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1.はじめに  英語音素の側音(lateral) /l/ には 2 種類の異音(allophone)があり、前後にどのような分節が来 るか、その環境によって振り分けられる2大音声特徴である。この二つの異音は、聴覚印象の相違か ら一般的に「明るい(clear/light)L」「暗い(dark)L」という名称が用いられる。音素表記は /l/ に統一されてはいるが、現実に異音として生じる音は、大きく異なる音色をもつと同時に、生じる位 置に関して相補分布を示していることもあり、音素か異音かという議論さえもある。  本稿では、2 - 8 でこの二つの異音について調音・音響レベルで相違点や現在進行中と言われる暗 いLの母音化を詳細に検討するとともに、9 - 10 では母音化した暗い L の音声指導を中心に指導の あり方や考え方について考察する。前半で特に重要となる舌面の動きについて、これまで行なわれて きた様々な実験音声学的データ(注1)を概観しながら、主に調音的側面からの考察を行なう。また社 会音声学の立場からも /l/ の母音化を考え、発音に関する社会的評価という観点からもこの現象を精 察する。ドイツ語、スペイン語、ロシア語等の /l/(注 2)のように生じる位置に関わりなく、基本的に 一律の調音が行なわれる言語とは異なり、英語の /l/ の本格的な音声指導では、考察や検討を経た上 での注意深い指導が必要だと考えられるからである。後半では英語のカタカナによる発音表記や指導 が現在基礎レベルで行なわれており、とりわけ暗いLについては「オ」と明確に母音化した音声とし てのカタカナ表記を採用する指導書もある。この点の指導方法の妥当性について、音素習得上の優先 順位などの点から論じる予定である。

The Vocalization of English /l/ and Problems in Teaching Its Pronunciation

今 仲  昌 宏 *

Masahiro IMANAKA

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2./l/ の基本的調音

 /l/ の調音は、Narayanan et al.(1997)の MRI 及び EPG を用いた調査によると、舌先が口腔の 中央線に沿って歯茎ないしは上歯の裏側周辺に接触し、この状態で舌の片側ないし両側部が正中線 (midsagittal line)に向かって収縮し、舌面中央部が縦に凸型に盛り上がるために、舌の片側ないし は両側が降下して左右の歯列および歯茎との間に細長い空隙が生じる。この間隙を有声音が通る際に 生じるのがいわゆる側音であるが、この音声特徴は流音(liquid)とも呼ばれ、/l/ の基本的な調音方 法である。  /l/ には大きく分けて、明るい L と暗い L の二つの変異形があり、互いに相補分布(complementary distribution)または非対立的分布(non-contrastive distribution)を示している。前者が硬口蓋音化 (palatalized)して前舌が上顎に向かってせり上がって上歯茎に接触し、後者は軟口蓋音化(velarized) して後舌が盛り上がるという舌の前後で対照的な位置取りをするとされ、そのために音色の相違が生 じる。  /l/ が分節連続中どのような環境で生起するかの分類は、音節レベル、語境界レベル等も考慮に入 れると、以下の3点に集約することができる。 ⒜母音前(prevocalic) ⒝母音後(postvocalic)または休止前(prepausal) ⒞母音間(intervocalic)(注3)  語レベルの調音においては、⒜の条件下では明るい L になり、⒝ないしは音節主音的子音(syllabic consonant)として音声実現する場合には暗い L になる。実際の発話時にいずれの異音として調音さ れるかの詳細は後述するが、これ以外にも /l/ の前後に来る分節や休止前などの状況によって音色や 音長等の性質が大きく異なる。⒞ではやや⒜に近い状態で明るいLとなる。  一般的な /l/ の調音に関しては、⒜では舌面前部が硬口蓋化し、⒝では舌面後部が軟口蓋化すると いうのが多くみられる音声学的記述である。こうした音色の相違の原因は、舌の先端部の上歯茎への 接触状況や口腔内で占める舌全体の立体的な形状や位置の相違がその中心的な理由である。IPA の 精密表記(narrow transcription[notation])では、この違いを区別するために前者は lead -、後 者は deal - のように下線で示した音声記号(字母)を用いる。一部の方言においては、この音声 的相違がないという指摘(Wells, 1982)があるものの、標準的な発音では米語・英語ともにほとんど の方言に認められる相違である。

 二つの異音は音素レベルでは同一音素として扱われている。しかし現実の音声や調音実態などから

は、生理学的にも大きく異なる性質をもった音声と捉える必要がある。(注4)また子供の音韻習得過程

においては、別々に習得した運動パターンを形成しているという報告もある(Giles & Moll, 1975)。別々 の音素と捉えるかどうかの問題は本稿の目的ではないので深くは立ち入らないが、音韻論上の重要課 題(Halle & Mohanan, 1985)であることは論を俟たない。ある音素の異音的な違いというのは通常 狭い範囲にとどまることが多いのが普通である(Sproat & Fujimura, 1993; Wells, 1982)。

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3.二つの異音の調音・音響上の特徴

 Sproat & Fujimura (1993)は、X線ミクロ放射線システム(X-ray microbeam system)を用いた 調査でこの二つの異音を比較し、次の三つの特徴にまとめている。 ⒟ 暗い L は明るい L に比して、舌全体の後部への引き込み(retraction)および下降動作が強 く表れる。 ⒠ 明るい L は1)舌の中央部の下降に対し、2)舌先の上昇が先行する。一方暗い L は2)より1) が先行する。(注5) ⒡ 調音時間については、明るい L は短いのに対して、暗い L は長くなる傾向がある。(注 8 参照)  この中で舌の動作に関わる⒟ , ⒠の傾向をまとめると、二つの L の調音は舌の動作が相反する方向 に作用していることがわかる。両者に共通する点は、1)舌先が上歯茎に向かう伸長動作、2)舌背 部(dorsal)の後方への引き込みならびに下降動作である。ただ明るいLでは 1)の動作が主となり、 2)の動作は弱い。暗いLでは 1)の動作は副次的な範囲にとどまり、2)の動作が中心となる。こ のように舌端と舌背に分かれて二つの調音動作が同時に行なわれるが、舌という器官は一体化してい るので、綱引きするように二つの動作レベルが、強―弱、弱―強というように強弱のバランスを取る 形になっていることが、両者の違いを分けている原因の一つだと考えられる。  暗いLでは舌先と上歯茎の接触動作が弱くなるので、話者や調音状況によって常に接触が起こるわ けではない。後舌全体の後部への引き込みが優先されるため、これにより声道(声帯から口唇まで) の一部、後舌部がいわば管の一ヶ所をくびれさせたような形になる。この際、舌全体が後方へ引き込 まれると同時にやや下降することにより、舌先の接触がやや困難になることと舌先の接触の有無に関 わらず暗いLの音色生成が実現される。  舌自体は伸縮自在に形状を変化させることができる器官だが、舌全体の絶対的な容積自体を変える ことはできないという調査結果(Fujimura & Kakita, 1979)があることから、舌葉の側面を狭める ことなどによって、その収縮した分の体積が舌先の伸長や舌背部の引き込みとなって相殺されると推 論できる。 4.共鳴音としての /l/  弁別素性に基づく分類では、/l/ は共鳴音(sonorant)に分類され、能動的調音器官(active articulator)が受動的調音器官(passive articulator)に対して摩擦等を伴わない距離に位置して有声 にて調音される音である。閉鎖音や破擦音など狭め(constriction)が完全閉鎖という子音性の高い 阻害音(obstruent)に比べると、共鳴音は狭めが緩やかでしかも有声であるために、より母音に近 い性質をもっている。  側音の共鳴音性は、明るい L よりは休止前ならびに母音後に生じる暗いLにその特徴がやや強く 表れているといってよい。共鳴音は閉鎖や摩擦といった子音らしい強い狭めはないものの、舌先と上

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歯茎との接触によって声音が屈曲した空間を通り抜ける際に生じる独特の音色で子音としての特徴が 示されることから、明るい L の方が音響的にも調音的にもやや子音性が高いと判断される。  暗いLは、後舌部が占める位置から音色自体が ,  といった後舌母音に近く調音され、舌背部の 位置や形状が明るいLとは異なるために、母音的傾向が強いものとなる。これは後舌部ないしは舌背 部が軟口蓋に向かって上昇する場合、咽頭部から軟口蓋にかけて声道が狭隘化し、狭くすぼまった空 間ができる。(注6)このため音色が ,  と聴覚上区別が困難なほど類似する。このように両者の明ら かに異なる特徴を捉えて、/l/ の調音を子音的傾向が強い明るい L と母音的傾向が強い暗い L とに二 極化していると考えることが可能である(Gussenhoven & van de Weijer, 1990)。

 この考え方からすると、基本的音節構造を CV 型と仮定した場合、音節頭位には子音(C)、音節 末位は母音(V) が配置される型に奇しくも合致する。すなわち音節頭位ではより子音的な方向に 引きつけられて調音がなされ、音節末位ではその要素が薄められて、母音的方向にシフトした形で

調音が行なわれる(Sproat & Fujimura, 1993)。(注7)EPG, EMA, 超音波検査法等による調査では、

特に唇音化(labialization)を伴った尾子音では母音化が強く観察されている(Wrench & Scobbie, 2003)。(注8) 5.暗いLの母音化  音声学では、暗いLの特徴は舌背部が軟口蓋に向かって上昇するという一般化した記述が、こ れまで比較的多く行なわれてきた。しかし様々な実験的調査を総合すると、後続する母音の舌 面位置により舌背部の動作や到達位置には幅があり、一様ではないことが明らかになった。(注9) 例えば、高後舌母音 ,  が後続する場合は、後続母音の舌面位置の先取りによって、軟口蓋に向 かって上昇する。しかし高前舌母音 ,  が後続する場合はむしろ逆で舌背部は下降するというデー タがある。このように後続母音の舌面位置の先取りによって、舌背部が柔軟に対応しているのである (Sproat & Fujimura, 1993)。(注 10)

 表1のように、/l/ と同器官的(homorganic)となる歯茎音等が後続する場合は、いかなる条件下 でも舌先が歯茎に接触し、/l/ の子音性はほぼ揺るがないが、非同器官的子音の場合には舌先の接触 が必要条件ではなくなるので、被験者により個人差はあるものの、かなりの比率で無接触となるケー スが観察されている(Giles & Molls, 1975)。これは同器官的な分節が連続すれば歯茎との接触は不 可避であるのに対し、非同器官的子音の後続によって調音上、接触の必要性が失われて無接触となれ ば、子音としての側音の特徴は失われ、/l/ ではなく単なる高後舌母音となる。従って被験者の調音 傾向や調音速度の上昇に伴って母音化が引き起こされる確率が高くなることを示している。

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homorganic non-homorganic health  help  melt  elk  belch  self  表1  暗いL()と母音化したLの音色の類似性について、Thomas (2011)による音響分析で、図1 のように左  と右  の周波数スペクトルを比較すると、両者の音響特徴には高い類似性がある。 このように視覚的にみても区別は非常に困難である。わずかに観察される相違は第3フォルマント (F3)の周波数の集中帯が  では薄く(faint)なっているのに対し、 は濃く(robust)出ている 点である。つまり色が濃い方がやや母音的であることを示している。  また母音化した音声を音響的に分析すると、後舌面の位置の微妙な差異や口唇の形によって多少幅 がある(~)点、また F3 に関して  の周波数帯域幅(bandwidth)がより大きいことが指摘で きるとしている。これは帯域幅が  か ~ かの区別に有効であるという(Stevens & Blumstein, 1994)。

図1

6.音節主音性と母音化

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定の環境下で、鼻音などと共に音節主音的子音として音節を形成することがある。RP などの標準的 な発音において、同器官的となる /t/, /d/, /n/ に /l/ が後続する場合、例(1)から(3)のように音 節主音または成節子音として調音される確率が非常に高い。位置条件は休止前だけでなく、語境界 で後続する語の語頭が母音または子音、いずれの場合でもこの現象特有の側面破裂(lateral plosion) または側面解放(lateral release)が生じる。 (1) little  (2) middle  (3) channel   子音としての /l/ が音節主音となるこの現象をみても、/l/ は音節形成可能な母音に近い性質をもっ ていることが確認できる。音節主音としての /l/ がこれまでみた暗い L の例と対照的な点は、音節主 音となった場合、必ず舌先と歯茎との接触があり、側面開放が完全に終了するまで接触が持続すると いう点である。ただし語末の /l/ に後続する語が母音で始まるという環境では、音節主音となる /l/ は(4)のように母音化しやすいという報告もある(Wells, 1982)。 (4) middle  →  (5) bottle ( は発音されるものの音節主音にはならない例) (6) bottle -(母音化により  が完全に欠落した例)  本来ならば音節主音となる例でも、側面解放が起こらないケースもまれにあり、(5)の bottle の 例のように弱母音  が添加される場合と /l/ が完全に失われて(6)のように母音化する例などがあ る。また上記の同器官的な3子音以外の子音が先行する場合は、常に音節主音になるとは限らない。 例えば(7)の people は /p/ が先行するために、両唇音の微弱な破裂が不可避であるという理由から、 /l/ が音節主音にはならずに母音化している。(8)の例は下線部のように通常は母音が挿入されるこ とが多い。

(7) see the people off     (8) people - 7.2母音間の/l/  2母音間の /l/ は、基本的には前後から母音に挟まれる形になるが、同時調音(coarticulation)上 の理由から、/l/ の調音時に後続母音の調音準備が優先されるために、母音前の /l/ の調音に近いも のとなる。本来語末に生じる /l/、すなわち暗い L であっても母音で始まる接辞や語が後続する場合 がある。例えば(9)のように feel に接尾辞 –ing が付加されることにより、本来母音後ないしは休 止前の位置にあった暗い L が母音前の明るい L に近い音色に転換する。

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(9) feel-ing (10) feel it  また、母音で始まる語が後続する場合、例えば(10)の接語的代名詞(clitic pronoun)は、語境 界ではあるものの、常速では連結発音となるので、音声上は(9)の接尾辞添加の場合と同様に明る いLに近い音色となる。 8.調音速度と動作の関係  二つのLはいずれも調音速度の変化と連動して調音動作に差が生じることが明らかになっている。 1)会話レベル(conversational rate)と2)急速レベル(fast rate)という二つの速度差で舌の動 作を比較した Giles & Moll (1975)によれば、母音前に生じる /l/ は、常に舌先が上顎の歯茎付近で 接触があるものの、舌背部の動作について、1)ではいかなる母音が後続する場合でも、基本的に舌 全体の位置は大きく変わらないのに対し、2)では舌先が歯茎に接触する時点ですでに舌背部は後続 母音の舌面位置に移動している。つまり速度の高まりとともに後続音の調音位置への先取りが早く行 なわれる。  母音後に生じる /l/ の場合は、速度に関係なく舌背部の位置はほぼ一定しているが、被験者によっ て1)では舌先の歯茎への接触が行なわれない例が散見される。これは個人語(idiolect)の範疇に 入ると解釈でき、話者により母音化傾向をもつ例である。調音速度が上がり2)になると、1)では 接触がみられた被験者も無接触になるケースが増加する。これは目標の調音位置に到達せずに母音化 現象が生じることを示すもので、5でみたように1)では母音化しない被験者でも調音速度の上昇に つれて母音化する傾向が高まることがみて取れる。つまり発話速度が上がると割り当てられた短い時 間内に調音を完了することが困難になり、舌先が到達点である歯茎に達しない比率も上がることにな る。 9.社会音声学上の /l/ の母音化  スコットランド、イングランド、米国出身者の3集団に対する暗い L の母音化に関する調査で、 被験者による個人差はあるものの、集団全体として体系的に母音化がすすんでいることが確認されて いる(Wrench & Scobbie, 2003; Labov, 2010)。特に休止前の L について、1)分節および音節レベル、 2)句レベル、3)韻律の強さのレベル、いずれの条件下でも一貫して生じる確率が高いという。末 位の /l/ は母音に先行する場合よりも尾子音の位置でより母音化しやすい傾向にあり、尾子音につい てのみの調査では、休止前よりも子音前の方が母音化しやすいことも判明した。さらに、休止前の位 置については /l/ が強音節よりも弱音節にある場合の方が母音化しやすい。このように /l/ の生じる 位置について、細かい点で違いはみられるものの全体としてこれらの集団における尾子音 /l/ の母音 化現象は進行中である。  また暗いLの母音化現象の一つとして、ロンドンにおける階級方言の一部として労働者階級

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(working class)の発音から始まり、変化が認知されるようになったのは 20 世紀に入ってからとい われている。舌先と歯茎の接触を伴う RP の標準的な暗いLと比較して、母音化する方が調音上容易 であるために、大人の発音レベルに達する前の段階の中等学校の生徒が用いる発音として、本来発音 すべきh音を脱落させる(H-Dropping)例と並んで、特に中産階級(middle class)よりも労働者階 級に高い頻度で観察されている。このことから、発音に対して社会的評価が下されやすいイギリスで は教育のある(educated)人の発音とは容認しない傾向がある(Wells, 1982)。/l/ の母音化は発音 の違いを意識する人々にとっては気になる発音であり、教養がない(uncultivated)、ないしは格式 が低い(low prestige)とみなされる点に注目したい。表2に示すように RP で  を用いるすべての 環境で Cockney では  となる。(注 11) R P Cockney milk   shelf   middle    表2  暗い L の母音化は現在も拡大する途上にあるといわれるが、こうした社会言語学上の変化は Milroy & Milroy (1985)が主張するように、ある話者が行なった新しい発音上の試み(speaker innovation)がその話者が所属する集団へ、次にその集団が所属するコミュニティへ、と使用される 範囲や人口が連鎖反応的に拡大することによって、徐々に一般化してゆくと考えられている。英語の 様々な方言に関して、社会音声学(sociophonetics)の分野では、暗いLの母音化が数多く指摘され ている(Ash, 1982; Horvath & Horvath, 2001; Johnson & Britain, 2003)。英語は、他言語にはみられ ない形で方言・変種が世界各地に広く散在しているため、統一した形でこの母音化が普及しているか どうかは不明であるが、現在すでに主要各方言において拡大しつつある。/l/ の母音化が言語の本質 に根ざす変化であるとすれば、いつの日か完全に定着する日が来るかもしれない。 10./l/ の音声指導  英語音声のカタカナ表記に関する記述で暗いLが母音化しているからとして、日本語の「ウ、オ」 での代用を勧めるもの(milk →「ミウク」など)がある。英語音のカタカナ表記が孕む根本的な問題は、 外国語音である英語を日本語表記で示すことにあり、子音、母音ともに音声上の区別には限界がある。 たとえどんなに英語に近い(と思われる)形でカタカナを用いて表記しようとも、運用レベルでの英 語らしさは学習者の英語発音能力に依存せざるを得ない(今仲 2003, 2004)。言い換えると、日本語 音を表すカタカナ表記と英語らしい音声とのギャップをどのように埋めるのかは学習者の発音感覚や 能力に頼る以外にない。(注 12)例えば tell →「テオ」(静 1997:12)と表記した場合、日本語らしい発 音で「テオ」と読んでは英語として理解してもらえないのは明らかで、英語らしい音形で発音されな

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い限り、聴き手による正しい識別は期待できない。学習者が一定レベル以上の音声英語をインプット し、英語らしい音声が発音できる程度に達していないとカタカナ表記を企図した側が期待するような 結果を得ることは難しい。ただし表2の例の比較でみたように、単に音声的に類似しているという点 から、それなりに英語らしく発音できる場合ならば、代用音として使用することは可能であろう。  しかし Cruttenden (2001) が指摘するように、英語母語話者にとって受容しやすい /l/ の調音とは、 必ずしも日本人英語学習者が苦労して二つの異音を発音仕分けることではない。しばしば指摘され るように日本人学習者が日本語のラ行子音を /l/ と /r/ の両方に用いるため、聞き手は区別がつかず に理解に苦労するという点がある。この問題の方が日本人英語学習者にとってはより重大な問題であ り、まず明るい L の習得が最優先課題なのである。また音素論的に子音性の高い明るいLをすべて の位置で発音して理解上全く差し支えないという言及にも注目する必要がある。(注 13)さらに外国人

が little, middle などの歯茎破裂音(alveolar plosive)の後に  の代用として  を用いると子供っ ぽい発音に聞こえるという指摘もある。  別の観点からみると、tell のカタカナ表記は、多くの初級英和辞典で「テル」となっている。これ はいわば英語の綴りをそのままローマ字風に読んだもので、英語母語話者の発音とは差があり、理解 に支障があるであろうが、日本人学習者自身にとっては、英語のスペリングを想起する上では都合が よい。仮に現実の英語音声には「テオ」の方が近いといっても、この表記から英語の綴りを思いうか べることは逆に難しくなる。同様の例として、little について日本語的カタカナ表記の「リトル」と 実際の音声に近いとする「リロ」があるが、いずれにしても学習上の功罪相半ばすることになろう。  拙論(今仲 2000)で詳述したように、英語の分節が生起する頻度数に照らした音素の習得優先順 位から考えると、暗い L の異音は上位に来るわけではない。従って一般の英語学習者にとっては、 この二つの異音を区別できるようにすることよりも他の優先順位の高い音素の習得により多くの時間 をかけることの方が重要である。  暗いLを母音化したりせずに、綴り字に忠実にしかも明るい L の発音のみに徹した方が、綴り字 発音(spelling pronunciation)を実践することになり、中途半端に母語話者風の発音を目指すよりも、 外国人の発音としてむしろ理解しやすいと認識される(Lane, 2010:144)傾向があるのも事実である。 日本人英語学習者にとっては、側音としての明るい L が習得できていない段階で暗い L を云々して も意味がないといえる。  またすべての子母音が過不足なく発音できる立場の英語母語話者の /l/ の母音化を、同じ調音レベ ルに達していない外国人学習者が踏襲する意味が果たしてあるのだろうか。母語話者レベルで網羅的 に子母音の発音ができるならばともかく、一般の外国人英語学習者が変化しつつある母語話者の発音 に近づけようとすることが理解しやすい英語発音の習得につながるのかどうか、また限られた学習時 間を考慮すれば、優先順位を中心とした効果的な学習項目に沿って学習する必要があろう。一方本格 的な発音指導を行なうに際しては、社会的評価が低いと考えられる暗いLの母音化よりもできる限り 標準的な  を指導する方が好ましく、一般的指導においても  を変化途上にある母音化した音形 として音声指導するのは様々な点で疑問が残るといわざるを得ない。

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1) Cinefluorography( 透 視 映 画 撮 影 法 )、EPG=electropalatography( 電 気 口 蓋 図 法 )、 EMA=electromagnetic articulography( 電 磁 波 調 音 診 断 法 )、 echography( 超 音 波 検 査 法 )、 MRI=magnetic resonance imaging(磁気共鳴映像法)等を用いた実験的な調査を基に検討する。 2) オランダ語、ポルトガル語で使用される /l/ は細部は異なるものの、英語と同様に二種類の異音をもつの で英語のみの現象というわけではない。 3) この他に比較的多く用いられる用語として、1)語頭、音節頭位(syllable-initial)、2)語末、音節末位 (syllable-final)等があるが、本稿ではそれぞれ 1)を⒜に、2)を⒝に含めることとする。 4) 音響上の基本的特徴としては、明るいLの F2 は比較的高い周波数域に生じ、F1 は低くなる。暗いLは それよりも F1 がさらに高い周波数域に生じ、F2 は低くなるというように音響データ的にみても大きく 異なっている(Sproat & Fujimura, 1993; Epsy-Wilson, 1992)。

5) 舌先と上顎の接触については、接触箇所・範囲に関して個人差があり、舌端部(laminal)の比較的広い 範囲を接触させる被験者と舌尖部(apical)のごく狭い範囲のみを接触させる場合とがある(Narayanan et al., 1997)。

6) 暗いLは尾子音として現れる場合、舌背部の筋肉の収縮度が頭子音の場合よりも高く、しかも早いタイミ ングで収縮が開始され、声道のこの部分が狭められて暗い音色を帯びることになる(Scobbie & Wrench, 2003)。話者固有の特徴や調音時の状況にもよるが、暗いLは舌先の接触が全くない状態で調音される頻 度も高い。舌先等の接触がない場合は、側音としての必要な調音条件を満たさず、子音的特徴の核となる べき歯茎との接触が失われた状態で調音されると、限りなく母音に近いものとなる。この相違から二つ の異音が子音的⇔母音的という、両極にひきつけられた形で大きく異なる性格をもつと言える。Giles & Moll (1975)の透視映画撮影法による調査で米語は特に調音速度が高まったり、低母音の後に続く場合に 母音化が著しいという。 7) この傾向は /l/ のような共鳴音でなく、子音性の高い阻害音においても同様の傾向がみられる。例えば、 無声閉鎖音 /t/ が生じる tight  の例について語頭と語末に来る /t/ を比較すると、語頭では高い呼気 圧で調音され、通常帯気音化(aspirated)()する。語末では呼気圧が弱まって、無気音(unaspirated) ()かまたは声門閉鎖音()となる。これは調音器官の運動性の限界とも深く関わっている現象だが、 11.おわりに  音素 /l/ には、音節および語レベルのどの位置に、またどのような音連続中に生じるかによって 二つの異音がある。この2異音は相補分布を示しているものの、単一音素が分化したというに留ま らず、生理学的にも大きく異なる特徴をもっている。母音前に生じる場合は子音として捉えること ができ、母音後に生じる場合は母音性が高くなる異音的特徴をもち、後者は英語圏で母音化する傾 向にある。  /l/ の異音的特徴はこの二つに収斂するが、被験者に対する様々な測定データからすると、現実 には各話者が用いている調音上の細部にわたる方策(声道の長短、舌面の形状、口唇の形状、開口 部の大きさ等)は実にまちまちであるが、結果として調音された音声を聞き手がそれぞれ二つの異 音に類似した音声と認識しているというのが実情である。  音韻論ならびに社会言語学双方からの検討によって、日本人英語学習者にとって、この二つの異 音の区別は二つのレベル設定が好ましいと考えられる。1)一般的な発音指導では特に二つの異音 を区別するよりも、まず明るい L の習得に努めることが第一義であること。2)本格的な音声指 導では母音化した暗い L を目標とせず、あくまでも RP などの標準的調音を目指すことが望ましい。

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語末の子音調音が弱まって子音的性質も弱化する傾向がある。これは調音上の基本原理ともいえる、呼気 圧の変化という点からもすべての言語調音に関係する現象であり、ある種の普遍性があるといえよう。 8) 舌が到達目標に達する際のピーク時の動作速度(movement velocity)に関する調査によると、語全体の

調音速度の遅速には関係なく、舌先が歯茎に接触する際、確実に接触が行なわれる母音前(276.6)と音 節主音(304.3)の位置に来る例では、平均の動作速度がほぼ同じ値であるのに対し、母音後に生じる  の場合(192.7)の動作速度はかなり遅くなる(Giles & Moll, 1975)。この比較からみても三つの生起環境 においては、母音後の  が特殊であることが明確である。調音器官の動作速度は、一般的に子音の場合 は速いが、母音の場合は遅くなり、到達目標に達しない傾向があることからもこの現象を追認できる。

allophonic groups movement velocity

prevocalic 276.6 mm/sec postvocalic 192.7 mm/sec syllabic 304.3 mm/sec 9) Narayanan et al. (1997)によると、静止した状態での後舌部の位置は軟口蓋に向かって上昇するとともに、 舌根部が後方の咽頭部に向かって引かれる傾向がある。これは MRI のデータを取得する際に、動作中の 器官をリアルタイムでみることが難しく、調音器官を一定時間静止させた状態でなければ正確に撮像でき ないという計測機器自体の制約から、調音位置がいわば理想的な位置にある場合の結果である可能性が高 い。従って調音速度が上がって、舌が目標位置に達することが困難になる状況では後舌部はそれほど上昇 もせず、舌が後方へ引かれることも少ないということが考えられる。 10) 暗い音色は先行する母音の種類によって様々な形での影響があり、Thomas (1958)が指摘しているよう に後舌部が最も高い位置に引き上げられる例、pool /pu:l/ 等が特に声道のくびれが最小となるので最も 暗い音色になる。

11) 20 世紀後半から RP よりも Cockney の方が影響力を増しつつあり、また河口域英語(Estuary English) の登場なども背景にあると考えられている。ロンドンで一般的に観察される話し言葉においては、暗い Lを通常円唇化した  ないしは  を用いる傾向がある。他の地域で非円唇化傾向のある発音では、 ないしは半母音のタイプが報告されている (Wells, 1982; 1997)。 12) 日本国内で出版されている中学生向けの初級英和辞典(金谷 2011;田島他 2012;投野 2009;羽鳥 1995; 廣瀬・伊部 2009;吉田 2011)のほとんどがカタカナ表記を採用している。音素 /l/, /r/ に関連する表記 はラリルレロを共通して使用しているため、本論で述べたように学習者が英語でコミュニケーションを図 ろうとする際に、カタカナによるラ行子音では二つの音素を区別することはできないので、ほとんど役に 立たないといえる。これによって日本語的発音を固定化することになりかねず、コミュニケーションのた めの外国語学習という目的から逸脱することになり、果たして優れた表記法といえるのかどうかは疑問で ある。むしろカタカナを用いることは学習者自身がとりあえず語レベルにおいて日本語音で読めるように するという、ある種自己目的化した形でしか使われていないのである。 13) まずは英語側音の子音としての発音、つまり明るい L の習得を最優先すべきである。英語母語話者から すると、日本語のラ行子音は /l/ か /r/ か識別しにくいという事情がある。/l/ と /r/ が確実に区別がで きて初めて暗い L の調音に取り掛かるというのが順序であろう。この前提なくして、二つの異音を同時 に習得させようとするのは一般向けの指導として適切とはいえないであろう。専門的なレベルの習得を目 指すのでない限り、/l/ についての必要十分な調音は明るい L のみである。

(12)

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