密 教 文 化
近
代
的
盲
人
福
祉
思
想
の
形
成
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村
龍
平
氏
の
人
権
思
想-藤
田
和
正
一 は じ め に 社 会 福 祉 は 近 代 社 会 に 生 起 す る 様 々 な 生 活 問 題 に 於 け る 基 本 的 人 権 を 基 点 に し て お り、 人 権 思 想 的 論 理 の 展 開 が み ら れ る が、 そ の 近 代 性 は そ れ が 背 景 と す る 社 会 体 制 や 社 会 的 土 壌 或 い は 文 化 的 風 土 に よ り 相 違 し、 特 質 を 有 す る も の と 思 わ れ る。 又、 近 代 文 明 社 会 の 思 想 的 根 源 は 近 代 思 想 に 於 け る 合 理 主 義 に 依 拠 す る こ と は 自 明 の と お り で あ る が、 そ の 起 源 た る 西 欧 社 会 で は 歴 史 的、 文 化 的 に 普 遍 性 を も つ キ リ ス ト 教 が 精 神 的 素 地 と な っ て お り、 ﹁ 思 惟 す る 人 間 の 絶 ( 1 ) 対 的 優 越 性 を 保 証 ﹂ し て い る デ カ ル ト 哲 学 に よ る 合 理 主 義 と キ リ ス ト 教 の 人 道 主 義 と は そ の 人 間 観 に 於 い て 人 間 尊 重 と い う 基 本 的 視 点 を 有 す る も の の そ の 価 値 観 を 本 質 的 に 異 に し、 二 律 背 反 し な が ら も 相 関 的 に 近 代 民 主 主 義 社 会 の 形 成 と 発 展 に 大 き く 影 響 を 及 ぼ し て き た 側 面 を も っ て い る。 近 代 化 の 概 念 を こ の よ う な 観 点 か ら 社 会 的、 文 化 的、 或 い は 歴 史 的、 思 想 的 に 把 握 し、 我 が 国 の 盲 人 福 祉 に 於 け る 近 代 的 思 想 の 形 成 過 程 を 盲 人 自 身 の 立 場 か ら 提 唱 し、 盲 人 の 人権 擁 護 運 動 と し て 実 践 展 開 し て き た 木 村 龍 平 氏 の 人 権 思 想 に 焦 点 を あ て て そ の 思 想 の 特 質 と 意 義 に つ い て の 一 考 察 を 試 み る こ と と す る。 な お、 氏 の 人 物 像 の 素 描 及 び 思 想 の 概 念 に つ い て は 密 教 文 化 第 一 七 四 号 の 拙 稿 ﹁ 障 害 者 人 権 擁 護 運 動 に お け る 差 別 用 語 の 撤 廃 に つ い て-木 村 龍 平 氏 の 先 駆 的 実 践 活 動-﹂ に 於 い て 記 述 し て お り、 先 ず 参 照 さ れ た い。 二 近 代 化 へ の 系 譜 我 が 国 の 近 代 化 の 曙 光 は 一 般 的 に 明 治 維 新 後 の 急 速 な 文 明 開 化 に あ る と さ れ て い る が、 こ れ は 西 欧 文 明 を 意 欲 的 に 取 り 入 れ た こ と と は い え 実 質 的 に は そ の 科 学 的、 技 術 的 な 模 倣 に 過 ぎ ず、 近 代 的 な 社 会 意 識 構 造 へ の 変 革 に ま で は 及 ば な か っ た。 和 魂 洋 才 と 称 せ ら れ た こ と か ら も 察 す る に 余 り あ ろ う。 社 会 福 祉 分 野 で は 国 家 的 施 策 と し て 一 八 七 一 ( 明 治 四 ) 年 の 位 救 規 則、 一 九 二 九 ( 昭 和 四 ) 年 の 救 護 法 等 が あ る が、 法 体 系 を 整 え た と は い え い ず れ も 内 容 的 に は 慈 恵 的、 封 建 的 残 津 の 感 を 免 れ ず 近 代 化 と は 程 遠 い 名 ば か り の も の で あ っ た。 一 方、 民 間 で は キ リ ス ト 教 が そ の 伝 導 的 使 命 に も え 北 海 道 家 庭 学 校 の 留 岡 幸 助、 岡 山 孤 児 院 の 石 井 十 次、 救 世 軍 の 山 室 軍 平 等 の 草 創 期 の 先 覚 者 を 輩 出 し て お り、 近 代 的 社 会 福 祉 形 成 へ の 礎 石 を 築 い て い る。 盲 人 福 祉 の 分 野 で は 歴 史 的 に は 室 町 時 代 に 当 道 座 の 組 織 を つ く っ た 平 家 琵 琶 の 明 石 覚 一、 江 戸 時 代 に は 盲 人 三 療 を ひ ら い た 杉 山 和 一、 幕 命 に よ り 盲 人 金 貸 し 業 の 総 取 り 締 り を し た 塙 保 己 一 等 の 先 人 が あ る。 明 治 以 降 に 於 い て は 一 八 七 五 ( 明 治 八 ) 年、 京 都 に 日 本 最 初 の 盲 唖 院 を 開 設 し た 古 河 太 四 郎、 一 八 八 〇 ( 明 治 一 三 ) 年、 東 京 に 楽 善 会 訓 盲 院 を 設 立 し た 古 川 正 雄、 一 八 九 〇 ( 明 治 二 三 ) 年、 ブ ラ イ ユ 点 字 を 翻 案 導 入 し た 石 川 倉 次 等 の ほ か、 盲 人 保 護 事 業 や 失 明 防 止 事 業 が あ り、 大 正 期 に は 大 正 デ モ ク ラ シ ー を 背 景 と し た 中 で 全 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 国 各 地 に 盲 人 協 会 の 設 立 が み ら れ、 幾 多 の 先 覚 者 が 出 て そ の 足 跡 は 近 代 化 へ の 繭 芽 期 を 形 成 す る も の と し て 決 し て 看 過 す る こ と の で き な い も の で あ る が、 社 会 思 想 的 に 近 代 主 義 に は 遙 に 未 到 の 域 に あ っ た も の と 言 わ ざ る を 得 な い。 当 時 の 非 近 代 的 な 社 会 意 識 構 造 に 加 え て 絶 対 的 立 憲 君 主 体 制 は 社 会 構 造 的 に 民 主 主 義 体 制 と は 次 元 を 異 に し、 こ の 厳 し く 制 約 さ れ た 時 流 の 中 で 盲 人 自 ら の 思 想 の 形 成 が 如 何 に 至 難 な も の で あ っ た か 想 像 に 難 く な い。 盲 人 福 祉 に 於 け る 近 代 的 思 想 の 形 成 は 第 二 次 世 界 大 戦 後 の 新 憲 法 の 制 定 後 に 待 た ね ば な ら な か っ た。 戦 後 の 極 度 に 混 乱 し た 社 会 情 勢 の 下 で 一 九 四 八 (昭 和 二 三 ) 年 に 他 に 先 駆 け て 故 岩 橋 武 夫 氏 が い ち 早 く 日 本 盲 人 会 連 合 を 結 成 し、 そ の 下 に 盲 人 福 祉 運 動 が 展 開 さ れ て 盲 入 ひ い て は 障 害 者 全 般 に わ た っ て の 諸 制 度、 諸 施 策 の 制 定 に 大 ( 2 ) き く か か わ っ て い っ た。 日 本 盲 人 会 連 合 に つ い て は 一 部 に 於 い て 保 守 的 団 体 と の 批 判 あ り と す る も 政 府 を は じ め 諸 搬 に わ た る そ の 運 動 の 影 響 力 は 最 も 大 き く 誰 し も 否 定 し 得 べ き も の で は な か っ た。 こ の 一 連 の 福 祉 運 動 は 一 九 五 四 ( 昭 和 二 九 ) 年、 岩 橋 武 夫 氏 亡 き 後、 幾 星 霜 を 経 て 木 村 龍 平 氏 に よ り 社 会 情 勢 に 対 応 し た 明 確 な 指 導 理 念 に 基 ず く 理 論 的 且 つ、 計 画 的 な 福 祉 運 動 へ と 変 容 し て い く こ と に な る。 さ て、 故 岩 橋 武 夫 氏 は 早 稲 田 大 学 理 工 科 に 在 学 中 失 明 し、 後、 敬 度 な キ リ ス ト 者 と な り、 愛 盲 運 動 を 称 え、 一 九 二 二 ( 大 正 一 一 ) 年 に 点 字 出 版 を 始 め や が て 日 本 ラ イ ト ハ ウ ス を 設 立、 一 九 三 七 ( 昭 和 一 二 ) 年 に 自 ら ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 を 招 致 し て 全 国 的 に 盲 人 福 祉 運 動 を 展 開 し た。 又、 日 本 盲 人 会 連 合 の 初 代 会 長 と し て の 業 績 も 高 く 我 が 国 の 盲 人 福 祉 史 上、 近 代 化 へ の 先 駆 者 と し て そ の 名 を と ど め て い る。 か の 愛 盲 思 想 は キ リ ス ト 教 主 義 に 基 ず く 強 い 信 条 か ら 生 れ、 彼 の 生 涯 に わ た る 盲 人 福 祉 運 動 を 支 え た。 こ の 思 想 は 後 に キ リ ス ト 者 で は な い 木 村 龍 平 氏 に 思 想 形 成 の 過 程 で 何 ら か の 影 響 を 及 ぼ し て い る も の と 思 わ れ る。
木 村 龍 平 氏 は 第 二 次 世 界 大 戦 で 失 明 し、 戦 後、 盲 人 の 人 権 復 活 を 強 く 訴 え、 盲 人 福 祉 の 人 権 思 想 を 称 え て 人 権 擁 護 運 動 を 展 開 し て き た。 故 岩 橋 武 夫 氏 と の 遅 遁 は 日 本 盲 人 会 連 合 の 傘 下 に 入 っ た 一 九 四 八 ( 昭 和 二 三 ) 年 で あ る。 氏 の ( 3 ) 盲 人 福 祉 思 想 は ﹁ 盲 人 福 祉 と は 失 明 に よ っ て 人 生 を 抱 束 す る 条 件 や 損 失 を 排 除 す る こ と に あ る ﹂ と す る 基 本 的 人 権 の 回 復 を 目 指 す 人 権 思 想 を 基 調 と し て 社 会 連 帯 の 観 点 か ら 盲 人 自 ら の 努 力 に よ る 更 生 の 理 念 を 掲 げ て い る。 一 九 七 九 ( 4 ) ( 昭 和 五 四 ) 年 に 和 歌 山 県 身 体 障 害 者 連 盟 憲 章 を 会 長 と し て 自 ら 草 案 し 制 定 し た が、 そ の 中 の 第 一 項 に ﹁ 私 達 は 自 ら の 運 命 を 愛 し、 自 助、 互 助、 他 助 の 輪 を ひ ろ げ ま す ﹂ と 提 唱 し て い る こ と か ら も お よ そ 窺 い し れ よ う。 又、 か つ て グ ラ ン プ リ 世 界 盲 人 文 学 賞 を 一 九 五 七 (昭 和 三 二 ) 年 に 受 賞 し て い る が、 ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 の 人 生 観、 思 想 に 大 き な 感 化 を 受 け た も の と 思 わ れ る。 後 年、 各 地 で 人 権 擁 護 の た め の 講 演 を し た 際 に 話 の 最 後 を 必 ず ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 が 言 っ た ﹁ 皆 さ ん、 皆 さ ん の 手 に し た 愛 の ラ ン プ を. も う 少 し 高 く 掲 げ て や っ て 下 さ い、 幸 せ 薄 い 人 々 の た め に ﹂ の 言 葉 で 結 ん で い る こ と か ら も 充 分 に 推 察 で き る。 日 本 盲 人 会 連 合 に 於 い て は 一 九 七 二 ( 昭 和 四 七 ) 年 五 月 よ り 副 会 長 と な り、 高 度 経 済 成 長 が 絶 頂 期 の 福 祉 元 年 と い わ れ た 一 九 七 三 (昭 和 四 八 ) 年、 社 会 情 勢 に 対 応 す る た め こ れ ま で の 運 動 の 方 針 を よ り 合 理 化 し、 自 ら の 人 権 思 想 の 理 念 を 生 か し た 二 〇 世 紀 末 に 至 る 二 五 ケ 年 の 行 動 計 画 を 立 案 し、 実 施 に 移 し た の で あ る。 そ の 理 論 体 系 は 我 が 国 の 社 会 的 土 壌 に 潜 在 化 し、 温 存 さ れ て い る 非 近 代 的 社 会 意 識 と 社 会 的 偏 見 を 歴 史 的、 文 化 的 側 面 よ り 明 ら か に し、 盲 人 福 祉 の 成 長 を 阻 害 す る 素 因 と し て の 自 由、 人 権、 生 活 の 問 題 領 域 の 科 学 的 分 析 を 基 盤 と し て 構 築 さ れ て い る。 恐 ら く 我 が 国 に 於 け る 初 め て の 近 代 的 盲 人 福 祉 理 論 と し て 注 目 さ れ よ う。 氏 の 思 想 の 特 性 は あ く ま で 盲 人 自 身 の 苦 難 に 満 ち た 人 生 体 験 に 基 ず き 生 れ た も の で あ り、 そ れ が 故 に 人 権 主 義 を 基 調 と す る 思 想 形 成 に 他 の 追 髄 を 許 さ な い 真 剣 な 思 考 の 独 自 性 を よ み と る こ と が で き る。 又、 こ の 独 自 性 は 故 岩 橋 武 夫 氏 の 宗 教 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 的 信 条 と は 明 ら か に 一 線 を 画 く す る も の で あ り、 よ り 鮮 明 に 近 代 主 義 的 思 想 の 様 相 を 呈 し て い る が、 そ の 合 理 的 方 法 論 を 支 え る 精 神 構 造 は 氏 自 身 の 父 母 よ り 伝 承 さ れ た 真 摯 で 良 心 に 満 ち た 人 格 と 生 き る 望 み を 与 え て く れ た 母 の 愛 か ら 発 す る 人 生 観 で あ る。 氏 の 文 学 に 現 わ れ て い る 自 然 を 愛 し 人 を 愛 す る 生 命 体 と し て の 人 間 観 は 人 間 尊 重 の 基 点 に 於 い て 西 欧 哲 学 的、 合 理 的 思 考 で は 到 底 到 達 で き な い 特 質 を 有 し て い る。 そ れ は 極 め て 日 本 的 な ヒ ュ ー マ ニ ズ ム に 他 な ら な い と 言 え よ う。 結 論 的 に 言 っ て 盲 人 福 祉 に 於 け る 近 代 的 思 想 の 系 譜 は 故 岩 橋 武 夫 氏 か ら 木 村 龍 平 氏 に 至 る 思 想 形 成 と そ の 展 開 過 程 に あ る と 言 っ て も 決 し て 過 言 で は な い。 木 村 龍 平 氏 が 最 も 影 響 を 受 け た と 思 わ れ る ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 が そ の 教 育 者 で あ る ア ン ・ サ リ バ ン 女 史 と 共 に メ ア リ ー ・ リ ッ チ モ ン ド 女 史 の ケ ー ス ワ ー ク の 体 系 化 に、 又、 故 岩 橋 武 夫 氏 の 愛 盲 運 動 に 多 大 の 影 響 を 与 え て い る こ と は 時 代 や 見 地 の 相 違 は あ れ 福 祉 に 於 け る 一 連 の 近 代 的 思 想 形 成 の 証 左 と な り 得 よ う。 近 代 文 明 社 会 の 真 の 豊 さ は 高 度 な 合 理 性 に 対 応 し た 精 神 性 と の 調 和 に あ る と 言 え よ う。 か か る 意 味 に 於 い て 日 本 の 文 化 的 風 土 が 果 す 役 割 が 問 わ れ る と こ ろ で あ る が、 今 な お 福 祉 的 に 未 熟 な 土 壌 は 人 権 思 想 の 論 拠 を 提 し、 盲 人 福 祉 の 近 代 化 の 過 程 に あ っ て 本 質 的 な 盲 人 福 祉 問 題 の 存 在 を 知 ら し め て い る。 盲 人 福 祉 に 於 け る 盲 人 自 身 に よ る 唯 一 の 近 代 的 論 理 と そ の 実 践 的 展 開 は 社 会 福 祉 の 原 点 と 在 り 方 を 示 唆 し て お り、 実 に 瞠 目 す べ き こ と で あ る。 三 人 権 思 想 の 形 成 過 程 人 権 思 想 を 構 成 す る 論 理 は 端 的 に 言 っ て 盲 人 の 立 場 か ら の 現 実 的 に 存 在 す る 社 会 的 不 条 理 に 対 す る 挑 戦 で あ る と 言
え よ う。 盲 人 の 福 祉 の 成 長 を 阻 害 す る 素 因 は 民 主 制 国 家 を 標 傍 す る 社 会 構 造 の 中 に あ り 非 近 代 的 社 会 意 識 の 存 在 が 大 き く か か わ っ て い る。 こ こ で は 主 と し て 木 村 龍 平 氏 の 思 想 的 論 理 を 支 え る 精 神 構 造 的 側 面 に 重 点 を お き そ の 形 成 過 程 に 於 け る 特 性 を 考 察 す る こ と と す る。 我 が 国 の 文 化 的 風 土、 或 い は 福 祉 的 土 壌 が 如 何 な る も の で あ っ た か、 氏 は 思 想 形 成 上 の 素 地 を 明 治、 大 正、 昭 和 の 三 代 を 生 き 抜 い た 母 ヌ イ の 苦 難 に 満 ち た 生 涯 を 通 し て 得 て い る。 ﹁ ヌ イ の 生 涯 に は 幸 福 を 阻 害 す る 三 つ の 要 素 が あ っ た と 考 え ら れ る。 そ れ は 不 安 と 偏 見 と 貧 困 で あ る ﹂ と 言 い、 ﹁ 生 涯 を 子 供 の た め に つ く し、 生 命 を 打 ち 込 ん だ ﹂ と 言 っ て ( 5 ) お り、 更 に ﹁ 生 涯 を 通 し て 実 直 と 勤 勉 と 負 け じ 魂 を 生 活 態 度 で 子 供 た ち に 示 し た ﹂ と 母 の こ と を 述 懐 し て い る。 氏 の 母 は 一 八 八 二 (明 治 一 五 ) 年 二 月 一 五 日 に 和 歌 山 県 西 牟 婁 郡 生 馬 村 (現、 上 富 田 町 ) に 生 れ、 一 九 七 二 ( 昭 和 四 七 ) 年 二 月 八 日 に 没 す る ま で 九 〇 年 の 生 涯 を 送 っ て い る が、 幼 少 時 に 父 親 を 失 い、 後、 生 き る が た め 四母 親 が 再 婚 し、 弟 は 他 家 に 預 け ら れ、 本 人 は 農 家 へ 住 み 込 み 女 中 と な っ た。 家 庭 崩 壊 の 中 で そ の 苦 労 は 言 語 に 絶 す る も の が あ っ た。 一 七 歳 で 氏 の 父、 副 井 徳 吉 と 結 婚 し、 一 一 人 ( 七 男 四 女 ) の 子 宝 に 恵 ま れ た。 父 は 土 建 業 を 営 み 大 手 の 下 請 を し て 全 国 各 地 を 渡 り、 留 守 勝 ち で あ っ た た め 貧 し い 農 家 を 守 り、 子 育 て に 辛 苦 の 日 々 を 重 ね た。 戦 中 に 三 児 を 更 に 戦 後 に 一 児 を 病 気 で 失 い そ の 悲 し み は 図 り 知 れ な い も の で あ っ た。 母 の 生 涯 は 病 気 の 不 安 と 教 育 を 全 く 受 け ら れ な か っ た 無 学 の 偏 見 と 農 業 と 育 児 に 追 わ れ た 貧 困 の 連 続 で あ っ た。 社 会 保 障 制 度 が 皆 無 に 等 し い 社 会 の 中 で 一 途 に 自 ら の 責 任 と 努 力 で 生 き て き た 母 に 言 い 知 れ ぬ 悲 し さ と 母 を 慈 し む 深 い 愛 情 が 今 も な お 氏 の 胸 中 深 く 残 っ て い る も の と 思 わ れ る。 氏 の 言 う 幸 福 を 阻 害 す る 三 つ の 要 素 は 戦 前 に 於 け る 普 偏 的 且 っ、 典 型 的 な 国 民 大 衆 の 生 活 実 態 を 示 し て お り、 社 会 的 土 壌 の 近 代 化 へ の 未 熟 さ を 如 実 に 物 語 っ て い る。 又、 父 徳 吉 に つ い て は ﹁ 実 直 す ぎ る ほ ど 実 直 で、 勤 勉 で あ り、 創 造 性 と 研 究 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 心 に 富 ん だ 人 で あ っ た ﹂ と 言 っ て い る。 母 の 願 い で あ っ た ﹁ 達 者 で 曲 っ た こ と の し な い 真 面 目 な 人 間 に な っ て ほ し ( 6 ) い ﹂ と 言 う 真 摯 ・で 良 心 に 満 ち た 強 い 信 念 の 人 間 性 と 父 の 英 知 と チ ャ レ ン ジ 精 神 は 氏 の 人 格 形 成 に 伝 承 さ れ て、 ヒ ュ ー マ ニ ズ ム の 源 泉 と な っ て い る。 次 に 氏 の 人 権 思 想 形 成 の 契 機 に つ い て 失 明 か ら 再 起 に 至 る 経 緯 に 視 点 を 転 ず る。 氏 は 一 九 二 〇 (大 正 九 ) 年 七 月 七 日 に 福 井 家 の 七 男 と し て 生 れ、 一 九 三 八 ( 昭 和 -三 ) 年 に 県 立 熊 野 林 業 学 校 を 卒 業 後、 旧 満 州 国 産 業 部 林 野 局 に 就 職 し、 完 達 山 脈 か ら 白 頭 山 系 に 至 る 森 林 経 営 計 画 の た め の 森 林 調 査 に 従 事 し た。 そ ヤ ン ・ ス ユ リ ン の 仕 事 は 常 に 危 険 に さ ら さ れ、 虎、 狼、 熊 等 猛 獣 の み な ら ず 当 時、 楊 司 令 率 い る 匪 賊 の 襲 撃 に 備 え ね ば な ら な か っ ( 7 ) た。 美 し い 満 州 の 花 咲 く 広 野 の 足 下 に ﹁ 地 獄 と 極 楽 と い う も の は い つ も 同 居 し て い る ﹂ と 言 い、 初 め て 人 生 の 死 生 観 に 触 れ て い る。 新 京 の 林 野 局 か ら 牡 丹 江 の 営 林 局 に 転 勤 し、 一 九 四 一 ( 昭 和 一 六 ) 年 に 徴 兵 を 受 け 甲 種 合 格 で 高 槻 の 工 兵 隊 に 入 隊 し た。 ま も な く 甲 種 幹 部 候 補 生 に 合 格 し、 千 葉 で 厳 し い 訓 練 を 受 け た 後 原 隊 に 復 帰 し、 関 東 軍 の 陸 軍 少 尉 に 任 官 し た。 一 九 四 二 (昭 和 一 七 ) 年、 軍 務 中 毒 ガ ス、 イ ペ リ ッ ト の た め 両 眼 を 負 傷 し、 か く し て 氏 の 人 生 は 明 暗 二 筋 の 生 涯 に 分 け ら れ た の で あ る。 病 院 船 ﹁ 吉 野 丸 ﹂ に 乗 船 し 大 阪 陸 軍 病 院 に 後 送 さ れ 療 養 に 専 念 す る こ と と な っ た が、 効 果 は み ら れ ず 失 意 の ど ん 底 に あ っ た。 あ た か も 訪 ね き し 母 が 氏 の 手 を 取 っ て 一 し ず く の 熱 い 涙 を 落 し、 ﹁ 龍 平 よ う 帰 っ て く れ た の う ﹂ と 言 っ た そ の 一 言 が ﹁ す さ ん で い た 心 の す み ず み に し み わ た る あ た た か い も の を 感 じ ま し た ﹂ ( 8 ) と 言 い、 ﹁ 母 こ そ 灯 台 な り ﹂ と 言 っ て し み じ み と 回 想 し て い る。 そ の 後、 空 襲 が 始 ま っ た 頃、 東 京 第 一 陸 軍 病 院、 赤 十 字 病 院、 軍 医 学 校 を 転 々 と し た が、 点 字 板 を 与 え ら れ 遠 ま わ し に 失 明 の 宣 告 を 受 け た と き、 手 足 ま と い に な る 自 分 に 生 き る 価 値 を 見 失 い 自 決 を 決 意 し 懊 悩 の 幾 夜 を 過 し た。 そ の 時、 慰 問 に 訪 ず れ た 国 防 婦 人 会 の 人 達 か ら 送 ら れ た 鈴 虫
(14) の 音 を き き ﹁ 荒 ん だ 心 の す み に ふ る さ と を 思 い 出 さ せ ﹂ て く れ た の で あ っ た。 ﹁ 月 の 光 に 照 さ れ た 萩 の う ね り、 す す き が 原、 月 見 草 の 花、 そ し て 幼 い こ ろ の 友 だ ち の 顔、 き ょ う だ い の 顔、 母 の 顔⋮⋮素朴 な 母 の 声 が 甦 っ て き た と き、 ﹃ 生 き ね ば な ら ぬ ﹄ と い う こ と を 決 歳 い し た の で あ る。 人 間 が 本 然 的 に 有 す る 自 然 へ の 情 感 と 母 と 子 の 愛 の 存 在 が 氏 の 人 間 性 を 函 養 し、 人 生 観 の 基 底 を な し て い る。 氏 は 二 度 目 の 人 生 を 決 意 し た 時、 そ の 気 持 を ﹁ ゆ け に ど め ﹂ の 言 葉 で 表 現 し て い る が、 そ れ は ﹁ 勇 気、 健 康、 忍 耐、 努 力、 明 朗 ﹂ の 頭 文 字 を 取 っ た も の で ﹁ 私 が 終 生 守 ら な け れ ば な ら な い 戒 め で あ る ﹂ と し て い る。 つ ま り ﹁ ま ず 勇 気 を 出 し て 本 来 の 自 分 を 取 り も ど す こ と、 そ し て 健 康 に 注 意 し て、 忍 耐 強 く 努 力 し、 ひ が み を 捨 て て 希 望 に 生 き る、 明 (10) 朗 さ を 取 り も ど す こ と ﹂ の 意 で あ っ て 実 に ユ ニ ー ク な 発 想 と 言 わ ざ る を 得 な い。 そ こ に 氏 の 人 生 観 の 全 て を よ み 取 る こ と が で き る か ら で あ る。 こ の 主 体 性 は や が て 自 立 の 五 訓 と し て 盲 人 福 祉 運 動 の 指 導 理 念 と な り 確 立 さ れ て い く。 又、 氏 の 戒 め は こ れ ま で 忠 実 に 一 貫 し て 守 ら れ、 そ の 純 粋 に し て 清 廉 潔 白 な 人 生 は 氏 の 盲 人 福 祉 運 動 に か け る 熱 意 と 言 行 一 致 の 姿 勢 を 知 る 人 な ら ば 万 人 こ れ 等 し く 認 め る と こ ろ で あ り、 知 る 人 ぞ 知 る と 言 え よ う。 陸 軍 病 院 入 院 中 か ら 教 師 を 志 し て 万 葉 集 等 の 古 典 文 学 を 読 破 し、 独 学 に よ り 将 来 に 備 え て き た が、 希 望 は か な え ら れ ず、 他 に 職 を 選 ぶ す べ も な く 昔 な が ら の 三 療 修 得 に 生 き る 道 を 求 め、 当 時、 宗 奈 月 に あ っ た 失 明 傷 疲 軍 人 寮 へ 入 寮 申 し 込 み を し た が、 大 火 で 焼 失 し、 一 旦 郷 里 に 帰 っ た。 戦 後、 栃 木 県 の 塩 原 光 明 寮 に 入 っ た。 そ の 時、 G H Q の 指 令 に よ る 所 謂、 鍼 灸 存 廃 問 題 が あ り、 盲 人 を あ ん ま、 は り、 き ゅ う、 マ ッ サ ー ジ か ら 排 除 す る 意 向 に 対 し、 関 係 団 体、 学 校、 業 者 と と も に 陳 情 活 動 を 行 っ た の が そ も そ も 盲 人 福 祉 運 動 の 端 緒 と な っ た。 な お、 益 子 夫 人 と は 一 九 四 四 ( 昭 和 一 九 ) 年 に 結 婚 し、 一 男 一 女 を も う け た。 一 家 は 神 戸 市 に 在 住 し て い た が 戦 災 を 受 け、 一 九 四 八 (昭 和 二 三 ) 年、 郷 里 に 帰 り 田 辺 市 で 三 療 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 を 開 業 し た。 夫 人 は 氏 と 顛 苦 を 共 に し て 杖 と な り 心 の 拠 と な っ て 琴 蘇 相 和 し 氏 の 福 祉 運 動 を 支 え て き た。 夫 人 も 又、 そ の か た わ ら 地 元 高 校 で 点 字 教 育 に 奉 仕 す る な ど 盲 人 福 祉 に 献 身 し て い る。 帰 郷 の 年 の 一 〇 月 一 八 日、 盲 人 の 生 活 権 (11) 確 保 の た め 紀 南 盲 人 福 祉 協 会、 同 年 一 二 月 和 歌 山 県 盲 人 福 祉 協 会 を 組 織 し、 初 代 会 長 に 故 金 成 甚 五 郎 氏 を い た だ き 全 国 組 織 で あ る 日 本 盲 人 会 連 合 の 傘 下 に 入 っ た。 日 本 盲 人 会 連 合、 初 代 会 長 故 岩 橋 武 夫 氏 と の 遅 遁 で も あ っ た。 こ こ で 故 岩 橋 武 夫 氏 と の 思 想 的 関 連 に つ い て 若 干 の 考 察 を 加 え た い。 中 途 失 明 者 の 殆 ど は 失 意 の あ ま り 一 度 は 自 殺 を 考 え る と 言 わ れ る が、 氏 が ﹁ 盲 人 福 祉 の 父 ﹂ と 尊 敬 す る 先 達 で あ る 故 岩 橋 武 夫 氏 も 同 様 で あ っ た。 ま さ に 人 生 に 絶 望 し、 死 を 決 意 し た 時、 飛 び 込 ん で き た 母 が ﹁ な ん で も よ い か ら 生 き (12) て い て く れ、 お 前 に 死 な れ て は ど こ に 生 き が い が あ る も の か ﹂ の 一 言 が 理 屈 な し に 死 を 思 い 止 ま ら せ た。 そ し て ﹁ 私 (13) の 内 部 に は げ し い 価 値 の 革 命 が 起 っ た ﹂ と 言 い、 ﹁ は か ら ず も 私 は 母 の 愛 に よ っ て 生 命 の 影 か ら 生 命 自 体 に 飛 躍 す る こ (14) と が で き た ﹂ と 言 っ て い る。 生 き る 意 欲 を 持 た せ て く れ た の は 両 氏 共 に 母 の 絶 対 的 な 愛 で あ っ た。 故 岩 橋 武 夫 氏 は こ (15) の 母 の 愛 を 通 じ て ﹁ 天 父 の 愛 ﹂ を 知 り ﹁ イ エ ス の 愛 は 同 時 に 私 を 励 ま し た 母 の 愛 で あ り、 そ し て そ れ は い っ さ い を 生 (16) か す 神 の 愛 で あ る ﹂ と な っ た。 そ し て ﹁ 人 間 に 魂 の 生 活 が あ る 以 上、 マ ル ク ス が 提 供 す る 社 会 改 造 論 は そ の 一 部 分 に (17) 過 ぎ な い ﹂ と し て マ ル ク ス 主 義 を 否 定 し、 キ リ ス ト 教 の 信 条 に 基 ず く 愛 盲 運 動 へ と 発 展 し て い っ た。 即 ち、 弁 証 法 的 (18) 推 論 を 否 定 し ﹁ 絶 対 神 論 的 立 場 ﹂ に 立 つ も の で あ っ た。 木 村 龍 平 氏 は こ の 愛 盲 運 動 の 理 念 に つ い て ﹁ そ の 言 葉 の 意 義 つ ま び は 詳 ら か で な い。 し か し、 愛 盲 に は 二 つ の 意 義 が あ っ て、 一 つ は 失 明 と い う 運 命 を 愛 す る と い う こ と で あ り、 他 は 盲 人 を 愛 す る と い う 自 他 二 様 の 解 釈 を し て い る。 と こ ろ が、 こ れ だ け で は 具 体 性 に 欠 け、 第 三 者 に 対 す る 説 得 力 を 欠 い て い る ﹂ と し、 ﹁ そ も そ も 成 長 の 条 件 を 阻 害 す る も の を 排 除 す る こ と が 政 治 の 要 諦 で あ る と す る な ら、 盲 人 福 祉 の 成 長
(19) を 阻 害 す る も の は 一 体 何 で あ る か を 考 え、 そ の 排 除 に 力 を 注 が な け れ ば な ら な い ﹂ と し て 科 学 的 視 点 か ら の 論 理 の 確 立 を 図 っ て い く こ と と な る。 即 ち、 氏 は 論 理 の 構 築 に 合 理 的 方 法 論 を 手 法 と し て 用 い た の で あ る。 絶 対 的 な 母 の 愛 か (20) ら 発 し た 両 者 で あ る が、 一 方 は ﹁ 愛 盲 の 使 徒 ﹂ と な り、 片 や ﹁ ゆ け に ど め ﹂ の 人 生 観 と な っ て、 そ の 信 条 を 異 に す る も の で あ っ た。 木 村 龍 平 氏 が 言 う と こ ろ の 失 明 と い う 運 命 を 愛 す る こ と は 掛 替 え の な い 価 値 あ る 人 生 を 生 き 抜 く 意 味 あ い に 於 い て 共 通 す る 一 つ の 道 標 と な っ て い る の で は な か ろ う か。 さ て、 木 村 龍 平 氏 の 思 想 を 支 え る 精 神 的 構 造 の 特 性 に つ い て 氏 の 文 学 を 通 し て 洞 察 を す す め た い。 氏 は 陸 軍 病 院 に 入 院 中 か ら 俳 句、 短 歌、 川 柳 を た し な み、 遂 に 短 詩 型 文 学 に あ き た ら ず 小 説 の 世 界 に ま で 入 っ て い っ た。 一 九 五 七 ( 昭 和 三 二 ) 年、 第 九 回 国 際 盲 人 文 芸 コ ン ク ー ル で 応 募 し た 短 編 小 説 ﹁ た な ば た ﹂ が グ ラ ン プ リ 第 一 位 に 入 賞、 ﹁ 国 際 盲 人 文 学 賞 ﹂ を 受 け た。 こ れ は 身 体 障 害 者 福 祉 運 動 の 体 験 を 通 し て 得 た 戦 争 が 生 ん だ 悲 劇 の 主 人 公 を テ ー マ と し て い る も の で 氏 の 人 生 観 の 深 淵 に 触 れ る こ と が で き る。 又、 俳 句 を 通 じ た 大 自 然 と の 対 話 の 中 に ご く 自 然 な タ ッ チ で 人 間 性 と 社 会 性 を 表 現 し て い る 作 品 の 数 々 は 我 が 国 特 有 の わ び、 さ び の 境 地 の 中 に 盲 人 の 生 き 方 を 混 然 一 体 化 し て お り、 そ の 絶 妙 な 手 法 に は 近 代 社 会 に 訴 え る 迫 真 の 気 を 感 ぜ ず に は い ら れ な い。 又、 そ れ は 氏 の 福 祉 観 と ヒ ュ ー マ ニ ズ ム の 発 露 と も 言 え る で あ ろ う。 因 み に 氏 の 作 品 の 一 部 を 紹 介 す る。 小 綬 鶏 の 呼 ぶ 道 杖 に 険 し け り (21) (昭 和 四 四 年 第 一 回 全 国 盲 人 俳 句 大 会 特 選 作 品 ) ﹁ ち ょ つ と こ い、 ち ょ つ と こ い ﹂ と 鳴 く 小 綬 鶏 に 誘 わ れ て、 妻 に 手 を 取 ら れ 険 し い 山 道 を 登 っ て 行 く 氏 の 姿 を 髪 髭 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 8文 化 と 思 い 浮 か べ る こ と が で き る。 小 鳥 に 対 す る 愛 情 を 介 し て 盲 人 の 生 き る 姿 を リ ア ル に う た っ て い る。 道 遠 く さ く ら ん ぼ な お 青 か り き (22) ( 昭 和 五 六 年 国 際 障 害 者 年 に よ せ て の 句 ) ﹁ 三 〇 年 間 に わ た る さ さ や か な 福 祉 活 動 を 回 顧 し た ﹂ 実 感 を う た っ て い る。 遠 き 峰 照 ら す 日 を 浴 び 初 音 聞 く 緑 雨 (平 成 三 年 元 旦 の 作 品 ) ﹁ お 陰 で 基 本 的 条 件 の 整 備 も 進 み 先 進 国 を 視 野 に と ら え る こ と が 出 来 る よ う に な り ま し た。 安 心 し て 働 く 場 を、 高 齢 化 対 策、 情 報 文 化 の 育 成 な ど、 夢 は 大 き く ふ く ら ん で 参 り ま す ﹂ と 筆 者 が い た だ い た 年 頭 の 賀 に 書 か れ て い た。 氏 は 句 会 ﹁ か な か な 社 ﹂ を 主 宰 す る ほ か、 十 数 校 の 校 歌 を 作 詩 し て い る。 氏 は ﹁ 私 に は 墓 標 は い ら な い。 学 校 へ 行 け ば 校 歌 を 刻 ん だ 校 碑 が い く つ も あ る か ら ﹂ と 言 っ て い る が、 そ の 文 学 は ま さ し く 魂 の 表 現 に 他 な ら ず、 心 の 叫 び で あ り 限 り な い 人 生 の 希 望 の 光 を 求 め 続 け て い る こ と が 実 感 さ れ る。 短 詩 型 文 学 は 人 間 の 人 生 観 や 様 々 な 愛 情 や 情 感 を 自 然 の 四 季 に 託 し て 表 現 し て い る が、 そ こ で は 人 間 の 価 値 表 現 は 自 然 の 価 値 認 識 な し に は な し 得 な い。 即 ち、 人 間 と 自 然 の 共 生 関 係 に あ る と 言 え よ う。 近 代 文 明 社 会 の 哲 学 的 基 盤 と な っ た デ カ ル ト 哲 学 は カ ン ト 派 哲 学 に 継 承 さ れ、 近 代 社 (23) (24) 会 福 祉 理 論 に 於 い て も ﹁ 人 間 を 生 れ な が ら に 価 値 あ る 存 在 ﹂ と す る 人 間 尊 重 の 価 値 観 を ﹁ 基 本 的 な 価 値 前 提 ﹂ と な し、 (25) ソ ー シ ャ ル ・ ワ ー ク 実 践 理 論 の ﹁ 中 心 的 道 徳 価 値 ﹂ と も な し て い る が、 こ の 哲 学 的 合 理 論 の み を も っ て し て は 人 間 関 係 に み る 絶 対 的 な 愛 や 生 命 体 と し て の 自 然 へ の 本 然 的 情 性 は 本 質 的 に 解 し 得 べ く も な い。 自 然 支 配 を 許 し、 自 然 破 壊 を も た ら し て い る 近 代 文 明 社 会 の 人 間 尊 重 の 価 値 体 系 は 自 然 の 中 の 人 間 か、 自 然 を 支 配 す る 人 間 か の 大 き な 命 題 の 前
に 立 た さ れ て い る。 氏 の 文 学 に 現 わ れ た 人 生 観 と 福 祉 観 は 人 間 尊 重 の 基 本 的 価 値 前 提 に 於 い て 欧 米 の 近 代 理 論 と は 異 な っ た 日 本 的 特 質 を 有 し て い る と 言 え よ う。 次 に 氏 が 最 も 影 響 を 受 け た ﹁ 奇 跡 の 人 ﹂ ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 と の 思 想 的 関 連 を み る こ と と す る。 先 ず、 メ ア リ ー ・ リ ッ チ モ ン ド 女 史 は 彼 女 の ソ ー シ ャ ル ・ ケ ー ス ワ ー ク 理 論 の 体 系 化 に 際 し て、 ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 (26) 史 の 家 庭 教 師 で あ っ た ア ン ・ サ リ バ ン 女 史 の ﹁ 環 境 の 力 を 利 用 し て 人 格 の 発 達 を 図 る ﹂ と 言 う 教 育 的 方 法 論 を 取 り 入 れ て い る が、 こ こ で 注 目 す べ き は サ リ バ ン 女 史 が あ く ま で 教 育 の 手 法 と し て 用 い た 自 然 の 事 物 は サ リ バ ン 女 史 に と っ て は ﹁ 蝶 の 生 命 と 美 し さ は 授 業 と い う 祭 壇 に 捧 げ ら れ ま す が、 あ る 意 味 で は、 蝶 は 永 遠 に 生 き る こ と に な る の で す。 (27) な ぜ な ら、 そ の 蝶 は 生 命 の か よ っ た 思 考 に 変 え ら れ た の で は な い で し ょ う か ? ﹂ と な る の で あ る が、 そ れ を 受 け た へ は ら か ら (28) レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 に と っ て は そ の 自 伝 に 記 し て い る が 如 く ﹁ 鳥 と 花 と 私 は し あ わ せ な 同 胞 ﹂ と し て う つ り、 ﹁ す べ て の (29) も の を 温 め 生 長 さ せ る 太 陽 ほ ど 美 し い も の は な い ﹂ と な り、 自 然 の 中 で た ま た ま 遭 遇 し た 危 険 に 際 し て は ﹁ 自 然 は ﹃ 自 (30) 然 の 子 ど も た ち に 公 然 と 戦 い を 挑 み、 優 し い 愛 撫 の 下 に 裏 切 り の 爪 を 隠 し て い る ﹄ ﹂ と な っ た の で あ る。 教 育 的 主 体 と そ の 客 体 と の 間 に 人 間 観、 自 然 観 の 認 識 の 相 違 あ り、 ' 両 者 は 表 裏 の 関 係 に あ る と 言 え よ う。 即 ち、 裏 に 於 い て は 自 然 (31) と の 共 生 的 人 間 観 と 天 地 は 不 仁 な り と す る 東 洋 的 思 考 の 片 鱗 を 覗 か せ て い る の で あ る。 又、 ﹁ 先 生 が こ ら れ る 前 で さ え ⋮⋮庭 は ま た、 か ん し や く を 起 し た あ と な ど 気 を 静 め る た め に 冷 た い 木 の 葉 や 草 に ほ て っ た 顔 を 埋 め る 場 所 で も あ り (32) ま し た ﹂ と 言 っ て お り、 人 間 の 自 然 に 対 す る 本 然 的 情 性 と し て 受 け と め ら れ よ う。 更 に、 愛 に つ い て は ﹁ 美 し い 真 理 (33) が 私 の 心 に ど っ と 押 し 寄 せ ま し た。 目 に 見 え ぬ 糸 が、 私 の 魂 と 他 の 人 々 の 魂 と の 問 に 張 ら れ て い る の を 感 じ ま し た ﹂ と 言 っ て い る。 本 然 的 に 絶 対 性 の 内 在 す る 生 命 体 と し て の 人 間 観 と 人 間 の 価 値 観 を 推 量 す る こ と が で き る の で は な か 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 ろ う か。 現 実 的 に 検 証 し 得 た こ の 得 難 い 人 格 体 の 本 質 的 な 人 間 観 や 本 然 的 情 性 の 内 実 を 洞 察 の 視 野 に お さ め る こ と な く、 遊 離 し 抽 出 さ れ た 環 境 利 用 の 合 理 的 方 法 論 は や が て そ の 教 育 的 客 体 と は 本 質 的 に 異 な っ た 人 間 の 価 値 体 系 を 有 す る 近 代 的 理 論 を 構 築 し て い く こ と と な る。 そ れ は さ て お き、 こ こ で み る ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 の 思 考 形 態 は 人 間 尊 重 の 基 本 的 視 点 で 木 村 龍 平 氏 の そ れ と 共 感 的 或 い は 共 通 的 側 面 を も つ も の と 思 わ れ る。 氏 は 恐 ら く ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 の 盲 人 福 祉 運 動 に か け る 社 会 改 良 的 志 向 を 持 っ た 強 い 信 条 と 社 会 連 帯 を 呼 び か け る 献 身 の 生 き 方 に 大 き な 教 唆 を 受 け、 自 ら の 人 生 の 命 題 と そ の 使 命 を 自 覚 し、 確 め 得 た も の と 思 わ れ る。 数 少 な い 人 生 の 出 合 い が 契 機 と な り、 人 権 思 想 の 論 理 の 構 成 と 意 欲 的 な 実 践 活 動 の 原 動 力 と な っ て 発 展 し て い く こ と に な る。 四 人 権 思 想 の 論 理 と 展 開 人 権 思 想 形 成 上 の 論 理 的 ア プ ロ ー チ を 盲 人 の 主 体 的 側 面 か ら と り あ げ れ ば、 一 つ は 盲 人 の 基 本 的 人 権 確 立 を 図 る た め 福 祉 の 成 長 を 阻 害 す る 素 因 の 排 除 に あ る と す る 人 間 尊 重 の 基 本 的 原 理 の 実 現 に あ り、 一 つ は 近 代 社 会 に 於 け る 盲 人 の 自 覚 的 な 責 任 と 役 割 の 遂 行 に よ る 社 会 連 帯 理 念 の 実 現 に あ り と 解 し、 人 権 思 想 の 論 理 構 成 を 考 察 す る こ と と す る。 先 ず、 木 村 龍 平 氏 は、 氏 の ﹁ ゆ け に ど め ﹂ の 人 生 観 に 発 す る 自 立 更 生 哲 学 を ﹁ 自 立 の 正 三 角 錐 ﹂ 方 式 と し て 称 え、 社 会 連 帯 に 於 け る 障 害 者 の 主 体 的 な 位 置 付 け を 行 っ て い る。 氏 は 福 祉 の 近 代 史 観 で 福 祉 の 成 長 状 態 を 追 思 し、 発 芽 期 (昭 和 二 一-三 五 年 )、 開 花 期 ( 昭 和 三 六-五 〇 年 )、 結 実 期 ( 昭 和 五 一-六 六 年 ) の 三 期 に 分 け て 論 述 し て い る が、 高 度 経 済 成 長 が 徐 々 に 加 速 度 を 増 し つ つ あ っ た 開 花 期 の 初 頭 に 相 当 す る 頃、 一 九 六 四 ( 昭 和 三 九 ) 年 三 月、 鉄 道 九 〇 年 記
念 奨 励 賞 の 一 部 門 で あ る ﹁ 第 一 回 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 懸 賞 論 文 ﹂ に 第 一 位 で 入 賞 し た ﹁ 身 体 障 害 者 の 社 会 復 帰 ま た は 更 生 に 身 体 障 害 者 の 負 う べ き 役 割 と そ の 対 策 ﹂ の 論 作 に 於 い て 自 己 の 失 明 者 と し て の 生 活 体 験 を 通 し て 各 種 身 体 障 害 者 に 共 通 す る 問 題 点 を 論 じ て い る。 こ の 中 で 氏 は ま ず 更 生 の 前 提 条 件 と し て ﹁ 援 護 ( 家 庭 的、 社 会 的、 公 的 ) と 自 立 の 関 係 が あ た か も 車 の 両 輪 の ご と く 文 字 通 り 唇 歯 輔 車、 表 裏 一 体、 密 接 不 可 分 と な り、 し か も 均 衡 の と れ た 適 正 な 運 (35) 営 が 行 わ れ な け れ ば な ら な い ﹂ と 言 い、 自 ら 行 う べ き 役 割 り と し て 精 神 的 更 生、 肉 体 的 更 生、 職 業 的 更 生 の 三 点 を あ (36) げ、 こ の ﹁ 三 要 素 が 均 衡 の と れ た 配 列 に お か れ な け れ ば な ら な い ﹂ と し て 精 神 的 更 生 を 底 辺 と し、 肉 体 的 及 び 職 業 的 更 生 を 斜 辺 と し た 正 三 角 形 で 表 現 し て い る。 又、 そ の 対 策 と し て ﹁ 自 立 更 生 は 訓 練 に は じ ま っ て 訓 練 に 終 る ﹂ と し て 家 (37) 庭 的 訓 練、 社 会 的 訓 練、 団 体 的 訓 練 を あ げ、 ﹁ 対 策 の 三 訓 練 ﹂ と 名 付 け、 前 述 の 正 三 角 形 を 底 面 と し て こ れ ら を 斜 面 と す る 所 謂、 自 立 の 正 三 角 錐 方 式 と し た の で あ る。 氏 は そ の 理 論 と 対 策 に つ い て 明 解 且 っ、 詳 細 に 論 述 さ れ て い る が、 こ こ で 特 に 注 目 す べ き は 精 神 的 更 生 の 基 本 的 対 策 で あ る。 即 ち、 概 観 す れ ば、 劣 等 感 の 排 除 と 認 識、 更 生 意 欲 の 増 進 (38) で あ り、 前 者 に 於 い て は ﹁ 劣 等 感 を 排 除 す る こ と が 精 神 的 更 生 の 第 一 歩 で あ る ﹂ と し て 自 己 の 立 場 を 認 識 す る た め の 五 原 則 を あ げ て い る。 こ れ は 身 障 者 は 五 体、 五 感 の 欠 損 あ り と す る も 決 し て 特 異 な 人 間 で は な い と す る 非 特 異 性 の 認 識、 自 己 の 障 害 を 医 学 的 に 把 握 し 障 害 を 増 進 さ せ る こ と の な い 医 学 的 認 識、 身 障 者 の 占 め る 社 会 的 地 位 ( 国 民 感 情 の 中 で ど の よ う に 待 遇 さ れ て い る か ) の 認 識、 法 制 上 或 い は 地 方 公 共 団 体 に よ る 公 的 援 護 の 認 識、 残 存 能 力 を 充 分 に 生 か す 更 生 可 能 な 認 識 等 が あ る が、 こ の 中 の 社 会 的 地 位 の 認 識 で 歴 史 的 な 六 種 の 時 代 感 覚 ( 放 任、 虐 待、 恐 怖、 憐 欄、 擁 護、 福 祉 の 各 時 代 ) の 複 較 的 存 在 と 誤 っ た 宗 教 観 及 び 潜 在 意 識 ( 仏 教 の 誤 っ た 因 縁 論 や 社 会 的 偏 見、 差 別 用 語 問 題 等 ) ー 密 教 文 化 第 一 七 四 号 で 既 述 ー を 論 じ て い る。 こ れ は 我 が 国 の 歴 史 的、 文 化 的 風 土 の 非 近 代 性 を 指 摘 し て い る も 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 の で 人 権 思 想 の 論 拠 と な っ て い る。 氏 は 一 九 六 四 ( 昭 和 三 九 ) 年 七 月、 ニ ュ ー ヨ ー ク で 開 催 さ れ た 第 三 回 世 界 盲 人 福 祉 協 議 会 に 日 本 代 表 と し て 出 席 し た が、 日 本 と 欧 米 の 盲 人 の 福 祉 差 に つ い て 社 会 的 援 護 を あ げ て い る。 我 が 国 で は 親 切 は 美 徳 な り と す る 考 え 方 が 底 流 を な し、 又、 ﹁ 間 違 っ た 仏 教 の 思 想 か ら ﹃ 失 明 は 前 世 の 悪 因 縁 で あ る ﹄ と い う 宗 教 的 罪 悪 感 を 盲 人 に 押 し つ け て い る ﹂ が た め ﹁ 盲 人 に 対 す る 親 切 は し て も、 し な く て も 良 い 事 で あ り、 も し、 す る と す れ ば、 そ れ は 立 派 な 美 徳 な の で あ る ﹂ と し、 そ の 親 切 は. 行 う 方 に も、 受 け る 方 に も、 小 さ な 抵 抗 が あ る ﹂ こ と に 対 し て 欧 米 で は ﹁ 不 幸 な 者 に 対 す る 親 切 は、 社 会 人 と し て の 義 務 で あ り、 当 然 な さ ね ば な ら ぬ 好 意 で あ る ﹂ と さ れ て お (39) り、 盲 人 に 接 す る 態 度 に は 全 く 不 自 然 さ が な く 感 激 す る こ と が 多 く ﹁ 未 だ か つ て 日 本 で は 体 験 し た 事 が な か っ た ﹂ と (40) 言 い、 ﹁ こ の 美 徳 感 と 義 務 感 の 差 が 我 が 国 と 欧 米 の 社 会 福 祉 に 大 き な ギ ャ ッ プ を つ け て い る ﹂ と し て い る。 こ れ は 所 謂、 近 代 社 会 に 於 け る 近 代 化 を 裏 付 け る 一 つ の バ ロ メ ー タ ー を 意 味 す る も の と も 言 え よ う。 近 代 社 会 の 形 成 は 単 な る 哲 学 的 合 理 論 に 拠 る こ と の み な ら ず 歴 史 的、 普 遍 的 に 醸 成 さ れ た 社 会 的 土 壌 に 存 在 す る ヒ ュ ー マ ニ ズ ム と の 社 会 的 調 和 に あ り、 必 然 的 に 社 会 意 識 に 内 包 す る そ の 非 近 代 性 の 排 除 を 否 定 し 得 べ く も な い。 我 が 国 社 会 に 温 存 さ れ た 潜 在 的、 非 近 代 的 社 会 意 識 の 払 拭 に つ い て の 近 代 的 思 考 を 氏 の 論 陣 に み る こ と が で き る。 後 者 の 更 生 意 欲 の 増 進 に つ い て は 氏 の (41) 人 生 観 で あ る ﹁ ゆ け に ど め ﹂ を ﹁ 自 立 の 五 訓 ﹂ と し て 明 確 に 盲 人 福 祉 運 動 の 指 導 理 念 と し て 樹 立 し て い る。 更 に 具 体 的 対 策 に 於 け る 団 体 的 訓 練 の 中 で 信 仰 に よ る 訓 練 が あ る が、 ﹁ 宗 教 は ア ヘ ン な り と 毒 突 か れ る よ う に 最 近 は い か が わ し い も の も 随 分 横 行 し て い る よ う な の で、 無 暗 に 飛 び 込 む こ と は 出 来 な い が、 正 し い 信 仰 を 持 つ こ と も 決 し て 無 意 味 で (42) な い ﹂ と し て 極 め て 客 観 的 な 視 点 か ら 宗 教 の 精 神 性 を 評 価 し て い る。 急 激 な 社 会 経 済 的 変 動 の 下 で 盲 人 の 生 活 は ま す ま す 窮 迫 の 度 を 強 め、 福 祉 六 法 体 制 が 漸 く 整 う 機 運 に あ っ た と は い
え、 障 害 者 の 生 活 権 確 保 の た め の 要 求 運 動 が 全 国 的 に 激 し さ を 増 し、 反 体 制 的 イ デ オ ロ ギ ー が 渦 巻 く 社 会 情 勢 の 中 で 早 く か ら 近 代 的 盲 人 福 祉 理 論 を 確 立 し、 そ の 指 導 理 念 に 立 脚 し た 盲 人 福 祉 運 動 を 展 開 し て き た こ の 事 実 は 実 に 驚 く べ き こ と で あ る。 次 に 盲 人 福 祉 の 成 長 を 阻 害 す る 素 因 の 排 除 に あ り と す る 人 権 思 想 の 本 命 的 論 理 構 成 の 概 念 に 触 れ る こ と と す る。 近 代 史 観 の 開 花 期 の 後 半 に あ た る 一 九 七 二 (昭 和 四 七 ) 年、 高 度 経 済 成 長 の 絶 頂 期 に あ り、 福 祉 総 花 ざ か り と 言 わ れ た 時 代、 毎 日 新 聞 社 が 募 集 し た 懸 賞 論 文 入 選 の 論 作 ﹁ ひ と り の た め の 社 会 福 祉 ﹂ と 一 九 八 一 (昭 和 五 六 ) 年、 高 度 経 済 成 長 が 安 定 成 長 に 移 行 し、 結 実 期 に 入 っ た ま さ に 国 際 障 害 者 年 の 始 期 に 際 し て の 著 作 ﹁ 国 際 障 害 者 年 に よ せ て ( 私 の 福 祉 論 ) ﹂ で の 一 連 の 論 理 か ら 考 察 す る。 盲 人 福 祉 の 成 長 を 阻 害 す る 素 因 に つ い て 科 学 的 視 点 よ り 実 態 的、 実 証 的 分 析 を 試 み、 そ れ が 自 由、 人 権、 生 活 の 問 題 領 域 に あ る と し て 論 理 の 構 築 を 図 っ て い る。 そ の 概 念 を み れ ば 先 ず、 自 由 の 主 た る 阻 害 に つ い て は 社 会 的 行 動 の 自 由 の 阻 害、 即 ち、 交 通 戦 争 等 の 社 会 環 境 の 悪 化 に 伴 う 歩 く 自 由 の 阻 害 や カ ナ 書 き 点 字 に よ る 健 常 者 と の 学 力 差 等 の 書 く こ と の 自 由 の 阻 害 を あ げ、 こ の 極 め て 原 始 的 な 自 由 を 取 り 戻 す に は 盲 人 の 能 力 開 発、 人 工 眼 球 の 発 明 を 要 す る 他、 遺 伝 科 学 の 進 歩 に よ る 盲 人 の 発 生 の 未 然 防 止 に 期 待 し て い る。 人 権 の 阻 害 に つ い て は そ の 侵 害 の 素 因 を 歴 史 的、 文 化 的 側 面 か ら 考 察 し、 残 存 す る 非 近 代 的 社 会 意 識、 社 会 的 偏 見 及 び 差 別 用 語 の 問 題 等 に つ い て そ の 蔑 視 誘 因 を 明 解 に 分 析 し て い る ( 密 教 文 化 第 一 七 四 号 参 照 )。 生 活 の 阻 害 に つ い て は 盲 人 福 祉 対 策 の 基 本 を ﹁(1) 安 心 し て 働 け る 社 会(2) 晴 (43) 眼 者 に ピ ケ 目 を 感 じ な い 生 活(3) 生 涯 を 通 じ、 生 き て い て 良 か っ た と い う 喜 び ﹂ と し、 生 活 の 理 想 を 次 の 五 条 件、 即 (44) ち、 ﹁ 安 全、 健 康、 快 適、 平 等、 創 造 性 ﹂ を 満 す も の と し て そ の 阻 害 要 因 の 排 除 を 求 め て い る。 先 ず、 安 全 に つ い て 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 は 生 活 の 安 全 を 収 入 の 安 全 と し 職 域 の 確 保 を 問 題 と し て い る。 盲 人 の 生 活 困 窮 度 は 高 く 稼 働 能 力 は 著 し く 劣 っ て お り、 伝 承 的 な 三 療 や 邦 楽 に 頼 っ て い る 者 が 多 い が、 晴 眼 者 に 職 域 を 圧 迫 さ れ 近 代 産 業 へ の 進 出 は ご く 一 部 の 者 の み に 過 ぎ ず 憲 法 に あ る 職 業 選 択 の 自 由 は 未 だ 保 障 さ れ て い な い と し て い る。 な お、 職 域 開 発 と と も に 三 療 の 育 成、 体 質 改 善 及 び 業 界 の 近 代 化 に よ る そ の 安 定 と 安 全 を 図 る 他、 低 利 資 金 の 融 資、 年 金 の 飛 躍 的 増 額 が 必 要 で あ る と す る。 健 康 に つ い て は 角 膜 移 植 と そ の 提 供 者 不 足 や 開 眼 手 術 の 問 題、 福 祉 行 政 の 一 環 と し て 検 診 の 機 会 に 恵 ま れ な い 盲 人 の 巡 回 検 診、 或 い は 先 天 性 盲 人 の 幼 児 期 に 於 け る 過 保 護 や 健 康 管 理 に つ い て の 保 健 婦 の 派 遣 に よ る 指 導 助 言 等 の 必 要 を と い て い る。 快 適 に つ い て は 住 居 と 環 境 の 整 備 の 必 要 性 を と き、 福 祉 都 市 の 普 及、 公 営 住 宅 へ の 優 先 入 居 や 住 宅 改 造 資 金 の 優 先 貸 付 け へ の 配 慮 を 求 め て い る。 平 等 に つ い て は 日 常 生 活 の 中 に 存 在 す る 矛 盾 や 不 平 等 を あ げ、 例 と し て 飛 行 機 の 単 独 利 用 の 規 定 な き こ と や 私 鉄 バ ス の 処 遇 改 善 の 他、 公 共 料 金、 文 化 的 恩 恵 の 問 題 等、 今 世 紀 中 の 改 善 を 求 め て い る。 創 造 性 に つ い て は 教 育 の 機 会 均 等 は 盲 人 に と っ て は 単 な る 空 文 に 過 ぎ な い と し、 国 立 大 学 は 依 然 と し て 盲 人 に 門 戸 を 閉 し、 公 立、 私 立 大 学 の 中 に も 拒 否 す る と こ ろ が 少 な く な い と し て い る。 盲 人 に 対 す る 社 会 教 育、 複 合 障 害 の 在 宅 盲 人 に 対 す る 巡 回 教 育、 或 い は 能 力 あ る 盲 人 の 普 通 学 校 で の 統 合 教 育 方 式 の 体 制 を 整 え る こ と を 理 想 と し て い る。 自 由 主 義 社 会 の 市 場 メ カ ニ ズ ム の 下 に あ っ て そ の 激 し い 競 争 社 会 に 生 き る 盲 人 の 自 立 更 生 は 決 し て 容 易 で は な く、 盲 人 の 自 助 努 力 を 支 え る も の と し て 社 会 的 に 対 応 可 能 な 能 力 開 発 へ の 社 会 的 条 件 の 整 備 が 緊 要 に し て 不 可 欠 な 前 提 で あ る こ と は 論 を 待 た な い。 氏 が 提 起 し た 諸 々 の 問 題 は そ の 後、 若 干 の 前 進 を み た も の の 今 な お 極 め て 現 実 的 な 問 題 と し て 残 さ れ て い る。 最 近、 重 度 障 害 児 の 普 通 学 校 へ の 入 学 拒 否 問 題 が 起 こ る 世 情 の 中 で 早 く か ら 統 合 教 育 に 触 れ て い る の も 注 目 に 値 い す る。 又、 盲 人 三 療 に つ い て は 先 進 諸 国 か ら 関 心 が 寄 せ ら れ て い る が、 氏 は ﹁ あ ま り に も 安 定
し た 盲 人 の 職 業 で あ っ た 為、 そ の 上 に あ ぐ ら を か い て い る 内、 世 界 の 趨 勢 か ら 取 り 残 さ れ、 晴 眼 者 の 進 出 に 対 応 す る (45) 手 段 を 失 っ て し ま っ た ﹂ と し な が ら、 一 方、 社 会 的 援 護 の な い 中 で 盲 人 自 身 が 三 療 や 琴、 三 味 線、 琵 琶 等 で 拓 い て き た 勝 れ た 自 立 心 は 精 神 的 更 生 面 で 他 の 先 進 国 に は み ら れ な い も の が あ る と し て 自 負 し て い る。 こ の 限 ら れ た 職 域 は ま す ま す 晴 眼 者 に 侵 食 を 許 す 時 流 に あ り 問 題 の 切 実 性 を 増 し て い る。 自 立 心 旺 盛 な 盲 人 の 行 く 手 を 阻 む も の は 何 か を 問 う 盲 人 の 主 体 的 側 面 か ら の こ の 一 連 の ア プ ロ ー チ は そ の 客 体 領 域 が も つ 問 題 性 に 対 し て 科 学 的 且 つ 又、 現 実 的 視 点 か ら の 論 理 に 基 ず き 構 成 さ れ て い る と 言 え よ う。 更 に 盲 人 の み で 団 体 を 作 り 福 祉 活 動 を し て い る の は 我 が 国 だ け で あ る と い う 批 判 に 対 し て は ﹁ ﹃ 盲 人 で な け れ ば、 盲 人 の 事 は わ か ら な い ﹄ と 我 説 を 固 持 し て、 晴 眼 者 と の 融 合 を 拒 否 す る 態 (46) 度 は 速 や か に 改 め な け れ ば な ら な い ﹂ と し、 我 が 国 の 進 む べ き 道 や 取 る べ き 方 法 を 忘 れ る べ か ら ず と し て、 我 が 国 の 盲 人 指 導 者 に 求 め る も の は ﹁ 変 り ゆ く 世 界 に 取 り 残 さ れ な い よ う、 早 急 に 盲 人 の 指 導 理 念 を 確 立 す る 必 要 が あ る。 こ (47) れ と 同 時 に 社 会 の 誤 っ た 盲 人 観 も 改 革 し、 更 に 公 的 援 護 の 再 検 討 と 抜 本 的 な 改 革 を な す べ き で あ る ﹂ と し て い る。 氏 は 又、 一 九 七 二 ( 昭 和 四 七 ) 年、 旧 ソ 連 の モ ス ク ワ で 開 か れ た 盲 人 の コ ン ピ ュ ー タ ー ・ プ ロ グ ラ マ ー の 教 育 と 雇 用 に 関 す る 国 際 会 議 に 日 本 代 表 と し て 出 席 し、 旧 ソ 連 邦 時 代 の 共 産 主 義 体 制 下 に 於 け る 二 四 七 に 及 ぶ 盲 人 の 生 産 工 場 の 一 部 を 視 察 し て い る。 そ の 集 団 方 式 は ア メ リ カ の 分 散 方 式 と は 対 照 的 な も の で あ っ た が、 我 が 国 で は 未 だ に 模 索 を 続 け 座 標 軸 の 設 定 が で き て い な い と し、 そ の 方 向 性 の 欠 如 を 指 摘 し て い る。 こ こ に 於 い て 盲 人 自 身 の 自 省 の 上 に 立 っ た 盲 人 福 祉 の 独 自 な 指 導 理 念 を 確 立 し、 国 の 方 向 性 の 欠 如 に 現 実 的 に 対 処 す る た め 人 権 思 想 の 実 践 的 展 開 へ の 歩 を 進 め て 行 く こ と に な る。 一 九 七 三 ( 昭 和 四 八 ) 年 五 月、 福 井 県 で 開 催 さ れ た 第 二 六 回 全 国 盲 人 福 祉 大 会 に 於 い て 自 ら の 人 権 思 想 の 論 理 に 基 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 ず い た 行 動 計 画 を ﹁ 日 盲 連 の 進 路 選 択 と 重 点 目 標 ﹂ と 題 し て 提 案 し た。 姐 上 に 乗 っ た 原 案 は 可 決 承 認 さ れ、 そ の 後、 一 二 名 の 専 門 委 員 に よ り、 自 由、 人 権、 生 活、 組 織 の 四 グ ル ー プ の 専 門 委 員 会 が 組 織 さ れ、 一 年 後、 具 体 的 実 践 計 画 の 成 案 を 得 て い る。 目 標 は 一 九 七 四 年 四 月 一 日 よ り 一 九 九 九 年 三 月 末 日 ま で の 二 五 年 間 を 期 間 と し、 激 動 期 の 時 代 に 適 確 な 展 望 は 困 難 と し な が ら も ﹁ ﹃ 人 問 尊 重 ﹄ と ﹃ 社 会 連 帯 ﹄ の 精 神 を 基 調 と し た ヒ ュ ー マ ニ ズ ム が 続 く 限 り、 盲 人 福 祉 に 対 す る 基 本 的 理 念 に も 大 き な 変 化 が 起 る も の と は 考 え ら れ な い ﹂ と し、 人 間 尊 重 の 価 値 前 提 を 信 じ て 疑 わ ず、 ﹁ 長 期 計 画 を 方 程 式 と 考 え、 当 面 の 問 題 は 応 用 問 題 と し て 進 路 の 軌 道 修 正 を 行 い な が ら、 組 織 活 動 を 誤 り な く 推 進 す る と (48) こ ろ に、 こ の 計 画 の 重 大 な 意 義 が あ る ﹂ と し て こ の 基 本 的 路 線 に 沿 っ た 時 勢 へ の 対 応 措 置 を 設 定 し て い る。 氏 は 又、 今 ま で の 運 動 は 要 求 一 本 で き た と し、 ﹁ 今 後 は 主 張 と 要 求、 感 謝 と 団 結 を 合 言 葉 と し、 自 由 と 人 権 に つ い て は、 正 し く、 (49) 強 く 主 張 し、 論 理 的 な 筋 道 を た て て、 生 活 の 充 実 を 要 求 す る な ど 体 系 付 け た 活 動 を 行 い ﹂ た い と し て い る。 か く し て 氏 の 人 権 思 想 は 全 国 レ ベ ル で の 盲 人 福 祉 運 動 の 実 践 の 中 に 具 現 化 さ れ た の で あ る。 戦 後、 幾 多 の 社 会 福 祉 理 論 が 拾 頭 し、 華 や か に 論 争 が 展 開 さ れ た と は い え、 福 祉 の 原 点 と も い え る 我 が 国 の 盲 人 福 祉 は 盲 人 自 身 か ら 生 ま れ た 独 自 の 思 想 に 基 ず く 盲 人 福 祉 団 体 の 活 動 に よ り 形 成 さ れ て き た と 言 っ て も 過 言 で は な い。 こ れ は 世 界 に 類 な き 我 が 国 の 特 質 で あ り、 盲 人 自 ら が そ の 団 結 の 力 に 頼 ら ざ る を 得 な い 社 会 的 構 造 の 特 性 に 起 因 す る も の と 言 え よ う。 五 お わ り に
盲 人 福 祉 に 於 け る 木 村 龍 平 氏 の 人 権 思 想 は 日 盲 連 の 実 践 理 念 と し て そ の 運 動 の 中 に 生 か さ れ、 ま さ し く 今 世 紀 を 画 す る も の と な っ た。 時 あ た か も 世 界 の 情 勢 は 激 動 し、 冷 戦 構 造 の 解 消 に 続 く 一 九 九 一 年 一 二 月 の ソ 連 邦 の 崩 壊 は 欧 米 (50) に 於 け る イ デ オ ロ ギ ー 的 勝 利 の 認 識 を 強 め、 又、 ア ジ ア に 於 い て は 中 国 は 一 九 九 二 年 一 〇 月、 社 会 主 義 市 場 経 済 論 を 提 唱 し、 我 が 国 に 於 い て は 技 術 革 新 が 文 明 開 化 以 来 の 技 術 的 近 代 化 へ の 目 標 に 到 達 し、 歴 史 的 に 近 代 の 終 焉 を ま さ に 告 げ ん と し て い る。 然 し な が ら、 盲 人 福 祉 に 於 け る 近 代 化 の 意 味 あ い は そ の 社 会 的 土 壌 に 於 け る 社 会 意 識 と の 関 連 を 抜 き に し て は 語 れ な い。 氏 の 句 に あ る ﹁ 遠 き 峰 ﹂ は 果 し て い つ の 日 に 間 近 に 見 る こ と が で き る で あ ろ う か。 国 際 障 害 者 年 の 行 動 計 画 が い よ い よ 終 期 を 迎 え ん と す る 今 日、 氏 の 思 想 と そ の 実 践 は 今 後 の 盲 人 福 祉 の あ り 方 に 大 き な 教 唆 を 与 え て い る。 氏 は 未 来 を 展 望 し て、 そ の 著 ﹁ 国 際 障 害 者 年 に よ せ て ( 私 の 福 祉 論 ) ﹂ の 中 で 経 済 大 国 日 本 の 果 す べ き 役 割 を 論 じ て い る が、 そ れ は 開 発 途 上 国 に 対 す る 福 祉 的 援 助 で あ る。 氏 が 主 張 す る 如 く 世 界 の 潮 流 は 世 界 福 祉 へ の 動 向 を 示 し て お り、 人 口 問 題、 飢 餓、 公 害、 エ イ ズ 等 の 諸 問 題 が 顕 在 化 し、 極 め て 現 実 的 な 課 題 を 提 供 し て い る。 拾 頭 す る 民 族 主 義 及 び 宗 教 問 題 と 併 せ て 来 世 紀 へ わ た る 人 類 福 祉 の 基 点 は 社 会 的 不 条 理 の 存 在 す る 限 り 人 権 問 題 を め ぐ っ て 展 開 さ れ、 人 間 尊 重 の 価 値 前 提 は 一 層 の 重 み を 増 す で あ ろ う。 欧 米 の 哲 学 的 合 理 論 と は 本 質 的 に 異 な る 氏 の 人 間 観 と 人 間 尊 重 の 価 値 体 系 は 共 生 思 想 的 論 理 の 下 に ポ ス ト ・ モ ダ ニ ズ ム 形 成 へ の 内 実 的 精 神 性 を 与 え る も の と し て 注 目 さ れ る。 福 祉 の 原 点 と 言 わ れ る 盲 人 福 祉 の 分 野 の 中 で ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 女 史 や 氏 の 如 き 重 度 の 障 害 を 受 け、 苦 難 の 人 生 を 克 服 し て き た 人 間 の 思 想 は 単 な る 観 念 論 で は み ら れ な い 生 命 体 と し て の 人 間 の 実 存 が 実 感 さ れ る。 現 代 哲 学 的 思 考 へ の 一 つ の 視 点 を 与 え る も の と 言 え よ う。 深 遠 な 氏 の 思 想 の 真 底 に 触 れ る ま で に は 到 底 及 ぶ こ と な く、 一 側 面 の し か も 一 局 面 を 垣 間 見 た に 過 ぎ な い も の と な っ た が、 含 畜 あ る そ の 思 想 の 意 味 す る と こ ろ は 大 き い。 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 注 ( 1 ) 梅 原 猛、 ﹁ 文 藝 春 秋 ﹂ ー 脳 死 ソ ク ラ テ ス の 徒 は 反 対 す る -一 九 九 〇 年 一 二 月、 三 五 六 頁 ( 2 ) 一 番 ケ 瀬 康 子、 佐 藤 進、 ﹁ 障 害 者 の 福 祉 と 人 権﹄ 光 生 館、 一 九 八 七 年、 一 一 九 頁、 保 守 政 治 と 結 び つ き が ち な 従 来 の 盲 人 団 体 ﹂ と の 表 現 で 記 述 さ れ て い る。 ( 3 ) 日 盲 連、 ﹁ 進 路 選 択 と 重 点 目 標 ﹂ 七 四 頁 ( 4 ) 一 九 七 九 ( 昭 和 五 四 ) 年 に 和 歌 山 県 身 体 障 害 者 連 盟 (会 長、 木 村 龍 平 ) が 身 体 障 害 者 総 合 福 祉 会 館 を 建 設 し た が、 そ の 年 の 一 〇 月 六 日、 憲 章 を 制 定 し、 こ の 会 館 の 玄 関 に 鍍 刻 さ れ て い る。 氏 の 草 案 に よ る こ の 憲 章 は 障 害 者 の 主 体 的 な 生 き 方 を 示 し て お り、 格 調 の あ る 氏 の 思 想 を 表 現 し て い る。 こ こ に そ の 全 文 を 掲 載 す る。 な お、 団 体 独 自 の 憲 章 は 全 国 で も 恐 ら く 初 め て の も の で あ る。 憲 章 私 達 は 美 し い 自 然 に 恵 ま れ た 温 暖 な 和 歌 山 県 に 住 む 喜 び を 分 ち 合 い、 速 や か に 身 体 の 不 自 由 を 乗 り 越 え、 希 望 に 満 ち た 自 立 の 理 想 を 達 成 す る た め こ こ に 憲 章 を 定 め、 自 立 性 と 協 調 性 に 富 む 団 結 に よ り そ の 実 行 に 意 欲 を 燃 や し ま す。 1 私 達 は 自 ら の 運 命 を 愛 し、 自 助 互 助 他 助 の 輪 を ひ ろ げ ま す。 2 私 達 は 自 他 の 偏 見 を 排 除 し、 進 ん で 気 力、 能 力、 創 造 力 を み が き 合 い ま す。 3 私 達 は 一 人 一 入 の 生 き が い、 学 び が い、 働 き が い を 高 め み ん な で し あ わ せ を 育 て ま す。 ( 5 ) ﹁ 日 本 の 選 択 ﹂ 毎 日 新 聞 社、 昭 和 四 七 年、 二 四 四 頁 ( 6 ) 同 右 ( 7 ) N H K 放 送 ﹁ 人 生 読 本 ﹂ 昭 和 四 七 年、 三 〇 〇 頁 ( 8 ) 同 右、 三 〇 一 頁 ( 9 ) 同 右、 三 〇 三 頁 ( 10 ) 同 右、 三 〇 四 頁 ( 11) 故 金 成 甚 五 郎 氏 は 元 和 歌 山 県 立 盲 学 校 長 で 県 盲 人 協 会 初 代 会 長、 日 盲 連 三 代 目 会 長 を 務 め た。 人 格 高 潔 に し て 熱 心 な 盲 人 福 祉 運 動 家 で あ っ た。 若 き 木 村 龍 平 氏 の 卓 越 し た 資 質 を 早 く か ら 見 抜 き、 日 本 盲 人 界 の ト ッ プ ・ リ ー ダ ー と し て そ の 将 来 を 嘱 望 し て い た。 木 村 龍 平 氏 も 又 よ く そ の 聲 咳 に 接 し 薫 陶 を 受 け 心 か ら 敬 愛 し て い た。 昭 和 四 七 年 に す べ て の 職 を 退 け 千 葉 に 陰 棲 し、 昭 和 四 九 年 三 月 に 行 年 七 五 で 永 眠 さ れ た。 木 村 龍 平 氏 は そ の 後 を 継 承 し 県 会 長 と な っ た。 和 歌 山 県 身 体 障 害 者 総 合 福 祉 会 館 に は 初 代 会 長 の 功 績 を 顕 彰 し、 そ の 胸 像 が 置 か れ て い る。 ( 12 ) 岩 橋 武 夫、 ﹁ 光 は 闇 よ り ﹂ 日 本 ラ イ ト ハ ウ ス、 昭 和 四 四 年、 二 四 頁 ( 13 ) 同 右 ( 14 ) 同 右、 二 五 頁 ( 15 ) 同 右、 二 六 頁
( 16 ) 同 右、 一 一七 頁 ( 17 ) 同 右、 七 八 頁 ( 18 ) 関 宏 之 ﹁ 盲 先 覚 者 伝 記 シ リ ー ズ ー ﹃ 岩 橋 武 夫 ﹄ ー 義 務 ゆ え の 道 行 i ﹂ 日 本 盲 人 福 祉 研 究 会、 一 九 八 三 年、 七 〇 頁 ( 19 ) 毎 日 新 聞 社 ﹁ 日 本 の 選 択 ﹂、 昭 和 四 七 年、 二 四 九 頁 ( 20 ) 関 宏 之、 前 掲 書 ( 18 )、 六 七 頁 ( 21 ) N H K 放 送、 前 掲 書 ( 7 )、 三 〇 七 頁 ( 22 ) 木 村 龍 平、 ﹁ 国 際 障 害 者 年 に よ せ て ( 私 の 福 祉 論 ) ﹂ 昭 和 五 六 年、 四 頁 ( 23 ) 岡 本 民 失 ・ 小 田 兼 三、 ﹁ 社 会 福 祉 援 助 技 術 総 論 ﹂、 ミ ネ ル ヴ ァ 書 房、 一 九 九 〇 年、 七 五 頁 ( 24 ) 同 右、 七 四 頁 ( 25 ) 同 右、 七 五 頁 ( 26 ) 福 祉 士 養 成 講 座 編 集 委 員 会、 ﹁ 社 会 福 祉 援 助 技 術 各 論 I ﹂ 中 央 法 規、 一 九 九 二 年、 三 二 頁 ( 27 ) サ リ バ ン 著、 遠 山 啓 序 ・ 愼 恭 子 訳 ﹁ ヘ レ ン ・ ケ ラ ー は ど う 教 育 さ れ た か ー サ リ バ ン 先 生 の 記 録-﹂ 明 治 図 書、 一 九 七 三 年、 四 四 頁 ( 28 ) ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 著、 川 西 進 訳 ﹁ 私 の 青 春 時 代、 ヘ レ ン ・ ケ ラ ー 自 伝 ﹂ ぶ ど う 社、 一 九 八 二 年、 三 六 頁 ( 29 ) 同 右、 四 一 頁 ( 30 ) 同 右、 三 八 頁 ( 31 ) 諸 橋 轍 次、 ﹁ 中 国 古 典 名 言 事 典 ﹂ 講 談 社、 一 九 七 六 年、 三 一 八 頁、 老 子、 ﹁ 天 地 不 仁。 以 二 萬 物 一為 一一郷 狗 こ ( 32 ) ヘ レ ン ・ ケ ラ ー、 前 掲 書 ( 28 )、 一 〇 頁 ( 33 ) 同 右、 四 三 頁 ( 34 ) 全 国 鉄 身 障 者 協 会、 ﹁ リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン ﹂ 第 五 九 号、 一 九 六 四 年、 一 三 頁 ( 35 ) 同 右、 一 二 頁 ( 36 ) 同 右、 一 二-一 三 頁 ( 37 ) 同 右、 一 三 頁 ( 38 ) 同 右、 一 四 頁 ( 39 ) 木 村 龍 平、 ﹁ 世 界 盲 人 福 祉 協 議 会 総 合 参 加 報 告 書 ﹃ 木 槌 の 音 ﹄ ﹂ 一 九 六 四 年、 一 五 頁 ( 40 ) 同 右、 一 六 頁 ( 41 ) 全 国 鉄 身 障 者 協 会、 前 掲 書 ( 34 )、 一 六 頁 ( 42 ) 同 右、 一 八 頁 ( 43 ) 毎 日 新 聞 社、 前 掲 書 ( 19 )、、 二 五 六 頁 ( 44 ) 同 右 ( 45 ) 木 村 龍 平、 前 掲 書 ( 39 )、 一 八 頁 ( 46 ) 同 右、 一 九 頁 ( 47 ) 同 右 ( 48 ) 日 盲 連、 前 掲 書 ( 3 )、、 二 頁 ( 49 ) 同 右、 七 八 頁 ( 50 ) 毎 日 新 聞 ( 平 成 四 年 一 〇 月 一 三 日 付 ) 中 国 共 産 党 第 -四 回 大 会 ( 一 〇 月 一 二 日 ) に 於 い て 新 し い テ ー ゼ と し て 掲 げ 近 代 的 盲 人 福 祉 思 想 の 形 成
密 教 文 化 ら れ た。 参 考 文 献 岩 橋 英 行、 ﹁ 世 界 盲 人 百 科 事 典 ﹂ 日 本 ラ イ ト ハ ウ ス、 昭 和 四 七 年