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日本臨床麻酔学会 vol.38

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Academic year: 2022

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(1)

ことから,

ICの確立が追い付いていない.本稿では,

主に末梢神経ブロックに焦点を当て,ICの歴史と 必要性,医療訴訟と法的根拠,必要とされる同意書 の内容について,当科の現状を交えながら概説する.

Ⅰ 末梢神経ブロックの普及と IC の必要性

 2004年に深部静脈血栓症のガイドライン1)が発表 され,深部静脈血栓症に対する予防的薬物療法が普 及したことや,多数の基礎疾患を抱える高齢者の増 加に伴い,持続硬膜外麻酔を行いにくい症例が増加 した.そして超音波エコーなどの画像技術の進歩も 伴い末梢神経ブロックが急速に普及した.全身麻酔 も末梢神経ブロックもそれぞれ特有のリスクがあ り,ICが不可欠である.心臓手術に対する全身麻 酔のように必要不可欠な場合は,患者が手術に同意 した段階で,黙示的に全身麻酔にも同意したとみな はじめに

 インフォームドコンセント(IC:informed consent)

を取り巻く状況は,日々変化している.インターネ ットの普及とともに患者自身も医療情報を検索する ことが容易になり,個人の経験談をはじめとする正 誤入り混じったあらゆる情報にさらされている.「病 気もすべてがコントロール可能であり,何か不都合 なことが起これば,それは医療者が何かミスを犯し たからだ」との,医療への過度の期待や不信を招い ている.医療に不満・不審を感じた場合,インター ネットから過去の判例を見つけ,訴訟を起こしやす い環境である.

 硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔は古典的に行われ ているが,求められる情報量が増加したことや,末 梢神経ブロックはさまざまな手技が急速に普及した

日本臨床麻酔学会第 36 回大会シンポジウム 日臨麻会誌 Vol.38 No.1, 58 〜 62, 2018

インフォームドコンセント─再考─

神経ブロックの普及で必要とされるインフォームドコンセント

阿部 望

 吾妻俊弘

 山内正憲

[要旨]神経ブロックに関するインフォームドコンセントについて,近年の判例と,関連施設への アンケートを基に実情と問題点を検討した.代替手段や合併症の頻度など,最高裁判決で求めてい る必要な情報の説明が不足している可能性がある.この要因として,高齢者へのわかりやすい説明 が求められる一方,社会(判例)が求める情報量は増加していることがある.また,神経ブロックと 関連した麻酔方法の選択肢が多彩で,手術を遂行するために必須の手技ではないことから,より丁 寧かつ詳細な説明が必要である.その一方で,麻酔科医の人的・時間的制約から,インフォームド コンセントが不十分になりやすい.説明した内容の十分な記載も重要となる.

キーワード:末梢神経ブロック,インフォームドコンセント,同意書,高齢者

著者連絡先 阿部 望

980-0872 宮城県仙台市青葉区星陵町1-1 東北大学病院麻酔科

東北大学病院麻酔科

(2)

すことが可能である.一方,末梢神経ブロックは手 術に必要不可欠なものではない点が大きく異なる.

末梢神経ブロックは鎮痛のオプションであり,患者 側に施行の有無に関して選択権がある.そのため,

IC

を行わずに合併症を生じた場合,説明義務違反 を問われる可能性がある.

Ⅱ IC の歴史

 1954年米国でのサルゴ裁判において,検査前の 同意のために情報が与えられたかが問われ,はじめ て

IC

という言葉が用いられた.1964年に世界医師 会は,人権を無視した臨床研究を反省し,臨床研究 時の

IC

を「ヘルシンキ宣言」として公表した.こ のような考え方に追従する形で,1981年「患者の 権利に関する

WMA

リスボン宣言」(以下「リスボ ン宣言」)において,通常の医療行為時の

IC

を受け る権利,また,明確な意志表示に基づき

IC

を受け ない権利を示した.

 日本では,1948年(昭和

23

年)に制定された医療 法に,ICについての記載はなかった.「リスボン宣 言」後の

1997

年に記載が追加・改定された.

Ⅲ 医療訴訟と法的根拠

 民事訴訟の根拠としては,民法

656

条の準委任契 約が適応されると東京地裁は

1971

年(昭和

46

年)

4

14

日の判決で示し,現在も支持されている.準 委任契約とは,依頼者が専門家と専門的サービスの 提供を契約することであり,結果を約束するもので はない.そのため裁判で争点となる点は,専門的サ ービスの質,つまり現実の医療水準に即した医療が 行われたかどうかの債務不履行,過誤や過失,トラ ブルを生じた場合の注意義務違反,救護義務違反,

説明義務違反である.医療の質や内容の証明は難し いが,同意書という証拠がある説明義務違反は,証 明が容易なため争点となりやすい.逆に考えると,

同意書が詳細になることは,社会(判例)の要求とも 考えられる.

 2001年(平成

13

年)

11

27

日,法律解釈の基準と なる最高裁の判決において,「医師は,患者の疾患 の治療のために手術を実施するに当たっては,診療 契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,

当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内 容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方 法があれば,その内容と利害得失,予後などについ て説明すべき義務がある」とICに必須な内容を示 している.ICで求められる説明義務は,「患者の同 意を有効とし,かつ同意により正当化される医療行 為の範囲・程度を確定し,併せて予見可能な付随的 危険を患者に負担させる機能を有する」2)と言われて いるため,説明していないリスクは医師側が賠償金 として補償を求められることになる.

Ⅳ 神経ブロックに関連する医療訴訟件数と判決

 医療訴訟は年間

800

件前後がそれぞれ新規で受 付,既済されており,半数が和解となり,判決まで 至るものは

3

割程度となっている.麻酔関連で判決 まで至ったのは,年間数例である3).しかし,判決 前に和解している件数は公表されないため,実際の 訴訟件数は不明である.

 1990年台までの麻酔関連の判決の分析はいくつ かなされている.脊髄くも膜下麻酔における医療裁 判は,1963〜

1997

年の間に

19

例あり,死亡が

12

例 に対し,末梢神経障害が原因となった判決は3例と 少ない.死亡事故は開業医における手術や外科医に よる麻酔例が多く,麻酔レベルの高位,あるいはア ナフィラキシーショックなどによる急変に効果的な 処置ができなかった場合が多い4)

 1989年(昭和

64年) 1

1

日から

2017

年(平成

29

年)

3

1

日の期間について,裁判所ホームページの裁 判例検索システム5)を用いて,「硬膜外麻酔,脊髄 くも膜,脊椎and麻酔,末梢神経

and

麻酔」をキー ワードに検索を行ってみた.末梢神経ブロックに関 連する判例は

1

例もなく,脊髄くも膜下麻酔関連

1

件,硬膜外麻酔関連が

5

件であった(

1).この中

(3)

で③の硬膜外麻酔後の後遺症に対する判決文は,「神 経根に針先が触れたことを持って注意義務違反があ ったと認めることはできない.麻酔方法として硬膜 外麻酔を併用した全身麻酔のほかに,全身麻酔のみ による方法等も存在したのであるから,両者の具体 的利害得失について説明すべきである.説明したと しても硬膜外麻酔を選択しなかったとまでは認めら れないが,麻酔方法の選択について熟考する機会を 与えられなかったことから,現に生じた結果を受け 入れることが極めて困難となっており,それにより 少なからぬ精神的苦痛を受けたものと認められる.

(一部省略と改変)」と,実害ではなく精神的苦痛に 対する慰謝料を認定した.これは,適切な

IC

が行 われていれば,異なる判決となった可能性がある.

 末梢神経ブロックについては,永続する後遺症が

4

9/10,000

程度と少ない報告がある一方6), 7),エコ ーガイド下に行っても術後

10

日目に残存するしび れが

8.2%,6

カ月後で

0.6%と高率とする報告

8)もあ る.末梢神経ブロックは安全に施行しても神経障害 のリスクがある.そのため後遺症が残っても,明ら かな手技上のミスを証明することは難しいであろ う.一方,末梢神経ブロック施行の選択権は患者に あることから,訴訟の潜在リスクは全身麻酔より高 く,適切な

IC

と同意書への記載が重要となる.

Ⅴ 同意書の重要性と人の記憶能力

 同意書について考えるときに,忘れてはならない ことが,「人は忘れる生き物だ」ということである.

過去の研究でも,術後に麻酔リスクを覚えていない 患者の割合が

45%,2

つ以上リスクを言えた患者が

20%,同意書を読まずにサインした患者が 65%に

上るとの結果であった9).これはエビングハウスの 忘却曲線にある,一カ月後に人は

79%を忘れると

の結果と同様である10).同意書を読まないことは患 者の責任であるが,覚えていないことで言った言わ ないの水掛け論とならないよう,同意書やカルテに 記録を残すことが必要である.

Ⅵ IC の現状と理想

 ICに必要な内容としては,一般的な医師が行う 程度でよいとする「合理的医師説」と,一般的な患 者が判断に要する情報量が必要と考える「合理的患 者説」,該当患者が重視する情報を必要と考える「具 体的患者説」,具体的患者が重視し,かつ,そのこ とを合理的医師なら認識できたであろう情報を必要 とする「複合基準説」の

4

つの考え方がある11).現 在は複合基準説を採用する判決もあり,個別対応も 必要となるより詳細な

IC

が求められる.

1 近年の神経ブロック関連判例一覧

判例 内容

平成 6(ワ)795 イレウス手術時の全身麻酔と硬膜外麻酔併用時の麻酔薬減量に 関する注意義務違反を認定

平成 14 年 6 月 14 日札幌地裁

平成 19(受)783 人工骨頭置換術時の全身麻酔と硬膜外麻酔併用時の死亡事例,

麻酔薬の過量投与を認定 最高裁

平成 17 年(ワ)第 3 号 腹式子宮全摘術への硬膜外麻酔による反射性交感神経性ジスト ロフィー発症事例,説明義務違反を認定,手技上の過失は否定 平成 20 年 5 月 9 日

平成 17 年(ワ)第 22085 号

無痛分娩のための硬膜外麻酔後の馬尾神経障害との関連,棄却 平成 20 年 7 月 25 日

平成 10 年(ワ)第 639 号

帝王切開時の硬膜外麻酔中の脳出血との関連,棄却 平成 14 年 3 月 6 日

平成 4(オ)251 昭和 49 年 9 月 25 日の事件,脊椎麻酔での脳高次機能障害,血 圧測定間隔 5 分を過失と認定

平成 8 年 1 月 23 日 最高裁

(4)

ら,お任せします」とか,「神経ブロックはややこ しいので,聞くのが面倒です」という患者に対応す るためには,「説明を希望しませんが,治療内容に ついては同意します」のような意志表示の項目も必 要であろう.

おわりに

 ここまで,訴訟リスクを減らすための説明書を用 いた

IC

について記述したが,それだけで十分とは 筆者も考えていない.説明書が詳細であっても,そ れをかみ砕き,わかりやすい表現で患者と話し合い,

理解してもらうことにより,信頼関係を築くことが 最も重要な基本である.詳細な内容と簡易でわかり やすい二本立ての説明書を用いて

IC

を行い,患者 が情報を欲した際に,正確な情報が容易に手に入る ように工夫することも重要である.

参考文献

1) 肺血栓塞栓症/深部静脈血栓症(静脈血栓塞栓症)予防 ガイドライン作成委員会:肺血栓塞栓症/深部静脈血 栓症(静脈血栓塞栓症)予防ガイドライン.メディカル フロントインターナショナルリミテッド,東京,2004 2) 中村敏昭:民事判例における医師の説明義務と患者の

同意.城西経済学会誌 28:1-18,2000

3) 最高裁判所,医事関係訴訟委員会:医事関係訴訟の現状

「医事関係訴訟事件(地裁)の診療科別既済件数」.(http://

www.courts.go.jp/saikosai/vcms_lf/20160603ijikankei4.

pdf)(閲覧日 2017 年 3 月 23 日)

4) 木内淳子,野坂修一,天方義邦ほか:判例から見た麻 酔領域の医事紛争.麻酔 48:487-499,1999

5) 裁判例情報.裁判所ホームページ(http://www.courts.

go.jp/app/hanrei_ jp/search1)(閲覧日 2017 年 3 月 23 日)

6) Sites BD, Taenzer AH, Herrick MD, et al.:Incidence of local anesthetic systemic toxicity and postoperative neu- rologic symptoms associated with 12,668 ultrasound- guided nerve blocks:an analysis from a prospective clinical registry. Reg Anesth Pain Med 37:478-482, 2012

7) Barrington MJ, Watts SA, Gledhill SR, et al.:Prelimi- nary results of the Australasian Regional Anaesthesia Collaboration:a prospective audit of more than 7000 peripheral nerve and plexus blocks for neurologic and other complications. Reg Anesth Pain Med 34:534-  まず,ICの現状を探るため,当科とその関連

14

施設の麻酔科代表者にアンケートを行った.術前に 麻酔科医による説明は行われていても,主治医が手 術同意書を取得時に麻酔同意書も取得している施設 が

6

施設(42%)あった.末梢神経ブロックの説明文 書が不十分なのが

4

施設(28%)であった.過去に末 梢神経ブロックと関連した後遺症を経験したのは

7

施設(50%),合併症を契機に同意書を改定したのが

3

施設(21%)であった.合併症の頻度を記載してい るのは

6

施設(42%),患者自己調節鎮痛法など鎮痛 の代替手段について記載しているのは

5

施設(35%),

末梢神経ブロックの普及後に同意書を改定した施設 は

2

施設(14%)と,最高裁の求める

ICの水準を完

全に満たしている施設は少なかった.以上の結果か ら,当科関連では末梢神経ブロックの普及に対して,

同意書の改定が追い付いていない現状があり,同意 書の定期的な見直しが必要と考えられる.

 同意を得る上での必須要素は,①同意能力,②情 報開示,③情報理解,④自発的同意,である.東北 地方の高齢者には,「全部先生にお任せします」と 答える患者も多い.手術の説明は,患者と家族が同 席して行われるのが通常であるが,麻酔科医の術前 回診は本人のみの状況が多い.認知症患者の割合が

15%に上るともいわれている 65

歳以上の高齢者で

12),麻酔説明書を用いた

IC

を術者が家族同席時 に行うのも適切な状況ともいえる.人々の権利意識 や性格の傾向について地域差がある.欧米のような 個人主義の国では,患者本人への説明をより重視す るため,精神科コンサルトに占める同意能力の判定

依頼が

25%に達するとの報告もある

13).日本にお

いても本人のみに説明する場合には認知症検査など 同意能力を確認する必要性も考えられるが,議論は 深まっておらず今後の課題である.

 「リスボン宣言」では,明確な意志表示に基づき

IC

を受けない権利も記載されている.現在一般的 に見られる同意書には「ICを受けない権利」の観 点が抜けている.「怖い注射の話は聞きたくないか

(5)

541, 2009

8) Fredrickson MJ, Kilfoyle DH:Neurological complica- tion analysis of 1000 ultrasound guided peripheral nerve blocks for elective orthopaedic surgery:a pro- spective study. Anaesthesia 64:836-844, 2009 9) Zamegar R, Brown MR, Henley M, et al.:Patient per-

ceptions and recall of consent for regional anaesthesia compared with consent for surgery. J R Soc Med 108:

451-456, 2015

10) Ebbinghaus H:Memory;A Contribution to Experi- mental Psychology. Translated by Ruger HA, Bussenius

CE. Teachers College, Columbia University, New York, 1913

11) 新美育文:医師の説明義務と患者の同意,民法の争点Ⅱ.

加藤一郎,米倉明編.有斐閣,東京,1985,231 12) 加藤佑佳,松岡照之,小川真由ほか:認知機能障害に

より医療行為における同意能力が問題となった 2 例─

MacCAT-T を用いた医療同意能力の評価について─.

老年精神医学雑誌 24:928-936,2013

13) Joudan JB, Glickman L:Reasons for requests for eval- uation of competency in a municipal general hospital.

Psychosomatics 32:413-416, 1991

Informed Consent for Anesthesia with Peripheral Nerve Block

Nozomu ABE, Toshihiro WAGATSUMA, Masanori YAMAUCHI Department of Anesthesiology and Intensive Care, Tohoku University Hospital

 We discuss the current status of informed consent(IC)for anesthesia with nerve block on the basis of recent legal reports and results from questionnaires sent to partner institutions. Providing informa- tion about the complications of nerve block and other options for analgesic management is likely in- sufficient to meet the IC standard required by the Supreme Court. Although elderly patients need a simple and easy-to-understand agreement, social awareness requires an explanation including more detailed information about nerve block. One of the more complicated issues is that nerve block is one of many ways to control similar postoperative pain and is not the only option for complete surgery and pain control. With so many options, including various types of nerve block and administration of narcotics, it can be difficult to produce a standardized IC form for nerve block anesthesia. Even if enough information is provided, it is important for the physician and the patient to keep written re- cords including the medical record and the consent form since some information may be forgotten over time.

Key Words : Peripheral nerve block, Informed consent, Consent form, Elderly patients The Journal of Japan Society for Clinical Anesthesia Vol.38 No.1, 2018

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