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『源氏流極秘奥儀抄』注釈(一) : 1桐壺〜11花散里

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(1)

『源氏流極秘奥儀抄』注釈(一) : 1桐壺〜11花散里

著者 岩坪 健

雑誌名 人文學

号 201

ページ 133‑175

発行年 2018‑03‑15

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000071

(2)

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄 ﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

岩 坪

本 稿は

﹃源 氏流 極秘 奥儀 抄

﹄の 桐 壺︵

﹃ 源氏 物 語﹄ 第 一帖

︶か ら 花 散里

︵第 一 一 帖︶ ま でを 掲 載 する

︒各 帖 の 担当 者︵ 丹羽 雄一

︑嶋 中佳 輝︑ 橋谷 真広

︑八 木智 生︑ 湯本 美紀

︑溝 口利 奈︶ は︑ すべ て本 学博 士課 程在 学者 であ る︒ 本 書は 真・ 行の 二冊 から なり

︑真 の巻 は﹃ 源氏 物 語﹄ 五四 帖 の あら す じ

︵末 尾 に巻 名 歌︶

︑ 行の 巻 は﹁ 御 伝﹂

︵足 利義 政の 花論

︶に

﹁愚 按﹂

︵ 千葉 龍卜 の解 釈︶ を加 える と い う形 式 で 各帖 の 活 け方 を 記 す︒ 二 冊と も 巻 頭に 正 蔭 の序 文︑ 巻末 に大 嶋宗 丹の 署名

・落 款が あり

︑い ず れ も 大嶋 靖 彦 氏蔵 で あ る︒ 行の 巻 の 序 文に は

︑末 尾 に﹁ 安政 辰 の 年﹂ と記 され

︑安 政三 年︵ 一八 五六

︶の 写し と知 られ る

︒ 行 の巻 のう ち秘 伝の 六帖

を除 く四 八帖 につ いて

︑明 治か ら大 正に かけ て 前 賀松 泉 が 図 解し た 草 の巻

︵前 賀 一 泰氏 蔵︶ があ る

︒ 掲載 を許 可し てい ただ いた 大嶋 靖彦 氏・ 前賀 一泰 氏に は深 謝し 申し 上げ る︒ 注

⑴ 巻 名 歌 と は

︑ 一 巻 に 詠 ま れ た 和 歌 の う ち 巻 名 を 含 む 一 首

︑ ま た は 当 巻 を 代 表 す る 名 歌 一 首

⑵ 本 書 を 最 初 に 紹 介 さ れ た の は

︑ 木 曽 こ こ ろ 氏 で あ る

︒ 詳 し く は

︑﹃ 没 後 100 年 記 念 企 画 展 大 嶋 黄 谷

﹄︵ 赤 穂 市 立 美 術 工 芸 館

― 133 ―

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

(3)

田 淵 記 念 館

︑ 平 成 一 六 年 一

〇 月

︶︑

﹃ 源 氏 流 い け ば な

﹄︵ 赤 穂 市 立 歴 史 博 物 館

︑ 平 成 二 七 年 一 一 月

︶ の 解 説 を 参 照

⑶ 注

⑵ の

﹃ 源 氏 流 い け ば な

﹄︑ 岩 坪 健 著

﹃ 源 氏 物 語 の 享 受

│ 注 釈

・ 梗 概

・ 絵 画

・ 華 道

﹄︵ 和 泉 書 院

︑ 平 成 二 五 年

︶ 第 四 編 第 三 章 の 六 を 参 照

⑷ 注

⑵ の

﹃ 源 氏 流 い け ば な

﹄ 参 照

︒ 凡例 一︑ 翻刻 は原 文の まま を原 則と して

︑誤 字・ 脱字

・濁 点・ 当て 字・ 仮名 遣い 等も 底本 の通 りに した が︑ 読解 や印 刷の 便 宜を 考慮 して 次の 操作 を行 った

︒ 1 句 読点 を付 け︑ 会話 文な どは

﹂で 括り

︑底 本の 旧漢 字・ 異体 字・ 略体 は通 常の 字体 に改 めた

︒ 2 誤 写か と思 われ る箇 所に は︑ 右側 行間 に︵ ママ

︶と 記し た︒ 読め ない 個所 は□ で示 した

︒ 一︑ 真・ 行・ 草の 巻の 順に 翻刻 する

︒な お紙 面の 都合 によ り︑ 草の 巻の 図は 割愛 した

︒次 いで 各々 の現 代語 訳︑ その あ とに 注釈 を付 す︒ 各帖 の末 尾に

︑担 当者 の氏 名を 示す

︒ 一︑

︻ 訳︼ の欄 には

︑翻 刻し た古 文の 現代 語訳 を置 く︒ な お 理解 を 助 ける た め︑ 主 語な ど の 補 足ま た は 語釈 な ど を設 け

︑そ れら は︵

︶ 内に 入れ る︒ なお

︑真

・行 の巻 名と

︑草 の巻 の現 代語 訳は 省略 する

︒ 一︑

︻ 注︼ の欄 には 翻刻 した 古文 の注 釈を 設け

︑注 釈し た箇 所は 古文 に通 し番 号︵ 1以 下︶ を付 す︒ 1 注 釈本 文に 挙げ た和 歌に は︑

﹃ 新編 国歌 大観

﹄の 歌番 号︵ ただ し万 葉集 は旧 番号 のみ

︶を 示す

︒ 2 注 釈本 文に 挙げ た古 文に は︑

﹃ 新編 日本 古典 文学 全集

﹄の ペー ジ数 を示 す︒ 3 前 掲の 巻に 記し た注 を指 す場 合︑ その 巻名 の頭 に巻 の通 し番 号︵ 1〜 元︶ を付 ける

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

― 134 ―

(4)

一︑ 本書 と関 わる 作品 を取 り上 げ︑ 略称 で示 す︒

﹃小 鏡﹄

⁝﹃ 源氏 小鏡

﹄の 略称

︒南 北 朝 時 代に 成 立 した 源 氏 物語 の 梗 概 書︒ 本文 は

︑岩 坪 健編

﹃﹁ 源 氏 小鏡

﹂諸 本集 成﹄

︵ 和泉 書院

︑平 成一 七年

︶に 収め た整 版を 使用

︒な お連 歌に 使わ れる 言葉 を﹁ 寄合 語﹂ と言 う︒

﹃龍 野﹄

⁝龍 野の 円尾 祐利 が天 保 九 年︵ 一 八三 八

︶に 著 わし た

﹃源 氏 五十 四 帖 之 巻﹄

︒岩 坪 健 著﹃ 源氏 物 語 の享 受│ 注釈

・梗 概・ 絵画

・華 道│

﹄︵ 和 泉書 院︑ 平成 二五 年︶ に翻 刻あ り︒

﹃六 帖﹄

⁝円 尾祐 利が

﹃源 氏五 十四 帖之 巻﹄ に収 めな かっ た六 帖︒ 岩坪 健著

﹃源 氏物 語の 享受

│注 釈・ 梗概

・絵 画・ 華道

│﹄ に翻 刻あ り︒

一 桐壺

壺 は大 内に 有御 殿の 名也

君の 御母

︑此 殿に お は しま し け るに よ り て︑ 桐壺 の 更 衣 とな づ け たて ま つ れり

更衣 の御 腹に 若宮 やす

! "

と御 誕 生有 て︑ 玉 のや う な るを の こ 御 子 産 給ふ

︒光 君 と い ふ 也︒ ほど な く 十二 歳 の 時︑

御元 服し 給ふ

︒其 儀式 いか めし く︑ 葵の 上と 御婚 礼あ り︒

父 君を 桐壺 の御 門と 申也

︒ い

と けな き初 元ゆ ひに 長き 世を 契る 心は むす ひこ めつ や

源 氏流 極秘 奥儀 鈔

松 応斎 法橋 千葉 龍卜

桐壺

御伝

は桐 壺と いふ 名に より て︑ 桐を 生る 也︒

桐︑ 鳳凰 は聖 代な らで は出 ぬ 位 あ るも の 也︒

簾 の 花︑ 第 一の

― 135 ―

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

(5)

習と せり

︒祝 義に もち ふべ し︒

愚 按 曰︑ 桐壺

更 衣に

手 車の 宣旨 とい ふ事 あり

小 車 とい ふ草

︑縁 あ り

︒又

位の く ら ゐ︑ おく ら せ 給ふ

︒是

は 桐壺

︑長 く 此世 を去 給ふ 時の 事也

︒仏 花と 心 得へ し︒ 又︑

壺 帝︑ 母北 の方 に源 氏︑ 若 宮に てま しま す時

︑靫 負

命 婦を 使と して 給は りし 歌︑ み

やき のの 露吹 むす ふ風 の音 に小 萩か もと をお もひ こそ やれ

と いふ 時は 必︑ 萩を 生る 也︒ 又︑ 源氏

︑七 の御 年︑ 御文 始 とて 御学 文 始あ り︒ 琴笛 の音 にも 雲井 をひ ゞか すと 有︒

此 時は 必︑ 松を 主と し て生 る 也

は琴 に 通 ふ︒ 下 准

︒又

盧 館に て 唐 人︑ 人 相を 見 奉 りて

︑源 の 氏 を給

は るこ と あ り︒

時 花︑

白花

に か ぎ る也

︒又

︑葵 の 上 と御 祝 言 の時 は 必

紫色

の 花を 生 へ し︒

に よ れり

︒以

︑桐 壺一 巻 のう ち考 証 かく の如 し︒ 一 桐壺

︵祝 儀︶ 桐壺 の御 帝︒ 桐︑ 芒︑ 紫の 花︒

︻ 訳︼ 桐壺 は宮 中に ある 御殿 の名 前で ある

︒光 君の 母 上 は︑ この 殿 舎 にい ら っ しゃ っ た こ とに よ っ て︑ 桐壺 の 更 衣と お名 づけ した

︒こ の更 衣の 御身 に若 宮が 安 ら か に誕 生 さ れて

︑玉 の よ うな 皇 子 を 出産 さ れ る︒

︵こ の 子 を︶ 光君

︵光 源氏

︶と 言う ので ある

︒︵ 光 源氏 は︶ まも なく 十二 歳の 時︑ 元服 なさ れる

︒そ の儀 式は 盛大 で︑ 葵の 上と 結婚 され る︒

︵ 光源 氏の

︶父 上を 桐壺 の帝 と申 すの であ る︒ 幼い

︵光 源氏 の︶ 元服 の組 み紐 に︑ 行く 末長 い夫 婦仲 を約 束す る思 いは 結び こめ まし たか

︒ 師伝 によ ると

︑こ れは 桐壺 とい う巻 名に よっ て︑ 桐を 生け るの であ る︒ 桐︵ に住 む︶ 鳳凰 は︑ 名君 の時 代で なけ れば

︵ この 世に

︶出 現し ない

︑位 のあ る鳥 であ る︒ 御簾 の花 は︑ 第一 の習 いと する

︒祝 儀に 用い るが よい

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

― 136 ―

(6)

愚 案 に よ ると

︑桐 壺 の 更衣 に 手 車の 宣 旨 と いう こ と があ る

︒小 車 とい う 草 が

︑ゆ か り が あ る

︒ま た

︑三 位 の 位 を

︵桐 壺の 更衣 に帝 が︶ お贈 りに なら れる

︒こ れは 桐 壺 の更 衣 が︑ 永 久に こ の 世を 去 ら れ ると き の こと で あ る︒ 仏に 供 える 花と 心得 るが よい

︒ま た︑ 桐壺 の帝 が︵ 更衣 の︶ 母で ある 奥方 に︑ 光源 氏が 幼い 皇子 でお られ ると き︑ 靫負 の 命婦 を使 者と して 贈ら れた 和歌

︑ 宮 中を 吹き 渡り

︵葉 や草 に︶ 露を 結ぶ 風の 音を 聞く と︑ 宮城 野の 小萩 を︑ そし て我 が子 のこ とを 思い やる こと で す︒ と いう とき は必 ず︑ 萩を 活け るの であ る︒ また

︑源 氏が 七歳 の時

︑学 問始 めと いっ て︑ 初め て漢 籍の 読み 方を 習う 儀 式が ある

︒︵ 光 源氏 は︶ 音楽 を 演 奏し て も 宮中 に 響 き渡 る

︵ほ ど︑ 何 事 にも 秀 で てい る

︶と

︵物 語 に︶ ある

︒こ の とき は必 ず︑ 松を 主と して 活け る の で ある

︒松 は 琴 に似 通 う︵ か らで あ る︶

︒ 以 下も こ れ に倣 え

︒ま た︑ 鴻 盧館 で

︑異 国の 人が

︵光 源氏 の︶ 人相 を拝 見し て︑ 源の 氏姓 を授 ける こと があ る︒ この とき の花 は︑ 白い 花に 限る ので あ る︒ また

︑葵 の上 とご 婚礼 のと きは 必ず

︑紫 色の 花を 活け るの がよ い︒ それ は和 歌に 基づ いて いる

︒以 上︑ 桐壺 の 巻︑ 一巻 のう ち︑ 考証 はこ のよ うで ある

︻ 注︼

﹁ 桐つ ほと いふ 巻の 事︑ 大 内 に有

︑御 殿 の 名な り

﹂︵

﹃ 小鏡

﹄︶

﹁ 此 桐つ ほ に︑ 光 け んし の 御 母さ ふ ら はせ

給ふ

︒扨 こそ

︑き りつ ほの かう ゐと 申け れ﹂

︵﹃ 小 鏡﹄

﹁此 かう いの 御腹 に︑ わか みや

︑ひ とゝ ころ

︑い てき させ 給ふ

﹂︵

﹃ 小鏡

﹄︶

﹁ やす

! "

と御 誕生

︑玉 のや うな る御 若宮 にて

︑光 る君 ト申 にて

︑ほ とな く十 二才 の御 元服 も過

て︑ 葵の 上と 御婚 礼あ りし との 御事 にて 候﹂

︵﹃ 龍 野﹄

﹁桐 つほ の御 門と

︑け んし の父 御門 を申

﹂︵

﹃ 小鏡

﹄︶

巻 名歌

︒光 源氏 が元 服し たと き父 の桐 壺帝 が︑ 光源 氏の 妻に なる 葵の 上の 父に 対し て︑ 娘を 光源 氏と 結婚 させ る意 思が

― 137 ―

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

(7)

ある かと 尋ね た和 歌︒

﹁ 初元 結﹂ は 元 服の 時

︑初 め て髪 を 結 ぶの に 用 い る紫 の 組 み紐

︒﹁ 世

﹂は 夫 婦仲

﹁ 是 は︑ 桐 壺と 云 名 に て︑ 桐を 生 る なり

﹂︵

﹃ 龍 野﹄

﹁桐 に 鳳凰 と 申 て

︑聖 代 の 御 代 な ら て は 出 ぬ も の 也︒ 位 鳥 也﹂

︵﹃ 龍

野﹄

﹁御 簾の 花な り︒ み すの 花 を 略 して

︑当 世

︑か べ にう つ し て︑ 絵に 書 て

︑桐 の 間と 申 な り︒

︵中 略

︶み すの

花︑ 第 一 の 習 と す る 也

︒委 は 極 意 の 巻 ニ 有 之

︒爰 ニ 略 ス

︒極 祝 義 な り

﹂︵

﹃ 龍 野﹄

﹁て く る ま の せん し﹂

︵﹃ 小 鏡﹄

︶﹁ 手 車

﹂は 牛 車 に対 し て︑ 人 が手 で 引 く乗 り 物︒ 内 裏 の中 は 歩 く の が 普 通 で あ る が

︑皇 族

・貴 族

・高 僧 な ど で

﹁ 宣旨

﹂︵ 天皇 の許 可︶ が出 され た者 は手 車に 乗っ て通 行し た︒ 更衣 の身 分で 手車 に乗 れる のは 異例

︒こ れは 重病 の桐 壺の 更衣 を気 遣っ た︑ 帝の 特別 な配 慮に よる

小 車 と い う名 は

︑咲 き そろ っ た 花が 車 輪 に 似て い る こと に よ る︒

茎は 直立 し︑ その 頂上 に夏 から 秋に かけ て︑ 菊に 似た 黄色 の花 が咲 く︒

﹁三 位の くら ゐを

︑を くら せ給 ふ﹂

︵﹃ 小 鏡﹄

︶ 桐壺 の更 衣は 身分 が低 かっ たが

︑死 後に 帝 か ら三 位 と いう 高 い 位を 与 え ら れた

︒こ れ も﹁ 手 車の 宣 旨﹂ と 同じ

で︑ 破格 の待 遇︒

﹁ 内よ り︑ かの 御さ とへ ゆけ いの みや うふ とい ふ女 房を

︑御 つ かひ につ かは せ給 ふ︒

︵中 略︶ 御門 より の御 ふみ に︑ かう ゐの 母の もと へ若 宮の 御こ とを よみ 給ひ 候御 歌﹂

︵﹃ 小 鏡﹄

桐壺 の帝 が︑ 我が 子の 光源 氏を

小萩 にた とえ た和 歌︒ 小萩 の﹁ 小﹂ に﹁ 子﹂ を掛 ける

︒﹁ 宮 城野

﹂は 歌枕 で︑ 宮城 県仙 台市 にあ った 野原

︑萩 の名 所︒

ここ では 父帝 がい る宮 殿で ある

﹁宮

﹂を 掛 ける

︒ま た﹁ 露

﹂は 涙 を暗 示す る︒

﹁ 源氏

︑七 の御 とし より

︑御 文は しめ

あり

︒か くも んし 給ふ に︑ こと

︑ふ ゑの ねに も︑ 雲井 をひ ゝか す﹂

︵﹃ 小 鏡﹄

たと えば 斎宮 女御 が詠 んだ 名歌

﹁琴

の音 に峰 の松 風か よふ なり いづ れ の を より 調 べ そめ け む﹂

︵ 和漢 朗 詠 集・ 下・ 管 絃・ 四六 九

︶の よ うに

︑琴 の 音 色と

松風 の音 が似 通 うと い う 考 えが あ る︒

﹁か うら い より

︑は かせ わ た りた る に

︑此 宮 をさ う せら る

︒︵ 中 略︶ ひか

るき みと つけ たて まつ りし より

︑此 けん しを 光 源氏 とい ふ なり

︒︵ 中 略

︶か の はか せ

︑あ ひ しと こ ろ︑ こう ろく はん

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

― 138 ―

(8)

なり

﹂︵

﹃ 小鏡

﹄︶

︒ この 記述 によ ると

︑ま るで 外国 の博 士が 源の 氏を 与え たか のよ うに 解釈 でき る︒ しか し﹃ 小鏡

﹄の

別 の 個 所 に は

︑﹁ け ん し の き み 十 二 に て け んふ く︑ 其 日︑ み な も と の 氏 を 給 は り て

︑た ゝ 人 と な り 給 ひ︑ い は ゆ る

ひか るけ んし 是な り﹂ とあ り︑ そ の方 が 物 語 の内 容

︵帝 か ら源 の 姓 を賜 わ る

︶に 合 う︒

﹁白 花﹂ は 源氏 が 白 旗︑

平 氏が 赤 旗 に よる か

注 6の 和 歌を 指 す︒ 紫 色の 花 を 活 ける の は︑

﹃ 小鏡

﹄の

﹁﹃ は つも とゆ いの こ きむ らさ き﹄

とい ふ事 は︑ 宮な との 御子 けん ふく のお り︑ こむ らさ きと いふ 糸の ひら くみ にて

︑も とゆ いを とる 事︑ それ によ せた る事 なり

﹂と いう 解説 によ る︒

︵ 岩坪 健︶

二 箒木

箒木 とは 此源 氏一 部の 惣計

非 有非 空の こと を書 て︑ 夢の 浮橋 にて 終る 作者 の趣 意也

︒さ て

此 巻に 雨夜 の物 かた りと

い ふこ と あ り︒

氏 君︑ 御 物い み に て 大内 の と のゐ 所 お はし ま す 時︑ 御つ れ

!

"

のな く さ め に品 さ だ め有 し 中 に︑

食 の女

︑こ がら しの あだ 人︑ 又︑ 伊予 介か 妻空 蝉の つれ なか りし こと もあ り︒ 数

な らぬ ふせ やに おふ る名 のう さに ある にも あら て消 る箒 木

箒木

御 伝 曰

是 は 低く 指 花 を高 く

︑又 高 く 指花 を 下 にさ し て︑ 身 本の 方 う し ろ 向 やう に さ す也

︒花 の 心 に も︑ 我は 上

へ立 花な れと も︑ つれ なき 心︑ 第 一に 活 る 也︒ 又︑

三品 五 品 の草 花 を 活る は

︑品 定 と い ふに よ れ り︒

︑ 箒 草 を生

るこ と︑ 巻の 名に よれ りと 知べ し︒

愚 按 曰︑

巻 あ ま 夜 物 が た り と 云︒ 源 氏︑ 御 物 い み に て 大 内 と の ゐ 所 に お は し ま す

︑御 つ れ

!

"

に︑ 頭 中 将︑

― 139 ―

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

(9)

う まの かみ

︑と う式 部と いひ し天 上 人 参り て︑ くま なき 御物 語 あり

を生 る事

︑と う式 部の 物 語

︑文 はか せの

む すめ の事

︑梅 を好 文木 とい ふよ り︑ 是に 准ふ

︑な でし こを 生る は 頭 中 将 の 物 語 也︒

又︑ 菊を 活 る 事︑ うま

の か み の 物 語 也︒ 菊 の 宿 と い ふ 事 有︒

車 に 和 琴 笛 と あ は す る 事 あ り

︒是 は 至 極 あ だ な る 花 よ

︒菊 と紅 葉と いく る事

︑定 りな り︒ こ

との ねも 月も えな らぬ 宿な から つれ なき 人を ひき やと めけ る

と いふ 歌あ り︒ あた なる 女の 家に 菊︑ 紅葉 あれ は也

︻ 訳︼ 箒木 とは この

﹃源 氏物 語﹄ 全巻 すべ て に︑ 有 りで も 無 しで も な いこ と を 書 いて

︑夢 の 浮 橋で

︵物 語 を︶ 終 える

作者 の趣 向で ある

︒さ て︑ この 巻に 雨夜 の物 語と いう こと があ る︒ 源氏 の君 が帝 の物 忌に より 宮中 の私 室に おら れる 時︑ 御無 聊の 慰め とし て︵ 女性 の︶ 品定 めが あっ た中 に︑ 指食 いの 女︑ 木枯 しの 浮気 な女

︑ま た伊 予介 の妻 であ る空 蝉が 薄情 だっ た話 もあ る︒ 取る に足 りな いみ すぼ らし い家 の生 まれ と言 われ るの が辛 いの で︑ ある のか ない のか 分か らぬ よう に姿 が消 える 箒木

︵の よう な私

︶で す︒ 師 伝に よ る と︑ こ れは

︵本 来

︶低 く 挿す 花 を 高く

︑ま た

︑︵ 本 来

︶高 く 挿 す 花 を 下 に 挿 し て

︑貴 人 に 対 し て︵ 花 が︶ 後ろ を向 くよ うに 挿す ので ある

︒花 の心 とし ても

︑私 は上 に向 かっ て立 つ花 であ るけ れど も︑ 薄情 な心 を第 一に して 活け るの であ る︒ また

︑三 種類

・五 種類 の 草 花 を活 け る のは

︑︵ 雨 夜 の︶ 品定 め と い うの に 拠 って い る︒ ま た︑ 箒草 を活 ける のは

︑巻 の名 に拠 って いる と理 解し なさ い︒ 愚 案に よる と︑ この 巻は 雨夜 物語 とい う

︒光 源 氏 が︑ 帝の 物 忌 によ り 宮 中の 私 室 に おら れ る︑

︵ その

︶御 退 屈 さの

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

― 140 ―

(10)

た めに

︑頭 中将

︑馬 頭︑ 藤式 部と いっ た殿 上人 が参 上し て︑ 明け 広げ なお 話が ある

︒梅 を活 ける こと は︑ 藤式 部が 語 った 話に

︑漢 文博 士の 娘の 事︵ があ り

︶︑ 梅 を 好文 木 と いう の で︑ こ れに 准 え る︒ ま た︑ 撫子 を 活 ける の は 頭中 将 の話

︵に よる の︶ であ る︒ また

︑菊 を活 ける のは 馬頭 の話

︵に よる の︶ であ る︒ 菊の 宿と いう 事が ある

︒馬 頭の

話 に︑ 牛車 に和 琴と 笛を 合奏 する こと があ る︒ これ は極 めて

︑は かな い花 がよ い︒ 菊と 紅葉 とを 活け る事 は慣 例で あ る︒ 和 琴の 音も 月も

︑え も言 われ ぬ素 晴ら しい お宅 であ るが

︑薄 情な 人を 引き 留め まし たか

︒ と いう 和歌 があ る︒

︵ 菊と 紅葉 とを 活け るの は︶ 浮気 な女 の家 に菊

︑紅 葉が ある から であ る︒

︻ 注︼

﹁ 非有 非 空

﹂は 仏 語で

︑万 物 の 実相 は

︑実 在 する も の

︵有

︶で も

︑有 無 を 超 越 し た 空 で も な い と す る 観 念︒

﹃ 源氏 物語 湖月 抄﹄ にも 帚木 の巻 に︑

﹁天 台四 門の 中に ては

︑非 有非 空︑ 亦有 亦空

︑此 物語 に当 たれ り﹂ とあ る︒

宿

﹁ 此巻 に︑ あま 夜物 かた りと いふ 事は

︵﹃ 小鏡

﹄︶

﹁ け んし の君

︑御 物 いみ にて 御か たた かへ に︑ 大 内の との ゐと ころ

に おは し ま す︒ 御 つれ

! "

の な く さ め に や﹂

︵﹃ 小 鏡

﹄︶

﹁ 指 喰 の 女︑ 木 か らし の あ た 人 な と

︑ま た は い よの 介 か 妻︑ 空 蝉か

︑つ れ な か りし に

﹂︵

﹃ 六帖

﹄︶

巻 名 歌︒

﹁ 雨夜 の 品 定 め

﹂の 翌 日

︑空 蝉 の 寝 所 に 忍 び 込 ん だ 光 源 氏 は︑ 空蝉 と契 りを 結び

︑慎 まし く思 慮深 い空 蝉に 心引 かれ るが

︑身 分の 違い から 空蝉 は源 氏を 拒む

︒当 歌は

︑源 氏の 和歌

﹁ 帚木 の心 を知 らで 園原 の道 にあ やな くま どひ ぬる かな

﹂︵ 帚木 のよ うに 近づ くと 消え てし まう あな たの 心も 知ら ずに 近づ こう とし て︑ わけ もわ から ず園 原の 道に 迷っ てし まっ たこ とよ

︶を 受け

︑源 氏へ の思 いを 抱き なが らも

︑身 分の 違い から 源氏 を拒 絶し た和 歌︒ 帚木 は信 濃国

︵長 野県

︶園 原の 伏屋 にあ った 木︒ その 梢は 帚の よう で︑ 遠く から 見る

と見 え︑ 近寄 ると 見え なく なる とい う︒

﹁ 是は

︑ひ きく 指花 を高 く︑ 高 くさ す花 をは ひき く根 もと にさ して

︑身 木

― 141 ―

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

(11)

の方 へ花 のう しろ むく やう にさ すな り﹂

︵﹃ 六 帖﹄

﹁花 の心 にも

︑我 は上 へ立 花な れと と︑ つれ なく かこ ちた るの 心も ち︑ 第一 と生 るな り﹂

︵﹃ 六 帖﹄

﹁時 節の 花︑ 三色

︑五 色か 生る 也︒ これ 女の 上に なか

・下 の品 さだ め︑ あり

しと の心 なり

﹂︵

﹃ 六帖

﹄︶ 雨 夜の 品 定 め では

︑女 性 を 身分 に よ り上 の 品

・中 の 品・ 下の 品 に 分け た

﹁ 又︑ ほう

き草 をも 生る 也﹂

︵﹃ 六 帖﹄

注2 参照

﹁ 御つ れ

!

"

の なく さめ にや

︑其 ころ とう の中 将と 聞え しは

︑源 氏の

御 こし うと

︑あ ふ ひ の上 の 御 あに な り︒ か の君 と むま のか み︑ とう 式 部 と いひ し 天 上 人 参り て

︑く ま な き す き物 と

も な れ は

︑物 か た り 申 つ ゐ て に

﹂︵

﹃ 小 鏡﹄

﹁文 は かせ の む す め

﹂︵

﹃小 鏡

﹄︶

︒﹁ 文 は か せ の む す め﹂ は藤 式部 の話 に登 場す る漢 詩文 の博 士の 娘 で︑ こ の 娘も 漢 文 に堪 能 で あっ た

︒﹁ 好 文 木﹂ は︑ 晋の 武 帝 が学 問 に 励ん で い る 時 は 梅 の 花 が 開 き

︑怠 っ た 時 は 萎 れ て い た と い う 中 国 の 故 事 に 由 来 す る 梅 の 古 名︒

﹁な て し こ

﹂︵

﹃小 鏡﹄

︶ 頭中 将の 話に よる と︑ 彼の 恋人 であ つた 夕顔 か ら︑ 撫 子の 花 に 付 けて 手 紙 が送 ら れ た︒ その 和歌 の中 で︑ 自分 の娘 を撫 子に 喩え て詠 んだ こと によ る︒ この 夕顔 の娘 が玉 鬘で

︑﹃ 小 鏡﹄ にお いて も︑

﹁物 かた

宿

りに

﹁な てし こ﹂ とい ふ事 あら は︑ 玉か つら と心 得へ し﹂ とさ れる

﹁ きく のや と

﹂︵

﹃小 鏡﹄

︶︒ 馬 頭 の話 に 登 場 する 浮 気 な女 の 家 には

︑菊 と 紅 葉 が植 わ っ てい た

︒そ の 女 には 馬 頭 のほ か

︑密 か に情 を 交 わ す 男 が い た︒ あ る夜

︑そ の 男 は 馬頭 と 同 車し て 女 の家 に 行 き︑ 笛 を演 奏 す ると

︑女 も 和 琴 を か き 鳴 ら し て 応 え た

当 歌 は︑ 男が 女に

︑﹁ 庭 の紅 葉こ そ踏 み分 けた る跡 もな けれ

﹂︵ 庭の 落ち てい る紅 葉に は︑ 誰か が踏 み分 けて きた 跡も あり ませ んね

︶な どと 言い なが ら︑ 菊を 折り 取っ て詠 んだ 歌で ある

︒皮 肉を 交え なが ら女 を誘 った 和歌 で︑ この 場面 を目

宿

にし た馬 頭は

︑そ の女 の元 に通 うこ とを 止め た︒

﹁こ のや とに

︑き くも みち なと

︑あ りけ るに

﹂︵

﹃ 小鏡

﹄︶

︵橋 谷真 広︶

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

― 142 ―

(12)

三 空蝉

空蝉 とは

伊予 の介 か家 のや り水

︑お もし ろし とて

︑か れが もと へ

君 心な らず

︑小 君 の 車に の り て︑ 御し の ひ 給け

るに

︑う つせ みは 軒ば の荻 とい ひし 妹と 素碁 うち 居給 ひし が︑ さよ 更て

︑空 蝉の 所に 行給 ひし に︑ 軒ば のを ぎと 身を

かへ て

御 衣 のみ 蝉の もぬ けの ごと く︑ のこ し置 給ひ しを

︑と りて かへ り給 ふ︒ その あし た御 文あ り︒

蝉 の身 をか へて ける 木の もと にな を人 から のな つか しき 哉

空蝉

御伝

み き

に 添て

︑裏 の方

少 し遠 く離 して 指べ し︒

根 本は

︑縁 のき れぬ や う

指 べ し︒

は 源 氏 のか く れ 忍給

ふ御 姿 也︒ 又︑ 牡丹

︑杜 若︑ 梅も とき

︑万 年青 なと

︑﹁ 身 を替 てけ る﹂ とい ふ歌 によ り て 也︒ 牡丹 は 軒 ばの 荻 の ふく

よか なる に准 ふ︒ 杜若 は本 花は しぼ みて

︑莟 のか わり

花咲 を︑ 空蝉 の君 の身 を替 給ふ

た とふ

梅 もど き︑ 万年 青は

皆︑ 実と 身と 訓か よふ より 活る 也︒

愚 按

曰︑ 車 の器

︑草

名︑ 皆よ せ あ り︒ 荻を 活 る もよ し

︒白 花 を 活る も 水 を 黒 と み て

︑空 蝉 と 軒 ば の 荻 と 碁 を 囲

所 とす

此 巻は 皆︑ 夏の 事也

庭 のや り水 など あれ ば広 口よ し︒

三 空蝉

ゆ けい のめ うふ

︒牡 丹︑ 杜若

︑梅 もと き︑ 万年 青︒

︻ 訳︼ 空蝉

︵の 巻の 内容

︶と は︑ 伊予 介の 家の 遣水 が風 流で ある とい うの で︑ その 家へ 光源 氏が 本意 では ない もの の︑ 小君 の車 に乗 って

︑お 忍び で行 かれ たと ころ

︑空 蝉は 軒端 の荻 とい った 妹と 碁を 打っ てい らっ しゃ った が︑ 夜が 更け て︑

︵ 光源 氏が

︶空 蝉の いる 所に 行か れた とこ ろ︑

︵空 蝉は

︶軒 端の 荻を 身代 わり に︑ 御衣 だけ を蝉 の抜 け殻 のよ うに 残し て置 かれ たの を︑

︵ 光源 氏は

︶手 に取 って お帰 りに なる

︒そ の翌 朝︑ お手 紙が ある

― 143 ―

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

(13)

蝉が 身代 わり に抜 け殻 を残 して 去っ てい った 後の 木の 下で

︑や はり あな たの 人柄 が懐 かし く思 われ るな あ︒ 師伝 によ ると

︑︵ 花 を︶ 中心 の木 に添 えて

︑裏 の 方 へ少 し 遠 く離 し て 指す の が よ い︒ 花の 根 元 は︵ 中心 の 木 と︶ 離さ ない よう に挿 すの がよ い︒ これ は源 氏が 隠れ て人 目を 忍ば れる お姿 であ る︒ また

︑牡 丹︑ 杜若

︑梅 もど き︑ 万年 青な ど︵ を活 ける の︶ は︑

﹁ 身を かへ てけ る﹂ とい う和 歌 に 基づ い て いる の で ある

︒牡 丹 は︑ 軒 端 の荻 が ふ っく ら し てい る様 子に なぞ らえ る︒ 杜若 は元 の花 はし ぼん で︑ つぼ みが 代わ りに 咲く のを

︑空 蝉の 君が

︵軒 端の 荻を

︶身 代わ りに され るの に例 える

︒梅 もど き︑ 万年 青は すべ て﹁ 実﹂ と﹁ 身﹂ の訓 読み が同 じだ から 活け るの であ る︒ 愚 案に よる と︑ 車の 器︑ 草の 名前 はす べて

︑ゆ かり があ る︒ 荻を 活け るの もよ い︒ 白花 を活 ける のも

︑水 を黒

︵の 碁 石︶ に見 立て て︑ 空蝉 と軒 端の 荻が 碁を 囲ん でい る所 とす る︒ この 巻は すべ て︑ 夏の 出来 事で ある

︒︵ 物 語中 に︶ 庭 の遣 水な どが ある ので

︑口 が広 い花 活け もよ い︒

︻ 注︼

﹁ いよ のす けか 女を 御ら んし て︑ あか すわ すれ ぬこ とに おほ しめ して

︑か の家 のや りみ つ︑ おも しろ しと て︑ には かに 又︑ かれ かも とへ おは しま す﹂

︵﹃ 小 鏡

﹄︶ た だ し物 語 で は︑ 光源 氏 が 空蝉 を 訪 ね るの は 伊 予介 で は なく

︑そ の息 子の 紀伊 守の 邸宅 であ る︒

﹁光 る君

︑心 なら す小 君の 車に めし て︑ 御し のひ たま ひけ るに

﹂︵

﹃ 龍野

﹄︶

︒ 光源 氏は 通常 であ れば 身分 の低 い小 君の 車に 乗る よう なこ とは あり 得ず

︑そ の葛 藤を 示す のが

﹁心 なら ず﹂ であ る︒ 物語 で は光 源 氏 は 空蝉 と 会 った 後

︑庭 の 遣水 を 口 実 に再 び 訪 れる が

︑空 蝉 は 隠れ て し まう

︒そ こ で 後 日

︑小 君 の 車 に 乗 り︑ 人目 を忍 んで 尋ね た︒

﹁空 蝉 は︑ 軒端 の 荻 と いゝ し 妹 と素 碁

︑打 居 候ひ し か

﹂︵

﹃ 龍野

﹄︶ 物 語 では 軒 端 の荻 は︑ 空 蝉 の 継 娘 で あ る

﹁ せ み の も ぬ け の こ と く

︑き ぬ は か り 残 し た り

﹂︵

﹃ 小 鏡

﹄︶

﹁ と り て か へ り 給 ふ﹂

︵﹃ 小 鏡﹄

﹁そ のあ した の御 ふみ あり

﹂︵

﹃ 小鏡

﹄︶

巻 名歌

︒当 歌は 衣一 枚を 残し て逃 げ去 った 空蝉 へ︑ 光源 氏が

﹃ 源 氏 流 極 秘 奥 儀 抄

﹄ 注 釈

︵ 一

︶ 1 桐 壺

〜 儘 花 散 里

― 144 ―

参照

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