著者 宮川 敏治
雑誌名 静岡大学経済研究
巻 5
号 1
ページ 1‑21
発行年 2000‑06‑30
出版者 静岡大学人文学部
URL http://doi.org/10.14945/00008580
論 説
寡 占市場 での法人税 の転嫁・ 帰着
宮 川1敏 治
1 は じめに
租税が税法で定 め られた納税義務者 によってすべて負担 され るのであれ ば,税負担の所得分配 に与 える影響 はきわめて明瞭である.しか しなが ら,納税義務者が租税 に伴 い行動 を変化 させ,
実質的な税負担 を逃れ,他の経済主体 にその負担 を負わせ る可能性が存在する。財政学では,こ
のような現象 を租税 の転嫁 と呼ぶ.租税 の実質的な負担配分 を解明す るために,転嫁 の結果,最
終的 に税負担が誰 に帰着す ることになるのか とい う問題が長い問考察 されて きた.
法人利潤 に対 して課 され る法人税 に関 して言 えば,企業が その生産物価格 を変化 させず,賃金 な どの生産要素 に対す る価格 も不変 にとどめるのであれば,法人税 は法人の所有者である株主 に よってすべて負担 され ることになる.一方,法人税 によってその企業の生産物 の価格が上昇すれ ば,税負担 は消費者 に転嫁 された ことにな り,賃金率の低下が発生すれば,労働者 に税負担が転 嫁 された ことになる.
資本移動が存在 しない短期 でかつ企業の生産物市場のみに焦点 をあてた部分均衡分析 の枠組 み では,完全競争であって も,(供給)独占であって も,法人税 はすべて法人 によって負担 され,租
税の転嫁が起 こらない ことが知 られてい る.これは,法人 (企業)は利潤 を最大化す るように行 動す るのであるが,法人税 は利潤 を課税標準 とす る比例税であるため,課税前 と課税後の利潤極 大点 は変化 しない。 したがって,企業行動 は租税 によって影響 を受 けないので,生産物の供給量 は変化せず,成立す る生産物価格 も変化 しない ことにな り,租税 の転嫁が起 こらない とい うわ け である.
法人税 の転嫁,帰着 については,企業 の行動仮説 としての利潤極大化行動 を売上最大化行動 に
変更 した り,一般均衡分析の枠組 みにし,法人部門か ら非法人部門への法人税 に伴 う部門間の資 本移動 な どを考慮 した りしない限 りは,完全競争であろうと独 占であろうと法人税 は転嫁 しない
とい う結論が一般的であった.
本稿で は,生産物市場 に焦点 をあてる部分均衡分析の枠組 みで,かつ,企業の行動仮説 として 利潤極大化行動 を維持 しなが ら,完全競争 と独 占の中間に位置す る複 占及び寡 占の下での法人税 の転嫁・ 帰着の問題 を考察す る。寡 占市場 の企業行動の分析 は,近年のゲーム理論の発展 により 統一的な分析のフレームワークが与 えられ るようになった1.こ こでは,その成果 を利用 し,特に よ く知 られているクールノー複 占市場,ベル トラン複 占市場 のモデル及び,繰り返 しゲームによ る共謀の形成モデル,シュタッケルベルク型複 占の応用である参入阻止行動のモデル,過剰参入 定理 のモデルを取 り上 げ,そこでの法人税の企業行動 に与 える影響 を分析する.
寡 占市場 を考慮 に入れた租税の転嫁・ 帰着 に関す る既存研究 としては,部分均衡分析 の枠組み ではKatz and Rosen(1985),そ して,一般均衡分析の枠組 みではAnderson and Ballentine (1976),Da宙dson and Martin(1985,1991),Konishi,Okuno― Fuiiwara and Suzunura(1990) が挙 げられる.
Katz and Rosen(1985)は ,寡占の推測的変動モデル (conieCtural variations model)に よっ て,完全競争か ら独 占,さ らにはその中間に位置する寡 占を含み うるひ とつのモデルを設定 し,
寡 占市場独特の法人税 の効果 を考察 している。彼 らは,分析 の結果 として,寡占の状況で は完全 競争や独 占に比べて法人税が過剰転嫁 されるとい う結論 を導いている.しか し,彼らの分析 は,
法人税が利潤 に対す る課税ではな く企業の費用 を増加 させ るもの (限界費用の変化 をもた らす も の)として扱われてお り,既にその設定の段階で完全競争や独 占の状態であって も租税 の転嫁が 予定 されるモデル となっている点で,これ までの部分均衡分析での法人税の考察 とは異なる問題 の考察 になって しまっている.また,寡占市場の分析 に関す るゲーム理論での成果が反映 された
もの とはなっていない.
一方,一般均衡分析の枠組みでの既存研究 に関 しては,寡占部門 と完全競争部門の2部門が存 在 す るモデルが設定 されてい る.しか し,寡占部門 に想定 され る状況 として,Anderson and Ballentine(1976)で は寡 占企業数が固定 された下でのクールノー競争,Davidson and Martin (1985,1991)で は繰 り返 しゲームで企業間に共課(カルテル)が形成 され る状況,Konishi,Okuno―
Fuiiwara and Suzumura(1990)で はいわゆる過剰参入定理が成立す る状況 とい うようにそれ 1ゲーム理論 の応用 としての寡 占市場 の分析 は,標準的な ミクロ経済学の教科書であるKreps(1990),Mas―Colell,
Whinston and Green(1995),奥野・ 鈴村 (1988)などを参照 していただ きたい.
ぞれ単一の状況 しか考察 されていない.そのため,寡占市場 の想定 の違 いによって租税 の転嫁, 帰着 について どの ような変化が生 じるかが考察で きない ものになっている.また,一般均衡分析 の枠組 みを採用 しているため,寡占市場特有 の租税 の転嫁・ 帰着 に与 える効果 を純粋 に抽 出 した 分析 となっている とは言い難 い面がある.
本稿の分析 は,部分均衡分析 の枠組 みではあるが,これ までの完全競争や独 占の部分均衡分析 と同 じように法人税が利潤 に対す る課税 とされている点で,「法人税が転嫁 しない」とい う既存研 究で得 られた結果 を寡 占市場で検証で きる状況が設定 されている。 また,クール ノー複 占,ベル
トラン複 占市場モデル,共謀の形成モデル,過劇 参入定理のモデル とい う様々な寡 占市場 の状況 が考察 されてお り,それぞれの設定での法人税 の転嫁・ 帰着の違 いが明 らかにされている.これ らの分析結果 は,一般均衡分析でのい くつかの研究で得 られた結果 を比較す る際の基礎 を提供す ることになろう.以上 の ような意味で,本稿の分析 は十分 に意義のあるもの と言 えるであろう.
さて,具体的な分析 に入 る前 に本稿 で得 られた結果 を要約 してお こう.まず,ワンシ ョッ ト・
ゲームのかたちで定式化 されたクールノー複 占市場,ベル トラン複 占市場 を想定 した場合 には, た とえ企業間の戦略的要因が存在 した として も,法人税が転嫁 しない とい う完全競争市場や独 占 市場 で得 られた結果が維持 され ることになる.しか しなが ら,クールノー複 占市場 を繰 り返 しゲー ムに拡張 し,暗黙の共謀が形成 され るとした場合 には,法人税 によって生産物価格が低下 し,100%
以上の税負担 を企業が負 う可能性が存在することが示 される。 さらに,参入阻止が発生す る状況 や過剰参入定理が成立す る状況 において も,市場参入費用の費用控除の如何 によっては,法人税 の転嫁が起 こることが明 らかにされ る.
2 クール ノー型・ ベル トラン型複 占市場 と法人税
まず,最も代表的なクールノー型複 占市場 を考察す る.ここではゲームのプレイヤー として企 業1, 2が存在 し,同質財 を生産す る2つの企業が,生産物市場 を占有 している状況が想定 され ている.それぞれの企業の生産量 を0,のとすれば,市場の総供給量 はO=象十の となる。 ここ で,両企業が直面す る逆需要関数 は,P(0)=α‑0で表 され ると仮定す る。また,こ れ らの2つ の企業 は同一の費用関数C(σグ)(′=1,2)を持 ってい るとし,単純化 のために この費用関数 は,
C(クj)= ヴ(グ=1,2) であるとする.
このゲームでの各企業 の戦 略変数 は生産量 の であ り,ゲームのプ レイヤーの利 得 は,企業 の行 動仮 説 として利潤極大化行動 を仮 定 す るので,次の利 潤
z・・(o,多)=P(魚十%)92・一 J=[α―(o+%)一σ]92・ (1)
に よって表 され る.
企業19 2は相 手 の戦 略 を所与 と予測 して 自 らの生産 量 を決定 す るので あ るが,上記 のゲーム の結果 として,自分 の持 つ予想 に対 す る最適戦略 が,相手 の予測 す る戦 略 と一致 す るような「 自 己強制 的 な予測」 を持 ち合 うナ ッシュ均衡 に よって与 え られ る とす る.相手 の生産量 を所与 とし て,自分 の利潤 を最大 にす るように生産量 を決定 す る ことよ り,最適反応 関数 として,
ら=:い の一の,グ =L2ノ=L2舜 ノ ω)
が得 られ る.したが って,上記のクールノー型複 占市場でのナ ッシュ均衡生産量 は,
Ci=午 ,3=午 (3)
となる。 また,生産物市場で成立す る価格 は,
夕*=半
となる.
さて,ここで2つの企業の利潤 に対 して法人税 ′が課税 され る場合 を考察 してみよう.この場 合,企業の利潤 は,
π:=(1‑′)[α一(魚+。)一σ]92・ (4)
に変更 され る.しか し,ナッシュ的仮定2の下での利潤最大化の一階の条件か ら得 られ る最適反応 関数 は,
9J=号くα一の一ε)
とな り,法人税が存在 しない場合 とまった く同一 となる.したが って,ナッシュ均衡での生産量 もまった く同一 とな り,生産物市場で成立する価格 は変化 しない.この ことは,どち らか一方の 2ナッシュ的仮定 とは,相手の選択変数 (ここでは生産量)を一定 と予想 して,自らの操作変数 (生産量)を選択
することを意味する.
企業 にのみ法人税が課 された として も成立す る.つまり,たとえクールノー型複 占市場 のような 企業の戦略的な相互関係が存在す るとして も,法人税 はまった く転嫁 されず,すべて法人 によつ て負担 され ることになるのである.
次 に,クールノー型複 占市場 と同 じようにゲームのプレイヤーは企業1, 2の2つの企業であ るが,それぞれの戦略変数が価格 となるベル トラン型複 占市場 を考 えてみよう.ベル トラン型の 価格競争 を想定す る場合, 2企業が生産す る生産物が同質財 な らば,ナッシュ均衡で は利潤がゼ ロ とな り,法人税 を考慮す る余地がな くなって しまう.したが つて,それぞれの企業 は差別化財 を生産 す ると仮定す る.この場合の企業 グの製品に対する需要 は,
9グ(夕ぉ島)=α一夕J十″グ (5)
と表わされるとする.こ こで,2>み>0であり,この みの値は企業 グの製品 と企業 ノの製品の代 替の度合いを表 している.
また,それぞれの企業の費用関数は,クールノー複占市場 と同じようにC(αJ)= Jで表される と仮定 しよう.
ゲームめプンイヤーの利得である企業の利潤は,
a(夕′,島)=σ
̀(夕
J,あ)レJ一 θ]=[α 一 夕J+″現 レ J一 σ] (6) と表 され る.このゲームでのナ ッシュ均衡の価格 の組 (夕1,夕あ)では,各企業 ′について 夕tが,
max[α一夕J十″弓]レJ―σ]
0<Aく∞
の解 となっている.したがつて,この解は,最大化問題の条件
夕1=:け ″ 夢+の )
を満たす.よ り具体的には,
夕1=夕あ=̀芸ナ
が各企業が選択する価格水準 となる。
一方,税率 ′で法人税が課 される場合には,各企業の利潤は,
π:(夕J,島)=(1‑′)[α―夕が+″を]レ,一σ] (8)
となるが,この場合のナ ッシュ均衡の価格 の組 01,夕,)が満たす条件 は,法人税が存在 しない ときの (7)とまった く同 じとな り,ナッシュ均衡で成立する生産物価格 は不変 にとどまること になる.つまり,ベル トラン型複 占市場 を考 えた場合 にも,法人税 は転嫁 されず,すべて法人 に よつて負担 され るのである.
以上の考察 より,た とえ企業間で戦略的に生産量や価格 を決定するようなな相互関係が存在す るとして も,完全競争市場や独 占市場 の分析で得 られた「法人税 は転嫁 しない」 という結論 は維 持 されることが明 らか となった.法人税があ くまで もゲームのプレイヤーである企業の利得 を比 例的 に減少 させ る効果 しか もたないのであれば,企業行動 は変化せず,生産物価格 は不変 にとど
まるのである。
3 ク…ル ノ…型複 占企業間の共謀 と法人税
前節 においてクールノー型複 占市場では法人税が転嫁 されないことが示 されたが,そこで考察 されたゲームは, 2つの企業が一度だけゲームを行 う静学ゲームであった.本節では, 2つの企 業が生産量 を戦略変数 として もつクールノー型複 占市場 を想定するが,そのクールノー競争が繰
り返 し行われる繰 り返 しゲーム (repeated game)で 法人税 の効果 を考察す ることにす る.
この場合,完全競争市場や独 占市場での法人税 の分析で扱われている短期 の状況か ら若干乖離 して しまうが,前節のクールノー型複 占市場 のゲームが単純 に繰 り返 されるだけであ り,一般均 衡分析で見 られるような法人税 に伴 う生産要素(資本)移動 による効果 は排除 されている.また,
企業の投資行動 は法人税 によって影響 を受けることが知 られているが3,その ような企業の投資行 動 も存在 していない.したが って, ここでの法人税 の転嫁,帰着の分析 は,既存 の研究 において 示 された法人税の効果 とは異なる側面 に注 目していると言える.
クールノー型複 占の (無限)繰り返 しゲームにおいて示 され る最 も特徴的な現象は,それぞれ の企業が 自己の利益のみを最大化するように行動 しているにもかかわ らず, 2つの企業がカルテ ルを結んだ ような共謀の状況が暗黙の うちに実現 されることである.こ こで も,特に複 占企業の 間で共謀が形成 され る状況 を取 り上 げ,法人税 の効果 を分析 してい くことにす る。
2つの企業が直面 している状況 は,前節のクール ノー型複 占市場 とまった く同 じであ り,企業 1と 企業2が市場 を占有 し,同質財 を生産 している.つまり,2つの企業の総生産量 をO=0+%
3企業の投資行動に与える法人税の影響を考察した代表的な研究として,Hall and JOrgensOn(1967)を 挙げてお
く.
で表せば,両企業 は市場 の逆需要関数P(0)=α‑0に直面 している.また,各企業の費用関数
も前節 と同 じように ″グで表 され るとす る.この下で企業が生産量 を同時に決定す るゲーム(段階 ゲーム)が繰 り返 し行われ るのである.ゲームのスター ト時点での段階ゲームを第1期とし,′ 回 目の段階ゲームが行われ る時点 を第 ′期 と呼ぶ.両企業の割引因子 は δで表すe
一 回限 りの静学ゲーム としてのクールノー型複 占市場 で は,ナッシュ均衡 において各企業が
(α一
̀)/3ずつ生産することが前節で示された.この生産量をクールノー生産量と読んで,
α一 σ
と表す ことにする.このときの総生産量は2(α一
̀)/3である.しかし,総生産量が独占のときに 選択される生産量 (独占生産量)
α一 σ
になるように各企業が クJ=物/2,つ ま り独 占生産量の半分ずつ を生産すれば,どち らの企業 もよ り多 くの利潤 を得 ることがで きる.つまり,一回限 りの静学ゲームでは,企業の戦略的行動の結 果,独占生産量の半分ずつを生産す るよりも低 い利潤 しか得 られないクール ノー生産量 を選択 し
ていたのである.これ は,静学的なクールノー複 占市場で は,いわゆる「囚人のジンンマ」的な 状況が発生 していた と言 える.
しか し,無限繰 り返 しゲームに上記の複 占市場 のゲームが拡張 された場合 には,両企業の割引
因子がある条件 を満たせば9次の切 り替 え戦略 (trigger strategy)を両企業がプレーす ることが サブゲーム完全聯 となる.
(切り替え戦略)第 1期 に独占生産量の半分の の/2を生産する.第 ′期は,第 ′‑1期まで両方
の企業が,π/2を生産 してきたのであれば,c/2を生産し,そうでなければ,クールノー生産量%
を生産する.
以下では,上の切 り替 え戦略がサブゲーム完全均衡 になるための割引因子の条件 を導出 してお く.まず,両企業 とも σπ/2を生産す るときの1企業の利潤 は,(α一σ)2/8で あ り,独占企業が得 られ る利潤 を半分ずつ分 け合 うことになるので 物 /2と 表す.一方,両 方の企業が%を生産す ると 4サブゲ̲ム完全均衡 とは,ゲームのナ ッシュ均衡 を「サブゲームにおいて も合理的なプレイヤーが選択す る考 え られ るナ ッシュ均衡戦略 を選択 していな けれ ばな らない」とい う観点 か ら精緻化 (refinement)し た ものである.
%=″
″
″π 望
きの利潤は(α一
̀)2/9と なるが,これをzcと表す.さてここで,それぞれの企業にとって一回の 段階ゲームだけを見れば,相手企業が 働/2を 生産 しているときには,同じσπ/2を 生産するより もっと大 きな利潤をあげることができる生産量が存在 している。具体的にこの生産量を求めると,
号X(α―クJ‐―
│タ クπ―σ)の
を解 くことによって,9J=3(α―ι)/8が 得 られる.このとき不U潤は,9(α一σ)2/64であるが,こ れを 統 と表すことにする.これは,共謀から逸脱することによって得 られる利潤である.し かし,
上の切 り替え戦略の下では,逸脱 して 物/2と異なる生産量 をとると,そ れ以降,相手企業は%を とり続けることにな り,自らも%に対する最適反応である%をとらぎるをえな くなる.つまり,
逸脱によって1期間だけ大 きな利潤を上げることができるが,それ以降の段階ゲームではクール ノー生産量での利潤zcしか得ることができないのである.したがって,共謀からの逸脱 によって 得 られる利潤の現在価値は,
物十T娑下zc
と表せる.一方,お互いに生産量 ら/2を とっていれば,上の切 り替え戦略の下では%/2がとり 続けられることになるので,両企業は利潤 物/2を ずっと得ることができる.このときの利潤の現 在価値は,
で あ る.したが って,
1 子 ≧物十可妥下zc
1‑δ
の ときに,上の切 り替 え戦略 を両企業がプレーす ることがナ ッシュ均衡 (サブゲーム完全均衡)
となる.この条件 (9)は,割引因子が δ≧9/17のときに成立する.つまり,各企業が将来の利 潤 に対 して十分大 きな関心 を持つな らば,複占市場 において独 占利潤 をお互 いに分 け合 うという 共謀の状態が非協力的な行動原理 に従 っているにも関わ らず暗黙の うちに形成 されることになる のである.
さて次 に,以上のような共謀が形成 され る状況で法人税が課 された ときにどのようなことが起 こるかを考察 してみよう。課税の実施 は,何の前触れ もな く突然課税 され るものではな く,国会 の討議 を経 て一定期間のアナウンスがなされた後 に実施 され ると考 えて良い.したが って,ここ
物一 2
︲ 一n
(9)
では法人税 は上記のクールノー型寡 占ゲームのスター ト時点か ら課 され るのではな く,まず,共
謀が形成 されている状態があ り,法人税が来期か ら課せ られ る状況 を考 える。つ まり,法人税の 課税がアナ ウンスされた時点か ら新 しい無限繰 り返 しゲームが スター トす る と考 えることにす る.これは,ある一定の水準で法人税が課 されていて,来期か ら法人税が増税 され る状況 を考察 している と捉 えることも可能である。そうす ると,法人税 の存在 によつて,独占生産量 の半分 を 生産す る協力的行動 をとり続 けた場合の利潤の現在価値 は,
子十は一のI妥否デヂ
ただし ′>0は法人税率,となり,一方,今期に逸脱 を行った場合の利潤の現在価値は,
物摂卜の子号雄
とな る.したが つて,
子・ ll―の告 子≧州 卜の各 統 (10)
つ ま り,割引因子 が
δ≧ 17‑8′
でなければ,以前 に提示 した切 り替 え戦略 はナ ッシュ均衡 にな り得ず,複占企業間の共謀 は成立 しない ことになる。
もし,現時点 (課税前)での共謀が,割引因子の値
+≦ δ≦デ ‰ tlll
で形成されているものであれば,上記の切 り替 え戦略に従 う限 り法人税の課税によつて共謀は崩 れ,両企業 ともクールノー生産量 らを生産する状況に移行することになる5。 この現象は,法人税 によつて将来得 られる利潤が小さくな り,法人税のかからない今期のうちに逸脱 してより大 きな 利潤を得る方が企業にとって望 ましくなったために生 じた ものである.
「5法=T蒸人税 によって両企業がクールノー生産量 を生産する均衡に移行するとし了下=7薦不墓孫万=πフI耳雇彊孫耳葺吾瓦雇蔽翫菊石語琵雇丁巧砕森雨::新しい繰り返しゲームが始 まった としても本文中に示 した切 り替 え戦略 を変更 しない とい う仮定 に大 きく依存 していることに注意が必要
お互 いに独 占生産量 を半分ずつ生産するよりもクールノー生産量 を生産する場合の方が市場 に 供給 され る総生産量 は大 き くなる。 したがって,逆需要関数 より企業の生産物の価格 は低下する ことになる.一般 に,法人税が課 された ときに企業が生産物価格 を上昇 させるならば,「消費者 に 法人税が転嫁 された」 と表現するが,ここでは,生産物価格 を低下 させ るとい うまった く逆の現 象が発生 している.企業 は,法人税 の支払いに加 えて,共謀 を形成 し,独占利潤 を半分ずつを分 けあうとい うかたちで得ていた利潤 も失ってしまうという追加的な負担 も負っている.この こと
は「法人が100%以上の法人税 の負担 をしている」 とい う表現 も可能であろう.
一般的に,これ までの法人税の転嫁・ 帰着の考察ではどれだけ消費者や労働者 に負担が転嫁 さ れ るかに関心があった。しか し,上記の分析では,法人税 によって,法人が100%以上の負担 をし,
消費者 は利益 を得 るとい うまった く異なる結論が導出された.この意味で,法人税の転嫁・ 帰着 に関する複 占市場独特の現象が明 らかにされていると言って良いだろう.
4 参入阻止 と法人税
4.1 2段階ゲームによる参入阻止行動の説明
本節では,既存企業 と新規参入企業の2つの企業が存在する寡 占市場 を考 える.そして,埋没 費用 (sunk cost)が 存在す る下では,既存企業が新規参入企業の参入 を阻止する行動 をとること がサブゲーム完全均衡 になることを示す.その後,この寡 占市場での法人税の効果 を考察するこ とにす る.
まず最初 に,法人税が存在 しない状況でモデルの説明 を行 う。既存企業の参入阻止行動 を説明 する際には次のような2段階ゲームが設定 され るのが一般的である6。
(ステージ1)既存企業fが工場 の生産能力 κrを 建設する.この限界費用 は ″であるとする.
(ステージ2)潜在的参入企業Eが参入か不参入 を決定 し,参入す る場合 には,参入企業が参入 費用Fを支払い,既存企業 と参入企業の間でクールノー競争(第2節で考察 した複 占市場 におけ る生産量 を戦略変数 とした競争)が行われ る.また,不参入 の場合 には,既存企業 によって独 占 的に財が生産 され る.
ステー ジ2で企業が直面す る需要関数 は これ まで と同 じように線形 の逆需要関数P(0)=
6 MaS COlen,whinstOn aid Green(1995),奥
野・ 鈴村 (1988)を参照 していただ きたぃ.
α‑0,ただし,0留 σI+σE,で表されるとする.P(0)は総生産量がOのときに市場で成立す る価格である.既存企業と参入企業は同一の費用関数,
を持つ とす る.ただ し,9は生産量,Kは生産能力である.この費用関数 は,生産能力の建設 に
ついては限界費用 γで建設で き,生産能力以下の生産 は限界費用 σで行 えることを表 している. しか し,生産能力 を超 えた生産 はで きない。
上の2段階ゲームで見た ように,こ こでは既存企業 はステージ1で一定量の生産能力 (Kr)を 参入企業 に先立 って建設で きる.この建設費用 κ Jは 埋没費用 とな り,ステージ2で既存企業 は 何 をしようとも κ lを 支払わなければな らな くなる.したが つて,ステージ2での既存企業の費 用関数 は,次のように表 されることになる.
ただ し,arは既存企業の生産量である。
一方,参入企業 は,ステージ2にしか生産能力の建設 をで きず,かつ,参入費用Fを支払 うの で,費用関数 は,,Eを参入企業 の生産量 とすれば,
CE(σE)=(σ+″)クE tt F
となる.
このような設定の下で,上の2段階ゲームのサブゲーム完全 ナ ッシュ均衡 を導出 してみ よう. まず,サブゲームであるステージ2のナ ッシュ均衡 を求 める。参入企業の利潤 は,
πE(σ E,Cr)=σ E[α (σ
E tt ar)一 (σ+″ )]一 F
で表される.こ こでは参入企業は既存企業の生産量 σIを所与 として自らの利潤 を最大化するよ うに生産量 αEを決定するので,利潤最大化の一階の条件 として,
[α (aE+ar) (ι+″)]一σE=0
が得 られ る.これ を σEにつ いて解 けば,
K K
≦
>
σ σ if
if
κ
+
∞
r l く i t σ κ
C
κ K
≦
>
ク σ σ
+″
κ
κ 十 一
乙 柁
+ 十
r i く l t
σ κ
C
け れ―の一la.州
となる.これはいわゆる最適反応関数であるが,ここでは,参入費用Fが存在するため,既存企 業の生産水準grがある水準 を超 える と,上の反応関数 に従 って生産量 を決定す るな らば参入企 業の利潤 はマイナス となって しまう.したが って,91がある一定水準 を超 えるところでは参入企 業 はゼロの生産量 を選択す ることになる.具体的には,この参入企業の最適反応関数 は,次の よ
うに表 される.
け信卜に回
Ii草=二
f⑫一方,ステージ1でκIの生産能力を建設 した既存企業の利潤は,参入企業の参入が存在する場
合 に は ,
■ バ
̀L"=修勝
I耽 1"三11篤I Ii[1と表せる.利潤関数の形状 により,既存企業の最適反応関数は,ar≦ κIの領域では,
,I=:(α―,E σ)
とな り,クf>κrの領 域 で は,
け :い は ←十効
となる.既存企業の最適反応生産水準 は参入企業の生産量9Eに依存 して決定 され るので,上の最 適反応関数 は次のように書 き直す ことがで きる.
)<9E<α (σ +″)‑2 κr
z―(σ+″)‑2 κr<σE<α σ 2 κI (13)
7E>α σ 2 κr
また,参入企業の参入が存在しない場合には,既存企業は独占企業として利潤を極大化するよ うに生産水準を決定することになる.
以上の考察によって,ステージ1である生産水準 κrが選択 された ときの参入企業の最適反応
関数 (12),既存企業の最適反応関数 (13)は 図1のように描かれ る.以下では,厳密性 を欠 くこ とになるが,説 明の簡単のために図を用いて議論 を進 めてい くことにす る.図 の線分RER′Eは参 入企業の反応関数,E=[α σf一(σ十″)]/2を示 している.しか し,既存企業の生産量が点KD,
具体的 には,I=α―(θ+″)‑27Tの水準,を超 える と,参入企業 は生産量ゼロを選択するので, 最適反応 曲線 は点Dでジャンプし,線分REDと半直線KD″Eを合わせた もの となる.一方,
図のR1lR′11は既存企業 のステージ2での生産 の限界費用が (σ+″)のときの反応関数で ある ,I=[α 一σE (ι+γ)]/2を示しており,R12R′r2は限界費用が σのときの反応関数 クr=(α ― クE ι )/2を示している.既存企業の費用構造は,生産能力 κI以下の生産水準では限界費用が σ であり,それを超える生産水準では限界費用が(̀+″)となるので,既存企業の最適反応曲線は, クI=KI水準で折れ曲がつた折れ線R124BR′11のように描かれる.
R′:l KD
図1
この図 よ り,ステージ1で生産能力KIが建設 された場合 のサ ブゲームであ るステージ2の ナ ッシュ均衡 は既存企業 と参入企業の最適反応曲線の交点である点Sで与 えられ ることにな る. さて,上 の図1を用いた考察では,ある生産能力水準 κIの ときのステージ2のナ ッシュ均衡 を 示 したわ けであるが,他の生産能力水準 に関 して も同様の ことを行 えば,既存企業 はステージ1 での κIの 選択 を変 えることによって,ステー ジ2のナ ッシュ均衡 を線分CD上の任意 の点か,
もし くは点 κDに持 っていけることが明 らかになる.この結果 を踏 まえて,ステー ジ1での既存 企業の生産能力水準 の選択 を考察す ることにしよう.
分析の見通 しを良 くす るために,まず,参入企業の参入 を許す範囲内,つまり,生産能力水準 を0<KI<κDの範囲内で選ぶ場合で,既存企業 は どの生産能力 を選択す るかを見 る.図1に関 連 して言 えば,既存企業が線分CD上の どの点 をステージ2のナ ッシュ均衡 として選ぶか とい う
ことである.ここでは,既存企業の等利潤曲線 は,図 1の ⅡrlΠ′
rl,Πr2Π′
r2のように書 ける7.こ の等利潤曲線 は図の下方にあるものほ ど高い利潤 に対応 してお り,かつ,それぞれの曲線 は,反
応曲線R1lR′11と交わ るところが最 も高い位置 に くる曲線である.そうすると,線分CD上で既 存企業の利潤 を最 も大 きくするのは,等利潤 曲線 と線分CDが接す る点Sによって与 えられ る.
この点 は,既存企業が先導者 とな り,参入企業が追随者 となった場合のいわゆるシュタ ッケルベ ルク均衡点である.この点 を実現するために既存企業 はステージ1に κIの 生産能力 を選択す る
ことになる8。
以上 の ように参入企業の参入 を許す範囲では,既存企業 はステージ1にシュタ ッケルベルク均 衡点 を実現する生産能力水準(図で は κr)を選択す ることが明 らか となった.しか しなが ら,既
存企業 にはもうひ とつの選択肢が存在す る.そ れは,ス テージ1に生産能力 を κDまで建設 して,
参入企業が参入 を行わない ことが最適反応 になるような状況 を作 り出 し,参入 を阻止す ることで ある.この場合 には,図の点KDが実現 され ることになる.
図1のように,既存企業 にとってシュタッケルベルク均衡点での利潤 より参入 を阻止 した とき の利潤の方が高 ければ,既存企業 はステージ1で生産能力 κDを選択 し,新規参入 を阻止す る状 況 に対応す る点 κDがサブゲ ム完全ナ ッシュ均衡 として実現す る.逆に,シュタッケルベルク 均衡点での利潤の方が高 ければ,ゲームの結果 としてシュタ ッケルベルク均衡が実現 されること
になる.
4.2 法人税の効果
上記のような寡 占市場での参入阻止行動 を説明するモデルを用いて,そこでの法人税 の効果 を 考察 してい くことにす る。
まず,法人税が存在すると,既存企業の利潤 は πr(ar,9E)か ら(1‑′)π I(σ r,αE)に変更 され る.しか し,この ような禾U潤の変化が生 じて も,利潤最大化条件 は影響 を受 けないため,そこか
ら導出され る最適反応関数 も不変である.したが って,既存企業の行動 は法人税 によって影響 を 受 けない ことになる.
また,参入企業 に関 して も売上か ら生産費用 と参入費用 を引いた利潤 σE P(0 (σ十″)9E Fに法人税が課せ られ るのであれば,参入企業の行動 は法人税 によって まった く影響 を受 けず,
7詳8シュタ ッヶルベル ク均衡点が線分し くは,奥野・ 鈴村 (1988),pp.181‑188,pp.219‑225をCD上に位置す るとは限 らない ことに注意 していただ きたい。もし参照 していただ きたい. ,シュタ ッ ケルベル ク均衡点が線分
'PE上にあるな らば,参入 を許す範囲内で は既存企業 は点Cにで きる限 り近 い点 を 選 ぼ うとす る.しか し,この場合,κDまで生産能力 を建設 し,参入企業 の参入 を田 正した方が利潤が高 くな り,
ゲームの結果 として必ず参入田:卜が発生す ることになる.この ようなケースは,ここでは扱わない ことにす る.
課税前 と同一 の最適反応曲線が書 けることになる.したがって,この場合 には法人税が存在す る 場合 と存在 しない場合のサブゲーム完全ナ ッシュ均衡 はまった く同一 とな り,法人税 の転嫁 は発 生 しない ことになる.
しか し,参入企業 に対す る法人税が参入費用 を控除 しない利潤,つま り,,EP(0) (ι +″)σE
に課 され るな らば,状況 は異なった もの となる.この ようなケースは,参入費用Fが規制 な どに よる制度的な要因によって発生す る非金銭的な もの と考 えれば,想像 に難 くないであろう.ま た,
Fをセ ッ トアップ費用 と考 えた として も,クールノー競争 を行 う時点でそのセ ッ トア ップ費用 を 完全 に減価償却で きない場合 には類似 の状況が発生す ることになろう.したがって,このような
ケースを考察す る意義 は十分存在す ると言 えよう.
さて,この場合の法人税が存在す るときの参入企業の利得 は(1‑ノ)[9EP(0) (σ+″)σE]
Fとなる.これは,生産物の販売 によって得 られ る純粋 な利益 σE P(0) (σ十″),Eの部分 を参 入費用Fに比べて相対的 に小 さ くす ることになるので,結 果的に法人税 は参入費用の増大 と同 じ 効果 を持つ ことになる。参入企業の最適反応曲線 に則 して言 えば,最適反応曲線がジャンプす る 点が図2(または図3)のようにDからD′へ と左 に移動す ることになる.
以上の考察か ら,法人税が参入企業の最適反応曲線のジャンプす る点 を左 に移動 させ る効果 を 持つ ことが分かつた.しか し,その効果が法人税の転嫁,帰着 にもた らす影響 は,課税 が存在 し ない ときに参入阻止が発生する場合 とシュタ ッケルベルク均衡が実現 され る場合ではまった く異 なった もの となる可能性がある.
まず,図2で示 されているような法人税が存在 しない状況で参入阻止が発生 している場合 を考 えてみ よう.この場合 には,法人税 の存在 によってサブゲーム完全 ナ ッシュ均衡点 は κDから