書 評
アダム・スミ.スの会編
『本邦アダム・スミス文献一目録および解題一一』
増訂版
山 崎 怜
日本のスミス研究の底のふかさについては,つとに.おおくの人が指摘するところである が,本番ほその態様に.ついて鮮明に示したビブリオグラフィ叩のひとつである。この本の
初版は1955年(昭和30)12月(弘文堂刊)に.だされ,年代別に収録されたおびただしい文 献群軋息をのむおもいがしたのは私だけではあるまい。当時いだかれた:専門家のあいだで
の反智は杉原四郎「わが国のスミス研究史に関する覚え啓−−−・−l「本邦アダム・スミス文献』
読後感」(関西大学『経済論集』第6巻舞4号,1956年7月)につくされている。あれから 24年,このたび『諸国民の窟』刊行二月年記念の1976年(昭和51)を下限に大幅の追加と 増補を経た増訂版が刊行され,これ紅よ?て近代日本のはぼ百十年間紅わたるスミス研究
のLh脈,もしくは大河を−・望のもとに.眺めることができるようになったのである。
本番の特徴は,年代別に.,同一年内は月別紅配列され,さらに.1.単行本,2一.雑誌論文・
新聞論評,3.学説史・論文集・辞典,4..文献目録・学会記事の分類匿よって大別してい
ること,また,出版元,寄物の形式,冊数,序や目次,附録,写奥,ぺ−・汐数や関連の番 評や初出などの研究者や読者の知りたいデーータを併記していることである。私たちは年次 別,月別紅本番のぺ−・汐を開いて時間の流れに.沿う研究史の水源を知り,さまざまの支流
に.遊び,支流から奔流へ,また大河へ,そしでせきとめられたよどみやダムに泳ぎ,また ポ・−卜ぉだすことができるし,さらに.河口や外海軋まで足をのばすこ.とほ抑制して,再度,
支流に.かえり,あるいほ支流のふかさをためすために,・そこにみずからの育春を賭けるこ ともできよう。
しかし,本苔中の旧版の解題のなかで杉原教授もいわれるよう紅.,スミス原著の邦訳史 をたしかめようとすれば,本番のすぺてのぺ一汐把目を通してみずから集約しなくて−はな
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らないし,ある特定テーマ,たとえば価値論とか資本蓄積論とかの状況を知ろうとおもえ ほ,おなじ作業をテーマ毎にみずからまとめなければならないであろうし,さらに.また,
ある人物,ある研究者の仕事を調べようとすればおなしように全ぺ−・ジを注意ぶかく点検 しなくてほならない。したがって,旧版以後に編まれた著者名・執筆者名目録(水田洋『ア ダム・スミ.ス研究』巻末のもの)や項目別目録(Bibliography of the ClassicalEco〜
nomics、PartI,ed,by Keitaro Amano,Feb.,1961)は本書と区別された有効性を依 然として香している。
そこで本番の積極的意義は次の諸点にあるとおもう。第1に,かかる年次別目録庭よっ てスミ.ス研究史と日本の近代化,あるいは日本資本主義の発達史,政治史や経済史や社会 史の流れとを対応させ,歴史研究の環のなか紅スミス研究史をおりこむことができるとい
うこと,第2にスミス研究自体の立場からいえば,時系列としての独自の性格を浮揚させ,
日本にノおけるスミス研究の歴史的かつ社会的個性をえぐりだすことができるし,第3に は,スミス研究史を嘩行本,雑誌論文,学説史,学会記事などの種別めなかで意義づける
ことを可能としていることである。それだから,旧版の英文解題用に予定され,のちに.手 を入れて『アダム・スミスの晩丑(スミスの会・大河内一・男編,1965年6月,東大出版会)
に収録された大河内−\男・田添束二「日本におけるアダム・スミ.ス研究の諸段階」が増訂 されて本番の巻頭か巻末に.おかれれほ−・層光彩を放つものに.なったのでほないか,と惜し まれてならない。
私自身はこうした目録を計蒐書誌学の対象とすべきだとかんがえ,素朴な方法ながら,
本謝日坂や水田目録,天野目録に.依拠して若干の分析をこころみたことがあり(山崎 怜
「アダム・スミス岬ひとつの序章」,杉原四郎編『近代日本の経済思想』1971年2月,ミ ネルヴァ寄房),また先年,請われるままにこの問題庭.かんする私の意図把/ついてのぺたこ とがある(山崎「書誌の語るもの」,『沓誌索引展望』算2巻第4号,1978年7月)。
この観点にたっていえば本番の文献配列と軌を一・紅する目録をイギリスについて,ドイ ツやフランスに∴ついて,あるいはアメリカについて作成し,これを計盈文献学の方法を駆 使して木目録と比較対照することに.より,各国の資本主義化やその発展諸段階紅対応する
スミス研究やスミス導入の国際比較が容易であるだろうし,スミス研究の視角から各国の 資本主義の個性や段階的な特色をあきらかにすることができるのである。
ところで本番を編む作業行程が難渋きわまりないものであったであろうことは少しでも おなじような仕事庭.たずさわった経験をもつもの紅ほ揃いほどによくわかることだが,こ
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こで望萄のねがいを記しておきたい。
第1はすくなくとも各年代の見いだしについてこは,元号のみでなく,西暦を附記してい ただきたいとおもう。国際比較をおこなう上でも,また,各年次間の間隔を知る上でも,
さら紅.西暦で表記された別の目録や文献事例との照合の上でも不可欠であるからである。
第2は増補部分で簡略化された「備考」の箇所を旧版同様に桁密にしていただきたい。
それはとくに単行書紀ついてこの寄託的デ・一夕の完備を意味し,それによって研究史の支流 部分の沓誌上の移りゆきがくわしく示されるはずである。苔評紅.ついてもできるだけ採録
してこはしかったとおもう。
算3は欠落または遺漏した文献の補訂であって,関係者の孜孜とした営為にもかかわら ず,洩れたもののあることもいなみがたい。それはこうした文献目録のひとつの宿命であ るとはいえ,1歩でも2歩でも完全なものに近づけることに.よって,その光輝は一層あざ やかなもめとなる。しかも計愚書語学的に利用する上での,ベースとしての書誌的データ の精確さの保持の必要についてほ,とくにいうをまたないところである。
少し気づいたものをさいごに挙げておきたい。
明治・大正期では.,大蔵省『印紙税略説』(明治6年5月),筆者不詳「アタム・スミス 氏の二大著審に付て」,『同志社文学』第22号(明治22年5月),浜田健次郎・伊勢本一部『経 済学史』(明治27年)や岩城鋭花(口述)「斯学の泰斗アダム・スミスの人物及び生涯」(閏
凸子筆記),『税務行政』第3巻算2,4,6号(明治36年6,8,10月),武藤長蔵「アダム・
スミス氏原著TheWealthofNations厳復氏漢訳「原富」中に現はれたるColony,New Colonies,Colonist Settlement等砥(植)民又はそれに関係ある文字の漢、訳語に就て
(再び邦語の植民なる名辞の由来紅就いて(2)」,『国家学会建誌』欝33巻第6号(大正 8年6月),また明治訪年の『経済世界』に.掲載された木村亮竃「経済学者としてのアダ ム・スミス」もみあたらない。
昭和期紅ついてほ,月報類や辞典項臥 新聞論評紅.精粗がみられる。大道安次郎「スミ ス研究の今昔」,『経済学説全集月報』第1号(河出書房,昭和29年12月),水田洋「スミス 紅おける放任と放心」,同「『国富論』の誤訳紅ついて」,『世界大恩想全集月報』(河出番房 新社,昭和36年6月),小林昇「スミス_j,同編『経済学史小辞典』(学生社,昭和38年6 月)などが採録されていないし,高島善哉「スミス研究の水準」,『読売新聞』第25,773号
(昭和23年9月28日),スミス講義ノ−トについて経済学史学会幹事会が昭和38年2月24日 付でひろく世に.訴えた記事(「訴え」又の掲破),『一日本読蓄新聞』繹1,196号(昭和38年3
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月4日),『読書人』算465号(同日),簡1回アダム・スミス賞の件を「ときの人一J欄でと りあげた『毎日新聞』(昭和45年3月21日)の記事,水田洋「難航するスミス全集く上〉,
〈下〉」,打毎日新聞』(昭和46年12月21臥 22日),同「アダム・スミス生誕お0年記念シ∵ソ ポジクム」(上,下),『侮日新矧』(昭和48年7月20日,21日)なども掲出されていない。
雑誌のはあい は,専門誌以外のもゃ,たとえば高島善哉「アダム・スミスー」,『法学セミ ナ−−』第1弓(昭和31年4月),堀部政男「アダム・スミ.ス」,同誌,算180号,181号(昭 和46年2月,3月),学内機関誌やゼミナ−−・ル誌,たとえば大内兵衛「《古典私学ぶ・小泉
記念講座講演》アダム・スミス『国富論山野塾』貨38号(昭和44年12月),遊部久蔵「諸国 民の富」,同誌同号(盛衰鑑みかえし),山口忠夫「アダム・スミス(−・),(ニ)」,『自門』
第3巻寛6号,第7号(昭和26年6月,7月),出口勇蔵「アダム・スミスに.おける人間 と経済」,『如意』第4号(昭和47年7月)といったものが脱落している。後者のような論 稿や退官記念講演などは情報の限定性からも現時点では包括的な収録ほ困難をともなうけ れども,「日本のスミス」,「日本人のなかのスミス」をみる上での意義からも,いずれは
全国的に.博捜すべきものとおもわれるし,数々の同窓会誌,大学や学部,研究所の年史,
故人追憶の文集などにも随筆,紀行文,おもいでの形で同一性鷲のものがあり,注意を要 する。
また,目を転じて研究者毎にみるとすれほ,たとえば内田義彦教授のはあい,つぎのも のをふくめるぺきであろう。
1.古典経済学 第1節 問題の整理と限定 算2節 古典経済学の成立−1776年 とアダム・スミス 出口勇蔵編『経済学史』(ミネルヴァ番房,昭和28年1月)
2.《解説》古典のあゆみ.・…−アダム・.スミス 『図沓新聞卦欝189号,昭和お年4月
9日
3.『資本論』と古典経済学 長谷部文雄・横山正彦編『資本論研究入門」l(育木 沓店,昭和33年9月)
4.アダム・スミス『国富論』臼 経済セミナ−・』5月弓付録,昭和35年5月(これは
『経済セミナノー』昭和32年4月の再録である)
5.《解説》アダム・スミ.ス 大塚久雄・出口勇蔵・内田義彦編 一Chapters from the Great Economists(学生社,昭和35年5月)
6:眼のほなし 『図書』 昭和42年3月(著蓄『学問への散策』岩政審店,昭和49
年3月に再録)
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7.スミスとマルクスとリカー・ドゥと『リカー・ドゥ全集』(仝10巻)内容見本,雄松堂 書店,昭和44年9月(『学問へ,の散策』に再録)
8け 常識の迷妄からの解放 『朝日新聞』昭和48年11月12日,岩波文庫広告欄(これ は内田教授によって選択された古典の49点の寄物をかかげ,とくに匝▼諸国民の富1 大内・桧川訳について247字でかかれたもの)
脱落したとかんがえられるものをすべてJ指摘することはかならずしも必要でほないの で,これ以上,こうしたことをしるすことはさしひかえたい。誤植について−は,時間と労 力のかんけいからやむをえないとおもわれるが,パイクの訳者名のうち,ひとりがぬけお
ちている(326ぺ−ジ)ことなどは,早急に訂正していただきたいとおもう。
私ほ壮挙ともいうぺき本番を若い研究者や学生諸兄が利用し,スミス研究自体の進展の みならず,スミス研究史の研究がひろまることを期待するととも紅.,長年にわたる関係者
のと努力と辛酸紅たいしてこころよりの敬意を表したい。
(東京大学出版会・1979年2月刊・4,200円)