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解決志向アプローチを援用した高齢者介護施設

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Academic year: 2021

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Ⅰ.研究の背景と目的

 高齢者介護施設における介護職員による高齢者への虐待は2017年 4 月 1 日から2018年 3 月 31日までの間に510件発生した(1)。これは前年比58件の増加であり,過去最多となる。また,被 害者は854人であり認知症の高齢者がこのうち約 8 割を占め,虐待の種類は,暴力や拘束など の身体的虐待が59.8%と最多,暴言などの心理的虐待,介護放棄と続いている。

 こうした痛ましい現状の中,高齢者介護施設における虐待への効果的な予防策は十分解明 されているとはいえないが,関連する研究は徐々に増えてきている(2)(3)

 高齢者介護施設における虐待の発生要因としてはこれまで①施設の特性,②職員の特性,

③利用者の特性,の 3 つの要因に整理したモデルが提示されてきた(4)。しかし,虐待予防のメ カニズムを解明するためには,様々な虐待要因間の「相互作用」に焦点を当てたエコロジカ ル(生態学的)な視点が重要であるため,虐待の要因を大きく①利用者要因,②職員要因,

③社会・職場環境要因と 3 つに整理したモデルの再構築が試みられている(5)

 また,職員要因,社会・職場環境要因間の相互作用としては,職場内での円滑なコミュニ ケーションが虐待予防に有効であることや(6),職場内での人間関係と虐待予防との間に密接な 関係があることが指摘されている(7)

 つまり,高齢者介護施設における虐待予防には,虐待発生の要因である 3 要因をそれぞれ 改善するモデルや,良好な人間関係,あるいは職場内の全体的人間関係を円滑にするための コミュニケーションが有効であると考えられる。

 これらのうち,今すぐにでも可能な予防策であり,職場管理職が取り組むべき対策は,職 場の良好な人間関係の形成・維持であろう。そして,そうした人間関係の形成・維持に貢献 しうる職場内の円滑なコミュニケーション醸成のための研修プログラムが必要である(8)。しか し,虐待予防の観点から,これらの取組みの方法について研究したものは管見の限りない。

 ところで,筆者らは,これまで家庭内虐待防止のためのアプローチとして,解決志向アプ

*立正大学社会福祉学部社会福祉学科

キーワード:高齢者介護施設,高齢者虐待予防,解決志向アプローチ,研修プログラム開発

解決志向アプローチを援用した高齢者介護施設 における虐待予防研修プログラムの開発

Development of a Training Program for the Prevention of Abuse in Nursing Homes Using a Solution-focused Approach

土屋 典子

Noriko Tsuchiya

〈原著論文〉

(2)

ローチに基づく「安心づくり安全探しアプローチ」を開発してきた。解決志向アプローチと は,「解決に焦点を当てるアプローチ」であり,1980年代半ばにアメリカで Steve de shazer,

Insoo Kim Berg 等が中心になって提唱し,発展した心理療法モデルである(9)。貧困,アルコー ル・薬物依存,虐待などの問題が複雑に絡まり合う状況に対し,少しでも効果的,効率的に 働きかけるにはどうしたらよいかを開発者らが自らの実践を帰納的に振り返る中で発展させ てきた技法である。

 筆者らは,この「安心づくり安全探しアプローチ」に基づく研修プログラムを開発し研修 を重ねてきた。そして,日常の実践で応用した事例への調査等を通し本アプローチが敵対的 関係になりがちな虐待者と支援者との間のコミュニケーションを,また状況改善のための悪 くない関係の構築を可能にすることを明らかにしてきた(10)

 また,長谷川は,看護の職場における関係対立(患者・看護師との関係,看護師同士の関 係等)を解決志向アプローチに基づく介入によって変化させ,関係対立や関係対立がもたら す問題状況を改善させる方法を提示している(11)

 高齢者介護施設もまた,職場における関係対立(利用者・介護職との関係,介護職同志の 関係,介護職・上司との関係)が内包される環境にある。そこで,施設職員を対象として,

解決志向アプローチを援用したコミュニケーションスキル習得に焦点を当てた研修を行い,

研修で学んだスキルを職員が意識的に使うことを通して,職場内での円滑なコミュニケーショ ンが促され職場内に悪くない人間関係を形成・維持でき,結果としてそれが施設内虐待の予 防に貢献するのではないかと考えた。

 本論においては,こうした仮説に基づき,解決志向アプローチを援用した高齢者介護施設 における高齢者虐待予防研修プログラムを開発し,その効果を検証することを目的とした。

Ⅱ.研究の方法

 本研究においては,芝野らによって開発された M-D&D に基づく実践アプローチの開発手 法を参考にする(12)。これは Rothman,J と Thomas,J. の D&D を実践の場で使いやすくし,普及 に重点を置いたものである。M-D&D のプロセスは,フェーズ 1 :問題の把握と分析,フェー ズ 2 :たたき台のデザイン,フェーズ 3 :試行と改良,フェーズ 4 :普及と誂えという手順 で進めることが推奨されている。

 ところで筆者は高齢者介護施設における虐待予防に関して予備的研究を行い,その問題の 所在を明らかにしてきた(13)(フェーズ 1 )。したがって,本研究においては,フェーズ 2 「たた き台のデザイン」,フェーズ 3 「試行と改良」の位相を中心に進めていくこととしたい。尚,

本研究では,フェーズ 2 は文献研究,フェーズ 3 は研修の実施,研修前後質問紙調査,研修 6 ヶ月後質問紙調査を行うこととした(図 1 )。

 研究を進めるうえでの倫理的配慮としては,研修前後の質問紙調査に関しては,研修実施 前に調査目的,内容等を明記した依頼文を研修参加者に示し,同意を得られた参加者にのみ

(3)

調査票を記入してもらった。研修 6 か月後調査については,研修終了時に調査目的,内容等 を明記した依頼文を示し,研修 6 ヶ月後に調査票を郵送し,調査回答をもって同意を得たと みなした。研修前後質問紙調査,研修 6 か月後調査,いずれにおいてもデータ収集方法・処 理におけるプライバシー保護のための措置として,調査結果はすべて統計的に処理し,個人 の意見が特定されないようにした。

 以上の調査については,いずれも首都大学東京安全倫理委員会に申請し承認を得ている。

(承認番号26-23)

Ⅲ.研究の結果:開発段階のフェーズ 2 とフェーズ 3 1 .フェーズ 2 :たたき台のデザイン

 介護従事者を対象とした解決志向アプローチに基づくコミュニケーションスキルに焦点を 当てた研修プログラムは以下の通りである。

 プログラムは 4 つのパートから構成される。一つ目のパートでは高齢者施設における虐待 の実態について学ぶ。入所系の高齢者介護施設は人の出入りが少なく閉鎖的な場となりやす い。そのため,そこで働く介護従事者が客観的に自らの立場を振り返る機会は少ない。そこ でプログラムの初めに,介護従事者がおかれている現状と高齢者介護施設において発生して いる虐待の実態について厚生労働省等によって示されているデータを確認し,「今現場で何が 起こっているのか」を参加者間で共有することとした。次いで虐待発生のメカニズムについ て,利用者要因,職員要因,職場環境要因という複数の視点から学びを深め,虐待が単に職 員の個人的な資質,介護技術不足によってのみ生じるわけではなく,複数の課題が複雑に絡 まった状況の中で発生していることを理解し,虐待を回避するためには,それぞれの要因に おける課題解決と同時に,特に職場内の円滑なコミュニケーション,良好な人間関係の形成 が重要であり,そのためにも施設長,理事長クラスの職場環境マネジメントへの取り組みが 不可欠であることを共通理解とすることとした。

  2 つ目のパートでは,解決志向アプローチの理解を目的とした。

 解決志向アプローチの特徴の一つである「例外をもとに解決を作り出す技法」を中心に学 んでいくこととした。ここでいう解決とは問題解決を示すものではない。問題が起きても当

フェーズ1

問題把握と分析 (文献研究と質問 紙調査の実施)

フェーズ2

たたき台のデザ イン(文献研究に よるプログラム 開発の過程)

フェーズ3

試行と改良(研 修の実施、研修 前後、6ヶ月後質 問紙調査)

フェーズ4

普及と誂え(研 修の実施、広報 等)

図 1  実践アプローチ開発の位相と研究方法

出典: 芝野松次郎:社会福祉実践モデル開発の理論と実際;プロセッティック・アプローチ に基づく実践モデルのデザイン・アンド・ディベロップメント.132,有斐閣,東京

(2002)の図を基に作成。

(4)

然な状況において問題が起こらなかったり,問題の程度が深刻ではなかったりする状況がな かったかを知ることに焦点を当てる。そして,こうした例外の情報をもとにクライアントが 問題を解決したり改善したりするための方策を出せるよう支援する技法である。

 高齢者介護施設における虐待予防に当てはめて考えると,虐待の要因や原因を突き詰め,

なぜ虐待が起きるのか,誰が悪いのか等を明らかにするのではなく,まず施設の中で虐待が 起きていない状況はないか,問題がさほど深刻でない状況はないかを把握し,どうしてその 状況が生じたのか,その成功体験を肯定的に振りかえることにより自分達の組織のもつ強み

(リソース)に気付き,そこから虐待を予防するための解決の糸口を探しだすという考え方で あるといえる。悪者探しをしない思考は組織構成員が自己防衛的になることを防ぎ,率直で 円滑なコミュニケーションが行われる土壌を育む。

 今回の研修プログラムの参加者が,こうした解決志向アプローチの考え方に基づくコミュ ニケーションスキルを研修で学び,職場で意識的にそれを活用することを通して,職場内で 肯定的なコミュニケーションを図ることができ,職場内に悪くない人間関係が形成・維持さ れ,結果的に施設内虐待予防に貢献できるのではないかと考えた。

  3 つ目のパートでは解決志向アプローチの考え方に基づく施設内虐待予防のコミュニケー ションスキルを習得するため,個人,ペア,グループでのワークを取り入れながら進めるこ ととした。エクササイズの内容は,解決志向アプローチの技法を取り入れた「例外探し」と

「悪循環の断ち切り方」のエクササイズ,「詳細な情報」を得るための話の率直な伝え方,具 体的な聴き方のエクササイズ,相手の長所に気づき,それを褒める(コンプリメントする)

エクササイズ等である(14)。また,認知行動療法に基づく,言いにくいことを相手に伝えるとき の伝え方のエクササイズ,怒りのコントロール,アンガーマネジメントの方法なども適宜取 り入れてプログラムを構成した(15)

 研修依頼が来た時点で,時間数や研修実施施設の抱える課題をヒアリングし該当施設に最 もフィットする内容のエクササイズを組み合わせ研修を行うよう工夫している。どのプログ ラムにも,講義だけではなく,エクササイズ,ディスカッションを取り入れ,参加者が能動 的,積極的に研修に参加できるよう工夫を施した。

  4 つ目のパートでは,高齢者介護施設において虐待が起こりやすい場面を想定した模擬事 例をもとに,解決志向アプローチの「例外探し」の技法を援用しながら,虐待が起こりやす い場面への対処方法についてグループワークを行った。このパートでは,これまでの各パー トで学んだスキルと理論を自分自身で咀嚼した上で,翌日から実践現場で実際に使えるスキ ルに転換することを目的とした。

 これらの研修プログラムは以下の通りである(図 2 )。

(5)

①高齢者施設における虐 待の実態

統計調査からみる虐待の実態

虐待発生要因(人材不足)

虐待回避のポイント

職場環境マネジメントの必要性

②解決志向アプローチとは 何か

解決志向アプローチの中心哲学

例外や対処から解決の糸口を探す

解決志向アプローチの基本的スキ

③施設内虐待予防 のためのコミュニ ケーションスキル

『詳細に聞く』ための 聴き方、伝え方

具体的な伝え方

相手の良い所を見つけ る(コンプリメント)

言いにくいことをを伝 えるときのスキル

怒りのコントロール

④解決志向アプロー チの事例への応用

<例外探しのための ワーク>

頻回にナースコールを押 す事例について

悪循環の断ち切り方

例外と対処の見つけ方

図 2  開発した研修プログラム

2 .フェーズ 3 :試行と改良

1 )研修プログラムの実施と研修プログラムへの評価の方法

 開発した研修プログラムは,2013年10月から2014年12月までに 9 か所で実施した。研修は,

筆者らが設定した研修会,あるいは市町村から依頼された虐待防止研修会で了解を得て実施 した。研修参加対象者は高齢者介護施設に勤務するケアワーカー,生活指導員,施設長等で ある。

 本研修プログラムの妥当性を検証するために,研修前質問紙調査(T1),研修後質問紙調 査(T2),研修 6 か月後調査(T3)を実施した。

 研修前と研修後,研修 6 か月後調査の調査項目で共通しているのは,調査対象者の属性,

虐待の遭遇経験,虐待の認識と対応についてである。

 研修後調査では上記に追加して,【研修参加後の研修満足度】,【コミュニケーションスキル への理解度】,研修で学習した【スキルの活用意欲】,【スキルを学んだことによる人間関係へ の自信(悪くない人間関係の形成維持)】の有無について,BPSD の症状(暴言,突然たた く,激しい抵抗を示す,頻回にナースコールを押す)をもつ【認知症高齢者への対応への自 信】について尋ねた。

 研修 6 か月後調査では,研修後調査における調査項目のうち【研修満足度】を除いたすべ ての項目について研修 6 か月後の状況を尋ね,さらに自由記述により本研修プログラムに関 する意見を求めている。

 これらの調査を通して,本研修プログラムを受講した施設職員が,研修後に職場内で意識 的にそれを活用しようという意欲を持ち得たかどうか,また,研修 6 か月後に実際に職場で それを活用しているかどうか,その活用は,職場内の「悪くない人間関係」の形成維持に貢 献しているかどうかを分析した。

(6)

 なお,「悪くない人間関係」の形成維持を直接尋ねる質問項目の設定は困難であるため,今 回は,「悪くない人間関係」が形成・維持できていれば,可能と思われる 6 つの行為につい て,できるかどうかの自信を尋ねることとし,自信があれば,できていると想定することと した。各調査の質問項目は以下の通りである

・研修前質問紙調査:【属性】,【虐待遭遇体験,虐待認識・虐待対応】

・研修後質問紙調査:【属性】,【虐待遭遇体験,虐待認識・虐待対応】,【研修満足度】

【虐待防止の基本的な考え方への理解】

【虐待予防のためのコミュニケーションスキルへの理解】

【研修直後のスキル活用意向】

【研修直後のスキル活用による職場内人間関係への自信(「悪くない人間関係」を維持・形成 できていれば可能となる行為)】

【研修直後の BPSD の症状を持つ認知症高齢者へのケアの自信】

・研修 6 か月後質問紙調査

【属性】

【虐待遭遇体験・虐待認識・対応】

【研修 6 か月後のスキル活用度】

【研修 6 か月後のスキル活用による職場内人間関係への自信(「悪くない人間関係」を維持・

形成できていれば可能となる行為)】

【研修 6 か月後の BPSD の症状を持つ認知症高齢者へのケアの自信】

2 )質問紙調査結果  ⑴ 調査回答者の概要

 全 9 回の研修参加者への研修前質問紙調査結果(T1),研修後質問紙調査結果(T2),研修 6 か月後質問紙調査結果(T3)のうち,T1-T2のマッチングが行えた284名,さらに T1-

T3のマッチングが行えた81名についてのみ分析した。マッチングのできた回答者の属性は表 1 のとおりである。

 T1-T2 でマッチングできた回答者については,所持資格は,介護福祉士資格所持者が 59.3%,介護経験は10年以上の介護経験を持つものが39.8%,性別は女性が60.9%,雇用形態 は正規職員が91.2%である。T3でマッチングできた回答者では,所持資格は介護福祉士資格 所持者が34.6%,介護経験は,10年以上の介護経験を持つものは44.5%,性別は女性が56.8%,

雇用形態は正規職員が91.4%である。どちらの調査においても,施設の中で中堅職員として 指導的役割を担いやすい立場の回答者が多かった。

(7)

表 1  調査回答者の概要

(n=284) (n=81)

調査回答者研修後 % 6 か月後

調査回答者 % 保持資格

介護福祉士 170 59.9% 28 34.6%

実務者研修終了 17 6.0% 6 7.4%

訪問介護員 1 級 7 2.5% 3 3.7%

訪問介護員 2 級 35 12.3% 14 17.3%

その他 119 41.9% 37 45.7%

経験年数

1 - 5 年 71 25.0% 19 23.5%

6 -10年 84 29.6% 22 27.2%

11-15年 58 20.4% 19 23.5%

16年以上 55 19.4% 17 21.0%

無回答・不明 16 5.6% 4 4.9%

性 別

女 性 173 60.9% 46 56.8%

男 性 106 37.3% 32 39.5%

無回答・不明 5 1.8% 3 3.7%

雇用形態

正規職員 259 91.2% 74 91.4%

非正規職員 17 6.0% 3 3.7%

無回答・不明 8 2.8% 4 4.9%

合 計 284 100.0% 81 100.0%

(8)

 ⑵ 研修満足度

 研修後調査での研修の満足度は,全体の満足度,研修時間,研修内容,エクササイズ内容 共に90%以上満足との回答を得た(表 2 )。

表 2  研修満足度

(n=284)

度数 % 全体

満足 275 96.8%

不満足 2 0.7%

無回答・不明 7 2.5%

研修内容

満足 272 95.8%

不満足 4 1.4%

無回答・不明 8 2.8%

エクササイズ

満足 257 90.5%

不満足 6 2.1%

無回答・不明 21 7.4%

研修時間

満足 262 92.3%

不満足 14 4.9%

無回答・不明 8 2.8%

合 計 284 100.0%

 ⑶ スキルの活用意欲と活用希望

 次に,職場内コミュニケーションスキルの活用意欲と活用希望について,研修後調査(表 3 )と研修 6 か月後調査(表 4 )の結果を比較した。職場内コミュニケーションスキルの項 目は「悪循環を断ち切る」,「例外探し」,「コンプリメントの活用」や「率直に伝える」「具体 的に伝える」「枕詞を使う」などの計 6 つのスキルであり,研修後調査での活用意欲について は「使ってみたい」から「使ってみたいと思わない」まで 5 件法で,研修 6 か月後調査での 活用実績については「使っている」から「使っていない」までの 5 件法で尋ねた。

 結果として,「悪循環の断ち切り方」の活用意欲は89.4%で,実際の活用実績は66.7%と 19.7%低下した。「例外探し」も活用意欲は87.7%で,実際の活用実績は55.6%と32.1%低下し た。「率直に伝える」の活用意欲は87.3%で,活用実績は80.2%と7.1%低下したのみである。

「具体的に伝える」の活用意欲は91.5%で 6 つのスキルの中で最も高く,活用実績も81.5%と 最高値で10%低下したのみである。「枕詞の活用」の活用意欲は89.8%であり活用実績は61.7%

(9)

と28.1%下がった。最後に「コンプリメント」の活用の活用意向は85.9%と高く,活用実績も 81.5%であり,4.4%低下したのみとなった。

 全体として,いずれのスキルについても研修直後の活用意欲は高かった。また,研修 6 か 月後の活動実績は 6 つのスキル共に若干下がっていたが,それでも 6 割以上の職員が 6 か月

表 3  スキル活用意欲

(n=284)

度数 % 悪循環を断ち切る

使ってみたい 254 89.4%

使ってみたいと思わない 0 0.0%

どちらともいえない 21 7.4%

無回答・不明 9 3.2%

例外探し

使ってみたい 249 87.7%

使ってみたいと思わない 0 0.0%

どちらともいえない 27 9.5%

無回答・不明 8 2.8%

率直に伝える

使ってみたい 248 87.3%

使ってみたいと思わない 0 0.0%

どちらともいえない 29 10.2%

無回答・不明 7 2.5%

具体的に伝える

使ってみたい 260 91.5%

使ってみたいと思わない 0 0.0%

どちらともいえない 17 6.0%

無回答・不明 7 2.5%

枕詞を活用する

使ってみたい 255 89.8%

使ってみたいと思わない 1 0.4%

どちらともいえない 19 6.7%

無回答・不明 9 3.2%

コンプリメントを活用する

使ってみたい 244 85.9%

使ってみたいと思わない 0 0.0%

どちらともいえない 8 2.8%

無回答・不明 32 11.3%

合 計 284 100.0%

表 4  スキル活用実績

(n=81)

度数 % 悪循環を断ち切る

使っている 54 66.7%

あまり使っていない 16 19.8%

使っていない 5 6.2%

無回答・不明 6 7.4%

例外探し

使っている 45 55.6%

あまり使っていない 25 30.9%

使っていない 4 4.9%

無回答・不明 7 8.6%

率直に伝える

使っている 65 80.2%

あまり使っていない 7 8.6%

使っていない 2 2.5%

無回答・不明 7 8.6%

具体的に伝える

使っている 66 81.5%

あまり使っていない 6 7.4%

使っていない 3 3.7%

無回答・不明 6 7.4%

枕詞を活用する

使っている 50 61.7%

あまり使っていない 22 27.2%

使っていない 2 2.5%

無回答・不明 10 12.3%

コンプリメントを活用する

使っている 66 81.5%

あまり使っていない 6 7.4%

使っていない 2 2.5%

無回答・不明 7 8.6%

合 計 81 100.0%

(10)

後も職場において研修で習得したコミュニケーションスキルを活用していたことが明らかと なった。また,コンプリメントについては,活用意欲,活用実績ともに高い値を示していた。

 研修 6 か月後の活用実績が,研修直後よりも下がった理由としては,自由記述欄の記載か らもいくつかの要因が考えられる。

① 研修では「使える」と思ったが,現場においては「使えない」と感じられた

「研修はとても興味深く,研修内容を実践したいのですが,以前よりも人手がなく,仕事 は増え,研修で伺ったようにはいきません。」

② 日常の多忙な業務の中で活用することが忘れられた

「研修直後は気にして,接し方等工夫しようとしたが,日がたつにつれて,だんだんもと に戻ってしまいました」

「その時は,良い勉強をしたと思っても,時間がたつと忘れてしまいます。重ねて学び続 けることが大切ですね」

③ 職場の一人が学習しても同じように活用する人がいなければ職場で生かすことはしい

「冷静に考えるとなるほどと思えることですが,一人で日常の中に戻ると,それに気づけ ないと実感しました。」

 今後は,受講者からのフィードバックを集約し,実践の場によりフィットしたスキル開発 とエクササイズの改良を重ねる必要がある。

 ⑷ コミュニケーションスキル獲得による人間関係への自信

 次に,コミュニケーションスキル獲得によって人間関係への自信が向上したかどうかを把 握するために,「悪くない人間関係」を形成・維持できていれば可能である行為(嬉しい気持 ちの伝え方,ケアを交代してほしいときの依頼の仕方,相手の褒め方,真剣に話を聞く方法,

不愉快なことの伝え方)がどの程度できているか,自信の有無について 4 件法で尋ねた。以 下項目ごとに結果をみていく(表 5 )。

 まず「ケアに困ったとき同僚・上司に相談できる」は,研修後69.4%から研修 6 か月後に 88.9%と19.5%自信が向上した。「嬉しいことがあったとき気持ちをつたえることができる」

も,研修後の74.4%から研修 6 か月後81.5%へと自信が 7 %向上した。「同僚,上司の良いケ アを褒めることができる」は,研修後71.6%から研修 6 か月後86.4%と自信は15%向上した。

「同僚・上司の話を真剣に聞くことができる」は,研修後87.7%から研修 6 か月後93.8%と自 信が6.1%向上した。

 これらの事から,今回の研修でコミュニケーションスキルを獲得することにより,職場内 の悪くない人間関係の形成・維持への自信が増したことが確認され,本研修プログラムは,

職場内の人間関係における自信の向上に効果があることが明らかとなった。

 一方,「利用者との関係性が悪くなった時,相談できる」は,研修後74.1%から研修 6 か月 後には71.6%とあまり変化がなかった。さらに,「同僚・上司に不愉快なことをされたとき,

(11)

それを伝えることができる」も同様に37.8%から37.1%とあまり変化が見られなかった。特に

「同僚・上司に不愉快なことをされたとき,それを伝えることができる」については,研修後 の自信は37.8%とほかの項目と比較して極めて低かった。

 このことは,言い辛いことを伝える際の同僚・上司との間の率直なコミュニケーションの 難しさを反映したものであり,高齢者介護施設に限らず,多くの組織にみられる傾向ともい えるであろう。今後は,言い辛いことの伝え方について理論的な見地も踏まえ,学習内容を 改善する必要があるといえる。

 ⑸ BPSD の症状をもつ認知症高齢者への対処への自信

 ところで,本研究においては,虐待予防のための方策として,BPSD の症状をもつ認知症 高齢者への対処行動についてもスキル研修を行いその効果を検証した(表 6 )。

 ここでは,ケアスタッフが困難を抱えやすいとされる BPSD の利用者とのコミュニケー ション場面を挙げて,「十分自信がある」から「自信がない」まで 5 件法で尋ねた。その結 果,「思いもよらない利用者からの暴言」については,研修後の63.1%から,研修 6 か月後 74.0%と10%自信が向上していた。「理由もなく突然たたかれる」については,62.1%から研 修 6 か月後71.7%と9.6%自信が向上していた。「介護時に激しく抵抗される」についても研修 後66.6%から研修 6 か月後71.6%と 5 %自信が向上していた。本研修プログラムで学んだコ ミュニケーションスキルの習得により,認知症の BPSD の症状をもつ利用者への対応に自信 がもてた回答者が多くみられたことから,本プログラムで習得したコミュニケーションスキ ルは,認知症の BPSD をもつ利用者への対応における自信の獲得に効果を持つといえる。

 一方,「忙しい時間帯の頻回のナースコールへの対応」は,研修後調査でも,55.5%と低 く,研修 6 か月後には,49.4%とさらに自信が低下していた。これは何を意味するのであろ うか。本稿の冒頭で述べたように,虐待要因は,①利用者要因,②職員要因,③社会・職場 環境要因に整理され,発生リスクを軽減するためには,それぞれの要因間の相互作用に焦点 を当てる必要性がある(16)。この「忙しい時間帯の頻回のナースコール」とは,BPSD の症状を

表 5  研修によるコミュニケーションスキル獲得による人間関係への自信

n=284 n=81 研修後 研修 6 か月後 人数 % 人数 % ケアに困ったとき同僚・上司に相談できる 198 69.4% 72 88.9%

嬉しいことがあったとき気持ちを伝えることができる 212 74.4% 66 81.5%

利用者との関係性が悪くなった時,相談できる 211 74.1% 58 71.6%

同僚,上司の良いケアを褒めることができる 214 71.6% 70 86.4%

同僚上司の話を真剣に聞くことができる 250 87.7% 76 93.8%

同僚上司に不愉快なことをされたときそれを伝えることができる 107 37.8% 30 37.1%

(12)

もつ認知症利用者(利用者要因),人手不足が重なる忙しい時間帯(社会・職場環境要因),

頻回のナースコールへの対応(職員要因),それぞれの要因が重なりあって生じた介護従事者 にとって最も負担の大きい状況と予測できる。

 多くの調査では,こうした場面における BPSD の認知症高齢者の不穏,暴言,などが職員 にとってストレスとなり,そのストレスの反応として虐待や不適切なケアに至るというメカ ニズムが報告されている(17)

 虐待予防のために,BPSD の症状をもつ認知症の利用者へのケアスキルを上げることは重 要である。しかし,重労働に見合う賃金の確保が不十分でない状況や離職者の多さ,利用者 への適切なケアを提供するに十分な人材の不足等,高齢者施設におけるケアをめぐる構造的 な課題への改善がなされない限り,虐待の芽を消しさることは困難であることがこの結果か らも明らかとなった。

Ⅳ.研究の成果と今後の課題

 本研究においては,解決志向アプローチを援用した高齢者介護施設における虐待予防のた めの研修プログラムを開発し,これを高齢者介護施設従事者に対して実施し,その効果を検 証した。その結果「実践者は学習した職場内コミュニケーションスキルを実践の場で活用す ることによって職場内でのコミュニケーションに自信を高めることができる。それは,職場 の人間関係の改善をもたらし,虐待予防に一定の効果をもたらす可能性がある」との仮説が 検証された。このことから,本プログラムが高齢者介護施設における虐待予防に有用な実践 アプローチとして活用される可能性があることを示すことができた。

 今後は上記仮説がさらに成立するために,研修プログラムのうち職場内における人間関係 に自信を増すためのエクササイズを強化したり,「言いにくいことを伝える際の言い方」など のエクササイズ内容に修正を重ねる必要がある。

 また,本研修を通して獲得された職場内コミュニケーションスキルは, 6 割以上の参加者 において研修後に現場で活用されていたが,スキルの内容によっては時間の経過とともに効 果が大幅に軽減するものも見られた。今後は関係者へのヒアリング等を重ね,研修効果が持 続するための方法について検証が必要と考える。

表 6  BPSD の利用者への対応の自信

n=284 n=81 研修後 研修 6 か月後 人数 % 人数 % 思いもよらない利用者からの暴言に自信がある 180 63.1% 60 74.0%

理由もなく突然たたかれることへの対応に自信がある 177 62.1% 58 71.7%

介護時に激しく抵抗されることへの対応に自信がある 190 66.6% 58 71.6%

忙しい時間帯の頻回のナースコールへの対応に自信がある 158 55.5% 40 49.4%

(13)

Ⅴ.おわりにかえて

 本研修プログラムの開発に携わり 8 年が経過する。その間,高齢者介護施設の現状は大き く変化を見せている。利用者要因としては特別養護老人ホームにおける入所基準において要 介護度 3 以上との入所要件が追加された。また,職員要因として全国レベルでの介護従事者 の人材不足の深刻化(18)が目立つ。さらに,認知症の疾患をもつ入居者の増加,入居者である利 用からのハラスメントの増加が多数報告されている(19)

 このような現状の中で高齢者介護施設における介護従事者の負担は増加し続け,介護従事 者を取り巻く施設の職場環境における悪循環のスパイラルは加速している。

 次の記述は本調査の自由記述の一文である。

 「研修はとても興味深く,研修内容を実践したいのですが,以前よりも人手がなく,仕事は 増え,研修で伺ったようにはいきません。仕事に対するモチベーションがどんどん下がり,

入居者に優しくできません。どうしたらいいのでしょうか。助けてほしいです」。

 高齢者介護施設においては,そこに暮らす入居者の尊厳を守ることは何よりも重要なこと である。しかし,そのためにはその入居者と日々関わる介護従事者の負担を軽減し,彼女・

彼らが安心して働くことのできる職場を作り,よりよいケアを生み出す基盤を整備すること が施設経営者にとって必須の取り組みでありその責任は重いといえる。今後は組織マネジメ ントの視点も踏まえながら,研修プログラムの改良を重ねていきたいと考える。

付記 本研究は,日本学術振興会科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)の基盤研 究(c)「高齢者虐待の予防と対応におけるチームワーク」(研究代表者:副田あけみ 課題 番号:15K03972)の助成を受けて実施した研究成果の一部である。

参 考 文 献

( 1 )厚生労働省「平成29年度 高齢者虐待の防止,高齢者の養護者に対する支援等に関す る法律」に基づく対応状況等に関する調査結果」(2019)

  https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000196989_00001.html

( 2 )松本望「認知症グループホームの介護職員が求める虐待予防策因子の構造と課題;職 員・職場の属性による認識の違いをもとに」『高齢者虐待防止研究』第 9 巻 1 号:74-82

(2013)

( 3 )松本望「認知所グループホームで必要とされる虐待予防因子の構造と実態;介護職員 への認識調査をもとに」『日本認知症ケア学会』12(2):276-386(2013)

( 4 )Buzugova,. R,Ivanova,K: Elder abuse and mistreatment in residential settings. Nurs- ing Ethiscs, 16(1):110-126(2009)

( 5 )松本望「新たな高齢者の施設内虐待お出るの構築にむけて;組織事故におけるスイス

(14)

チーズモデルを参考に」『高齢者虐待防止研究』第10回第 1 号:74-82(2014)

( 6 )藤江信二「介護老人福祉施設の介護スタッフが虐待行為等を回避している構造―アン ケート調査における自由記述の分析を通して―」『社会福祉学』,vol.56,No.2(2015)

( 7 )藤江慎二「介護スタッフのしてしまいそうになった虐待等の現状とその要因;職員間 の人間関係と同僚の虐待行為の発見に焦点をあてて」『高齢者虐待防止研究』第12巻第 1 号:49-59(2016)

( 8 )本調査結果については,「高齢者施設における介護職員の虐待への認識と対応に関する 調査―高齢者施設における虐待予防に向けた実践的研修の開発に向けて―」2013年 9 月 21日日本社会福祉学会第61回秋季大会(北星学園大学)自由研究発表にて報告している。

( 9 )森,黒沢等は解決志向アプローチの発想の前提として,次の 4 つをあげている。①変 化は絶えず起こっており,そして必然である。②小さな変化は大きな変化を生みだす。

③『解決』について知る方が,問題と原因を把握することよりも有用である。④クライエ ントは,彼らの問題解決のためのリソースをもっている。クライエントが彼らの解決のエ キスパートである。森俊夫・黒沢幸子「解決志向ブリーフセラピー」ほんの森出版(2002)

(10)副田あけみ編著「高齢者虐待にどう向き合うか」瀬谷出版(2013)

(11)長谷川啓三編集「解決志向の看護管理」医学書院(1999)

(12)芝野松次郎「社会福祉実践モデル開発の理論と実際;プロセッティック・アプローチ に基づく実践モデルのデザイン・アンドディベロップメント」有斐閣(2002)

(13)土屋典子「養介護施設従事者の虐待への意識に関する調査研究―養介護施設における 虐待予防のための実践アプローチ・研修プログラム開発に向けて―」『立正社会福祉研 究』第15巻 2 号 pp51-59(2014)

(14)ピーター・ディヤング/インスー・キム・バーグ「解決のための面接技法第 4 版」金 剛出版(2016)

(15)竹田伸也「認知行動療法による対人援助スキルアップ・マニュアル」遠見書房(2011)

(16)松本(2014前掲)

(17)認知症介護研究・研修仙台センター(2009)第 3 章ストレスが生じやすい介護場面と 対処法,認知症介護研究・研修仙台センター,介護現場のためのストレスマネジメント と支援テキスト;高齢者虐待・不適切ケアの防止に向けて.認知症介護研究・研修仙台 センター,宮城,15-23

(18)公益財団法人介護労働安定センター「平成28年度介護労働実態調査」(2018)

(19)日本介護クラフトユニオン「 ご利用者・ご家族からのハラスメントに関するアンケー ト結果」(2018)http://www.nccu.gr.jp/rw/contents/C03/20180709000101.pdf。なお,

本アンケート結果を受け,国は老健事業の中で「介護現場におけるハラスメントに関す る調査研究」を立ち上げた。さらに2019年 4 月に厚生労働省老健局振興課より「介護現 場におけるハラスメント対応マニュアル」が作成され,関係団体に発信されている。

表 1  調査回答者の概要 (n=284) (n=81) 調査回答者研修後 % 6 か月後 調査回答者 % 保持資格 介護福祉士 170 59.9% 28 34.6% 実務者研修終了 17 6.0% 6 7.4% 訪問介護員 1 級 7 2.5% 3 3.7% 訪問介護員 2 級 35 12.3% 14 17.3% その他 119 41.9% 37 45.7% 経験年数 1 - 5 年 71 25.0% 19 23.5% 6 -10年 84 29.6% 22 27.2% 11-15年 58 20.4% 19

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