• 検索結果がありません。

刑法における犯罪論の現代的意義

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "刑法における犯罪論の現代的意義"

Copied!
31
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

刑法における犯罪論の現代的意義

その他のタイトル Der gegenwartige Sinn der Straftatslehre im Strafrecht

著者 山中 敬一

雑誌名 關西大學法學論集

巻 59

号 2

ページ 159‑188

発行年 2009‑08‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/1502

(2)

刑法における犯罪論は︑いうまでもなく︑すべての各則の犯罪に共通な﹁犯罪の

一般的な成立要件﹂を論じる理論

である

︒今日︑刑法総論は︑この犯罪論︵要件論︶と刑罰論︵効果論︶に分けられるが︑犯罪論の部分の中心は︑す

ー.犯罪論とその諸原理

は じ め

]

現代社会と刑法の機能

.現代社会と犯罪論

叫現代社会における罪刑法定主義の意義

五.違法論の現代的課題

任論の現代的課題

刑法における犯罪論の現代的意義

山 中

︵●

五九

(3)

まず︑様々な犯罪論の構想がありうることを例示するため︑とくに戦後の日本における犯罪論がどのような基本的

(3

) 

な考え方によって構想されてきたかを簡単に振り返っておこう︒

代学

派︶

日本においては︑すでに現行刑法(‑九

0

七年公布︶の成立以前から︑刑法における旧派︵古典学派︶と新派︵近

(4の対立が激しく︑犯罪論においても犯罪体系の構想の際にその対立が反映していた︒そこでは︑犯罪とは︑

旧派によれば︑客観的な法益侵害行為であり︑新派によれば︑行為者の性格を行為に主観的に表現したものであった︒

(5第二次懺界大戦後もこのような新旧両派の犯罪の理解が︑犯罪論の構築の起点であった︒戦後の犯罪論体系論は︑

2

.犯罪論の変遷 たときに犯罪が成立する

論的考察ないし経験的原則として積み重ねられてきた諸々の﹁原理︵原則︶﹂に照らして︑犯罪の成立要件が論じら

現在では︑犯罪の成立要件を三

段階に分け︑﹁構成要件該当性﹂︑﹁違法性﹂︑﹁責任﹂という

三つの要件が満たされ

わち︑この見解によれば︑﹁犯罪とは構成要件に該当する違法かつ有責な行為である﹂と定義される︒

本講演では︑犯罪体系におけるそれぞれの段階における重要な諸原理の現代刑法における意義を確認し︑犯罪論が︑

(2現代社会において果たすべき機能を明らかにする︒ただし︑ここでは︑紙幅の都合から︑犯罪論の特徴的ないくつか

のカテゴリーを例示的に取り上げ︑検討するにとどめざるをえない︒ れ

る︒

べての犯罪に共通の犯罪の成立要件について体系的に考察する犯罪論が占めている︒犯罪論においては︑従来から理 関法

︵三段階犯罪論体系︶というのがドイツ法の影響を受けた諸国での通説になっている︒すな ︵一六

0 )

(4)

刑法における犯罪論の現代的

意義

する見方に対応する︒

その後犯罪論において決定的な役割を果たすことになった

の権威︵社会の利益︶

︵ こ ハ

一 ︶

(6九五

0

年代後半からドイツの目的的行為論の影響を受けた論文が出始め︑目的的行為論によって基礎づけられた︑故 意や目的といった主観的な要素が︑責任論ではなく︑すでに違法論において大きな意味をもつという行為無価値論が︑

的に行動するものだという哲学的認識に基礎にして展開し︑犯罪論は︑﹁事物論理構造﹂ないし事物の存在論的構造

一九六

0

年代には︑刑法改正が課題となり︑刑事政策的目的や刑法の機能に注目が集まった

︒当 時 ︑ 道徳からの刑法の解放が︱つの重要な刑法の原理を表した︒その背景には︑自由主義と権威主義︑個人の自由と国家

のどちらを優先させるかというイデオロギーの対立があった

︒これを背景にして︑犯罪論を刑

一九

0

年代末以降︑存在論的な犯罪論に対抗した︒このような構想

においては︑刑法は道徳秩序を維持するためにあるのではなく︑法益を保護するためにあるという法益保護の原則が 標榜され︑同時に刑法の謙抑性・刑法の補充性が重要な刑法の原理として唱えられた

︒そ

こでは︑刑法は刑事政策を

実現する手段であると捉え︑犯罪論もその観点から目的合理的に構成されるべきであるという﹁機能主義﹂が重要な 意味をもった︒

このようにして︑犯罪論は︑たんなる犯罪の成立要件論ではなく︑犯罪に対する基本的な考え方が如実に反映する

理論的な視座なのである︒

犯罪に対する基本的な見方は︑刑罰に対する基本的な見方と連動し︑社会のシステムに対

事政策の実現という観点から構想する見解が︑

これ

に対

して

︑ に拘束されるものと考えた︒

一方で︑目的的行為論は︑犯罪論の構想を︑人間は目的

(5)

たとえば︑前期啓蒙期の犯罪観は︑社会契約論と功利主義的に基づき︑﹁不快︵不利益︶﹂を避け︑﹁快︵利益︶﹂を

追求する合理的人間観を背景にする︒これに対して︑一九世紀の旧派刑法学における犯罪観は︑道義的国家観に基づ

き︑犯罪を道義違反と捉える︒新派の犯罪観は︑犯罪は︑社会的環境と生物学的遺伝の所産であり︑犯罪原因の科学

的な探求により︑有効な刑事政策を実行し︑社会防衛を図るのが刑法の任務であると考える︒二

0

世紀後半の刑法学

は︑最大公約数として単純化していうならば︑旧派と新派の総合であり︑自由な個人の人権を保護しつつ︑犯罪抑止

のための特別予防を中心とする刑事政策を実現するものとみなすということができる︒

義と民主主義を基礎にし︑国家の役割を最小限に保ち︑国家が人権侵害を行うことなく︑犯罪予防の課題を果たすこ

とを求めるものであった。個人は、他人の権利•利益を害しない限り、自由であり、他人の権利•利益の侵害があっ

て初めて︑刑罰権を発動できるというジョン・スチュアート・ミル

(8

P r i n c i p l e )

がその犯罪観の基礎とされていた︒

法益の侵害がなければ︑その行為を犯罪として処訓できないのであって︑道義・道徳秩序ではなく︑法益の保護を

図るのが︑刑法の任務であるとするいわゆる﹁法益保護の原則﹂が唱えられた︒しかも︑法益の保護も︑﹁謙抑主義

の原

﹂に服さなければならないとされた︒謙抑主義とは︑刑法は犯罪に対して刑罰を科するという強力な国家権力

の発動であり︑犯罪者の自由を奪うものであるから︑なるべく発動を控え︑抑制的に刑罰権を行使し︑適用されなけ

ればならないという原則である︒刑法は︑激烈な副作用を含む劇薬であるから︑なるべくその投薬を控え︑他の方法 第二次世界大戦後︑日本の刑法学は︑

3

犯罪観と社会・国家観の変遷 関法

一九六

0

年代

まで

は︑

(J oh n 

S t u a r t   M

i l l )  

の﹁

加害

原理

(H ar

, m 一部で︑戦前の理論との連続性を保ちながら︑自由主 四︵一

六 二

(6)

それ

では

本稿は︑二

0

0九年五月一八日に中国・武漢大学法学院て行った講演の原稿である︒

(l

)

犯罪論の休系については︑

I I J

中・刑法総論︵第二版・ニ

0

0八

年 ︶

︱‑

七頁

以下

参照

(2)本講演の内容を補完する他の論稿として︑山中﹁刑法理論の展望﹂犯罪と刑罰一五号︵二

0

二年︶三三頁以下参照︒0

(3)山中・前掲刑法総論︵第二版︶三九頁以下参照︒ドイツ語によるものとして︑

Ya ma na ka

,W

an dl un g  d e r   S t r a f r e c h t s

  , 

do gm at ik a   n ch   de m 2

W

e l t k r i e g

um  Ko nt ex tw ec hs el   de r  Th eo ri en  i n   d er   ja p a n i s c h e n t r   S a f t a t l e h

r e

( J e h l e  

¥ L

ip p 

¥ Y

am

a  , 

na ka   (H rs g . ) :   R e z e p t i o n   u nd e  R fo rm   im   ja p a n i s c h e n n  u d  d e u t s c h e n   Re ch

t2008S

17 3 

f f . 

(4)日本においては︑まず︑ボアソナード

( G u s t a v e Bo is on ad e:

  1

82 5 19 10 )

の弟子たちが古典学派︵旧派︶に依拠し︑その

後︑社会防衛論を説く新派が有力になった︒科学的な新派の登場は︑勝本勘︱︱一郎による︵中義勝・山中敬一

﹁勝

本勘

︱︱

一郎

刑法理論﹂吉川経夫ほか編﹃刑法理論史の総合的研究﹄[‑

九九 四年

一四0

頁以

下参

照︒

(5)大塚仁・刑法における新・旧両派の刑法理論

( ‑ 九 五七 年︶ 参照

︒ ( 6 )

日本における代表的論者として︑木村亀二博七︑平場安治博士︑福田平博士を挙げておく︒

(7)その代表的論者として︑平野龍一博士の機能的考察方法が挙げられる︒山中﹁平野龍一博士の刑法理論﹂ジュリストニ︱

八一号四七頁以下参照︒

(8)山中・刑法概説

I

︵ 二 0

0八年︶二八頁参照︒

( 9 )

山中・前掲刑法総論五二頁以下参照︒ ※ 

刑法における犯罪論の現代的意義

︵一

六 ︱ ︱

‑ ︶

のないときのみに発動されるべきだというものである︒刑法は︑第二次的手段であり︑究極の手段

(9

) 

であるというのは︑

二︱世紀の現代においては︑どのような社会観と犯罪観に基づいて犯罪論が構想される必要があるのか︒

現代社会と刑法の機能

このことを意味している︒

( u l t i m a   r a t i o )  

(7)

のではなく︑ネットワーク化され︑全体としてみると︑

1

システム社会と個人の自由

これを考察する前提として︑まず︑現代社会における刑法の機能について一瞥しておこう︒

自由王義刑法を支える刑法の法益保護の原則・謙抑主義の原則は︑現代社会においてその意義を失ったわけではな

(1 0

い ︒しかし︑現代社会は︑高度な技術社会であり︑高度情報化社会であり︑危険社会であり︑ネットワーク社会︑そ

してグローバル化社会である︒その特徴は︑単純化していうと︑社会が︑単独に孤立した諸々の集団として存在する

一個の有機体のように組織化され︑システム化されているこ

とである ︒個々の個人や制度ないし地域社会が複雑な因果関係によってつながっているのである ︒したがって︑環境

犯罪や大規模な事故のように︑小さな因果の流れの変更が︑ネットワークを通じて大きな損害を引き起こすこともあ

る︒このような社会においては︑個人がその関心と利害に基づいて行動していることが︑社会全体の一部として全体

システムに組み込まれているといってもよい︒このような社会を総称して﹁システム社会﹂と呼ぶことにする︒

それでは︑このようなシステム社会においては︑自由意思に基づく個人の行動は︑全体社会のシステムの

一環で

あって︑個人は︑システムの一部でしかないのだろうか︒現代システム社会は︑全体主義国家とはまったく異なる ︒

それは︑民王主義と自由王義を前提にしているからである︒現代システム社会は︑全体システムと個人の自由・自己

決定権との二つの柱からなる︒個人の自由・自己決定権は︑社会を動かし︑活性化する原動力である

︒しかし︑環

境•福祉・国際平和といった全体利益に反する個人の自由は制約を受けるシステムと個人の自由と権利の保障とは

表裏をなし︑社会のシステムも個人の自由と権利を最大限に生かしていくものでなければならない︒

システム社会は︑

関法

︵一

六四

(8)

刑法における犯罪論の現代的 ルタである﹂と述ぺたのはこの意味である︒

以上に述べたシステム社会において︑刑法はそもそもどのような機能をもつのであろうか

︒刑法の機能は︑周知の

よう

に︑

︵行為︶規制機能︑︵法益︶保護機能︑および

為を規制するがゆえに︑刑法の行為規範の側面を表している

︒保護機能は︑被害者の観点から刑法によって被害を防

止するという機能を表す︒

これに対して︑保障機能は︑刑法が︑刑事制裁からの国民と犯罪者の自由と人権を保障す る機能をいう︒刑法上の規定を超える︑人権侵害を伴う刑事政策は許されない

v o n  

L i s z t   : 

18 51

1 91 9)  

現代システム社会における刑法の機能は︑もとより︑規制機能・保護機能と保障機能との相剋・対立状況にある

保護機能を全うし︑法益の侵害を効果的に果たすためには︑規制機能の面では︑犯罪につながる行為を早期に防止し

なければならない︒

そのため侵害犯ではなく︑危険犯︑しかも抽象的危険犯の処罰が多用されることになる

このよ うな処罰の早期化は︑日本においては︑主として︑刑法典の改正によ

ってではなく︑各種の行政刑法によって行われ

る︒

行政取締法規は︑その行為規範違反に対して刑罰を科して︑その実効性を補強している

︒道路交通法・各種環境

法のような行政目的を達成するために刑罰を科している規範を行政刑法という

︒行政刑法の目的は︑例えば︑交通の

2

.刑法の機能

︵一六

五 ︶

個人の自由・個人の主体性ないし自已決定権を組み込んだスーパー・システムでなければならず︑個人の自由を内在

( 1 2 )  

するシステムでなければならない︒

︵人権︶保障機能の三つに分類される︒規制機能は︑国民の行

フランツ・フォン・リスト

( F r a

n z  

は︑﹁刑法は刑事政策の超えることのできない障壁である﹂とし︑﹁刑法は犯罪者のマグナカ

(9)

ばならないであろう︒

円滑•安全な運行にあるが、その目的を達成するため、制限速度違反、信号無視などの行為に対して刑罰を科して、

その規範が守られるようその規範を補強している。しかし、制限速度違反や信号無視は、直接人間の生命・身体•財

産などを脅かすものではなく︑そのような行為が︑そのような法益侵害に対して抽象的危険があるためこれを禁止し︑

処罰しているのである︒大気汚染防止法︑水質汚濁防止法などの環境法規も処罰規定をもち︑人の生命・身体などの

侵害に至りうる抽象的危険のある行為を処罰している︒このような抽象的危険犯は︑高度の技術の裏面である危険に

満ちたシステム社会において法益侵害を予防するために必要不可欠となっている︒しかし︑これは︑犯罪とは︑法益

侵害であるという法益侵害原則からいうと︑それから大きく離れた行為を処罰するものであって︑これに反する恐れ

がある︒抽象的危険犯による処罰の早期化は︑国民の行動の自由に対する保障機能を侵害する危険がある︒とくに最

近では︑テロとの戦いの手段として︑犯罪行為をその早期の段階で防圧するため処罰が前倒しされる立法例が増えて

( 1 3 )  

いる︒共謀罪や犯罪組織に所属することを罰する規定を設けることなどがそうである︒これらの立法は慎重でなけれ

(10)危険社会における刑法の機能の変化については、山中・前掲刑法総論五0頁以下参照。全体的には、vgl

Ya ma na

9

St ra fr ec ht sd og ma ti k  i n   d er   ja pa ni sc he n  R i s i k o g e s e l l s c h a f

t 2008

No mo s  , / 

e r l a g

(1 1

) 例を挙げると︑現代社会は︑コンピュータ・ネットワーク社会の特徴に挙げられるように︑コンピュータの回線の故障 などにより空港・銀行などの重要な社会のシステムが麻痺してしまう脆弱な社会でもある

このような社会を守るためには︑

見︑重要とは見えない︑例えば︑﹁回線﹂の保護を厳重にする必要がある

(1 2

) 山中・前掲犯罪と刑罰

五号三六頁以下参照︒

(1 3

)

これについては︑ヤコブスによって提唱され︑ 関法

国際的にも大きな論議を呼んでいる︒﹁対敵刑法﹂

( F e i n d s t r a f r e c h t )  

の問

(10)

刑法における犯罪論の現代的意義

︵一

六 七

題が重要であるが︑ここではこれには触れない︒V

g l .   Ja ko bs   B r i . i g e r s t r a f r e c h t   un d  F e i n d s t f r a f r e h c

t

H c h s t r i c h t e r l i c h e   Re ch ts pr ec hu ng t   S r a f r e c h t   ( HR RS

2004S)88; 

d e r s . ,   Te rr or is te   a n l s   Pe rs on   im e  R ch t?

i n

:  

St W 

117 2005 S839 

f f .  

g l .  

Fr an s

c i s c

M

Nu

Co nd

e

Ub er  < l a s  

, ,

Fe in ds tr af re ch t " ,  

20 7S

f f

Ma ss im o  D on in

i

Da s  S t r a f r e c h t   u nd e   d r  , , Fe in

'd

2007 S

f f .  

それでは︑このような現代社会において︑犯罪論はどのように構想されるべきであろうか

刑法における犯罪論は︑犯罪の一

般的成立要件を体系的に論じるものである︒構成要件該当性・違法性・有責性の 判断を経て︑犯罪が成立するかどうかを決定するのが犯罪論の役割である︒それは︑犯罪と犯罪でないものを明確に 区別し︑同様の事案については安定的につねに同様の結果が得られる合理的で体系的なものでなければならない︒究 極的には︑犯罪論は︑処罰されるべき行為と処罰されるべきでない行為とを区別する機能を果たすものでなければな らず︑その行為にふさわしい刑罰が与えられうるよう評価しうるものでなければならない

︒このような目的を果たす

に適した犯罪論とはどのようなものであるべきかが問題なのである︒

犯罪論の第一段階は︑構成要件該当性判断である︒

構成要件該当性判断は︑処罰されるべき行為の最外部を画する ものである︒したがって︑刑法に規定された犯罪行為とそれ以外の行為とを区別する機能を果たすことが最も重要な

構成要件の機能である︒これは︑法律に犯罪として規定されていない行為は︑犯罪ではないということを意味する︒ ー.犯罪論の意義

現代社会と犯罪論

(11)

性︶︑すなわち主観的・心理的なものと捉えられた

第 五 九 巻 二 号

︵違法性の意識の可能

したがって︑これを﹁構成要件の罪刑法定主義機能﹂といってもよい ︒構成要件該当性に関する問題には︑さまざま

なものがあるが︑本講演では︑最も重要な罪刑法定主義機能に限定して論じる︒ここでは︑当該犯罪処罰が憲法上適

正かどうかを問う適正処罰の原則についても検討する︒

犯罪論の第二段階は︑違法論である︒原則として法益を侵害する行為が違法であるが︑法益侵害ないし行為客体の

侵害の有無はすでに構成要件該当性の問題であり︑外見上すでに法益侵害ないしその危険がある行為が行われたこと

を前提にして︑その形式的・原則的な違法に対して︑実質的に違法といえるかどうかを判断するのが違法論である︒

したがって︑違法論においては︑原則的に違法な行為に対して例外的・実質的にそれを正当化する事由があるかどう

かを吟味するのが︑その機能である︒原則的に違法を意味する構成要件該当行為が例外的に正当化されないかどうか

が問われるのである︒この段階は︑刑法の構成要件に該当する行為を︑憲法を頂点とする規範体系に照らして︑具体

的な法益ないし利益対立状態において実質的に違法かどうかを判断する︒利益ないし法的価値の葛藤・衝突状況にお

いて︑憲法の理念に従って何が違法かを決定するのである︒緊急避難

︵ 三

七条︶において︑このような利益対立状況

は典型的に現れる︒それが︑法益侵害行為であっても︑それを上回る利益が得られる場合には︑違法性は阻却される

というのである ︒このような利益衡量における﹁優越的利益の原則﹂がここでは重要である︒

第三段階は︑責任論である︒責任論は︑個人が当該不法に対してどこまで責任を負うか︑また︑個人がその責任に

もとづきどのように処罰されるかを決定する意味をもつ︒したがって︑責任は︑個人の能力や心理状態に関係する︒

かつては︑責任とは︑責任能力があり︑故意・過失があり︑違法であることを意識しうること 関法

︵心理的責任概念︶が︑現在では︑個人の行為に対する非難可能

(12)

刑法における犯罪論の現代的

意義

論﹂と名付けることにする︒

︵一

六九

性であると捉えられている︵規範的責任概念︶︒責任論においては︑﹁責任なければ刑罰なし﹂という責任主義の原則 が重要である︒このようにして︑責任は︑刑罰の基礎であるが︑かたい応報刑をとらない限り︑これは︑刑罰は責任

を上回ってはならないという﹁消極的責任主義﹂の意味に解されている︒刑罰︑すなわち量刑は︑特別予防等を考慮

して責任を下回ってもかまわないのである︒

最近

では

責任論において刑罰目的等を勘案して処罰に値するかどうか

を責任概念に含める﹁可罰的責任論﹂が唱えられている︒これは︑やはり責任主義の枠内で︑刑罰目的を考慮すると

いうことであって︑責任論を予防論に還元する機能主義的責任概念は︑刑罰に対する歯止めを失う恐れがあり︑取る

刑事

政策的目的に方向づけられた機能的な刑法学ないし犯罪論こそが︑刑法の方法論としてふさわしいことは疑い がない

しかし︑機能的・目的合理的な犯罪論とは︑たんなる経験科学的知見を基礎に犯罪抑止という目的に方向づ けられた犯罪論ではなく︑それと同時に︑憲法を頂点とする規範的な価値を実現するための全体的な体系でなければ

(1 4

ならない︒ 刑法の犯罪論は︑犯罪を認定するに目的合理的な体系のみではなく︑人権保障機能をも充足するいわば適

正な処罰

を保障するものであり︑また︑行為規制機能も︑国民の自由を尊重し︑自己決定に委ねうるものでなければ

ならないのである︒

その意味で︑犯罪の防止と憲法上の価値の実現との衝突を導くような犯罪論体系であってはなら

ない

このような﹁規範体系﹂の中で犯罪抑止を図る犯罪論の体系を目指す方法論を︑﹁規範体系的機能主義の犯罪

2

.規範体系的機能主義の犯罪論 ことはできない︒

(13)

3

.犯罪論における行為規範と制裁規範

第 五 九 巻 二 号

その重要な特徴として︑まず︑刑罰論としての犯罪の事後予防の観点を挙げておく︒これは︑刑法による犯罪の効

果的な予防として処罰範囲を拡大し︑処罰を早期化し︑または厳罰化することによるのではなく︑国民の自由と権利

ないし自己決定権を最大限尊重しつつ︑いったん行われた犯罪につき︑事後的に再社会化のための条件を整えるなど

して刑罰によって犯罪の事後処理をするという立場である︒すなわち︑刑法は︑行為規範としては︑犯罪の事前予防

(1 5

機能をもち︑制裁規範としては︑行われた犯罪を事後処理するという機能をもつ︒事後処理は︑法への信頼の回復と

いう機能をもつが︑それは積極的一般予防をも意味する︒しかし︑刑罰を科することは︑さらに︑特別予防・︵消極

このようにして︑犯罪論体系は︑憲法の価値判断に指導された全体的な規範論体系のなかで︑上記の刑法の目的を

(1 6

達成するための目的合理的・機能的なものとして構想されるぺきである︒そのような指導理念のもとに︑経験科学と

(1 7

事例群の分析により類型学的に下位基準を作り上げていくことによって︑規範的考察と事実的考察とを融合した解釈

学を展開することが要請される︒経験科学的な機能主義が︑犯罪予防の観点を主眼として効果的な犯罪予防を図る立

場であったのに対し︑ここでは︑それに対抗するような憲法上の価値の実現との調和を考慮しつつ︑犯罪論を構築す

るという点に︑従来の機能主義と大きな違いがある︒

犯罪論においては︑刑法の行為規範としての犯罪の事前予防の観点と刑法の制裁規範としての犯罪の事後処理の観

(1 8

点の二元的観点から犯罪論を構成するのが妥当である︒行為のみに着目し︑危険な行為をなるべく早期に禁止し︑制 的 ︶

一般予防の機能をも果たす︵事後予防︶︒ 関法︵一七

0 )

(14)

刑法における犯罪論の現代的意義

裁を課する犯罪論の体系は︑保障機能を害し︑憲法の自由主義の観点に矛盾するおそれがある︒刑法における制裁は︑

法益の侵害に対する制裁であるというのが︑原則である︒そこで︑刑法規範は︑原則として︑侵害の危険のある行為

(1 9

)  

を禁止するものではなく︑結果の惹起を禁止するものであるという観点から犯罪論を構成すべきである︒

この観点からは︑犯罪論において重要な役割を果たす﹁危険性﹂

︵一七一︶ の判断︑﹁客観的帰属﹂ないし﹁未遂﹂

つき︑事前判断と事後判断の二元的観点から行うのが妥当である︒例えば︑結果の発生を行為に掃属させ︑既遂責任

を問う前提としての

(2 0

)  

判断の組み合わせによって︑行為規範違反と制裁規範の充足という観点からの犯罪論が構想される︒

﹁客観的帰属論﹂においては︑これは︑﹁危険創出

という事前判断と︑﹁危険実現

﹂という事後

次に︑具体的に︑これらの犯罪段階の特徴的な諸カテゴリーを取り上げて詳しく論じよう

︒ただし︑ここでは︑各

犯罪カテゴリーについて︑特徴的な問題をいくつか取り上げるにとどめる︒まず︑構成要件論においては︑構成要件

の犯罪と犯罪でないものとの区別機能の重要性にかんがみて︑その罪刑法定主義機能を採り上げる

の判断に

(14)規範体系的機能主義の犯罪体系論については︑山中・前掲刑法総論一

︱︱

︱二

頁以

下︑

同・

犯罪

と刑

.罰

五号

四八

頁以

下参

照︒

( 1 5 )

これについては︑山中・前掲刑法総論四四七頁以下参照︒

(1 6

) そ の 意 味

で︑犯罪論は︑犯罪認定論に尽きるものではなく︑また︑犯罪本質論でもない︒なお︑鈴木茂嗣﹁構成要件論の

再 構 成 認 定 論 的

﹃ 構 成 要 件

﹄ 概 念 に つ い て

﹂ 法 学 論 叢

︱二四巻五

1 1 六号六頁以一

下ほ か参 照︒ (1 7) クラ ウス ーウ ルィ ヘル

・カ

ナリ

︵木村弘之亮代表訳︶﹁法律学における体系思考と体系概念﹂

︵ 平

成八年︶五頁以

下 ︒

g l .  

J o s e f   K ok er

t

De r  B e g r i f f   d es   Ty

us e i   b   K a r l   La re nz

19

95S.

84 

f f .  

(18)中「犯罪論における『危険』の二元的構想学論集五六巻五11七七以下参照Vgl•

Ya ma

na

Di e d u a l i s t i s c h e   Ko

nz ep t  d er   R , , si ko pr og no se

i n   d e r   S t r a f t a t l e h r e

K

an sa i  U n i v e r s i t y e  R vi ew

f     oL

aw   an d  P o l i t i c s   Nr

28 2007

S19 

f f .  

(15)

判のためのマニュアル ︵一

七二

(1 9

)山中﹁犯罪体系論における行為規範と制裁規範﹂鈴木茂嗣先生古稀祝賀論文集︵上・ニ

0

0七年︶

三九

頁以下参照︒

(2 0

)山中・前掲刑法総論二七九頁以下参照︒なお︑山中・刑法における客観的帰属の理論(‑九九七年︶参照︒客観的帰属論

の構想をドイツ語で

示したものとして︑

Ya ma na

ka ,

Di e  L eh re

  vo

n  d er   o b je kt iv en   Zu re ch nu ng n     i de r  j ap an is ch en t   S r a

f   , 

re ch ts wi ss en sc ha

ft

i n   Lo os   ¥  Je hl e  (H rs

g).

Be de ut un g  d er   S tr af re ch ts do gm at ik i n     G es ch ic ht e  un d  G eg en wa

S2007rt

57 

f f .  

罪刑法定主義は︑犯罪と刑罰は︑あらかじめ法律によって規定されていなければならないという原則である︒

この

罪刑法定主義は︑とりわけ構成要件によって犯罪の内容を示し︑その法定刑によって刑罰の内容と程度が示される点

罪刑法定主義は︑自由主義と民主主義をその思想的基盤とする︒事後法を禁止し︑類推解釈を禁止することによっ

て︑国民の行為が恣意的に処罰の対象にされることのないようにし︑国民の行動の自由を保障するのが罪刑法定主義

の自由主義的側面であり︑国民の意思を反映した国会によって制定される﹁法律﹂に定める必要があるとすることに

よって︑罪刑法定主義は︑民主主義に基づくものということができるのである︒したがって︑近代以前において︑裁

︵手

引書

刑法の公布によって国民がその内容をあらかじめ知ることができることによってはじめて国民の行為規範としての機 ー.罪刑法定主義の思想的基盤 に表われている︒

としての刑罰法規は︑罪刑法定主義を表したものとはいえない︒罪刑法定主義は︑

四現代社会における罪刑法定主義の意義

関 法 第 五 九 巻 二 号

(16)

刑法における犯罪論の現代的

範囲内﹂の解釈かどうかを基準とする︒ よって歯止めをかけられているのである︒ 一般に﹁類推解釈﹂は禁止されるが︑拡張解釈は許されるとされる︒類推解釈の禁止は︑も

ちろん︑法律によって定められた範囲を越えて処罰の対象を広げて解釈されてはならないという解釈の限界を定める

ものである︒法律は︑公布された瞬間から古くなる︒社会の変化と進歩が︑さまざまな新たな法現象や違法行為を生

み出す︒したがって︑法律の解釈は︑社会の変化に応じて柔軟に目的論的に行われなければならないことはいうまで

もない︒

しか

し︑

﹁目的論的解釈﹂には限界がある ︒それは︑拡張解釈の範囲にとどまらなければならない︒なぜな

ら︑刑法においては︑罪刑法定主義の原則がそれに対抗して重要だからである︒目的論的解釈は︑類推解釈の禁止に

それでは︑類推解釈と拡張解釈の区別はどのような基準に基づいて行われるのか︒現在︑それは︑﹁可能な語義の

( 2 3 )  

かつては︑電気窃盗が窃盗になるかどうか︑ガソリンカーを過失で転覆させた者は︑﹁汽車︑電車⁝⁝﹂を転覆さ

類推解釈に関しては︑

2

.類推解釈の禁止 の禁止および明確性の原則が重要である ︒

能を果すのである︒これに対して法の適用・執行機関が制裁を課すための裁判規範︵制裁規範︶としての刑法のみで

は罪刑法定主義とはいわない︒日本においては明治

一 三

年(

‑八

0

年︶に公布された旧刑法が初めての国民に公布

(2 2

された刑法である︒

罪刑法定主義の派生原理としては︑事後法の禁止︑慣習刑法の禁止︑不定期刑の禁止とならんで︑とくに類推解釈

︵一

七 ︱ ︱

‑ ︶

(17)

(1) 

それぞれの原則の意義 きないなら︑立法的に解決すぺきである︒

第五九巻二号

( 2 4 )  

せたといえるのかが問題になったが、大審院•最高裁は、これを肯定した。最近では、

( 2 5 )  

かが問題となったが︑判例はこれを肯定した︒ ︵一

七四

コピーは︑﹁文書﹂といえる

一般に︑厳格な解釈よりは柔軟な解釈が重んじられる傾向がある︒裁判官の能力は︑硬直した法

を柔軟に解釈し︑使えるように工夫するところにあり︑﹁運用の妙﹂を会得するところにあると考えられているよう

に思われる︒これは︑迅速な立法が望めないという現実に直面した裁判官の︑事案の現実的解決の手段であるといっ

てよい︒しかし︑刑事法における柔軟な解釈は︑刑法の保障機能を損なう恐れがある︒類推解釈の疑いの強い解釈が︑

法体系や法概念の不明確化を招く恐れがある︒もし立法の不備のゆえに罰せられてしかるべき行為を罰することがで

3

.明確性の原則と実体的デュープロセス

( s u b s t a n t i v e du e  p r o c e s s )

の理論

( 2 6 )  

明確性の原則は︑﹁明確な法律がなければ刑罰なし﹂とする原則である︒多義的で

漠然とした概念を用いて刑罰法規を規定することは︑何が禁止されているかの限界を国民が知ることができないので︑

罪刑法定主義に反するというのである︒

( 2 7 )  

実体的デュープロセスの理論︵適正処罰の原則︶は︑憲法三一条の適正手続条項は︑実体刑法の罪刑法定主義の規

定でもあるとし︑処罰規定が憲法に照らして適正といえるかどうかを判断する理論である︒適正処罰の原則は︑刑罰

法規の内容が︑刑法の基本原理や刑事政策からみて︑あるいはもっと広く憲法の認める価値秩序からみて︑適正かど

うかを問い︑不適正なものを適正手続︵憲法三一条違反︶違反として違憲とする理論である︒

日本においては︑

関法

︱六

(18)

刑法における犯罪論の現代的意義

被告

人は

一七

明確性の原則は︑予めの明確な刑罰法規がなければ︑規定がないのと同じように︑国民に行動の自由を保障できず︑

したがって︑処罰できないという原則であるから︑罪刑法定主義の問題であることは明らかである︒これに対して︑

適正処罰の原則は︑刑罰規定があってもそれが憲法に照らして適正かどうかを問うものであるから︑罪刑法定主義と は異なった原則であるとする見解も有力である︒しかし︑適正処罰の原則は︑﹁罪刑﹂の実質的内容の適正を問うも

のであって︑これを罪刑法定主義の実質的派生原理として位置づけることができる︒

行進及び集団示威運動に関する条例﹂三条三号の﹁交通秩序を維持すること﹂という規定の明確性が争われた事

8 ) ( 2  

案がある︒事案は︑道路上を整然とではなく︑ジグザグデモしたというものであった︒最高裁は︑これを﹁道路

における集団行進等が一般的に秩序正しく平穏に行われる場合にこれに随伴する交通秩序阻害の程度を超えた︑

殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為﹂であると限定的に解釈し︑このように解釈するとすれば︑明確で

合憲であると判不した︒このような合憲判断の方法を﹁合憲的限定解釈﹂という︒

本判快においても︑福岡県青少年保護育成条例一

0

条一

項で

︑﹁

何人

も︑

青少年に対し︑淫行又はわいせつの行為をしてはならない﹂とされ︑懲役または罰金刑が科されているところ︑

一六歳の女子高生と福岡県内のホテルで性交したという事案につき︑最高裁は︑﹁淫行﹂とは︑広く

青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく︑﹁青少年を誘惑し︑威迫し︑欺岡し又は困惑させる

等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか︑青少年を単に自己の性的欲望

を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解する ②福岡県青少年保護育成条例違反事件

︵一

七五

② 判 例 に よ る 例 示

①徳島公安条例違反事件従来︑明確性の原則が問題とされた判例に︑徳島市の﹁集団

(19)

④児童ポルノ処罰法違反事件

のが相当である﹂として︑淫行概念を狭く限定しておいて︑このように解釈するときは︑不明確とはいえないと

することによって︑﹁合憲的限定解釈﹂の手法を用いている︒

ここでは︑﹁淫行﹂概念の明確性が問題となったが︑これは﹁淫行﹂行為を処罰することがそもそも適正かど

うかという問題でもある︒したがって︑この事案は︑適正処罰の問題でもある︒そのほかにも︑明確性の原則と

一 項

二項 ︑

例えば︑近時の最高裁の判例には︑ストーカー行為等の規制等に関する法律二条

一 三

条一項は︑規制の範囲が広きに過ぎ︑かつ︑規制の手段も相当ではないから︑憲法

一 三

条 ︑

一 条

一項に違反するという主張に対し︑その目的の正当性︑規制の内容の合理性︑相当性から︑これを合憲とし

たものがある︒それによると︑ストーカー規制法は︑﹁恋愛感情その他好意の感情等を表明するなどの行為のう

ち︑相手方の身体の安全︑住居等の平穏若しくは名誉が害され︑又は行動の自由が著しく害される不安を覚えさ

せるような方法により行われる社会的に逸脱したつきまとい等の行為を規制の対象とした上で︑その中でも相手

方に対する法益侵害が重大で︑刑罰による抑制が必要な場合に限って︑相手方の処罰意思に基づき刑罰を科すこ

特に過酷ではないから︑ ととしたものであり︑しかも︑これに違反した者に対する法定刑は︑刑法︑軽犯罪法等の関係法令と比較しても

(3 0

ストーカー規制法による規制の内容は︑合理的で相当なものである﹂と判示した︒

(3 1

さらに︑最近の最高裁決定は︑﹁児童買春︑児童ポルノに係る行為等の処罰及び児

童の保護等に関する法律﹂七条三項に規定する﹁姿態をとらせ﹂という文言が所論のように不明確であるとはい

えないとした︒なお︑この決定では︑﹁上記規定が表現の自由に対する過度に広範な規制であるということもで ③ストーカー規制法違反事件 適正処罰の両者が問題にされる事案は多い︒ 関法

︵一

七 六

(20)

刑法における犯罪論の現代的意義

一六条一項

一号 ︑

一七

条︑

きない﹂とし︑適正処罰の原則にも反しないとする︒

一九︵一

七 七

最後にもう︱つの︑最近の重要な最高裁判例を紹介しておこう︒事案は︑被

告人が率いる暴走族集団が警察から広場からの退去命令を受けたにも拘わらず円陣を組み続けた行為が︑これは︑

公衆に不安又は恐怖を覚えさせるものであり︑広島市暴走族追放条例第一六条第一項第一号の禁止行為にあたる

として起訴されたというものであった︒この規定の適正が問題となった︒ちなみに︑本条例一六条一項は︑﹁何

人も︑次に掲げる行為をしてはならない﹂として︑同項一号は︑﹁公共の場所において︑当該場所の所有者又は

管理者の承諾又は許可を得ないで︑公衆に不安又は恐怖を覚えさせるようない集又は集会を行うこと﹂を挙げて

いるが︑このような﹁暴走族﹂による﹁い集﹂または﹁集会﹂の処罰が適正かどうかが争われた︒

( 3 2 )  

最高裁は︑﹁本条例が︑規制の対象としている﹃暴走族﹄は︑本条例二条七号の定義にもかかわらず︑暴走行

為を目的として結成された集団である本来的な意味における暴走族の外には︑服装︑旗︑言動などにおいてこの

ような暴走族に類似し社会通念上これと同視することができる集団に限られるものを解され︑したがって︑市長

において本条例による中止・退去命令を発し得る対象も︑被告人に適用されている﹃集会﹄との関係では︑本来

的な意味における暴走族及び上記のようなその類似集団による集会が︑本条例一六条一

号 ︑

⑤広島市暴走族追放条例違反事件

一七条所定の場所及

び態様で行われている場合に限定されると解される﹂と限定解釈し︑﹁このように限定的に解釈すれば︑本条例

一九条の規定による規制は︑広島市内の公共の場所における暴走族による集会等が公

衆の平穏を害してきたこと︑規制に係る集会であっても︑これを行うことを直ちに犯罪として処罰するのではな

く︑市長による中止命令等の対象とするにとどめ︑この命令に違反した場合に初めて処罰すべきものとするとい

(21)

次に掲げる行為をしてはならない﹂としているのであり︑

第五九巻二号

う事後的かつ段階的規制によっていること等にかんがみると︑その弊害を防止しようとする規制目的の正当性︑

弊害防止手段としての合理性︑この規制により得られる利益と失われる利益を均衡の観点に照らし︑

二一

条一

項︑

三 一

条に違反するとまではいえない﹂とする︒

ここでも︑最高裁は︑

のと

する

関法

一六条等の規定が︑暴走族およびそれに準ずる者のみ ︵一

七八

いまだ憲法

いわゆる合憲的限定解釈によって過度に広範囲ではないとしたのである︒この判決には︑

二人の裁判官の補足意見︑二人の裁判官の反対意見が付いている︒反対意見では︑とくに一六条では︑﹁何人も︑

を対象とするという限定解釈はできないとし︑規制対象が過度に広範囲であるがゆえに憲法三一条に違反するも

(2 1

)

罪刑法定主義は︑その意味で法治国家を刑法的に表現したものであるといえる︒﹁法律﹂とはここでは︑したがって国民

の代表者によって構成される国会において制定されるものである必要がある︒省令︑規則等の﹁政令﹂は︑国会によって制

定されているものではないから︑それによって刑罰規定を設けることは︑法律の委任がないかぎり︑罪刑﹁法定主義﹂に反

する

( 2 2 )

江戸時代の御定書百箇条を初め︑明治に入って定められた﹁仮刑律﹂(‑八六八年︶︑新律綱領(‑

八七

0年︶および﹁改

定律 例﹂

(‑

八七

三年︶も︑国民に交付されることはなかった︒法は︑﹁処らしむべし︑知らしむべからず﹂だと考えられた

ので ある

︒ (23)大判明三六•五・ニ刑録九・八七四

(2 4

) 大判昭一五・八・ニニ刑集一九・五四0︒ (25)最判昭五•四・三〇刑集0•四五、最決昭五四・五・三〇刑集三三•四・三二四。これについては、山中・刑

法各論

︵ 第

2版・ニ

0

0九年︶五四九頁以下参照︒

(2 6 )

これについては︑山中・前掲刑法総論八0頁以下参照︒ 二0

(22)

刑法における犯罪論の現代的意義 (

3 3 )  

違法論の役割は︑対立する価値を法秩序全体の観点から調整し︑何が違法かを決定する点にある︒構成要件がすで

に法益侵害類型として原則的な違法行為の類型であるから︑違法論においては︑その違法行為が例外的に違法性を阻

却する事由が論じられることになる︒これが︑違法阻却事由ないし正当化事由である︒この原則と例外の関係は︑主

として利益・法的価値の衝突を基礎にする︒通常の殺人は違法であるが︑例外的に正当防衛にもとづく殺人は正当化

される︒ここでは︑人の生命という利益と不正な攻撃を受けた個人の保全ないし法確証︵法秩序の擁護︶という利益

とが対立している︒緊急避難においても︑危難に見舞われた利益と避難のために侵害される第三者の利益とが対立し

ている︒このような利益の対立において︑どの利益が優越するかが利益衡量によって決定される

したがって︑大きくは︑違法性阻却事由は︑利益衡量によって優越する利益がある行為が正当化されるという原理で

ある

︒これを﹁優越的利益の原則﹂という ︒しかし︑正当化事由がすぺて優越的利益の原則によって説明されるわけ ー.正当化原理 (2 7

(2 8

(2 9

(3 0

(3 1

(3 2

五.違法論の現代的課題 これについては︑山中・前掲刑法総論八五頁以下参照︒

最大判昭0・九·10刑集九・八•四八九

最大判昭六O・1O・ 二三刑集一九・•四°

最判平一五.︱

ニ ・

︱ 一

刑集五七.︱‑.︱‑

四七

最決平一

八・ ニ・

ニ0刑集六O・ニ・ニ︱

六 ゜ 最判九・九・八判タ五二•1

0

0︒

︵一七九︶ ︵

利益

衡量

原則

(23)

2

.違法の統︳性と相対性

第五九巻二号

︵違

法の

一性︶相対的なものか

︵ 違

一元的に優越的利益原則に ︵一八

0 )

ではない︒各正当化事由によって︑特殊な正当化原理も作用する︒たとえば︑正当防衛においては︑個人保全原理と

並んで﹁法確証原理﹂が考慮され︑緊急避難においては︑自律性原理が︑そして医療行為については︑医学的適応の

存在や医師の説明義務も正当化にその役割を果たす︒このように︑正当化事由の原理は︑

( 3 4 )  

あるのではなく(

‑元説︶︑多元的に諸原則が協働する︵多元説︶︒

違法論において重要なのは︑さらに違法は各法領域において統一的なものか

法の相対性︶という点にある︒これが実際に問題になるのは︑労働法上ないし民法上は違法な行為が刑法上正当であ

るということがありうるかといった場合である︒この問題は︑法秩序の統一性を前提にすると︑そのような場合はな

いとしなければならないことになる︒そこで︑これを法秩序の統一性を肯定しながら︑刑法上の可削的違法性を否定

するというのが︑﹁可罰的違法性論﹂のメリットであった︒しかし︑最近では︑可罰的違法性の理論を不要とし︑﹁違

法の相対性の理論﹂を肯定する理論が有力に主張されている︒ただし︑違法性の重要な機能は︑法秩序全体の判断に

より︑価値の調整をする点にある︒その意味では︑違法の相対性を認めることは法秩序の不統一性を表し︑この機能

を否定することにつながる︒したがって︑違法性の判断の統一性を維持しつつ︑刑事違法の観点からその限定を図る

可罰的違法性の構想が︑法秩序の統一性を充たしつつ︑謙抑主義を考慮する優れた見解であると思われる︒

関法

参照

関連したドキュメント

一五七サイバー犯罪に対する捜査手法について(三・完)(鈴木) 成立したFISA(外国諜報監視法)は外国諜報情報の監視等を規律する。See

Fitzgerald, Informants, Cooperating Witnesses, and Un dercover Investigations, supra at 371─. Mitchell, Janis Wolak,

In Partnership with the Center on Law and Security at NYU School of Law and the NYU Abu Dhabi Institute: Navigating Deterrence: Law, Strategy, &amp; Security in

Offensive Behaviour: Constitutive and Mediating Principles..

[r]

[r]

統制の意図がない 確信と十分に練られた計画によっ (逆に十分に統制の取れた犯 て性犯罪に至る 行をする)... 低リスク

[r]