野津 勝虞先生 を悼 む
教育学部工業技術教室主任 糸 山 景 大
野滞勝廉先生が本年9月21日,旅行先の那須塩原温泉 で急逝 され ました。そのあ ま りの突然 な死 は悲 しみを通 り越 して,言葉 で は言 い尽 くせ ないほ どの驚 きで した。そ の死 か ら50日ほ ど経 った今,折 りに触 れ先生 を思い出す とき,先生 の存在 の大 きさ と 人格 的影響力 の深 さを感 じず にはい られ ませ ん。
先生が長崎大学教育学部産業技術科 (現教育学研究科技術教育講座)に赴任 された のは昭和46年4月で した。以来26年 の間,先生が教育 ・研究 に果 された役割 は,その まま技術教育講座 の歩 みその ものであ ります。研究室 さえままな らなか った当時,劣 悪 な研究 ・教育環境 の中で,粘 り強 くしか も温厚 な態度 で工業技術科 をまとめ,常 に 是々非々の態度 を貫 かれた先生 の姿が,今 日の教育学研究科技術教育講座 を作 って きた原動力 であった と確信 してい ます。机 を叩 きなが ら熱 い議論 を交わ した,あの当 時が 懐か し く感 じられ ます。
教育学部赴任直後 か ら,氷 の融解 ・伝熱現象の研究 に着手 された先生 は,1976年 に 化学工学会誌 「化学工学論文集」に 「氷 円柱 の融解 一垂直 円管 内強制対流 にお ける 形状変化‑」を発表 して以来, その研究 の情熱 を一貫 して氷 の融解 ・伝熱現象の解明
に向 け られ, それが学位論文 「空気 中 にお ける氷 円柱 の融解 に関す る実験的研究」に 結実 し,東北大学か ら工学博士 を授与 されてい ます。学位論文 の謝辞 の最後 に書かれ た多 くの工業技術科 の卒業生の名前 を見 るとき,先生 の人柄 に触 れた学生諸君 との 心温 まる交流 を見 て取 る ことがで きます。
学生 との コンパ の折 り,ウイスキー に氷 を浮 かせ なが ら
,
「俺 はね,この氷が どん な風 に溶 けるか を研究 して るんだ」と語 っていた先生 の姿が,今 は懐 か し く思 い出 さ れ ます。それ につ けて も,その好 きだった酒が先生の寿命 を縮 めて しまった ことを考 える とき,無念 さ と共 に 「吾れ,人生 に悔 いな し」と書かれた ご葬儀 の際 の言葉 に, 妙 に納得 して しまってい る自分 を感 じます。この ような研究 を通 して培われた先生 の識見 ・経験や暖かい人柄 は,教員養成 の教 育へ も遺憾 な く発揮 され ました。野津先生 の人格的教化 を示す術 を持 ってい ませ ん が,先生 の指導 と温 かい人柄 に触 れ,教育界 ・産業界 で活躍 してい る多 くの卒業生 が, その ことを雄弁 に物語 ってい ます。
また1985年 に,全国的 に見 て も極 めて例 の少ない,中学校現場 と教育学部工業技術 科 とによる長崎技術科教育研究会 の発足 に尽力 され,かつ初代会長 の重責 を果 され るな ど,長崎県の技術科教育 に対 して も常 に暖かい眼差 しを持 って,接 して こられ ま した。葬儀 の際 に飾 られた先生 の遺影 は,この研究会 の第10回の記念祝賀会 の際 に写 した もので, あの写真 の横 にいた筆者 と握手 を していた時の ものだ と聞 か された時, 共 に講座 の運営 に尽 くして きた者 として感慨深 い ものがあ りました。
今 は先生が築かれた教育学研究科技術教育講座 を,仲良 く力 を合 わせ て発展 させ て行 くことが,残 された者 の努 めであろうと心 に誓 うばか りです。.
ご冥福 を,心か らお祈 り致 します。合掌。
(i)