日中産学官交流機構
第 25 回中国塾
日 時: 2018 年 4 月 21 日 講 師: 田中 修氏(塾頭) テーマ: 「政府活動報告のポイント」 1. 構成 今回の政府活動報告は例年と異なり、第1 部は 5 年間の政策回顧、第 2 部で 2018 年の政策の総体要求・ 政策方向、第3 部で 2018 年の重点政策建議を列挙している。 2. 5 年の回顧 (1) 安定の中の前進、経済運営を合理的区間に維持。15 年に株式市場が激しく動揺、人民元売りや資金 流出問題が起こり外貨準備も減少。同年末から中国経済のハードランディング論が流れ、中国は経済 下振れ圧力に苦しむ中、李克強は重要指標の上・下限ターゲットを決めた区間コントロール方式で政 策を運営し、方向を定めタイミングを見計らった精確なコントロールを強化・実施した。財政・金融政策 の成果として、営業税の増値税への転換でサービス産業に累計2 兆元の減税効果をもたらした。また、 地方債の発行が認められ、地方政府は債務を安い金利の地方債に借り換え、1.2 兆元の利息負担を軽 減。財政赤字の対GDP 比率も 3%以内に抑制。外貨準備も昨年 2 月以降、安定的に増加。 (2) サプライサイド構造改革。①過剰生産能力では鉄鋼 1.7 億トン以上、石炭 8 億トンを削減。従業員 110 万人以上が宅配や新しいサービス産業等に再就職。②制度的取引コストの引き下げでは行政審査・許 認可事項を大幅に整理。 (3) その他。①イノベーション主導の発展で会社数は 9800 万社に達し、5 年で 70%増。②国有企業もてこ 入れが進み、17年度は 23.5%の利潤増。また、予算制度の整備、政府関係機関の予算の公開も進み、 中央と地方の財政権限と支出責任の見直しが行われた。③対外開放では「一帯一路」のスローガンの 下、AIIB を設立。④民生の保障・改善では、貧困対策や大病保険制度を実施。⑤環境汚染対策により 重点地区のPM2.5 の平均濃度を 30%以上引き下げた。⑥反腐敗闘争は徹底的に実施。 (4) 経済・社会の抱える困難・試練。①中国は長期にわたり社会主義初級段階にあり、世界最大の発展途 上国。発展がアンバランスで不十分。人民の要求・需要が複雑・高度化し、それに対応した供給が不足。 ②成長の内生的動力が弱い。③脱貧困の堅塁攻略任務が困難。④大事故がしばしば発生。⑤大気の 質、衛生、食品・薬品の安全と、住宅、医療、養老などが不十分。⑥政府機能の無駄、不足。⑦官僚主 義の横行。⑧高い行政費用。⑨政府腐敗問題が依然多発。 3. 2018 年の総体要求と政策方向 習近平「中国の特色ある社会主義」思想が党の指導指針となり、党の集中的統一的指導を繰り返し強調。 中国社会の主要な矛盾の変化をしっかり把握し、質の高い発展という要求に基づき、改革開放に力を入れ る。質の変革、効率の変革、動力の変革を推進し、重大リスクの防止・解消、精確な脱貧困、汚染対策の三 大堅塁攻略戦について、2020 年までに着実な進展を図る。中国経済は高速成長から質の高い成長に転換する新時代に入った。国際情勢の回復を評価し、国内的には発展を実現する能力・条件があるとした。 マクロ経済の目標は6.5%前後の GDP 成長率、消費者物価上昇率は 3%前後、都市新規就業者増は 1100 万人以上、都市調査失業率(都市+農村戸籍)5.5%以内、都市登録失業率 4.5%以内とした。 マクロ経済政策について、財政政策の方向は変えない。財政赤字の対GDP 比を 3%から 2.6%に落とし、財 政赤字抑制に踏み出した。金融は景気に中立に柔軟に運用。これまで重要指標であったM2 目標は廃止。 質の高い発展という目標のために従来の金融政策を用いる必要がなくなり、人民銀行では今年初めから先 進国型の金融政策への手直し検討が行われているようである。 4. サプライサイド構造改革を深く推進 五大任務は書き換えられた。①新しい成長エネルギー。②製造強国、製造業の現代化、高度化。③供給効 率の向上。④規制緩和。⑤企業の負担軽減では、増値税の税率を 2 段階に統合、所得税軽減の対象とな る中小零細企業の範囲拡大、企業の国外所得の減税。⑥企業の税外負担の引下げでは社会保険料の引 下げ。 5. 基礎的分野の改革 (1) 国有企業改革では国有資本の強大化、最適化の推進、ゾンビ企業の処理。 (2) 民営企業の発展は李克強が強く言ってきた。2016 年の民間投資が一時期 2%まで下落。2016 年の後 半から民間資本の規制緩和政策が打たれたが、民営企業への支援は重要である。 (3) 財産権の保護では、2016 年に民間投資が落ち込む中、私有財産権の保護が民間資本参入に重要で あるとし、私的財産権保護の強化がなされた。 (4) 財政、税制改革については、中央と地方の収入・支出区分の改革案を早急に制定し、長年の懸案であ った不動産税の立法化を推進。 (5) 金融体制改革では、銀行保険監督管理委員会の設置及び法案策定作業とプルーデンス管理の人民 銀行への移管を図る。ただ、証券業への対応が残っている。 報 告: 片山 ゆき氏((ニッセイ基礎研究所 准主任研究員) テーマ: 「中国の公的年金制度について」 2015 年の中国の高齢化率は 10.5%と日本の 1985 年レベルであるが、高齢化は日本とほぼ同じスピードで 進んでおり、4-2-1 世帯の社会構造(一人っ子同士の夫婦が 4 人の親と 1 人の子供を抱える)と言われている。 2000 年以降社会に出た一人っ子世代(ミレニアル世代)は、今、結婚、出産といったライフイベント、そして 家・自動車の購入時期を迎えており、中国の消費を牽引。一人っ子政策は廃止されたが、2017 年の第一子 出生は減少、第二子は若干増、全体ではマイナスとその効果はみえない。一方、2010 年の平均寿命は女 性77.37 歳、男性 72.38 歳と延びており、2016 年の年金の平均給与に対する比率は 43%に漸減。老後生活 の収入は半分が社会保険に依存している。 中国の社会保障体系は社会保障制度と民間保険の二つに分かれる。社会保障制度は更に社会救助、社 会保険、社会福祉、軍人保障の四つにわかれる。年金は社会保険に属する。老後保障体系は公的年金、 企業年金、養老保険の三本柱で支えられている。国務院は2014年、中国保険業界の発展の方向性に関す る 10 項目の指針を発表。民間保険が老後保障、医療、更に国の社会保障制度を補完すると期待された。 社会保険制度改革の歴史をみると、1949 年に中華人民共和国が設立され、その 2 年後の 1951 年に労働保
険条例が発令され、4つの社会保険を導入。1980 年代半ば、社会保険は地方政府に移管された。1985 年 に現在の社会保障制度、1997 年に現在の年金制度が整備された。中国の年金制度は、都市職工年金と都 市・農村住民年金(日本の国民年金)の二つに分かれる。都市職工年金には都市職工基本養老保険(1951 年創設、日本の厚生年金に相当。都市で働く企業就労者が対象で 3 億 7930 万人が加入、受給者は 1 億 103 万人、基金残高 3 兆 8580 億元)と公務員養老保険(1955 年創設、日本の公務員向けの共済保険に相 当。公務員と外郭団体職員が対象、2238 万人が加入、605 万人が受給、基金残高 1230 億元)があり、都 市・農村住民年金には、都市・農村住民基本養老保険(都市戸籍の非就労者用に 2011 年に創立された都 市住民社会養老保険と、農村住民用に1992 年に導入された新型農村社会養老保険が 2014 年に一つにな ったもの。加入者5 億 847 万人、受給者 1 億 5270 万人、基金残高 5,385 億元)がある。中国の年金基金残 高は約74 兆円(日本は 160 兆円)。 都市職工基本養老保険の保険料率は日本より高く、事業主が賃金総額の 19~20%、従業員が 8%(日本 は18.3%)を拠出。財政方式は一階部分が賦課方式、二階部分が積立方式。受給資格期間は 15 年。支給 平均月額は全国平均参考値で2362 元。(平均給与の 4 割)。一方、都市・農村住民基本養老保険は全く異 なり、各地方政府が定めた複数の保険料(年間100元とか 200元)を加入者が選択して払い込むと地方政府 が補助。財政方式は積立方式。一階部分は基礎年金部分で、国と地方政府の財政負担。二階部分は個人 勘定で積立保険料から給付。平均支給月額は117 元。年金制度は各地方政府が分立運営。年金扶養率は 広東省では現役世代 10 人で一人の老人を扶養しているが、東北地方では現役世代 2 人以下で一人を扶 養している状況。 基本年金基金と全国社会保障基金について、基本年金基金は年金給付を目的とした基金で、財源は年 金保険料、国庫・地方政府財政負担。残高は74 兆円で各地方政府が運用。少子高齢化が進む 2015 年に 全国社会保障基金が設立され、その設立目的は少子高齢化等で基本年金基金が赤字になったときの補填 金である。財源は国庫拠出金、国有企業の株式売却益、宝くじの収益金。全国社会保障基金理事会が運 営、残高は 26 兆円。資金運用は海外運用機関を活用、海外投資にも積極的で、収益率は 5.44%と高い。 基本年金基金の運用は全国社会保障基金理事会にも委託運用が可能。2017 年実績で 4300 億元を運用 委託しており、基金残高全体の10%にあたる。残り 9 割は各地方政府が独自運用。 中国の社会保障関係費は年々増加しており、2016 年は前年比 12%増の 58 兆円と少子高齢化の進展とと もに増加し、同年の国家予算の18.5%を占めた。 最後に、都市職工基本養老保険に積年の課題がある。一階部分の財政支出は 5 年で 2 倍に膨らみ、中 央・地方政府の財政支出は大幅に増加。また、介護保険は現状、医療保険の積立金で運用しているが、継 続は厳しく、今後、財政支出が増加する可能性がある。2017年には国有企業の株式の一部を基金に移管し、 株式配当や売却益を年金資金に充当して財政改善を図ろうとする策が発表された。二階部分の個人口座 については、社会保険が地方政府に移管された時期に、積立られていた原資を取り崩し、年金給付に充当 したため、本来4.5 兆元あるべき残高は 2015 年時点で 3000 億元に過ぎない。 今後、定年退職年齢(=年金の受給開始年齢)の引き上げ、年金積立金の全国統合が検討されている。 定年退職年齢の引き上げについては、国民の理解が得られておらず、積立金の全国統合については、財 政に余裕のある地方政府を中心に反対が根強く、改革は進んでいない。 講 師: 齋藤 尚登氏(大和総研 主席研究員) テーマ: 「習近平政権2 期目の本格始動と中国経済の行方」
成長フロンティア曲線をみると、日本では 1957~73 年の高度成長期に農業部門から製造部門に人が移動 し、一人当たり名目 GDP が大幅に増えた。この時期の平均成長率は 9.4%で、けん引役は製造業と投資で あった。74 年以降、製造業からサービス業に人が移動、脱工業化、サービス化である。90 年までの年平均 成長率は4%に下落し、けん引役はサービス産業と消費となり、経済の成熟化とともに成長率が下がった。中 国の転換点は生産年齢人口が減少に転じた2012年。12年までの平均成長率は約 10%であったが、その後、 サービス化・消費主導が進み、いずれ年平均成長率4~5%の時代が来る。 三月の全人代の憲法改正で、国家主席・副主席の任期が撤廃され、習近平一強時代の長期化の布石が 打たれた。習近平氏は中国にとって最大の牽引力にも、最大のリスク要因にもなりうる。ただ、今後 5 年間は 人民の関心の高い案件(医療、健康、介護、教育、環境、食の安全)に積極的に取り組むとみられる。国家 副主席には王岐山氏が就任。非常に優秀な政治・金融分野のエキスパートで米国との太いパイプもある。 経済面では副総理の劉鶴氏が「資源配分において市場が決定的な役割を果たす」政策を打ち出すことが できるかが注目される。人民銀行総裁は易綱氏に決定。米国滞在が長い学者で、市場重視の実務派。市 場の安定と金融外交の担当となり、中国銀行保険監督管理委員会主席で人民銀行の党委員会書記と副総 裁を務める郭樹清氏が、政治的判断の伴う金融改革と人民元の国際化政策を習近平・鶴劉のトップダウン の下で進め、党主導が一段と顕著になるとみられる。 かつての高速成長から質の高い発展に転換し、今後、中国経済が抱える諸問題、過剰生産問題、過剰債 務問題、資源浪費、環境問題解決に重点が移る。全人代政府活動報告で示された重点活動任務のうち、 三大堅塁攻略戦とは重大リスク(金融リスク)の防止、脱貧困、環境汚染防止だが、金融リスクを防止するた めに影の銀行への規制を強化するとともに、資金不足に陥りやすい小型零細企業への融資緩和策も打ち 出している。 実質成長率が11 四半期連続で 6.8%プラスマイナス 0.1%という安定成長が続き、2016 年後半から PPI(工 業製品出荷価格)が上昇しデフレから脱却、また名目 GDP 成長率も同時に急上昇。サプライサイド構造改 革で過剰生産能力を抱える産業の新規投資が抑制されると、固定資産投資が減少。ただし、過剰設備が徹 底的に削減されたのは、鉄鋼と石炭のみであった。市場に鉄鋼・石炭の供給不安が台頭し、価格が上昇し た結果、鉄鋼・石炭産業の業績が回復。今年は6.5%の成長は可能だが、PPI が下がっており、名目 GDP が 下がり出すリスクは高い。中期的には不動産価格の調整局面に入る可能性がある。住宅需要を支える中国 の30~34 歳人口が 2021 年以降減り、2030 年にはピークの 64%ほどになり、住宅価格のサイクルの崩壊リ スクがある。 消費については、農村の小売売上の伸び率は都市を上まわる。農村の実質可処分所得の伸び率が高い ことと新規需要が一巡していないことが理由で、都市では買い替え需要になっている。その農村も欲しいも のが少なくなっており、モノの消費の伸び率は減少傾向にある。一方でサービスの消費は好調であるが、そ の実態把握は難しい。旅行、教育、文化、娯楽、課金されるオンラインゲームなどのサービスのネット販売は 2015 年以降 4 割以上の伸び率を続けている。 米中間の貿易は中国側の2017年の統計によると、中国の対米輸出 4300億ドル、中国の対米輸入は 1500 億ドルで、2800億ドルが中国の黒字となっている。米国は鉄鋼とアルミの輸入制限を発動(中国の輸出は 30
億ドル)。これに対し、4 月に中国が米国からの豚肉、果物の輸入に、25%、15%の関税を上乗せする報復 措置(30 億ドル)を実施。それから報復予告合戦が始まり、6 月には米国は知的財産権侵害への報復として 中国からの機械などの輸入(500 億ドル相当)に制裁関税を検討。中国は米国の小麦、航空機、自動車、牛 肉など106 品目(500 億ドル分)の米国からの輸入品に 25%の報復関税を発表。さらに米国は 1000 億ドル分 を追加するといわれている。米国の農業品と中国の工業品の戦いである。ところが、4 月 10 日のボアオ・アジ アフォーラムで習近平氏は制裁予告合戦には一切言及せず、米国の批判もしなかった。さらに自由貿易の 重要性を強調し、①外資参入ハードルの大幅引き下げ、②投資環境の改善、③知的財産権保護の強化、 ④輸入増加の4 項目の対外開放を発表。また、11 月には上海で第一回中国国際輸入博覧会を開催予定。 トランプ氏が仕掛けた貿易戦争に対する中国の回答について、トランプ氏の対応が注目される。さらに、一 帯一路で人民元のエリア拡大を目論み、ドル機軸の世界貿易に挑戦する中国に対する米国の動きは非常 に注目される。