一論文‑ 高 岡 短 期 大 学 紀 要 第5 巻 平 成6 年3 月
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中国古代青銅 器の 鋳造 技 法
さ んぶん い 」
その 二, 金文の埋 け込み型の製作に関する調 査報告及 び考察
三船温尚 ・ 清水克朗
( 平 成5 年1 1月1 日受理)
要 旨
せ ん おく は く こ か ん
我々は, 昨 年に続 き, 黒 川 古 文化 研 究所 ( 西 宮 市), 白鶴 美 術 館 ( 神 戸 市) 及び泉 星 博 古 館 ( 戻 都 市) において, 収 蔵 する中国 古代 青 銅 器1 3点を調 査した。 調 査 内容は前 回に関連して, 金 文の埋 け込み型の製作に関 する7 点と, 型 持ち (ス ペ ‑ サ ー) 及び圏 台にある 四角形 あるい は亜 字 形の孔
に関する10点であっ た。 ( 両 方の調 査 内容を あ わせ持つ ものも ある。)
本 稿は, 前 者の金 文の埋け込み型の製 作に関 する調 査 報 告と, いま だに解 明さ れて いない金 文 鋳 造の詳 細を考 察 するもの である。
キ ー ワ ー ド
Ii け め あいじる し
陽 方 格線, 刷 毛 目 跡, 合 印 凸線, 埋け込み型 曲面,
1 緒 言
昨年の調査は, 白鶴 美術館収蔵古銅器1 5点, 泉屋博古 館収蔵 古銅器5 1点の合計6 6点に施さ れた9 1箇所の金文を対 象とし た。 そして, 薄
い布手袋で金文面を撫で, その凹 凸 を触 覚で 判読し, 肉眼で諸 現象を観 察するという方法
で こ の研究を開始した。 調査したもの の中に
た が ね ぽ
は, 後 世の整彫 りによ るもの (金文の文字の 凹線の断面が, 他のはとんどの形状と異な り
Ⅴ字形の溝で, 一 打ずつ彫 っ た痕跡が 認めら れた), 器形の型式年代と金 文の内 容が 異な り, 金文あるいは銅器 自体の信患性が低いも
の, 金文を鋳かけに より鋳出したものなどが 含ま れ, これ ら を除いた61 点8 5箇所の金文調 査の結果り概 要は以下の通 りであっ た。
(J[) 金文が施された場所の多くは器 内底など
の奥 深くで, 整 な どの工具で鋳造後彫るこ
とは物理 的に不 可能であ り, 本来の金文製
離 型 剤, 脂 肪物 質,
作は鋳 出しによ るもの である2)。 ( 希 硝酸
の金属 腐食に よ る方法3)も考えら れる が, 文字の奥面が 全て同じ形状ではない ことか
らこ の可能性は無い。)
(ロ) 錆 ・ 土の付 着が無 く指で形状が判読でき
るもの の, 6 3% が凸, 2 2% が凹, 4 % が 一
部凸 一 部凹の矩 形 を 器 内 面に持ち, その矩 形内に金文が施さ れて いる。 また1 0% は金 文周 辺に段差 を持た ないもの であっ た。
9 0% の ものが なんらかの段差 を持っ て いる
こと か ら, 現在我 国の伝 統的 鋳金技 法にも 用
いら れて いる埋け 込み法に類 似した技法によ
る鋳出しである と断定できる。 こ の埋 け 込み 法は, 鋳型(D主 型に別に作っ た小さ なパ ー ツ 型 (埋 け 込み型) を埋め込み, 粘土水, 鋳型 砂で隙間無 く接 着さ せ る方法で現在では, 究 鐘の鮎嵐 乳, 銘, 絵図や, 鉄瓶の口, 茶の
湯釜の違待暮の部分が こ の方法で作られて い
る。 これ ら は, 外鋳型に埋 け込 ま れるものば 産業工芸 学科
92 三船 温 尚・清 水 克 朗
かりであるが, 中子に埋 け 込 ま れる究鐘の鋳 造者 銘な どの例も ある4)。 中国古 代青 銅器の 器 内に施さ れた金文は, 完成した中子の 一 部
に穴を掘り, そ こ に別に作っ た金文のパ ー ツ 型 を埋 け込 む方 法で鋳造されている が, こ の 時ど う して も中子面か らは んのわ ず かに, と び出し たり落ち くぼ ん たり した状 態で埋け 込 ま れてしまい, その鋳造結果が前回の我々 の 調査で明 らかとな っ た。
そして次に, 前回からの継続課 題 と して,
こ のパ ー ツ型 (金文の反 転 凸 形 を持っ た埋 け 込み型) の製 作方 法に関する諸 問題がある。
埋 け 込み法である事には比較 的容 易に たど り 着いた感がある が, 前回の調 査で判明し た以 下の件に関して, これ ら を満足 させ る解答は 見つ け出せなか っ た。
(‑() 文字の溝は奥広がり, すなわ ち 抜 け 勾 配 とは逆の勾 配に な っ て い るものが多い。 (ロ) 文 字の溝嫁がも り 上が っ たものがあ り,
その形状は均 一 ではない。 研磨されて いな
ふ ち か え
い面上に のみ見ることができるこ の縁返 り も,
一 つ の文字の申で激 しい所, わ ずかな
所, 全 く 無い所など様々 である。
←う 文字の深さ が同 一 ではな く, 意図的な形 状を持 っ て深くな っ て いる部 分が ある。
⇔ 文字の溝の底 面に指 紋のような形状や削 り跡を 示 す低い も り上がりの形状が ある。
㈹ 文字の溝 奥の角は丸や直角など, 青銅器
によ っ て異 なる が, それ ぞ れの金文で は全 文 字を 通 じて統 一 的な溝奥角の形 状にな っ
てい る。
(づ 器内の金文は単調な凹 曲面上に施された もの ばかりで は なく, 複 雑な曲 面上に も同 様に施されたものも ある。
我々は, これ らの中国古代青銅器に標され た鋳造結 果から, 古代 中国の甲 骨文に次ぎ古
い といわ れる金文の埋 け 込み型 を, どのよう
な材料を どのよう な工具でどのように加工し,
製作したのかを探ろうとして いる。 中国の青 銅器は, 商 ( 般) の末期か ら周にか けて最 盛 期を む かえ るが, こ の青 銅器 鋳造 技術が外 来 異民族によ っ て中国に持ち 込 ま れ た ものか,
中国に起源 を持っ ものかば現 在のところ 全 く 解明さ れて いない5)。
い んきょ
今の河南 省安陽市の近郊にあた る 「般嘘」
より, 文 字が書かれたり刻されたりして い る
甲 骨, 青 銅 器, 玉, 石, 象牙などが考 古学者
によ る組 織 的な大 規 模な発掘により 発 見さ れ6), 更に, 同じ般嘘から紀元前13 8 4年か ら 紀元前1 112年 頃のものと 思 わ れる白陶器の破 片が出土し, それには筆を使 っ た 「 杷」 とい う文字が書かれて いた7) 。 また商 ( 般) 文 化
の前段 階とされる彩陶 文化におい ても, その 彩紋土器の紋様付けに毛筆 ( 先端を切りそ ろ え ない で, 自然のま まの動 物の毛で作っ た筆)
が用いら れており8), 葦で文字を書く中国の 歴史は思い の は か古い。 甲 骨文は主に牛の肩 肘骨や大きな亀の腹甲が用いら れ, あ らかじ め墨また は朱で下 書き を し, その上 を鋭利な 刃物で刻し たと想 像され, 刻する前の肉筆で 書いたま まの墨書獣骨9) も発 見されて いる。
青銅器に施された金文も, こ のような下書き がどの 工程かで行わ れた可能 性が高く, 商 (般) 代 末期の金文と 甲 骨 文の下書きは, 非 常に似通っ た筆跡でなされて い たと想 像でき
る。 し か し な がら現在 我々が目にする金文と 甲骨文の書風 ( 書 体) は, 曲線的な金文に対
して, 直線 的な甲 骨文という 正 反対をな して
おり, これ らは それぞ れの製作に用いた材料
の加工特質に起 因するものと考え ら れる。 い
か な る材料をいかに使えば, あの金文 独特の 丸っ こ い軟らかい文字が鋳 出せ るのか, これ
が今回の調 査の主た る目的であっ た。 前回は
実 質三 日間で9 1箇所 もの金文を 調 査し, その 段差 矩形ばかり を中心に観 察した た め細部の 重 要な詳細を 見落し た点が多く, その反省に 立 っ て厳選 した少数の青銅器 を今 回調 査し た。
「 金文」 が解決した訳では ない が, これ と 並
中 国 古 代青銅器の鋳造 技 法
行して型持ち (ス ペ ‑ サ ー) に関しても‑ 那 調 査し た。 これにつ い ては次回 以降の稿に改
め る。
2 . 調 査内容
調 査は以下のとお り おこなっ た。
2 ‑ 1 調査日 お よ び 調査場所
(1) 平 成5 年6 月1 8 日 黒川古 文化研究 所 (2) 〝 8 月1 2 日 白鶴 美術館 (3) 〝 8 月1 3 日 泉屋博古館
2 ‑ 2 調査 対象と し た青銅 器
前回の調 査で, 金文面が完全に研磨された ものと, 鋳造された直 後の状 態の いわゆ る鋳 肌のま まの2 種類が確認 さ れた10)。 青銅器の 器 内, あるいは蓋内は, 手が 入る限 りにおい
ては ほとんどが研磨されてお り, その面上に ある金文面も同様に研磨されて いる。 逆に青 銅 器で研磨されて いない部分は, 圏台 (圏 足)
の内 壁 ( 器底の裏面も含む) が圧倒的に多く, 我々 の調査し た青銅器に限 っ て言えば, 脚 な ど を持た ないもの で圏台に相当 する部分を持っ
たものは, 全て の内 壁面が鋳肌のま まであっ た。 した が っ て, 我々 はこ の内 壁に金文を持
つ尊, 郷の研磨されて い ない鋳肌面の再調 査
により, 埋 け 込み型製作の重要な手掛りが発 見できるの ではないかと考えた。 また器身内
にも か か わ ら ず鋳肌の残る金文面を持っ もの
がある。 いわ ゆる陽方 格線が残る長文の金文
である。 長 文であ れ ば 埋 け 込み型 もか なりの 大きさにな り, 様々な点から陽方 格線を持っ 青銅 器の調 査は重要な手掛り が得ら れると期 待した。 更に前回の調 査で, 研磨面ではある
が文字溝 奥の面に特 別な形状の痕跡が認め ら れたものや複 雑な曲 面に金文が施されたもの も 調 査対 象と した。
2 ‑ 3 調 査 方 法
これ らの青 銅器 を 展 示ケ ー ス外に出し, 薄
93
手の白手袋のう え か ら金文面の状況 を判読し, 撮影 用の強力な照明を様々な方向から当て, 肉眼で確認できる詳細を観察した。
3 . 調 査 結 果
3 1 1
L
iJt5董敷こ つ いて
(1) 収 蔵 黒 川古文 化研究 所 ( 写真1) (2) 寸法 通高4 5.7c m 口径4 1.5c m (3) 重量 2 8.2 kg
(4) 年代 西 周後期
(5) 金文 8 行7 1字11)(写真2) (6) 陽方格線, 埋 け込 み 型の測 定寸法
詳細は図1 の通 りである。 ( 寸法はビ ニ ー
ル製の帯状メ ジャ ー を器面に沿わせて計測 し た為, 多少の誤 差はある。)
(7) 陽方 棒線の特徴
こ の凸線は, 幅, 高さ など一 定で は なく 幅の大 きいと ころで約0 .8% , 高い ところ
で約0 .5 % 程度である。 部 分 的に線が細 く な る箇所がある が, 細く なるに従っ て必 ず 線が低 く なる特徴を持っ て いる。 そして, 線が細 くな る箇所は, 縦線の横線に交 わる
前後と, 横線が終わる左右の端に多く 見 ら れ, そのま ま 消え る場 合も ある。
こ の凸線は定規を あて て 一 気に引いた よ うなシ ャ ‑・7
oな部分と, 定規 を あて て引い
た が力が入 り 過 ぎた か何かで, 不幸にも余 分なものが付 着し てし まっ た かに見え る乱 れた部分がある。 こ の凸線を直角に切 断 し た時の断面 形は, 頂上が少し丸 味をおびた 鈍角な 三角形の ように見え る が, 三角形が どんどん高く な れ ばそれに比例して裾野が 広がるというよう な比例形ではない。 ある 高さまでは比例して底辺 も長く なる が, そ れ 以 上は裾野は広がらない。 またある部分
では研磨のた め か頂上が平らにな り台形の
ようにな っ て い る が, こうい っ た現 象は, いわゆ る裾野の広が っ て い ない高い線に多 く, 台形の上 辺 と 下 辺の長さにあ ま り 差の
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図1 「小克 鼎」 の陽方格 線, 埋 け 込み型の寸法お よび特 徴
① 陽方格 線は, 右下 部, 左 下部, 左 上部で 一 部消失して いる。 特に右 下部は 2 マ ス の 縦横線が激 しく 消え, これ らは埋 け 込み型 と 陽方 格線が重な る下 部 両角に発 生 して い
ることから、 埋 け 込み時の作業で方 格線が破壊されたものと 思 わ れる。
② 器内面と埋 け込み面の段差は, ④の辺では認めら れ ない。 ⑧の辺では上部で器 内面
より わ ずかに埋 け 込み面が凸。 ⑥の辺では中央部で特に強く ( 約0 .7 % ) 凹。 ⑳の辺で
は全体に ( 約0 .3% ) 凹。
③ 鋳バ リ は埋 け込み型 上 辺と横へ つ な が るバリが激しく大きい。 底辺の バ リが最 も弱 く, ごく わ ずかである。