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取締役の義務に関する考察 : 中日両国の比較を中 心に

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取締役の義務に関する考察 : 中日両国の比較を中 心に

著者 樊 紀偉

雑誌名 同志社法學

巻 63

号 3

ページ 1575‑1666

発行年 2011‑09‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013825

(2)

同志社法学 六三巻三号一一七(    

中日両国の比較を中心に

樊        紀   

一  1      2 沿    沿 3 

一五七五

(3)

(    同志社法学 六三巻三号一一八

     4        1      2     退二  1  2          一五七六

(4)

同志社法学 六三巻三号一一九(      3          4      1      2       三  1  2 

一五七七

(5)

(    同志社法学 六三巻三号一二〇

 1  2  1  2  1  2  1  2  1  2 

はじめに

 資本主義の発達とともに、株式会社の規模が大きくなり、会社の所有と経営の分離が実現され、企業の支配が所有者たる株主から経営者に移転する現象が生じた 1

。会社の経営を行う取締役の権限が拡大されてきた一方で、取締役が自己 一五七八

(6)

同志社法学 六三巻三号一二一(     または第三者のため会社に損害を生じさせ、私的な利益を図る危険性も否定できない。このような不正行為を防ぐために、取締役には善管注意義務と忠実義務という一般的な義務が課されている。また、競業避止義務、利益相反取引などの具体的な義務も明文化されている。取締役の会社に対する責任を追及する判例の多くでは取締役の善管注意義務ないし忠実義務が争点となっている。取締役の不正行為を制約・防止する抑止機能を発揮するという視点から、取締役の義務は、重要な意義がある 2

。 日本法における取締役の義務については、一九五〇(昭和二五)年商法改正により、取締役の忠実義務に関する規定が新設されて以降、善管注意義務と忠実義務とが一般的な義務となっている。他方、取締役に対しては、監督義務、競業避止義務および利益相反取引に関する義務などの具体的な義務も存在している。善管注意義務と忠実義務の内容およびその義務を尽くしたか否かの基準については、学説上だけではなく、裁判でも盛んに争われている。また、二〇〇五(平成一七)年会社法制定によって、競業避止義務および利益相反取引に関する義務の規制も改正された。 一方、中国においては、二〇〇五年会社法改正(中国における二〇〇五年改正前の会社法を﹁中国旧会社法﹂といい、二〇〇五年改正会社法を﹁中国新会社法﹂という)により、取締役に対し勤勉義務(学説上では善管注意義務とも呼ばれているが、法律条文の用語としての﹁勤勉義務﹂が用いられている)の規制が新設された。しかしながら、中国新会社法は、取締役と会社との関係には触れず、取締役が勤勉義務を負う理論的基礎が不明である。また、改正前から存在している忠実義務との関係について、条文上は明言されていない。そのため、勤勉義務を導入する前後の議論を検討したうえで、勤勉義務の内容、その判断基準および両義務の関係の再検討を行う必要性がある。なお、勤勉義務と忠実義務の条文の後に、例示の形で資金流用・利益相反取引・競業取引などの具体的な取締役と会社との利益衝突行為が明文で禁止されているが(中国新会社法一四九条)、競業取引と利益相反取引を承認する機関が株主総会に限定されるほか、

一五七九

(7)

(    同志社法学 六三巻三号一二二

こうした取引をしようとする取締役には、必要な情報を開示する義務および事後の報告義務も欠いている。したがって、日本法における取締役の義務を考察しながら、中国における取締役の義務に関する法的問題を法系的に検討する必要がある。 なお、中国において、法律上は委員会等設置会社という種類が認められていないため、本稿は、日本における委員会等設置会社以外の株式会社を取り上げ、その会社の取締役義務を検討対象とする。 本稿では、以下の順番で検討を進める。まず、一において、日本における取締役の義務の沿革、学説の見解、具体的な内容および判例について検討し、取締役の行為規範にかかわる善管注意義務と忠実義務の適用範囲と内容を検討する。

二において、中国における取締役の義務の沿革、学説および判例などを検討し、取締役の勤勉義務と忠実義務の関係とその具体的な内容を考察する。つづいて、三において、中日両国における取締役の義務に関する規制、理論などを比較しながら、取締役の義務に係る規制のあり方を検討し、中国への示唆を試みる。

一 日本における取締役の義務

 (一)取締役の義務論の展開

1 取締役と会社との関係

 (1) 一九一一(明治四四)年商法改正前 一五八〇

(8)

同志社法学 六三巻三号一二三(      一八九九(明治三二)年商法においては、取締役と会社との法律関係について明文の定めがなかったが、学説上は単独行為説と契約説に分かれて議論がなされていた。単独行為説と契約説との争いは、取締役の就任につき取締役の承諾が必要かどうかにある。単独行為説によると、取締役は株主総会の取締役選任決議のみによって定まるとする 3

。その理由は、法律規定により株主総会が選任した取締役は法定代理人となり、委任代理の観念を容れる余地はないからとされた 4

。当時の判例は、単独行為説の立場に立っており、被選任者の就任の承諾の有無にかかわらず取締役としての責任が生ずるとしている 5

。 単独行為説に対し、契約説は、被選任者の承諾によって会社との間に契約が成立し、取締役になるとする。契約説では、被選任者の承諾の前には、被選任者は取締役となるわけではないので、取締役としての責任は当然生じない 6

。契約説の中でも、その契約関係の種類・性質によって、委任説、集合説および無名契約説などの見解があった。委任説は、取締役と会社との法律関係は委任および準委任契約であるとするものであり 7

、集合説は、その関係は委任契約と雇用契約とを併合した契約関係であり、いずれの契約に関する規定も共に適用するとしていた 8

。委任説と集合説とは取締役の辞任を認めるものであったが、無名契約説は取締役と会社との法律関係が委任と雇用との二つの性質を併用するとしたものの、取締役の辞任が契約法上の一般原則により許されないとした 9

 (2) 一九一一(明治四四)年商法改正以降 一九一一(明治四四)年商法改正によって、﹁会社ト取締役トノ間ノ関係ハ委任ニ関スル規定ニ従フ﹂という規定が新設され(同改正商法一六四条二項)、取締役と会社との関係は委任に関する規定に従うと明文化された。しかしながら、取締役と会社との関係に関する議論がまだ収束しておらず、委任説以外の立場では、商法の規定は、取締役・会社間の

一五八一

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(    同志社法学 六三巻三号一二四

関係に適用すべき法規を示したにとどまり、取締役選任行為ないし取締役と会社との法律関係の性質は、この規定の制定前後を通じて相違するところがないとするものがあった ₁₀

。一九三八(昭和一三)年商法改正において、株主ではない者の中からも広く人材を求めうるようにするとの趣旨から取締役が株主の中から選出するという規定は削除されたため ₁₁

、被選任者が株主総会の選任決議に服しなければならない義務がなくなり、単独行為説の理論に大きな影響を及ぼした。さらに一九五〇(昭和二五)年商法改正で、会社は定款の定めをもって取締役が株主たることを要する旨を定めることはできないとされたことにより(同改正商法二五四条二項)、単独行為説の主張の成立は一層厳しくなった ₁₂

。 二〇〇五(平成一七)年に制定された会社法は、取締役と会社との法律関係において、従来の商法の規定を承継し、委任に関する規定に従うとしている(日本会社法三三〇条)。株主総会の取締役選任決議が会社の内部的意思決定となるため、被選任者の選任決議に対する承認の要否について、会社代表者と被選任者との委任契約を締結する必要がある ₁₃

2 会社法制定前における取締役の義務の沿革

 (1) 一八九〇(明治二三)年商法の規制 取締役の義務に関する法令は、一八九〇(明治二三)年の商法(以下﹁旧商法﹂という)にさかのぼることができる。旧商法一八八条により、株式会社の取締役は、その職分上の責務を尽くし、定款・総会決議を遵守するとされていた。この条文をみれば、旧商法時代においては取締役が定款・総会決議の遵守義務を負っていたといえる。しかしながら、当時の英米法派、元老院および実業家団体などからの反対により、旧商法の施行延期と修正というような結果に立ち至 一五八二

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同志社法学 六三巻三号一二五(     った ₁₄

。一方、当時の日本経済界は不況であり、商法の実施は必要となり、一八九三(明治二六)年七月一日から旧商法の会社、手形小切手、破産の三法および商業登記・商業帳簿の規定が施行されることとなった ₁₅

。 その後、商法典の全面的修正が行われ、一八九九(明治三二)年三月九日には修正された商法典が公布された。同年六月一〇日商法典の施行より、取締役の定款・総会決議を遵守する義務を含む旧商法の会社法の規定は全て廃止された ₁₆

 (2) 一八九九(明治三二)年商法以降の沿革   (ⅰ) 競業避止義務 一八九九(明治三二)年商法典には、取締役の定款・総会決議を遵守する義務はなくなり、取締役の会社に対する善管注意義務と忠実義務も明確に触れていなかったが、取締役の競業避止義務および利益相反取引に関する義務は設けられた。同法一七五条一項には﹁取締役ハ株主総会ノ認許アルニ非サレハ自己又ハ第三者ノ為メニ会社ノ営業ノ部類ニ属スル商行為ヲ為シ又ハ同種ノ営業ヲ目的トスル他ノ会社ノ無限責任社員ト為ルコトヲ得ス﹂と規定されていた。この義務は、会社の業務を執行する取締役は会社の営業上の秘密を知悉しているものであるから、その利害の衝突を避けるために設けられたものである ₁₇

。また、競業行為による会社の損害額につき立証が極めて困難であり、かつ、取締役が従来からの会社の得意先との間で競業取引をする場合には得意先を奪うおそれもあるから、それを防ぐために、取締役が自己のために株主総会の承認なしに競業行為を行った場合、会社に介入権の行使が認められた(同改正商法一七五条二項)。なお、介入権は、監査役の一人が競業取引を知った時より二カ月間または取引時より一年経過したとき消滅するとした

一五八三

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(    同志社法学 六三巻三号一二六

(同改正商法一七五条三項)。 一九三八(昭和一三)年商法改正において、競業避止義務に関する一七六条が二六四条として、そのまま引き継がれた。条文の文言の修正とともに、同種の営業を目的とする他の会社の取締役の兼任も禁止された ₁₈

。 一九五〇(昭和二五)年には、アメリカ法の強い影響を受け、株式会社法の体系がアメリカ法化された ₁₉

。取締役の義務について、大きな改正が行われた。後述するように、忠実義務の明文化をはじめ、取締役の競業避止義務と利益相反取引に関する義務も全面的に改正された。競業取引の改正につき、まず、一九三八(昭和一三)年商法二六四条一項について、取締役が同種の営業を目的とする他の会社の無限責任社員または取締役となることを得ないという規制が削除された。その改正理由は、①一九五〇(昭和二五)年商法改正により取締役会制度が導入され、取締役は取締役会のメンバーとしてもはや会社の業務執行機関ではなくなり、同業会社の取締役となることを禁止する必要はないこと、②当時の独占禁止法により取締役が同業会社の業務執行社員または取締役となることが禁止され、商法で重ねて規制する必要はないこと、という二点が挙げられている ₂₀

。第二は、競業取引の認許について株主総会の普通決議から発行済株式総数の三分の二以上の特別決議に変更し、競業取引の承認に関する要件が一層厳しくなった(同改正商法二六四条二項)。第三は、介入権の消滅期間について、その取引が監査役の一人に知られた時より二か月間または取引時より一年から、取引時より一年に改正された(同条四項)。その理由は、監査役の権限が縮小され、監査役が会計監査のみを行うことになったからである ₂₁

。 一九五〇(昭和二五)年商法改正により、競業取引の認許につき株主総会の特別決議という厳しい要件が要求されることとなったが、大会社にはその手続規定を遵守することがほとんど不可能であり、現実的な規制に改める必要があると指摘されていた ₂₂

。また、①会社法の全面的・根本的見直しの内在的要請、②大企業の反社会的行動に対する不信およ 一五八四

(12)

同志社法学 六三巻三号一二七(     び③一九七四(昭和四九)年商法改正における国会でなされた附帯決議の存在などの背景のもとで、一九八一(昭和五六)年に商法改正が行われた。そこでは、競業取引につき、承認手続の要件を緩和して実際上も遵守可能なものにするとともに、競業行為により会社が不利益を受けた場合の取締役の責任に関する規定も実効的なものに改めた。具体的には、①競業取引の承認制度の形骸化を防ぐため、競業取引の承認機関および介入権行使の決定機関が株主総会から取締役会に変更された ₂₃

(同改正商法二六四条一項・三項)。②競業取引をした取締役に忠実義務違反がないかどうか等を取締役会がチェックし、必要があれば相当の善後措置を講じることができるようにするため、競業取引をした取締役が遅滞なくその取引につき重要な事実を取締役会に報告する義務が新設された ₂₄

(同改正商法二六四条二項)。③競業取引により会社が被った損害の額の立証は容易ではないので、競業避止義務に違反したとき、介入権の行使を除き、その取引により取締役または第三者が得た利益の額は会社の被った損害額と推定する規定が新設された ₂₅

(同改正商法二六六条四項)。

  (ⅱ) 利益相反取引 一八九九(明治三二)年商法典の一七六条には、﹁取締役ハ監査役ノ承認ヲ得タルトキニ限リ自己又ハ第三者ノ為メニ会社ト取引ヲ為スコトヲ得﹂という規定が新設された。この規制は取締役と会社との利害の衝突を避けるために設けられていたものである ₂₆

。 一九一一(明治四四)年商法改正により、利益相反取引に関する右の一七六条には、民法一〇八条を適用しない旨の規定が加えられた。取引の相手方である取締役が会社と直接取引をするときには、当時の民法一〇八条により、双方代理および自己契約とみられ、無効とすべきであるから、こうした取引を有効とするために、民法一〇八条の適用が排除

一五八五

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(    同志社法学 六三巻三号一二八

された ₂₇

。 一九三八(昭和一三)年商法改正において、取締役の利益相反取引に関する規制は一七六条から二六五条に移行されたが、その内容は変わっていない。 一九五〇(昭和二五)年改正商法は、取締役の利益相反取引規制に対し重要な改正を行った。主要な改正点は、利益相反取引の承認機関について監査役から、取締役会に変わったことである。それは、アメリカ法の影響を受け、取締役会の権限が拡大された結果であると考えられる。また、同改正商法二六五条の前段は、﹁取締役ガ会社ノ製品其ノ他ノ財産ヲ譲受ケ会社ニ対シ自己ノ製品其ノ他ノ財産ヲ譲渡シ会社ヨリ金銭ノ貸付ヲ受ケ其ノ他自己又ハ第三者ノ為ニ会社ト取引ヲ為スニハ﹂と定め、利益相反取引の主な場合を例示していた。 一九八一(昭和五六)年前の利益相反取引規制の適用範囲は、取締役と会社間の取引、すなわち、直接取引に限定されていた。学説上は、取締役個人の債務につき会社が債権者に対して保証や債務引受をするような会社と第三者との間の取引、すなわち間接取引にも、同条の適用を拡大する必要があると主張されていた。また、直接取引に限定する考え方をとっていた最高裁は、その考え方を改め、間接取引に関して当時の商法二六五条の取引に含まれる旨を判示している ₂₈

。このような背景のもとで、一九八一(昭和五六)年商法改正において、利益相反取引に関する規制に対し、以下の改正が行われた。すなわち、①会社が取締役個人の債務につき債権者に対し保証をするような会社と第三者間の取引(間接取引)についても取締役会の承認を要する旨を定めた(同改正商法二六五条一項)。②民法一〇八条の不適用は直接取引の場合に限定された(同改正商法二六五条二項)。③利益相反取引をした取締役が遅滞なくその取引につき重要な事実を取締役会に報告する義務が要求された(同改正商法二六五条三項)。このような報告義務を設けたのは、﹁取締役会としては、当該取引は取締役会が事前に承認した通りの取引であったかどうかを監視し、善後措置として責任追及、 一五八六

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同志社法学 六三巻三号一二九(     介入権行使等の救済手段を行使できるようにする﹂ためである ₂₉

  (ⅲ) 善管注意義務 前述のように、一九一一(明治四四)年以前の商法には、株式会社の取締役に対し、競業避止義務と利益相反取引に関する義務が規制されていたが、株式会社とその取締役との関係が不明確であり、株式会社の取締役に対し善管注意義務を負うか否かについて、明確な規定がなかった ₃₀

。それに対し、株式会社と取締役との委任関係を確定し、取締役が株式会社に対し善管注意義務を負うことは明文化されるべきであるとの指摘がなされていた ₃₁

。 一方、一八九九(明治三二)年商法典施行から一九一一(明治四四)年改正に至るまで、日露戦争後における企業の勃興や株式投資熱の高まりを経て、一九〇七年アメリカから生じた世界恐慌が日本に決定的な打撃を与え、日本にも恐慌を引き起こした ₃₂

。こうした背景のもとで、当時の政府は、経済社会の変遷、特に戦争後の企業勃興期に乱立された泡沫企業とその後の恐慌期における倒産・整理・統合、大企業への集中の過程の中で明らかとなった会社法制の不備・欠陥を補正するために、一九一一(明治四四)年に全面的な商法改正が行われてきた ₃₃

。同商法改正により、株式会社と取締役との関係が民法上の委任関係に従うことが明文化され、取締役は、会社に対し民法六四四条の善管注意義務を負わなければならない(同改正商法一六四条二項)。 民法上の受任者の善管注意義務は、受任者の職業・地位・知識等において一般的に要求される平均人の注意義務を指し、また、注意の程度について各具体的場合に応じ相当と認めるべき人がなすべき注意の程度を指すと解されている ₃₄

。商法上、取締役が会社に対し善管注意義務を負うのは、株式会社が取締役の人格・識見等を信頼し、職務の執行を受任者としての取締役に委ね、会社の受任者である取締役と会社との間には委任関係があるからである ₃₅

。民法上の委任関係

一五八七

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(    同志社法学 六三巻三号一三〇

法理からみると、取締役の善管注意義務は会社の規模の大小、その目的とする業務の種類などによって差異があるはずである ₃₆

。たとえば、上場会社の取締役は、非上場会社の取締役より高度な注意義務を負う ₃₇

。また、金融機関の取締役に対し、一般事業会社の取締役と比べて高い注意義務を負わせるべきであるという見解が提唱されている ₃₈

。なお、金融機関だけではなく、公益性のある会社の取締役には、公益業務の公益性の程度に応じて、取締役の注意義務の水準が高度なものになるという考えもある ₃₉

。金融機関の取締役に対し高度な注意義務が求められる理由については、銀行法上の銀行経営の健全性維持の要請、金融システムと預金の安全性維持の必要性や銀行の公益性などが挙げられる。一方、注意義務の程度の高低だけを抽象的に論じるのは無意味であるという批判があり、融資決裁における銀行取締役の高度な注意義務についての具体的な内容が挙げられている ₄₀

。 また、同じ会社の各取締役の担当職務が違うと、負うべき注意義務の内容と程度も異なる。たとえば、業務執行取締役の注意義務と業務執行の監督機能のみもつ取締役の注意義務との内容や程度は異なるところがある ₄₁

。問題となるのは、業務執行の決定に関して注意義務をどのようにして履行するのか、または業務執行の監督に関してどの程度の注意を尽くせばよいのかである ₄₂

。通説により、取締役の注意の程度については、社会通念上、取締役としての地位にある者に通常要求される程度の注意を持つべきであるとされている ₄₃

。しかしながら、この見解はまだ抽象的であり、その注意を尽くしたかどうかについては判断しにくいだろう。これについて、取締役が、①その職務を遂行する者に合理的に期待される一般的な知識・技量・経験(客観的基準)と②当該取締役が個人的に有する知識・技量・経験(主観的基準)とを尽くして、職務を遂行することは、取締役の善管注意義務の内容であると解されている ₄₄

  (ⅳ) 忠実義務 一五八八

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同志社法学 六三巻三号一三一(      忠実義務は、日本法において元から存在していたものではなく、一九五〇(昭和二五)年商法改正により導入されたものである。当時はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)による占領期であり、商法を含む多くの法律の改正がアメリカ法に大きく影響された。当時の商法改正がアメリカ法にならって取締役会制度を導入し、取締役会の権限が強化されたため、それに対応して取締役の義務をアメリカ法にもならって強化しようとし、取締役の忠実義務という規定が新設された ₄₅

(同改正商法二五四条ノ二)。 取締役の忠実義務は明文化されたが、﹁会社ノ為忠実ニ其ノ職務ヲ遂行スル義務﹂という文言が抽象的な表現であるために、どのような内容を含むべきかにつき、判例・学説はとまどいを示してきたと同時に、以前から存在している取締役の善管注意義務との関係を如何に捉えるのかが解釈論に委ねられる会社法上の困難な問題となった ₄₆

。このような困難は、取締役の忠実義務規定の趣旨を十分に理解して設けられたものではなかったという制定のいきさつにあると指摘されている ₄₇

。 忠実義務と善管注意義務との関係については、忠実義務が善管注意義務の内容を敷衍し、明確化したものであるにすぎないと主張する同質説(通説)と、両義務の内容・性質がまったく異なると主張する異質説(少数説)に分かれる。会社のため忠実に職務を行わなければならない義務が明文に規定されていることは異質説の根拠の一つとして主張されているが、こうした規定の存在意義は、委任関係に伴う善管注意義務を取締役につき強行規定とする点にあるにすぎないと解されている ₄₈

。なお、異質説と同質説にかかわらず、取締役が会社の利益を犠牲し自己または第三者の利益を図ってはならないことは、忠実義務から導く内容であることは否定できないであろう。この視点から、本稿では、取締役と会社との利害対立状況において私利を図らない義務を忠実義務と定義した上で、検討を進める。 このような忠実義務の意味からみると、明文に規定されている取締役の競業避止義務と利益相反取引に関する規制は、

一五八九

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(    同志社法学 六三巻三号一三二

忠実義務の範囲に含まれるはずである。競業取引および利益相反取引に関する規制は忠実義務を具体化させたものであるから、抽象的な忠実義務についての行為は把握されやすくなる ₄₉

。また、取締役が自らの報酬を決定すれば、明らかに会社の利益と衝突するから、取締役報酬の規制も取締役の忠実義務から生じた政策的規制と解されている ₅₀

。取締役の報酬は取締役の忠実義務と緊密な関係があるものの、職務執行に応じて会社から取得する財産上の対価であるから、本稿の検討対象としない。 なお、忠実義務の適用について、忠実義務に違反する行為を一切禁止すべきかどうかについては議論があり、一切禁止すべき横領を防止するためのルールと会社の機会の法理や競業規制が含まれ一切禁止する必要がないルールに分けるべきであるという考えもある ₅₁

  (ⅴ) 監督義務 一九五〇(昭和二五)年商法改正の前、取締役会という合議制の機関がなく、監査役が取締役の職務を監査することになっていた。同改正によって、取締役会に関する規定が設けられ、取締役会の権限が拡大された一方、監査役の権限が縮小された。当時の商法には取締役会の監督権につき明確な条文はなかったが、取締役会が代表取締役の選任権・解任権を有するため、取締役会が取締役の業務執行を監督することができると解されていた ₅₂

。実務上は、取締役会の監督権限を当時の会社の取締役会規則に明記した例は少なく ₅₃

、監督機能は取締役会によって十分に発揮されてこなかったと指摘されている ₅₄

。その原因としては、①取締役の地位の独立性が十分に確保されておらず、代表取締役の支配力が強かったことおよび②取締役会が機動性に欠け、迅速な活動を行いにくかったことが挙げられる ₅₅

。 一九八一(昭和五六)年商法改正において、業務執行を監督することが取締役会の権限として明文化された(同改正 一五九〇

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同志社法学 六三巻三号一三三(     商法二六〇条一項)。また、その監督機能が十分に発揮できるような規定も整備された。具体的には、①会社の業務や財産について常に情報の入手を保障するために、代表取締役は三ヵ月に一回以上業務執行の状況を取締役会に報告することが義務付けられている(同改正商法二六〇条三項)。②代表取締役の不正な業務執行が発見された場合には、取締役会の機動的な監督機能を発揮させるために、取締役会の招集権者が特定されている場合であっても、各取締役は自ら取締役会を招集できる(同改正商法二五九条二項・三項)。③取締役会の議事が形式的になることを防ぐために、取締役会の議事録の閲覧・謄写に制約が加えられている(同改正商法二六〇条ノ四第三項・四項)。 一方、代表取締役以外の取締役会メンバーである各取締役は、会社の業務執行機関ではなく、取締役会の監督機能を実質化するために、代表取締役および業務担当取締役の職務執行に対し善良な管理者の注意をもって監督する義務を負うと解されている ₅₆

。したがって、取締役の監督義務は善管注意義務の一つの内容として存在しているものである。また、社内取締役であるか社外取締役であるか、あるいは名目的取締役であるかにもかかわらず、会社の業務執行に対し監督義務を負う ₅₇

。監督義務を怠り、それによって会社に損害に生じた場合には、取締役が会社に対し損害賠償責任を負わなければならない。

3 二〇〇五(平成一七)年会社法による改正 二〇〇三(平成一五)年一〇月に﹁会社法制の現代化に関する要綱試案﹂が公表され、二〇〇四(平成一六)年一二月に法制審議会会社法部会では﹁会社法制の現代化に関する要綱案﹂が決定・公表された。二〇〇五(平成一七)年六月に、取締役の義務と責任を含む多くの制度を改正した会社法が成立した。会社法制定の背景としては、①片仮名文語体の法文について、わかりやすい平仮名文語体に改めること、②会社を規律する法制が商法、商法特例法および有限会

一五九一

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(    同志社法学 六三巻三号一三四

社法に分散している状況について、これをわかりやすい形で整理すること、③短期間に積み重ねられた会社法制の改正について、全体的な整合性を図り、体系的にその全面的な見直しを行うこと、などが挙げられている ₅₈

。 取締役の善管注意義務と忠実義務に関する規制について、会社法はそのまま承継したものの、取締役の競業避止義務と利益相反取引の規制について、以下の改正が行われた。また、大会社の内部統制と取締役の監督義務を強化するために、大会社の取締役に対し、内部統制システムの構築が義務付けられている。

 (1) 競業避止義務と利益相反取引規制に関する見直し 競業取引と利益相反取引の承認の手続が共通していることに鑑み、二〇〇五(平成一七)年会社法制定の際に、競業取引と利益相反取引に関する規制が一つの条文に統合された(日本会社法三五六条)。承認の手続について、会社法制定前の商法においては、株式会社においては取締役会の承認が必要であり、有限会社においては社員総会の特別決議による承認が必要とそれぞれ規定されていたが、会社法は、取締役会を設置する株式会社においては取締役会の承認を受けなければならず、取締役会を設置しない株式会社においては株主総会の普通決議による承認を受けなければならないとしている(日本会社法三五六条、三六五条一項)。また、二〇〇五年会社法制定の前においては、有限会社の社員総会の特別決議による承認があれば、競業取引または利益相反取引によって会社に損害が生じても、取締役には責任は発生しないと解されていたが、会社法は、株主総会の承認があっても、競業取引または利益相反取引によって会社が損害を受けた場合には、原則として取締役の責任を免除しないとする ₅₉

。 なお、会社法は、承認を得ず競業取引を行った場合の介入権に関する規定を廃止した。介入権は会社を救済するために会社に与える権利であったが、通説は、介入権の行使の効果は債権的なものであり、会社と取締役との内部関係にお 一五九二

(20)

同志社法学 六三巻三号一三五(     いてのみ効力を生じ、第三者に対して物権的効力を生じないとしていた。通説に従えば、﹁介入権の行使より、取締役がその行為の経済的な効果を会社に帰属せしめる義務を負うにとどまるため、その効果は、競業行為に関する損害額の推定規定と実質的に変わるものではない﹂こととなり、会社法において介入権に関する規定が削除された ₆₀

。また、介入権が自己のためになされた競業取引に限定されたものであり、損害額の推定の規定で会社の利益保護に対し十分であるという見解がある ₆₁

。 一方、競業取引・利益相反取引を一切禁止すれば、取締役の経済活動の自由が制約され、競争制限的な結果や社会的に望ましい取引の抑制といった副作用が生じるおそれがある。そのため、会社法は、そのような危険から会社を保護し取締役の経済活動の自由等との利益調整を図るため、取締役の不正な競業・利益相反取引を事前・予防的に禁止し、その解除のための認可手続を設けている ₆₂

。しかしながら、認可を得た競業取引により会社に損害が生じた場合には、取締役が損害賠償責任を負うかどうか、また、法定手続に違反した利益相反取引が有効か否かについて、学説上には争いがある。認可を得た競業取引により会社に損害が生じた場合の取締役の責任について、通説は、そうした場合には競業取引を行った取締役が損害賠償責任を負い、承認決議に賛成した取締役は過失がないと責任を負わないと解している ₆₃

。それに対して、少数説は、会社の承認があった以上、競業取引によって会社に損害を生じても取締役は当該取引の機会を利用する意思がないことを表明したのであるから、当該取締役は損害賠償責任を負わないと主張している ₆₄

。また、法定手続に違反した利益相反取引の効力について、学説上には絶対的無効説、相対的無効説と有効説に分かれているが、相対的無効説が現在の通説である ₆₅

。判例は、絶対的無効説の立場にたっているが、間接取引と手形行為については、取引安全の保護のために、会社は相手である第三者の悪意を証明するのでなければ無効をもって対抗できないとし、いわゆる相対的無効説の立場を採用した ₆₆

一五九三

(21)

(    同志社法学 六三巻三号一三六  (2) 内部統制システムの構築の義務付け 二〇〇二(平成一四)年商法改正により、委員会等設置会社については、取締役会は﹁監査委員会の職務の遂行のために必要な事項として法務省令で定める事項﹂を決定しなければならないと規定され、内部統制システムを整備することを取締役会の義務とする旨が法令上明確に規定された。それに対し、委員会等設置以外の従来型会社の取締役に対し、内部統制システムを整備する義務が明文に規定されていなかった。学説・判例上は、ある程度以上の規模の会社の代表取締役には、業務執行の一環として、会社の損害を防止する内部統制システムを整備する義務が存在することを認めていた ₆₇

。 企業不祥事が度々発生し、各会社において自社の適正なガバナンスを確保するための体制を整備する重要性が一層認識されるようになり ₆₈

、二〇〇五年会社法制定の際に、すべでの大会社において、取締役の職務の執行が法令や定款に適合することなど、会社の業務の適正を確保するための体制の構築の基本方針を決定することが義務付けられている(日本会社法三四八条三項四号・四項)。しかし、委員会等設置会社以外の従来型会社においては、代表取締役の指揮下の内部統制組織と監査役との関係の不明確さなどの問題が残されているという指摘がある ₆₉

。 右の規定の趣旨は、組織体制の構築によって取締役の独断・独走を牽制し、会社の業務の適正を確保するためである ₇₀

。同規定により、大会社の取締役が内部統制システムの構築を怠った場合には、会社に損害を及ぼせば、取締役の任務懈怠とされ会社に損害賠償責任を負わなければならない。また、大会社以外の会社でも、会社の状況に応じ、内部統制体制の整備の決定をしないことが取締役の任務懈怠とされる場合もある ₇₁

。 また、判例と学説において認められてきた取締役の監督義務と内部統制システム構築義務とはどのような違いがあるのか、あるいは両義務の間でどのような関係であるのかについて、検討する余地がある。 一五九四

(22)

同志社法学 六三巻三号一三七(     4 善管注意義務と忠実義務との関係 前述のように、一九五〇(昭和二五)年商法改正により忠実義務の規定が設けられた以降、忠実義務と善管注意義務との関係についての議論が盛んになってきた。会社法の下では、二〇〇五年前の商法における取締役の忠実義務と善管注意義務に関する規定がそのまま受け継がれたから、忠実義務と善管注意義務との範囲とその関係について、法律上には依然として明確化されていない。両義務の関係につき、解釈論上の異質説と同質説との対立状況もまだ解決されていない。

 (1) 異質説 異質説(少数説)は、忠実義務が善管注意義務と異なる別の義務であると解している。その説は、一九五〇(昭和二五)年商法改正により忠実義務規定が新設した以降唱えられてきたが、その根拠につき、様々な見解が論じられている。 田中誠二教授は、一九五〇年改正商法二五四条ノ二の忠実義務は、善管注意義務と異なる義務であると主張し、早い段階で異質説を唱えてきた。その理由として、同教授は、一九五〇年改正商法がアメリカ法を母法として、アメリカ法の解釈に従って、新設した忠実義務が一般原則を定めたものではなく、実効のある法的原則であり、アメリカ法の信任関係における受信者としての責任と同様の責任を負う趣旨と解すべきと強調している ₇₂

。そのほか、①商法二五四条の善管忠義義務以外にその接近した規定として特に二五四条ノ二(一九八一年商法改正により二五四条ノ三に変更)において忠実義務を設けたのは、特に意味があると解するのが法解釈方法の通常であること、②一九五〇(昭和二五)年改正商法は、取締役会の権限を拡大し、企業の所有と経営の分離傾向を強くしたので、これに応じて取締役の義務および責任を強化し厳格化することがその立法趣旨に適合すること、③取締役の私利を抑制する社会的必要があること、④取締

一五九五

(23)

(    同志社法学 六三巻三号一三八

役の忠実義務の内容は、会社と取締役との利害衝突を防止するための商法の成文法規定に明記されている場合以外の取締役の義務を明らかにするのに役立ち、そして、この場合の義務の内容の全部が善管忠義義務で万事規制され得るとは限らないこと、などが挙げられている ₇₃

。 大阪谷公雄教授は、忠実義務規定を設けた以上、そこに特別の意義を含んでいるものとしなければならないと強調し ₇₄

、忠実義務が善管注意義務の一つの態様であり、特別の意義を認めないという通説を批判した ₇₅

。また、同教授は、忠実義務は受託者が委託者に対し﹁圧力と優越﹂を取得する立場に立つ場合に応じて受託者の優越地位を利用することによって私利を得ることを防止するために課せられる義務であり、一九五〇(昭和二五)年改正商法では取締役の地位が強化され、制度上も実際上も﹁圧力と優越の地位﹂を保持する取締役に対し、民法の委任において規定される善良な管理者の注意義務を課すのは取締役に対する責任の根拠として不十分であると強調し ₇₆

、英米法の信任的法律関係を基礎とし、忠実義務は受任者の圧力と優越との地位を濫用してはならないという要求に基づいて受任者に課せられる義務の総括的な名称であり、委任における善良なる管理者の注意義務とは差異が存することと主張する ₇₇

。また、取締役の忠実義務の内容について、自己取引に関する規制を忠実義務の一つの内容として理解し、これ以外の現象であってしかも民法の委任規定による善良な管理者の注意義務の内容にも属しないものを規整するための有力な根拠が得られると主張している ₇₈

。 星川長七教授は、大阪谷教授の主張に従い、取締役に課せられる忠実義務は委任関係と異なる信認関係から認められるものであり、委任関係に基づく善管注意義務とは性格も機能も異なると主張する ₇₉

。また、同教授は、経営に関する一切の権限を取締役に与える取締役会中心主義の体制をとる一九五〇(昭和二五)年改正商法のもとで、取締役の強大な権限の行使に対するブレーキとして、善管注意義務を課するだけでは不十分であり、かつ、善管注意義務のみを課すの 一五九六

参照

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