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Romeo and Julietにおける「愛」 : その対照手法

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(1)

Romeo and Julietにおける「愛」 : その対照手法

著者 小宮山 博

雑誌名 主流

号 30

ページ 1‑21

発行年 1967‑10‑31

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016716

(2)

Romeo and J u l i e t における「愛 j

一 ー そ の 対 照 手 法

小 宮 山 博

エリザ、ベス朝の人々が恋愛の物語を口にする時,彼らは一一たとい女王 側近の貴族や廷臣であっても,また市井の庶民や職人であっても 一様 に中世ロマンスを頭に浮べたことであろう. そこに画かれた恋愛の物語 は,いわば彼らの共有する「夢」であった.しかし,その半面,激しく変 貌する同時代の社会的現実に直面した結果,彼らの心の中に深まった現在E 関心はこうした過去の甘美なロマンスの恋愛物語の中に非現実の匂いを嘆

ぎ始めたこともまた事実である.まして,ロンドン市中で広角度の観客層 を動員しなければならなかった当時の商業演劇界では,観客の脳裡にある 中世的ロマンスの恋愛をいかに彼らの現陛的関心をも満足させる形で舞台 の上で上演すべきかが大きな, しかし難しい課題であった Romeo and  Julietはその課題の一つの解答であったといえる.

この小論は,イタリヤの古いロマンスにおける恋愛が,どのような形で エリザ、ベス朝の現実感覚に適合するように Shakespeareが処理して行っ たかを考えてみようとするものである.

さて,Romeo and Julietといえば死を賭して自らの誠の愛を貫く不運 な恋人たち一一一 Star‑cross'd lovers円の悲劇である.いまこの劇作品を

「愛」の主題という観点から考察する時,それが三つの大きな世界から成 立っていることに気付く.一つはRomeoがこの劇の努頭で示す Rosaline に対する恋の世界であり, 第二にはこの劇の中心物語である Romeo と

(3)

Romeo and Julietにおける「愛」

Julietの二人の愛の佐界であり,今一つは周囲の脇役たちが属する周辺の 世界である.第一の世界は不毛の恋の世界であり,第二の世界は永遠にか わらぬ誠の愛の世界であり,第三の世界は世俗的な考えを持つ人々,或は 恋人たちの仲介者の世界である.Shakespeareはこの三つの位界を通じて 何れも強い現世的関心をもりこんでこの恋愛物語を作り上げている.その 上にしかも,第一,第三の世界が,それぞれ中心物語である第二の佐界を 対照的に浮彫りにすることをも忘れていない.以下それを11原を追ってみて

ゆきたい.

まず RomeoとRosalineとが展開する第一の愛の世界はどのような形 で搭かれているであろうか. この時点に於ける Romeoの愛はいわゆる

「片恋」である.この片恋のために Romeoは 常 住 坐 臥 涙 と 溜 息 に 明 暮 れている.父 Montagu巴はその様子を,

Many a morning hath he there  been seen,  With tears augmenting th freshmorning's dew,  Adding to  clouds more clouds with deep sighs:  But all  so soon as the all‑cheering sun 

Should in the farthest east begin to  draw  The shady curtains from Aurora's bed,  Away from light steals  home my heavy sun

, 

And private in his  chamber pens himself,  Shut up his windows, locks fair  daylight out: 

And makes himself an artificial  night:  (1

, 

i

, 

124‑133)  と語る.Romeoは全く出口を見失った lovemelancholy" の中で苦し んでいる状態である.

上記の引用からもわかるように,人々との交際をも務めて避け拘'仮に友

(4)

Romeo' and Julietにおける「愛」 人 Benvolioなどに出会っても, ひたすら物思いに沈み

r

恋の重荷」

〈love'sheavy burden" [1, iv, 22])に打挫がれている始末である.そし て時に彼の情感が間歌的に激しく燃えると brawlinglove! loving hate! 

..  heavy lightness! serious vanity! "などといった oxymoronを連発 して,満たされぬ恋情を訴えかける.

しかし,こういった Romeoの求愛乃至片恋は実は紋切型にすぎないの である.これは当時のソネット詩人をはじめ9 多くのエリザ、ベス朝の紳士 たちに流行していた都会ずれした恋愛の慣習的作法なのである. すなわ ち,いわゆる Cultof Dejection"と呼ばれる宮廷愛に於ける後期の求

愛の型である.中[El:戸マンスにみられた騎土の婦人に対する誠実な奉仕,

或はその婦人に自らの武勇を示す為になされた探求や胃険の motifが時 代の変遷につれてその様相を変えた.すなわち騎士にとってかわった貴族 や紳士達は婦人の愛を得る為の探求や胃険の物語よりも, Petrarchismの 影響によって Cultof Dejectionが一層好ましい motifとなった訳であ る.Astrojheland Stellaや Amorettiにみられる Sidneyや Spnserは この傾向をきわめてはっきりあらわしている.彼らは(少くともそのソネ ットにみられる限り〉女性のつれなさに対して,活動的な行動に踏み出す よりむしろ自分達の容れられぬ恋の悩みに倒錯的な喜びを味わっているよ うである.彼らは時にそのソネットで,涙や溜息に泣き濡れる恋愛憂欝患 者の自己を歌い,その苦しみを詩に託して喜びを覚えている Romeoの Rosalineを恋する態度もまたこの Petrarch的恋愛の流行の作法を単に模 倣しているにすぎない.従って,あらゆる流行の盲従が一一ーしかも最も個 性的であるべき筈の恋愛における場合は尚更一一喜劇的要素を含むことは 避け難い Romeoが深刻ぶればぶるほどおかしみの度が増し9 軽薄の感 が湧くのである.

Shakespeareはこのように Romeoの最初の恋を月並に画き,そして邦 検的に示す一方,相手の Rosalineをもやや批判的に描写する。

(5)

Romeo and Julietにおける「愛」

この女性は Romeoが toofair, too wisely too fair (1,i, 214)と いい Shewill  still  chaste"  (1, i, 210)とし寸通

L

美貌ではあるが,

同時にあまりに貞節すぎていかなる求愛!こも心を動かさず9 一生独身を守 ろうとする女性である@

She11not be hit  vVirh Cupid's arrow; she hath Dian's wit,  And, in  strong proof of  chastity v¥11arm'd,  Frcmlove's  wakchildish  bov{ she lives  unharm'd. 

She will  not stay the sieg ofloving terms,  Nor bide the encounter of assailing eyes

Nor opherlap to  saint>seducing gold:  (I,  i, 201‑207)  Rosalilieの独身主義は Romeoにいわせると美読の自hugewaste" 

(1, i, 211)であり, sparing",(I  i, 211)である巴そして Shisrich in  bautyonlypoor, 

That when shdieswith beauty dies  her store.  (1, i, 208‑209)  ということになるのである.中世の恋人Heloiseにとっては醜い結婚生活

より独身生活の方が幸福を約束するものであり,神との霊的結婚という名 のもとに一生を独身ですごす生活が理想として中世では多〈の修道尼が僧 院に閉じこもった. しかし Shakespeareにとっては女性である限り結婚,

出産,子孫繁栄が常道であるという考えが,この Rosalineの取り扱いに 示されているわけである.エリザベス朝の健康で現世的な愛についての考

え方であるといえよう.

Shakespeareはこのように恋する Romeoと恋される Rosalineをそれ ぞれの形で不健康に,また不毛に描き出している。 こ う し て 第 一 の 世 界

‑Romeoの Petrarch的 lovemelancholyアと Rosalineの celibacyの 世界を批判的に示

L

,その世界と対照させて第二の世界を美しく閉幕させ

るのである。

(6)

Romeo and Julietにおける「愛」 5 

中心物語である第二の世界 RomeoとJulietの愛の世界はCapulet 家の華やかな夜の仮面舞踏会から始まる. この舞踏会で Romeoは ‑ ‑ Rosa1ineを見るために来た Romeoは一一皮肉にも Julietを一目見るな

り恋に陥るのである.この唐突さと ironyは彼の Ju1ietに対する恋を一 層強烈なものとする Romeoの今度の恋は彼が全生涯で経験する最も強 烈な体験一一むしろ「啓示」といってもよいものであろう.

Did my heart  love till  now? forswear it;  sight! 

For 1 ne'er saw true beauty till  this night.  (1, v, 50‑51)  この瞬間 Rosa1ineに対する fancy円の恋はすっかり忘れられてしま うのである.Rosalineは・「月」のごとく夜明けと共に淡くなり, Ju1ietと いう「太陽」がRomeoの心を占領する.崇高としか云いようのないJuliet の美しさに Romeoはあらん限りの詩的修辞でこの強烈な体験を持情の言 葉に置換えようとして Julietを「光源J(She doth teach the torches to  burn bright!  [1, v, 42])にたとえ 「異国の宝石J (a  rich jewel in an  Ethiope's ear [1, v, 44])になぞらえている.更に,中世ロマンスにおい て騎土がその崇拝する婦人 (MaDame) に仕えたように9 上 品 で 謙 虚 な態度をもって RomeoはJulietに接近する Humilityと Courtesy は「宮廷愛」 の精神に於ける最も重要な規範であった. そして彼が語る

dear saint"  (1, v, 101), pray円 faith円(1,v, 102) my sin"  (1,  v, 105)等といった求愛に於ける宗教用語の転用も「宮廷愛」のいま一つ

の基本的性質ー←Religionof Loveの伝統を継承するものである.つとに

「宮廷愛」を最も霊的に高めた表現が VitaNω切における Danteにみ られるのは J.A.Symondsの説くところであるがヲこの意味で Romeoの 第二の医界に於ける愛は「宮廷愛」の最も霊的な伝統を受けつぐものとい えるであろう.更に, Danteが Beatriceに対する愛の中で次第に精神的

(7)

Romeo and Julietにおける「愛」

成長をとげて行く如く, Romeoもまた, Julietとの愛の中で精神的成長 を(しかも急テンポで〉なしとげて行くのである.いや Romeoばかり でなくて,相手の Julietの場合も同様な成長がみられる.

それでは,彼ら二人の成長ぶりはどのようなものであろうか Romeo は Julietの identityを知るに及んで,ひるむどころか益々この true beauty円に向って憧れ,男性的にそして又行動的になる.すなわち,敢然

と敵地に躍り込む騎士よろしし敵の家である Capulet家の塀を乗り越 えて再び Julietに会いに出向くのである. Love'sheavy burden円に打 挫がれていた Petrarch風の恋愛病患者の第一の世界とははっきり対照を なす Romeoがみられる.

Julietの場合はどうであろうか. a stranger in the world (I,  ii, 8)  と父に甘やかされ,また乳母からは lamb"(I,  iii, 3)とか lady‑bird" 

(I,  iii, 3)  とかの愛称で呼ばれていた世間知らずの従順な一人娘が Juliet のRomeoを知らない前の姿である.彼女自身も母より縁談をすすめられ ると

I'll  look to  like

, 

if looking liking move: 

But no more deφwill 1  endart mineye Than your consent gives strength to make it :fly. 

(1

, 

iii

, 

97‑99)  (Italics are mine)  などと従順な態度をみせる.しかし,この Julietが皮肉にも Parisを好 きになるべき舞踏会で Romeoとの恋に陥ってしまう.そして Julietが 始めて一人立ちの女性として開眼するのはこの Romeoが自分の家にとっ

ては敵の家 Montagueの息子であると知るところから始まるe 無論,

Julietもしばらく月並に courtlyforma1ityに従おうとする内気や蓋恥の 気持が湧かぬ訳ではない.しかし Julietが Rom0 を恋うる激情は力強 しこうした因習的な女性特有の気取りや poseを押しやって Romeo に何処までも従おうという決心をうながす.

(8)

Romeo aild Ju1ietにおける「愛」

・..all  my fortunes at  thy foot I'11  lay 

And follow thee my lord throughout the world.  (II

, 

ii

, 

147‑8) 

ifybounty is  as  boundless as the sea,  My love as deep; the more 1 give to  thee, 

The more 1 have, for both are in五nite. (II

, 

ii

, 

133‑135) 

ここに女性像として Julietはさきの Romeoの愛人 Rosalineと著し き対照をなすと共に,愛の力による見事な精神的成長をみるわけである.

第一幕の終りで chorusのいう

Passion lends them power, time means, to meet,  Tempering extremities with extreme swet という言葉はまさに適切である.

(I

, 

v

, 

155‑156) 

しかし注意すべきはこうした二人の美しい求愛の言葉が,きわめて現世 的で落着いた結婚の提案に引きつがれていることである.Julietは

If that thy bent of love be  honourable,  Thy purpose marriage, send mwordtomorrow. 

(II, ii, 143‑144)  という. honourable"な愛とは結婚に結びつくことを示唆している訳で ある.中世の物質的な結婚観の中では愛の理想は住む余地がなかった.宮廷 愛はこのような時代に咲いた仇花であった.しかし ShakespeareはRomO

と Julietの二人の求愛の姿の中に宮廷愛の最も精神的な精髄を継承して,

それを提示しつつ,しかも宮廷愛がもっていた結婚への否定的態度一‑

adultery乃至は結婚の持外での愛を拒けて,結婚を目的とする愛,そして 結婚の桓の中での愛という現世的地盤の上にこの物語を定着させている.

さて,ところが,彼らの歓喜の絶頂である結婚はその直後の不幸によっ て忽ち破られてしまう.Romeoは計らずも(Julietと恋に陥ったと同じよ うに偶然の所為で〉その午後友情の誠を貫くための敵討として新妻 Juliet

(9)

8  Romeo and Julietにおける「愛J

の従兄 Tybaltを殺害するに至るのである.喜びにつぐ悲しみ,愛と憎し みとの相兎1, しかもそれが同ーの日に起るという irony こういった Shakespeareのお得意の compressionの手法によって,この劇の引き起 こす感動の振幅は大きくなる.更に, RomeoのMantu且追放, Julietと Parisとの縁談の進捗と結婚式の接近, Julietの仮死によってこの危機を 逃れさそうとする Laurence和尚の計画の失敗, Romeoの自殺,それを 追慕しての Julietの白刃という風に引きも切らずに起る事件によって,

悲劇的効果の crescendoが集中的に高められていく.

こういった恋と結婚,更に不幸,死を賭しての愛への誠実,という稀有 な体験を通して短期間に二人の恋人の「人間的成長」は益々大きく為し遂 げられて行くのである. Tybaltをあやめた直後,自らにふりかかる運命 の皮肉を呪って fort

u

fool (IIIi, 129)  と叫んで運命に対して受 身的であった Romeoは第五幕では Julietの死を知らされて 1defy  you, stars! (v.i.  24)と運命に対して敢然と挑戦しようとする人間にな

っている.家も社会的立場も自己の肉体さえ捨てて We,1lJ uliet, 1 will  lie  with thee tonight"  (V, i, 34)と愛一筋に生きる決心をする Romeo の姿がここにみられる.こういった Romeoには自分の死への mortal drug" (V, i, 66)さえ cordialand not poison (V,i,85)なのである.

Julietの成長も同様である Romeoが従兄の敵と知っても,肉身の紳 を断ち切って three‑hourswife  (III, ii, 99)  として Romeoへの愛の 誠を貫ζうとする.そして Romeoとの愛を知りながら更に Parisとの 結婚をすすめる二枚舌の Nurseに対しては地獄に落ちよとほのめかして 何者にも支えられないで 1一人立ちの女性」として行動して来る.人気 のない暗黒の墓地で potionを仰いでRomeoの来るのを待ち, Romeoの 死体をみて, poisonをむしろ restorative(V, iii, 165)と考えて,従容 と死につく成長ぶりである.Shakespeareはこのように若い恋人たちの苦 悩を描くことによって,いかに「愛」が人間の成長を強烈に,しかも迅速

(10)

Romeo and Julietにおける「愛」 9  に助ける力であるかを示そうとする.まさにJulietのいい切る通り Love give me strength" (IV, i, 125)  である. しかも, この若い恋人たちの 死は同時に長い確執を持ちつづけてきた theMontaguesとtheCa pulets  両家の和睦をも産み出した訳である.結局,彼らは Fortune'sfools円で は な し 一 地 域 社 会Veronaに血の雨を降らせた「不和」を「和」に導く 贈罪者であったということになる.すなわち, Shakespeareはζういった 一連の事件の背後に Providenceの存在があることを示して Princeをし て最後に

See

, 

what a scourge is  laid upon your hate

, 

That heaven五ndsmeans to ki1l your joys with love ! 

(V

, 

iii

, 

291‑292)  といわしめている.

要するに, Shakespeareはこの RomeoとJulietの愛の世界一一第三の 世界において,まず第一に,愛の宗教性と成長力という宮廷愛の最も精神 的な伝統を継承し3 しかも中佐ロマンスにみられる結婚の樫の外の恋とい う形をとらず,キリスト教道徳に背かぬように,恋愛は結婚に終るべきだ という現世的な愛のモラルを導入している.そして第二には9 このように 稀有で純粋な愛は当事者個人を助ける growingpowerであるばかりか,

この現世において周囲の人々にも強い精神的感化を及ぼす harmonizing powerであることも教えてくれる.

最後に第三の世界一一つまり二人の恋人を取巻く周辺の脇役たちの世界 について論じてみよう.ここにはエリザ、ベス朝社会にしばしば見受けられ た色々の型の人物が登場し,何れもが各人各様のあり方で,既に述べた Romeoと Julietの愛の世界に対照的な色調を用意し,第二の世界を引立 でているということができる. この脇役たちを 「愛」 の主題よりみると

(11)

10  Romeo and Julietにおける「愛」

き,ここに四人の人物を挙げることが出来る.Mercutio, Julietの乳母,

Friar Laurence,そして Julietの父 Capuletである.

第一に先ず Mercutioである.この人物は無論, Shakespeareの独創で はない.Arthur Brookeの narrativepoem, The Tragicall Historツeof  Romeus and Juliet(1562)においても登場する人物である.しかしこの種 本での彼の役割は完全な端役一‑BallSceneに於いて僅かに「三枚目」と

して出て来るに留まっている.種本のこの部分では, MercutioはCapulet の ballで Julietの傍らに席を占めている.Romeusも同じく Julietの

もう一つの側に坐ることになる.この折, Mercutioは そ の icyhand" 

(1. 289)で Julietの snowishhand円(1.259)を握る.すると Juliet はその Mercutioの手を拒けて Romeusに

Mercutio's hand had all‑to  frozen mine, 

And of thy goodness thou again hast warm itwith thine.  (11. 289‑290)  とたのむ.このような問答の後に二人の恋が芽生えるという筋の運びにな っている.しかしこのような話の進め方は Shakespeareが書いた二人の 恋人の宗教的求愛といった高揚された感情には程遠いものがある.Shake‑

speareは Mercutioのような世俗的人物をこの崇高な持情性ある場面か ら駆逐し,美しい Julietから完全に隔離させて BallSc巴聞に於ける登場 を最少限に縮少している. そのかわりに,この sceneの直前と直後で,

Mercutioを極めて幅広く活動させ,各場毎に, 卑俗一一一崇高一一卑俗と いう交錯手法を用いている.

Romeoが第一の世界一一一 Rosalineへの容れられぬ愛を嘆き, love  melancholy "の中に沈んでいる時, Mercutioは逆に活獲であり, Romeo  に対しても辛錬である.すなわち Mercutioは有名な Queen Mab の 科白を述べ Romeoの love melancholyを大いに郷検するのである.

(12)

RomeotdJulietにおける「愛」 11  Mercutioによれば,恋は QueenMabが戯れに人間の中に作り上げるも ので,それは

…the children of an idle  brain

, 

Begot of nothing but vain fantasy, 

Which is  as thin in substance as the air.  (I, iv, 97‑99)  であるという.恋が人聞を成長させたり,宗教的にまで高められた感情を

も持つということは全く信じていない.明かに中世ロマンスや courteous sentimentの空しさを日朝笑し,具象的で実際的なもの以外はうけつけない cynical realistである.彼にとっては男女の結びつきも唯,性的交渉を意 味するに過ぎず, Romeoの今煩悶している「片恋」などは夢のまた夢で,

i

旬に笑止千万なものである.

しかし, Mercutioの概論が辛錬に響くのは Romeoが精々満たされね 恋に悩んでいる期間だけであり9 ーたび Romeoが Julietに愛を感じ,

愛の洗礼をうけ,かたみに愛の誓いを交わすと,一方の Mercutioの邦検 は全く色程せる.しかもその後ふ相変らずMercutioはRomeoの new baptiz'd loveを知らず Romeoに向って依然として同じ榔拾を繰返す

という ironyがみられる.この時9 既に Romeoの美しい宗教的なまでの 愛 を 知 仇 同 感 し た 観 客 は Mercutioの郁論一一一いやそればかりか彼の卑 狼極まる言葉に接して,二人の若者の恋に対する態度の対比を強いられる 訳である.

さらに, Shakespeareは Brookeのやり方を踏み出して,三幕一場の Brawl Sceneでも Mercutioを起用している.この場では Mercutioは自 惚れから来るお節介の為に,Tybaltに却って殺され,よかれとしたRomeo の身に不幸の因を蒔〈という皮肉な役割を担わされている.このMercutio の死は全くの犬死であって,さきにみたRomeoの死を賭しての愛の完成,

或は他人に与える親和力といったものはみられない. A plague 0' both  your houses!  (III, i, 85, 93, 99)  と三度まで繰返す断末魔の呪誼から判

(13)

12  Romeo and Julietにおける「愛J

断すると Mercutioは遂に両家の間に横たわる因習的な憎悪の溝を超えら れなかったことがわかるし,既成の現実を出ることが出来なかったという

ことを暗示していると考えられる.

要するに,この Mercutioは世俗的で卑少な cynical.sensua1istに留る 訳である.従って彼の存在は主人公たちの精神的に高揚された純愛の世界 に対照的な世界の人物として,主題を世俗的な平面から浮き彫りにする人 物であると同時に,この劇作品に一つの現世的な重量感を与えるものであ るといえる.

次に Julietの乳母に移ろう. この Nurse もまた Mercutioと並んで Coleridgeが真に Shakespeare的人間であり,恐らく彼が実生活の観察か

10) 

ら創造した人物であろうといっている様に, Shakespeareはこの劇に於L

てBrookeの種本よりも生き生きと再創造している.Brookeの前述の物 語詩では,この Nurseは精々多弁な老女に留っていて,愛の主題に参画 したり,筋の展開に一役買ったりは殆んどしていない.このような脇役を Shakespeareは改鼠して,純愛に死ぬ若い恋人達と対照的な卑狸な老人に 仕立てかえている.

乳母がこの劇で最初に登場するのは Julietの母が娘に縁談を持ち込ん で来る時である.乳母は Ju1ietを長年手塩にかけて育ててきて可愛がっ ている余仇彼女の年齢に事よせて, Julietの幼年時代のepisodeを一一一 実に卑狼な冗談の交った episodeを語って自分で可笑しがっている.更に その卑狼な話から,その話を考えついた亡き夫の回想へと転じ,自分の死 んだ娘 Susanへの愛情を語り続ける.いわばこの乳母は Poloniusに似 て,所構わぬ長談義の陽気なお人好しではあるが,まことに卑狼な老婆で ある. W omen grow by men円(1, iii, 95)  という言葉からも察しのつ くように,男女の関係を性的快楽の面でしか見ょうとしない@従って結婚 についても Go,girl, seelhappynights to happy days" (1,  iii, 105) 

(14)

Romeo and Julietにおける「愛」 13  という風に nuptialnightに専ら世俗人らしい関心を寄せている.彼女も Mercutio同様卑狸で, 世俗的であって,その意味では精神的で超俗的な 誠の愛の世界からは程遠い存在である.

Nurseは二人の愛が一応順調に進捗していて9 世間並の結婚が可能のよ うにみえた段階では,中世ロマシスにしばしばみられる go‑between " 

1U 

の役割を果すが,一旦,この「世間並」という標準からはずれて,愛が進 行し, Tybaltの横死, Romeoの追放という異常な出来事が続出すると,

今度は手の裏をかえすように, 世間並の求婚者 a lovely  gentleman円 (III, v, 218)のParisを Julietに押付けるといった豹変ぶりを示す.こ のように乳母は「世間並」の次元を超えた世界にまで考えをひろげること が出来ない.死を賭して愛に生きょうとするJulietから見ればラこの世間 並の乳母の考えは無節操としか見倣すことが出来ない.Ju1ietが新しい縁 談をぬけぬけと薦める乳母に云うことばはこの様な乳母が地獄へ落ちるよ

うに祈る Amen円(III,v, 227)であり,

Ancient damnation! 0 most wicked五end!

Is  it  more sin to  wish me thus forsworn

, 

Or to  dispraise my lord with that same tongue  Which she hath praised with above compare  So many thousand times? Go, counsellor;  Thou and my bosom hencforthshall be twαin. 

(III

, 

v

, 

233‑238) (Italics are mine)  といった訣別の言葉である.種本の Brookeに於いてはこの二人の訣別が

12) 

きわめてさりげなく書かれている.この点でも Shakespeareは杢投と脇設 の愛や結婚についての態度の対照を明瞭に画いているといえよう.

MercutioがRomeoのfoi1役であるなら, Nurseは Julietの foil役 なのである.一方は cynicalであり,一方は所謂 oldwife円である差は あるが,両人共に卑猿で男女関係を唯肉体的側面でしか把えず,この劇に

(15)

14  Romeo and Julietにおける「愛」

おける Vulgarityの代表として二人の恋人の Courtesyに対比される脇 f受たちである.

このような老婆もまたエリザ、ベス朝の社会にみられる一つの人間類型で あって,若い恋人たちの純愛を引き立てていると同時に,この作品に現世 の錘の役目をも果じている.

脇役として第三に FriarLaurenceを取上げることにする.この人物の

1

劇中に於ける役割については,従来学者聞に二つの見解がある.一つはこ の神父がこの劇の leadingmotifを語るという説一一いわばchorus慢と みる意見であり,他の一つは人生も恋も知らぬお節介な,それでいて分別 臭紛々とした中年男であるという説がそれである.第一の意見の根拠とな

るのはこの神父が二幕三場で語る

The earth that's nature's mother is  her tomb; 

What is  hrburying grave, that is  her womb. 

C I I , 

iii

, 

9‑10)  とか,或は二幕六場の violentdelights have  violent  ends…love mod‑

erately" 

C I I

, vi, 9, 14)などといった警句的な科白である. しかし, こ れを leadingmotifとするならば,死を賭してまで愛を貫いた第二の世 界に於ける恋人たちは狂人と断定しなければならないであろうよ事実,

種本の Brookeに於いては彼等の生き方を unhonestIife  hasting to 

lD l

most unhappy death円と考えている.だが Shakespeareはこのような didacticismを劇中に持ちこみ, 単純な教訓劇を書いたとみるべきであろ うか.一歩譲ってこの人物が賢者であり,その警句が至言であると考えて みても,彼の計画したpotionplanの瑳朕以後のLaurenceの周章狼狽は 果してどう解釈すべきであるか.又一方の説のようにあまりに Laurence を戯画化すると,彼の劇の前半における二人の恋人たちに対する善意ある 計い,或は同情はどう考えるべきであるか.このように考えるとLaurence はやはり智慧に富む人物ではあるが,彼のaphoristicな科白が示すように

(16)

Romeo and Julietにおける「愛J 15  あくまで警句家であり,平和を只管に望む静かな僧院の隠者であり,この 意味においてι情熱的な若い人々の世界とは又別の世界に生きる人物と考え られ,若人達の情熱の激しさに対照を与えるものと断定するべきであろう と思われる.

最 初 Laurenceは Romeoが Rosalineを恋している聞は, Romeoの よき counsellorであった.Rom巴0 の Rosalineへの恋一一第一の世界の 愛を doting"(II, iii.  8のときめつけて, Romeoを一途に論して来た.

そして Romeoが第二の世界へはいって, Julietを恋し始め,この結婚の 仲介を依頼されると9 二人の気持を理解し,一刻も早く結婚という sacra‑ mentによって二人の恋が成就されんことを願っている.それと同時に9

この結婚が the Montaguesとthe Capuletsとの両家の争いを終憶させ る契機となることをも考えている.

しかし Romeoが Tybaltを殺し,事態が静穏でなくなり紛糾して来 ると Laurenceの peacemakingな態度は徐々に Rom0 Julietの世 界とは掛離れて〈ることがわかる.RomeoはLaurenceの慰めのことばに 対して Hangup, philosophy!" (I1I,  iii, 57)  と叫んで Laurenceの philosophicな世界観との訣別を暗示する.一方 Laurenceは Julietに対 しでも,危険ながらあくまで事態を平穏のうちに進ませる為に potion planを教える. しかし,この potionplanは運命のいたずらによって大

きく失敗してしまう.この計画の失敗によって Julietはまずまず死を賭し て愛を貫こうとする決意を固めるに対して, Laurnceはただ周章狼狽す る始末である.皮肉にも彼がRomeoに対して忠告したaphorism,Wisely and slow;  they stumble that run fast"  (II, iii, 94)とし寸言葉は却っ

て, Laurenceの場合にも当てはまるので,第五幕では事々に stumble (V, iii, 122)ずるのである.そして Romeoと Ju1ietが永遠の契りを結 ぶことになる墓場から Julietに gothee hence, for 1 will not away  (V, iii, 100)といわれてあたふたと逃げ出すのである.

(17)

16  Romeo and Julietにおける「愛」

二人が死んだ墓場は同時に,彼ら二人の永遠の愛が生れる場所であり,

社会に和がもたらされる誕生の地である.Laurenceはすでに二幕で aph‑ oristic  にそれを語っていながら, それが現世で行われたときには為すと

ころを知らぬのである.

Laurenceの最後のことば

A greater power than we can contradict  Hath thwarted our intents.  (V

, 

iii

, 

153‑154) 

は彼が考えていた両家の和睦が,皮肉にも全く違った形でなしとげられた こと,現世は彼の考えているより遥かに複雑であることに対するおどろき である.

彼は中世ロマンスにも屡々見られる仲介者の stock五gure である.

Shakespeareはこのように智慧に富む老人でさえ,若者の誠の愛のひきお こす力を予測することが出来ない点で,若い二人の恋人に対照をなすよう に,この人物を劇中に活かしたと考えられる.

最後に Julietの父 Capuletについて述べる.Capuletは Brookeに於 ける同名の人物よりも Shakespeareのそれの方がずっと老齢になってい る.J.  Erskineのいう「老J 1"若」の対比を明かに印象づける為の改作の

l

一つであると考えられる.この Capuletの愛や結婚に就いての考えはど のようなものであろうか.

彼は若い頃は cot1en (IV,iv, 6)であり mouse‑hunt"(IV, iv,  11)であったことが Nurseや LadyCapuletの言葉からわかる.だが,

年をとった現在,非常に寛大で, 陽気になったかの如く振舞う Romeo の潜入を怒る Tybaltを宥める寛大な host,娘の結婚がきまるとその準備 に浮かれ騒ぐ陽気な父親として劇の前半は振舞っている.また Parisから Julietとの結婚を申出されると

..woo hr,gentle Paris, get her heart, 

(18)

Romeo and Julietにおける「愛」 17  My wil1 to  her consent is  but a part; 

An she agree

, 

within her scop ofchoice 

Lies my consent and fair  according voic巴 ( 1 , ii, 16‑19)  などという風に,当世風に結婚には当人同志の意志を尊重する態度を大っ ぴらに述べている.しかし,話が進んで来る傍ら, Julietが全く乗気でな いのを知ると,彼の表面的な寛大さは一変してその生地を出し,強情とな って現われる.次の言葉は前のことばをいった同じCapuletとは思えぬ暴 君ぶりである.

Sir Paris, I will  make a desperate tender  Of my child's love: I think she wi1l be ruled 

In all  respects by me; nay moreIdoubt it  not.  (III, iv, 12‑14)  そして当人の Julietに向っても

To go with Paris to  Saint Peter's Church, 

Or 1 will drag thee on a hurdle thither,  (III, v, 153‑154)  といった強迫をする. (無論, これは Shakespeareの改訂であって,

Brookeにおいては多少理非を尽して Julietに結婚を薦め Julietが やっと表向き結婚に承諾すると,嬉し涙を流す人情に脆い側面をみせてい

lil) 

る.) 

ShakespeareのCapuletのこの強引な結婚への強制は Parisの門地門 閥,広大な領地( nobleparentage!  Of fair  demesnes [IILv.  179‑

180])が目当てであって,Laurenceがいみじくも言い当てた様に Promo‑

tion"  (IV, v, 71)  を求めての故である. 中世ではこのような政略的,

或は商略的結婚は常道であって, Capuletの考え方の中にこの中世以来の 結婚観が還しく生き続けていたわけである.Shakespeareはこの Capulet

を示すことによってエリザベス朝にも尚根強く残っていた中世以来の結婚 観を抱く家長の代表を登場させたことになる.このような人物も Romeo と Ju1ietの誠の愛の世界を取囲む周辺の世界に生きる人物として,他の

(19)

18  Romeo and Julietにおける「愛J

脇役同様,劇中では対照を作っている.この様な老家長も結局,若い人々 の愛による精神的結合の前に膝を屈して,長年の憎しみを断ちきらねばな らぬ事になる.劇を solidに substantialにすべく配された脇役の一人と いえる.

Shakspeareはこうして Romeoと Julietの愛の中J心世界の周辺に彼 らの心情を理解することの出来ない,世俗性,日常性を多分に持つ脇役群 を準備して恋人達の孤立と激しい情熱愛を浮き彫りにしている一方,この 脇役たちにもそれぞれ然るべき立場を与えて,色彩豊かな周辺の世ー界を作 り上げている.まさにE.E. Stollのいう通り the more striking con‑

18) 

trast  produces the bigger effectとL、うことである.

Shakespeareはこの Romeoand Julietに於いて,第ーには,中世ロマ ンスにみられる宮廷愛を継承しながら「結婚の権外での愛」よりも1"結 婚に至る愛」という現世的立場をとり,この劇に於ける愛を現世のものと している.第二には,この愛の世界を本当に理解できない多くの世俗的な 考えをもっ人物を生き生きと配してこの主人公たちの世界にコントラスト を用意することを忘れていない.

この劇によって,われわれは中心物語の純粋な愛の世界に導かれ,人間 の心の奥底に永遠に抱き続けながら,しかも日常の社会では容易にみるこ とのできない理想愛を Rom0とJulietを代償者として追体験する.そし て,脇役たちの姿によってこの物語が単に時代ばなれした空疎なものでは なくて,その中に現実の重さをしっかりと備えていることを感じるわけで ある.

不滅の理想愛と周辺の世界の多角的構造,近代的恋愛の世界の定着と,

それを縫って生動する世俗的な人物群の巧みな交錯一一これがR01ηeoand 

(20)

Romeo and Julietにおける「愛」

Julietの織りなせ忍卓越性であろう.

19 

1)  William Empsonはこの点について TheElizabethans had any way to  satisfy both groundlings and courtly critics;  there had to  be levels of  in terpretation."といっている.(William Empson, Some Versions of Past07

CPenguin Books, 1966), p.  58.) 

2)  William Shakespeare, Romeo and Juliet, ed.  Horace Howard Furness. (A  New Variorum Edition; New Y ork ; DovrPublications, 1963).以下Romeo and Julietに関する引用はすべてこの editionに拠る.

;

E.C. Pettetは宮廷愛後期の newtype of love armation として Cult

fDejection"をあげている Pettetによるとこの senseof  devastating  misery and prostration"は必ずしも初期の Romanceになくもなかったが3

1

愛知jには強調,誇張されて大いに表現され出したといっている.(E.C.  Pettet,  Shakespere and the Romance Tradition CLondon:  Staple Press, 1949), pp.  19‑20.)  Shakespeareは喜劇においてこの Cultof Dejectionを大いに邦捻的 に取扱っている (Cf.The  Two Gentlemen of  Verona, Love' s Labou〆s Lost, Twelfth Night.) 

Roland H.  Baintonによれば Heloise Virginity nrst, courtly love 

Scondand marriage third "という rankをつけていて Shewould rather  be his  (Abelarcl匂 mistress than his  wife" L、っている (RolandH. 

Bainton, SexLoveand Marriage: A Christian Survy CGlasgow: William  Collins and Sons, 1958), pp. 64‑65.) 

め Paul ReyherはこのShakespareの美と結婚についての考え方を labeaute  ne cloit  pas etre gaspillee; leseurssont vite fletries.  Tout ce qui existe a  son objet et  il  n'est rien qui ait  san en soimeme:  la  beautprocr la beaute."と比喰的に述べている. (Paul  Reyher, Essai  sur  les  Idees  dans 

F伍~lvre de Shakespeare  CParis: Didier, 1947), p.  135.)  この結婚観は The Sonnets, J¥;Iidsummer lVight's Dreamにおいてもみられる.

Cf.C.S. Lewis, The Allegory of Love, A Study in l¥fledieval Tradtion(A  Galaxy Book; New York: Oxforcl University Press, 1958), p.  12. 

J.S.  Symonds Danteの作品にみられる愛を theidealization of young 

and spiritual  love"  といっている Cf.J. A.  Symonds The Poetry of  Chivalrous Love," AπIntroduction to the Study of D te(Lonclon:  Aclam 

Charles Black, 1906), pp.  252‑288 

(21)

20  Romeo and Julietにおける「愛」

9 この意味でJohnVyvyanの次のことばは示唆深い. Romeois  now in a  state that corresponds, but is  not identical with that of Dante at the open.  ing of  the Vita  Nuo叩 "CJohn  Vyvyan, Shakespeare and "the  Rose  of  Love, A S;仰の ofthe Eaゆ Playsin Relation to the l'Aedieval Philosophy  of Lo (London:Chatto and Windus, 1960), p.  152). 

9)  Arthur Brookeのnarrativepoemに関しては ArthurBrooke, Romeus and  Juliet, ed.  J.J.  Munro (London: Chatto and Windus, 1908)  を参照した.

又本文中のヲ聞もこの本に拠った.尚 Olin.H. Moore, The Legend of Romeo  and Juliet  (Columbus; The Ohio State University Press, 1950)source 研究,特に BrookeとShakesp巴areの差異についての研究はきわめて instruc tiveである.

lゆ S.T. Coleridge, Essays and Lectures on Shakespeare and Some Other Old  Poets and Dramatists (London;  J.M. Dent Sons, 1926), p.  103.  11) Juliet's Nurse is  her confidante as well as a go.between until the Nurse 

proves false to  Romeo in trying to  persuade Juliet to  marry Paris." C'Vil.  liam G. Meader, Courtship in Shakespeare: its  Relation  to the  Tradition  of Courtly Love (New York: Columbia University, 1954), p.  132.)  12)  Brook巴では NurseはJulietに Parisの lawfulwedded wife"となり,

Romeoを paramour"とせよと教える.そして,それにつづいてBrookeは But greatlydid these wicked words thlady'smind dis.ease;  But aye she hid her wrath, and seemed well content, 

W hndaily did the naughty nurse new arguments, invent." (11. 2310‑

2312)といった風で、ある.

13)  J ohn Erskin巴はこの劇には三つの contrasts‑‑love vs.  hate, youth vs  age, courtesy vs.  vulgaritry‑一ーがあるといっている.(J.  Erskine, Romeo  and Juliet,"  Shakespeaア ゼ 仰 Studies,ed.  Brander  Matthews  and  A. H. 

Thorndike (New Y ork:  Russell and Russell, 1962), p.  219.) 

I Laurence観の相違についての説明は E.C. Pettet, Shakeeare and the  Romance Traditi・仰, pp.  118‑120に詳しい.又最近 Laurenceを論じたもの RobrtO.  Evans, The  Osier  Cage:  Rhetorical  Devices in Romeo and  Juliet  (Lexington, Univ巴rsityof  Kentucky Press, 1966)がある.

15)  この madlovers説を Elizab巴thanpsychologyを援用して証拠づけるもの F.M.Dickey, Not WiseらIBut Too Well: Shakeeare'sLove Tragedzes  (California:  Hutchington Library, 1957)があり,魅力的な分析であるが,

多くの心理分析批評が陥るように作品の中の劇的必然性を無視し,悲劇として

(22)

Romeo and Julietにおける「愛」

の健全な見方を失っている.

16)  Brooke, lxvi.  1i)  Cf.  Note. 13 

21 

18)  Brookeでは joyfultears ran down the cheelsof  this gray‑beard sire.f  With hands and eyes heaved up he thanks God in  his  heart,"  (11. 2244‑

2245)とまったく気弱な半面をもみせている.

19)  E. E.  Stoll, Art and Artifice in Shakespeare  (London;  Methuen, Uni‑

versity Press Paperbacks, 1963), p. 2. 

参照

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