〈大人への移行〉過程を捉える分析視角の検討
〈大人への移行〉過程を捉える分析視角の検討 〈大人への移行〉過程を捉える分析視角の検討
〈大人への移行〉過程を捉える分析視角の検討
―「移行の長期化」をめぐる議論を手がかりとして―
―「移行の長期化」をめぐる議論を手がかりとして―
―「移行の長期化」をめぐる議論を手がかりとして―
―「移行の長期化」をめぐる議論を手がかりとして―
中村(新井)清二・原
未来・船山
万里子・
宮島
基・児島
功和・斉藤
直子
1.問題設定
本稿の課題は、「移行の長期化」をめぐる先行研究 の精査を通して、若者に生じている仕事・離家・家族 形成をめぐる多様な変容を適切に捉える分析視角を明 らかにすることである。
学校を卒業した若者の生活とその移行過程がこの
年で大きく変化していることは、周知の事実と言っ てよいだろう。非正規雇用者の増大に象徴されるよう に、若者の就労生活は総じて不安定化している。こう した変化が表面化した当初、その原因は主に若者の就 労意欲の低下に求められた。それに対し、様々な調 査・研究の蓄積を通して、かれらの就労をめぐる変化 が、産業構造・就業構造といった社会構造的要因によ り促されていることも次第に明らかにされてきた。ま た、そうしたリスクを伴った変化が全ての若者に一様 にではなく、相対的に低階層の若者に偏っていること も共有されてきた。
こうした状況は先行研究において、主に「移行の長 期化」という枠組みで捉えられてきた。正規雇用の仕 事の世界に移行する期間が「長期化」した(「なかなか ちゃんとした......
仕事に就けない若者」)と把握し、それを 問題視する認識枠組みである。「フリーター」の就労意 欲に焦点を当てる議論にせよ、その背景にある社会構 造的要因に焦点を当てる議論にせよ、何を中心問題と して取り上げるかは異なるものの、仕事への移行を達. 成できない.....
ことをベースに「移行の長期化」と捉える 枠組みは共有している。
また、仕事の側面における「移行の長期化」は、そ のまま「大人」の世界への「移行の長期化」という認 識に結びつきやすい。というのも、〈大人への移行〉は、
従来「学校から仕事への移行」「住居の移行(離家)」
「家庭生活上の移行(家族形成)」の三つの側面から捉 えられ、「学校から仕事への移行」を重要な契機としな がらそれぞれの移行が直線的・連鎖的に生じていたか らである。そのため、安定した仕事に就くことが難し くなったことで生じた仕事の世界への「移行の長期化」
は、そのまま他の二側面、ひいては〈大人への移行〉
の「長期化」と捉えられることになるのである。
しかし、「移行の長期化」という認識枠組みは、次 のような危うさを内包している。それは、ややもすれ ば先の三側面の移行を達成しているか否かが議論の焦 点になりかねないことである。「長期化」した移行期間 をこのような観点から捉える枠組みでは、若者は「大 人になれない」存在としてのみ表象されるにとどまり、かれらの生活世界を〈大人への移行〉の過程..
として位 置づけることが難しい。とすれば、その危うさを避け つつ「移行の長期化」のただなかにいる若者の姿を分 析し論述するためには、まず、先行研究における「長 期化」の捉え方を精査することが求められよう。
若者の移行過程を主題として経年的質的調査をお こなってきた私たちが現在直面しているのは、上述の 課題である。私たちは、
年時点で高校3年生だっ た若者を
年まで追跡調査し、移行過程の実態を 詳細に描き出してきた。その際、私たちの調査の中心 にあったのは〈学校から雇用へ〉という観点である。そのことで見えてきたのは、仕事面と相互関連するか たちで生活世界が広がるなか、各自の資源の多寡に左 右されながら、仕事・離家・家族形成それぞれの移行 過程を歩む若者の様子であった。そこでは、「学校から 仕事への移行」が他の二つの移行にとっての前提条件 になるばかりでなく、逆に他の諸側面の出来事が「仕 事への移行」に大きな影響をもつケースが少なくなか ったのである。
たとえば、恋人の妊娠を機に結婚を決意し、「やり たいこと」だった自動車整備士から不慣れな営業管理 職(店長)へと職業変更した若者の事例では、家族形 成の課題が新しい職種の選択を促すかたちで仕事の課 題に再び直面させていた。また、恋人との結婚を意識 しながらも仕事と並行して夢だったプロボクシングの 世界に入った若者の事例では、仕事の移行を経ても本 人の意思で家族形成を留保する様子が見られた。さら に、親・きょうだい関係のこじれが就労継続と離家を
困難にさせていた若者の事例では、離家によって家族 との葛藤を逃れることなしには安定した就労が望めな いにもかかわらず、経済的条件のなさと家族間葛藤そ のものが離家を妨げているために、移行全体が停滞し ていた。以上のように、〈学校から雇用へ〉の観点をも った本調査は、必然的に「学校から仕事への移行」以 外の諸側面との絡み合いやそれによる制約に目を向け ることになったのである。
このような若者たちの移行の実態が突きつけるの は、三側面が順に継起するというよりも、複雑に絡み 合うことによって移行が引き延ばされている状況を、
〈大人への移行〉の現代的性格としてどのように捉え るべきかという課題であろう。しかしながら私たちは、
個々の様相を具体的に描き出してはきたものの、それ らを〈大人への移行〉過程として包括的・理論的に十 分に意味づけることができなかった。その理由は、先 に指摘した「移行の長期化」という枠組みの危うさに 由来する。なぜなら、仕事・離家・家族形成という三 側面の直線的・連鎖的な達成をもって〈大人への移行〉
と捉える限りにおいては、「移行の長期化」の内実は、
三側面の移行の未達成をもって「大人になれない若者」
とする一面的な理解にとどまり、それ以上分析するこ とが困難だからである。したがって、上記のような事 例を〈大人への移行〉過程として位置づけ理論的に論 じるためには、「長期化」した期間に生起している三側 面の複雑な絡み合いを実態に即して捉えうる分析概念 や視点が必要となるのである。
本稿では、以上の問題意識に基づき、〈大人への移 行〉をめぐる議論が先行的に為されている欧米での研 究を検討することで、私たちが描いてきた若者の移行 実態を理論的に捉えるための視角を得ることを課題と したい。具体的な節構成は、以下のとおりである。2 節では、「長期化」する「大人」までの道のりを新たな 発達段階として捉え、従来の三側面からでなく若者の 主観に即してその意味を考察するアメリカの心理学者
アーネットを取り上げる。続いて、アーネットの 議論に対して批判的な考察を加え、論争を引き起こし ているイギリスの社会学者
バイナーの議論を検討す る。そして3節では、アーネットおよびバイナーらの 議論とは異なる位相から「長期化」といわれる現象を 見ようとするイギリスの社会学者
ジョーンズの議 論を検討する。その上で終節となる4節では、移行過 程の実態を論じる際にどのような視角が必要とされ、また従来の見方からどのような転換が必要となるのか、
三者の議論の比較・検討を通じて導き出したい。
2. 「Emerging Adulthood」をめぐる論争
はじめに、「成人萌芽期
」(以 下、
)論をめぐるアーネットとバイナーの論争を検 討する。この論争は、アーネットが
年に上梓し た同名の著書に対し、バイナーが
年に批判論文 を発表したことから始まった。論争は
年までに 二往復展開されている。本節では、論争におけるそれ ぞれの主張を整理した上で、両者が若者の〈大人への 移行〉をどのように捉えているかを考察する。
2-1 アーネットによる「Emerging Adulthood」論
今日の社会変化に伴う〈大人への移行〉過程の変容 を、
という新たな発達段階の設定によって捉えよ うとしているのがアーネットである。
アーネットによれば、
年頃のアメリカ社会では、長期雇用での就労、結婚、親になることなどが成人期 の指標とみなされ、多くの若者が
代の初めにこう したライフイベントを経験していた。しかしその後、製造業が衰退すると、
代後半(高校卒業後)から
代半ばの若者たちの経験は劇的に変化した。高卒で も就職可能な割のよい工場労働が減少し、高賃金の職 に就くにはより高い学歴が要されたため、男性たちは 若くして家庭をもつ経済力を得ることが難しくなった。一方で、女性たちは結婚や出産後も働き続けたいと考 えるようになり、高等教育への参入比率が高まった結 果、初めての出産の時期が次第に遅くなっていく。ア ーネットはこのような変化によって、若者たちが自由 な選択や自己への専心を可能とする長い期間を成人に 至る前に経験しているものとみなし、これを
と名 づけた。
従来、産業化社会における〈大人への移行〉期間の
「長期化」は、「引き延ばされた青年期」(
エリク ソン)に代表されるように、青年期の延長というかた ちで為されてきた。しかしアーネットは、当事者であ る若者が自らを青年期
にあるとはみなし ていないこと、また一般的に若者の自由度が高校卒業 後の離家を機に高まり、生活状況が大きく変わること から、かれらは青年期にはないという。
とは、青 年期と成人期の間の新たな発達段階であり、固有の特 徴と機能を有する期間であると、アーネットは主張す る。
ではアーネットは、具体的に
や成人期をどのよ
うに定義しているのだろうか。彼は
年代から
年間かけて、国内の様々な地域やエスニシティ、階層 の
代の若者に対し、〈大人への移行〉に関するイ ンタビュー調査をおこなった。その結果、若者たちは いまや就労や結婚を「大人」の指標とみなしていない。代わって若者が重視するのは、①「自分自身への責任 を引き受けること」、②「自立した決定をすること」、
③「経済的に自立すること」、であった。アーネッ トはこの三つを新たな「大人」の指標として再定義し、
さらにその含意を「自己充足性
」と いう概念で捉え直している。
その上で、アーネットは
を次の五つの心理的傾 向を有する期間と定義する。①「アイデンティティ探 求」、②「不安定性」、③「自己への専心
」、④「青年期でも成人でもない中途半端
な 感覚」、⑤「自分の人生を変える大きな機会を得る可能 性」。この五つの特徴によってアーネットが描き出 す
の若者は両義的である。一方で、かれらは大 学の所属専攻や仕事、パートナー、住居など、予想や 期待に反する結果に陥る度に計画の修正を迫られる。それによって将来計画が明確になる反面、不安感が強 くなる傾向も見られる。また、そうした状態のなかで 親を頼らざるを得ない場面も生じ、自らを大人でも子 どもでもない中途半端な存在と感じることになる。し かしもう一方で
は、親元を離れ、かつ成人として の責任からも免れているため、人生においてもっとも 自由を享受する時期である。とりわけ仕事に関しては、短期間での離転職を繰り返しながら様々な仕事を 経験したり、職業準備のために進学したりと、徐々に 自分に適した仕事を探していくことができる。その過 程では行き当たりばったりの職選びをすることもある が、理想となるのは長期雇用に結びつく働き口である。
このように
は、自分が何をしたいのか、どのよう な人生を歩みたいのかについて、もっとも自由な探求 や選択・決定を行使できる可能性に開かれた時期であ る。
アーネットは、このような両義性を指摘しつつも、
後者こそ
の特徴であると強調する。そのために彼 は、困難な家庭環境にあった若者四名の事例を、1章 を割いて取り上げている。四名はいずれも、親のア ルコール依存や精神的身体的な暴力に翻弄され、青年 期までは将来の見通しをもつことができなかった。し かし、
期に離家やパートナーとの出会い、進学な どを経て、「自分の生きたい人生を築き上げる
」ことができるようになっ たと描かれている。アーネットは、四名のように
期に人生の希望を見出す傾向は一般的に見られると して、その要因を次のように指摘している。すなわち、
期だからこそ、規範として認められ、かつそうす ることを期待されている離家という行為を通して、不 幸な家族から解放されるのだ、と。そして、同じくこ の時 期の心理特 性である「 発達した自 己理解
」によって「自らの人生を振り返 り
、(中略)より良いものにつくり変 えていく」ことができるのだ、と。アーネットはこ のように、「特権的な若者だけでなく、困難な家庭環境 に育った若者にとっても、
に到達することは重要 であり、将来を約束するもの
」であると 強調する。
アーネットによる
論は、したがって次のように まとめられよう。第一に、産業構造の転換とともに〈大 人への移行〉が引き延ばされたとし、そこに生じた期 間を
という固有の発達段階として捉えていること。第二に、そうした変化の中で「大人」の地位を自己充 足性という主観的な指標によって再定義していること。
そして第三に、
が両義性をもちながらも若者たち の自由なアイデンティティ探求に開かれた可能性の時 期であるとみなしていることである。
2-2. バイナーによる批判
アーネットの
論を社会学的観点から検討してい るのがバイナーである(
(
)および
ô
é
(
))。バイナーは、若者の移行変容 が大きな問題となっている現在、
という概念によ るアーネットの問題提起の重要性を認めている。しか しその上で、アーネットの議論には、ヨーロッパにお ける議論の蓄積、とりわけ社会構造的視点がほとんど 加味されていないことを批判している。
バイナーによれば、伝統的な社会構造と制度が他国 に比して残存するイギリスに顕著なように、「移行の長 期化」をめぐる議論には、「階層化
」と「排除」の視点が不可欠である。彼自身もかかわっ たイギリスでのコーホート間の比較調査によれば、後 続世代ほど教育資格の水準と中等後教育への進学率は 全体としてたしかに上昇している。しかし詳細に見て みると、教育期間の延長と高い職業達成は、出身階級 や親の経済状況においてもっとも有利な層に集中して おり、かつ教育資格の獲得水準との結びつきを強めて
いる。一方、
年代までは豊富な非熟練労働に吸収さ れていた資格を持たない若者は、現在では失業と短期 雇用を繰り返す「パッチワーク・キャリア」を余儀な くされている。また女性の場合、労働市場からのドロ ップ・アウトは早期の結婚・出産に結びつきやすい。雇用機会のこうした「階層化」が社会参加の機会の限 定化や政治的関心の欠如に連続しているため、ヨーロ ッパでは社会的に不利な立場にある若者の「社会的排 除」が議論されているという。
またバイナーはコーテとの共著論文で、社会経済的 地位の低い若者だけでなく、今日の若者全体が周辺的 な存在になりつつあることも指摘している。労働市 場の縮小、先行世代の退職時期の延長等により、若者 たちは層として、雇用形態・仕事の質・賃金などの面 で従来に比べて不安定な状況に曝されている。そうし たなかで、現代の若者たちが経済的な自立を達成する ことや家族をもつことは困難となり、結果的に移行を 先延ばしにせざるを得なくなったのだと、バイナーら は指摘する。
さらにバイナーらは、こうした経済状況の変化が若 者の経済的自立をいっそう難しくさせることによって、
大人社会への参入要件となる社会的指標(仕事・離家・
家族形成)の重要性が低下している、と指摘する。す なわち、既存の社会構造における制度やコミュニティ に対するアノミーが増大し、「大人」としての適切な振 る舞いに関するコンセンサスが低下するのである。こ うしたなかで若者たちは、新たな規範性とその意味合 いを自前で補い獲得していかなければならないのであ る。このように、バイナーはアーネットとは対照的に、
若者のアイデンティティ形成がますます困難な状況に 曝されていると主張する。
結論としてバイナーらは、アーネットが
として 捉えている若者の移行変容は、この年齢期に固有の発 達段階の出現ではなく、「経済的な障害、既存社会の規 範の崩壊、およびこれらの障害を克服し社会的アノミ ーを補償する行為主体の能力の個人差」によって端 的に説明されうるとする。そして、「成人期への移行は 目下、経済・社会・人口統計学的要因によって延期さ れているに過ぎず、(中略)将来的にこの遅滞は解消さ れる」と結んでいる。
以上のように整理すると、バイナーによるアーネッ ト批判の要点は次のようにまとめられよう。第一に、
「移行の長期化」の分析には社会構造の視点が不可欠 であること。第二に、アーネットの
論にも見られる〈大人への移行〉をめぐる従来の社会的指標に対す るコンセンサスの低下は、経済構造の変化とそれに伴 う若者の経済的自立の困難化によって牽引されている こと。第三に、したがって経済的社会的な問題が解消 されれば、
も消滅すると端的に捉えていることで ある。
2-3. 小括
以上の論争から、アーネットとバイナーがそれぞれ 若者の〈大人への移行〉をどのように捉えているか整 理してみよう。
各論者における〈大人への移行〉の捉え方は次のよ うな特徴をもっている。アーネットは、自己充足性と いう主観的な指標によって「大人」を再定義し、そこ に向かって若者が一定期間、誰しも自由な選択・決定 をおこない、アイデンティティを探求し、可能性に開 かれているとみる。それに対してバイナーは、産業構 造の転換によって若者の移行状況が階層化され、それ と同時に「大人」の指標や適切な振る舞いに揺らぎが もたらされたと結論づけている。両者は、若者の移行 状況を「長期化」とみなす点では一致しているものの、
その理由づけについては、若者の行為主体を強調する か、社会構造の規定性を強調するかという点で対照的 である。
1節冒頭で触れた日本の移行研究の蓄積に照らし ても、バイナーの指摘する社会構造、とりわけ階層化 の視点の重要性は否めない。このことは言い換えれば、
〈大人への移行〉の様相が出身階層(階級)や親の経 済状況によって異なるという認識が、まず必要となる ことを示している。したがって、産業化社会に普遍的 な発達段階として
を設定することもまた、留保が 必要となるであろう。
しかしながらバイナーは、「移行の長期化」の要因 を、経済状況の変化に伴う若者の経済的自立の困難化 に求めていた。そして、経済・社会・人口統計学的要 因が解決しさえすれば、「移行の長期化」もまた解消し うるという結論を提示していた。つまりバイナーの論 理では、〈大人への移行〉をめぐる問題が経済問題に還 元されているのである。
このような捉え方では、アーネットが触れた重要な 論点を見逃してしまう。その論点とは、困難な家庭環 境に育った若者たちが、〈大人への移行〉過程で不利を 乗り越え、人生をより良いものへとつくり変えている ことをどのように捉えるか、という問題である。たし
かに、階層的視点が欠如しているというバイナーの批 判に従えば、離家と「発達した自己理解」という
期の特徴こそがかれらに起こった変化の要因であると するアーネットの説明の妥当性は疑わしい。しかし、
社会経済的問題が解決すれば「移行の長期化」も解消 されうるとするバイナーの論理では、〈大人への移行〉
過程で起こった変化がどのような論理で説明されうる のかという問題に踏み込むことができない。
では、若者の実態に即した移行過程の捉え方はどの ように設定される必要があるのだろうか。次節では、
その示唆となりえるであろうジョーンズの議論に分け 入ろう。
3.個人化の下で複雑化する移行過程
前節でみたように、アーネットとバイナーは若者の 移行状況を「移行の長期化」とみなし、その上で、行 為主体を強調する枠組みと、社会構造の規定性を強調 する枠組みという対立図式をとっていた。しかし、双 方は〈大人への移行〉過程を捉える上で重要な論点を 導出しながらも、それぞれに限界をかかえていたとい えよう。
一方、〈大人への移行〉過程が一様に「長期化」し ているわけではなく、複雑化していることに重きを置 きながら用心深く検討を加えているのが、ジョーンズ である。ジョーンズは、
(
)第4章におい て若者の〈大人への移行〉研究のレビューをおこなっ ている。そして、「個人化
」という 視点を導入し、個人の選択や決定を制度や社会構造と 結びついた「再帰的人生経歴
」 として捉え、若者の〈大人への移行〉過程を精緻に考 察している。以下では、依存について取り上げている 第6章とあわせてジョーンズの議論を検討する。
3-1. 後期近代における個人化の進展
ジョーンズによれば、〈大人への移行〉過程は、従 来「規範的なタイムテーブル
」に沿って進んでいた。それは、〈大人への移行〉にか かわる仕事・離家・家族形成の三側面が短期間で連続 的に経験される、統一的で直線的な移行モデルを示し ている。しかし今日では、家族形成と結びつくことな く離家することが以前よりも広く見られ、一旦離家し た後に再び親元に戻ることも珍しくなくなった。また、
晩婚化やそれまでより遅く親になる者が増加するなど、
家族形成のあり方も変容しているという。
こうした〈大人への移行〉過程における「規範的な タイムテーブル」が崩れる様相を捉えるため、ジョー ンズが取り入れるのが、後期近代という時代認識の下 での個人化の視点である。これは、社会学者の
ベッ クと
ギデンズの議論を前提にしたものである。以 下では、ジョーンズによる解釈を中心としつつ、かれ らの議論を概観しよう。
個人化とは、まず私たちの生活ならびに人生を枠づ けるものが大きく個人の選択に依拠するようになった ことを意味する。かつては階級・階級文化などの集団 的・集合的なカテゴリーやそれに基づく道標が人生を 明確に導き、その半面強く制限してもいた。だが、個 人化を中心的な社会構成原理とする後期近代となった 今、人々は以前のようなはっきりとした道標がない状 態で、人生経歴を絶えざる個人の選択によってつくり 上げることを強いられるようになったのである。ジョ ーンズは、こうした人生経歴のあり方を「再帰的人生 経歴」としている。
後期近代を生きる人々は、先行世代の多くが経験し たことのないリスクを個別的に乗り切らなければなら なくなった。同時にそれは、増大する不確実性の危機 に対して、人々は伝統や慣習と結びついた確実性を当 てにすることもできず、一人ひとりで危機を認識し、
解決する必要性が生じてきたことを表す。ギデンズは、
このように諸個人が危機に対して為す選択や決定を、
人生に対するリスクを加味して為される戦略的生活設 計という観点で捉えている。言い換えれば、「未来の植 民地化
」としての時間的 見通しを伴った選択や決定として把握しており、それ らは後期近代においてますます重要になっていると指 摘する。
他方で個人化は、単にこの言葉が想起させるような 個人の意志による人生経歴のコントロールを表してい るわけではないとベックは強調する。階級文化のよう な集団的・集合的な規範が弱体化する一方で、人生経 歴は例えば労働市場のような社会的諸制度の影響を強 く受けるようになるなど、以前とは異なるかたちで社 会に依存するようになったという。すなわち、個人 は社会の諸制度に依拠しながら、自らの人生経歴の組 織化を再帰的におこなわなければならなくなったので ある。
3-2. 若者の移行過程変容
以上のようなベックとギデンズによる個人化の議
論を視野におさめながら、ジョーンズが強調している のは、「個人化は、個人が自由な行為主体であることを 意味しない」という点である。つまり、移行が個人 化したといっても、それは若者自身が自らの人生経歴 を規定しうることを意味するものではないのである。
ジョーンズが注視しているのは、個人化が制度・構造 と不可分に進行している点である。
たしかに、個人化が進む後期近代においては移行に おける「規範的なタイムテーブル」は消失した。構造 的要因と結びつきながら、仕事・離家・家族形成の三 側面が統一的・直線的に進行するという枠組みでは捉 えられない移行過程の実態も生じてきている。しかし、
それは従来の移行における三側面のつながりがすべて 解体したことを示すほどのものではなく、伝統的な構 造的諸要因が今日の個人の選択にとって無関係なもの となったとは言いがたい。ジョーンズによれば、今日 の 移 行 過 程 は 「 相 互 接 続 し た ら せ ん 構 造
」から成るものとして捉えら れるという。すなわち、仕事・離家・家族形成の相互 関連はまったく失われたわけではなく、緩やかなかた ちではあるが依然として残存しているとジョーンズは みなすのである。実際、若者の移行過程を注視してみ ると、従来通り「早い移行
」を おこなう者と「遅い移行
」をお こなう者が存在しているとジョーンズはいう。そう いった早い/遅い移行の二極分化は、典型的には階級 間、すなわちワーキングクラスとミドルクラスの間で 見てとれるものである。しかし、近年ではワーキング クラスの若者であるにもかかわらず遅い移行に属す者 たちの増加といった新しい動向も見てとれる。
ジョーンズは伝統的な形態を残しながらも変容し つつあるこのような移行の内実を見るために、後期近 代の個人化の下で選択を押しつけられた若者たちが採
る「戦略
」のあり方に注目を寄せている。ジョーンズによれば、若者の振る舞いのある部分は、
「戦略」というよりはむしろ状況を変革するだけの力 がないゆえの「戦術
」であり、「生き残り戦略
」とでも言うべきものである。かれ らは不適切な状況やリスクからの直接的かつ急を要す る避難を求めている。そのため、戦術は、熟慮の末の 合理的で意識的な選択の結果というよりは、短期的な 見通しのものとならざるを得ない。短期的見通しの下 で何とかその場を生き抜こうとする若者たちには、「戦 略にとって必要となる経済的資源、家族の資源、個人の資源が欠けている」のである。一方、長期的な見 通しをもって戦略を計画する者は、資源をもちその資 源を明確な目的のために配置できる者が多いとされる。
たとえば、高等教育に残ることを計画する長期型の戦 略者たちは、教育をよりよい仕事を得るための手段と して捉え、道具的なアプローチをとっているという。
とはいえ、このような戦略/戦術のあり方、すなわ ち時間的見通しの違いは、短期型が早い移行、あるい は長期型が遅い移行というかたちで移行のあり方とそ のまま結びついているわけではない。たとえば、若者 が当面の経済・住居上のリスクを避けるために両親と 住み続けるのは短期的見通しの下での戦術となるが、
それは離家の遅れとも重なるものであり、その後自立 を長く引き延ばす遅い移行につながりうる。一方、労 働市場が狭く限られた地方で、両親にならって早く結 婚することで早い移行を遂げる者もいるが、そういっ た者の戦略が短期型とも限らない。かれらは、親から の経済的支援を当てにして、長期的な観点からそれら を道具的に選択しているようにも見えるからである。
さらに、このような戦略/戦術の持ち方を支える具 体的な事柄としてジョーンズが注目しているのが、若 者の生活やその移行過程に大きく影響を与える家族の サポートである。
年代以降、先進国の多くの 国々では政府が若者を経済的に支援する責任から手を 引くようになり、代わりに子どもの経済的扶養を親に 押しつけるようになった。若者を、権利をもった個人 として扱うのではなく、親がその面倒をみるという前 提にたった法制度化が進み、若者の依存期間が生み出 されたのである。国家の支援が後退し家族や親に依 存せざるを得なくなった若者にとって、「支援してくれ る家族は教育や仕事や住居など社会的包摂の機会を得 るための重要な要素」となっている。
しかし、にもかかわらず、家族からの支援のあり方 は一様ではない。というのも、従来、親から子どもに 対する支援のあり方には、十分な経済的支援をおこな うミドルクラスと、それを短期間で終えるワーキング クラスというかたちで伝統的・文化的差異が存在して いたからである。国家からの支援縮小とそれによる家 族の代替という考え方は、ワーキングクラスの文化と 相容れないにもかかわらず、国家は長期的な親の支援 というミドルクラスの規範を前提にワーキングクラス 家庭も機能するよう期待したのである。
その結果、親の支援に頼らざるを得ない若者の移行 過程は以下の三つのパターンに分岐したとジョーンズ
は指摘する。第一に、主にミドルクラスに見られる、
親のサポートがあるなかで、移行が引き延ばされるパ ターン(遅い移行)。第二に、ワーキングクラス出身の 上昇志向の若者たちに見られる、親のサポートがなく、
移行が引き延ばされるパターン(遅い移行)。そして第 三に、伝統的なワーキングクラスを踏襲する、サポー トなしに早い移行をおこなうパターン(早い移行)で ある。すなわち、今日の移行過程に生じる早い/遅い という移行の二極分化とは、それぞれの階級に伝統的 だったパターンが残存しつつ、教育の拡張や労働市場 の減退などに伴って、ワーキングクラスの若者が従来 とは異なる遅い移行パターンに入り込んできているこ とを意味するのである。その際、同じ遅い移行パター ンに属しながらもその内実は第一・第二のグループで 大きく異なってくる。親の長期的な支援を求めること が慣習的にも経済的にも難しい第二のグループは、支 援をしてもらうか否かをめぐって家族間の葛藤を生じ させやすく、その移行過程はハイリスクなものとなら ざるを得ないからだ。
そして、上記で触れた戦略/戦術という視点を重ね ながら、この分類を再度検討してみると、よりはっき りと移行パターンの違いが見えてくる。すなわち、遅 い移行で見てみれば、そこには家族の支援を受けなが ら長期的な見通しの下に移行を引き延ばすパターンと、
家族支援がないなかで短期的な見通しをもつことによ って結果的に移行が引き延ばされるパターンがある。
また、早い移行に分類される者たちをとってみても、
長期的な見通しをもって早期に安定的に大人への移行 を遂げていくパターンと、家族からの支援や活用でき る資源がない状態のなかで、短期的な戦術によって離 家や家族形成をおこなっていくパターンが存在すると 指摘できる。早い移行パターンに属しながらも短期的 見通しである者たちは、不安定な状況に陥るリスクを かかえるだろう。個人化の進展に伴い若者の移行過程 においてますます重要となる選択やその際の戦略だが、
その持ち方には深く制度・構造的要因やその下での資 源の多寡が影響しており、その資源の多寡はより日常 的なレベルにおいては家族からの支援の有無に表れて いることがわかる。
しかし一方で、これらの長期的/短期的な時間的見 通し(戦略/戦術)という分類は固定的なものではな い。それが静的に過ぎ、若者のもつ動的な本質を踏ま えることができていないことは、ジョーンズによって も指摘されている。「長期的な計画を組む能力は年月を
かけて徐々に増大する」ものであり、特に新しい資 源にアクセスした際には、短期型と分類された者であ ってもその能力の再評価を基礎に戦略を組織しうる。
すなわち、若者の選択にかかわる戦略/戦術は、見直 されたり変更が加えられたりするのである。
3-3. 小括
以上のジョーンズの議論を整理してみよう。
ジョーンズの議論の出発点は、現代社会を個人化が 進展する後期近代の社会として捉えた上で、行為主体 は以前とは異なるかたちで社会に依存しながら、自己 の人生を再帰的に組織しなければならなくなったとし たことにある。その上で、ジョーンズの論点をまとめ れば次の三点となる。
すなわち、一点目として、後期近代における個人化 の下、若者の移行過程においては選択がその重要度を 増してきてはいるものの、その選択のあり方を見てみ ると、それは個人の自由な選択というよりは経済的資 源などによって大きく左右されるものであることであ る。つまり、個人の選択は、伝統的な階級格差に由来 する資源の多寡に基づいた長期的/短期的な時間的見 通しの下で為されており、制度・構造的要因と不可分 となっているのである。
二点目に、従来捉えられてきた仕事・離家・家族形 成の三側面の相互関連性は完全に消失したわけでなく、
依然として伝統的な形式に沿うかたちで早い移行と遅 い移行が存在していることである。しかしそれは同時 に、仕事・離家・家族形成が強固な連鎖を為していた 従来型をそのまま想定するものではなく、制度・構造 と不可分に進行する個人化の下で移行の三側面の結び つきが残りつつも拡散していることが指摘される。
そして三点目は、それら早い/遅い移行形態の内実 を見てみれば、それは一様ではありえないことである。
時間的見通しの持ち方から見てみると、そこには早い 移行/遅い移行それぞれに戦略/戦術をもつ者たちが おり、四パターンに分岐していた。この四分岐から見 るならば、安定的に大人への移行を遂げている者は、
長期的な見通しの下に早い移行をおこなう者のみであ り、他の三パターンはすべて、リスクをかかえたり、
移行を引き延ばしたりしていることがわかる。ミドル クラスとワーキングクラスの間に横たわる構造的諸要 因や伝統的慣習のあり方の違いは、若者の移行過程に おける時間的見通しの持ち方に大きな影響を与えてい た。そのなかで、長期型の戦略をもちづらいワーキン
グクラスの若者たちは、その移行過程が早かろうが引 き延ばされようが、高いリスクを負わざるを得ない状 況に曝されている。しかし、経験や年齢を重ねること によって計画する能力は増大し、特に新しい資源にア クセスした際には、長期型の戦略を計画することが可 能になるという点もまた、ジョーンズによって示され ていた。
4.考察
以下では、ジョーンズの議論からアーネットとバイ ナーによる論争をみることによって、移行過程を捉え る際にどのようなことが重要となるのか、その検討を おこなってみたい。
ジョーンズの議論において、まず注視すべき点は後 期近代における個人化という視点であった。個人化が 進展した社会においては、人生に対するリスクを引き 受けることも含めて諸個人は選択や決定を迫られてお り、今日の移行過程における行為主体の重要度は高ま っている。しかし一方で、それは個人の自由な選択・
決定というようなかたちでの行為主体を意味するもの ではなく、制度・構造的要因と不可分なものであるこ とが強調されていた。したがって、新しい時代状況に おいても、移行過程は依然としてその構造的要因との 連関が維持されているのである。
この個人化という視点は、時間的見通しに注目する ことを可能にする。時間的見通しとは、長期的に計画 を組むなかで選択・決定をおこなっていく戦略と、そ の場その場を何とか切り抜けていくような短期型の戦 術に区別され、その持ち方には構造的要因やその下で の資源の多寡が強く影響していた。この概念を用いる ことによって、ジョーンズは、構造的要因と結びつい た従来の指標の有効性に疑問を投げかけていた近年の 新しい動向、すなわち、従来ミドルクラスの移行経路 であった遅い移行を歩む者のなかにワーキングクラス の若者が増加しているという現象を、行為主体と構造 的要因との連関で捉えることができたのである。
以上のような議論を展開するジョーンズの視点か らアーネットとバイナーの議論をみてみよう。2節で みたように、アーネットは「長期化」する移行過程を
と名付け、個人が選択や決定をおこなうことので きる可能性ある時期として、その期間を捉えようとし た。一方、バイナーはそれを可能性の時期などではな く、社会経済的な問題によって移行が引き延ばされた 時期と捉え、構造的要因を不問にするアーネットへの批判を展開した。両者はともに移行過程が「長期化」
したという認識の下、その時期をどう捉えるのかとい う点において異なる見解をもっていた。両者の対照性 は、「長期化」する移行過程の理由やその把握において、
行為主体を強調するか社会構造の規定性に重きを置く かにあったといえる。
この対立に重要な示唆をもたらすのが時間的見通 しという視点である。ジョーンズは、重要度を増す行 為主体を過度に見積もるのでもなく、またそれを見過 ごすのでもなく、構造と行為主体双方を見るために、
時間的見通しに注目して若者の選択の背景にある戦略 と戦術の違いを指摘した。つまり、行為主体の選択・
決定が、長期型の戦略に基づくものか短期型の戦術の 下でとられたものなのかを見ることによって、構造的 要因と結びついた行為主体のありようを捉えたのであ る。
このことから言えるのは、アーネット、バイナー両 者において、後期近代における個人化という視点の欠 如が見てとれるという点である。つまり、一方でアー ネットは、今日の行為主体が占める重要性に着目しつ つも、それを過度に見積もり、リスクへの対処の仕方 に影響を与えている制度・構造的要因を軽視してしま っている。他方、社会経済的な問題解決にすべてをゆ だねたバイナーは、構造的要因への視点の欠如を強調 するにとどまり、個人化の下で増大する行為主体の重 要性を見落としていたのである。
では、個人化という視点の有無によって、移行過程 を捉える際にどのような違いが生じるのだろうか。そ れは端的には、従来移行過程を捉える際に重視されて きた仕事・離家・家族形成という移行の三側面の連関 をどのように捉えるのか、その理解の差異として表れ ている。
アーネットは、晩婚化や少子化などを背景に、仕 事・離家・家族形成の三側面が連動しながら移行する 形態はもはや失われ、それらの指標達成から〈大人へ の移行〉を捉える意義は消失したと考えていた。一方、
バイナーにおける三側面の把握は(明示的には触れら れていないものの)、社会経済的問題が解決されれば
「移行の長期化」問題もなくなるとした論理から、仕 事側面の問題の解決によって離家・家族形成の移行が 連鎖的に為されていくという理解の仕方が見てとれ、
三側面の強い連関を想定していることがうかがえた。
それに対し、ジョーンズの捉え方は、三側面のつな がりが強固であった従来に比べて、その相互連関は緩
やかなものとして残っている、というものであった。
個人化の進展によって、個人の人生を導き、またその 半面制限していた階級などに結びついた自明のガイド ラインは見えづらくなり、諸個人は選択や決定を強い られるようになった。しかしその個人の選択は、資源 の多寡として表れる構造的要因に結びついた長期的/
短期的な見通し(戦略/戦術)の下におこなわれてい た。こうしたことから今日の移行過程は、一方では行 為主体の重要度の増加とともに三側面の強固な結びつ きが拡散し、他方では行為主体の選択や決定が構造的 要因と結びついていることからその三側面の相互連関 が消失してはいないという、複雑な様相を帯びるので ある。
以上から、アーネットとバイナー、そしてジョーン ズにおいて捉えられている移行過程の差異が明らかに なる。アーネットとバイナーは、個人化の視点を欠い たために、三側面のつながりを緩やかにつながりなが ら残っているものとして捉えられなかったのである。
だからこそ、多様で複雑な移行過程を前にして、従来 とは異なる三側面の結びつきの可能性を想定すること なく、アーネットは従来の三側面を指標とする意義が 消失したと判断し、バイナーは三側面のうち最初の契 機となる仕事面にのみ注目して社会経済的問題が解決 されれば「移行の長期化」問題もなくなると論じたの である。それに対しジョーンズは、時間的見通しに応 じた個人の選択や決定の違いに着目して、三側面が緩 やかになりつつも残っていることを見落とすことなく、
移行過程を「長期化」とともに複雑化したものとして 捉えたのである。
以上のように整理すると、ジョーンズが展開した議 論、すなわち個人化という認識を土台に、個人の選択 や決定の重要性を度外視することなく、その選択や決 定と構造的要因との結びつきにも着目して、「長期化」
とともに複雑化する〈大人への移行〉過程を捉えると いう分析視角の重要性が見えてくる。だが、この点と かかわって述べておきたいのは、2節末において指摘 した、アーネットが注目した行為主体の変容をどのよ うに捉えるのか、という問題である。アーネットは、
困難な背景をもった若者であっても試行錯誤的に自由 に探究するなかで不利を乗り越えて人生を転換させる きっかけをつかむことができると論じていた。たとえ それが過度であったとしても、今日比重を増す行為主 体のありよう、とりわけ、一見すると構造的要因との 連関で捉えがたいような変容を示す行為主体のあり方
に、アーネットは焦点を当てていたのである。
この論点は、先のジョーンズによる長期的/短期的 な時間的見通し(戦略/戦術)の視点から改めて考え ることができる。先に見たように、資源の多寡と結び ついた時間的見通しという見方を導入することによっ て、選択や決定の為され方、すなわち行為主体のあり ようは構造的要因と結びつけて捉えることができる。さらに、時間的見通しは変更可能性をもつものであり、
変更の契機となるのは年齢や経験を積むこと、またと りわけ重要だったのは新しい資源にアクセスすること だと指摘されていた。個人は構造的諸要因に制限され ながらも見通しを変え、その選択・決定を通じて方向 修正をすることが可能なのである。つまり、諸資源が 影響し合いながら個人の生活世界の中で時間的見通し がかたちづくられていくと同時に、その時間的見通し は経年的にも資源のアクセスによっても変わりゆくも のである。アーネットが見ようとした行為主体の変容 は、時間的見通しを導入することで、構造と結びつい た行為主体の変容として捉えられなければならないの である。
本稿の課題は、「移行の長期化」に関する先行研究 の精査を通して、若者に生じている仕事・離家・家族 形成をめぐる多様な変容を捉える分析視角を明らかに することであった。本稿で私たちは、従来型の仕事・
離家・家族形成の相互連関的な達成を前提に「移行の 長期化」と捉える枠組みでは、「長期化」したとされる 期間をより深く適切に分析することができないことを 問題としてきた。以上の考察を踏まえれば、「長期化」
する移行過程は、個人化の進展の下で複雑化する様相 としてみる必要がある。その上で、「長期化」しつつも 複雑化する移行過程を捉える分析視角となるのは、
個々の若者がそのときどきにもつ時間的見通しである。
この視角によって、以前とは異なるかたちで社会に依 存しながら自らの人生を再組織化する行為主体を捉え ることができるのである。ただし、本稿で得られた以 上のような知見が、移行過程にある若者たちを十全に 捉えるものであるかどうかは、実証的研究のなかで検 討される必要があるだろう。
注
そうした理解は、なによりも「若者バッシング」と いうかたちで顕在化した。文献としては、高校生の進 路未決定者の要因について、「やりたいこと」を優先し
たいという本人の意識の問題を指摘した苅谷他
(
)などが挙げられる。
代表的には、労働政策研究・研修機構(旧:日本労 働研究機構)の一連の調査報告書を参照。
耳塚他(
)、乾(
)、古賀他(
)、部落 解放・人権研究所編(
)など。
宮本(
)、「若者:長期化する移行期と社会政策」特集を組んだ社会政策学会誌(
)など。
(
)
頁。
乾他(
)、乾他(
)、乾編(
)、乾他(
)、 児島他(
)、乾他(
)、児島他(
)、乾(
) など。若者の出身階層やジェンダーといった社会構造 的要因、家庭の経済的感情的支援、あるいは友人関係 のネットワークといった諸資源の状況に留意しながら その移行過程を捉えてきた。本調査を通じて、移行の 個別化・複雑化が進む一方で、相対的に安定して仕事 を続けられている層と不安定な状況にさらされ続けて いる層に分化している実態などが明らかとなっている。
久木元(
)の訳による。
はこの他に「早期 成人期」(
(
)訳書)、「成人形成期」(白井(
))などとも訳されてきた。しかし、いずれにおいても本格的な検討は為されてい ない。
(
)
~
頁。
同上、
~
頁。
ただし実際には、対象者
名中白人が
%を占 めており(
(
))、対象者の偏りが指摘され ている(
(
))。これに対しアーネットは、属性の多様性には配慮したとしている(
(
))。
(
)、
頁。この三つは、心理学・社会 学・人類学で一般的に用いられている「大人」の指標
のうち、「大人とみなされるために達成すべきであ る」と若者が回答した割合が一番目、二番目、四番目 に高かった項目に該当する(
頁)。なお三番目に高 かった項目は「他者を思いやるようになる」であるが、アーネットの定義する「大人」の指標には含まれてい ない。
同上、
頁。
同上、8頁。
この点については、同上、第
章「成人萌芽期か ら早期成人期
へ:大人になるとは何 を意味するのか」を参照。
この点については、同上、第7章「仕事
:労 働
を超えて」を参照。
同上、第9章「可能性の時期:4つのケーススタデ ィ」を参照。
同上、
頁。
同上。なおここでアーネットは、
期に自身によ る選択の機会が増えることにより、「浅はかな、あるい は不運な」選択によって「人生が悪い方向へ進む」こ
ともありうる、として、その具体例に「意図せざる妊 娠」「悲惨な交通事故」「アルコールなどへの過度の依 存」などを挙げている。しかし、アメリカ国内での諸々 の調査によれば、
期になると、「カレッジに進学し ているか、安定した職についているか」などの別なく、「ほとんどの若者が生活に対して楽観的で満足を示す ようになる」としている。
同上、
頁。
同上、
頁。
(
)、
頁。
同上、
~
頁。
ô
é
(
)。
同上、
頁。
同上、
~
頁。
同上、
頁。
同上。
(
)
頁。
同上、
~
頁「規範的なタイムテーブルからの 転換」では、今日の仕事・離家・家族形成それぞれの 側面の移行過程変容が描かれている。
両者の中心的な著作としては、
(
)、
(
)、
(
)がある。
(
)の特に
~
頁「再帰的人生経歴 と‘ライフスパン’」に依拠する。
同上、
頁。
同上、
頁。ならびに
(
)の 第4章「宿命、リスク、安心」を参照。
この点については、
(
)の第二部 第5章、
(
)を参照。
(
)
頁。
同上、
頁。
同上、
頁。
同上、
~
頁「若者期におけるリフレクシビ ティ」を参照。
同上、
頁。
同上、第6章「若者と依存」を参照。
たとえばイギリスの場合、失業手当を
歳から
歳に引き上げるとともに、児童手当も
歳までに引 き上げられたことが挙げられる。また、福祉手当や住 居手当、最適賃金法の対象となる年齢が政策によって 規定されているが、その年齢はまちまちとなっており、若者が長い期間、制度的・文化的に「部分的依存状態
」(同上
頁)におかれるよう になったことをジョーンズは指摘している。
(
)
頁。
同上、
頁。
ここでは詳細に取り上げないが、ジョーンズは「贈 与」という概念を用いて、依存状態にあることは本質的に「恥
」の感覚を伴うものであることを示している。特に、親の長期にわたる支援が文化的に馴染
まないワーキングクラス家庭では、援助してもらうか どうかの正当性をめぐって親子間に緊張関係が生じる。
これらのことは、
(
)第6章「若者と依存」に詳しい。
同上、
頁。
参考文献
(
)
1
3
―――――(
)
―――――(
)
9
1
部落解放・人権研究所編(
)『排除される若者た ち』解放出版社
(
)
8
4
(東廉・伊 藤美登里訳『危険社会―新しい近代への道』法政大学 出版局)
(
)
ô
é
(
)
3
(
)
(乾彰夫・西村貴之・平塚眞樹・丸井妙子訳『若者 と社会変容』大月書店)
(
)
(秋吉美都
安藤太郎
筒井淳也訳『モダニティと自己アイデンティティ―後期近代に おける自己と社会』ハーベスト社)
乾彰夫(
)「『戦後日本型青年期』とその解体・再 編」『ポリティーク』第3号
―――(
)『〈学校から仕事へ〉の変容と若者たち
―個人化・アイデンティティ・コミュニティ』青木 書店
乾彰夫・上間陽子・木戸口正宏・椎林美樹・杉田真衣・
竹石聖子・西村貴之・宮島基・芳澤拓也・渡辺大輔
(
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号
乾彰夫・新井清二・有川碧・杉田真衣・竹石聖子・西 村貴之・藤井吉祥・宮島基・渡辺大輔(
)「“
高 校卒業1年目”を生きぬく若者たち―『世界都市東 京』における若者の〈学校から雇用へ〉の移行過程 に関する研究Ⅱ」東京都立大学人文学部『人文学報』第
号
乾彰夫編・東京都立大学「高卒者の進路動向に関する 調査」グループ著(
)『
歳の今を生きぬく』青木書店
乾彰夫・安達眸・有川碧・遠藤康裕・大岸正樹・児島 功和・杉田真衣・西村貴之・藤井吉祥・宮島基・渡 辺大輔(
)「明日を模索する若者たち:高卒3 年目の分岐―『世界都市東京』における若者の〈学 校から雇用へ〉の移行過程に関する研究Ⅲ」首都大 学東京都市教養学部人文・社会系/東京都立大学教 育学研究室『教育科学研究』第
号、
年
乾彰夫・児島功和・進藤正樹・中村(新井)清二・原未来・藤井吉祥・船山万里子・三浦芳恵・宮島基
(
)「『新時代』を働き・生きる若者たち:高卒 5年目の人生経歴―『世界都市』東京における若者 の〈学校から雇用へ〉の移行過程に関する研究Ⅳ」首都大学東京都市教養学部人文・社会系/東京都立 大学教育学研究室『教育科学研究』第
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古賀正義・直井多美子・吉田美穂・野田香代子・五味 靖・竹内実雪・敦賀亮太・戸田真希子(
)「高 卒フリーターの産出過程に関するエスノグラフィー 研究―進路多様校卒業生追跡調査の結果から」中央 大学教育学研究会『教育学論集』第
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児島功和・中村(新井)清二・乾彰夫(