三重大学教育学部 附属教育実践総合 セ ンター紀要 2 0 0 9 , 第 2 9 号, 6 9‑ 7 4 頁
公立小学校 における校 内研究主題の変遷
岡 野 昇 *
本稿 では、公立小学校 における校 内研究主題を手かか りに、その使用キー ワー ドか ら学習論 を、文末表記か ら 発達観 を読 み取 り、 その変遷を明 らかにす る基礎的資料 を収集 し、それに基づ きなが ら、現状 の校 内研究の取 り 組みに対す る問題を浮 き彫 りにす ることを 目的 と した。
平成
13年度か ら平成
20年度 までの四 日市市立小学校 お ける校 内研究主題を対象 に調査 した結果、平成
13年 度か ら平成
16年度 までは、「自ら 」 「 主体的に 」 「 意欲的に」 をキー ワー ドとす る認知主義が最 も多 く、約
4割 の 学校 で 占め られていたが、平成 1 7 年度を境 に、「 学 び合 う 」 「伝え合 う」 な どをキー ワー ドとす る状況主義、認 知主義、「 身 につ ける 」 「定着」 な どをキー ワー ドとす る行動主義 の順 に変化 し、特 に平成
19年度か らは、約半 数 の学校が状況主義 で占め られていることが明 らか にな った。
また、平成
16年度を境 に 「 子 どもの育成 」 「 子 どもを育て る」 な どの文末表記 による個体定着指向がやや減少 傾 向に転 じつつあ り、「 授業の創造 」 「 授業づ くり」 な どの文末表記 による意味生成指向がやや上昇 しつつある も のの、 いずれの年度 も個体定着指向が意味生成指向を大 き く上回 ってお り、個体定着指向は約 4 分の 3 の学校 に よ って、意味生成指向は約
4分の
1の学校 によって 占め られていることが明 らかにな った。
さ らには、 四 日市市立小学校 における校 内研究主題 か ら読 み取 ることがで きる学習論 ( 状況主義) と発達観 ( 個体定着指 向) のね じれ は、パ ラダイムのね じれであ り、実質 的 ・本質的な校 内研究が展開 されていない こと の現れ と推察 された。
キー ワー ド:校 内研究主題、公立小学校、学習論、発達観
1 . は じめに
最近 の小学校教育現場 で は、「学 び合 い」 や 「 伝 え合 う」 といった相互交流を重視 した 「 かかわ り」をキーワー ドとす る校 内研究が多 くな ってきているように感 じられ る
。これ は、平成 1 7 年度 か ら新 たに開始 された 「伝 え 合 う力 を養 う調査研究事業 ( 文部科学省)
」 l'や経済開発 協力機構 ( OECD) の学習到達度調査 ( PI SA) によ っ て示 された 「 世界一」 の教育水準を達成 したフィンラ ン ドの授業 と学 びの様式
2'における影響 によるもの と考 え られ る
。しか しなが ら、 こうした教育行政や教育事情 の 動 向にの りなが ら、安易 に校 内研究主題のキー ワー ドを 変更 したのであれば、それは重大な問題 になるであろう。
なぜな ら、「かかわ り」 を意味す るキー ワー ドの台頭 は、
それまで とは異 な る学習論 や発達観 を背景 に持つ もの と 考 え られ るか らである
。本 山は、 市川 ( 1 9 9 5 ) や九野 ( 1 9 9 8 ) 、佐伯 ( 1 9 9 8 ) の研究を踏 まえなが ら、 「 『学習』 をどうとらえるのか、 と いう問題 については、三つの立場か ら研究が進められてき た 」 ( 1 9 9 9 、 p. 1 01 ) と述べ、次のように整理 している
。一つ には、行動主義 の学習論で、刺激 と反応 の連 合が条件 によ って強 くなることを学習 とみなす。人 間の行動を刺激 との因果関係で説明す る。二つには、
*三重大学
認知主義 の学習論で、個体 による知識獲得 を学習 と す る
。頭 の中にある表象 とその操作 を情報処理 モデ ル と して説明す る
。三つ には、状況的学習論 で、他 者 や人工物 とい った社会的文化的状況 と結 びつ いて 引き起 こされてお り、 ことばや記号 は有効 に利用 さ れ る文脈 をはなれて活用 されない ( 1 9 9 9 、 p. 1 01 ) 。
つ ま り、「かかわ り」 をキー ワー ドとす る学習論 は、
「行動主義 や認知主義 に基づ く操作 的な学習観 か ら、状 況的学習論 のように子 どもの社会的環境 との関わ りをみ てい く臨床的な学習観への移行 」 ( 本 山、 1 9 9 9 、 p. 1 01 ) の現 れ と読 み解 くことが求め られ るであろう。
一 方 の発 達 観 につ いて、 松 田 ・島 崎 は、 ピア ジ ェ ( Je anPi age t ) ゃ ワロン ( He nr iW al l o n) の所論 や浜 田 ( 1 9 9 3 ) の見解 に依拠 しなが ら、次のように整理 している。
ピア ジェ‑ワロ ンによって交 された議論 が、 「子 どもの存在を個的、実体的な もの として見 るか、社 会 的、 関係 的 な もの と して見 るか 」 「発 達 を能 力 ( 認識) の問題 と捉え るのか、生活 ( 意味) の問題 と捉え るのか」 とい う 2 軸 をめ ぐって、両者 の発達 観 の相違 を浮 き彫 りに した点であ る
。この ことか ら す ると、両者 の発達観 は次のよ うに図示す ることが で きる ( 図 1 )
。ここで 「 個 一能力」 か ら発達 を捉 え るピア ジェの立場 を 「 個体定着指向的発達観」 と 呼ぶ とす ると、 「関係性 一生活」 か ら発達 を捉 え る
‑ 6 9‑
能力 ( 認識)重視 ピアジェの立場
3 体定着指向的発達観
視 関係性重視
生活 ( 意味)重視
図 1 発達観の構造 ( 松田 ・島崎、 1 9 9 7 、 p. 3 0 )
ワロンの立場を 「 意味生成指向的発達観」 と呼ぶ こ とができよう ( 松 田 ・島崎、 1 997 、 p. 3 0) 。
すなわち、発達観 において も 「かかわ り」のキー ワー ドが意味す るところは、個 の重視 とともに能力あるいは 認識 の重視 に特徴づ け られ る 「 個体定着指向的発達観」
か ら、関係性の重視 とともに生活あるいは意味の重視 に 特徴づけられ る 「 生活 ( 意味)生成指向的発達観」への 転換 と解釈 され ることが求め られ よう。
そ こで本研究では、公立小学校 における校内研究主題 を取 り上 げ、その使用 キー ワー ドか ら学習論を、そ して 文末表記か ら発達観を読 み取 り、その変遷を明 らかにす る基礎的資料を収集 し、それに基づ きなが ら、現状の校 内研究の取 り組みに対す る問題 を浮 き彫 りにす ることを 目的 とす る。
2. 方 法
2 .1 校内研究主題 について
本研究では、平成 1 3 年度か ら平成 2 0 年度 までの四 日 市市立小学校 における校 内研究主題 を対象 に調査を行 っ た。 対象校 は、 平成 1 3 年度 か ら平成 1 5 年度 までは全 3 9 校、平成 1 6 年度以降 は全 40 校 である。校 内研究主 題 は、 四 日市市教育委員会 ホームペー ジ、『四 日市市学 校数育 自書』な どに掲載 されているものか ら収集 した。
2 .2 使用キー ワー ドと学習論
校 内研究主題 に使用 されているキー ワー ドは、学習論 の観点か ら次のように分類 を行 った。
第一 に、「 身 につ ける 」 「 定着」 な どのキーワー ドは、
「 行動主義的な因果論 に立 ち、教授‑学習過程 は教師 に よる統制の もとで進む 」 ( 本 山、 1 999 、 p. 1 02 ) 言葉 とし て連想 され るため 「 行動主義」 と位置づけた。
第二 に、「自ら 」 「 主体的に 」 「 意欲的に」の三つのキー ワー ドは、子 どもを課題解決のための学習者 として位置 づ け、学習者 と学習課題 との対話的プロセスにおいて、
知識 を獲得 してい く学習を連想 させ る言葉であることか ら、「 認知主義」 と位置づ けた。
第三 に、「 学 び合 う 」 「 伝え合 う」などのキーワー ドは、
「 個体 間 に共通 の道筋をた どることを前提 に行動 や認知 を操作 し変容 させた結果ではな く 」 ( 本山、 1 999 、 p. 1 02) 、
「 学習者が他者 とのかかわ りのある多様 な活動 を通 して、
意味 を構成 してい く社会的行為である 」 ( 広石、 2005 、 p.2) と見立 ててい く学習を連想 させ る言葉であ ること か ら 「 状況主義」 と位置づけた。
2 .3 文末表記 と発達観
校 内研究主題 の文末表記 に着 目し、発達観の観点か ら 次 のように分類 を行 った。
第一 に、「 子 どもの育成 」 「 子 どもを育て る」 な どの文 末表記 は、「 非社会的存在 としての子 どもの社会化 」 ( 松 田 ・島崎、 1 997 、 p.29) を連想 させ る言葉 で あ ること か ら、「 個体定着指向」 と位置づけた。
第二 に、「 授業の創造 」 「 授業づ くり」 な どの文末表記 は、「 社会的存在 としての子 どもの個性化 」 ( 松 田 ・島崎、
1 997 、 p.29) を連想 させ る言葉であることか ら、 「意味 生成指向」 と位置づけた。
3. 結 果
3 .1 使用キー ワー ドと学習論
校 内研究主題 に使用 されているキーワー ドについて、
学習論の観点か ら分類を行 った結果は次の通 りである。
行 動主 義 を背景 とす るキー ワー ドを整理 した ものが 表 1 である
。「身 に付 ( つ) け」が最 も多 くのベ 43 件で あ り、ついで、「 定着」 がのベ 9 件、「 育成 ・育てる」 が のベ 5 件である
。認知主義 を背景 とす るキーワー ドを整 理 した ものが表 2 である
。「自ら」 が最 も多 くのベ 64 件 であ り、ついで、「 主体的に」がのベ 36 件、「 意欲的に」
がのベ 1 7 件である
。状況主義を背景 とするキーワー ドを 整理 した ものが表 3 である。「 高め合 ( あ) う」が最 も多 くのベ 42 件であり、ついで 「 学び合 ( あ) う」がのベ 41 件、「 伝え合 ( あ) う ・伝え合い」がのベ 1 6 件である。
表 4 と図 2 は、学習論の変遷を整理 した ものである。
平成 1 3 年度か ら平成 1 6 年度 までは、認知主義が最 も多 く、約 4 割の学校で占め られている。ついで、状況主義、
行動主義の順である
。その順位 は、平成 1 7 年度 を境 に、
状況主義、認知主義、行動主義の順 に変化 している
。特 に平成 1 9 年度か らは、約半数 の学校が状況主義 で 占め られている。
3 .2 文末表記 と発達観
校 内研究主題 の文末表記 に着 目し、発達観の観点か ら 分類 を行 った結果は次の通 りである。
個体定着指向を背景 とす るキーワー ドを整理 した もの
が表 5 である
。「子 ども ( 子) の育成 ・児童 の育成 ・子
どもたちの育成」が最 も多 くのベ 11 0 件であ り、ついで、
公立小学校 における校 内研究主題 の変遷
表 1 行動主義 を背景 とす るキー ワー ド
H 1 3 H 1 4 H 1 5 H 1 6 H 1 7 H 1 8 H 1 9 H 2 0 計
確 かな学力 を身 につ け 2 1 2 4 5 5 5 2 4
国際感覚 を身 に付 ( つ) けた 1 1 1 1 1 1 1 1 8
確 かな力 を身 につ け 1 1 1 1 1 5
確 かな言葉 の ( 力 の)基礎 を身 に付 ( つ) け 1 1 1 3
学 び方 を身 に付 け 1 1
伝 え る力 を身 につ け 1 1
人権尊重 の精神 を身 につ け 1 1
学力の定着 1 1 1 1 1 1 6
基礎 .基本 の定着 1 1 1 3
基礎 .基本 の確 かな育成 1 1 1 3
確 かな学力 の育 成 1 1
確 かな学力 を育 て る 1 1
確 かな学力 を もった 1 1 1 3
計 3 5 6 9 1 1 1 0 8 8 60
*実数 はのべ数
表 2 認知主義 を背景 とす るキー ワー ド
H 1 3 H 1 4 H 1 5 H 1 6 H 1 7 H 1 8 H 1 9 H 2 0 計 自 ら ( 学 び、進 んで、考 え、課題 を) 1 4 11 11 8 6 5 5 4 6 4 主体的 に ( 学ぶ、 活動 し、取 り組 む、学 び合 って) 6 7 5 5 4 3 3 3 3 6
意欲的 に ( 取 り組 む) 1 1 3 3 3 3 2 1 1 7
*実数 はのべ数
表 3 状況主義 を背景 とす るキー ワー ド
H 1 3 H 1 4 H 1 5 H 1 6 H 1 7 H 1 8 H 1 9 H 2 0 計
高 め合 (あ) う 4 4 3 6 7 6 6 6 42
学 び合 (あ) う 4 6 3 3 4 5 6 1 0 41
伝 え合 (あ) う .伝 え合 い 1 1 3 4 5 2 1 6
語 め合 (あ) う .認 め合 い 2 3 1 1 2 2 1 1 1 3
関 ( かか) わ り合 う 2 2 1 2 2 9
コ ミュニケ‑ シ ヨン 1 3 3 2 9
支 え合 い 1 1 2 1 1 6
尊重 しあ う 1 1 1 1 1 5
つ なが り合 う l l 2
話 し合 い l l 2
協力 し合 う l l 2
ひびき合 う 1 1
聴 き合 い 1 1
考 え合 う 1 1
*実数 はのべ数
‑ 71‑
表
4 学習論の変遷
H 1 3 H 1 4 H 1 5 H 1 6 H 1 7 H 1 8 H 1 9 H 2 0
計行動主義 3 5 6 9 11 1 0 8 8 60
( 3) ( 5) ( 6) ( 9) (l
l )(1
0 )( 8) ( 8) ( 60)
認知主義 1 7 1 7 1 6 1 4 1 2 1 0 9 8 1 03
( 21 ) (1 9) (1 9) (1 6) (1 3)
(ll )(1 0) ( 8) (11 7)
状 況主義 8 11 9 1 3 1 5 1 8 21 22 11 7
(1 0) (1 5) (1 2) (1 7 ) ( 21 ) ( 2 4) ( 25) ( 2 6) (1 5 0)
*実数 は学校数、 ( ) 内数 はのべ数
表 5 個体定着指 向を背景 とす るキー ワー ド
H 1 3 H 1 4 H 1 5 H 1 6 H 1 7 H 1 8 H 1 9 H 2 0 計 子 ども ( 子)の育成 .児童 の育 成 .子 どもたちの育 成 1 0 1 2 1 3 1 4 1 4 1 5 1 6 1 6 11 0
子 ども ( 子) を育 て る 11 1 1 1 2 9 7 5 4 4 63
子 ( 子 ど も).子 をめ ざ して .子 ど もの姿 を求 めて 8 8 5 6 7 6 5 6 51
力 を育 て る .力 を高 め よ う 1 1 1 2 3 1 9
身 につ け させ る .定着 を 目指 して 2 2 2 6
定着 を図 る学習指導 1 1 1 1 1 1 6
基礎 .基本 の確 か な育 成 1 1 1 3
か らだ育 て l l 2
*実数 はのべ数 表 6 意 味生成指 向を背景 とす るキー ワー ド
H 1 3 H 1 4 H 1 5 H 1 6 H 1 7 H 1 8 H 1 9 H 2 0 計
授 業 の創造 4 4 2 2 3 3 4 3 25
授 業 (をめ ざ して) 1 1 1 1 1 2 2 2 ll
授 業づ くり (をめ ざ して) 1 1 3 5
授 業 1 00% 1 1 1 1 4
学 びの追 究 1 1 1 1 4
学習 の創造 2 1 1 4
道徳教育 1 1 1 3
集 団の育 成 1 1 1 3
つ なが る心 .つ なが る仲 間 l l 2
人 とと もに育 つ l l 2
学習 1 1
活動