<研究ノート>「上月文書にみられる『足利尊氏発給
』文書について」・補遺
著者 中野 栄夫
出版者 法政大学史学会
雑誌名 法政史学
巻 57
ページ 62‑63
発行年 2002‑03‑24
URL http://doi.org/10.15002/00011417
昨年三月、上島有氏にご同道いただいて、徳島県立文書館において二日間にわたって上月文書の調査を行うことができた。この調査では、とくに料紙の調査を重点的に行い、ほぼ文書全点にわたって検討を行ったが、その結果、前々号(第五十五号、平成一三年一一一月)で述べたことで、訂正を要する点があることが判明した。また、前々号では初歩的な誤りや脱漏かもみられるので、ここに訂正しておきたい。まず、訂正を要する重要な点であるが、本誌前々号掲載の拙稿「上月文書にみられる『足利尊氏発給』文書について」において、つぎのように指摘しておいた。本文書の研究で問題とされる点を挙げてみるなら、まず最初になすべきは、まず読み本の確定である。「兵庫県史』の翻刻は、よく読みとっていると高く評価はできるが、完全であるとは言い切れない。その第一は案文とみなすべきものを正文とみなしていること、第一一に発給者の比定の混乱、第三に発給年代の比定の不十分さ、第四に文書の誤読などであ 法政史学第五十七号
〈研究ノート〉
「上月文書にみられる『足利尊氏発給」文書について」・補遺
る。第一の点についていえば、特に細川勝元の文書については正文と断定できるものは一点のみで、他の文書については案文の可能性がある。また第二点については、足利義詮とすべき発給者を足利尊氏としている例などがある。また第三点については、特に赤松政則発給の文書の年代確定が不可欠である。(M~岨頁)前々号拙稿は第二点について述べたものであるが、第一点については、調査の際に上島有氏より、私が案文と見なした細川勝元発給の文書は「正文と見るべき」とのご教示をいただいた。したがって、上記第一点については、ここで撤回しておきたい。第三点については、現在でも検討中であるので、詳細は今後の課題としたいが、無年号が多い赤松政則の文書については、花押の経年変化が、ほぼ判明しつつあることを、中間報告しておきたい。なお、赤松晴政(政村)の花押の経年変化については、大学院生が調査を進めており、その立場から、「兵庫県史』の年代比定への疑問も提出されていることも、中間報告しておく。いずれ
中野栄夫
一ハーーHosei University Repository
「上月文書にみられる「足利尊氏発給」文書について」(本誌第五十五号)正誤表 も、検討が済み次第、公表する予定である。なお、その他の不注意による初歩的な誤記・脱漏を以下に示し
「上月文書にみられる『足利尊氏発給』文書について」・補遺(中野)
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’一イ丁ておく。お詫びして訂正したい。また、調査に同道いただき、ご教示いただいた上島有氏にお礼を申し上げたい。
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(補註)義詮が九一号文書を発給した観応三年(一三五二)閏二月二九日の段階では、東国にいた尊氏はまだ正平年号を使用していた。尊氏が再び観応年号を使用するのは、三月二日以降である(『大日本史料」第六編之十六、同日条を参照)。なおAは、義詮が再び観応年号で発給した、最も古い日付を持つ文書の一つである。 荒牧の地(伊丹市)を本拠と… C足利義詮軍勢催促状 (補註)であることが知られるのである。 この時期、尊氏は東国にいた。 包紙ウハ書は「赤松政則公井…
正 Hosei University Repository