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Vol.65 , No.1(2016)040井田 克征「『エークナーティー・バーグヴァト』における神の化身について」

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(1)

『エークナーティー・バーグヴァト』における神

の化身について

井 田 克 征

はじめに

ヒンドゥイズムにおいて,最高神がその本来とは異なる名称・性質・外観・来 歴などをとって,地上に降臨すること,もしくはその姿を化身(avatāra)と呼ぶ. たとえば『ラーマーヤナ』のラーマ王は,ヴィシュヌ神の化身と理解されるが, 地上においてはダシャラタの息子として生まれ,ヴィシュヌ神とは異なる姿,理 念的な王としてのエートスを持つ.この化身という概念は『バガヴァッド・ギー ター』(BhG, BC 2 世紀頃)から展開するバクティ(帰依)思想と密接に関わりなが ら発展した.この時期の化身観の発展に関してはすでに多くの研究が存在するが, 本稿が扱うのはその後,13 世紀以降のワールカリー派と呼ばれる民衆的なバク ティズムにおける化身観のさらなる変容である.

1.サンスクリット・ヒンドゥイズムにおける化身観念の発展

衆生を救済するため,神が地上に降臨するという思想は BhG にすでに見出され る1) 自己のマーヤーによって出現する.実に法が衰えて,非法が蔓延るその時に,おおバラ タの子よ,私は自ら生じる.正しき者達を守護するために,過ちを行う者達を滅ぼすた めに,法を確立するために,それぞれのユガにおいて私は出現する.(BhG 4.6–8) BhG では avatāra ないし ava-/tṝ の語が最高神の降臨・化身という文脈で用いら れないが,本来は超越的な存在たる最高神が,人々の救済のために個別的な姿で 地上にあらわれるという化身観念の基本的な枠組みはすでに示されている. 紀元以降,最高神に対する熱情的な帰依により救済を目指す,バクティズムの 思想が発展する.この文脈において,神は化身として地上にあらわれる(過去にあ らわれた)と理解される.最高神の化身という観念は,その神学的/宇宙論的な意

vispaṣṭaḥ sañjñāsañjñisambandhapratyayo bhavitum arhati, sañjñinas tadānīm apratyakṣatvāt. yady api ca gosārūpyaviśiṣṭatayā tadavaccheda upapāditaḥ, tathāpi sopaplavaiva tadānīṃ bhavati buddhiḥ; cf. Muroya, forthcoming, n. 79.   6)NM I 375,10–11: pratipattā hi nāgarako nāraṇyakavākyād eva taṃ prāṇinaṃ gavayaśabdavācyatayā budhyate, kintu sārūpyaṃ prasiddhena gavā tasya paśyann iti; cf. Muroya, forthcoming, n. 86.   7)NM I 376,10–11: pratyakṣaṃ tāvad etasmin viṣaye na kṛtaśramam / vanasthagavayākāraparicchedaphalaṃ hi tat //.   8)Hattori 1996 を参照.   9)NVTṬ 164,20–22: vākyārthasmaraṇasahakāri gavayatvajātimataḥ piṇḍasya gosādṛśyadarśanam eva tarkasahāyaṃ gavayatvābhidhāne pramāṇam. tarkaś ca gosādṛśyaviśiṣṭapiṇḍābhidhāne kalpanā gauravaprasaṅgaḥ.   10)Cf. NVTṬ 164,10 – 11: na tāvad ākāśavad eṣa gavayaśabdaḥ sākṣāt piṇḍasya vācakaḥ, kintu gavayatvaṃ nimittīkṛtya piṇḍe vartata iti paramārthaḥ.   11 ) Cf. NVTṬ 165,5 – 6: gavayatvajātimatpiṇḍābhidhāne tu lāghavam iti tad anujānāti.   12 ) Cf. NVTṬ 165,6: sādharmyagrahaṇaṃ ca dharmamātropalakṣaṇam.   13)新ニヤーヤ学派の類推論につい ては Phillips 2012,言語論については Wada 2006 を参照.   

〈略号〉

ICPR: Indian Council of Philosophical Research. NM: Nyāyamañjarī of Jayantabhaṭṭa, with

Ṭippaṇī—Nyāyasaurabha by the Editor. Ed. K. S. Varadacharya. 2 vols. Mysore: Oriental Research Institute, Univ. of Mysore, 1969–1983. NNP Ms.: Manuscript of Vardhamāna’s

Nyāya-nibandhaprakāśa. Oriental Research Institute, Univ. of Mysore. Acc. no. C. 1378.  NVTP: Nyāyavārttikatātparyapariśuddhi of Udayanācārya. Ed. A. Thakur. New Delhi: ICPR, 1996. 

NVTṬ: Nyāyavārttikatātparyaṭīkā of Vācaspatimiśra. Ed. A. Thakur. New Delhi: ICPR, 1996.  〈参考文献〉

Acharya, Diwakar. 2006. Vācaspatimiśra’s Tattvasamīkṣā. Stuttgart: Franz Steiner.

Hattori, Masaaki. 1996. “Discussions on Jātimat as the Meaning of a Word.” In Śrījñānāmṛtam: A

Memorial Volume in Honour of Prof. Shri Niwas Shastri, ed. Vijaya Rani, 387–394. Delhi:

Parimal Publications.

Muroya, Yasutaka. Forthcoming. “Jayanta as Referred to by Udayana and Gaṅgeśa.” In Around

Abhinavagupta, ed. Isabelle Ratié and Eli Franco, 299–340. Zürich: Lit Verlag.

Phillips, Stephan H. 2012. Epistemology in Classical India. New York: Routledge.

Wada, Toshihiro. 2006. “A Navya-nyāya Presupposition in Determining the Meaning of Words.”

Acta Asiatica 90: 71–91.

丸井浩 2014『ジャヤンタ研究』山喜房仏書林.

(オーストリア学術研究助成基金 FWF P27863 による研究成果の一部)

〈キーワード〉 upamāna,Udayana,Bhaṭṭa Jayanta,Vācaspati Miśra,Vardhamāna

(2)

おいて数多くのサントが知られているが5),特に 13 世紀に活動し,この派の開祖 とみなされているジュニャーンデーヴと,16 世紀の学匠エークナートが大きな敬 意を集めている. クリシュナ神へのバクティを説く『バーガヴァタ・プラーナ』(BhP)の第 11 章 に対し,エークナートはワールカリー派の立場からマラーティー語の注釈『エー クナーティー・バーグヴァト』(EBh)を著した(16 世紀)6).この聖典はいわばワー ルカリーの民衆的な信仰をサンスクリット的ヒンドゥイズムと結びつけるような ものであったが,開祖ジュニャーンデーヴが残した『ジュニャーネーシュワリー』 (J, 13 世紀)と並んで,この派の重要な聖典と考えられている.本稿は,この EBh における化身論の特徴を明らかにして,この時期に生じたワールカリー派の変容 について考察する.

3.

『エークナーティー・バーグヴァト』の化身論

BhP では,一般的な十の化身よりも多くの化身が述べられる.たとえば第 1 巻 においては 22 の,第 10 巻では 14 の化身が語られている.それどころか,「実に 化身は,無数に存在する」(BhP I.3.26)とも述べられるように,地上における有力 な存在はすべて神の化身であり得るのだという思想が示される. そして BhP に対する注釈として著された EBh もまた,基本的には BhP の化身 論を踏襲する.つまり最高神は,自らの帰依者達を救うため,化身として地上に あらわれる.そうした神の降臨は過去においても生じたし,未来においても起こ り得る.神々や動物など,あらゆる有力な存在は最高神の化身であり得る: 自分の信徒たちを守護するために,神は様々な化身となる.それらの多様な化身の行状 を聞きなさい.(EBh 4.207) その[神は]不生であるが,[化身として]生を持つ.行為を持たないが,行為をなす. 身体を持たないが,身体を持つ.そして世界において自己の義務を果たす.(EBh 4.32) シヴァ,シャクティ,ガネーシャ,ヴィシュヴァ,ヴィシュヌ,太陽.[最高神は]自己 の輝きとしてこのようなたくさんの飾りをつける.(EBh 2.7) 一方,EBh が BhP と大きく異なるのは,エークナートが自らの師ジャナールダ ンに対する敬意,帰依の念を繰り返し示しているという点であろう7) このように優れた師は,知性の海である.その限界は,ヴェーダによって知られない. ナーラーヤナ などのさまざま化身は,それから生じる.(EBh 14.15) おお,このように尊き者よ.ジャナールダナ師よ,幸福の海よ.無数の姿を持ち,限界 義に関する思索を発展させるのみならず,具体としての神への帰依とはいかなる 形で示されるべきであるのかという実践上の問題をも生み出した.つまり化身と いう観念こそが,最高神を個人と結びつけ,個人の信仰生活の基盤を成り立たせた. 一方で,ヴィシュヌ神が猪や人獅子,侏儒などの姿をとって活動するというモ チーフはすでに『マハーバーラタ』に見出され,それらのルーツはブラーフマナ にまで遡れる(Matchett 2001, 28–29).そうした変身神話は,ヴィシュヌ派において 化身という観念として発展することになる.最高神が特別な力を持つ人物や動物 として地上に降臨するというモチーフは紀元後の叙事詩やプラーナに繰り返し登 場し,次第にヴィシュヌの化身譚としてまとめられていく.たとえば『ハリヴァ ンシャ』(2–4 世紀?)では,① 猪,② 人獅子,③ 侏儒,④ 斧を持つラーマ,⑤ ラーマ,⑥ 牛飼いクリシュナという六化身が示される.その後,さまざまなヴァ リエーションが生み出されつつ2),最終的には上の六つに ⑦ 魚,⑧ 亀,⑨ 仏陀, ⑩ カルキを加えたヴィシュヌの十化身が一般的なものとして知られるようになる (『ヴァラーハ・プラーナ』『アグニ・プラーナ』など).その後 10 世紀頃までに成立し たとされる『バーガヴァタ・プラーナ』は,さらに数多くの化身を列挙する.

2.ワールカリー派とは

ワールカリー派は,インドの西部において 13 世紀以降に発展し,マハーラー シュトラ州を中心に,現在でも多くの信徒を持つ民衆的な信仰集団である.彼ら の教えの中心は,ヴィッタル神への熱情的なバクティである.このローカルな神 は,煉瓦の上に直立して腰に手を当て,ターバンを巻いた姿で知られており,お そらくその出自は部族の神であると思われるが3),一方では横に妃ルクミニーを 伴った姿であらわされ,牛飼いクリシュナ神とも同一視される. このワールカリー派では,民衆が直接的に神への奉仕を行い,神を想起し,賛 歌を捧げることが重視される.そしてバラモンを中心とする祭式や出家生活,瞑 想などのような「サンスクリット的」ヒンドゥイズムからは少し距離をとってい る.彼らの聖典や賛歌は,ほとんど全てマラーティー語で記されており,カース トや性別に関係なく,全ての者達に開かれているとされる4) このワールカリー派の伝統の中では,サント(sant)と呼ばれる宗教詩人が,大 きな役割を果たした.彼らが残したとされる神への熱情的な賛歌は,祭りや日々 の礼拝など様々な場面において信徒達によって歌われる.そして神に対する理想 的な帰依者とされるサント達の行状は,後世に語り継がれた.ワールカリー派に

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おいて数多くのサントが知られているが5),特に 13 世紀に活動し,この派の開祖 とみなされているジュニャーンデーヴと,16 世紀の学匠エークナートが大きな敬 意を集めている. クリシュナ神へのバクティを説く『バーガヴァタ・プラーナ』(BhP)の第 11 章 に対し,エークナートはワールカリー派の立場からマラーティー語の注釈『エー クナーティー・バーグヴァト』(EBh)を著した(16 世紀)6).この聖典はいわばワー ルカリーの民衆的な信仰をサンスクリット的ヒンドゥイズムと結びつけるような ものであったが,開祖ジュニャーンデーヴが残した『ジュニャーネーシュワリー』 (J, 13 世紀)と並んで,この派の重要な聖典と考えられている.本稿は,この EBh における化身論の特徴を明らかにして,この時期に生じたワールカリー派の変容 について考察する.

3.

『エークナーティー・バーグヴァト』の化身論

BhP では,一般的な十の化身よりも多くの化身が述べられる.たとえば第 1 巻 においては 22 の,第 10 巻では 14 の化身が語られている.それどころか,「実に 化身は,無数に存在する」(BhP I.3.26)とも述べられるように,地上における有力 な存在はすべて神の化身であり得るのだという思想が示される. そして BhP に対する注釈として著された EBh もまた,基本的には BhP の化身 論を踏襲する.つまり最高神は,自らの帰依者達を救うため,化身として地上に あらわれる.そうした神の降臨は過去においても生じたし,未来においても起こ り得る.神々や動物など,あらゆる有力な存在は最高神の化身であり得る: 自分の信徒たちを守護するために,神は様々な化身となる.それらの多様な化身の行状 を聞きなさい.(EBh 4.207) その[神は]不生であるが,[化身として]生を持つ.行為を持たないが,行為をなす. 身体を持たないが,身体を持つ.そして世界において自己の義務を果たす.(EBh 4.32) シヴァ,シャクティ,ガネーシャ,ヴィシュヴァ,ヴィシュヌ,太陽.[最高神は]自己 の輝きとしてこのようなたくさんの飾りをつける.(EBh 2.7) 一方,EBh が BhP と大きく異なるのは,エークナートが自らの師ジャナールダ ンに対する敬意,帰依の念を繰り返し示しているという点であろう7) このように優れた師は,知性の海である.その限界は,ヴェーダによって知られない. ナーラーヤナ などのさまざま化身は,それから生じる.(EBh 14.15) おお,このように尊き者よ.ジャナールダナ師よ,幸福の海よ.無数の姿を持ち,限界 義に関する思索を発展させるのみならず,具体としての神への帰依とはいかなる 形で示されるべきであるのかという実践上の問題をも生み出した.つまり化身と いう観念こそが,最高神を個人と結びつけ,個人の信仰生活の基盤を成り立たせた. 一方で,ヴィシュヌ神が猪や人獅子,侏儒などの姿をとって活動するというモ チーフはすでに『マハーバーラタ』に見出され,それらのルーツはブラーフマナ にまで遡れる(Matchett 2001, 28–29).そうした変身神話は,ヴィシュヌ派において 化身という観念として発展することになる.最高神が特別な力を持つ人物や動物 として地上に降臨するというモチーフは紀元後の叙事詩やプラーナに繰り返し登 場し,次第にヴィシュヌの化身譚としてまとめられていく.たとえば『ハリヴァ ンシャ』(2–4 世紀?)では,① 猪,② 人獅子,③ 侏儒,④ 斧を持つラーマ,⑤ ラーマ,⑥ 牛飼いクリシュナという六化身が示される.その後,さまざまなヴァ リエーションが生み出されつつ2),最終的には上の六つに ⑦ 魚,⑧ 亀,⑨ 仏陀, ⑩ カルキを加えたヴィシュヌの十化身が一般的なものとして知られるようになる (『ヴァラーハ・プラーナ』『アグニ・プラーナ』など).その後 10 世紀頃までに成立し たとされる『バーガヴァタ・プラーナ』は,さらに数多くの化身を列挙する.

2.ワールカリー派とは

ワールカリー派は,インドの西部において 13 世紀以降に発展し,マハーラー シュトラ州を中心に,現在でも多くの信徒を持つ民衆的な信仰集団である.彼ら の教えの中心は,ヴィッタル神への熱情的なバクティである.このローカルな神 は,煉瓦の上に直立して腰に手を当て,ターバンを巻いた姿で知られており,お そらくその出自は部族の神であると思われるが3),一方では横に妃ルクミニーを 伴った姿であらわされ,牛飼いクリシュナ神とも同一視される. このワールカリー派では,民衆が直接的に神への奉仕を行い,神を想起し,賛 歌を捧げることが重視される.そしてバラモンを中心とする祭式や出家生活,瞑 想などのような「サンスクリット的」ヒンドゥイズムからは少し距離をとってい る.彼らの聖典や賛歌は,ほとんど全てマラーティー語で記されており,カース トや性別に関係なく,全ての者達に開かれているとされる4) このワールカリー派の伝統の中では,サント(sant)と呼ばれる宗教詩人が,大 きな役割を果たした.彼らが残したとされる神への熱情的な賛歌は,祭りや日々 の礼拝など様々な場面において信徒達によって歌われる.そして神に対する理想 的な帰依者とされるサント達の行状は,後世に語り継がれた.ワールカリー派に

(4)

5.まとめ

13 世紀に発生したワールカリー派は,その時点では師資相承の概念を持たず, 具体としての神と個としての信徒が直接的な関係をとりむすぶものであった.16 世紀のエークナートは,そうしたワールカリー派にサンスクリット的なヒンドゥ イズムの伝統を接続する.なかでも彼が自らの師を神の化身と解釈して,師への 熱情的な帰依を強調することは,この派のサント観を大きく変容させることにな る.この後,神の化身としてのサントという観念はワールカリー派において一般 的なものとなっていく10).そしてエークナート自身を含む多くのワールカリー派 のサント達は神の化身として,現代でも信徒達の帰依の対象となっている.  1)Hacker 1978, 47.  2)たとえば『ヴァーユ・プラーナ』にはダッタートレーヤやヴャーサなどを含む十化 身が述べられる.  3)Deleury 1994, 189.  4)Deleury 1994, 6.  5)特に以下の五人のサントは大きな敬意を受けている:① ジュニャーンデーヴ(13 世 紀):ワールカリー派の開祖.『ジュニャーネーシュワリー』を残したとされる.② ナー ムデーヴ(13–14 世紀):シンピーカースト出身.北インドのバクティに影響を与えた. ③ エークナート(16 世紀):『エークナーティー・バーグヴァト』『バーヴァールタ・ ラーマーヤナ』などの著作で知られる.④ トゥカーラーム(17 世紀):クンビーカー スト出身.彼の残した歌は非常に美しいとされ,今でも広く愛好されている.⑤ ラー ムダース(17 世紀):シヴァジー王の側近だったとされる.『ダシャ・ボード』を執筆.  6)牛飼いクリシュナの物語が述べられる BhP の第 10–11 巻は,ワールカリー派のみな らず,クリシュナ信仰の文脈においてしばしば重要視される.エークナートもまた, BhP の第 11 巻は「個人に解脱の喜びをもたらす」と述べている(EBh 2.17–18).  7)Ranade 1983, 220.  8)Ida 2011.  9)ニヴリッティは,ジュニャーンデーヴに対しナートの教えを授けた師であるとされ, ワールカリーの伝統とは必ずしも関係ないという点にも留意する必要がある(Ranade 1983, 30). 10)18 世紀にマヒパティがまとめた『バクタ・ヴィジャヤ』『バクタ・リーラー・アムリ ト』のようなサント伝において,サントは神々の化身として記述される.これは民衆 的なワールカリー派の一神教的性格が緩和され,多神教的なヒンドゥー教側へ回帰し たと言えるかもしれない. なき者よ.あなたの限界を誰が知ろうか.思考では[あなたの化身は]見えず,ヴェー ダも[あなたの]偉大さを語れない.ああ,私のマラーティー語が,いかにしてあなた の全ての偉大さを語れるというのか.(EBh 14.17–18) エークナートは自らの師ジャナールダンをヴィシュヌ神と同一視し,神の化身 として熱烈な帰依を示している.このように自らの師を最高神と同一視して帰依 するグル・バクティの観念は,中世以降のサンスクリット的なタントリズムなど の系譜において重要視されていた8).そうした中世ヒンドゥイズムの系譜では, 彼らの教えは神から自分の師へと連なる師資相承の中で伝えられたものと理解さ れ,このことが眼前の師への帰依の根拠となっていた.エークナートの師への帰 依もまた,そうした文脈において理解するべき者と思われる. エークナートはジャナールダン以外にも,ジュニャーンデーヴのような過去の サントなどを称賛するが,彼らを神の化身と見做すことはない. プラークリットの詩人の王,ニヴリッティに対して,ジュニャーンデーヴに,ナームデー ヴに,チャーングデーヴ・ヴァテーシュワルに敬礼する.それらの者達に,多くの幸運 が,グルの慈悲が[あれ].(EBh 1.121)

4.ワールカリー派の化身論の変容

このように神の化身たる師への帰依を強調する EBh を,それに先だって成立し た『ジュニャーネーシュワリー』(J)と比較してみよう.BhG に対する注釈書 J は,まず BhG 4.6–8 を最高神の化身(avatāra)に関する説明として理解している (J 4.43–56).それによれば,神はユガごとに化身として地上に降臨し,自らに帰依 する者達を救い,法を確立する.ワールカリー派の最初期において,すでに化身 の観念が定着していたことは明らかである. 法が非法に取り囲まれてしまう時,私(クリシュナ)は,姿を伴って降臨する.そして 無知の暗闇を飲み込んで,滅ぼす.(J 4.50cd–51) その一方でジュニャーンデーヴは,彼自身の師ニヴリッティ・ナートや9),他 のサントを神の化身とは述べていない(J 1.22–27).そもそも初期のワールカリー 派は,サンスクリット的な師資相承の制度にもとづかない民衆的な信仰であり, グル・バクティの観念も薄弱であった.あらゆる帰依者は,神への熱情的な帰依 のみによってサントになり得るのであり,そこに師と弟子の繫がりというような 伝統性が関与する余地は少なかった.

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5.まとめ

13 世紀に発生したワールカリー派は,その時点では師資相承の概念を持たず, 具体としての神と個としての信徒が直接的な関係をとりむすぶものであった.16 世紀のエークナートは,そうしたワールカリー派にサンスクリット的なヒンドゥ イズムの伝統を接続する.なかでも彼が自らの師を神の化身と解釈して,師への 熱情的な帰依を強調することは,この派のサント観を大きく変容させることにな る.この後,神の化身としてのサントという観念はワールカリー派において一般 的なものとなっていく10).そしてエークナート自身を含む多くのワールカリー派 のサント達は神の化身として,現代でも信徒達の帰依の対象となっている.  1)Hacker 1978, 47.  2)たとえば『ヴァーユ・プラーナ』にはダッタートレーヤやヴャーサなどを含む十化 身が述べられる.  3)Deleury 1994, 189.  4)Deleury 1994, 6.  5)特に以下の五人のサントは大きな敬意を受けている:① ジュニャーンデーヴ(13 世 紀):ワールカリー派の開祖.『ジュニャーネーシュワリー』を残したとされる.② ナー ムデーヴ(13–14 世紀):シンピーカースト出身.北インドのバクティに影響を与えた. ③ エークナート(16 世紀):『エークナーティー・バーグヴァト』『バーヴァールタ・ ラーマーヤナ』などの著作で知られる.④ トゥカーラーム(17 世紀):クンビーカー スト出身.彼の残した歌は非常に美しいとされ,今でも広く愛好されている.⑤ ラー ムダース(17 世紀):シヴァジー王の側近だったとされる.『ダシャ・ボード』を執筆.  6)牛飼いクリシュナの物語が述べられる BhP の第 10–11 巻は,ワールカリー派のみな らず,クリシュナ信仰の文脈においてしばしば重要視される.エークナートもまた, BhP の第 11 巻は「個人に解脱の喜びをもたらす」と述べている(EBh 2.17–18).  7)Ranade 1983, 220.  8)Ida 2011.  9)ニヴリッティは,ジュニャーンデーヴに対しナートの教えを授けた師であるとされ, ワールカリーの伝統とは必ずしも関係ないという点にも留意する必要がある(Ranade 1983, 30). 10)18 世紀にマヒパティがまとめた『バクタ・ヴィジャヤ』『バクタ・リーラー・アムリ ト』のようなサント伝において,サントは神々の化身として記述される.これは民衆 的なワールカリー派の一神教的性格が緩和され,多神教的なヒンドゥー教側へ回帰し たと言えるかもしれない. なき者よ.あなたの限界を誰が知ろうか.思考では[あなたの化身は]見えず,ヴェー ダも[あなたの]偉大さを語れない.ああ,私のマラーティー語が,いかにしてあなた の全ての偉大さを語れるというのか.(EBh 14.17–18) エークナートは自らの師ジャナールダンをヴィシュヌ神と同一視し,神の化身 として熱烈な帰依を示している.このように自らの師を最高神と同一視して帰依 するグル・バクティの観念は,中世以降のサンスクリット的なタントリズムなど の系譜において重要視されていた8).そうした中世ヒンドゥイズムの系譜では, 彼らの教えは神から自分の師へと連なる師資相承の中で伝えられたものと理解さ れ,このことが眼前の師への帰依の根拠となっていた.エークナートの師への帰 依もまた,そうした文脈において理解するべき者と思われる. エークナートはジャナールダン以外にも,ジュニャーンデーヴのような過去の サントなどを称賛するが,彼らを神の化身と見做すことはない. プラークリットの詩人の王,ニヴリッティに対して,ジュニャーンデーヴに,ナームデー ヴに,チャーングデーヴ・ヴァテーシュワルに敬礼する.それらの者達に,多くの幸運 が,グルの慈悲が[あれ].(EBh 1.121)

4.ワールカリー派の化身論の変容

このように神の化身たる師への帰依を強調する EBh を,それに先だって成立し た『ジュニャーネーシュワリー』(J)と比較してみよう.BhG に対する注釈書 J は,まず BhG 4.6–8 を最高神の化身(avatāra)に関する説明として理解している (J 4.43–56).それによれば,神はユガごとに化身として地上に降臨し,自らに帰依 する者達を救い,法を確立する.ワールカリー派の最初期において,すでに化身 の観念が定着していたことは明らかである. 法が非法に取り囲まれてしまう時,私(クリシュナ)は,姿を伴って降臨する.そして 無知の暗闇を飲み込んで,滅ぼす.(J 4.50cd–51) その一方でジュニャーンデーヴは,彼自身の師ニヴリッティ・ナートや9),他 のサントを神の化身とは述べていない(J 1.22–27).そもそも初期のワールカリー 派は,サンスクリット的な師資相承の制度にもとづかない民衆的な信仰であり, グル・バクティの観念も薄弱であった.あらゆる帰依者は,神への熱情的な帰依 のみによってサントになり得るのであり,そこに師と弟子の繫がりというような 伝統性が関与する余地は少なかった.

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聖者伝に拠らない初期ラーソー文献について

山 畑 倫 志

1.はじめに

現在のラージャスターン州やグジャラート州を中心とするインド西部地域では 12 世紀頃からラーソー(rāsa,rāsaka,rāso,rāsau)と名付けられた作品が作られ始 める.このラーソーは主に古グジャラート語や古ラージャスターン語で書かれ, 16 世紀頃までこの地域の文学の主要なジャンルの一つであった.特に 14–15 世紀 には『ビーサルデーヴ・ラーソー』(Bīsaldev-rāso)『ハンミール・ラーソー』 (Hammīr-rāso)『プリトヴィーラージ・ラーソー』(Pṛthvīrāj-rāso)といった実際に存在した王 を題材とした戦記物・恋愛物が多く書かれた.しかし,初期のラーソーはジャイ ナ教徒による作品がほぼすべてを占め,扱うテーマもかなり異なっている.それ らが著された 12 世紀は中期インド語の一つアパブランシャ語による文学の形式に ついて文法,修辞,韻律,語彙などの面で包括的な著作が,グジャラートのジャ イナ教徒ヘーマチャンドラ(Hemacandra)によって書かれた時期である.アパブラ ンシャ語は早ければ 6 世紀ごろからすでに文学のための言語として見なされてき た跡がみられ,9 世紀にはスヴァヤンブー(Svayambhū)やプシュパダンタ(Puṣpadanta) の各著作を代表とするジャイナ教の教義に基づく叙事詩や行伝説話が数多く作ら れている.ヘーマチャンドラがアパブランシャ語文法を著した 12 世紀にはアパブ ランシャ語の文学使用については相当程度の蓄積があったと考えられる. アパブランシャ語文学と初期ラーソー文学がかなり近い関係にあったことは, 最初期のラーソーの一つである BBR が,アパブランシャ語文学の大部分を占める ジャイナ教偉人伝と同様のテーマを扱っていることからも推測できる[山畑 2012]. だが,初期のラーソー文献は偉人伝にとどまらない様々なテーマを扱っている. 本稿ではアパブランシャ語文学から初期ラーソーを経て非ジャイナのラーソー文 学へ至る過程に,どのような関係が見られるかを,主に形式面から検討する. 〈略号〉

BhG Bhagavadgītā with a Commentary Based on the Original Sources. Ed. R. C. Zaehner. London: Oxford University Press, 1973.

BhP Śrīmad Bhāgavata Mahāpurāṇa. Bombay: Venkaṭeśvara Press, n.d.

EBh Sārtha Śrīekanāthī Bhāgavata. Ed. D. A. Ghaisas. Mumbai: Dhārmika Prakāśana Saṃsthā, n.d.

J Śrījñāneśvarī. Mumbai: Goverment Central Press, 1963.

〈参考文献〉

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(平成 27–29 年度科学研究費補助金基盤研究 C(課題番号 15K20040)による研究成果の 一部)

〈キーワード〉 バクティ,ワールカリー派,エークナート,『エークナーティー・バーグ ヴァト』

参照

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