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オーストラリアにおける取締役の 倒産取引阻止義務についての考察

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講 演

オーストラリアにおける取締役の 倒産取引阻止義務についての考察

Directorsʼ Duty to Prevent Insolvency Trading in Australia:

Some Consideration for Japan

ステイシー・スティール

は じ め に

 本稿は,オーストラリアにおいてかねてから論争が多く,近時の倒産法 改正のテーマの一つとなっている倒産取引(Insolvent Trading)阻止義務 の枠組みについて,近年日本で議論されている,会社の取締役の義務の観 点から考察するものである1)。オーストラリア及び日本における会社の取  本論文を作成するにあたり,中央大学法科大学院の佐藤鉄男教授,同志社大学の 金春教授,成蹊大学の北島典子教授に,コメントや日本語の指導をいただきまし た。心より感謝いたします。また,研究及び翻訳の作業を引き受けてくださった,

メルボルン大学ロースクール,アジア法センターの主任研究助手である加納香助手 に感謝の意を申し上げます。本研究は,2018年 ₃ 月に中央大学法科大学院のセミナ ーで初めて日本語で発表されました。セミナーへ招待をしていただき,招聘をして くださった,中央大学の日本比較法研究所,及び伊藤壽英所長に,感謝の意を表し ます。本研究は,筆者個人の意見を元に執筆されています。著者の現在または過去 の雇用主,または筆者の関連のあった他の機関の見解やポリシーを提唱するもので はありません。

 メルボルン大学ロースクール准教授

1) Ramsay, I. (2000) ʻAn overview of the insolvent trading debateʼ, in Ramsay, I.

ed., Company Directorsʼ Liability for Insolvent Trading, CCH Australia and the Centre for Corporate Law and Securities Regulation, <https://papers.ssrn.com/

sol3/papers.cfm?abstract_id=924314>.

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締役は,その行為の様々な側面において取締役としての責任を負う。オー ストラリアにおいては,会社法やその他のオーストラリアの法律の下で,

取締役は法的責任を負わされる。オーストラリアにおける取締役に課され る主要な義務には,誠実に会社の最大の利益のために,かつ適切な目的の ために行動する義務,配慮と勤勉をもって行動する義務,そして会社の利 益と取締役個人の利益との衝突を避けて行動する義務などが含まれる。こ の点,日本では,忠実義務,または競業及び利益相反取引に関する義務に 違反した場合,取締役は責任を負う可能性がある2)。ところで,日本での ここ数年間の取締役の責任に関する議論は,倒産申立てにおける義務の導 入の可能性を含む,倒産に関する責任に焦点が当てられている。そして,

日本語の文献では,比較法の観点から,英国3),韓国4),フランス5)及びド イツ6)における,倒産時の取締役の責任における法定上また規制上の仕組

2) 会社法(平成17年法律第86号)下の忠実義務(第355条)競業及び取締役会 設置,会社との取引などの制限(第356条(1))。なお,民法上の詐害行為取消 権(第424条)にも留意する必要がある。

3) 本間法之「企業倒産における経営者の責任追及─イギリス倒産法第214条

「不当取引wrongful trading」からの示唆」『民事訴訟雑誌』46巻(2000)223─₈ 頁;中島弘雅「会社経営者の倒産責任の取り方に関する覚書─イギリス倒産法 からの示唆」(本間靖規・菅原郁夫・西川佳代・中島弘雅・安西明子 編『民事 手続法の比較法的・歴史的研究:河野正憲先生古稀祝賀)(慈学社出版・2014 年)468─489頁。なお,本稿の執筆の過程で,小野里光広「オーストラリア会 社法における「支払不能取引」回避義務」京都学園大学経済経営学部論集 ₆ 号

(2018)59頁以下に接した。本稿は,倒産取引阻止義務に関するオーストラリ アの近時の改正動向について重点を置いているところに特徴がある。なお,オ ーストラリアの会社法については,加納寛之(クレイトン・ユッツ法律事務 所)『オーストラリア会社法概説(第 ₂ 版)』(信山社・2019年)が詳しい。

4) 園尾隆司「事業再生と倒産法制:債務者の破産申立義務をめぐって」『事業 再生と債権管理』148号(2015)54─66頁。

5) 張子弦「フランスの企業倒産手続きにおける経営者責任(1)」『北大法学論 集』67巻 ₅ 号(2017)127頁。

6) 山本和彦「ドイツ型倒産法制 導入の是非─倒産手続開始申立義務は日本に馴 染むのか」『ビジネス法務』(中央経済社・2013年); 武田典浩「「倒産申立義

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みが紹介されている。本稿は,オーストラリアの倒産取引阻止義務に関す る制度を近時の改正動向を加えて紹介するものである。本稿の趣旨は,

「ドラコニアン(過酷)」とも呼ばれる倒産取引阻止義務に係るオーストラ リアの改正の過程を紹介するものであり,オーストラリアの手法を日本に 奨励するものではない。

 オーストラリアにおいては,自身が取締役に就任している会社が支払不 能時に債務を発生させる場合,またはその債務を発生させることで会社が 支払不能になる場合において(以下,「倒産取引」という),もし会社が支 払不能であったもしくは支払不能になると疑う合理的な理由がある場合,

当該取締役は責任を負う可能性があると規定している(会社法588G条)。

すなわち,オーストラリアの取締役には,倒産取引を積極的に阻止する義 務があるということである。このオーストラリアの倒産取引阻止義務は,

一般債権者への補償を促進し,典型的には,会社が清算手続に入る際に適 用されることが意図されている7)。倒産取引阻止義務違反を理由に取締役 の責任が認められた場合,その取締役から支払われる補償金は無担保債権 者に平等に分配される8)。取締役がこの義務の違反によって債務を発生さ せた場合でも,同様である。

 この倒産取引阻止義務は,1990年代に導入されて以来議論の対象となっ ており,「法人格を否認することとなり」,また株主や取締役とは別に会社 自身が会社の債務に対する責任を負担するという一般原則と矛盾している

務」復活論に関する一考案」早川勝・正井章筰・神作裕之・高橋英治 編『ド イツ会社法・資本市場法研究』(中央経済社・2016年),344─369頁,特に345─

353頁参照。米盛太紀「破産手続開始申立義務の現代的意義─会社の危機時期 における取締役の行為規律としての試み」中央大学大学院法務研究科2015年度 リサーチペーパー。

7) 倒産取引条項を支持する意見に関しては,Michael Whincorp (2000) ʻThe Economic and Strategic Structure of Insolvent Tradingʼ, in Ramsay, 前掲注1),

43頁。

8) Michael Murray and Jason Harris (2018) ʻKeayʼs Insolvency: Personal and cor- porate law and practiceʼ, Lawbook Co., 10th edn, 637頁[16.85]段落。

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とされている9)。この枠組みはまた,取締役の経営リスクの引受けに対す る萎縮効果をもたらすとして,批判されている。また,その義務違反に対 する個人責任を負担させる仕組みにより,取締役に早期に法的倒産手続き の申立てをさせることとなり,本来ならば救えたはずの会社を清算に追い 込むこととなるとの批判もある。さらに,この枠組みは,会社が経済的困 窮に陥った際,まさに会社を支払可能な状態へ導くために有能で献身的な 取締役が必要なそのタイミングで,取締役を辞職に追い込むこととなると の批判もなされている。

 本稿で考察するオーストラリアにおける倒産取引阻止義務に関する長所 及び短所についての議論及び文献が豊富であるにもかかわらず,オースト ラリアでは実証的な研究は驚くほど数少ない。例外として,2004年に出版 された,James氏,Ramsay教授,及びSiva氏による研究がある(以下,

「2004年実証研究」という)10)。この2004年実証研究は,オーストラリアの 裁判所において取り扱われた103件の倒産取引阻止義務にかかわる判決を 分析している。この研究から現在までに15年が経過しているが,他にその ような実例がほとんどないため,この実証研究が近年の改正議論の中でも なお参照されている。本稿においては,この2004年実証研究を他の一次資 料,二次資料とともにオーストラリアの倒産取引阻止義務に関する現状を 説明するに当たって利用している。

 本稿では,「insolvency」という言葉を「倒産」と訳している。オース トラリアでは,「insolvency」という言葉は,一般的には清算型の手続や 再生型手続を含むすべての種類の外部管理手続及びその手続に関する法を

9) Murray and Harris・前掲注8),554頁[16.85]。倒産取引条項廃止の指示と しては,Dale Oesterle (2000) ʻCorporate Directorsʼ Personal Liability for “Insol- vent Trading” in Australia, “Reckless Trading” in New Zealand and “Wrongful Trading” in England: a Recipe for Timid Directors, Hamstrung Controlling Share- holders and Skittish Lendersʼ, in Ramsay,前掲注1),19頁。

10) Paul James, Ian Ramsay and Polat Siva (2004) ʻInsolvent trading ─ An empirical studyʼ 12 Insolv LJ 210.

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参照する際に使用されている。また,会社が,その支払期限が到来した債 務の支払が不可能な状態であることを指すときにも,概して「insolvency」

が使われる。さらに,この言葉は,「insolvent trading(倒産取引)」とし て知られる取締役の義務を参照する際にも使われる。一方,「bankruptcy」

という言葉は,本稿では「破産」と訳している。オーストラリアでは,

「bankruptcy」という言葉は,概して個人に関する手続を参照する際に使 われ,支払不能である当該個人は,「bankrupt(破産者)」と呼称される。

 本稿では第一章において,倒産取引阻止義務の枠組みを規定する2001年 会社法(Corporations Act 2001 (Cth))の条項及び抗弁の概要を紹介する。

第二章においては,オーストラリアの制度に対する重要な批判を考察す る。1993年に制度が導入されて以降,倒産取引阻止義務は検討の対象とな っている11)。ここでは,オーストラリアの倒産取引阻止義務の背景にある 理論的根拠を分析し,また,オーストラリア証券投資委員会(ASIC)の 公表する最近の倒産取引に関する統計データ12)を分析し,日本の読者に実 用的な示唆を提供する。ASICとは,オーストラリアにおける重要な企業 監督機関である13)。第三章においては,2017年の改正に関する理論的根拠 及び議論並びにその概要を説明する。近年の改正は,改正前の倒産取引阻 止義務に関する基本的な枠組みは維持したものの,義務の適用除外を導入 することにより,その枠組みに対する批判への対応に努めている。この適 用除外は,取締役への「セーフハーバー」として知られている。オースト

11) Ian Ramsay・前掲注1)。

12) Australian Securities and Investments Commission (“ASIC”) (2017), Report 588 Insolvency statistics: External administratorsʼ reports (July 2016 to June 2017), December 2017, <https://asic.gov.au/regulatory-resources/find-a-document/

statistics/insolvency-statistics/>.

13) ASICの ア プ ロ ー チ に 関 し て は,Niall Coburn (2000) ʻInsolvent Trading in Australia: The Legal Principlesʼ, in Ramsay,前掲注1),73頁及び123─128頁を参 照。倒産取引事件数に関しては,Abe Herzberg (2000) ʻWhy are there So Few Insolvent Trading Cases?ʼ, in Ramsay・前掲注1),148─166頁.Herzbergは,清 算人に手続き開始を意図する要因についても考慮している。

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ラリア政府によれば,この改正の目的は,経営リスクの引受けとイノベー ションを促進することである14)。最後に,本稿は,倒産取引に関するオー ストラリアの取締役の責任に関する経験を,日本法の見地から考察し,日 本の立案担当者に対して考慮事項を提案する。

第一章 オーストラリアでの倒産取引阻止義務の概要

1  制度導入の背景

 オーストラリアにおける現行の条項と議論について理解するためには,

オーストラリアの倒産取引阻止義務の枠組みを,歴史的,そして経済的背 景から検討することが重要である15)。オーストラリアの法は,1930年代か ら倒産に関連する責任を組み入れており,当初の責任は詐害取引(fraudu- lent trading)や刑事罰に焦点を置いていた。倒産取引に反した罪は1960年 代に導入されたが,この犯罪は1960年代のオーストラリアの法令を模した シンガポールにおいて長い間そのままの形で残されていたが,ようやく 2018年10月に改正案が可決された16)。オーストラリアにおける支払不能な 状態での取引を積極的に避ける取締役の義務は,1992年に改正会社法

(Corporate Law Reform Act 1992 (Cth))が制定された後の1993年に確立さ れた。

 この新しい義務は,オーストラリア法制度改革委員会(Australian Law Reform Commission)によって1983年に開始された,オーストラリアの企

14) Treasury (2016) ʻImproving Bankruptcy and Insolvency Lawsʼ (Proposals Pa- per, Australian Government, April 2016), <https://static.treasury.gov.au/uploads/

sites/1/2017/06/C2016-017_pp_NIS_insolvency_measures.pdf>.

15) オーストラリアの倒産取引法に関する歴史は,Coburn・前掲注13),73─89頁 を参照。

16) シンガポールに関しては,Joyce, Lee Suet Lin (2000) ʻFraudulent and Insol- vent Trading in Singaporeʼ 9(2) International Insolvency Review, Vol 9, No. 2, pp. 121─136を参照。

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業倒産及び個人破産法の包括的見直しの後に導入された17)。オーストラリ ア法制度改革委員会は,連邦法の下で運用される独立した連邦機関である が,その調査はオーストラリアの司法長官の要望が出された時のみ開始さ れる。法改正の検討開始という観点からみると,委員会の独立性は,そも そも,委員会が調査できる対象の面で制限されているが,その調査結果は 通常尊重され,採用されている18)。また,委員会の調査は,オーストラリ アの会社倒産法の初の包括的な見直しでもあった。そして,オーストラリ アの倒産法の包括的な見直しに係る提案事項の多くが採用されたのであ 19)

 オーストラリアは,1980年代の初めに極度に困難な経済状態を経験し た。会社倒産法の見直しは,クレジット利用の簡易化,高失業率,そして 倒産手続を増加させた原因でもある金利の変動などの,経済的及び社会的 環境の変化により促された部分もある。委員会の見直しの背景にあるこれ らの経済的,構造的な要因が,批評家に「ドラコニオン(過酷)」と評さ れた1990年代に採用された倒産取引阻止義務に関する条項の厳格な性質を 説明する際に重要である20)。委員会は1988年にレポートを発表したが,そ の後レポートは「ハーマーレポート」として知られるようになった。ロ ン・ハーマー氏は,委員長として任命された著名な弁護士であった。ハー マーレポートの提案事項は,任意管理(voluntary administration)として 知られる新たな手続や,倒産取引を積極的に阻止する義務の導入を含む,

17) Australian Law Reform Commission (1988) General Insolvency Inquiry(全 般 倒産調査), Report No. 45, (‘ハーマーレポート’)。

18) オーストラリア法制度改革委員会(“ALRC”)は,「ALRCレポートのうちの 85パーセント以上は,大部分,または部分的に実施され,ALRCをオーストラ リアの法改正で最も効果的で影響のある事務官にした」, と主張している。

ALRC (2017) ʻAboutʼ, 2 June 2017, <http://www.alrc.gov.au/about>.

19) ALRC・前掲注18), ₂ 段落。

20) Allens Linklaters (2017) ʻClient Update: Ipso facto clauses, safe harbour for di- rectors ─ our comments on the draft exposure legislationʼ, 10 April 2017, <http://

www.allens.com.au/pubs/insol/cuinsol10apr17.htm>.

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オーストラリアの倒産法の根本的な改正へと導いた。

 ハーマーレポートの第 ₇ 章は,取締役の責任と欠格事由を扱っている。

委員会によると,第 ₇ 章は,取締役に「無責任な行為,特に会社の債権者 に影響がある行為に対して責を負う」べきであるという政策に基づいてい 21)。そのため,委員会は,取締役が無謀な行動をとった場合に,無担保 債権者が利用することのできる救済方法を増やすことを求めていた。委員 会は,この新しい義務が会社の倒産に対して取締役を罰しようとするもの ではないことを明確にした。つまり,委員会は,倒産取引阻止義務の違反 は,債権者を欺く意思がない限り民事責任のみを生じさせるべきであり,

刑事責任を生じさせるべきではないと考えていた22)。委員会は,改正前の 法に関して認識されていた問題点や,審議の過程で提出された意見を検討 した上,「取締役の責任に関する条項の全体的な再構築案は,幅広い支持 を受け」ており,「(提出された意見において)この基本的な考え方に反対 するものはなかった」という結論を出した23)。しかし,実際に改正が行わ れる時点では,提案された条項の内容,適用,そして起こり得る影響につ いて,多様な意見が出された。後述する適用条項の分析は,1980年代後半 から1990年代初めにオーストラリアで倒産取引阻止義務が立法化された当 時,委員会が検討した協議を参考にしている。この分析は,この枠組みの 理論的根拠の説明を容易にするとともに,オーストラリアでの倒産取引阻 止義務に関する条項の形態についての合意が欠けていることを示してい る。

 また,会社法学者の第一人者であるRamsay教授は,2000年に執筆した 記事において,オーストラリアにおける倒産取引義務の導入による債権者 保護が現在の状況下で保証されているかどうかは,未だ解明されていな い,と述べている24)。さらに,今日のオーストラリアでの企業統治,そし

21) ALRC・前掲注18)。第 ₇ 章は,ALRCの第 ₁ 巻,272段落に設定されている。

22) ALRC・前掲注18),283段落。

23) ALRC・前掲注18),282段落。

24) Ramsay・前掲注1), ₉ ─12頁。

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て債権者保護の状況は,1993年の倒産取引阻止義務に関する条項の導入以 来大きく変化した。例えば,ある一定の債権者は,2009年に導入された動 産担保登記簿(personal property securities register)の下で,債務者であ る会社に対する担保権を登記することにより,保護を求めることが可能と なった25)。このような変化は,債権者保護という目的により倒産取引阻止 義務がなお正当化されるのかという疑問を提起している。

2  オーストラリアの会社法第588G 条

 倒産取引阻止義務は,会社法の第 ₅ 章に規定されている。第 ₅ 章は,整 理再建(arrangements and reconstruction),レシーバーシップ(receiver- ship), 任意管理(voluntary administration), そして清算(winding up)

を含む,会社の外部管理手続を取り扱う。オーストラリアには,個人破産 に関しては破産法(Bankruptcy Act 1966 (Cth))が制定されている。

 会社法第 ₅ 章の5.7B部は,倒産会社の債権者のための資産回収及び補 償について定めている。倒産取引阻止義務を否認権の対象となる取引と同 じ箇所に規定し,この義務の法律上の目的が無担保債権者への分配金を増 加させることであることを明確にしていることから,この規定ぶりを理解 することが重要である。

 取締役の倒産取引阻止義務は,5.7B部内の第588G条に規定されている。

会社法第588G条(1)は,原告,典型的には清算人が,以下の事項を証明す ることができる場合に適用される。

⒜  会社が債務を負った時点で,被告が会社の取締役であり,

⒝  その時点で会社が支払不能(insolvent)であった,もしくはその債 務を負うことにより,またはその債務を含む債務が発生したことに より支払不能(insolvent)となったこと,及び

⒞  その時点で,会社が支払不能である,または場合により支払不能と 25) この制度の要約は,Australian Financial Security Authority・ʻPPSR overviewʼ

を参照〈https://www.ppsr.gov.au/ppsr-overview〉。

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なることを疑う合理的な根拠がある。

 会社法第588G条の ₂ 下では,会社の債務発生を防ぐことを怠った場合,

取締役は以下の事項に該当する場合には,義務の違反をしたと判断され る。

 取締役がその時点でそのような疑いを持つ根拠があった場合,または  会社の置かれた状況の下で会社内の同じような地位に就いた道理に合 った人であれば,会社が支払不能であることに気づいていたであろう 場合。

 以下では,会社法第588G条の内容や範囲を考える際に鍵となる論点に ついて考察する。

なぜ上級経営陣ではなく,取締役のみ義務を負うのか

 オーストラリアでは,倒産取引阻止義務は取締役に課されている。会社 の他の役員や上級経営陣には,この義務は課せられていない。委員会は,

会社の「統括的管理」は取締役の義務である,と主張した。また委員会 は,この義務は倒産取引に関するものであって,「ある特定の債務を負う」

ことに関するものではないため,この義務の上級経営陣に対する適用につ いて提案することは控えた26)。しかし,2004年実証研究により,多数の事 件(41.5%)で執行役員が訴えられていることが明らかになった。この研 究では,執行役員を「取締役会の役員が果たす機能に付加した機能を果た すために,会社との間の雇用契約によって雇われる取締役」と定義してい 27)。2004年実証研究によれば,「会社の日々の業務に関わらない」取締 役,または,非常勤取締役が関与したケースは,研究対象事件の16.4%の みとなっている28)

 この責任はまた,事実上の取締役(de facto directors),そして影の取締 役(shadow directors) にも適用される。Ramsay教授は, 事実上の取締 役を,「正式に取締役として行動するように任命をされていないにもかか

26) ALRC・前掲注18),325段落。

27) James, Ramsay and Siva・前掲注10),230頁。

28) James, Ramsay and Siva・前掲注10),231頁。

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わらず取締役として行動する人,または取締役として称されていないにも かかわらず取締役として行動する人」と説明している29)。そして,影の取 締役については,「その人の指示や希望に応じて,会社の取締役が行動す る慣習が存在している場合の当該人物」と説明している30)。非常勤取締役 は,日々の債務の発生に対する管理権限がない場合でも,倒産取引阻止義 務違反を問われる可能性がある31)

 ある一定の条件下において,親会社(holding company)もその子会社 の倒産取引に関して責任を問われる可能性がある(会社法第588V条)。こ の場合の重要な点は,支払不能となった子会社の業務に対する親会社の管 理に係る権限の性質と規模である。Murray氏とHarris准教授は,「第 588V条に基づく訴訟は稀である」と述べている32)

「その当時会社が支払不能(insolvent)であった」─「insolvency」の 意味とは何なのか

 委員会は,この義務の違反に関する訴訟が,取締役が「ある特定の債 務」を発生させたことに焦点を当てることがないことを望んだ33)。この点 は,1960年代の制度下であまりにも多くの訴訟が個々の債務が発生した状 況について判断するものであったため,問題となっていた。委員会はま た,「倒産時の平等分配の法則の促進」を求めた34)。こうした配慮の結果 として,条項は「insolvency」を積極的に阻止する義務として規定される ことになった。しかし,オーストラリア法の下での「Insolvency」の意味 は未だに議論されており,会社が支払不能(insolvent)になる正確な時点 を特定することは困難である35)

29) Ramsay・前掲注1), ₂ 頁。

30) Ramsay・前掲注1), ₂ 頁。

31) Murray and Harris・前掲注8),556頁,[16.90]段落にて,Elliott v ASIC [2004]

VSCA 54; 10 VR 369を引用。

32) Murray and Harris・前掲注8),562頁[16.115]段落。

33) ALRC・前掲注18),280段落,及び285段落。

34) ALRC・前掲注18),280段落。

35) John Duns (2000) ʻInsolvency: Problems of Concept, Definition and Proofʼ 28

(12)

 「Insolvency」は,会社法第95A条に定義されている。会社は,債務の 支払期限が到来した時点において,そのすべての債務の返済を行うことが できない時,「Insolvent」となる。一時的な流動性の不足が生じた場合に,

会社が「Insolvent」であるということを意味するわけではない。第588E 条でも,第588G条における「Insolvency」の推定規定が設けられている。

推定規定の一つは,会社が一定の期間,財務記録を残さなかった場合,そ の会社は第588G条下において「Insolvent」の状態にあると推定されると 規定している(会社法第588E条(4))。会社はその記録を残していなかっ た期間について,「Insolvent」の状態にあったと推定される。この推定規 定は,事件の解決にかかる費用と時間を抑える仕組みとなっている。

 いつ会社が「Insolvent」となり「Insolvent」の状態を継続したかに係る 判断は,このオーストラリアの条項に関する主要な課題である。この不確 実性は,この義務違反に対する取締役の個人責任が発生する厳密な時点に ついての曖昧さを生じさせる。「Insolvency」であることを証明するために,

多くの場合,清算人は,会社の支払い能力のレポート(solvency report)

を含む供述書が真実であることを宣誓しなければならない。しかし,この ような場合でも,裁判所は清算人の判断を採用せず,「Insolvency」を証 明するためにこれに代わる専門家による証拠を提出させることができる。

 「Insolvent」であると判断することの難しさは,会計の専門家たちでさ え合意に達することができないことによっても明らかである。最近起こっ たオーストラリア,クイーンズランド州の鉱業に関する否認権に関わる事 件では,上訴の際に,清算人が依拠した資力レポート,そして清算人が

「Insolvent」の推定規定に依拠することのいずれもが認められなかった36) 資力レポートの作成者は,第一審の際に裁判所で反対尋問を受け,その証 拠は第一審判事に受け入れられた37)。しかし,クイーンズランド州最高裁

ABLR 20, 30─1.

36) MCG Quarries Pty Ltd v Offermans [2015] QCA 103, <http://archive.sclqld.

org.au/qjudgment/2015/QCA15-103.pdf>.

37) ALRC・前掲注18),18段落。

(13)

判所上訴裁判所は,資力レポート作成者の証拠は不可欠な決算報告書中の いくつかの債務の処理に関して決定的なものではない,との判断を下し 38)。この事件は,否認権が発生したかどうかを判断するために「Insol- vency」のタイミングに焦点を当てた事件であったが,原告にとっても被 告にとっても「Insolvency」を立証することが難しいことを表している。

 また,ある債務がいつ「発生した」のかを立証することも困難である。

一例を挙げると,裁判所は,会社が引渡しの対象となる商品を購入した際 には,その引渡しの注文の度に債務が発生すると判断している39)。条文の 適用を容易にするため,第588G条下では,ある一定の債務は,会社が行 動に及ぶことにより生じるとみなされる。この種の債務については,会社 法に列挙されており,ほとんどが資本維持に関係するものであるが,その 中に非商業取引も含まれている(第588G条(1A))。

誰が訴訟を提起するのか。

 委員会は,「会社が倒産清算に入った時にのみ,取締役は義務の違反の 責任を問われるべきである」と提案している40)。そのため,清算人(liqui- dator)は会社を代理して取締役に対して訴訟を提起することができる。

オーストラリアでは,訴訟は清算人によって始められることが多い。

 債権者もまた訴訟を提起することができる。法改正における当該部分に ついては,債権者が取締役に対して訴訟を提起するインセンティブが付与 されないと批判された。委員会は,いかなる倒産の際の訴訟においても,

平等分配の原則を反映するべきだと考えていた。最終的には,個々の債権 者は取締役に対する訴訟を提起することは許されるが,それはある特定の 状況で,清算人の同意(第588R条)または裁判所の同意(第588T条(3))

を得た場合のみ許されるという形で立法化された。

 ASICもまた,全債権者への補償(会社法 第1317H条)や,その他の 命令を求めることができるが,ASICによる申立ては稀であるとの指摘が

38) ALRC・前掲注18),33─₄段落。

39) ASIC v Plymin [2003] VSC 123; (2003) 46 ACSR 126.

40) ALRC・前掲注18),288段落。

(14)

ある41)

取締役が主張できる抗弁はあるのか

 第588G条(1)に提示されている要素がすべて証明された場合には,取締 役は会社法第588H条に規定されている四つの抗弁(defence)のうちの一 つが適用されることの証明を試みることができる。立証責任は,取締役に ある。抗弁のリストと内容は広範囲で,取締役の助けとなる可能性が高い ように見受けられるが,裁判所はこれらを限定的に解釈する42)。例えば,

取締役が費用を削減し運営を監視するだけでは(抗弁の適用に)十分では ない43)。2004年実証研究の結果によると,抗弁を試みた取締役のうち,抗 弁が成功したのは調査した事件のうちわずか10.8%であった44)

支払能力があると見込む合理的な根拠をいつ持つ必要があるのか  第一に,会社の債務が発生した当時に会社に支払能力があり,その債務 及びその当時発生したほかの債務が発生しても会社の支払能力を維持でき ると予想する合理的な根拠が取締役にあり,実際にそう予想していたこと を証明した場合,取締役の抗弁は成立する(会社法 第588H条(2))。

他人が提供する支払能力に関する情報への合理的な依拠をいつ持つ必要 があるのか

 第二に,取締役が後述の状況であったことを証明した場合,一つ目の抗 弁の適用範囲を制限することなく,取締役の抗弁は成立する。具体的に は,債務が発生した当時に,取締役が,

 ア 能力があり信頼できる者(A氏)が,会社の支払能力に係る適切 な情報を当該取締役に提供する義務を負担しており,そして,イ A

41) James, Ramsay and Siva・ 前掲注10); Murray and Harris・ 前掲注8),643頁

[16.110]段落。

42) Murray and Harris・前掲注8),641頁[16.105]段落。

43) Murray and Harris・ 前掲注8),641頁[16.105] 段落にて,Standard Char- tered Bank of Australia Ltd v Antico (1995) 38 NSWLR 290を引用。

44) James, Ramsay and Siva・前掲注10),234頁。

(15)

氏がその義務を果たしたと信じる合理的な根拠があり,かつ,実際に 信じたこと。及び

  A氏によって提供された情報を元に,取締役は,その当時会社に支払 能力があり,その債務及びその当時発生したほかの債務が発生しても 支払能力を維持することができると予期したこと(会社法 第588H 条(3))。

正当な理由による,会社の経営への不参加とは

 第三に,債務が発生した当時に,取締役が,病気やその他の正当な理由 により会社の経営に関わっていなかったことを証明した場合,取締役の抗 弁は成立する(会社法第588H条(4))。

債務の発生を防ぐための合理的な手段とは

 最後に,取締役が会社の債務発生を防ぐための合理的な手段をすべて講 じたことを証明した場合,抗弁は成立する(会社法第588H条(5))。取締 役が合理的な手段を取ったかどうかを判断する際,裁判所は,取締役が会 社の管理人を任命するためにとった行動を含むすべての行動を考慮する

(会社法第588H条(6)(a))。

取締役が会社の倒産取引阻止義務に違反したと判断された場合,どのよ うな影響があるのか

 取締役に倒産取引の責任があると判断された場合,取締役は民事責任,

または刑事責任を問われ,民事罰,賠償命令,または刑事罰を受ける可能 性がある。

民事責任 ─ 損害賠償と命令

 取締役がこの義務に違反したと判断された場合,会社法第588M条に基 づき,取締役に対し,倒産取引から生じた債権者が被った損害を賠償する よう命じられることとなる可能性がある。会社の債務に係る債権者は,会 社が倒産したことによってその債務に関する損害を受け,かつ,その債務 の少なくとも一部が,その損害が発生した際に無担保であったという条件 を満たさなければならない(会社法 第588M条(1)(b)及び(c))。最近の 事件では,取締役に対し65万豪ドル及びその利子を返済することが求めら

(16)

れた45)

 専門家の中では,個々の債権者にも訴訟を提起する権利を与え,取締役 から賠償を受けられるようにすべきという意見もあったが,前述したよう に,委員会はこの考え方を採用しなかった。委員会は,倒産手続における 平等原則を維持することを求め,取締役に生じる責任から得られる利益 は,行動を起こす資力のある債権者だけではなく,すべての債権者に分配 されるべきことを提案した46)。もっとも,委員会は,担保権を有する債権 者にはその利益は分配されるべきではないとした47)。法改正のこの部分に ついては,担保権に関してはこの議論の対象からはずした。

 ASICによって訴訟が提起されることはほとんどないが,ASICは,債権 者に代わって取締役に対して,賠償命令を求めることができる(第1317H 条)。また,ASICは,その義務違反に対する以下の追加命令を求めること ができる。第一に,ASICは,取締役に105万ドル,または違反行為によっ て得た利益額,または逃れた損害額の ₃ 倍のいずれか高額の方を上限とす る罰金の支払いを課す命令を求めることができる(第1317E条,第1317G 条)。20万ドル以下であった罰金の金額は,2019年 ₃ 月に大幅に引き上げ られた。第二に,ASICは,裁判所が決定する一定期間,取締役から会社 を経営する資格を取り上げる命令を求めることができる(第206C条)。

 取締役が倒産取引阻止義務違反があると判決を受けた場合でも,状況に よっては,1317S条,または1318条にしたがって,裁判所が取締役をその 民事責任から解放することが可能である。

 1317S条は,588M条を含む倒産取引阻止義務違反に関する民事罰条項 の違反責任の全体的,または部分的開放を規定する。裁判所は,取締役が 誠意を持って行動したか,そして事件の状況すべてに配慮した上で,取締

45) Murray and Harris・前掲注8),561頁[16.110]段落にて,Smith and Boné (No 2) [2015] FCA 389を引用。

46) ALRC・前掲注18),279段落,及び320段落。

47) ALRC・前掲注18),320頁。担保権者は,無担保である部分のクレームに関 して利益を受けることが可能である。

(17)

役が倒産取引阻止義務の違反から公平に免責されるべきであるかどうかを 思慮する。

 1318条はよく1317S条と同時に議論されるが,その実質内容も類似して いる。1318条は,取締役に責任がある,またはある可能性があるようにみ えるが,取締役が誠意を持って行動していた,または事件の状況すべてを 配慮した上で,取締役が公平に免責されるべきである場合に,責任からの 開放を認める権限を裁判所に与える。

取締役の刑事責任

 1960年代の倒産取引阻止義務に関する条文は,刑事責任を課していた。

しかし委員会は,新たに設けた積極的義務に対する違反に関しては,刑事 責任を課すことを推奨しないいくつかの理由を付した。特に委員会は,倒 産取引は「不注意,過失,そして無謀な商業行為」など,様々な行動によ って起こることを認識していた48)。さらに,委員会によると,刑事責任を 課すことは結果として,この義務を設置する目的であった無担保債権者に 分配金をもたらすという効果を生じさせないであろうとのことであっ 49)

 しかし,委員会は,債権者を欺く意思があった場合と同等とみられる行 動に関しては,刑事責任を課すことを提案した50)。これにより,会社が債 務を負うことを避けられなかったことが,その不誠実に起因する場合に は,取締役は刑事責任を問われる可能性もある(会社法 第588G条(3))。

取締役が刑事責任を負うと判断された場合,42万豪ドル以下の罰金,もし くは ₅ 年間以下の懲役,またはその両方を科せられる可能性がある(会社 法 Schedule 3, Item 138)。

 取締役が懲役刑を言い渡されることは稀であるが,いくつかの近時の裁 判例がある。2016年には,Kleenmaid社の元取締役が ₉ 年間の懲役刑を言 い渡された。この判決は,1300万豪ドルに値するローンを不正に組んだこ

48) ALRC・前掲注18),321段落。

49) ALRC・前掲注18),321段落。

50) ALRC・前掲注18),327段落。

(18)

とによる詐欺罪の訴因及び350万豪ドル分の債務を伴う倒産取引に係る17 の訴因に関するものであった51)。会社は,大型家電製品を分配し,2009年 に倒産した。Kleenmaid社のもう一人の取締役は,倒産取引に関する二つ の訴因に対して二年八か月の懲役を言い渡され,もう一人の取締役はその 時点ではまだ訴訟継続中であった52)

第二章 オーストラリアの倒産取引阻止義務に対する批判

 オーストラリアの倒産取引阻止義務に関する法定の枠組みに対する二つ の主たる批判は,ここ25年間変わっていない。これらの批判は,そもそも 倒産という状況下において債権者を特別に保護することが保障されている のかという議論に向けられている。

 一つ目の主たる批判は,この義務は,オーストラリアにおいて,経営リ スクの引き受けに萎縮効果を与える,つまり,有能な人材に取締役になる ことを思いとどまらせたり,会社が財政困難に陥った時に責任を回避する ために辞職を決意させることとなる旨を示唆する事例証拠に依拠してい る。また,倒産取引阻止に係る義務を課すことで,取締役が時期尚早な時 点で法的倒産手続の申立てを行うこととなると主張している。この批判 は,会社の成績不振の責任を取って取締役が辞職することの利益,そして 返済できない債務を更に作ることを避けるために早期に倒産手続の申立て をするという利益を無視している可能性がある。また,この批判は,後述 のとおり,現実を無視している可能性がある。

51) ASIC (2016) ʻFormer Kleenmaid director sentenced to nine years imprison- ment for fraud and insolvent tradingʼ, 16─257MR, Monday 15 August 2016,

<http://asic.gov.au/about-asic/media-centre/find-a-media-release/2016-releases/

16-257mr-former-kleenmaid-director-sentenced-to-nine-years-imprisonment-for- fraud-and-insolvent-trading/>.

52) ASIC (2015) ʻFormer Kleenmaid director jailedʼ, 15─283MR, Friday 2 October 2015, <http://asic.gov.au/about-asic/media-centre/find-a-media-release/2015- releases/15-283mr-former-kleenmaid-director-jailed/>.

(19)

 二つ目は,この法制度の枠組みは,取締役に倒産取引阻止義務を負わせ るために効果的ではなく,そのため無担保債権者への分配金を増加すると いう目的を達成できていないとの批判である。

 以下に分析するとおり,公式の証拠からは,倒産取引は清算人または債 権者によって追及されておらず,また監督機関による起訴の対象にもなっ ていないことが分かる。しかし,実際には,その陰で,起訴を免れるため に管理人や清算人に金銭を提供している取締役が存在しているのかもしれ ない。したがって,債権者への分配金が増えている可能性はある。

1  取締役は個人責任を回避するために辞職するのか

 会社が財務上の困難に直面した時に会社取締役が辞職を決意することを 示す証拠が存在している53)。これらの取締役は,会社が倒産したと判断さ れた時点を含む期間中に取締役として活動し続けると,個人責任が課され るかもしれないことを懸念している。批評家たちは,倒産取引阻止義務 は,財務上の困難に直面した際,取締役に会社の利益よりも自分の個人的 な利益に目を向けさせるという影響があると主張する。オーストラリア会 社取締協会(Australian Institute of Company Directors)もまた,その会員 に対して行われた調査を元に,倒産取引阻止義務が取締役に不安を抱かせ ているとの懸念を示している54)

 取締役の倒産取引阻止義務違反に関する最も知られている事件は,オー ストラリアの企業有名人として脚光を浴びていた,John Elliott氏に対す る事件であった。判決は,2004年に言い渡された55)。裁判所は,原則とし 53) この点については,オーストラリアと中国の商業法律事務所,King & Wood

Mallesonsによる,ʻLetʼs optimise the opportunity for reform: KWM responds to the Turnbull Governmentʼs proposed insolvency lawsʼ, (2016), <https://www.

kwm.com/~/media/library/Files/Knowledge/Insights/au/2016/06/02/kwm- response-australian-government-insolvency-laws-safe-harbour-innovation- baordroom.ashx?la=en>.

54) King & Wood Mallesons・前掲注53), ₈ 頁。

55) Elliott v ASIC [2004] VSCA 54; 10 VR 369.

(20)

て,取締役は会社が債務を発生することを阻止するか辞任するかのどちら かの方法を取らなければならないと判示した。実際に,オーストラリアの 企業監督機関(ASIC)は,取締役の辞職自体が会社が不調であることの サインであると考えているため,取締役の辞職の動向をおさえている56)  しかし,取締役は,倒産取引に関する責任に係る懸念以外の理由で辞職 をする可能性もある。オーストラリアの取締役は,無数の義務や個人責任 に直面する。例えば,取締役は,税務長官に支払われる従業員の所得税

(employee withholding tax, PAYG)及び年金保障掛金の支払額(superannu- ation guarantee contributions)に対して,個人責任を負う57)。取締役に税 に対する個人責任を負わせるこの税制度は,1993年に導入された。ハーマ ーレポートの提案によって1993年に租税債権がその優先的地位を失ったの である。この1993年の制度は,租税債権がその優先的地位を失ったことに 起因して,オーストラリア税務局によって展開された。2012年の改正は,

後述のとおり,取締役にとってさらにこの税制度を厳しいものにした58) 委員会が,これらの支払額の未払に対して積極的に執行を行っているよう である59)。この税制度の例から分かるように,倒産取引に対する懸念を,

オーストラリアの取締役が直面する他の懸念事項や重圧から区別すること は困難である。

56) ASIC (2015) ʻInsolvency: a guide for directorsʼ, Information Sheet 42, <http://

download.asic.gov.au/media/3337054/insolvency_guide_for_directors_42_1- amended-aug-2015.pdf>.

57) Sylvia Villios (2016) ʻDirector Penalty Notices ─ promoting a culture of good corporate governance and of successful corporate rescue post insolvencyVol. 25, No. 1 Revenue Law Journal参 照〈https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?

abstract_id=2808982〉。

58) Villios・前掲注57), ₈ 頁。

59) Villios・前掲注57),17─18頁。

(21)

2  取締役は個人責任を避けるために時期尚早な法的倒産手続の申立て を余儀なくされているのか

 任意管理(voluntary administration)の申立ても,取締役が倒産取引の 責任を回避または軽減する方法の一つとして考えられる60)。任意管理への 申立てをすることで,取締役は会社がさらに債務を負うことを阻止するた めにできることをすべて実行したと主張することができる。少なくとも任 意管理制度が運用されてから最初の10年間は,同制度は成功であるとして 賞賛され,頻繁に利用された61)。企業監督機関(ASIC)の発行する統計 によると,1999年から2007年の間,オーストラリアにおける外部管理のう ち毎年 ₃ 分の ₁ 以上が,任意管理として進められていた62)

 任意管理は,取締役に対して倒産取引阻止義務違反による責任追及から の保護を与える可能性があり,そのことがおそらく当初の任意管理の人気 の理由の一つであった。その結論は当時の任意管理手続が相当数に及んだ ことからも裏付けられる。

 法学者であるHerzberg氏は,1990年代に倒産取引の事件数が少なかっ たのは,多くの取締役が任意管理の申立てをしていたからである,と唱え 63)。前述した任意管理の申立てによって充たされる倒産取引に対する抗 弁に加え,Herzberg氏は,取締役に任意管理の申立ての動機づけを与え る他の三つの理由について述べている。第一に,2012年の改正前には,取 締役が任意管理の申立てをした場合,ある一定の租税債務に関する個人責 任を逃れることができたという点である。第二に,任意管理は,取締役を

60) Murray and Harris・前掲注8),564頁[16.130]段落。

61) 例として,Keay (2008) ʻA comparative analysis of administration regimesʼ in Omar, PJ (ed.), International insolvency law: themes and perspectives, Ashgate, pp.

105─133, pp. 109, 130.

62) ASIC, ʻAustralian insolvency statistics, Table 1.3 Companies entering EXAD Appointment typeʼ, Annual, Quarterly, January 2017, <https://download.asic.gov.

au/media/4980246/asic-insolvency-statistics-series-1-published-january-2019-1.

pdf>.

63) Herzberg・前掲注13),149頁。

(22)

個人保証の執行から一時的に保護することができたという点である。第三 に,会社を清算しようとする債権者の試みを妨げるという動機で,任意管 理の申立てをしたと考えられる取締役が存在したという点である。

 さらに,Herzberg氏の主張によると,かなりの数の会社が任意管理の 申立てをしたため,最終的に清算の申立てに移行した会社にはほとんど資 産が残っておらず,清算人には倒産取引阻止義務違反に関する訴訟を提起 する資力がなかったということである。

 しかし,外部管理事件全体に対する任意管理制度の利用割合は,2007─

2008会計年度は26パーセント(2,064件),2008─2009会計年度は21パーセ ント(2,123件)と劇的に減少した。2009─2010会計年度以降は,オースト ラリアの外部管理のうちのおよそ15パーセントが,任意管理として処理さ れてきた。2013─2014会計年度には,任意管理事件数は,外部管理事件全 体のうちのわずか12パーセント(1,207件)であった64)

 任意管理の事件数の減少の理由についての調査は,本稿の議論の対象外 であるが,その理由は多数あると思われる。本稿の目的との関係では,任 意管理事件数が減少しているという事実が,取締役が倒産取引阻止義務違 反を理由とする訴訟から保護されるために時期尚早に任意管理の申立てを 行っているという主張と矛盾しているということを記すのみで充分であ る。さらに,概算では,任意管理事件のうち結果的に再建計画である会社 整理契約(deed of company arrangement)履行に移行する数はおよそ30 パーセントであり,ほとんどの任意管理事件は結果的に清算に移行してい るという65)。ほとんどの任意管理事件が清算に移行し,一般債権者への分

64) ASIC・前掲注62)。

65) Cliff Sanderson (2014) ʻUsing a voluntary administration to save a company ─ the statistics are against youʼ, Tuesday, November 25 2014, <http://www.smart company.com.au/finance/cashflow/44748-using-a-voluntary-administration-to- save-a-company-the-statistics-are-against-you/>. Sandersonは 会 社 整 理 計 画

「deeds of company arrangement」のうち再建計画が含まれているのはわずか 30パーセントしかないと推定する。そのほかは,清算への移行,会社経営の取 締役への返還への方法によって終結するようである。

(23)

配金が少ないままであるという事実は,取締役による申立てが遅きに失す るため会社を救うことができていないということを示している。

 これらの結果をみると,オーストラリアで会社が任意管理手続によって 救われず清算手続へ移行しているという面が,日本で民事再生手続の申立 てをする多くの会社が結果的に二次破産するという状況と類似しているこ とが分かる66)。また,開始時に頻繁に利用されていた法的任意管理の申立 件数が減少していることは,ある意味日本において2000年に民事再生法が 施行された当時では同法に基づく手続がかなり頻繁に利用されていたにも かかわらず,利用が減少しているという事実と類似しているといえる。

 さらに,オーストラリアの外部管理事件の総数は,2008─2009会計年度 からここ10年間は,年間あたりおよそ一万件で,比較的安定している67) 任意管理事件数が減少するにつれて,債権者による清算事件数が増加して いる。債権者による清算手続の件数は,1999─2000会計年度に691件であっ たものが,2006─2007会計年度には1,975件,2009─2010会計年度には3,939 件,2015─2016会計年度には4,240件(外部管理事件数の43パーセント)に 増加した68)。2008─2009会計年度からは,債権者による清算は,オースト ラリアでの外部管理事件数のうちの40から50パーセントを占めている69) そのため,任意管理事件の減少は,債権者による清算手続によって埋め合 わされたといえる。かかる状況については,当事者が,単に任意管理手続 を飛ばして,任意管理の最終的な顚末であると思われる清算手続を直接選 択しているとの説明が可能であると思われる。

 清算事件では,前述のように,清算人が倒産取引阻止義務に違反した取 締役に対し訴訟を提起することが可能である。そのため,清算事件数の増 加は倒産取引に係る事件数の増加を連想させるが,実際にはそうではない

66) 伊藤眞『破産法・民事再生法(第 ₄ 版)』(有斐閣・2018年)1233頁。

67) ASIC・前掲注62)。

68) ASIC・前掲注62)。

69) ASIC・前掲注62)。

(24)

ようである70)

3  倒産取引阻止義務の及ぼす一般債権者の分配金への影響

 一部の専門家は,倒産取引阻止義務の適用件数が不足していると指摘す る。そして,それを理由に倒産取引阻止義務条項の効果を疑問視してい る。そして,これらの条項は,それゆえ,一般債権者への分配金を増加さ せるという目的を達成していないと示唆する。

 委員会は,1998年に,倒産を招く「無責任な行動」に対する責任を取締 役に負担させることを必要とする政策の根拠は,無担保債権者への分配金 を増加させることにある,と主張した。この主張は,オーストラリアでの 倒産取引阻止義務の導入の土台となった。しかし,この義務が実際に債権 者への配当を増加させているかどうかは定かでない。

 本稿の目的は,倒産取引阻止義務が無担保債権者への分配金を増加さ せ,それにより債権者の保護を強化するという目的が達成されているかを 包括的に分析するものではない。だが,オーストラリアの外部管理手続に おける無担保債権者への平均分配金に関するASICの統計によると,分配 金はあまり高額ではないことが分かる。会社が一度法定の外部管理に入っ てしまうと,この義務によって債権者への分配金が増加しているという現 象はないのである。2014年から2017年の間の無担保債権者への返済額は,

ほとんどすべてのオーストラリアの外部管理手続において, ₁ ドルあたり 11セント(11パーセント)以下であった71)

 法定の外部管理手続以外の手続の場合では,状況が異なる可能性があ る。興味深い話として,倒産実務家は,無担保債権者に分配される資金を 取締役から引き出すために,この義務や個人責任に対する懸念の影響力を 利用するようである。

 委員会は,倒産取引阻止義務が存在することにより,取締役は,個人責 任に負わされることを防ぐために,財務的に困難な状態に陥った会社に対

70) King & Wood Mallesons・前掲注53)。

71) ASIC・前掲注12), ₇ 頁。

参照

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