早稲田大学大学院アジア太平洋研究科
博士論文審査報告書
論 文 題 目
原題名
Original Title
植民地朝鮮・北朝鮮における工業化過程の非連続性分析
―
製鉄部門に着目して―
英訳In Japanese
"Analyzing Discontinuity in the Industrialization Process Between the Colonized Korea and the DPRK"
―Focusing on the Iron Sector―
申 請 者
姓Last Name Middle Name 名First Name
氏 名
Name
堤 一直
学籍番号
Student ID
4008S009-0
2016 年 1 月
1. 本論文の主旨
北朝鮮では、
2013
年3
月の経済と国防の並進路線政策の発表に見受けられるように、金正恩政権期において経済成長に注力していく兆しがうかがえる。製鉄は北朝鮮の四大 先行部門の一つである金属部門に含まれており、経済成長の牽引役として注力発展させ ていくと考えられる。本論文はこのような背景を受け、植民地朝鮮と北朝鮮の工業化過程 における連続・非連続性を、製鉄部門を切り口に論じることを目的とした。手法としては、
北朝鮮当局資料に加え、日本、旧ソ連・ロシア、中国といった海外の資料から言説、数値 を抽出し、製鉄関連施設の実態を検証した。
考察の結果として、植民地期から継承されていた、設備の稼働率を生産能力の
100%
前後に止めるという操業方式ならびに黄海南道地域の諸鉱山から兼二浦製鉄所(北朝鮮 の黄海製鉄所の前身)への鉄鉱石供給という原料供給網とが、それぞれ
1950
年代後半、そして
1960
年代前半に断絶したことが検証された。これら断絶の重要な背景要因として、朝ソ関係悪化によるソ連から北朝鮮への鋼材ならびに鉱山用機械輸出の減少を指摘し た。
2. 本論文の構成と概要
序章では、植民地朝鮮と北朝鮮の工業化過程における非連続性を、製鉄部門を切り口 に論じるという本論文の課題を明示した。そして同部門が植民地朝鮮と北朝鮮の双方にお いて経済発展あるいは国防力強化のための主要部門であったことを指摘した。それをふま うて本論文の構成、分析手法、先行研究の概要を簡潔に述べた。
第
1
章 先行研究では、戦前日本の製鉄部門に関する研究、北朝鮮経済に関する研 究、植民地朝鮮と北朝鮮の工業化過程の連続性・非連続性について論じた研究の三種 類に分けて先行研究を考察した。そして、これらの先行研究を踏まえ本論文は、これまで 主要なテーマとして取り上げられることが少なかった北朝鮮の製鉄業に焦点を当て、その 生産設備の実態と朝鮮戦争以降の動向を分析することとした。第
2
章 分析手法では、北朝鮮当局の資料に加え日本、旧ソ連・ロシア、中国の文献 を用いて、数値をも時系列的に追い、各製鉄関連施設の実態を検証することとした。その実態に関しては政策を踏まえた上で、操業方式、原料供給網の連続・非連続性 を分析することとした。
第
3
章 第一次世界大戦期までの日本製鉄部門では、日本における近代製鉄部門 の発展過程を論じつつ、朝鮮での同部門の位置づけを明確にした。即ち、官営の八 幡製鉄所や日本全体の需要に応えることが期待された鞍山製鉄所に比べ、朝鮮の兼 二浦製鉄所は三菱財閥が総督府の熱心な招致を受け開始され、生産品の大半は自社 の造船部門向けに供給されたと述べた。第
4
章 第一次世界大戦後の日本製鉄部門では、大戦景気の反動、造船需要の低落、そしてインド産銑鉄の輸入増により、日本製鉄部門が極度の不振に陥ったことを述べた。
ただし、兼二浦製鉄所は高い技術力に加え低廉な労働力を活かし、三井財閥に経営権 を譲渡した釜石製鉄所や、「満鉄の癌」と呼ばれるに至った鞍山製鉄所程の不振には陥ら なかった。さらに兼二浦製鉄所は、1920 年代半ばにおいて鉄鉱石の朝鮮内自給自足体 制を確立したということを指摘した。
第
5
章 満洲事変から日中戦争までの日本製鉄部門では、満州事変以降の軍事需 要の高まりを受け、日本製鉄部門が復調したことを述べた。朝鮮でも兼二浦製鉄所の 鋼鉄・鋼材生産工程が稼動再開したことに加え、茂山鉱山の開発や、官営・財閥系 企業ではない日本高周波重工業による特殊鋼生産施設の建設等が開始され、朝鮮の 工業化において製鉄部門がより重要な地位を占めるようになったことを指摘した。第
6
章 日中戦争から太平洋戦争までの日本製鉄部門では、同時期において軍部 の製鉄部門に対する統制が強まるなか、内地の製鉄所に比べ朝鮮の兼二浦、清津の 両製鉄所が堅調を維持したことを述べた。ただし、戦局が激化し輸送インフラが悪化する につれ、朝鮮の各製鉄関連施設は、コークス用炭等の石炭を外部に依存するか否かに よって、それらの操業状況が左右されたことを指摘した。第
7
章 解放から朝鮮戦争までの北朝鮮製鉄部門では、同時期において、北朝鮮 製鉄部門は戦争準備の遂行と機械工業への素材供給という役割を担ったが、日本人技 術者の帰国により操業方式における断絶の第一段階が生じたと指摘した。また、原料供 給に関しては、植民地期から引き続き中国からの石炭輸入に依存していたと述べた。第
8
章 戦後復旧から第一次五ヵ年計画までの北朝鮮製鉄部門では、1956年におい て金日成が、自身の重工業優先政策への批判を抑えるため、また翌1957
年から予想さ れたソ連の対北鋼材輸出量の減少に対処するため、各製鉄関連施設に急激な増産を指 示したことをあげた。ただし、これが設備稼働率を100%前後で止めていた植民地時代の
操業方式の断絶につながったことを指摘した。第
9
章 第一次七ヵ年計画における北朝鮮製鉄部門では、同計画期においても朝ソ 関係が悪化し、それを原因として北朝鮮が鉱山用機械設備を輸入できなくなったことに 着目した。結果として、露天掘りが可能な茂山鉱山と異なり機械による掘削が必要な黄海 南道諸鉱山の不振が、同鉱山から鉄鉱石供給を受けていた黄海製鉄所(兼二浦製鉄所 の後身)の不振を招来したことを指摘し、このことを原料供給網の断絶と捉えた。第
10
章1970
年代以降における北朝鮮製鉄部門では、1980年代に提示された「十 大展望目標」が経済計画遂行に支障を与えたこと、加えて1990
年代初めのソ連及び東 欧諸国の崩壊・体制転換によりコークス用炭輸入が困難となり、同部門が極度の不振に おちいったことを指摘した。終章では、コークス用炭を用いない製鉄手法が金正恩政権期においても実効性を発 揮していないという現状について述べた。そして、植民地朝鮮から北朝鮮における工業 化過程の連続性・非連続性に関しては、1950 年代後半から開始された第一次五ヵ年計 画期において操業方式の断絶が、
1960
年代初頭からの第一次七ヵ年計画期において は原料供給網の断絶が生じたことを再度指摘した。3. 口述試験での質疑応答
本論文審査委員会は、申請者から提出された学位請求論文を査読し、
2014
年11
月18
日に2
時間余にわたり口述試験を実施した。主たる論点は以下の通りである。第一に、序章における「生産方式」という語の意味を明確にすべきである。
第二に、第二章であげた植民地朝鮮と北朝鮮の工業化過程の連続性・非連続性に関 する先行研究が、何をもって連続性・非連続性と断じたかについて明確に述べるべきであ る。
第三に、第八章では、本論文の核心と思われる第一次五ヵ年計画策定時の金日成と反
対派の関係について述べられているが、設備操業に大きく関与した高級技術官僚や技術 者の金日成の増産指示に対する反対等について、北朝鮮当局以外の資料も用いて、論 証を充実させる必要がある。
第四に、終章において先行研究と比しての本論文の独自性をより強調する必要があ る。
口述試験では、これらの指摘等に対し回答が示され、最終提出までに適切に修正する こととなった。審査委員会は修正意見に対する対応表とともに、修正が適切になされてい ることを確認した。
4. 評価と審査結果
本論文における最大の貢献は、筆者が文献を丹念に読み込んで植民地朝鮮から北朝 鮮にかけて製鉄部門の各生産施設の実態を詳細に検証したことにある。両者の連続性・
非連続性に関し、操業方式と原料供給網というミクロ面に着目してその断絶を主張したこ とは、連続性・非連続性を巡る議論に新たな視点を提供したと言えるだろう。また、比較 的資料の制約が大きい北朝鮮期に関して、当局資料だけでなくソ連の資料も駆使し、北 朝鮮の主要産業部門である製鉄部門の不調の出発点を抽出した努力は高く評価されて よい。
もっとも限界が無いわけではない。口述試験での指摘点は適切に修正されたものの、
現地調査無くして文献資料のみで北朝鮮製鉄部門を論じている。また、北朝鮮当局資料 自体の信憑性もより検証される必要があるだろう。加えて資料の制約ゆえか、北朝鮮の製 鉄部門に関する記述が、植民地期に関するそれに比し不足しているという感も否めない。
これら限界の克服が今後の課題として残されていると言えよう。
上記のような限界を含んではいるが、口述試験の内容を踏まえ、論文に関して慎重 かつ総合的に審査を行なった結果、資料を詳細に読み込み、植民地期から現在に至る までの北朝鮮製鉄部門の動向を分析した努力は博士学位請求論文としての水準を十分 満たしているものと判断し、これを受理することに全委員が合意した。
申 請 者 名 : 堤 一 直 博 士 論 文 審 査 委 員 会
主 査 Ch ie f Exam in e r:
氏 名 N am e: 村 嶋 英 治
㊞
( S i g n a t u r e )所 属 A ffi lia tio n: 早 稲 田 大 学 大 学 院 アジア太 平 洋 研 究 科
職 位 Tit le: 教 授
学 位 De gr e e: 取 得 大 学 Co n fe r r e d by:
専 門 分 野 S pe c ial ty: 地 域 研 究 副 査 H e ad De pu ty Ex am in e r
:
氏 名 N am e: 小 林 英 夫
㊞
( S i g n a t u r e )所 属 A ffi lia tio n: 早 稲 田 大 学
職 位 Tit le: 名 誉 教 授
学 位 De gr e e: 文 学 博 士 取 得 大 学 Co n fe r r e d by:東 京 都 立 大 学
専 門 分 野 S pe c ial ty: 経 済 史 副 査 De pu ty Exam in e r
:
氏 名 N am e: 李 鍾 元
㊞
( S i g n a t u r e )所 属 A ffi lia tio n: 早 稲 田 大 学 大 学 院 アジア太 平 洋 研 究 科
職 位 Tit le: 教 授
学 位 De gr e e: 法 学 博 士 取 得 大 学 Co n fe r r e d by: 東 京 大 学
専 門 分 野 S pe c ial ty: 国 際 政 治 副 査 De pu ty Exam in e r
:
氏 名 N am e: 小 牧 輝 夫
㊞
( S i g n a t u r e )所 属 A ffi lia tio n: 大 阪 経 済 法 科 大 学 アジア太 平 洋 研 究 センター
職 位 Tit le: 客 員 教 授
学 位 De gr e e: 取 得 大 学 Co n fe r r e d by:
専 門 分 野 S pe c ial ty: 地 域 研 究
2016 年 1月 25 日