保育の質向上に向けた園内研修の2事例
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ICT による研修支援に向けて ──
音 山 若 穂・井 上 孝 之・上 村 裕 樹
Two Cases of In-Center Training
for Childcare Quality Improvement
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Focusing on Training Support by ICT ──
Wakaho OTOYAMA, Takayuki INOUE and Hiroki UEMURA
群馬大学共同教育学部紀要 人文・社会科学編 第70巻 229―239頁 2021 別刷
保育の質向上に向けた園内研修の 2 事例
── ICT による研修支援に向けて ――
音 山 若 穂1)・井 上 孝 之2)・上 村 裕 樹3) 1)群馬大学大学院教育学研究科教育実践高度化専攻 2)岩手県立大学社会福祉学部 3)聖和学園短期大学保育学科 (2020年9月30日受理)Two Cases of In-Center Training
for Childcare Quality Improvement
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Focusing on Training Support by ICT ──
Wakaho OTOYAMA
1), Takayuki INOUE
2)and Hiroki UEMURA
3)1)Department of Advanced Educational Practice, Graduate School of Education, Gunma University 2)Faculty of Social Welfare, Iwate Prefectural University
3)Department of Early Child Care and Education, Seiwa Gakuen College (Accepted on September 30th, 2020)
問 題
幼稚園や保育所等における保育・教育の質の向上 を図る上で、保育者の研修は欠かせない。特に日々 の自園での保育活動を反省的に振り返り、省察力を 高めたり、実際に保育の改善に繋げたりすることを 目的とした園内研修については、これまで様々な実 践が行われている。近年では全ての保育者が主体的 に参加し、意見を出合う研修への関心が高く、研修 を有効に行うための方法やファシリテーションも多 く提案されている(e.g., 大豆生田ら,2020;境ら, 2018; 中 坪,2018; 那 須 ら,2016; 秋 田・ 松 山, 2011;岡,2013)。 一方で、こうした対話型の園内研修については課 題も指摘されている。例えば、園内研修の工夫点や 課題についての調査結果(鈴木ら,2019)によれば、 保育の記録や写真、エピソード等をもとに子どもの 理解を中心とした研修や、全員参加ができるような 工夫や配慮が行われている一方で、時間の確保、全 員参加の困難さ、若手が意見を言いやすい雰囲気、 といった課題もあることが示された。どのような園 内研修を望むかという問いに「ビデオや写真をもと に語り合うこと」が挙げられるなど、単に話し合う だけではなく機材の活用も課題となりうることが示 唆された。 また、研修担当教員を対象とした調査(中橋・橋 本,2016)でも、研修時間の確保が困難なため園内 研修を行っていない園があること、また、全教員が 主体的に参加できるように意見を言いやすい環境作 りや話合いの可視化などの工夫をしていること、経 験年数等に関係なく話し合える研修を望む一方で、 実際には管理職や主任が主導しており、研修担当教 員や役職のない教員が自ら計画し進行する研修を行 う園は少数であることが示されている。 さらに、“専門性の向上が運営上の課題”と園長 が認識している園と、そうでない園との比較を行っ 群馬大学共同教育学部紀要 人文・社会科学編 第70 巻 229―239 頁 2021 229た野崎(2019)によれば、専門性の向上を課題とし ない園では、研修推進上の課題として研修時間の確 保を挙げる割合が多く、研修内容や進め方を挙げる 割合は低いのに対して、専門性の向上を課題とする 園では、研修推進上の課題に研修内容や進め方を挙 げる割合が高いことが示され、同時に、研修の内容 や進め方の工夫改善に取り組む割合も高いことが示 されている。 このように、園内研修においては、研修時間の確 保や全員の参画、機材の活用などが課題である一方 で、意見を言いやすい雰囲気づくりや、研修の方法 や進め方についても一般的に園の課題となっている ことが分かる。 ところで、このような課題のいくつかは、保育 ICT(井上ら,2020)の活用によってその解決が期 待できるものと思われる。そもそも時間的な効率化 や、ビデオや写真の活用、話合いの可視化といった ことについてはICTと親和性が高く、また、意見 を言いやすい雰囲気づくりといった職員間のコミュ ニケーションについての課題についても、コミュニ ケーションツールの活用によって支援できる可能性 がある。 保育におけるICTの活用については、内閣府の 子育て安心プラン1)(平成28年)において「保育に 関する計画・記録や保護者との連絡、子どもの登降 園管理等の業務をICT化」する方針が示されて以降、 導入が進んでいるものの、現状では園内の集計や書 類作成などの事務作業、保護者との連絡の業務負担 軽減を目的とした利用が中心となっている。市販の システムのなかには、保育に関する計画・記録につ いて支援するものも見受けられるが、そうした計 画・記録を活用しながら、保育の質向上を目的に行 う園内研修への活用については、実践の蓄積が十分 ではない。そこでこうしたICTを活用した園内研 修の実践について、まずは実証例を積み重ねる必要 がある。 なお、こうした園内研修における課題については、 当然ながら園の実態が大きく影響しており、園に よって何が課題かについてはばらつきが大きい。、 そこでその解決に向けたアプローチも、園の実態を 踏まえることが求められる。保育における課題のほ かにも、園の規模や職員構成といった園の状況や地 域的な実態も含まれる。加えてこれまでの園内研修 の実績や研修に対する職員の慣れ具合もあるであろ うし、野崎(2019)が示すように園長や、加えて職 員の課題意識など、多くの要因が関係するものと思 われる。一般的に園の課題とされることであっても、 一つ一つの園の実態と合わせて捉える必要があるの である。 例えば、研修時間の確保が難しいという点につい て考えてみる。保育の質向上への動機づけが低い園 であって研修の優先順位を低く考えているといった ケースもあれば、保育の質向上への動機づけは高く 研修の優先順位は高いが、多忙なためその時間が取 れないといったケースもあるだろう。また、研修に ついても、職員が集まって話し合う場としてだけ捉 えられているケースもあれば、、研修本体以外の時間、 例えば資料の作成や報告書等の執筆時間、ビデオや 写真を活用した研修であればそれらの準備の時間ま で総合的に捉えられているケースもあるだろう。つ まり単に研修時間の確保といっても課題は一律でな く、解決へのアプローチも異なることが考えられる。 また、意見を言いやすい雰囲気づくりについても、 例えば、職員間にお互いに気軽に話し合える風土が ないのか、管理職主導の傾向が強いのか、あるいは 業務に追われそもそも職員間のコミュニケーション 機会が少ないのかによって、解決へのアプローチは 異なるであろう。そこで、保育の質向上に向けた園 内研修について検討する際には、園の実態を把握し た上で、その実態に合わせたアプローチを提案し、 実践的に検討を行うことが求められる。 そこで本研究では、予備的な研究として、実態の 異なる2つの園を取り上げ、年間を通じた園内研修 の介入を行ない、園の実態を踏まえた園内研修の事 例を示すことと、それぞれの園の研修において、ど のようなポイントにICTの支援が期待されるのか を検討することとした。本研究を含めた最終目的は、 園内研修におけるICTの活用に焦点を当て、研修 の質の向上と、効率化を目指した園内研修支援シス テムを開発し、実際に研修に活用してその有効性を
実証することである。
事例1
方 法 1)実践園 A幼稚園。ある中核市の中心部に位置する市立幼 稚園で、年少3クラス、年中2クラス、年長2クラ スからなる。 2)実践期間 2019年4月~2020年3月 3)園の実態 研修主題は「自分から環境に関わり、工夫して遊 ぶ幼児の育成~4つの環境の要素(人的、物的、時 間的、空間的)に着目して~」であった。研修主題 は、職員(園長、副園長、担任)が園や幼児の実態 について話し合い、そこで共通理解された課題をも とに、市の幼児教育充実指針2)、園の教育目標(心 身ともに健やかで主体的に生活する子どもを育成す る)や目指す幼児像と重ね合わせて決められた。な お、この前年度には「幼児期の終わりまでに育って ほしい姿」(10の姿)と保育を関連付けた研修を 行ってきており、4つの環境の要素は、「10の姿」 に代わるものである。 この園では、以前から各回順番で担任が自らのク ラスにおける保育の事例を発表し、その事例をもと に全員で話し合う研修が行われてきた。職員も事例 検討の進め方には慣れており、気軽に感想や意見を 言い合える雰囲気が出来上がっていて、事例検討で も活発な意見交換がみられている。 研修は7名の担任に園長、副園長を加えた9名で 進められた。指導助言は園長や副園長が行ない、一 部の回については、市の幼児教育センターの職員な ど外部の助言者も加わった。また、研修記録は年度 ごとに紀要にまとめられてきた。 以上のように本園では、保育の質向上のための園 内研修の体制ができており、職員も研修に慣れてい ることから、研修の運営自体には基本的に支援不要 と認めた。一方で、限られた時間の中で効率的な進 め方をしたい、単なる話合いで終わるのではなく保 育改善に結びつけたい、ねらいや4つの環境要素と 検討内容との関連付けを確実にしたい、特に紀要の 作成にはかなりの労力が割かれるため省力化したい、 といったニーズがあった。 4)実践の内容 前年度までと同様に保育中のエピソードを取り上 げた事例検討を中心とした研修を、1回あたり1時 間半程度行った。従来の進め方に対して、①紀要作 図1 事例検討に用いた模造紙の様式 保育の質向上に向けた園内研修の2 事例 231成を含む研修全般についての効率化と、②ねらいや 環境要素との関連付け、③保育改善への結びつき、 の3点について介入を行った。 結 果 1)効率化 事例の発表には写真を用いた。写真を用いた園内 研修手法はいくつか提案されている(e.g., 瀧川, 2016)が、今回は写真から得た情報だけで保育場面 や子どもの内面などを推測し語り合うのではなく、 写真はエピソード理解と効率化のための手段であっ て、あくまで発表者(担任)が語るエピソードを中 心に、写っていない普段の様子なども含めて語って もらうようにした。 発表者は写真1~3枚とそのエピソードの概要、 その時の保育者の思いや意図の概要をA4紙1枚に まとめ、前日に参加者に印刷配布した。この資料は、 のちに紀要としてまとめる際に、保育場面を紹介す る原稿としても使われた(図3)。 研修当日には、発表者による事例概要の説明の後、 拡大した写真を貼りつけた模造紙を全員で囲み、「場 面の読み取り」「幼児の思い」「教師の思い」「支援」 図2 検討中の模造紙の例 図3 事例のまとめの様式
について気づいたことを付箋に書き、模造紙上に貼 りつけた。その後は自由に話し合いを進め、気づい たことを模造紙に自由に書き込んだ(図1、図2)。 この模造紙は、のちに紀要としてまとめる際に、事 例検討の内容を紹介する原稿にも使われた。 2)ねらいや環境要素との関連付け 「人的」「物的」「空間的」「時間的」シールを用意 し、模造紙を囲んで話合いをしている最中に、付箋 に書かれた内容と紐づけられる要素のシールを自由 に貼り付けてもらった。「いいね」シールも用意し、 ねらいに迫ったコメントや、共感できるコメントに 貼り付けてもらった。 また、後述する「今後に向けて」の文章には、そ こに示す考察や今後の取組に、関連する要素をそれ ぞれ明記するようにした(図3の④)。 3)保育改善への結びつき 事例発表した担任には、次回の研修の前半で、そ の事例の後日談を報告してもらうこととした。話合 いで出された気づきや支援の方法を、自らの保育に 反映させてみて、その後どのような結果となったの かについて発表してもらった。発表の際には、前回 の研修で作られた模造紙を示しておき、前回の検討 内容を容易に振り返られるようにした。 この時の報告の内容や、この時に用いられた発表 用の資料は、のちに紀要としてまとめる際に「今後 に向けて」の欄の原稿として使われた。この「今後 に向けて」は、事例発表から後日談までの保育の変 化や、子どもの様子、そして後日談以降の保育の見 通しが含まれた。 考 察 1)実践の成果 もとより本園では、活発に意見交換する雰囲気が あり、会話がはずみ盛り上がることも多い。写真や 模造紙、付箋やシールを活用することで、話し合い を可視化し記録や紀要へのまとめを容易にするだけ ではなく、話し合いの最中にも、話し合いの方向性 を定めやすくし、ねらいや要素との関連付けを容易 にすることができた。また書かれた内容を説明する ことで、表面的なコメントや漠然とした誉め言葉に とどまることなく、自らの考えや意見を忌憚なく表 すことができているとも思われる。 研修は準備や当日の進行を含め、研修主任が主導 する形で行われた。研修主任には、特に決められた 研修方法があるわけではなく、研修に参加する保育 者たちが取組やすい進め方をしていいこと、できる だけ負担を少なく効率的な進め方にしていきたいこ と、そして何よりも自分たちで楽しめる研修にした いことを伝え、あとは研修主任にお任せした。図1 の様式例も研修主任が書いたもので、研修中には掲 示されているものである。 研修主任が欠席した回には、他の職員が進行役と なった。日頃の研修のけん引役である主任が不在で あっても支障なく研修が進められたのは、進め方の 枠組みや話合いの仕方が職員間で共有され、協同の 関係が作られてきた成果であるとも言えよう。 2)今後の課題 以上のように、研修の効率化、ねらいや環境要素 との関連付け、保育改善への結びつきを意識した実 践を進め一定の効果を認めたが、主に次の4つの課 題が残ることが分かった。 第1に、写真を活用することで発表準備が省力化 でき、エピソードも分かりやすく伝えることができ るが、写真を撮影してから発表用資料にまとめるま でが面倒で、保育者の負担が大きいことである。画 像の管理と、エピソード記述の文章とを紐づけする ことにも課題があり、配布資料を作るまでにかなり の手間となることも分かった。 第2に、研修で用いた資料の2次利用についても 課題があることが分かった。例えば過去の事例を ファイルにして検索したり、事例のファイルを活用 して園だよりや、別の資料等にまとめたりしたくて も、現状では話合いの様子はテキスト化されていな いなど、改めてファイルを作り直す手間が生じてし まっていた。 第3に、全員が一同に会して研修を行える時間が 限られており、また外部の指導助言者との日程調整 も難しいという点である。この園では比較的専門性 の高い事例検討が行われているために、外部の助言 者に対する園の期待は大きく、前年度までは市の事 保育の質向上に向けた園内研修の2 事例 233
業の一環として定期的に外部から助言者を招いて研 修を進めてきたという経緯があった。本年度は市の 事業変更により定期的な招聘が難しくなり、助言者 の確保は課題となっていた。これについては、全員 が集まらなくても、各自都合のつく時間帯で事例検 討に取り組めたり、チャットのような形でコメント の交換をしたり、遠隔で指導助言を行ったりできれ ば、より充実した検討を行うことができると考えら れる。 以上3つについては、いずれも情報の管理や共有 についての課題であり、ICTによる支援が有効であ ると考えられる。本園では、①写真と文章からなる 保育記録を入力し編集できるインタフェース、②保 育記録のデータベース化と全職員が共有できる仕組 み、③随時のコメント交換が行える掲示板やチャッ ト機能、が実装されることにより課題の解決が期待 できるものと考えられる。 ところが、この園では情報セキュリティに関する 市の方針により、インターネットの利用における制 約が厳しく、基本的に保育中の写真などをクラウド にアップロードしたり、スマートフォンで情報をや り取りしたりすることができない。園内のWi-Fi環 境も無いため、担任が持つ端末を含む各種機器を接 続する環境を整備するところから始めなければなら ないことも分かった。これが第4の課題である。
事例2
方 法 1)実践園 Bこども園。ある地方の小規模市にある、私立の 幼保連携型認定こども園。3歳未満児の園舎(未満 児園舎)と、3歳以上児の園舎(以上児園舎)とが あり、隣接した敷地に建っている。未満児園舎は0 歳~2歳までの3つの保育室に計11名の担任、以 上児園舎は年少・年中・年長各2つの保育室に計6 名の担任からなる。研修は、未満児では11名の担 任に主任・副主任を加え13名、以上児では担任6 名に主任・副主任を合わせた8名で行った。 2)実践期間 2018年12月~2020年2月 3)園の実態 本園では、専門性の向上が園の課題の一つとして、 園長はじめ個々の職員に共通認識されている。また、 日々の保育を振り返って保育の質向上に繋げたいと いう保育者の思いも強く、日頃から職員同士がそれ ぞれの保育や子どもの様子について話し合っており、 情報も共有されている。外部から講師を招き助言を 受けたり、園外研修へ参加したりすることにも積極 的であり、それをもとに保育を改善したいという意 欲もある。 このように、保育者同士の学び合いは実質的には 行われていると見受けられるが、園内研修としての 組織的な取組という形にはなっておらず、また何に 取り組んだらよいのかについて保育者に戸惑いも見 られた。研修紀要の作成も行われていなかった。 さらに、本園は以上児園舎と未満児園舎が別の敷 地にあり、合同での研修には不便があった。また、 他の多くの園と同様に本園においても、研修時間の 確保は課題であった。研修支援を目的としたICT の導入もなされておらず、研修の効率化も待たれて いる状況であった。また、小規模市にあり近隣に養 成校もないため、研修に外部の助言者を招聘するこ とにも不便であった。 表1 両園舎における園内研修の内容 研修回 以上児園舎 未満児園舎 1~4 (全体)課題の発見、個人テーマの検討事例発表や研究の進め方 5~7 事例発表1回目(1回2名×3) 事例発表1回目 8~10 発表2回目(1回2名×3) 発表2回目 11~13 発表3回目(1回2名×3) 発表3回目 14 (全体)振り返り、研究のまとめ方、レポート(報告書)の書き方4)実践の内容 保育中のエピソードを取り上げた事例検討を中心 とした。研修は月に1~2回、1時間程度の研修を 14回行った。発表は持ち回りで、年度内に1人あ たり3回の発表を行った。テーマの検討、研究の進 め方、進捗状況の確認、最終的なまとめ方の打ち合 わせについては、両園舎合同で行ない、事例検討に ついては園舎ごとに進めることとした(表1)。そ の上で、①個人テーマの設定と、②話し合いと記録 の可視化の2つに介入を行った。 結 果 1)個人テーマの設定 まず、園や自らの保育についてどのような課題が あるのか、園内研修としてどのようなテーマが適当 かを挙げてもらったところ、さまざまな課題やテー マが挙げられた。次に挙げられた内容を俯瞰したと ころ、以上児園舎では広い意味での「環境」で括ら れることが見いだされたため、全体テーマとしてお おまかに「環境」を置き、加えて具体的なテーマを 担任ごとに設定することにした。個人テーマは、5 歳児は「探究心を支える保育」「主体性を育む保育」、 4歳児は「自然(戸外)遊びの中で育まれる子ども の育ち」「子どもの心に寄り添った関わり」、3歳児 は「好きな遊びを見つけよう」「存分に遊び込む保 育」であった。 未満児園舎では、「子どもの心(姿、育ち)を読 み取る」ことの大切さについては、職員間で共有さ れていたが、子どもの理解自体への視点と、環境作 りや言葉かけを含め子どもへの働きかけへの視点と に大きく2つに分かれる結果となった。そこであえ て統一のテーマは作らず、個人の視点や着想を尊重 して、それぞれのテーマで検討を進めることとした。 個人テーマは「子どもの姿を通した遊びの環境」 「保育室の環境・コーナー設定の仕方、作り方」「主 体性を尊重した保育」「子どもの姿の読み取り」「存 分に遊び込む保育」「やってみたい、試してみたい 遊びの環境」「育ちを意識した言葉かけ」等であっ た。 2)可視化・効率化 事例紹介、話し合い、まとめの一連の過程の可視 化を意識した。報告内容はあらかじめ事前資料にま 図4 検討経過を示した模造紙例 保育の質向上に向けた園内研修の2 事例 235
とめた上で、以上児園舎では模造紙に貼り付け(図 4:①)、未満児園舎ではポートフォリオ形式でファ イリングし、いつでも見返せるようにした。2回目 以降の発表時には冒頭で、前回の検討内容のまとめ (図4:②)を確認した上で、その後の保育などに ついて報告を行った。 報告された内容について、全員が「自分だったら」 という視点を含めて保育を振り返り、気づいたこと を付箋やホワイトボードに書いて、全員で見渡して 共有した。また、これらについても写真を撮り、記 録に残した(図4:③)。さらにこうした記録をレ ビューし、気づいたことやアイデアなどは、自由に 書き込むようにした。 それぞれが3回にわたる発表を終えた回では、そ れぞれの実践についての反省とまとめを書いてもら い、それを全員で見渡しながらコメントを出し合っ た。この際、優れている点や良い点、真似したいと 思うこと、「10の姿」に関連づけられる点などを自 由に書き込んだ(図5) 最終回の研修後のアンケート結果では、研修の取 り組みやすさや、発表の準備やまとめの作業の負担 感についてはばらつきがみられたが、全体としては おおむね満足したという結果が得られた(表2)。 また、「自分の気付かなかった考え方を知ることが 表2 職員を対象とした事後アンケートの結果 Q1.今年度の研修の進め方について n 5.取り組みやすかった 4 4.やや取り組みやすかった 7 3.どちらともいえない 3 2.取り組みがやや難しかった 6 1.取り組みが難しかった 0 Q2.発表の準備やまとめの作業について n 5.全く負担は感じなかった 0 4.あまり負担は感じなかった 5 3.どちらともいえない/よくわからない 6 2.しばしば負担を感じていた 9 1.常に負担を感じていた 0 Q3.研修(事例発表や話し合い)の時間について n 5.短かった(時間が足りなかった) 1 4.やや短かった(時間がやや足りなかった) 5 3.ちょうどよい/どちらともいえない 14 2.やや長かった(やや時間が余るほどだった) 0 1.長かった(時間が余るほどだった) 0 Q4.今年度の研修について、どのくらい満足でき ましたか n 5.満足できた 2 4.やや満足できた 14 3.どちらともいえない 3 2.やや不満が残った 1 1.不満が残った 0 図5 検討後の模造紙例
できた」「人はいろいろな考え方を持っているとい うことを、実感できた」「自分が経験していない出 来事や状況を知ることができた」「自分自身につい て見つめ直すことができた」という感想が多くみら れた(表3)。 考 察 1)実践の成果 本事例では、「個人テーマの設定」と「話し合い と記録の可視化・効率化」を手立てとして、全ての 保育者が積極的に参加し、共に主体的に学ぶことを 意図した研修を試みた。 ⑴ 「個人テーマの設定」 一般に研修主題は、園の理念や保育目標、の時々 の課題をもとに選ぶことが多い。これには園の方針 を保育者に浸透させるという組織マネジメント上の 利点、焦点を絞った話し合いができ、研修の進み具 合や成果を把握しやすいという利点が考えられる。 反面、統一の主題の下では一人一人の研修ニーズ が必ずしも満たされるとは限らず、個人の課題解決 に結びつき難いこともある。自ら抱える課題と一致 しない主題では、自らの保育の見直しにも繋がらず、 参加意欲が高まらない懸念もある。そこで本実践で は年度当初に、担任にこれまでの自分の保育を振り 返り、自ら課題を設定してもらい、その課題の解決 に向けた取り組みを、年間を通じて進めることとし た。 一人一人が異なるテーマを持つ点では、いわゆる “一人一研究”に近い。しかし本研究では一人一人 が孤立的に研究を進めるのではなく、各人のテーマ を全員が把握し、全員で検討を進めるという点が異 なる。発表者は個人テーマを踏まえて自らの保育の 事例を紹介し、それを全員で検討し、今後の保育に ついての見通しを立てる。担任はその見通しに沿っ た保育を実践し、次回の発表の際にはその結果を全 員で振り返るという流れを繰り返した。これにより、 自らの課題に直結した研修が、担任一人一人につい て保障されることが期待された。 事例検討の経過からはそれぞれの職員の熱心な取 り組みを見て取ることが出来、各自の関心や課題に 合ったテーマを設け、年間を通じて継続的に保育の 振り返りを行うことで、積極性や主体性を引き出す ことができたと思われる。テーマ設定やまとめ方に 難しさを感じつつも、個人テーマを設定した研修を 全体としては肯定的に受け止められたと言えるだろ う。少なくとも、この1年間の実践は、新たな研修 を実践することのスタートアップとしては有意義で あったと思われる。 表3 職員を対象とした事後アンケートの結果(2) Q. 研修を振り返って、どのように感じていますか 5 よくあてはまる 4ややあてはまる 3どちらとも言えない 2 あまりあてはまらない 1 あてはまらない 1 普段あまり話せない先生方と、じっくり話をすることができた 3 9 4 3 1 2 自分の話を多くの先生に聞いてもらえた 3 9 5 2 1 3 自由に話をすることができた 4 13 1 2 0 4 自分の気付かなかった考え方を知ることができた 13 7 0 0 0 5 人はいろいろな考え方を持っているということを、実感できた 15 5 0 0 0 6 自分が経験していない出来事や状況を知ることができた 12 7 1 0 0 7 自分の経験に対して、違った見方を得ることができた 8 11 1 0 0 8 自分自身について見つめ直すことができた 12 7 1 0 0 9 ふだんは話せない自分の考えや意見を、話すことができた 0 16 4 0 0 10 学年や担当に関わらず、会話をすることができた 3 9 3 4 1 保育の質向上に向けた園内研修の2 事例 237
⑵ 話し合いと記録の可視化・効率化 本研究では担任の数だけテーマを設けるため、そ れぞれ話し合う時間が掛かり冗長なことと、ともす るとお互いのテーマの把握があいまいになり、省察 が深まらないことも予想された。 そのため個々のテーマごとにその進捗状況を含め た可視化を意識し、どのような取組がどこまで進ん でいるのかが一目で分かるようにし、話し合いにお いても常にそれを見ながら進めた。これによって、 2回目以降の発表時にはテーマや進捗状況を短時間 で再確認することができ、理解不足から単なる感想 の言い合いにとどまってしまうことを防ぐことがで きた。また、写真やホワイトボード、模造紙や付箋 を活用することで、できるだけ資料作成の手順を省 力化し、担任自身の負担にならない形で記録を作成 できた。研修後の感想においても「人はいろいろな 考え方を持っているということを、実感できた」な ど参加型研修の利点が実感されており、一定の成果 があったと考えられる。 2)今後の課題 第1に、なお一層の効率化である。今回は可能な 限り効率化の工夫を行ったが、発表の文章を書いた り、レポートにまとめたりする作業に時間がかかり、 依然として「しばしば負担」となり、研修の時間に ついて物足りないとの感想を持った職員もみられた。 本事例では個人ごとにテーマが異なるために、資料 作成やまとめは基本的に個人作業となり、何度も発 表する場合には負担が大きい。保育中のエピソード や気づきをいかに記録し、効率的に整理して資料に まとめるかについては今後の課題として残ったと言 えるであろう。自らの研修テーマについての実践記 録と保育記録を重ね合わせたり、お互いの実践記録 を随時参照できる機能を持つ支援システムがあれば、 資料の作成も容易になり、また何をどのようにまと めたらよいのかも見当がついて、負担感を減らすこ とに繋がると思われる。 第2に、両園舎合同での研修の機会が持ち難い、 外部の助言者を招聘することに不便がある、という 課題も依然として残されている。これらについては、 遠隔会議システムで両園舎を繋ぐことが考えられる だろう。その際にポイントとなるのは、事例の情報 の共有であろう。研修での助言にあたっては、事例 の場面の理解に加えて、実際に園の保育や子どもの 様子を見て実態をよく理解することが求められるが、 その点を遠隔でのシステムでどのように実現するか が課題となると思われる。
まとめ
本研究では実態の異なる2つの園の園内研修を取 り上げたが、いずれも、①事例となる保育場面を研 修資料としてまとめること、②研修記録を整理し管 理すること、の2点は共通して課題となっているこ とが分かった。これらは、保育のICT化における「保 育に関する計画・記録」の部分に一部関連するもの であるが、保育の計画や記録と合わせて、研修の準 備や記録についてもICTによる支援が考えられる であろう。 また、研修時間の確保や、外部の助言者の招聘や 日程調整についての課題も共通していた。これにつ いては、事例や、園での保育や子どもの様子につい ての情報を共有できる仕組みを備えたうえで、遠隔 会議システムの導入が考えられるであろう。この点 についても、ICTによる支援が期待されると言える。 文献 秋田喜代美・松山益代 2011 参加型園内研修のすすめ~学 び合いの「場づくり」,ぎょうせい. 井上孝之・上村裕樹・音山若穂 2020 保育の質向上と保育 者の負担軽減のための保育ICT の活用と展望,日本保 育学会第73 回大会発表論文集,P-A-9-14,p.247. 那須信樹・矢藤誠慈郎 2016 「手がるに園内研修メイキン グ」わかば社. 中橋美穂・橋本祐子 2016 幼稚園における園内研修の実態 に 関 す る 研 究, 関 西 学 院 大 学 教 育 学 論 究,8,157 ─ 164. 中坪史典 2018 保育を語り合う「協働型」園内研修のすす め:組織の活性化と専門性の向上に向けて,中央法規出 版.野崎司春 2019 園内研修の実態と園長の認識との関連につ いて:園長への質問紙調査を通して 帯広大谷短期大学 紀要,56,1 ─ 8. 岡健 2013 園内研修が活性化する 3 つのポイント「これか らの幼児教育」ベネッセ教育総合研究所. 鈴木正敏・淀川裕美・箕輪潤子・他 2019 園内研修の課題 と工夫,方向性に関する研究:管理職と職員の回答から の検討,兵庫教育大学研究紀要,55,133 ─ 140. 大豆生田啓友,高嶋景子,三谷大紀 2020 「語り合い」で 保育が変わる- 子ども主体の保育をデザインする研修事 例集 学研プラス 境愛一郎・濱名潔・保木井啓史,他 2018 質的アプローチ が拓く「協働型」園内研修をデザインする:保育者が育 ち合うツールとしてのKJ 法と TEM,ミネルヴァ書房 瀧川光治 2016 写真を活用した保育の振り返りと 園内研 修の手法の提案 ―アクティブ・ラーニング型園内研修 の1 つとして―,大阪総合保育大学紀要,10,287 ─ 298. 注 1)内閣府 子育て安心プラン(平成 28 年 3 月 28 日) http://www.kantei.go.jp/jp/headline/taikijido/(2020/9/14 確 認) 2)幼児教育充実指針 https://www.city.maebashi.gunma.jp/ soshiki/kyoiku/sogokyoikupuraza/gyomu/22975.html (2020/9/14 確認) 本研究は、2018 年度(公財)電気通信普及財団研究調査 助成(「保育業務軽減のためのICT の活用」研究代表・上村 裕樹)、令和元年度岩手県立大学雇用創出研究事業(ICT を 活用した保育の質向上のためのアプリケーション開発」研究 代表・井上孝之)、JSPS 科研費(16K00740)の助成を受けた。 本研究の事例の一部は日本保育学会第73 回大会で発表した ものに加筆、再構成したものである。本研究は園長の承諾の もと、必要な倫理的配慮がなされた上で行われた。 謝辞 本研究では、岩手県立大学ソフトウェア情報学部の佐々木 淳先生、佐々木研究室の中井映見さん、小原貴生さん、山鹿 高明さんから貴重なご助言を頂きました。また、2 園の園長 先生をはじめ園の先生方には多大なご協力を頂きました。こ こに深く感謝します。 保育の質向上に向けた園内研修の2 事例 239