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教育における「自主性」の概念

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教育における「自主性」の概念

熊 谷 忠 泰

 教育の現場ではむろん,学界においてすら「自主性」の概念が口にされるようになってから既 に久しい。教育において,「自主性」はそれほどの重要性をもっている。にも拘わらずその使用 は,じゅうぶんな検討のもとになされているのだろうか。俗に言葉は魔ものといわれる。それは 同じ言葉が全く異なった「期待」をこめて使用されることがあるのをいう。人間を育成するとい う重要な役割をもつ教育の仕事において,仮りにこうした事態があるとしたら,そこに国の将来 が密接に関わっていればいるほど,結果は重大である。こうした意味において,改めて概念の検 討を試みる必要があるであろう。

 工 後で述べるように,「自主性」はあくまでも今日的な意味をもつ概念である。しかしそれ に近い意味の言葉は,教育の歴史のなかに多く見出すことができる。たとえば近世以来の教育の 底流を形作っていたのに「自発性」の概念がある。それは時に「自然性」として表現されること はあったが,一貫して人間のもつ本然の発展能力,又は教育の可能性として把えられていた。コ メニウスの「自然」,ルソーにおける「自然性」,更にはペスタロッチーのいわゆる「自発性」

の概念などはその好例であろう。これらは,しかしそうはいっても,いわゆる「自主性」と同次 元的な意味をもつ概念そのものではない。それは,すべて各人の,それぞれの時代における貴重 な人生経験,蓄積された豊富な学問的成果,天才的思索のひらめきなどによって,あるいは神学 的,形而上学的に,あるいは観念的,哲学的に,あるいは神秘的,瞑想的に体系づけられたもの であるからである。

 A.コメニウスにとって教育が可能であるためには,教育以前の所与として,先天的・内在的 な「自然」が必要であった。そして「自然」は「人闇の最:初の,本源的な状態」①であるととも に,また「すべての被造物が,それに向って規定せられている目的を達成せんがための神の普遍 的な摂理,或は神聖なる善の絶えない横溢」②でもあった。『大教授学』第五章は,このような 先天的・自然的基礎一知と徳と敬震への基礎がすべての人間に本具的なものであることを論証し ようとするものであった。

 ところで,もし「自然」が人間の本源的な状態であり,かつ神の摂理・善の横溢であるとする ならば,第六章の「彼は教育されねばならない」とする文章が何ゆえに必然的となるのであろう か。考えようによっては,それはむしろ不必要であったのではないであろうか。しかし彼はこう 述べている。「知識,道徳,宗教の種子は我々の心の中に植えつけられている。しかし現実的に 知識,道徳,宗教が我々に与えられているのではないのである。…人はもしそのための教育を受 けないならば,人間となることはできないからである。」③と。わたしはここでは彼の論理如何 を問題にしょうとは思わない。むしろ彼の論理の裏に潜んでいる意図を明確にしょうと思う。

       一ig一

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 で,その意図とは次のようなものであろうか。入間は「神の似姿」④として神性なる「自然」

を先天的に有している。それ故に人間はすべての「被造物の中で最も高く,最も絶対的にして,し かも最も卓越した存在である⑤。」しかし「人間究極の目的は現生の彼方にある⑥。」何となれ ば人間は神ぞのものではないからである。.では何が人間を神にまで高めるのであろうか。それは 教育である一つまり教育によって現実の知識,道徳,宗教を真に体得することによってゴある。

すなわち教育は神でない人間を神にまで高めるはたらきである。コメニウスを支配したものは,

恐らく宗教的・形而上学的原理であったであろう。従って彼は神のみが一切の支配者であり,霊 長としての人間は信仰によって神に帰一しなくてはならないと信じたであろう。そとから,その 手段,つまり信仰(彼岸)への入門として教育が考えられたといえないであろうか。

 コメニウスを指して,彼は中世のスコラ神学的世界観を脱して新プラトン主義の世界観にある が,いまだ真の意味での近世思想の洗礼は受けていない人物だと評する人がいる⑦。もしこの批 判に立てば,コメニウスにおける神と人間の関係,「神の似姿」という表現は,プロチノスの「流 出説」によって把えられるであろうし,問題が単に信仰の次元に限定されるならば,あるいはこ れは許されたかも知れない。ところが,ここでの問題は教育にかゾわるものなのである。宗教的 な信仰の問題と現実的な教育の課題とは,直ちに同次元の問題としてそのま、結合するわけには いかないのである。そこで,正しくは,コメニウスの思索の過程で「教育」が信仰に介入するこ とによって,神と人間の関係は,論理的に「流出説」的な秩序を外れることになったといわなく てはならないであろう。何となれば,彼において,人間は「教育」という媒介を通してのみ神に 帰一し得る存在となったからである。彼の「自然」はこのような問題をはらんでいるのである。

 B.ルソーにおける「自然」は純然たる価値概念である。だから,彼が「自然に還れ」と叫ぶ とき,彼の脳裏に描かれている光景は,粗野な野生人の群居する山野ではなく,古代ギリシャ・

ローマによって代表される文化豊かな沃野であり,その中で自由と独立とを謳歌する人間性豊か な人々の生きる社会であった⑧。それ故にこそ,彼にとって「自然」は同時に「自由」でなけれ ばならなかったのである。

 「我々は種々の偏見や権威や必要や模範や…凡ゆる社会制度などのたあに,我々のもっている 自然性を圧し殺されて,自然のま、の姿を何一つ残さなくなる」⑨「人は群集すればするほど腐 敗する」⑩と慨嘆する彼は,制度的な如何なる制約をも受けない人間を,真の人間=自然人と考 えた。そこで彼は「自然人は全く彼自身のたあに生存し,彼は数の単位である。絶対完全体であ る。」⑪とい、,これに対して,社会人は分数的単位としての人間であり,その属する社会との 関係においてのみ価値を有する相対的存在であるとした。そして,このことは,彼が「自由」の 所在をどこに見出したかをも明白にするものである。

 ルソーはこうした自然人が存在し得る状態を自然状態とい\,その本質を「自然」と称したの である。従って,彼のいう自然状態や自然人は必ずしも現実に実在するものではなく,生活の理 想として追求されるものであった。その理想は,ある時にはまた「善」と表明されることもあっ た。彼は悪しき文化に汚染された社会から敢然と独立した自然人=自由人の中に,人間の本質と

しての「自然性」を見出し,それは「善性」に外ならぬものと信じたのである。

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 以上のように,彼において「自然」の概念は,人間の外なるものと内なるものとの二重性をも つものであったが,何ものにもけがされない無垢なる状態を意味する点では両者とも聞卜すると ころはない。このような本質からして,この「自然」は,晩年には意識的に主・客の渾然たる融 合の境地,つまり宗教的自然の次元にまで高められるのである⑫。この,いわば「自然」の弁証 法的な論理構造は,そのまま「自由」の弁証法的発展にも適用される⑬。こうして,自然と自由 の概念こそは,彼の思想解明の重要なる鍵となるのである。

 ヘフデイングもいうように⑭,たしかにルソーの自然概念は多義であり,またその使用の時期に よって意味・内容の変化が見られる。しかし,その弁証法的な思惟形式のゆえに,またそれが常 により本質的なものへと向っているたあに,それは多分に倫理的・宗教的な理想概念(理念)の 性格を備えるにいたった。しかもさらにいえば,それは,むしろ常に現象するものの否定として把 えられてすらいる。つまり,文化・文明・社会として現象しているものに対する「自然」という 発想がそれであるが,何れにせよ,彼はそのような「自然」によって,人間の最も本質的・根源 的なものを表現しようとしたことは確かであろう。そこから,彼の教育に対する基本的な構え が,いわゆる「自然に合致する教育」⑮という形をとって現われる。それは,個々の具体的な指 導の型としてはロック的な積極性を示しているにも拘わらず,動きよく的には教育阻害条件の排 除,ないしは内的自然の自発的展開という批評を免がれることはできないものである。

 C.ペスタロッチーは『隠者の夕暮』において,真に人間を救済するために,人聞の本質を明 らかにし,人間を「心の奥底において満足させる」⑯ことが重要である所以を縷々として訴え る。「汝自身,汝の本質と汝の諸力との内的感情こそ陶冶する自然の第一の主題である⑰。」し かるに「人類の純粋な浄福力は…総ての人間の本質の奥底にその根本的の素質と共に似たはって いる。其等の浄福力を完成することは人類の普遍的要求である⑱。」そしてすべての人類の本質 が同じであるとするならば⑲,入類を満足させる道はたゾーつしかないことになる。

 こうして,彼によれば,人間性の内面的強力を純粋の人間的な智慧にまで高めることが教育の 一般的目的となる⑳。この目的は当然にすべての人類に共通な理念でなくてはならない。この理 念の確立によって,彼は終生歯入の友として,人間を真の人間とする教育をすべての入に平等に 与えようとした汎愛主義者たり得たのである。

 ところで,もし教育が万人に与えられなくてはならないとするならば,「道」は同じく万人に 共通な「生活の立脚点」⑳に求められなくてはならない。これが智慧への真の道であって,彼は これを「自然の道」⑳と呼んでいるが,『夕暮』における「自然」は,このようにして教育の唯 一の道として把えられる。しかし同時にその道は,単に方法的な道に止まらず,「真理への道」

⑳であることをも看過してはならない。人はこの「道」において「母の本質」と「彼の生涯の浄 福を見附ける」⑳こともできるのである。

 「自然の道」が「真理への道」であるということは,それが「人為的な方法」⑳でないという ばかりでなく,真理そのもの,また人間の内面的無力をも示すものであることを意味する。「高貴 なる自然の道よ,汝が導き行く目標である真理は力であ.り,行いであり,陶冶の源泉であり,人 類の全本質の充実であり整調である」⑳という文章は,人間の在り方,教育の根源,そして人間        一21一

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の生の源泉を自然=真理が明示することを喝破する。

 『夕暮』は何といっても論理的に整序された思想の表現というよりは,むしろ格言集とでもい うべき体裁の書物であるだけに,彼の思想を片々たる表現から,一義的に準えることは危険であ る。しかし『育児日記』が『エミール』に擬した書であり,またホイバウムの「ペスタロッチー はルソー以外の教育書を研究しなかった」という言を信ずるならば⑳,少くとも初期のペスタロ

ッチーに対するルソーの影響はかなり大きなものがあったと考えることは許されるであろう。

 このようにして,彼の「自然」概念は,多分にルソー的性格をもつと同時に,更にそれを超え て人間自然の立体的・段階的な発展を意識的に追求しようと試みる。例えば自然の道は単に人間 における一般的な「道」に止まらず,教育方法的にみて認識や智慧の教育における道であるとと もに,道徳や品性の教育における道でもあり,更には『人間の発展における自然の過程についての 予の探求』に見られるように,人間自然の発展過程に社会性及び道徳性の観念を調和させようとす る道でもある。ここにいわゆる「教育方法的にみて」とは,それが単に「方法」の視点から考え られているというだけでなく,方法論的な具象性をもって目標実現の可能性とその可能根拠への 意識的接近の構えにおいて論じられているということを意味する。教育史家は,自然に対するこ のような考察の発想を「ペスタロッチーの心理主義」と表現するが,その意味は,自然を単に人 間の本性として把えるに止まらず,人間性の普遍的な全体構造を発展的に把えながらその各段階 に即した具体性を以って自然を定位させていこうとする仕方を指すのであろう。ナトルプがその 著『ペスタロッチー』の中で「自発性」の原理で表明した内容こそ,ペスタロッチーにおける教 育の基礎概念としての「自然」にふさわしいものであろう⑱。

 2 近世以降における教育の底流を形成してきた著明な思想家の根本概念をべつ号して,教育 の基本概念としての「自然」が,それなりに可成り内容的な相違を示していたという事実は興味 をそ\るところである。僧侶として30年戦争の時代をその身一つで生きてきたコメニウス,あの フランス革命の前夜を天涯孤独の奔放児として送ったルソー,革命の余波を受けたスイスにおい て浮浪児の父,貧民の救済者として真摯に生きたペスタロッチー,各人の思想はそれぞれの時代 と生活の中から育ったものであろうが,こうした個人的な種々相にも拘わらず,やはりそこに一一 つの共通性が見られるのは,それが教育という共通地盤の上で論じられていることによろう。そ の共通性というのは,自然は何よりもまず教育の基礎であり,その自然を人間の自然とするなら ば,それは本来完全無欠でなければならないとする前提である。汎神論的立場に立ってゴはある が,コメニウスが「素質としての自然」を形而下的な教育によって「神的な自然」にまで高ある ことができるとしたのも,またすべての文明を呪いながらも,ルソーが『エミール』の冒頭に性 善を説いたのも,更にペスタロッチーが人間はその本質において同じであり,そのような本質の 陶冶こそ自律を目指す教育の最大関心事でなければならないと信じたのも,その基本的な発想の 構えにおいては,それから結果した思想体系の相違ほどには隔たるところはなかったのではない

であろうか。

「自然」が教育によって真の人間の自然になるという信仰は,なるほど教育における一つの真理 をい\表わしてはいる。しかしその真理は教育のすべてを覆うものではない。何となれば,もし

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この信仰を全面的に首肯するならば,教育における積極的性格は消滅せざるを得ないからであ る。つまり,教育はたとえそれが如何ような形態をとろうとも,専ら消極的な教育でじゅうぶん であるということになるからである。

 今日,教育は,素質の展開・教育阻害条件の排除という消極的な段階から,更に素質のより望ま しい展開・教育阻害条件の改善という積極的な段階にまで高まってきている。今日の教育が単に 信仰や信念の次元で論じられることから,更に実証的・科学的次元で論じられるようになったの は,何よりも教育のこのような積極的役割と機能に関心がもたれるようになったことによる。

 しかし,この事の強調は,必ずしもあの信仰を全面的に否定せよということをいおうとしてゴは ない。それはたゴ,教育的信条と科学化された教育現実とを混同してはならぬという主張に基づ く。教育にかける信条はたしかに重要である。しかし現実には,その信条と並んで,現実それ自 体への直視から明らかにされなくてはならない面もあるのである。

 こうした立場から卒直に「自然」を眺めるならば,「素質としての自然」は,ロック的な意味 とは異なった意味での「白紙」と見るのが妥当であろう。ロックと異るということは,人間の素 質は単に受動的・静止的に外部の如何なる影響をも素朴に受け入れるものではなく,むしろ能動 的・力動的な意志による選択性と積極的な発動性をもつということ,しかし同時にそれはまた最 初から一定の方向性を(予定説的に)もつものではないということ,この二つを意味する。従っ て「素質としての自然」は,教育の結果からみればいわば「中性的な素材」であって,教育の如 何によっそほ善にも悪にも向う可能性であるといえる。そこで信条としての「自然」は,あえて いえば教育の可能性と結果とを,しかもそれが完全である(何となれば教育の結果は予想として 完全性を有するものでなくてはならないからであるが,この点に関しても,それは教育の理念と 現実とを同居させているといえる)という予想のもとに,一つの概念の中にとり入れたものとい

えないであろうか。

 ここから第二の問題が導き出される。それは,自然としての素質に教育を与えれば完全な人間 になるし,また当然ならなくてはならないというユートピア的観念の発生である。それがたとえ要 請としての理念であろうとも,教育への追及をそこで終らせるのは問題である。コメニウスの「人 間と神との合一」,ペスタロッチーにおける「諸能力の調和的発展」という観念は,一おう教育の 理念を表現したものと考えられるが,同時に理想と現実のへだたりから生じる諦観の空しさを感 じさせる。逆にいえば,追及すべき現実への視点を理念の方向へ回避したということになろうか。

 信仰としての「神への合一」という観念は一おう措くとして,一般的な「諸能力の調和的発展

」という考え方は,伝統的な人文理念として,それなりに歴史的な意義をもってはいる。しかし,

近代までの世界の教育は,例外なしに一部の特権階級の自衛手段として独占され,大衆にとって は全く無縁のものでしかなかった。大衆自身教育を必要としなかったし,教育と実生活とは完全 に華離していたからである。こうした時代に教育を大衆のものにするためには(この場合にも二 つの意味がある,一つは絶対君主による大衆利用のための上からの啓蒙教育と,他は真の大衆福 祉のための教育),「入間として」教育が必要である所以を,絶対諸侯には理解させ,大衆には 周知させなくてはらない。こうして,教育が人間の権利として行使されなくてはならないとする        一23一

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思想が・時代的には「独立宣言」「人権宣言」を基調として,伝統的な古い人文理念と結合する のは決して不思議ではない。近世までの特権階級子弟の教育理想であった人文主義理念が,いわ ゆる人権論的教育の核として拡大されたのである。封建的な階級社会の中で一部特権階級に独占 され,それのみに奉仕してきた教育(たとえそれが如何に人文主義教育を高唱していたにしても,

それはいささかも人間主義ではない)を,普通の能力を有しながらもそれを受けるごとのできな い大衆に対して,しかも独占的奉仕教育の故に歪曲された社会を救済する目的で広く開放しなく てはならないと考えた人びとが,こと教育という条件下にあっては,すべての人は平等であり,

従って教育は人間の権利の行使であると主張したのは当然であろう。あの当時,自由・平等・博 愛が人間の権利なら,同じくすべての人間のもつ「自然」の素質を,また「その本質においては同 じ人間」の能力を発展させることも人間の権利でなくてはならないと考えられたことは,まこと に自然の成り行きであった。しかし,この帰結の中には,ローマ以来の自然法の思想と近世自然主 義哲学の観念と,教育史的には人文理念と新しい人権思想とが入り乱れて混在していることを知 らなくてはならない。この系譜の解明なくしては「諸能力の調和的発展」を正しく把むことはで きないつしかもペスタロッチーの場合にあっては,同時に彼の生きた時代と社会情勢ならびに当 時の国際環境という特異な条件を追加したうえで,冷徹な解釈がなされねばならないのである。

 ところで,教育の理念としてかくも高貴な人権論的教育観が,何ゆえに問題となるのだろうか

。それは,今日では教育はもはや単に人間の条件としての権利に止まらず,生きるための権i利と

       コ       

して採択されているという点にある。人間が人間として生きることは,能力・素質の大小にか\

わらず,いや或る能力の欠損にも関せず,重要なことである。してみれば教育は「調和的」とい う表現から,「可及的」という表現においてその・真相を示すべきであろう。つまりすべての能力 を完全に具備した入間がそのいつれをも調和的に発展させるという絶対的な能力観から,現にあ

るがま㌧のものをあるものとして可能な限り発展させるという相対的な見方に移行しなくてはな らないのである。法にいわゆる「その能力に応じて」とは,それによって教育の内容や程度を勘 案するということよりも,むしろ彼が生きることのできる限度まで教育を与えねばならないもの

と解すべきである。

 3 以上の考察は,「自主性」の性格を過去の教育に関する諸観念と対照させることによって 一層明らかにしょうとする意図からなされたものである。そこでまず,自主性をおさえるいくつ

かの・視点を,以上の考察の中から挙げておきたい。

 (1)それは観念的・形而上学的なものではなく,現存する実在概念である。実在概念だという   ことは,実在するものに確乎としたかかわりをもっということである。

 ②従って,それはまた単に観念や理念ではなく,方法をリードし,現実に企画性を与える目       ●   的概念である。

 (3)以上からそれは単なる教育の素材としての自発力に止まらず,社会性を含む概念である。

 それ故に,それは前にも述べたように,優れて今日的な意味をもつ概念である。つまり,それは 教育における「一般的」概念としてとか,指導上「当然」考慮しなくてはならない言葉として使 用されるのではなく,今日という時点において使用されるべくして使用されているということで

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ある℃そしてこの「使用」は以下述べる二つの視点からおさえることができる。

    第 一 の 視 点

 この視点は,いわば歴史的視点とでもいうことができるが,この視点自体も一般的な戦後思想 の推移という側面と,教育的な思想の変遷という側面からみることができる。

       ロ      

 A.一般的な戦後思想の推移

 戦争後,本格的な思想論争としてまず知識人の耳目を集あたものは,何といっても「主体性論 争」であろう。これは,敗戦直後の日本社会を覆うていたあの惨めな虚脱状態の中から,如何に して自己および人間性を,しかもそれも権威の強制からではなく,自発的に,国民自らの力によっ て回復するにはどうすればよいかという課題を掲げて,昭和22年頃から,いわば焼跡の中に羽ば たく不死鳥のごとく,力強くも立ち上った精神復興の思想運動であった。

 それはまず『近代文学』の同人たちによって,文学的主体性論争として提起されたが,ついで哲 学の領域から,さらに歴史学,政治学,経済学,技術論などあらゆる領域に及んだ。その結果,

華々しさの反面,ついには語義曖昧となって逆にその「主体性」を失ったかのようにみえたが,

それにも拘わらず発想の基盤そのものは,戦前の社会運動の挫折ないし個人の思想的敗北の体験 の反省にもとづいたという点で,書斎的関心によるものではなく,本来極めて主体的な性質を帯 びたものであったというところから,運動としての大きな意義があった。それは元来,主観(認 識の立場)とか実体(存在論の立場)または主語(言語学の立場)を意味したSu晦e蕊という 語の解釈として先の理論の中に導入されたものであろうが,それが口本語で「主観 田ではな

く,「主体性」という表現をとるとき,むしろ「行動の自律:性」というようなものを意味したと 考えることができる⑳。

 つぎに,このような主体性論争と並んで戦後の思想界に大きな旋風をまきおこしたものに実存 哲学がある。この哲学も前者と同様,あの頃の精神的空白に自己の行方を見失っていた人びとに 釈して,自己回復という課題を投げかけた復興思想の一つであった。すなはちこの哲学では,自 己喪失から再び自己に回帰した状態をExistaag というが,それは正に本来的自己,自己自身 の存在の根拠を回復した自己の謂に外ならず,こうした自己の探求を通してこの哲学は,単に哲 学の問題というよりも,むしろ当時の思想的空白を埋め,大衆のもつ危機感を軽減するという点 から,三二的なニュアンスをもつ実存主義思想として広く各領域に拡大発展していった。従来日

       

本の講壇哲学界では殆んど注意されたことの・なかったケルケゴール,ニーチェとともに,ハイデ ッガー,ヤスパースなどの実存の系譜が,確乎たる学問的地位を得たのは,こうした大勢の下で 多くの若い学徒たちの重厚なる研究が集積された結果であった。

 文学上の実存主義はや\遅れて,昭和25年頃からサルトル,ゲオルギュー,カミュなどの醗訳 を契機とし,特に26年の「異邦人論争」が一つの山となって展開された。しかしこの頃は既に日 本は一つの曲り角にあった。敗戦直後の虚脱時代を経て,朝鮮動乱ブームに湧き返えり,サンフ

ランシスコ講和会議を目前にひかえて人びとは平和論,愛国心論,再軍備問題などに論議の矛を 向けようとしていた。こうした影響を受けて,実存主義ことに文学的実存主義は,当初の人間性回 復の問題からさらに平和,戦争,真実,運命,世界といった課題に直面し,「人は,己れを超え       一25一

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た大きなカーそれを神とも運命とも,また組織,機構ともいってよいであろう一の中で如何に生 きるべきであるか」という問題をロマンに托して追求したのであった。

 実存主義思想のこのような変化は,基本的には「疎外(Entfrelndung)」の問題に集約され ることになろう。疎外という言葉は旧きよく的には人間が自己を離脱することを意味し,この意 味では実存と相隔たる現象を想起させるが,本質的には実存の思想を覚醒させる原初形態にほか ならぬからである。しかも一般に疎外現象を問題とする領域は,単に哲学や文学に限られず,さ らに経済学,社会学,心理学,宗教学,技術論などまことに広汎であり,この事から「現代は疎 外の時代である」などといわれ,広く人間の現存の仕方にか\わるものである。

 戦後の日本における疎外論は,マルクス主義哲学内部の主体派によって,昭和27年頃から本格 的な研究段階に入った。従って疎外論は本来主体性論や実存主義とも緊密不可分な連繋をもつも ので,いわばこの三者の論理的関連性は,疎外論→主体性論→実存主義とでも表示することがで きようか。ともあれ当時,マルクスの『経・哲手稿』を初めとして,現代ヒューマニズム論として の疎外論が広い層の関心を把えた。疎外は本来ヘーゲル,フォイエルバッハを通じて存在論的意 味をもち,たとえばマルクスの「疎外された労働」といっても単に実証論的次元に止まるのでは なく,現象即本質論的次元で展開されたのである。ところが最近では機械時代=疎外時代,また 大衆社会=疎外の大量化というように,実証論的次元で論じられるようになってきた。

 また他方では,疎外は,資本主義社会機構や労働条件下における疎外,M・ウエーバーの目的合 理的な近代ビュロクラシーにおける疎外などを一括して「社会的疎外」とい\,自己分裂ないし

は自己喪失的な疎外を「心理的疎外」といって,それぞれを特質づけることもある。しかし要す るにこの理論の根底を流れている基本的な観念は,現代の社会病理学的な現象に対処して,人間が 自己と人間性を回復しようとする新しいヒューマニズム論に外ならないということである。

 極めて概括的ではあったが,以上の一般的な戦後思想の推移の中からくみとれるものは,要す るにあの悲惨な敗戦の泥沼の中から,日本人が如何にして再び自己を回復してきたかという思想 的斗争の跡であり,それ故に今後の日本人の在り方として,如何に「主体性一自主性」を確立すべ きかという教訓であろうbしかもそれが,大衆自身の魂の奥底からあふれる一つの潮騒ともなっ て,教育への期待を生んだともいえる。

 B.戦後教育思想の変遷

 戦後の日本教育の歴史において、昭和25年を起点とするそれ以後のこ・三年間は,まことに重 大な一つの転回の時期であった。それは日本が,従前のアメリカ教育の模倣と追従の時期を脱し て,新しい方向,一つはアメリカ批判という立場から社会主義諸国の教育の紹介に刺戟されて拾 頭した集団主義教育を,他はサンフランシスコ講和会議を機とした独立国の面目から日本独自の 教育を発足させようとする時期に入ったことをさす。

 戦争直後アメリカから移入された新制度の理念がすでに発詳地のアメリカにおいてすら時代遅 れのものであり,従ってこうした事情に対して新たな戦いを挑んだのが集団主義教育であること は周知のとおりである。それは理念的にも実践的にも,従前の教育を超えるものであった。クルー プスカヤはこういつている一アメリカにおいては高度に発達した資本主義制度の内部矛盾が限界

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にまで達し,階級的反目は極めて尖鋭である,従ってこれらのことは学校にも極めて明瞭に反映 し,「若い世代はしばしば,労働者の民主主義に関する見解と理解とが殆んど共存し得ないよう な理解を植えつけられているが…,それは最も正確にく資本主義的〉社会生活の要求を反映して いる⑳。」ところが「集団主義的に教育された人間は,内的な意識ある規律をもち,社会関係で も規律ある人であり,彼は異なったやり方であらゆる社会問題に接する⑳。」従って「教育の仕 事の最も大切な形式は集団である⑳。」

 では集団はどのような性格を具備すべきであろうか。(1)共通の目的,共通の労働,そして共通 の組織で人びとを統一すること,(2)全体社会の一部であり,他のすべての集団と有機的に結合す ること,(3)集団目的の達成,共通労働,義務と名誉,これらは個人の偶然や気まぐれで左右され てはならない,(4)全体集団は労働人類の世界的団結という原則的立場に立つ一マカレンコはこう 答えている⑳。彼らは好んで有機的集団,統一,規律,服従,義務,責任,組織などの語を多用 する。しかしそれは決して全体主義的な意味をもつものではない。あくまでも内的なるもの,自 発的なるもの,個人の理解と納得を経たものの強調に立って使用されているようである。ソヴィ エト的集団主義教育は,いわば未だ試みの段階かも知れない。しかし少くとも全体と個との統一 を,労働と教育を通して幼い魂に植えつけようと企図している点で,教育における一つの新しい 方向を示すものであろう。

 最後に日本独自の教育について・ あるが,これは,現実に政策として既に明瞭な形態をとって われわれの眼前に現われている。さすがに一頃のように,イデオロギーとしての理論の体系構築 という野暮つたいことはなされてはいないが,しかし潜行的に,しかも形式の表面的な改革はし ないでおいて,なしくずしに教育の実質的な変質を企図している点は,考えようによっては一 層たちの悪いやり方である。その過程は,朝鮮動乱の年(昭和25年)を第一の山とし,ついで 安保の年(昭和35年置を第二の山として,次のような出来事が連鎖的に発生していることから うか・ える。吉田首相の愛国心論(昭和25年),天野文相の教育勅語復活論(同年),教育二法 制定(3i年),特設道徳教育実施(33年),荒木文相の教育基本法改訂論(36年),池田首相の 二つくり政策(同年),大学管理法案(37年)など。そして最近の教科書検定問題,教育課程改 訂案,道徳教育資料集ならびにその教育強化策,大学の管理運営案,学生自治の問題,能力テスト

問題,能力検定テストの実施,教育白書の刊行,青少年不良化防止対策なども,必ずしも以上と 無関係のものではない。というのは,これら長期にわたる政策移行の中で国民大衆の知らない間 に造出された事実,たとえば教育権の剥奪,無償教育の否定,機会均等の原則破壊,政治的中立の 侵害,教育行政の本質歪曲などを見れば,それらはともに同じ水源に発するものであることが判 明するからである。また試みに,人つくり政策一社会開発政策一期待される人間像の底を流れる 論理の連繋を凝視すれば,その機構は一層明らかとなろう。こうしていま,日本の教育は大きく 変貌しようとしている。今日に生きる日本人として,この事実からいささかもその眼をそらすこ

とは許されないのである。

 今や,結論を出すべき時であろう。

 わたしは先に一般的な戦後思想の推移をのべ,その思想の論理的な必然として「主体性一自主       一27一

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性」が要請される所以を明らかにしたが,教育的な思想の変遷経路においても,やはり同様の帰 結が導き出される。集団主義教育が全体主義的な集団教育ではなく,どこまでも個人の心情を尊 重し,その価値の尊厳に立って集団規律と秩序維持を目指すかぎり,個人の主体性を無視すること は許されないし,また不可能ですらある。しかもその要請が,すべての場合を通じて「下から」と いう大衆的次元から発しているところに着目しなければならない。ところでいま一つの教育思想 的要因の場合はどうであるのか。いわゆる「独自の日本教育」においても,個人の主体性は必要 なのであろうか。しかしこの場合は,国家的次元がその要請を求めることになるのだが,果して どうなのであろうか。結論を先にのべれば,この場合もまた「罷り」である。そうしてみれば,

主体性の要請は,いわば現代の呼び声であるとでもいえようか。だが,この場合の事情了解のた めには,なお若干の説明が付加されなくてはならないであろう。

 4 今日,日本の教育が経済への従属下におかれているということは,もはや一点の疑いもな い明白な事実であろう。それは日本の教育が「高度経済成長政策」下における  Man Power Policy として展開されていることをいう。ところでこの M.P.P とは,アメリカにおいて,

1958(昭和33)年国防総省の要請により制定された「国防教育法」⑭に基づいて執られた教育政 策であるが,要するにその政策は,「高度戦力国家」の確立を目指して青少年の能力開発を企図 したものといわれている。昭和35年の安保条約成立当初,日本においては,この政策は例の「人 つくり政策」という名の下に,日本経済の高度成長の方向に転用された。ところが次に,この政策 は「社会開発」の方向に向きを変えたのである。いわゆる「社会」とは,,「高度資本主義社会」』

であり,「国家主義社会」であろう。

 さて,奇蹟の経済成長と謳われた日本経済も,資本主義経済のもつ根本矛盾はついに回避するこ とはできなかった。すなわち高度経済成長政策に基づく生産の過剰競争は,必然的にそれに勝つ ためのより高度の生産力増強を要求し,その結果として過剰投資と技術革新が要講された。とこ ろが過剰投資を行なえば,当然その投資補填のため,再び生産競争を喚起するが,もしこの悪循環 を回避しようとすれば,企業合理化を断行しなくてはならない。他方,生産技術の革新を実にする ためには高度の技術水準を必要とし,その結果として技術指導者ならびに労働者の高い科学的知 識,個人としての独創性,積極性などの精神的能力の向上が要求される。そこでこの段階におい て,従来の見習い徒弟労働者に代って,産業エリートとしての学校出の中級・高級労働者が出現 する。だがしかし,資本家にとってはこのような労働者は経営上必ずしも望ましいものではな い。何となれば,高度の科学的知識や精神的能力をもつ者が,そう簡単に他人の膜尾に付すとい うことは考えられないし,また仮りに企業合理化をしょうとする場合,彼等が易々諾々と一方的 にそれを受け入れるとは思われないからである。しかし現実は,何とかしてこのような問題を乗

り越えなくてはならないという事態なのである。

 こうして,現在行なわれている方法が,いわゆる「職場内教育」であり,「新管理方式」と呼ば れるものであるが,ここで「入つくりに政策」が実はこれと全く無関係ではないといったら,そ れは誇大妄想であろうか。つまり,いわゆる「人」とは,このような企業体制に対して,如何なる 抵抗をも感じずに順応する人,といったらい\過ぎであろうか。また教育的には,そのような「

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人」をつくるために,幼い頃から「自主性」を伸ばす教育を「習い性となる」まで行なっておけ ば,「自主的ではあるが温和な人柄」の「人」がっくられるであろう,といっては教育の工学に なるであろうか。もしそうであるならば,その自主性は,一定の「枠内における自主性」「制限 された自主性」ということになろう。早期幼児教育も,才能発見の教育も,また後期中等教育の 拡充も,もしそれらがこうした意図で企画されるとするならば,それこそ正に教育,いや人間性 への冒漬と云わなくてなるまい。

 総じて教育活動そのものは,いわば無色透明である。従って人間を教育し,その才能を伸ばす ということは,如何なる実質的な目的に対してもあてはまる。極言すれば,如何なる社会におい ても,如何なる目的であろうとも,そして如何なる人聞を対象にしょうとも,如何なる仕方にお いても教育の事実は存在するし,また変らないのである。そこで,一般的・観念的・抽象的に教 育の望ましさを礼讃したり,またそれが教育に関する事柄であるからといって無批判に肯定した

りすることは危険である。

 教育と同様に,「自主性」の概念に関してもそういうことがいえる。子どもの自主性を伸ば す,自主的な人間を育てる,あらゆる機会や場において自主的であること,これらはすべて望ま

しいことである。しかし「何に対して」「どのような形態で」自主的であるかゴ真の問題なので ある。形式的であるより実質的であることがより重要なのである。従って単なる「自主性」の懸 け声は,教育においては無意味というより,むしろ危険ですらある。概念の望ましさに惹かれて 盲目的にとびつき,予想もしない目的に奉仕させられるような愚かさは,何としても避けなくて はならない。わたしは本稿のはじめに,一つの言葉が異なった意味に使用されることの危険を指 摘したが,そうした事を避けるためには,その背後に潜んでいるものを徹回しなければならな い。自主性の場合,その使用される社会的・政治的雰囲気と今日の教育的風土を冷静に観察すべ きであろう。

 既に見たような思想史的側面からしても,「戦後」とよくいわれる日本社会の現時点のもつ意 義からしても,論理的には教育の一般的理念からみても,いま,「自主性」という概念を新たなる       

教育目標として掲げることはまことに肯繁に中っているし,この事自体はいささかも批難すべき ではない。しかし「自主性」が上からの国家的次元における要請として天下りすることには,疑 問を抱かないわけにはいかない。元来,自主性という言語使用には二つの用法があると考えられ る。「手段としての自主性」と「目的としての自主性」である。前者は「自主性」を,何らかの 目的に対する手段として取扱い,従って教育の方法においても,指導の技術的側面でその実施を 考えようとするものである。これに反して後者は,「自主性」を人間形成の目的,教育の結果と

しての人間の具備すべき資質とみ,方法的には教育指導上のあらゆる技術を専らそれの実現に向 って集約しようとするものである。ここでわれわれの追求しようとする「自主性」は,このよう な意味での「目的としての自主性」でなければならないことを強調したい。それ故に,わたしは 先に「自主性の概念は目的概念である」ことを述べておいたのである。

 今や「自主性」の今日的な「使用」の,もう一つの視点について述べるべき地点に到達した。

一29一

(12)

    第 二 の 視 点

 国際的●政治的・経済的なしゅじゆの条件下にあるこの日本を,将来,真に歴史に残るよき民 主国家とするために・国民の一人びとりを,そしてまたすべての子どもたちを真の主体性=自主 性をもつ人間にまで教育すること。この目的のために,正しい「自主性」の概念規定とその使用 がなされねばならない。こうしたことのために「目的としての自主性」が活用されることには,

恐らく何ぴとも異存のないところであろうと思う。

 「自主性」はやはり教育において重要な概念たることには変りはないのである。

 5 「自主性」の概念規定は,「自主性とは何か」という問に答える単に定言命題的な規定で はじゆうぶんではない。それは,ともすると個人的な意見に止まってしまうおそれがあるからで あ弓。従って「自主性はこうあるべきだ」という,自主性の具備すべき性格を考え得る阪りの広 い視野から位置づけ,その綜合的・統一的な判断に立ってその性格を規定すべきだと思う。この ような性格分析を通して初あて,その「何か」が明らかになるであろう。その試案を以下に示す こととする。

 まず,原理的考察を通して導き出した三つの視点(あるいは性格)を想起していたゴきたい

(3項参照)。それは本試案の大前提となるものであるからである。そうすると,そこから,自 主性は優れて実践概念であるということが導き出される。

       

 実践概念であるということは,「自主」的だと表現された対象がどこか①で,行動的②である ということを意味する。いまは説明の便宜上,①と②を交換する。

 ①行動的である

 この「行動」は何よりも「自ら」「発出的」であることが必要である。これを教育的な概念と して「自発的であること」といい代える。自発性は教育の前提であり,自主的であることの存在 的条件である。しかし存在的であることは,それが如何なる意味においても有価値的ではないと いうことを意味するから,それは同時に他からの規制を要求することになる。思うに単なる自発 性は,単に行動への衝動弾機とはなり得ても,その行動自体は善・悪の何れにも向いうる可能性 にすぎないからである。従って教育的な概念としては,それは,当然何かによって規制されなく てはならないことになる。

 ② どこか

 上述の規制原理は,「どこか」から求められる。「どこか」は行動がそこで実現される場とし ての「社会」を意味するものと考える。何となれば,人間の行動の場は,一般的に社会を除いて

は考え得ないからである。この際の社会とは,「人間の生活の場」ぐらいの意味である。ところ で「社会」は人間関係において成り立ち,この人間関係から「規範」が作り出される。自分の 事,自分個人の処し方,他人との関係とその調整,そして価値の連載者としての文化の生産な ど,価値は社会において創造され,その価値が規範として人間の「行動」を規制する。こうし て,「社会」は人間の「行動する(生きる)」舞台である。

 以上から「自主性とは社会における人間の自発的行動である」,もっと厳密には,「自主性とは 何よりも人間における自発的な行動であり,しかもそれは社会において合規範的に規制されたも

(13)

のである」ということができる。

 ③自発性の分析

 「行動的である」ことが何故「自発性」に結びつくかは以上のとおりであるが,更に自発性そ のものの性格付けを試みよう。

 既に自発性は自主性の存在的条件であると述醍ておいたが,その「存在」は如何ように規定さ れるかゴ問題となる。一般的に存在は空間と時間によって規定されるといわれている。つまり個 物は,歴史的なある時点で地域的なある場所に存在する。こうして「存在」は空間的条件と時間 的条件を満足させることによって存在である。そこで自発性にあっては,空間的には「あくまで も自発性そのものであって」他のものではないという自体性,それを「強靱性」と呼ぶことに し,時間的には「時間の流れの山にあって常に」自らである自体性,それを「永続性」と呼ぶ と,自発性は少くともこの二つの条件を満足させなくてはならないことになる。

 そこで次に,この強靱性と永続性をより具体的に性格づけると,まず空間的な強靱性は,「空間 的に個物としての自らである」ためには,それが「積極的」@でなければならないと同時に,他 との限界をつける意味での「決断的」⑤性格を具備しなくてはならないし,時間的な永続性は,

「常に自らである」ためには,自らを「継続的」@に保持すると同時に,保持すべく「努力性」

⑤を傾注しなくはならないということになる。

 以上のことから,自発性は,積極性,決断性,継続性,努力性という性格によって構成される ことが明らかとなる。

 ④社会性の分析

 既にみたように,ここでいわゆる「社会性」とは,単に「自発性(行動)」が存在する場所と して考えられているのではなく,むしろ自発性を規制する規範的原理として把えられている概念 であった。実際,人が社会に生きるという場合には,彼が孤立的に生きることとは異って,人間 関係を調整するしゅじゆの制約を意識しないわけにはいかない。そこで「自主性」が「自発性」

において存在的条件を具備したものとすれば,「社会性」においては,その在りようの規範が確 立したものと考えることができる。しかも元来「自主性」そのものが人間の在りようだとすれ ば,先の在りようは,規制される対象としてではなく,既に規制された状態として考えなければ

       ゆ      

ならない。「自主性」の名の下に既に規範に規制された状態を考えるとすれば,さしあたり「主 体的に自らを律する」状態より外は考えられない。

 それでは人間が社会において「主体的に自らを律する」状態にあるためには,如何なる条件が 必要であろうか。それは二つの意味の「理一ロゴスーことわり」,つまり人間が社会に生きるた めには,認識と実践の弁証法的交互関係の稜の中に正しく自らを位置づける(処する)意味で,論 理(認識の筋道)と倫理(実践の筋道)を満足させることが要請される。論理は社会において人 間が正常に生活するたあの意志の疎通,思考,判断,推理,予見などの原理であり一,倫理は人 と人との行為関係を律する原理である。規範的な立場から考えて,認識と実践以外に,換言すれ ば論理と倫理を除いて,人問の生活を律する如何なる原理があるだろうかっ義理・人情など多分 に生活の「技術=タクト」的要素は,それが規範の範疇に属さない意味で,この際は考えない方        一31一

(14)

がよいであろう。むろん一般的に規範という場合には,なお美の規範,聖の規範を負荷するもの としての芸術や宗教も考えなくてはならないであろうが,しかしここでは「自主性」の概念分析 として,それの内蔵する性格として立論している限りでは,それらは,いまは考えなくてもよい

と思う,

 さて,具体的に生活における実践原理として論理と倫理の基本的型をあげると,それぞれ「合 理的であること」と「自律的であること」が考えられる。合理的であるためには,何よりも「計 画的」④でなくてはならないし,その計画には自らの「責任」⑤が伴なわなければならない。ま

ロ  の       

た自律的であるためには,「自己立法的」④であるという自らの構えが要求されるだろうが,同 時に己れの行為に対して,また行為の根拠に対して常に厳しい「批判的」⑤反省が加えられなく

てはならない。

 こうして,社会性=主体性は,計画性,責任性,自己立法,批判性という性格を具備すべきこと が明らかとなった。 以上,極めて常識的な内容の性格分折を行なってきたが,この分折に関し て多少の註釈を付加する必要があるように思うので,簡単に箇条的に示すことにしよう。

 (1) 「自王性」の概念そのものの考察にあたっては,常に既述の原理的考察から導出された性 格に即して,それ以外の性格が唐突に混入しないように努めた。

 (2)また「ことば」の標記である「文字」は,「理」の表現であると考え,「自主性」の文字そ のものに忠実であろうとした。従って「自」は「自発性」,「主」は「主体性」として考えなが ら,意味の点で他の文字に改めた所もある。たとえば「主体性」を「社会性」へというように。

改あるためには,既述のような改めるべき理由があったからである。

 (3)分析の原理としては,単に「文字」を分析するという態度ではなく,文字の「性格と意 味」を考えるということから,常に「そこに在るものをどう規定するか」という立場で考えた。

 ④ 分析の結果,8個の具体的性格が導出されたわけであるが,そのおのおのに④と⑤が印さ れているが,④はその上位概念の内容を自体的なものとみた説明であるから,指導に際しての実 践原理としては「態度」「構え」という視点から,また⑤は④の内容あるいは性格を全うするた あの条件,要件,保償などといった補強的性格のものとして規定したもので,従って指導の実践 原理としては「行為」「動作」「実践」という視点から考察してほしい。つまり④は静的概念,

      ぜ   」  り   噛,   閥⑤は動的概念の性格をもつというのである。

 (なお8個の概念の詳細な説明と,これらの概念を生徒指導,学習指導にどのように活用する  かの「展開」は,次の機会にゆずらざるを得なかったことを付記しておく。)

註 ① コメニウスr大教授学』(稲富栄次郎訳,玉川大学版)P,57,

  ②上掲書  P.58  ③上掲書  P.73

  ④ 上掲書    P,39   ⑤ 上掲書    同頁

  ⑥ 上掲書    戸.42   ⑦ 上掲書    序文(稲富栄次郎)

  ⑧ Discours sur les Sciences et les Aエts.(辰野隆外二氏訳r学問芸術論』)

  ⑨  Emile, ou de r education. Toin[,P,9(平林初之輔訳,岩波文庫本.P,16)

  ⑩V.,ibid,T.1,P.43(訳本P.63)

(15)

⑪V,,ibid,T.1,P.13(訳本P.22)

⑫:Les R色veries du Promeneur Solitaire.(長谷川克彦訳『孤独な散歩者の夢想』(角   川文庫本))

⑬Du Contrat Social ou Principes du droit Politique. Tom.1.(平林初之軸訳,

  岩波文庫本,第一編,特に第八章)

⑭H、Hbffding;JJ.Rousseau and his Philosophy. Trans. in English by LE.

  Saidla, PP.xxiii

⑮V・〆E mile・,T.1,PPjl(訳本P.18以降)

⑯ペスタロッチ『隠者の夕暮』(岩波文庫本)番号(5)P.6

⑰ 上掲書(54)P,i8   ⑱ 上掲書(39)P,14

⑲ 上掲書G)P,5    ⑳ 上掲書,P22(78)神に対する信仰一生命の安らぎの源   泉一生命の安らぎは内的秩序の源泉であり一内的秩序は吾々の諸力の整然たる応用の源   泉である一吾々の撃力を応用する上の秩序は,諸力を発展させ陶冶して智慧となす源   泉である一智慧は総ての人類の浄福の源泉である。 (79)神に対する信仰は総ての智慧   と総ての浄福との源泉でもあれば,また人類の純粋の陶冶に到る自然の道でもある。

⑳上掲書(20)P.10   ⑳上掲書G5)P.9

⑬ 上掲書(6)(7)P,7    ⑳ 上掲書(7)P,7

㊧ 上掲書q9)P,9       ⑳ 上掲書G5)P.9

⑳長田新『ペスタロッチー』(牧書店)P.29

⑳ P.Natorp;Pestalozzi, Sein Leben und Seine Ideen, S.42

   その一部を訳出すると「人間のすべての陶冶は,きゅうきょく的には人間の諸力の自   己発展であって,外的事物または他人から,既知の形式の報導あるいは刻印として与え   られるものではない。それらのものは,常にたゴ 自助への助け簡として存在すべきであ   る。このような洞察は,既にルソーの黙然の福音書ワにおいて目覚め,それ以後は陶冶   は本質的に自己発展である。のみならずべス皆目ッチーにとつで,人聞を陶冶する自然   は,第一義的に人聞固有の本性を示すものとして把えられていた。つまり,自然は入間   の陶冶における人間の本質の固有の法則として把えられていた。それ故にまた必然的に   すべてのものから根本的に区別され,外的な変化する条件によって規定されるもの,従   ってその発展の移り行きにおいて,それ自身克服されるものと考えられた。この意味に   おいて,それはまた自己の法則に自らしたがう人間の 自律の原理 ともいうことができ   る。」と述べられている。

⑳ 戦後思想の推移に関しては,宮川透外編r近代日本思想論争』を参考とし,さらに「主体性   」については「思想」 (岩波,485号,lg64.11)を,「疎外論」については 「理想」 (   理想社,387号,{%5,8)を特に参照した。

⑳ クループスカヤr国民教育論』(明治図書版・世界教育学選集)P,103

⑳ 上掲書  P,166   @ 上掲書 P,32        −33一

(16)

@)マカレンコ『集団主義と教育学』(明治図書版・世界教育学選集)P.213〜4

⑭  「思想」 (岩波,464号.1963.2)P,219,宗像誠也:学問・教育と国家権力。因みに「国   防教育法」G958年)第一条を摘記すると「議会はここに,国家の安全が,若い男女の   心的資源と技術的熟練との十分な開発を要求しているということを確認しかつ宣言す   る。今日の危機は,より多くのまたより適切な教育機会が用意されるべきことを要求し   ている。この国の防衛は,複雑な科学的原理から発展した現代技術の駆使に依存してい   る。それはまた,新原理,新技術および新知識の発見と開発とに依存する。われわれ   は,わが国の有するより多くの才能を発見し,それを教育するたあの努力を増大させな   ければならない。…」とある。

一34一

参照

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