室 谷賢 治 郎
齪
亀 工業といふ言葉が︐一般の慣用語並びに科墨の術語に鞭て等二つの異った意味を有することは︐ビュヒアー / りが夙に指摘した通抄である◎即ち︐一は歴史的・相封的意味であり.他は経濟的・絶封的意味である︒いま前
者の考察を工業構⁝成史と名付け︑暫く地域を北海道に取材して槍討を加へたい◎
工業構⁝成史を検討する意倒は︑静置家の翠なる詮難に追随するのではない︒との顯︑工業構成史は在來の工
業皮そのま製であってはならぬ筈である︒寧ろ︐工業の在り方領探知し︐政策の基盤たらしめるに足るもの
が︐新な工業構成史検討の課題であらねばならぬ︒換言すれば︐歴史を通して理論を樹て.政策を生む科學的
態度が︑構成史の上金乏なるのであるσ再び別言すれば︐工業立地の理論を確立し︐農工商調整の政策に寄輿
する底の工業構成史の研鐙が待望せられるのである︒ ﹄ ・
﹁臼本工業構域史﹂及び﹁鷺本工業構成論しの著者森喜岡氏は.工業構成と工業構造とを本質的に峻別す
託海道工業構域建序観︐︵鍵谷︶ へ 四三
四四
.る用意を示し︑構成は構造の中にあって︐部門的相互熱闘を中心に詩語力・技術・生産装備・地域及び資本等
の愚筆ζ考察の勤象として有つもの喜られる鋤併k同昏ら驚轟造との嘉0實長上困難誉とを
お も認められる通り︑工業構成と工業構造とは滉用せられ︑叉は混沌たる場合が少くない︒卑見を以てすれば竪構
域と構造とを︐しかく嚴密に匪逸する必要はない︒蓋し工業の基底をなす爆睡件と國湯壷濟構造との關聯を繹
ぬべき工業構造は︐その中に含まれそれに制約せられる工業構成を把握することを.前提とするからであるΦ
構造を工業の外部経管窪8ヨ鉱の8鐸◎ヨ団として考べ鞘構成を工業の内部貴兄貯需露紘櫛8き難畷として捉へる
ことも許されるであらう︒工業構成と工業構造とは︑かくして實は混用又は混沌の詳を遜け得られるのみなら
す︐緊密に有機的蓮繋を保たしみられることになるのである︒
然らば.工業構成史はこれを如何様に整序し︐叙述すべをか︒構成史は何物に照して構成せられ.記録せら
るべきかQ時の推移に順って記し進めることは︐この場合最も無難に見えるが︐併しそれだけでは理論と政策
とを建設する上に︐力弱い歴史と険する惧れがあるゆ
ピュビアーの餐に倣って.・工業の維螢形態を注硯しつX.家内仕事︐賃仕事︐償絡仕事︐問屋制度及び工場 の制度を段階付ける短き方もある◎これも併しながら完漿な工業構成史とはなし難い◎何となれば経濟獲展の段
階に照平せしめるピュピア垂流の史観は.生成の過程を尊くには巧妙であって竜.抑も獲展とは何を豫定して
のことであるかを︐原理的に究めなければなるまいと思はれるからである︒生成攣藤すること必ずしも獲展で
はあるまい︒時としては退歩であるごともあるであらう︒動植物の生育と老衰との關係に顧みて︐この理は畳
られる筈である︒故に工業が輕工業から重工業へ移行する傾向を目して︐工業の獲展に於ける速度指標となす
の立論には︐疑義を挿まざるを得なくなる︒架りに重工業から輕工業へ向ふことありとして︐それは獲展と嚢へ
ぬであらうか︒況んや生濠の規模により申小工業から大工業へ進むことは︐常に獲展とは限らぬであらう︒
翻って概論的な参考交献の乏しい﹁臼本工業配しのM二を拙き︐その編述を窺ふとき︐明治三十年患版に係
ラ ラ き フる横井時冬博士の業績と︐昭和十七年影響に成る南滋強博敏授の螢作との闘︐には︐輿味を畳えしめられるもの
がある◎横井博士の著では︐上古時代︐寧樂朝時代︐藤原氏時代︐武家時代︐徳川蒔代及び維新後の工業を編
年別立は縦割式に具さに物語られたのに封し︐南種教授の著では傳統工業︐近代工業及び新興工業を業種別或
は横割式に手際良く盛られてある︒因みに満岡忠成氏の﹁日本工藝長しに於ては︐先史・原史時代︐飛鳥・奈
良時代︐築安時代︑鎌倉・室町時代︑桃仙・江戸時代及び現代の様相を編年別に概醜してるる︒南種敏授の分
類は︐通俗的には︐昨田までの工業︑今臼の工業及び今鷺以後の工業と云ふことになるであらうが︐これは工
業構成史を整序する上に燧かに役立つ一の指針である︒業種別に各工業の趙源滑革を叙蓮して該工業の雁史を
把握する方針が︐南種敏授の勢作に於ては見事に有機的に取扱はれ︐而も明かに獲展を意識してみると見られ
るが故である︒上に問題とした鞍点の輪廓が︑蝕には映し出されて來たかに見えるのである︒
凡そ学業に關しては︑筍もその目標が定立せられることを要する︒若し軍工業を馬標とするならば︑輕工業
北海道工業構成箆序説 ︵室谷︶ 四五
辱
四六
がこれに近づくことは︑疑もなく護展であらう◎然るに︐重工業は更に別の何物かへ向って︑歩みを蓮ばんと
することがないであらうか◎重工業が経局の目標であると︑果して断言し得るであらうか◎かく考へると費働 〆
工業に於ける獲展は︑畢貸するに個人生活の安定並びに墨家物論の強圃といふ目標を樹て紮こそ︑始めて論議
し得べき性質のものであると云はざるを得ない◎
先づ個人生活の安定から云へば︑衣食往が基本的に求められる︒地誌工業︑食料品工業︑建築工業の重要性
を思はすにるられない︒次に國家艦制の張圃から云へば︐高度の國防乃至職争が絶封に避けられ滋ところで多
る◎金駅弁機械工業︐化學工業︐瓦斯及電氣工業の緊要を痛感せしめられすにるられない◎而も潔斎と國家と
の關係は︐二にして二にあらず︐一ならずして州である◎個人生活の安定を期する前記の如き工業を挙和産業
と呼び︑農家艦制の彊固を念ずる再び前記の如き工業を緊急産業と悪し︑別個の措置を講じようとする態度は
十分に吟味を要する黙である︒か藁る吟味を加へつ箋︐落入と國家との共存共榮に於ける均衡を保たんがため
に癒︐工業欝成皮の検討は欠くべからざるものとなるのである◎︑
ω 溶質蓬︒ざが﹀講3Ωの慈⇔触9㌦葺嵩舅鐸譲︒︑誉禽欝多鎌飛白6露鋤初≦伸鴇2零ξ奮瞬ポ膨斜騨く.轟.誤毒客罫ε戯.
④ 森喜脚著﹁鷺本工業構域更﹂一頁謬照◎ ③同書二頁滲照Q ゼ ω捧蕊き皇2鍵30⑦奮警箸豪ぎ象蓉飼口占メ¢9塗
⑤ 高橋轟吉著﹁羅本工業獲展論﹂第二編滲照◎
申村静治署﹁縫本工業論﹂第一編蓼照◎
⑥ 横井時冬著﹁廻本工業更﹂
ω 爾種康博著﹁縫本工業更偏 一 \
脚國
さて現實に立返り︐北海道に於ける工業構成史を追様するとき︐第同に需められるものは︑工業生産が全産
業に立て有つところの比重であらう◎これによって北海道の工業化の程度を察知し︐産業の近代化の水準を測
⑳ 定することが可能となるのである◎左に生産額の攣化趨勢を示さう◎
年 次
一明治一手九年
三+四年
三十九年
四十四年
大正元 年
三 年 農 塵 ハ翻 磁︑○圏九 ご晶︑囲鋭二 一西︑9δ 鰻ご︑ご畑鼠 聾昌︑鰻三八
謹○︑六一ぎ 畜 二水 産
北海道工業構成吏序観 ︵室谷y ︿附議﹀ δ〇 一.九八︑
八セ誠一、
J昌山ハ七
一、l益
︸ 一.毫︵︑八九混F七七 蕊○︑七七二 一ぞ︑一三七 一〇︑黛℃霞 ご一.蹴七編 .ご三聾 ︵苧湧︶ 林 産 工 鷹
ぺ濁︶. 三七
一δ一八
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一瓢勺輔δ八.
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︵予湾﹀
二、ゥ黒
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冗囚○八⁝ ㎝.量︑窯ハご へ娼八㌦七嵩璽
︵華想 産
一一スハ一鑓
山ハ
A轟ハ艦翫
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空華⁝ご︑誉ヨ
四七
合
計
︵率鰐﹀
一ご.九六六
繭O︑一轟ハ昌
六〇︑繭蹴〇
一〇八︑六七六
ご充︑〇七一
嚇畷桝一︑画ハ六蝋篇
五 .年
昭瀦三 年
六 年
九 離 +二年 七囲︑囚二九一滋セ︑川里ハ就九︑八塾ご謹︑七璽晶
一ご一八︑二五凶 ご︑翫2繍覧︑二闘Ω一〇︑山ハ︵︶一﹄三︑七八一
三︑垂盛 囲漏ハ︑〇六備鷺九九︑昏晦六九︑一商六.一〇穴︑九八ご
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一毛︑七ご愚
酋出動 へ三︑臨蹴主男量 署︑一茜︑
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ご嵩○︑○灘繍
一九九︑扁扁κ竃
蕊一岡凹︑轟ハ圏○ 閥八 ㎝二︑七八鰻三州︑一部
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大七︑霞ご
一瓢ご︑八山ハ七 \罵充蓋蓋
駿蕪
葱繭闘︑七大○八七入.八璽妻
即ち︑明治年聞には北海道に於ける工産債額は農産債額の牛ばにも達せす︑大正年間に入っても爾ほ且つ前
者は後者に及ばざること遠かったのに.昭和三年には漸く細工の地位入れ叢り︐この情勢はその後年を逐ふに
俘れ懸隔を示し︐途に支那事態勃獲の干たる昭和十二年には工産は農産を約四〇%凌駕するに至つ疫︒而して
昭和十七年現在に於て工塵が金輪を含め駕総生産償額の六〇%を占めること墨なった最盛は︑張目に値する竜
のでなければならぬ︒北海道の工業化︑別言すれば産業構造に於ける工業比率の農業比率に封ずる優位化は既
に蔽ぴ難い◎
これを日本全國の工業化の程度と比較重ると︑昭和十四年現在全廃での工業封農産の比率は七九・六%甥二
〇西%となってみるか%北海道の工業化の程度は左程高いものと云きとは繊來ない・因みに毒の農産
に封ずる優位の比率をアメリカに就て見れば︑一九三一年︵昭和六年︶に八三・四%であり.働ドイツに就て見れ 寧
のば.一九三二年︵昭和七年︶に八○・三%−であ勢ーソ聯に就て見れば︐圃九三七年︵昭和十二年︶に八二・六
%である︒世界に於ける諸國の産業水準が︐著しく近接しつ髭ある現勢を蝿ると共に.北海道産業の進路の啓
開が期せられるのである◎
右の如く工産が総生産に於て有する比重︐特に農産に封ずる優位化を知ることは︐嚢に記し差工業の外部経
濟に濁れるものである◎これに併行して産業世帯の歌態を眺めるとき︐工業の外部経濟は愈々明かにせられ 拗る︒猶て北海道に於げる産業世幣を見渡すと次の通りである︒ ・ \
き 農業
七 1
藍革
釜ズ﹂饗︳ 擁i鑛⁝ 業
曝〇︑一二
工
八_三 業
委 商
五モ
異 業交通
麗一上 業
削
菰 麟公
き灘︳璽︳ 由業務
一…一一「
使家
一、z七九 用入事
霞養 麿其
究 業窪
考の}甲削げ
一 無
囁九
︑九一西
業
誉晃護1
計
これによって総世帯に於て農業世 帯が首位を占め二六・六%に當夢も工業世帯が次位を取り ㎞五魁○%を示
すことが知られる︒即ち農業世帯の人鶴が工業世帯の人ロへ移る除地ある亀のとして︐とれは注目されなけれ ㍉
ぱならぬ激字である◎
⑤ 明治・大正舘聞は嚢外産業調査會編纂︑閥甦五十離紀念繊版﹁北海道塵業嚢蓬輿﹂前編に縫ひ︑昭謝罪鵜は北海道
鱒編﹁北海道概況﹂に櫨る◎
㈲ 森喜︸箸﹁B承工業購域更﹂八頁◎
牝海道工業構燐史序翫︵室谷︶ 四九
五〇
ゆ麟谷九+九著﹁アメリカ纒濟の聚展﹂茜六頁︒
東亜碕究所謬﹁ソヴィ畿ト聯邦と資本主義諸國﹂四二頁◎
瑚満鐵調査部編垂界経濟の現轡一天六頁︒傾北海轟馨暴く・
幽
北海道に於ける工業構成史の探求に射り.第二に望まれるものは︐業種別工業の国母でなければならぬ︒素
と北海道は地域廣大で四面環海の自然條件によ勢︐夙に農産.水産を主とし︐工産は從たる地位に置かれた︒
開拓使廃が明治十九年離塁に工⁝場を彿下げた札幌萎酒醸造所の如き馬奪夏季原料たる大萎を栽培せしめも冬季
醸造に當らしめるところの牟農圃工叉は聖主工從の維欝であった︒製粉︑機織︐製網︑製糖︑魚介罐詰等何れ 靭竜その例外をなすものでなかつ允︒この概勢は左表に接て見られる如く︑明治年闇を通じて殆ど攣化なく.大
正年聞に入って急激に大規模となり︐近代化して來だものである◎
︐副測8蝋引一叢﹁⁝擁
三+二年⁝一三愚上 i 上議鑑羅工臨窯藁 化工工業 木工業
⁝黒血 ︐三・三へδ二 八・四㎝ 一⁝ 八︒黒 ︐ーー⁝⁝f︐鏑ーー⁝一⁝⁝%⁝︐⁝一⁝︑︐鋸}食.醐藁
が 厳∴
六瓢・三 七丁趨 δ○傷
○︒一ご 多一〇〇・○
明治三†五年 ミ十八年 四十一年 四+四年
昭 大
声 正
元十九六三
年年年年年・
六六六五四躍七八七む ゆ ゆ さ ド お ゆ む お
九四一五四六九四五
二・九
三・二六・九
三・五一四・二
子一・二
一二∴一〇・四
ご丁六 一〇・潭五8二入︒慨七・六⁝三・○
翌⁝
藪・二⁝八・六丁
六・Q 三・六 六・三
一一∴二九・三
三覧・二
二山ハ②嚇巖
三∵ニニ三・二
二一・九 一〇・六
ぬ ぬ ぬ@ロぬ
!、 /、 榊ゆ ._幽 工 二 二 回
も け ゆ む ゆ ゆ ロ
澱八八入〇七九九
五二・九六三二
五二・三購七・二
三七・七瞬=一7こ
ご七毛
二一・九二亭三 ご・〇 二・〇 九・四
四←
二︒五
圃五・九一五・九
嚇ご一・七
一七・八 一〇〇・○㎞○○・○嚇○○・○ ︒ギ〆一〇〇︒Q一〇〇︒〇一〇〇・〇一〇〇・〇一〇〇︒〇一〇〇・○
〆
翰然るに右の趨勢は昭和年聞に入ってから翌々顯著となり賢聖の表に示される通妙となった◎
年/7男︑
昭和 二 三
四
五
六
年年年錯年
三績工業
あ
五・四五・二
義・三四・六
五・三 金鵬及機械工業 が=二二= ・ミ
一三謝
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一〇・七 窯業及土石工業 化學工業山ノ、
四 五 二
/、 轡一
編
ノ、
轟 %○ 驚鱗叢料知
人六八一一・尊 嚇 簿 動 勤%
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五鍵六と
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三 丁○︸ ご 合 ︑計
北海滋工業構域吏序設︑︵室谷︶
㊤
議
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†・や十十九八七
年年年年年年年 四四四三四閥五ゆ の お ゆ ゆ ぽ の
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ご○︒七一四・〇
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oO ◎ ○
︸三三・四㎝ ㎝美⑲恐︑
二四②二嚇三︒三
二七◎さ三§三
嚇九・瓦 ︸P六・三 ⁝
五・六︸ ⁝璽累 ⁝
三・九⁝ へ三λ㎝ ︸
・三φ九㎝㌻鮭 ︸ 覇とれを別して︐重要工産に就て調べると次の表が得られる︒
ゆ の バ バ の ぬ
七五五六…践六〇の ホ ゆ む ゆ ひ ゆ
八一二四ニニ荒・
五こ繭○・五
九︒九一〇∴
一〇・四七・四
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昭和こ年 三年 四年 五年 六年 七年 璽ハ⁝
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茜聾壽 紙 パルプ諸鴇機械醜 造物
ご三七τ童ご罵七︸溝酋︸
ごで践 九・圏逸﹁更
宍由撃勇二継 母三舞二 ︸一、Z︒六︸ ﹂芸西な・蒸
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謡翌勇翼容幽ト・トー⁝⁝一言⁝⁝i⁝
酒 製 擁 料錬金 品及驕 材精
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溝 荷 合 計
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八八六:六:も も ゆ ゆ
〇一〇六:
零璽 ︸ 暫し莞 茜︸︐
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蕊塾藻 メ 第七㎝
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八九九
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六〇〇〇〇〇け の も の の り 四三一一一一
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ご三轟.一一H昌
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ご三三閥匹鱒ゆ り め お り の 酋○霞○八ご 大七八八六八お の ゆ り り ゆ
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六・藪耳金
宰昌 曇㌻隅
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⁝茅斐 ㎝
蕃書き の
七一晶
鐙三三ご§翁閥の む ロ リ の む
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一〇〇δ○
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繭○○
δ○
備考 ω 砂糖は︑粗糖︑精製糖︑糖蜜をいふ︒
回 パルプ生産額の昭和六年の渤野宮はこ工場閉鎖に由る竜ので︑・入年以降の激滅は一心紙工揚に於て・穴部分爵蒙用
となつ艶ためである〇十二年以降の激談は増塵計鍵に蕩く︒
囲 金騰精錬及材料品は︑製鐵のみを示す◎
進んで工場藪及び職工籔を眺め︐工業の内部維濟を打診せば如何といふに.左表はその解明を與へる資料で 励ある◎
年 表 工揚鰻 職工鍛
明治†九年 周一 一〇一
二十四∵年 轟轟蝋 二︑三搬門四門 醐
二十九年 九〇 覧︑三七四
牝海道工業講域更序観︵室昏︶ 五三
●
五四
三十四年 九六・
三十九年 . 二五八
大正三 年 五四四
七 年 二︑九七二
†一年 三︑三〇岡
十五年 一︑三〇三 昭和四 卑 . 晶・七八三
七 年 一︑八五九
+ 年 二︑璽満五 +︑一年 二︑六九五
十二年 三︑九〇二
︑ 十三年 ・ 四︑○ご=
以上を以て北海道工業構成史の序読を終へ
と思ふ︒ 窃 只 餌 北海滋麟編﹁北海道概況﹂ 粉同上算綴︒ M 師 覧︑二八一 九︑二九一
ミニ︑志ハニ五
亜︑欄八五
三四︑五四五
二一︑一七入
蕊○︑二二八五
二八︑一九八
鶴二一︑五八山脚
︑四ふハ︑七二七
M閂縺A一二山ハ一二
五三︑一九三
悔次稿より逐次事業種別工業の起源︑動向を繹ね︑本論に入らう
北海道磨編纂晃海澄婁第餌撃六六二頁蓑・ の籍調吉算聴
明治・大正年問は﹁龍海道更﹂︑昭和年問は﹁北海甦概況﹂に櫨る︒
附記本稿の統計的鍛字は始め最近までの分を印刷して貰ったが︑検臨常局の注意によ夢昭和十四年以後を鯛除するの
一巳゙なきに至った◎畳κ驚きの形で晶藩だ不本鷺⁝ではあるけれども︑いまと・なっては致し方ない◎輔凧考の宵塒容を乞ふ
・次第・である︒ ︵樽校の穏︶
牝海道工業構成史序観 ︵室谷︶胤五