。
(3) 近い将来に、より永続的な文明に転換する可能性
(を模索する覚悟)(4)(1)(2) の可能性も、 (3) の課題も無視:政治的・経済的支配階
級 ( まさに現体制 [ の支配的思想 ] に制約されている人々 ) の思想。
その走狗としての経済学者の非現実的な「学説」。
Cf. ゼロ成長の経済学
(欧米の少数派(コーエン、デイリー、ラトゥーシュ)、 日本の経済学はこの点でも輸入学問、ただし宇沢、湯浅[1993]、中村[1995]の先駆性(1) 現時点でほぼ確定している未来
大気温上昇・海面上昇
プラスチック汚染と動植物への化学的・生理学的影響
⇒こんなことは実は 30 ~ 50 年前からわかっていたが無視してき ただけ
(2)(1) を前提とした近未来像
A「選択の余地が多様に残されている」近未来像
楽観的で非現実的な経済学者:
Kate Raworth(1970- )
『ドーナツ経済学』Doughnut Economics: Seven Ways to Think Like a 21st Century Economist, 2017.
B選択の余地はほとんどない近未来像
ⅰ激発的な資源争奪戦による文明崩壊:『ナウシカ』「火の七日間の戦争」
ⅱ近い将来に、より永続的な文明に転換し始める可能性 (
を模索する覚悟)
人口・物財面での窮屈と、非物財的サービスや礼・美・格好良さなどの創造(3)
レイワースと小野塚の相違①現在の総人口に最低限の生存 (Social Foundation)を保証するの に必要な物財の量とその獲得方 法による温暖化の程度(『ドー ナツ経済学』の内側の輪)と、
環境的に許容しうる上限(外側 の輪)の大小関係。
②原料革命概念の有無
③地球の物的閉鎖性の認識
⇒現在の社会的基盤は環境的上限 をすでに超えているから、負の
「人類の安全かつ公正な活動領 域」(=人類の危険かつ不公正な 活動領域)を縮小する必要と、
そこにいたる経路。
(4) 「科学・技術主義」の可能性と限界
①科学・技術主義:「科学と技術が進歩すれば、問題は必ず望ましい方向に解決 できる」という信仰
②この信仰の正しさには何の保証もない。それどころか、原料革命からの卒 業の可能性一つ提示できていない。
③にもかかわらず、科学・技術の可能性と必要性:
a鉄鋼蓄積量
10t/
人(2100
年)
までの新規製鉄(
日本鉄鋼連盟長期温暖化対策ビ ジョン『ゼロカーボン・スチールへの挑戦』2018
年11
月)
で発生する温暖化 ガスと温暖化・海面上昇の予測b持続可能人口
(20
~25
億人)
に軟着陸するまでの化学肥料依存で発生する温 暖化ガスcプラスチック問題の将来予測
(5) 社会思想の転換の要件としての科学・技術
エネルギー転換 ( エネルギー革命からの卒業 ) だけで は温暖化は止められない。
IPCC 報告書の現時点までの予測を超えて進行するで あろう数百年後の温暖化・海進に備えて、いまから、
何を用意・準備・覚悟できるのか。
科学と技術がこうした ( 多くの人が見たくも知りたく もない ) ことを説得的に示すなら、それは、これから
の ( 今後 10 ないし 30 年間の ) 思想闘争の糧になるだろう。
なぜ、Ⅲ
(3)
「近い将来に、より永続的な文明に転換し始める可能性を模索 する覚悟」を選ばなければならないのか?(1)
将来世代の生存権[
を損なう権利]=環境倫理学的問題設定(2)
「将来世代に責任など持ち得ないし、将来世代もわれわれを責めること はできない」(=「気温と海水面が上昇した将来には、いまのわれわれはみな墓穴に入って いる」=責めても無駄)。倫理学的に責任はあるとしても、責任の取りようも、責めようもない、
そういう責任の問題が眼前の問題の本質である。
現在と将来との損得・利害の折り合い
(=
倫理)
の問題ではなく、現在の思 想闘争の問題。(3)
気温と海水面が上昇した50
~数百年以上先の世界で、よりよく生きるた めの智慧をあらかじめ用意しておく覚悟。ただし、『ナウシカ』第6-7
巻 的かつ伊藤計劃的な「生権力・生政治(bio-politique)
」ではない仕方で。(1) 「「御国は近い」から「悔い改めよ!」」ではなくて、
「末世」は近いから、悔い改めている暇があったら、
末世に備えよ!
(2) そのうえで、いま、いかなる希望をどれほど多く の人々と共有できるか
= 資本主義・民主主義の課題。
(3) 2度の温暖化や数メートルの海面上昇を防ぐこと
は共有しうる希望ではなく、温暖化と海面上昇・気
候変動の後に、どのように、よりましで、より永
続的で、より平和的な文明を構築できるか否かが
希望。
伊藤計劃『ハーモニー』早川書房、2008年.
宇沢弘文・渡辺格『生命・人間・経済学:科学者の疑義』日本経済新聞出版社、2017年. 小野塚知二『経済史:いまを知り、未来を生きるために』有斐閣、2018年.
小野塚知二「人類は原料革命から卒業できるのか? ―温暖化問題あるいは産業革命観 への一視角― 」『世界』通巻934号、岩波書店、2020年7月、pp.108-121.
ダニエル・コーエン『経済成長という呪い:欲望と進歩の人類史』東洋経済新報社、
2017年.ダイアモンド『文明崩壊』2012年(原著2017).
ハーマン・デイリー・枝廣淳子『「定常経済」は可能だ!』岩波書店、2014年. 中村修『なぜ経済学は自然を無限ととらえたか』日本経済評論社、1995年. 宮崎駿『風の谷のナウシカ』全7巻、徳間書房、1983-95年.
湯浅赳男『環境と文明:環境経済論への道』新評論、1993年.
セルジュ・ラトゥーシュ『経済成長なき社会発展は可能か?』作品社、2010年.
ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』河出書房新社、2018年(原著2017).