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巻 68

号 1

ページ 72‑80

発行年 2006‑08‑12

権利 基督教研究会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011235

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エキュメニカル運動の基礎としての「感情」

―シュライアマハー神学の現代的可能性

“Gefuhl”as an Ecumenical Basis 川 島 堅 二

Kenji Kawashima

はじめに

1.『所見』の歴史的背景 2.教会分裂の不利益について

1)聖職者の質の低下 2)経済的不利益 3)宗教性の破壊

3.シュライアマハーによる合同提言 4.まとめ

1)『宗教論』との関係

2)エキュメニカル運動の基礎としての「感情」

はじめに

フリードリヒ・シュライアマハーの神学的な代表作は、『宗教論』(1799年)、『神学 通論』(1811年)、そして『信仰論』(初版1821年、第二版1830年)であり、それぞれ の成立事情はその時々に彼が関わっていた状況によって異なっている。すなわち、

『宗教論』は、キリスト教の外にいる人たちに対するキリスト教弁明、『神学通論』は 神学教育の教科書、そして『信仰論』は教義学である。しかしながらその生涯のいず れの時期にあっても、シュライアマハーの中心的な関心事は歴史的事実的なキリスト 教である。彼は「著しく教会的な人間であった。彼は生涯、まさしくこの面での自分

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の具体的な責任を意識しながら、考え、語り、行動したのであった」 。

そのようなシュライアマハーの教会的な関心の中でも、とりわけ今日的に重要なの がエキュメニカル(教会合同)に関するものである。シュライアマハーは、当時のド イツ国内における二つの教派、すなわち、自らが所属する改革派と、多数派であるル ター派との合同のあり方を神学的に模索した。主著である『信仰論』は、正にこの合 同を実現するための教義学であった。

『信仰論』は、シュライアマハーの生涯の最後を飾る大作だが、教会合同に対する 関心は、すでに彼の生涯の初期に認められる。すなわち、1804年に彼は『プロイセン 国家との関係におけるプロテスタント教会のあり方についての二つの所見』(以下

『所見』)を著し、この中で、改革派とルター派の合同問題を主題化し、両教派の合同 に関し興味深い提言をしている。

ここでは先ず『所見』の歴史的な成立事情を短く述べ、次に、当時の教会事情に即 して、教会が分裂していることの不利益を、シュライアマハーにしたがい三つの側面 から明らかにすることにより、教会合同の必要性を明確にした上で、シュライアマハ ーによる教会合同の提言を論じていく。その際のポイントは、シュライアマハーによ れば教会合同の基礎は、共通の教義や式文といった外的なものではなく、言うなれば 内的な意識改革であるという点にある。教義や儀礼の違いは、信仰の本質にとって重 要なことではない。なぜなら、それらは信仰全体の一表現に過ぎないからというシュ ライアマハーの考え方がそこにある。このような思考が、初期の『宗教論』において 萌芽的に表現され、さらに未完の哲学的認識論「弁証法」において基礎付けられるこ とを結論で示唆する。

1.『所見』の歴史的背景

1798年夏にフリードリヒ・ヴィルヘルム三世は、改革派とルター派合同の教会典礼 式文を作成するための委員会を招集したが、同じ頃、シュライアマハーも教会合同と いう教会政治的なテーマに取り組んでいた。すなわち、1799年9月2日に、彼はルタ ー派の同僚(当時シュライアマハーが改革派の牧師として務めていたベルリンのシャ リテ慈善病院の同僚)ヨハン・ゲオルク・プラーマーと共に、ベルリンの慈善局

(Armendirektorium)に対して、次のような提言をしている。病院内の宗務において は教派の壁を極力低くすること、共通の形式による聖餐式の実施である。この提案は、

部分的に受理されたが、共通の形式による聖餐式の実施は認められなかった。

その後間もなく、シュライアマハーは、シャリテを辞し、同じプロイセンの中では

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あるが、ベルリンとは比較にならないほど小さな町シュトルプの改革派牧師に就任す る。そこで多数派のルター派教区に散在する少数の改革派信徒の牧会経験を通して、

教派の合同において重要なことは、教義や式文といった文字における形式的合同では なく、内的な意識において教派の壁が取り払われ、教派間の実質的な交流がなされる ことだと痛感する。このような状況が『所見』執筆の動機となる。しかし、他方で、

先に述べたヴィルヘルム三世によって招集された合同のための委員会が、1804年には 予備的文書を提出しており、そのような公式の教派合同の動きも意識しながらの「私 的所見」の出版でもあった 。

2.教会分裂の不利益について

『所見』においてシュライアマハーは、教会分裂がもたらす不利益を、聖職者の質 低下、経済的不利益、宗教性の破壊という三つの側面から検討している。

1)聖職者の質の低下

シュライアマハーによれば、教会の分裂は少なからぬ不利益を聖職者の質に対して もたらしている。具体的事例として彼は、当時のプロイセンにおいて大きな問題とな った人事問題、すなわち改革派教会の所有と見做されていた有名な学校の校長のポス トをめぐる問題を取り上げる。ルター派教会と改革派教会は、そこから権利や要求を 引き出したり、否定したりするために、この学校の歴史に関して様々な議論を展開し た後、改革派の校長を見つけることが困難になった時、改革派は半ば戸惑いながら、

この学校に監督権を持つ国務大臣が改革派の信条にほとんど通じていないことを嘆い た。そして、国の宗教上のあらゆる業務の指揮権が、一人の改革派大臣の手中にあっ た古い時代を懐かしんだという。シュライアマハーによれば、学校における職分が、

教派を顧みることなく、能力のあるものに与えられるべきだという原則がまったく良 心的で純粋に進行することがいかに稀であるかということをこの事例は示している 。

以上の事例は、シュライアマハーによれば、深刻かつ無視できない次のような問題 と直結している。すなわち、この現状において、改革派に属する信徒たちの間では、

神学あるいは文献学的な学問は、久しくいっそう死に絶えるにちがいないということ である。改革派の聖職者たちは、趣味の良い説教技法に相当な精魂を傾ける。なぜな ら、衆に抜きん出たいという欲求を持つ人は、比較的大きな都市の牧師職に就くが、

そこでは通常、豊かで教養のある家族が教会の核を形成しているからである。しかし、

彼らは真の学問は軽視する。しかも、その軽視の度合いはかなりのものである。とい

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うのは、そのような学問が要求され、報いられるポストはほんのわずかしかないから である。どの若い神学生にとっても、適切な時期に学識にふさわしいポストが与えら れるかどうかが、まったく不確かであるので、彼らはみな、あらかじめより確実で居 心地の良い牧師職を選択する。もし将来、行政が、さらにいくつかの教師や研究者の ポストを、人物の欠如から、あるいは比較的有用性がないという理由で廃止すること がよいと考えるならば、改革派が分離されたあり方を持ち続ける限り、この教派にお けるあらゆる基礎的な研究は、間もなく非常に困難な状態に陥り、その結果、改革派 の聖職者たちに対する評価は低下せざるを得ないだろう。このことは、彼らの職務遂 行に対して、様々な不利な影響を及ぼすだろうとシュライアマハーは懸念する 。

2)経済的不利益

シュライアマハーによれば、プロイセンのポメルンには、毎年百マイルも旅行しな ければならない改革派の説教者たちがいる。それは10人から20人ほどの改革派信徒の いるいくつかの場所で聖礼典を執り行うためであり、そのような旅行によって、小さ な親教会も苦しまねばならない。またシュレージエンには、改革派教会は4つしかな い。それゆえに一人の改革派巡回牧師がいるだけである。彼は、その地方に散在する わずか数百人の信徒たちを年に2回聖礼典を行うという目的で訪問する。このために 彼は、年に500マイルも代え馬を伴って地方を回る。彼の生涯の半分は馬車の中で過 ごされることになるが、それは非常に無駄なことである。残り半分の時間を彼は公務 員として過ごすが、まったく暇である。同様な観察は、もし人が、改革派の教会につ いてなされねばならない特殊な監督について考えるならば、起こってくるだろうとシ ュライアマハーは言う。なぜなら監督官はほとんど中産階級で、報告と命令を束ねて 捺印するだけである。諸教会とその教師たちについて個人的で明白な知識を持っては いない。教会の視察は、しばしばその大きな距離の隔たりゆえに不要になって久し い 。そして牧師が自分の監督官をまったく知らない場合も珍しくない。消息に通じ ていない監督官によって、不完全な報告しかされていない。これらが総じて確かに示 しているのは、軽視できないまったくの浪費である 。

3)宗教性の破壊

シュライアマハーによれば、大多数の(あまり教養のない)一般信徒たちは、聖餐 式は信仰告白であると教え込まれているので、教派間で聖餐式の形式が異なる場合、

彼らは当然のように次のような結論を下す。彼ら(他教派の信徒たち)は、自分とは 別の聖餐式に与っており、異なる信仰を持っている人たちであると。彼らは信仰箇条 における違いについては、何ら確実なことを知っていない。彼らが知っているのは、

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祈りや聖餐や洗礼の儀式、いくつかの異なる礼拝における違いだけである。したがっ て、彼らに残るのは、これらの細々とした事柄が信仰の違いを形作っており、両者の 信仰が完全に一致している多くの部分以上に、これらの細々とした事柄が宗教の大事 に違いないという思いだけである。このような単なる語句や形式的なことを誤って過 大評価することが、真の宗教性にいかに不利益をもたらすかをシュライアマハーは懸 念する。両親がそれぞれ異なった教派に所属する場合には、その子らは、異なった宗 教の授業を割り当てあられ、一方が他方に参加できないことにより、家族の分裂も生 じるという 。

3.シュライアマハーによる合同提言

以上のような状況を踏まえてなされるシュライアマハーの『所見』における教派合 同の提案は、教義や式文における形式的な合同や一致ではない。彼は言う。「すべて を一つの形式に流し込んでしまいたいという人々がいる。同一の事柄は、同一の姿か たちを取るというわけで、これが可能な限り単純だというのである。しかし、そのよ うな人には、錯綜した人間的な事柄において正しい道を見出す才能が欠如しており、

同時にまた、現存するものの中に、その成立も見て取る感覚、あるいは、諸力や諸事 件の大きな連関を見て取る感覚が欠如しており、それで彼らは、そのような連関の痕 跡を保持している制度組織を時代遅れと誹謗し、無思慮に単純化された像を、いたる ところで追い求めるのを常とする。そのような単純化の努力によって、彼らは自分た ちが哲学者であると考えている。[…]私はこのような人々のためにとりなすのでは ないし、私の考えは彼らのとは全く異なっている」。「彼らのもくろみは、二つの教会 全体に向けられている。この二つの教会はあらゆる点で一つになるべきだ。教義にお いても、儀礼においても、教憲においても、というのである。なぜなら、そのような 形式の多様性は、彼らには非常に厭うべきことであり、彼らはそれを可能な限り根絶 したいのである」 。

これに対してシュライアマハーによれば、教義や儀礼の違いは「それぞれ十分に自 然な根拠を持っている。それゆえに、それらを融合しようと試みても、やがてすぐに 分解してしまい、混合によって中和されるというようなことはない」のである 。「教 義の相違について問題にすることは無用であり、ほとんど笑うべきようなことであ る」 。

先に示された教会分離に伴う不利益は、そもそも複数の教派のプロテスタント教会 が存在するということ自体に原因があるわけではない。分離の弊害は、両教派の教義

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や儀礼の違いに由来するのではないとシュライアマハーは言う。

したがって、重要なことは、教会共同体を合同へと整えることなのだが、それを、

教義における違いや、礼拝形式における相違を侵害することなしに整えることである とシュライアマハーは言う。そして、この整えは、信仰や行為における自由を制限す ることなしになされねばならない。そのような課題はいかにして果たされるべきなの であろうか シュライアマハーによれば、それは次のような単純な言明によってで ある 。

① 教会共同体は整えられるべきである。すなわち、それはそもそも聖礼典(Sa- cramente)の共同を通して表現される。

② ある教派に属する人が、他の教派の教会で聖礼典に与るようになった場合、それ が恒常的であれ、一時的であれ、市民生活上も、教会生活上も変化とは意識され ないようになるべきである。

①によって、この合同が単に内的な精神の事柄に解消されないことが主張され、②に よって、この合同が形式的なものではなく、意識の問題であることが示される。特に

②の言明が示しているのは、聖餐式の形式的相違が、各人の信仰の本質に直接は関わ らないということである。このような形式における多様性を一致へと向かわせる信仰 の本質とはどのようなものであるのだろうか。

4.まとめ

1)『宗教論』との関係

以上のような『所見』における教会合同のあり方についての提言は、『宗教論』に おいて、より一般的な形で主張された教義や儀礼、聖典についての考え方の、教会の 現場への応用であると解釈される。すなわち、『宗教論』では、教義や儀礼、聖典と いった宗教の可視的要素は、それ自体で宗教の本質であるわけではないと力説される。

「世間一般が信仰と言っていることは、他人のしたことを受け入れ、他人が考え、感 じたことを模倣して考え、感じようとすることであり、面白みのない無価値なお勤め である。それは世間が思い違いしているように、宗教における最高のものではなく、

宗教の聖域に進み入ろうとする者が投げ捨てなければならないものである。そんなお 勤めを守り、それをいつまでも続けようとするのは、とりもなおさず宗教を解する資 格がない証拠だし、それを他人に要求するのは、宗教に無理解なしるしである」 。

「聖書などは、宗教の霊廟にすぎない。かつてはそこに偉大な精神があったかもしれ ないが、今はもうそんなものもないただの記念碑に過ぎない。もし偉大な精神が、ま

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だ生きて作用しているなら、どうしてそれの弱々しい模写に過ぎない死んだ文字に、

それほど大きな価値を置くことがあろう。聖書を信じる人が宗教を持っているのでは ない。聖書など必要とせず、それを自分で作ることができるような人が、宗教を持っ ているのだ」 。このように宗教の教義や儀礼、聖典は「万有の直観」が個々人にお いて意識化され、具体化される際にまとう様々に多様な衣に過ぎない。表面的に同じ 衣をまとったからといって、内面における合同は得られない。諸教派の合同とは、衣 における多様性を互いに承認しつつ、しかもどの衣も同じ「万有の直観」の具体化で あることを意識すること、そのような意識改革こそが、シュライアマハーが目指す教 派合同なのである。「万有の直観」は、シュライアマハーが、ごく初期に用いた宗教 の本質規定である。これはやがてシュライアマハーの神学・哲学体系において「感 情」という概念で表現されていくことになる。

2)エキュメニカル運動の基礎としての「感情」

万人に向けられたキリスト教の真理を主題としている限り、神学はすべて原則的に はエキュメニカル神学である。しかし、狭義には、排他的教義によるキリスト教の分 裂を主題とし、その克服の可能性を考察し、教会間の共同を目的とする神学をエキュ メニカル神学という 。この意味において、シュライアマハー神学は、文字通りエキ ュメニカル神学である。そのような彼の神学において中心的機能を果たしているのが

「感情」という概念である。

シュライアマハーによれば、宗教あるいは信仰の本質は「感情」である。しかし、

この「感情」は、主観的な感覚や、内的な情緒ではない。これは、シュライアマハー においては哲学的認識論(弁証法)の中心概念であり、「自己自身を所有する普遍的 形式」と定義される。すなわち、シュライアマハーは、人間の認識能力を、「思考」

と「意欲」と「感情」という三つの要素からなると考え、人間の時間的生を「思考」

と「意欲」の絶え間ない入れ替わりであるとする。しかし、シュライアマハーによれ ば、そのような「思考」と「意欲」の相互移行は「感情」を土台にして初めて可能と なる。「感情とは、普通に考えられているような主観的なものでは全くない。それは、

個人的意識へと向かうのと同じように普遍的自己意識を目指す。それは自己自身を所 有する普遍的形式なのである」 。

このようにシュライアマハーの哲学あるいは神学において、「感情」は超越論的根 拠であり、それは、「個」と「普遍」、「有機的なもの」と「形式的なもの」、「実在的 なもの」と「観念的なもの」、「対象」と「概念」、「世界」と「神」というような相対 立する二つの極を包含するものである。しかも、その包含の仕方は、静的、固定的な ものではなく、共振的な(mitschwingend)あり方だという。例えばキンマーレは、

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マンフレッド・フランクに刺激されつつ、次のように言う。「シュライアマハーによ る統一の概念は、能動的なものと受動的なものとの間の揺れを示している。超越的根 拠は、可能性としては、能動的契機と受動的契機、有機的契機と知的契機、模写的

(Abbildlich)契機と模範的(Vorbildlich)契機の間の差異を含んでいる。それゆえ、

この統一は、移行の出来事において作用する差異化の根拠となり得る」。すなわち、

「感情」は一方で統一的でありつつ、他方で相互的であるということで、ここからキ ンマーレは、シュライアマハーの弁証法を、ヘーゲルの「止揚の弁証法」に対して

「相互性の弁証法」と特徴付ける 。

私見によれば、このようなシュライアマハーの弁証法的思考、「感情」の共振構造 は、教会合同の理論として非常に巧みに機能する。すなわち、この構造は、一方で教 義や儀礼の多様性を保持しつつ、他方で、全体としてのエキュメニカルな統一性を志 向することができるからである。これがシュライアマハーの「感情」がエキュメニカ ル運動の基礎となり得る理由である。

シュライアマハーは、フリードリヒ・ヴィルヘルム三世によるルター派と改革派の 合同と、1817年の宗教改革記念日に行われる共同の聖餐式への願いを歓迎した。この 年の10月初めには、ベルリンの両教派の聖職者たちが集められ、最初の合同の教会会 議が招集されたが、シュライアマハーはその議長に選出された。その後、彼の強い影 響の下に福音主義合同教会(EKU)が成立するのである 。

1 Schleiermacher-Auswahl Mit einem  Nachwort von Karl Barth, Siebenstern Taschenbuch Verlag, Munchen  

und Hamburg, 1968, S. 305.

2 KGA I/4:LXXII 3 KGA I/4,S.380 4 Ebd.

5 Ebd., S.385 6 Ebd., S.386 7 Ebd., S.374 8 Ebd., S.369f.

9 Ebd., S.370

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10 Ebd., S.371 11 Ebd., S.392

12 Schleiermacher.F.D.E., Über die Religion. Reden an die Gebildeten unter ihren Verachtern. Berlin. Bei  

Johann Friedrich Unger. 1799, S.120f.

13 Ebd. S.121f.

14 RGG, 4te. Aufl., Bd.6, S.534b 15 KGA II/10-2, S.567

16 Kimmerle, Heinz:Schleiermachers Dialektik als Grundlegung philosophisch-theologischer Systematik und als  

Ausgangspunkt offener Wechselseitigkeit, in:Schleiermacher-Archiv Bd.1, Teilbd.1, Walter de Gruyter 1985, S.54ff. 拙著『F.シュライアマハーにおける弁証法的思考の形成』(本の風景社、2005年)p.291以下参照。

17 RGG, 4te. Aufl., Bd. 2, S.1711a.

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