白描源氏物語絵巻(賢木・花散里・須磨)の再紹介
著者 岩坪 健
雑誌名 人文學
号 207
ページ 63‑88
発行年 2021‑03‑15
権利 同志社大学人文学会
URL http://doi.org/10.14988/00028045
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木 ・ 花 散 里 ・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
岩 坪
健
一
︑ は じ め に 白
畑よ し氏 が一 九六 六年 に紹 介さ れた
﹁白 描﹃ 源氏 物語
﹄絵 巻﹂ は室 町時 代後 期に 制作 され
︑賢 木・ 花散 里・ 須磨 の連 続す る三 帖し か現 存し ない が︑ 物語 中の 和歌 を全 首含 み絵 は三 十図 に も 及ぶ
⑴
︒そ の の ち 賢木 全 段 と須 磨 前 半の 一図 は宇 野 茶 道美 術 館 に 渡り
︑閉 館 後 には 福 井 県越 前 市 武 生公 会 堂 記念 館 に 寄贈 さ れ た⑵
︒ ま た須 磨 の 後半 は 現 在︑ 石山 寺に 蔵さ れて いる
︒詞 書は 白畑 氏が すべ て翻 刻さ れた が︑ 絵は 一部 しか 掲載 され てい ない
︒今 回︑ 所蔵 者の 御厚 意に より 閲覧
・撮 影を 許可 され たの で︑ 改め て紹 介す る次 第で ある
︒な お当 絵巻 は紹 介者 にち なみ
︑白 畑本 と仮 称す る︒ その 書誌 につ いて は白 畑氏 が述 べら れた ので 本稿 では 省略 し︑ 以下
︑巻 ごと に考 察す る︒
― 63 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
二
︑ 白畑 本
・ 賢木 の 巻 白
畑本 の花 散里
・須 磨の 巻は 完備 して いる が︑ 賢木 の巻 は巻 頭の 部分
︵桐 壺院 崩御 まで
︶が 欠落 して
︑現 存す る第 一図 の詞 書も ない
︒﹃ 新 編国 歌大 観﹄ 所収 の源 氏物 語 歌 に付 け ら れた 歌 番 号で 示 す と︑ 賢 木の 巻 に は一 三 三〜 一 六五 番歌 があ るの に対 して
︑白 畑本 の第 二図 詞書 は一 四六 番歌 から 始ま る︒ また 継ぎ 誤り も見 られ るが
︑一 六五 番歌 まで は揃 って いる
︒ 現 存す る白 畑本
・賢 木の 巻の 絵︑ 全十 一図
︵す べて 越前 市武 生公 会堂 記念 館蔵
︶を 考察 する にあ たり
︑次 の三 作品 も参 照す る︒
○略 称﹃ 絵詞
﹄︒ 片 桐洋 一氏
・大 阪女 子大 学物 語研 究会 編著
﹃源 氏物 語絵 詞﹄
︵大 学堂 書店
︑一 九八 三年
︶の 翻刻 によ る
︒片 桐洋 一氏 の解 題に よる と︑ 天正
・文 禄︵ 一五 七三
〜九 六年
︶の 写本 で︑ 従来 の見 解は
﹁平 安時 代以 来絵 画化 さ れて 来た 場面 を整 理総 合し た﹂ もの であ った が︑ 片桐 氏は
︑﹁
﹃ 源氏 物語
﹄に 通じ た文 化人 が注 文主 の依 頼に 応じ て
︑﹃ 源 氏物 語﹄ 全巻 から 絵に すべ き場 面を 選び
︑そ の 部 分の 物 語 本文 を 詞 書と し て 抄 出す る と とも に
︑絵 と すべ き 図様 を詳 細に 記述 して 呈出 した もの
﹂と 説か れた
︒賢 木の 巻は 全八 項︒
○略 称﹃ 承応
﹄︒ 慶 安三 年︵ 一六 五〇
︶跋
︑承 応三 年︵ 一六 五四
︶版
﹃源 氏物 語﹄
︒挿 し絵 は山 本春 正画
︒当 巻は 全八 図
︒
○略 称﹃ 石山
﹄︒ 鷲 尾遍 隆氏 監修
・中 野幸 一氏 編集
﹃石 山寺 蔵 四百 画面
源 氏物 語画 帖﹄
︵勉 誠出 版︑ 二〇
〇五 年六
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 64 ―
月
︶︒ 製 作年 代は 江戸 時代 中期 と推 定さ れる
︒当 巻は 全九 図︒ 以 上の 作品 の絵
︵﹃ 絵 詞﹄ は絵 とす べ き 箇所
︶を 粗 筋 の順 に 並 べ︑ 白畑 本 が 始 まる 箇 所 から 通 し 番号
︵1 18〜
︶を 付 け︑ 私に 見 出 し を設 け る︒ 次 に新 日 本 古 典 文 学 大 系︵ 略 称﹁ 新 大 系
﹂︶ の 段 落 番 号︵ 賢 木 の 巻 は 1〜 53︶ を 付 し︑ その 場面 を描 いた 絵を 作品 の略 称名 と︑ 各作 品に おけ る絵 の通 し番 号︵ 丸数 字︶ で表 す︒ たと えば
﹁1
藤 壺邸 にて 兄 の兵 部 卿 宮
︑光 源 氏
︑王 命 婦 と 和 歌 を 詠 む
︵新 大 15系
︶︒ 白 畑① A・ 絵 詞③
・石 山
④︒
﹂ と は︑ 物 語 の 順 で は 第1 項︑ 見 出し は
﹁藤 壺 邸﹂ 以 下︑ 本文 は 新 大系 の 15第 段︑ 絵 は白 畑 本 第 一図
︵図 A︶ と﹃ 絵 詞﹄ 第三 項
︑﹃ 石 山﹄ 第四 図を 意味 する
︒な お白 畑A
〜E は注
⑴の 論文 に掲 載さ れ︑ 白畑
⑴〜
⑺は 本稿 の末 尾に 収め る︒ ただ し図 Bは 注⑴ の論 文所 収の 図で は一 部を 欠く ため
︑改 めて 本稿 に図
⑶と して 載せ る︒
1
藤壺 邸に て兄 の兵 部卿 宮︑ 光源 氏︑ 王命 婦︑ 和歌 を詠 み合 う︵ 新大 15系
︶︒ 白 畑① A・ 絵詞
③・ 石山
④︒
﹃白 畑﹄ は三 人の 詠者 しか 描か ない の に 対 して
︑﹃ 石 山﹄ は 藤壺 や 塀 の外 の 家 来・ 牛 飼い 童 も 添え る
︒﹃ 絵 詞﹄ 所引 の物 語本 文に は﹁ 御前 の五 葉の 雪に しほ れて した 葉か れた る﹂
︑ 説明 文に は﹁ 御ま への 五葉 に雪 つも るて い﹂ とあ り︑
﹃ 石山
﹄は その 風情 を描 く︒ 一方
﹃白 畑﹄ に も 庭に 松 が ある が
︑雪 は 積も っ て い ない
︒ち な み に﹃ 白畑
﹄の 雪 景 色は 白畑
⑥に 見ら れる
︒
2
宮中 にて 光源 氏︑ 朧月 夜と 密会
︵新 大系 22︶︒
白畑
②⑴
︒
﹃白 畑﹄ には 光源 氏と 朧月 夜の ほか
︑矢 を背 負っ た 武 官と 直 衣 姿の 人 が いる
︒武 官 は 詞 書に
﹁こ ゝ か しこ た つ ねあ りき て︑ とら 一と 申な り﹂ と記 され た近 衛府 の者
︑も う一 人は 詞書 には ない が︑ 光源 氏が 朧月 夜の もと を出 るの を目 撃し た藤 少将 であ ろう か︒
― 65 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
3
藤壺 邸に て光 源氏
︑藤 壺に 近づ く︵ 新大 24系 25︶︒
絵詞
④・ 承応
④・ 石山
⑤︒
﹃絵 詞﹄ と﹃ 承応
﹄は 藤壺 が失 神し て人 々 が 介抱 す る とこ ろ
︵新 大 24系
︶︑
﹃ 石山
﹄は 回 復 し た藤 壺 に 光源 氏 が 近寄 ると ころ
︵新 大系 25︶︒
4
光源 氏︑ 藤壺 と和 歌を 詠み 交わ して 藤壺 邸を 去る
︵新 大系 26︶︒
白畑
③⑵
︒
﹃白 畑﹄ は光 源氏 と藤 壺が 並ん で座 り︑ 二人 の背 後に 描か れた 笹の 葉は 壁代 の模 様で あろ うか
︒
5
光源 氏︑ 雲林 院を 訪問
︵新 大系 30︶︒
絵詞
⑤・ 石山
⑥︒
﹃石 山﹄ の絵 は︑
﹃絵 詞﹄ 所引 の物 語本 文﹁ ほう しは らの あか たて まつ る﹂ に当 ては まる
︒
6
雲林 院に 滞在 中の 光源 氏︑ 紫の 上と 文通
︵新 大系 31︶︒
白畑
④B
⑶︒
﹃白 畑﹄ の詞 書は 光源 氏と 紫の 上と の贈 答歌 であ り︑ 絵 に 描か れ た 光源 氏 が 机の 前 に 座 り︑ 両手 で 持 って 広 げ てい るの は手 紙の よう であ る︒ また
︑床 に置 かれ た草 花は 手紙 に付 ける 折枝 であ ろう か︒ しか し︑ 二人 の僧 侶が 光源 氏と 対面 し︑ 机の 上に ある 巻物 は経 巻に も見 える こと から 考え ると
︑こ の絵 の場 面は
﹁ほ うし ばら の才 ある かぎ り召 し出 でて
︑論 義せ させ て聞 こし めさ せ給
﹂︵ 新 大系 30︶︑
ま たは
﹁六 十巻 とい ふ文 読み 給ひ
︑お ぼつ かな き所 々解 かせ など して おは しま す﹂
︵ 新大 33系
︶と 想定 され る︒ す る と﹃ 白畑
﹄の 詞 書 と絵 の 場 面は 一 致 せ ず︑ この 問 題 に関 し て は第 五章 で再 考す る︒
7
雲林 院に 滞在 中の 光源 氏︑ 斎院 と文 通︵ 新大 32系
︶︒ 白 畑⑤
⑷︒
﹃白 畑﹄ は光 源氏 の手 紙を 受け 取っ た斎 院︵ 朝顔 の姫 君︶ とそ の女 房を 描く
︒
8
光源 氏︑ 雲林 院を 去る
︵新 大系 33︶︒
絵詞
⑥・ 承応
⑤︒
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
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光 源氏 を見 送っ た人 々の 中に
﹁し はふ るひ
﹂ま たは
﹁し はふ るひ と﹂ がい た︑ と物 語に 書か れて いて
︑そ の語 義は 不明 であ る︒
﹁ 皺古 い﹂ と解 釈す れば
﹃絵 詞﹄ の説 明文 にあ る﹁ 老人
﹂に なり
︑﹁ 柴振 る﹂ と読 めば
﹃承 応﹄ に描 かれ た︑ 束ね た柴 を背 負う 男に なる
︒
9
光源 氏︑ 雲林 院か ら持 ち帰 った 紅葉 を藤 壺に 贈る
︵新 大系 34︶︒
石山
⑦︒
﹃石 山﹄ は光 源氏 が自 邸で
︑手 紙を 書く とこ ろで ある
︒
10
宮中に て光 源氏
︑藤 壺と 和歌 の贈 答︵ 新大 37系
︶︒ 白 畑⑩
⑸︒ 御 簾を 隔て て﹁ けん し﹂ と書 きこ まれ た光 源氏 は︑
﹁ 藤 中宮
﹂︵ 藤壺
︶に 背を 向け てい る︒ 光源 氏と 向か い合 う女 房は 取り 次い だ王 命婦 であ ろう
︒な お﹃ 白畑
﹄は この 箇所 から 誤っ て継 がれ
︑物 語の 順に 並び 替え ると 現状 の第 十図
︵ 白畑
⑩︶ が白 畑⑤ に続 き︑ 以下
⑩⑨
⑥⑦
⑧⑪ とな る︒
11
光源氏
︑朧 月夜 から の消 息に 返信
︵新 大系 38︶︒
白畑
⑨E
︒ 硯 箱を 前に して 右手 に筆 を持 つ﹁ 源氏
﹂は
︑和 歌に も詠 まれ た﹁ 時雨
﹂が 降る 空を 見上 げて いる
︒薄 墨で 引か れた 濃淡 のあ る斜 線は
︑雨 を表 現し てい る⑶
︒
12
桐壺院 の一 周忌 に光 源氏
︑藤 壺と 詠み 合う
︵新 大系 39︶︒
白畑
⑥⑹
︒
﹃白 畑﹄ には 光源 氏の 姿は なく
︑几 帳の 側に いる 女君 は﹁ ふち つほ の中 宮﹂
︑も う一 人は 物語 には 書か れて いな いが 取り 次い だ女 房で あろ う︒ 雪が 積も って いる 庭の 松は
︑詞 書の
﹁雪 いた ふふ りた り﹂ に合 う︒
13
藤壺︑ 法華 八講 を催 す︵ 新大 40系
︶︒ 承 応⑥
︒
﹃承 応﹄ は薪 の行 道を 描く
︒
― 67 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
14
出 家し た藤 壺︑ 光源 氏と 詠み 交わ す︵ 新大 42系︶︒ 白 畑⑦ C︒
﹃白 畑﹄ には
﹁源 氏﹂ と﹁ ふち つほ の宮
﹂の ほか
︑藤 壺が 出家 した とき
︵新 大系 41︶ に登 場す る﹁ ひや うふ 卿の 宮﹂ と﹁ よ川 のそ うつ
﹂も 加わ る︒
15
光源氏
︑藤 壺邸 を訪 れ和 歌の 贈答
︵新 大系 45︶︒
白畑
⑧D
︒ 詞 書に
﹁ほ とけ にゆ つり きこ え給 へる おま し所 なれ はす こし けち かふ 心ふ かし
﹂と あり
︑奥 に仏 間を 設け たた め藤 壺は 端近 にい て︑ 今ま でよ りも 光源 氏に 近い と読 める
︒一 方﹃ 白畑
﹄の 絵は 仏壇 が画 面の 中央 を広 く占 め︑ その 両側 に藤 壺と 光源 氏を 配置 した ので
︑二 人の 距離 感は 遠く 感じ られ る︒
16
光源氏
︑韻 塞に 興じ る︵ 新大 49系
︶︒ 絵 詞⑦
︒
﹃絵 詞﹄ の説 明文 には 新大 系の 50第 段も 含む
︒
17
頭中将
︑負 けわ ざを 催す
︵新 大系 50︶︒
白畑
⑪⑺
・承 応⑦
・石 山⑧
︒ 三 作品 とも に頭 中将 親子 と光 源氏 が い る 酒宴 の 場 で︑ いず れ に も酒 杯
・三 方・ 銚 子 が見 ら れ る︒
﹃白 畑
﹄に の み大 太鼓 が添 えら れ︑ これ は﹁ 御遊 び﹂ が行 われ たこ とを 表す
︒
18
光源氏
︑朧 月夜 との 密会 を父 の右 大臣 に見 つけ られ る︵ 新大 52系
︶︒ 絵 詞⑧
・承 応⑧
・石 山⑨
︒ 光 源氏 が几 帳に 隠れ るさ まは
︑三 作品 に共 通す る︒
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 68 ―
三
︑ 白畑 本
・ 花散 里 の 巻 白
畑 本 の 花散 里 の 巻は 絵 が 二図 あ る︒ 第 一 図は 中 河 の女
︑第 二 図︵ 図F
︶は 麗 景 殿 女御 と の 和 歌 の や り 取 り で あ り︑
﹃ 絵詞
﹄﹃ 石山
﹄も 同じ 二場 面を 選ん でい る︒ 一方
﹃承 応﹄ は︑ 次の 巻名 歌を 含む 第二 図し か取 り上 げな い︒ 橘の 香を なつ かし みほ とと ぎす 花散 る里 をた づね てぞ とふ
﹃ 白畑
﹄﹃ 承応
﹄﹃ 石 山﹄ とも に︑ 和歌 に詠 まれ た橘 とほ と と ぎす を 描 く︒ 光源 氏 は この 歌 を 麗 景殿 女 御 に詠 み か けた あと
︑女 御の 妹に あた る花 散里 を訪 ねる ので
︑第 二 図 に 登場 す る 男女 は 光 源氏 と 女 御 であ る
︒し か しな が ら﹃ 白 畑﹄ に﹁ けん し﹂
﹁ 花ち るさ と﹂ と書 きこ まれ てい るの は︑ 巻 名 歌が 詠 ま れた 場 面 であ る の で︑ そ の場 に い るの は 巻 名に ちな む女 君だ と理 解さ れた ので あろ う︒ 四
︑ 白畑 本
・ 須磨 の 巻 白
畑本 は一 首︵ 二一 二番 歌︶ 抜け てい るが
︑そ の詞 書が 二一 三番 歌の 前に ある ので 単な る書 き落 とし であ ろう
︒絵 は全 十六 図︑ 揃っ てい る︒ 白 畑 本 の 絵を す べ て取 り あ げて 考 察 す るに あ た り︑ 前章 で 比 較 し た﹃ 絵 詞﹄
﹃承 応
﹄﹃ 石 山
﹄の ほ か
︑次 の 二 作 品
︵ 略称
﹃勾 当﹄
﹃篠 山﹄
︶ の図 も参 照す る︒
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描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
○略 称﹃ 絵詞
﹄︒ 須 磨は 全五 項︒
○略 称﹃ 勾当
﹄︒ 宮 川葉 子氏
﹁白 描源 氏物 語絵 巻
│後 土御 門院 勾當 内侍 筆│
﹂︵ 同氏 著﹃ 源氏 物語 受容 の諸 相﹄ 青
!
舎︑二
〇一 一年 一一 月︒ 初出 は﹁ 国際 経営
・文 化研 究﹂ 第六 巻第 二号
︑二
〇〇 二年 三月
︶に 翻刻 と絵 を掲 載︒ 識語 に
﹁後 土御 門院 勾當 内侍 女筆
﹂と あり
︑後 土御 門院 の在 位期 間は 一四 六四
〜一 五〇
〇年
︑そ の間 の勾 当内 侍と して 四 辻春 子︵ 一五
〇四 年没
︶を 宮川 氏は 推定 され た︒ 須磨
・明 石の 巻の み現 存す る︒ 須磨 は全 五図
︒
○略 称﹃ 承応
﹄︒ 須 磨は 全八 図︒
○略 称﹃ 石山
﹄︒ 須 磨は 全十 四図
︒
〇略 称﹃ 篠山
﹄︒ 須 磨は 全十 図︒ 狩野 典信 画を 橋 本 栄保 が 模 写し た 絵 巻︒ 奥書 に よ る と︑ 須磨
・明 石 の 巻の み 製 作さ れ た︒ 原本 の詞 書を 分担 した 筆者 の官 職か ら︑ 一七 八〇 年一 月か ら一 七八 一年 十二 月ま での 間に 成立 した
︑と 推測 さ れる
︒詳 細は 注⑶ の論 文を 参照
︒ 右記 の五 作品 に収 めら れた 絵は すべ て注
⑶の 論文 にて 比較 考察 した ので
︑本 稿で は重 複を 避け るた め︑ 白畑 本の 絵の 場面 のみ を取 り上 げる
︒よ って 白畑 本に ない 図は
︑他 本に あっ ても 考察 しな い︒ ま ず白 畑本 の絵 に通 し 番 号︵ 第1 16〜 図︶ を 付け て 私 に見 出 し を設 け
︑新 日 本 古典 文 学 大系
︵略 称
﹁新 大 系﹂
︶の 段落 番号
︵須 磨の 巻は 1〜 36︶ を付 し︑ 白畑 本の 絵を 示す
︒白 畑G
〜Q は注
⑴の 論文 に︑ 白畑 ア〜 オは 本稿 にそ れぞ れ掲 載す る︒ なお 図L と図 Pは 注⑴ 論文 の所 収図 では 一部 を欠 くた め︑ 全図
︵図 イ・ 図オ
︶を 本稿 に収 めた
︒図 アは 越前 市武 生公 会堂 記念 館蔵
︑図 イ〜 オは 石山 寺蔵 であ り︑ 所在 不明 の第 3図 の絵 は﹁ 白畑 不明
﹂と 記す
︒最 後に 当該 絵 が他 作 品 に もあ れ ば その 作 品 の略 称 と
︑各 作 品に お け る絵 の 通 し 番号 を 丸 数 字 で 表 す
︒た と え ば
﹁第 5図
︒光 源
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 70 ―
氏︑ 父院 の御 陵に 参る 途中
︑三 条宮 に住 む藤 壺を 見舞 う︵ 新大 13系
︶︒ 白 畑I
・勾 当①
︒﹂ は︑ 白畑 本の 絵の 順で は第 五図
︑見 出し は﹁ 光源 氏﹂ 以下
︑本 文は 新大 系の 13第 段︑ 絵は
﹃白 畑﹄ の図 Iと
﹃勾 当﹄ の第 一図 を意 味す る︒
第 1 図
光源 氏︑ 大宮 と歌 を詠 み交 わす
︵新 大系 6︶
︒ 白畑 G︒ 前 掲の 五作 品は 取り 上げ ない 場面 であ る︒ 白畑 本の 絵は 明け 方に 光源 氏が 左大 臣邸 を立 ち去 ると ころ で︑ 数え 五歳 の夕 霧は 眠っ てい ると 話題 にさ れた だけ であ る が︑ 白 畑 本は 詞 書 の﹁ 心く る し き人 の い き たな さ
﹂︵ 熟 睡し て い る夕 霧︶ を描 いて いる
︒
第 2 図
弟の 帥宮 と親 友の 三位 中将 が訪 れる
︒身 繕い をす る光 源氏 は鏡 台に 映る やつ れ顔 を見 て︑ 紫の 上と 和歌 を詠 み合 う︵ 新大 系9
︶︒ 白 畑H
・絵 詞②
・承 応②
・石 山②
・篠 山③
︒
﹃白 畑﹄ と﹃ 石 山﹄ は 帥宮 と 三 位中 将 を 省き
︑鏡 台 を 見 る光 源 氏 と紫 の 上 しか い な い
︒物 語 で は 女 房 は 登 場 せ ず︑
﹃ 白畑
﹄も
﹃承 応﹄ も描 かな いの に対 して
︑﹃ 石 山﹄ は 坪 庭越 し に 垣間 見 る 二人 の 女 房 がお り
︑﹃ 篠 山﹄ は二 人 の 女房 と 一 人 の 下 女 が 接 待 の 準 備 に 追 わ れ て い る
︒ま た
﹃篠 山
﹄に は 小 道 具 を 多 く 描 き こ む の に 反 し て
︑﹃ 白 畑﹄
﹃ 承 応﹄
﹃ 石山
﹄は 鏡台 だけ であ る︒ よっ て﹃ 白畑
﹄は 最も 描か れ た もの が 少 なく
︑光 源 氏 と紫 の 上 が 歌を 詠 み 交わ す 情 景に 限定 して いる
︒こ れは
﹃白 畑﹄ が﹁ 素人 の 手 す さび
﹂︵ 注
⑴の 論 文︶ によ る か らか も し れ ない が
︑最 小 限に 絞 る こと によ り詠 歌の 情緒 を醸 し出 して いる とも 言え よう
︒な お︑ 物語 本文 にも
﹃絵 詞﹄ にも 光源 氏は 無紋 の直 衣に 着替 えた とあ り︑
﹃ 承応
﹄﹃ 石山
﹄は 無紋
︑﹃ 篠 山﹄ は直 衣を 着る 前で ある
︒﹃ 白畑
﹄も 無紋 では ある けれ ども
︑総 じて 白描 の絵 では 無紋 に描 くこ とが 多い
︒
第 3 図
光源 氏︑ 花散 里邸 を訪 問︵ 新大 10系
︶︒ 白 畑不 明︒ 石山
③︒
― 71 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
﹃石 山﹄ は光 源氏 が花 散里 と語 らい
︑別 室に は二 人 の 女 房が 控 え︑ 崩 れた 築 地 塀に 絡 ま る 蔦を 月 が 照ら す
︒﹃ 白 畑﹄ も二 人が 詠み 合う 図で あろ うか
︒
第 4 図
光源 氏︑ 朧月 夜と 文を 交わ す︵ 新大 12系
︶︒ 白 畑ア
︒ 他 作品 に見 られ ず﹃ 白畑
﹄の みが 取り 上げ たの は︑ 和歌 が贈 答さ れた から であ る︒ 光源 氏は 描か れず
︑硯 箱を 挟ん
︵ マ マ︶
で二 人の 女君
︵﹁ お ほろ 月夜
﹂と 密会 を手 引き した
﹁中 納言 宮﹂
︶が 向き 合う
︒な お当 該図 は現 在︑ 掛け 軸に 装丁 され てい る︒
第 5 図
光源 氏︑ 父院 の御 陵に 参る 途中
︑三 条宮 に住 む藤 壺を 見舞 う︵ 新大 13系
︶︒ 白 畑I
・勾 当①
︒ 物 語本 文に
﹁近 き御 簾の 前に 御座 まい りて
︑御 身 づ か ら聞 こ え させ 給
︒﹂ と あり
︑二 作 品 と も御 簾 越 しに 語 り 合っ てい る︒ ただ し光 源氏 の姿 は異 なり
﹃勾 当﹄ は静 座 し て いる が
︑﹃ 白 畑﹄ は立 っ て 御簾 に 顔 を 寄せ 秘 密 の親 密 さ が感 じら れる
︒
第 6 図
光源 氏︑ 御陵 に 参拝 す る 途 次︑ 下鴨 神 社 を遥 拝 す る︵ 新大 系 14︶︒
絵詞
③・ 石 山④
︒光 源 氏︑ 御陵 に 別 れを 告げ る︵ 新大 15系
︶︒
﹃ 承応
﹄③
・﹃ 石 山﹄
⑤・
﹃篠 山﹄
④︒
﹃白 畑﹄ は画 面の 右側 に馬 に乗 った 光源 氏と
︑そ の前 後 を 歩く 従 者 が一 人 ず つ︑ 画面 の 左 奥 に墓 ら し いも の を 配置 する
︒こ の図 は掛 け軸 に仕 立て られ
︑二
〇〇 八年 の展 示﹃ 石山 寺の 美 観音
・紫 式部
・源 氏物 語﹄ の図 録に 掲載 され てい る︒
第 7 図
光源 氏と 東宮 との やり 取り
︵新 大系 16︶︒
白畑 J︒
﹃白 畑﹄ は光 源氏 の手 紙を 前に 置く 少年 姿の 東 宮 が︑ 一段 低 い 所に 控 え る女 房
︵手 紙 を 取り 次 い だ王 命 婦︶ に 伝言
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 72 ―
する とこ ろを 描く
︒
第 8 図
光源 氏︑ 紫の 上と 別れ を惜 しむ
︵新 大系 18︶︒
白畑 K・ 勾当
②・ 石山
⑥︒
﹃勾 当﹄ も﹃ 石山
﹄も 光源 氏と 紫の 上し かい ない が︑
﹃白 畑﹄ は隣 室に 聞き 耳を 立て る二 人の 女房 を添 える
︒そ の様 子は
︑国 宝源 氏物 語絵 巻・ 夕霧 の巻 に似 る︒ また
﹃白 畑﹄ にの み唐 櫃が 三つ 置か れ︑ これ は須 磨へ 運ぶ もの であ ろう か︒
第 9 図
須磨 に行 く途 次︵ 新大 19系
︶︒ 白 畑L イ・ 勾当
③・ 承応
④︒
﹃勾 当﹄ も﹃ 承応
﹄も 船中 の一 行で ある のに 対し て︑
﹃白 畑﹄ は﹁ 源氏
﹂﹁ よ しき よ﹂
﹁さ こん のせ う﹂ と書 かれ た三 人が 室内 にい て︑ 浜辺 の松 原を 眺め てい る︒ 貝が 散乱 して 遣水 が流 れて いる とこ ろか ら︑ 詞書 に記 され た﹁ おほ いと のと いひ ける 所は いた ふあ れて 松は らは かり そし るし 成け る﹂ を絵 にし たの であ ろう
︒物 語本 文で は大 江殿 を船 の中 から 見て 歌を 詠み 通り 過ぎ たと も読 める が︑
﹃ 白畑
﹄は 上 陸 して 休 憩 する と 解 釈し た の で あろ う
︒な お 本図 か ら 最終 図ま では 巻子 本で
︑石 山寺 に所 蔵さ れて いる
︒
10 第
図
光源 氏︑ 須磨 から 女君 たち と文 通す る︵ 新大 21系 26〜
︶︒ 白 畑М
・石 山⑦
・承 応⑤
︒
﹃白 畑﹄ は室 内か ら海 辺を 見る 光源 氏の 前に
︑硯 箱と 数通 の手 紙を 置く
︒書 き終 えて これ から 送る とこ ろで あろ う︒
﹃ 石山
﹄は 光源 氏が 六条 御息 所の 使者 を呼 び 寄 せて 話 を 聞く と こ ろ︵ 新大 系 25︶︑﹃
承 応﹄ は 花 散里 の 和 歌に よ り 屋敷 の荒 廃を 知っ た光 源氏 が築 地を 修復 させ ると ころ
︵新 大系 26︶ であ る︒
11 第
図
須磨 での わび 住ま い︵ 新大 28系 30〜
︶︒ 白 畑ウ
・絵 詞④
・篠 山⑥
︒
﹃白 畑﹄ の詞 書は 以下 の三 場面 を一 まと めに して い る︒ す なわ ち
︑夜 中 に目 覚 め た光 源 氏 が 独り 琴 を 弾き 家 来 たち
― 73 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
も起 きて 涙 ぐむ
︵新 大 系 28︒ 白畑 ウ
・絵 詞④
・篠 山
⑥︶
︑光 源 氏 が海 を 眺 め なが ら 読 経す る
︵新 大 29系
︒勾 当④
・承 応⑥
・石 山⑧
︶︑ 光 源氏 が中 秋の 名月 を見 て都 に思 いを 馳せ る︵ 新大 30系
︶で ある
︒﹃ 白畑
﹄が 描い たの は﹁ 須磨 には いと ど心 づく しの 秋風 に﹂ で始 まる 名文 の誉 れ高 い場 面で ある が︑ 例は 少な い︒ 物語 本文 の﹁ 鼻を 忍び やか にか みわ たす
﹂を
﹃白 畑﹄ は鼻 紙で
︑﹃ 篠 山﹄ は片 手で 拭う 様で 表現 して いる
︒
12 第
図
大宰 の大 弐︑ 上京 する 途中
︑光 源氏 に挨 拶す る︵ 新大 31系
︶︒ 白 畑O
・石 山⑨
︒ 二 作品 とも 奥の 室内 に琴 を弾 く光 源氏
︑端 近に 使者
︵大 弐の 子息
︶と 対面 する 家来 を配 置す る︒
13 第
図
光源 氏︑ 家来 たち と合 奏︵ 新大 33系 中盤
︶︒ 白 畑N
⑷
・篠 山⑦
︒ 両 作品 とも 物語 本文 の﹁ 琴を 弾き すさ び 給 ひ て︑ 良清 に 歌 うた は せ︑ 大 輔横 笛 吹 き て遊 び 給︒
﹂ の場 面 を 描く
︒そ こで は和 歌は 詠ま れて い な い ので
︑﹃ 白 畑﹄ の 詞書
︵新 大 33系 序 盤・ 終盤
︶に は 絵 に 該当 す る 本文 は な い︒ また
︑物 語本 文の
﹁冬 にな りて 雪降 り荒 れた るこ ろ﹂ を踏 まえ て﹃ 篠山
﹄は 銀世 界に 彩色 し︑ 白描 の﹃ 白畑
﹄は 松や 柴垣 に積 もる 雪の ほか
︑簀 子に 置く 丸い 物で 雪玉 を表 現し てい るか と思 われ る︒
14 第
図
光源 氏︑ 若木 の桜 を見 て都 を恋 しく 思う
︵新 大系 35序 盤︶
︒ 白畑 エ︒
﹃白 畑﹄ は須 磨に 来た とき に植 えた 桜が 咲い たの を︑ 室内 から 光源 氏が 眺め るさ まを 描く
︒
15 第
図
三位 中将
︑須 磨を 訪問
︵新 大系 35前 半︶
︒ 白畑 Pオ
・絵 詞⑤
・勾 当⑤
・承 応⑧
・石 山⑫
⑬・ 篠山
⑧︒ 中 将は 須磨 に一 泊し た︒ 絵詞
⑤説 明文
・勾 当⑤
・承 応⑧
・石 山⑫
・篠 山⑧ は一 日め
︑絵 詞⑤ 説明 文と 物語 本文
・石 山⑬ は 二日 め を 描 き︑ その 相 違 点は 馬 に 表れ て い る︒ 一 日め は 中 将を も て な すた め
﹁御 馬 ど も
﹂に 稲 を 与 え て 見 せ る︑ 二日 めは 光源 氏か ら 中 将 への 贈 り 物と し て﹁ 黒 駒﹂ を与 え る︑ で あ る︒
﹃石 山
﹄は
⑫⑬ とも に 馬 がお り
︑⑫ は小
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 74 ―
屋の 中に 二頭
︑⑬ は庭 に引 き出 した 黒馬 一 頭 と 描き 分 け てい る
︒﹃ 白 畑﹄ の馬 は 画 面 の右 半 分 に石 山
⑫と
︑左 半 分に 石山
⑬と 同じ 描き 方を して 異時 同図 法で ある
︒ま た画 面の 左端 に描 かれ た雁 は二 日め の題 材で ある ので
︑右 半分 は一 日 め︑ 左半 分 は 二 日め に 分 けら れ る が︑
﹃白 畑
﹄の 詞 書 は二 日 め の本 文 し かな い
︒﹃ 絵 詞
﹄も 物 語 本 文 は 二 日 め の み で︑ 絵の 説明 文は 二日 間に わた る︒
16 第
図
光源 氏︑ 海辺 で祓 をす る︵ 新大 36系 前半
︶︒ 白 畑Q
・石 山⑭
︒
ひ と がた
幕 を張 り巡 らし 陰陽 師が 祓を して
︑小 舟に 人形 を乗 せて 流す のを 光源 氏た ちが 見て いる
︑と いう 物語 の内 容を
﹃石 山﹄ は忠 実に 描く
︒﹃ 白 畑﹄ も構 図は 同じ であ るが 幕は なく
︑光 源氏 は苔 むし た岩 の上 に座 って いる
︒ 五
︑ 白畑 本 の 絵
│ 詞 書と の 関 係│ こ
れま で白 畑本 と他 作品 の絵 を比 較し てき たが
︑白 畑本 は和 歌が 詠ま れた 場を 絵に して いる 点が 他と 異な る︒ たと えば 須磨 の巻 にお い て︑ 光 源 氏が 中 将 の君 と 別 れを 惜 し む 図︵ 新大 系 5︶ が﹃ 承応
﹄﹃ 石 山﹄
﹃ 篠山
﹄に あ り﹃ 白 畑﹄ にな いの は︑ その 場面 にお いて 和歌 が詠 まれ てい ない から であ り︑ ここ に白 畑本 と他 本と の相 違が 認め られ る︒ その ため 他作 品と 共通 する 絵は 少な く︑ 賢木 の巻 は全 十一 図の うち 四図
︵白 畑①
⑤⑦
⑪︶ しか ない
︒そ の四 図も 用例 は少 なく
︑① はス ペン サー
・コ レク ショ ン蔵 源氏 物語 冊子 絵に も見 られ る が︑
﹁ ほか に 類 例の な い 場 面﹂⑸
と 解説 さ れ てい る︒ また 田口 榮一 氏が 作成 さ れた
﹁源 氏 絵 帖 別場 面 一 覧﹂
︵注
⑸の 著 書 に所 収
︶に よ る と︑
⑤は 個 人蔵 光 起 画帖
︑⑦ はバ ーク 本光 則白 描画 帖と のみ 似る
︒よ って 賢木 の巻 は珍 しい 場面 が多 いと 言え よう
︒と ころ が逆 に花 散里 と須 磨の
― 75 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
巻 は︑ 他作 品 に も 見当 た る 絵柄 が 多 い︒ 花散 里 の 巻 は全 二 図 すべ て
︑須 磨 の 巻 は 全 十 六 図 の う ち 四 図
︵第 14 147 図︶ 以外 が共 通す る︒ これ は比 較す る対 象が
︑須 磨の 巻で は二 作︵
﹃ 勾当
﹄﹃ 篠山
﹄︶ 増 えた こと にも よろ う︒ 次 に白 畑本 の詞 書と 絵の 関係 に注 目す ると
︑両 者が 一致 しな いの は二 例│ 賢木 の第 6項
︑須 磨の 13第 図│ ある
︒賢 木第 6項 の場 合︑ 原因 は二 通り 想定 され る︒ 一つ はも とも と二 場︵ 新大 31系 33・
︶あ った が︑ 前の 図と 後の 詞書 が脱 落し た結 果︑ 前の 詞書
︵新 大系 31︶ と後 の絵
︵新 大系 33︶ が一 組に なっ たか ら︒ もう 一つ の理 由は
﹃白 畑﹄ の絵 は詞 書を 基に 描か れた ので はな く︑ 詞書 に合 う絵 柄を 別の 作品 から 探し たも のの 見当 たら ず︑ その 前後 の図 を採 用し たか らで ある
︒二 通り の可 能性 のう ち後 者は
︑須 磨第 13図 にも 当て はま る︒ 当 該 図 は 新大 系 33の 中 盤に 当 た るが
︑そ の 箇 所 には 和 歌 がな い た め詞 書 は 新 大系 33の 序 盤 と終 盤 の 二 場 面 か ら 成 り︑ 絵と 詞書 は合 わな い︒
﹃ 白畑
﹄に は︑ 柴 を 焼く 小 屋 のよ う な もの や 鳥 も 見ら れ る︒ こ れは
﹃白 畑
﹄の 詞 書に
﹁お はし ます うし ろの 山に しは とい ふも のふ すふ るな りけ り﹂
︵ 新大 33系 序盤
︒石 山⑩
︶と
︑﹁ れゐ のま とろ まれ ぬあ かつ きの 空に うら 千鳥 あは れに なく
﹂︵ 新 大系 33終 盤
︒承 応
⑦︶ とい う
︑絵 と は別 の 場 面の 文 章 が 含ま れ て いる か ら であ る︒ よっ て﹃ 白畑
﹄は 詞書 にな い情 景を 描く と同 時に
︑絵 と は 異 なる 場 面 の詞 書 に 記さ れ た 題 材も 盛 り 込ん で い る︒ これ は他 作品 の絵 を参 照し たか らで はな かろ うか
︒ 須 磨 15第 図 も 同 様 に 考 え ら れ る︒
﹃ 絵 詞﹄ は 物 語 本 文 に 即 し て 光 源 氏 お 手 植 え の 桜︑ 調 度 品︵ 囲 碁・ 双 六
・香 道 具︶
︑ 仏具
︑貝 を献 上し た海 人 に 御衣 を 授 ける
︑御 馬 に 稲を 与 え る︑ 酒 宴︑ 黒駒
︑雁
︑琴 を 列 挙す る
︒こ の うち
﹃白 畑﹄ にな いの は︑ 授け た御 衣と 琴だ け で あ る︒ 一方
﹃勾 当
﹄で は 桜以 外 の 小道 具 は 皆 無で
︑﹃ 承 応﹄ は 御衣 を 与 える 箇所 に限 定し てい る︒
﹃ 篠山
﹄は 二頭 の 馬 に水 を や る︑ 酒宴 の 準 備︑ 仏具
︑御 衣 を 賜 うの 順 に 展開 す る︒ 石 山⑫ は室
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 76 ―
内に 琴と 仏具
︑縁 側に 海人 の献 上品
︑庭 に二 頭の 馬︑ 石山
⑬は 庭に 黒駒
︑室 内に 光源 氏が 贈っ た笛 を入 れた 袋の ほか 硯箱 と懐 紙が 置か れて いる
︒笛 は﹃ 白畑
﹄に もあ り︑ 他作 品に 比べ ると 品数 は多 い︒ しか しな がら
﹃白 畑﹄ の詞 書で 絵の 題材 と重 なる のは
︑﹁ あ さほ らけ の空 にか りの わた る御 らむ して
﹂の 雁し かな く︑ 詞書 だけ では 描か れな い︒ そ の一 方︑ 須磨 第2 図の よう に詞 書に 記さ れた 人と 物し か取 り上 げな い絵 もあ り︑ これ は詞 書に のみ 基づ いて 描か れた
﹁素 人の 余技
﹂︵ 注
⑴の 論文
︶だ から であ ろう
︒白 畑 本 が絵 に よ って モ チ ーフ の 数 や 種類 に 差 があ る の は︑ 他作 品を 参照 した かど うか
︑す なわ ち模 倣し た場 合は 詳細 に描 かれ るの に対 して
︑参 考に なる 図が ない 時は 簡単 な絵 にな るの では なか ろう か︒ 六
︑ 白畑 本 と 他の 白 描 源氏 物 語 絵巻 白
畑よ し氏 は︑ 白畑 本と は別 の白 描源 氏物 語絵 巻︵ 葵・ 賢木
・花 散 里 の巻 の み 現 存︶ も紹 介 さ れた
⑹
︒そ の 詞 書は 和歌 をす べて 抜き 出す 白畑 本と は異 なる が︑ 絵は よく 似て いる
︒賢 木の 巻は 七図 から なり
︑巻 頭を 欠く 白畑 本と 比較 でき るの は第 三図 から であ る︒ 以下
︑第 二章 の第 1〜 18項 と照 合し て︑ 場面 を確 認す る︒ なお 絵が 注⑹ の論 文に 掲載 され てい るの は︑ 第三
・六
・七 図で ある
︒
○第 三図 は第 3項 の石 山⑤ と同 じ場 面で
︑光 源氏 が藤 壺の 衣装 を引 き寄 せる とこ ろ︒
○第 四図 は白 畑氏 の解 説﹁ 画面 は槿 斎院 と︑ 侍女 の中 将と の対 座で
︑前 には その 木綿
︵引 用者 注︑ 光源 氏が 手紙 に付
ゆ う
けた もの
︶が おか れて いる
︒﹂ に よる と︑ 第7 項の 白畑
⑤と 同じ 場面 であ る︒ ただ し木 綿は 白畑 本に は見 当た らな い︒
― 77 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
○第 五図 は第 12項 と同 じ場 面︒ 白畑 氏の 解説 によ れ ば︑
﹁ 室 内に は 源 氏の 姿 が 大ら か に 占 め︑ 几帳 の 中 には 藤 壺 が半 ば身 をか くし てい る︒
﹂ であ るが
︑白 畑⑥ には 光源 氏の 姿は 見え ない
︒
○第 六図 は第 17項 と同 じ場 面︒ 白畑 氏の 解説 に よ る と︑
﹁中 将 の 息で 八 九 歳に な る 少 年が 笙 を 吹い て い る姿
﹂に
﹁御 土器 をか たむ ける 中将
﹂と
﹁端 然と した 源氏 が坐 つて いる
﹂図
︒
○第 七図 は第 18項 と同 じ場 面で はあ るが
︑右 大臣 が来 て︵ 石山
⑨︶
︑ 娘の 朧月 夜と 向き 合い
︵当 図︶
︑そ して 立ち 去る
︵ 承応
⑧︶ のよ うに 三者 には 時 間 差が あ る︒ ま た﹃ 石山
﹄と
﹃承 応
﹄は 右 大臣
・朧 月 夜・ 源 氏 の三 人 し か描 か な いの に対 して
︑当 図は 隣室 で聞 き耳 を立 てる 二人 の烏 帽子 姿が 加わ る︒ この 二人 を配 した 構図 は︑ 白畑 本・ 須磨 の巻
・第 8図 と共 通す る︒ 以上 の五 図の うち
︑白 畑本 と共 通す るの は第 四・ 五・ 六図 であ り︑ とり わけ 第四
・五 図は 第二 章で 比較 した 他の 作品 には ない
︒と いう こと は第 四・ 五図 は彩 色画 とは 異な り︑ 白描 絵に おい て継 承さ れた 図様 であ るか もし れな い︒ そ こで 他の 白描 源氏 物語 絵巻 を探 すと
︑さ らに 白畑 本と 似た 作品 があ る︒ 片桐 弥生 氏は 天文 二三 年︵ 一五 五四
︶に 写さ れた スペ ンサ ー本 と︑ 細見 家本
・天 理図 書館 本と を比 較考 察さ れ︑ 次の 結論 を導 かれ た︒ スペ ンサ ー本
︑と いう より はス ペン サー 本の 原本 は︑ 細見 家本
︑天 理図 書館 本の よう な﹃ 源氏 物語
﹄中 の和 歌を す べて 抜 き 出 し︑ 絵画 化 し た絵 巻 を 参考 に し て 制作 さ れ たの は 間 違 いな か ろ う︒ つま り ス ペン サ ー 本 は 細 見 家 本︑ 天理 図書 館本 のよ うな 絵巻 の抄 出本 とし て制 作さ れた と考 えて よい ので はな かろ うか
︒そ して 一帖 から 一段 を選 ぶ基 準は
︑詞 は巻 名を 含む 和歌 があ る段 が原 則と して 選ば れた
︒し かし 絵の 方は 必ず しも そう では なく
︑絵 その もの の面 白さ や著 名な 場面 であ るこ とか ら他 の段 の絵 が使 われ たり
︑数 段が 合成 され たり した ので ある
⑺
︒
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 78 ―
細見 家本 は白 畑本 の三 帖を 含み
︑詞 書 は﹁ ほ ぼ 一致
﹂し
︑﹁ 図 様 も大 方 一 致す る よ う であ る
﹂こ と︑ ま た白 畑 本 と同 じ継 ぎ 誤 りも あ る こ とか ら
︑﹁ 両 者に 共 通 する 祖 本 に 錯簡 が あ った
﹂と 片 桐 氏は 論 じ ら れた
⑻
︒す る と スペ ン サ ー本 の原 本と して 細見 家本 と天 理図 書館 本の ほか に︑ 白畑 本が 加わ るこ とに なる
︒な お︑ 天理 図書 館本 は白 畑本 の三 帖を 欠く ので
︑本 稿で は考 察か ら外 す︒ 七
︑ 白畑 本 の 本文 系 統 最
後に 白畑 本の 詞書 本文 を取 り上 げる
︒源 氏物 語の 本文 系統 は巻 によ り異 なる こと があ るの で︑ 白畑 本も 巻ご とに 考察 する
︒ま ずは 本文 が最 も短 い花 散里 の巻 から 調べ ると
︑冒 頭の 一文 以外 は河 内本 系統 であ る︒ 以下
︑詞 書を 全文 引用 して
︑系 統に より 異な る箇 所に 傍線 を引 く︒ おり ふし 時鳥 なき わた りた り も よを し か ほ1
な る に御 く る ま を2
お さ へさ せ 給 ふに れ い の これ み つ をい れ た まふ
︵ 三八 八3
︶⑼
御 せふ そこ と3
い ふわ かや かな る4
け はい とも あま たし てお ほめ くな るへ し︵ 三八 八7
︶ い かに しり てか とし のひ やか に5
く ちす さみ 給ふ
︵三 八九 9︶
︵ らカ
︶
6
あ さは かな らぬ も人 の御
7
もて なし かた にや とお ほく のあ はれ そい ける
︵三 九〇 2︶ 青表 紙本 も別 本も 傍線 1の 箇所 は﹁ なれ は﹂
︑ 2は
﹁を しか へさ せて
﹂︑ 3﹁ きこ ゆ﹂
︑ 5﹁ うち すん し﹂
︑6
﹁あ さか らぬ
﹂︑ 7
﹁さ ま﹂ であ る︒ 傍線 4は 青表 紙本 が﹁ けし きと もし て﹂
︑別 本が
﹁け わひ とも して
﹂と 異な り︑ 河内 本の
― 79 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
みが 白畑 本と 一致 する
︒ と こ ろ が 冒頭 文 は 青表 紙 本 が
﹁お り し も ほ と ゝ き す な き て わ た る
﹂︑ 河 内 本 が﹁ お り し も ほ と ゝ き す な き わ た る は﹂
︑ 別本 が﹁ おり しも 郭公 のな きて わた るも
﹂で
︑白 畑本 と同 じ本 文は 見当 らな い︒ 次 に︑ 詞書 がす べて 現存 する 須磨 の巻 を取 りあ げる
︒こ の巻 も青 表紙 本で はな く河 内本 では ある が︑ 別本 との み重 なる 箇 所 も見 ら れ る︒ 例 えば 二
〇 三番 歌⑽
﹁と こ よ出 て 旅 の 空と ふ か りな れ と つら に お く れぬ ほ と そな く さ む﹂
︵四 二四 5︶ の傍 線部 は︑ 別本 の一 本で ある 陽 明 家 本と の み 共通 し
︑青 表 紙本 は
﹁な る か りか ね も﹂
︑ 河内 本 は﹁ な るか り なれ と
﹂で あ る︒ ち なみ に 源 氏物 語 の 梗概 書 類 を 調べ る と︑ 白 畑本 と 同 文 は
﹃源 氏 物 語 提 要
﹄と 版 本
﹃源 氏 物 語 歌﹄ に見 られ る⑾
︒ 和 歌 は 音 数の 制 約 があ る た め散 文 よ り も異 同 は 少な い に もか か わ ら ず︑ 白畑 本 の 和歌 に は
﹃源 氏 物 語 大 成 校 異 篇﹄ には 無い 本文 が散 在す る︒ その 箇所 を以 下︑ 歌番 号・ 白畑 本・ 青表 紙本 等の 順に 列挙 する と︑ 一八 九﹁ とま やも あれ て│ あま のと ま やも
﹂︑ 一 九 七﹁ あ まの す む│ あ まか つ む﹂
︑ 二〇
〇
﹁き こ ゆ る│ かな し き﹂
︑ 二〇 六
﹁つ な てし て│ つな てな は﹂ であ る︒ この よう な独 自異 文は 散文 にも 見ら れ︑ 詞書 の歌 番号
・白 畑本
・青 表紙 本の 順に 挙げ ると 次の よう にな る︒ 一七 七﹁ あま るへ かり け る│ あ ま るも と こ ろせ う な ん﹂
︑一 七 九﹁ つ ゝ けた ま は ぬ成 へ し│ つ ゝけ たま はぬ
﹂︑ 一 八六
﹁あ さか らす
│あ さ は か に﹂
︑二
〇 七﹁ う つく し け なり
│は つ か し けな り
﹂︑ 二 一三
﹁御 ら む して
│あ るし の 君﹂⑿
︒ この 中 で 一八 六 番 詞 書の 異 同 は解 釈 に も 係わ り
︑須 磨 に退 去 す る光 源 氏 が 紫の 上 と 別れ を 惜 しむ 場面 であ る︒ 白畑 本の 本文
﹁あ さか らす き こ え なし 給 へ は﹂ では 源 氏 が紫 の 上 に﹁ あ さか ら ず﹂
︵ 愛情 深 く︶ 申 し上 げた のに 対し て︑
﹁ あさ はか に﹂ では わざ と軽 く言 いな した とな る︒
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 80 ―
白 畑本 の異 文の 中に は物 語本 文で はな く︑ 梗概 文か と思 われ る箇 所が 一例 あり
︑そ れは 二一 六番 歌の 詞書 であ る︒
︵ ひ カ
︶
けふ なん きた れる みの りな れは
※人 かた つく りて ふね にの せて なか すを み給 ふも 御身 によ そへ られ て
※以 下の 本文 は和 歌の 直前 にあ り﹃ 源氏 物語 大成
校 異篇
﹄で は四 三五 頁3 行目 であ る︒ 一方
※ま では
﹁や よひ のつ いた ちに いて きた るみ の日 けふ なむ かく おほ すこ とあ る人 は﹂
︵ 四三 13四
︶を 梗概 化し たか と思 われ る︒ 最 後に 賢木 の巻 を調 べる と︑ 他の 二巻 では 殆ど 見ら れな かっ た青 表紙 本が 散見 され る︒ 一例 とし て一 五三 番歌 の詞 書を 引用 する
︒ こと おほ く侍 れと かひ なく のみ なと すこ し心 とゝ めて おほ かり おま への はゆ ふの かた はし に︵ 三五 八4
︶ 傍線 部が 河内 本で は﹁ かひ なく なむ 心と ゝめ てす こし こま やか にか きた り﹂ であ り︑ 陽明 家本 を除 く別 本も それ に近 く︑ 陽明 家本 は﹁ おほ かり
﹂が
﹁御 返﹂ であ る以 外は 青表 紙本 と同 じで ある
︒ 一 方︑ 非青 表紙 本や
﹃源 氏物 語大 成 校異 篇﹄ に無 い本 文も 混在 する
︒そ れが よく 分か る例 は一 五七 番歌 であ る︒ きこ えさ せて もか いな き1
物 から けに こそ むけ に2
く つお れに ける 身の うき ほと
源 氏大 将 あひ 見す て忍 ふる 頃の 涙を もな へて の3
秋 の時 雨と やみ る︵ 三六 四1
︶ 傍線 1は 独自 異文 で︑ 青表 紙本 と国 冬本 以外 の別 本は
﹁も のこ りに
﹂︑ 河 内本 は﹁ こと の葉 のけ に﹂
︑国 冬本 は﹁ 物と もに
﹂で ある
︒傍 線2 は青 表 紙 本 と一 致 し︑ 河 内本 は
﹁か れ 侍に
﹂︑ 別 本 は﹁ し ほた れ 侍 に﹂ また は
﹁し ほ れに
﹂か
﹁ しを れ侍 りに
﹂で ある
︒逆 に傍 線3 は河 内本
・別 本と 同じ で︑ 青表 紙本 は﹁ そら
﹂で ある
︒ 賢 木の 巻に も梗 概文 が一 箇所
︵一 五四 番︶ ある
︒
a
光日 の御 子b
中 宮あ ま に成 ら せ たま ひ 御 代か は り 給 ふて
c
大 きさ ひ の 御こ ゝ ろd
さ か な く てe
む く ゐせ む と し給
― 81 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
ふに
☆お なし みか きの うち なか らか はれ るこ とお ほく かな し
☆以 下は 三六 二頁 12行 目の 物語 本文 であ るの に対 して
︑☆ 以前 のは 該当 する 本文 が見 出せ ない
︒ま ず傍 線a
﹁光 日の 御子
﹂と いう 言 葉は
︑﹃ 源 氏 物 語大 成 索 引 篇﹄ に見 当 ら ない
︒傍 線 bの
﹁中 宮
﹂は 藤 壺を 指 し︑
﹁ 輝く 日 の 宮﹂
︵桐 壺の 巻︶ と呼 ばれ てい る︒ bに
﹁中 宮あ まに 成ら せた まひ
﹂と ある が︑ この 時点 では 出家 して いな い︒ 傍線 c﹁ 大き さひ
﹂︵ 弘 徽殿 大后
︶は 当巻 にも 四例 ある が︑ すべ て他 の場 面に 使わ れて いる
︒d の﹁ さが なし
﹂︵ 三四 三5
︶と eの
﹁ 報い
﹂︵ 三四 六1
︶は 当巻 に一 例ず つあ り︑
﹁ さが な し﹂ は 詞書 で は 弘徽 殿 大 后の 性 格 を 表わ す が︑ 物 語で は そ の父 右大 臣の 形容 であ る︒
﹁ 報い
﹂は 物語 も詞 書と 同じ で︑ 大后 が﹁ むく ひせ むと おほ す﹂ と記 す︒ 八
︑ 終 わ り に 鎌
倉時 代に 藤原 定家 が校 訂し た青 表紙 本は
︑室 町時 代に なる と和 歌に おけ る定 家崇 拝の 影響 によ り他 系統 の本 文を 圧倒 し︑ 江戸 時代 には 流布 本に なる
︒一 方︑ 室町 後期 に制 作さ れた 白畑 本は 非青 表紙 本で あり
︑青 表紙 本が 優勢 にな る以 前の 状況 が窺 える
︒ 白 畑本 の絵 は原 則と して 和歌 が詠 まれ た箇 所で ある ため
︑名 場面 であ って も和 歌が ない と描 かれ ず︑ そこ が彩 色画 と違 う点 であ る︒ ただ し実 際に は詞 書に ない 部分 も描 かれ
︑こ れは 別の 絵画 資料 を取 り入 れた から と考 えら れる
︒白 畑本 は細 見家 本と 似る ため 白畑 本の みの 特徴 では なく
︑彩 色画 とは 異な る白 描画 独自 の図 様が 継承 され てい たの であ ろう
︒江 戸時 代に なる と描 かれ る場 面が 固定 化す るが
︑室 町時 代に 制作 され た白 畑本 はま だ定 着す る前 の有 様を 残し
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 82 ―
て いる
︒ゆ え に 白 畑本 の 絵 も本 文 も︑ 近 世に 定 型 化 する 以 前 の状 態 で あ り︑ その 点 に おい て も 貴重 で あ る と 言 え よ う︒ 注
⑴ 白 畑 よ し 氏
﹁ 白 描
﹃ 源 氏 物 語
﹄ 絵 巻
﹂︑
﹁ 日 本 美 術 工 芸
﹂ 三 二 九 号
︑ 一 九 六 六 年 二 月
︒
⑵ 越 前 市 武 生 公 会 堂 記 念 館 の 図 録
﹃ 源 氏 物 語 千 年 紀 特 別 企 画
⑷ 源 氏 絵
│ 王 朝 の 雅 を 垣 間 見 る
│
﹄︵ 二
〇
〇 八 年 一
〇 月
︶ に は
︑ 宇 野 茶 道 美 術 館 蔵
﹁ 源 氏 物 語 絵 巻 一 巻
﹂ が 掲 載 さ れ て い る
︒
⑶ 雨 の 描 き 方 に 関 し て は
︑ 以 下 の 論 文 の 注
⒁ を 参 照
︒ 岩 坪 健
﹁ 狩 野 典 信 原 画
・ 橋 本 栄 保 模 写
﹁ 源 氏 物 語 絵 巻
﹂ 須 磨
・ 明 石 の 巻
︵ 丹 波 篠 山 市 立 歴 史 美 術 館 蔵
︶ の 紹 介
│ 土 佐 光 貞
﹁ 源 氏 物 語 須 磨 図 絵 巻
﹂︵ ハ ー バ ー ド 大 学 美 術 館 蔵
︶ と 住 吉 廣 行
﹁ 源 氏 物 語 須 磨 巻 絵 巻
﹂︵ 斎 宮 歴 史 博 物 館 蔵
︶ と の 関 わ り
│
﹂︑
﹁ 人 文 学
﹂ 二
〇 五 号
︑ 二
〇 二
〇 年 三 月
︒
⑷ 図 N は 注
⑴ の 論 文 で は 第 11 図 と す る が
︑ 現 状 で は 第 13 図 で あ る
︒ 白 畑 よ し 氏 の 解 説 も 第 13 図 の 方 が 合 う
︒
⑸
﹃ 豪 華
﹇ 源 氏 絵
﹈ の 世 界 源 氏 物 語
﹄︑ 学 習 研 究 社
︑ 一 九 八 八 年 六 月
︒
⑹ 白 畑 よ し 氏
﹁ 白 描 源 氏 物 語 絵 巻 に 就 い て
│ 源 氏 絵 の 図 様 の 一 資 料 と し て
│
﹂︑
﹁ 美 術 史
﹂ 56
︑ 一 九 六 五 年 三 月
︒
⑺ 片 桐 弥 生 氏
﹁ 白 描 源 氏 物 語 絵 巻 に お け る 絵 と 詞
│ ス ペ ン サ ー 本 を 中 心 に
│
﹂︑
﹁ フ ィ ロ カ リ ア
﹂ 6
︑ 一 九 八 九 年 三 月
︒
⑻ 注
⑺ の 論 文
︒ な お 細 見 家 本 の 影 印 は 注
⑺ の 論 文 の ほ か
︑﹃ 日 本 の デ ザ イ ン
﹄︵ 日 本 の 意 匠 新 装 普 及 版
︶ 1
︵ 二
〇
〇 一 年 九 月
︑ 紫 紅 社
︶ に も 一 部 収 め ら れ て い る
︒
⑼ 漢 数 字 は
﹃ 源 氏 物 語 大 成 校 異 篇
﹄ の 頁 数
︑ 洋 数 字 は 行 数 を 示 す
︒ な お 青 表 紙 本 の 定 義 は
︑ 本 稿 で は
﹃ 源 氏 物 語 大 成
﹄ に よ る
︒
⑽ 和 歌 の 番 号 は
︑﹃ 新 編 国 歌 大 観
﹄ に よ る
︒
⑾ 稲 賀 敬 二 氏
﹁ 源 氏 物 語 梗 概 書 に あ ら わ れ た 中 世 の 流 布 本 文 研 究
│ 源 氏 物 語 和 歌 異 文 一 覧 1
│
﹂︑
﹁ 広 島 大 学 文 学 部 紀 要
﹂ 二 四 巻 三 号
︑ 一 九 六 五 年 三 月
︒
⑿ 物 語 で は
﹁ あ る し の 君
﹂ は 二 一 二 番 歌 の 直 前 に あ る が
︑ 白 畑 本 で は 二 一 二 番 歌 が 欠 落 し て
︑ 二 一 三 番 歌 の 前 に
﹁ 御 ら む し
― 83 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
て
﹂ が あ る
︒
﹇ 付 記
﹈ 貴 重 な 白 描 源 氏 物 語 絵 巻 を 見 せ て い た だ き ま し た
︑ 石 山 寺 と 越 前 市 武 生 公 会 堂 記 念 館 に 深 謝 し 申 し 上 げ ま す
︒
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 84 ―
図⑴
図⑵
図⑶
― 85 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
図⑷
図⑸
図⑹
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 86 ―
図⑺
図ア
図イ
― 87 ― 白
描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
図ウ
図エ
図オ前半
図オ後半
白 描 源 氏 物 語 絵 巻
︵ 賢 木
・ 花 散 里
・ 須 磨
︶ の 再 紹 介
― 88 ―