合成素材の分析・識別法に関する基礎研究 : アル キド絵具を例として
著者 園田 直子
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 22
号 2
ページ 249‑281
発行年 1997‑12‑08
URL http://doi.org/10.15021/00004143
園田 合成素材の分析 ・識別法に関す る基礎研究
合 成 素材 の分析 ・識 別 法 に 関す る基 礎 研 究 アルキ ド絵具を例として
園 田 直 子*
Basic Study on the Analysis of Synthetic Materials in Museums:
PGC and THM Applied to the Characterization of Alkyd Paints Containing Synthetic Organic Pigments
Naoko SONODA
Synthetic materials are now frequently used in everyday life, and it is not rare to encounter such materials in art, ethnologic or historical museums, not only as a part of the collection (for example, modern art or plastic tools) , but also as a constituent of the products used for exhibi- tion, storage, or conservation purposes.
In this article, taking alkyd paints as an example, we have tried to im- prove upon an analytical method which can procure a maximum of infor- mation about the nature of the medium and that of the synthetic organic pigments possibly present, from a minimally small sample. Two chromatographic techniques were experimented with and compared:
PGC (Pyrolysis-Gas Chromatography) and THM (Thermally assisted Hydrolysis and Methylation) .
The results showed that these two techniques complement each other. A first analysis by PGC differentiates alkyd resins from other syn- thetic or natural products, and at the same time, it can detect a number of synthetic organic pigments (especially azo ones) . Then, a com- plementary analysis by THM will give more accurate information about the constituents of the alkyd resins, that is to say, the nature of the
*国 立民族学博物館第5研 究部
Key Words : alkyd paints, synthetic organic pigments, PGC (pyrolysis-gas chromatography), THM (thermally assisted hydrolysis and methyla-
tion)
キ ー ワ ー ド:ア ル キ ド絵 具,合 成 有 機 顔 料,熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー,反 応 熱
分 解 を 利 用 した(TMAH共 存 下 に お け る)熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ
イ ー
国立民族学博物館研究報告 22巻2号
polyhydric alcohol, polybasic acid, and drying oil or fatty acids. It is in- teresting to note that, with both techniques, the presence of organic or in- organic pigments does not affect the characterization of an alkyd medium.
We expect to develop and apply, in the future, this analytical pro- tocol to the characterization of synthetic materials generally encountered in museums, considering that PGC is a rapid and efficaceous method for the characterization of thermoplastic resins and some synthetic organic pigments, and THM for the characterization of resins which cannot be easily analysed by PGC.
は じめ に 1.ア ル キ ド絵 具
1.1.ア ル キ ド樹 脂 の 概 要 1.2.合 成 有 機 顔 料 の 概 要 2.分 析 ・識 別 法
2.1.熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー 2.2.TMAH共 存 下 に お け る 熱 分 解 ガ ス ク ロマ ト グ ラ フ ィ ー
3.今 回 使 用 した 実 験 条 件 3.1.熱 分 解 お よ び 反 応 熱 分 解
3.2. ガ ス ク ロマ ト グ ラ フ ィ ー
4.熱 分 解 ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー に よ る 分 析
4.1.ア ル キ ド メ デ ィ ウ ム の 分 析 4.2.ア ル キ ド絵 具 の 分 析
5.TMAH共 存 下 に お け る 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー に よ る分 析
5。1.ア ル キ ドメ デ ィ ウ ム の 分 析 5.2.ア ル キ ド絵 具 の 分 析 6.考 察 お よ び 今 後 の 課 題
は 'じ め に
19世 紀,そ して と くに20世 紀 に な って開 発 され た 合 成 の新 しい素 材 は,わ れ わ れ の 日常 生活 で広 く使用 され,今 世 紀 の物 質 文 化 を形 成 す る素 材 と して重 要 な位 置 を 占 め て い る。 民 族 資 料 に も合 成 樹 脂 製 品 が あ らわ れ る一 方,博 物 館 や 美術 館 にお け る展 示 具,あ る いは 保存 ・修 復 に 使 用 され る コー テ ィ ン グ剤,接 着 剤,固 着 剤 と して の 需 要 も ご く一 般 的 に な って きた 。
博物 館 資 料 の保存 を考 え る と き,ま ず 問 題 に な る のは 「 資 料 が何 で で きて い るか」
とい うこ とで あ るが,そ のた め に は素 材 の正確 な 同定(分 析)が 必 要 に な って くる。
また 保存 ・修 復 に 使用 され る材 料 は物 理 ・化学 的変 化 は も と よ り視 覚的 に も長 期 に わ
た る安定 性 や 安 全 性 が求 め られ るた め,こ の 場 合 も使 用 す る物 質 が 「 何 で で きて い る
か 」 とい うこ とが 際 め て重 要 に な る。 しか し博 物 館 資 料 を調 査 の 対 象 とす るか ぎ り,
園 田 合成素材の分析 ・識別法に関す る基礎研究
試 料 は ご くご く微 量 しか得 られ な い こ とが 通 例 で あ る こ とを 念 頭 に,な るべ く汎 用 的 に使 用 で き る分 析 法 お よび実 験 条 件 を設 定 して お か な けれ ぽ な らな い。 そ の意 味 に お い て,微 量 の試 料 しか必 要 とせ ず,そ して ガ ス化 で きれ ぽ どの よ うな 形態 の試 料 で も取 り扱 うこ との で きる熱 分 解 ガ ス ク ロマ トグ ラ フ ィーは最 適 な方 法 の ひ とつ といえ る。
ここ では 絵 画用 絵 具 を 含 む塗 料 一 般 に広 く使 わ れ て い るア ル キ ド絵 具 を と りあ げ, 今 までほ とん ど検 討 の 対 象 に な っ てい なか っ た無 機 ・有機 の顔 料 の 存 在1)を 考 慮 に い れ なが ら,通 常 の熱 分 解 ガス ク ロマ トグ ラフ ィー,並 び に あ らたに 注 目を集 め て い る 反 応熱 分 解 を利 用 す る熱 分 解 ガス ク ロマ トグ ラ フ ィーの ひ とつ,TMAH共 存 下 に お け る熱 分 解 ガス ク ロマ トグ ラ フ ィー の両方 の可 能 性 を 追 究 して い く。 最 終 的 に は,ア ル キ ド絵 具 に と どま らず 博物 館や 美 術 館 で遭 遇 す る新 しい 素 材一 般 に 通 用 す る分 析 ・ 識 別法 の プ ロ トコ ール を見 い だす ため の 基礎 研 究 と した い 。
1.ア ル キ ド絵 具
1.1.ア ル キ ド樹 脂 の 概 要
̀Pル キ ド樹 脂 と は 多 価 ア ル コ ー ルalcoolと 多 塩 基 酸acidの 縮 合 重 合2)に よ っ て で き た 樹 脂 の 総 称 で,ポ リエ ス テ ル 樹 脂 の 一 種 で あ る 。 も っ と も よ く使 用 され て い る 多 価 ア ル コ ー ル は グ リ セ リ ン,多 塩 基 酸 は 無 水 フ タ ル 酸 で あ る 。 こ の ふ た つ の 縮 合 で で きた 樹 脂 が 一 番 簡 単 な ア ル キ ド樹 脂 と い え る が,こ の よ うな 樹 脂 は 塗 料 と し て 使 用 す る に は 脆 く硬 す ぎ る 上,通 常 の 有 機 溶 剤 に 溶 け な い 欠 点[NYLEN et al.1965】 が あ る。
そ こ で 三 番 目 の 成 分 を 加 え る こ と で こ の 欠 点 を 改 良 す る こ と が お こ な わ れ る 。 現 在, ニ ス や 絵 具 の 素 材 と して 使 用 され て い る乾 性 ア ル キ ド樹 脂 の 主 要 成 分 は 次 の よ う な も の で あ る 【GxarrDOU et a!.1966】 【HORIE I987」。
・多 価 ア ル コ ー ル:グ リセ リ ソ ま た は ペ ン タ エ リス リ トー ル
・多 塩 基 酸:各 種 フ タ ル 酸,と く に オ ル トフ タ ル 酸 あ る い は イ ソ フ タ ル 酸
・乾 性 油3)あ る い は 脂 肪 酸
1)専 門家 用 絵 具 に 含 まれ て い る合 成 有 機 顔 料 を 熱 分 解 ガ ス ク ロマ トグ ラ フ ィ ーを 用 い て分 析 した 例 と して は,【SoNoDA 1987][$ONODA BI Q/.1993】 が あ る。
2) 高分 子(分 子 量 の 非 常 に 大 きい分 子)を 合 成 す る反 応 の ひ とつ。 縮 合(二 個 以 上 の 分 子 間 で 簡 単 な化 合 物 を 分 離 して で きる結 合)の 繰 り返 しに よる 高分 子 化 を さす 。 ア ル コ ール と酸 か ら水 が分 離 して縮 合 生 成 す るの が エ ス テ ル で,多 価 アル コ ール と多塩 基 酸 の場 合 は 縮 合 重 合 して ポ リエ ス テル が生 成 す る。
3)乾 性 油 は,化 学 的 に み る と脂 肪 酸 と グ リセ リ ソの エ ス テ ル で あ る。
国立民族学博物館研 究報告 22巻2号
い うな れ ぽ完 全 な合 成樹 脂 とい う よ り,乾 性 油 で変 性 した 合成 樹 脂 とい え る。
下 記 に ア ル キ ド樹 脂 の 開発 に関 係 深 い事 項 の略年 表 【GRANDouε'α1.19661を あげ てみ た が,周 辺 領 域 の工 業 や 科 学 の発 展 を よ くあ らわ してい る。 構 成 成 分 の 同定 を と お して,調 査 の対 象 とす るア ル キ ド樹 脂 が使 用 され た年 代 を 推定 す る こと もで き るで あ ろ う。
1901 グ リプ タ ル樹 脂(フ タ ル 酸 グ リセ リ ソ)
1914 グ リプ タ ル樹 脂 の 脂 肪 酸(オ レイ ン酸)に よ る 変 性 1914 グ リプ タ ル樹 脂 の ヒ マ シ 油 に よ る 変 性
1916 蒸 気 法 に よ る無 水 フ タ ル 酸
1920 セ ルmズ 系 ニ ス に お け る ア ル キ ド樹 脂 の 使 用 1927 ア ル キ ド樹 脂 の 乾 性 油 に よ る変 性
1932 ア ル キ ド樹 脂 と フ ェ ノ ー ル ・ホ ル マ リ ソ樹 脂 との 共 縮 合 1937 ペ ン タ エ リス リ トー ル の 工 業 生 産 開 始
1938 ア ル キ ド樹 脂 と ウ レ ア ・ホ ル マ リ ソ樹 脂 と の 共 縮 合 1942 ス チ レ ソ変 性 ア ル キ ド樹 脂
1947 合 成 グ リセ リ ン
1956 イ ソ フ タ ル 酸 の 工 業 生 産 開 始
ア ク リル や ア ル キ ドな ど の 合 成 樹 脂 は1930年 代 か ら塗 料 の 素 材 と し て 使 用 され て い る 。 な か で も 今 日,ア ル キ ド樹 脂 の 需 要 は 非 常 に 高 い 。 塗 料 の 総 生 産 量 の お お よ そ 三 分 の 二 を 合 成 樹 脂 系 の 塗 料 が し め(表1a),そ の うち の 約 三 分 の 一 が ア ル キ ド樹 脂 系 で あ る(表1b)【 通 商 産 業 大 臣 官 房 調 査 統 計 部(編) 1992,1995】 。 従 来 の 油 あ る い は コ パ ー ル ニ ス の 代 替 品 と し て 木 材 用 ニ ス に 使 用 さ れ る こ と も あ る[M肌Setat.
1987)と と も に,シ ル ク ス ク リー ン用 の イ ソ ク と して の 用 途 も多 い 【 森 田 19861。
絵 画 用 に は20世 紀 の 中 頃 か ら 使 用 が 始 ま っ た 。1950年 代 に,「 リ ク イ ン」1iquin,「 ウ ィ ン ジ ェ ル 」wingel,「 オ レオ パ ス ト」oleopasto(い ず れ も ウ イ ソ ザ ー ア ン ドニ ュ ー ト ンWinsor&Newton社)の 商 品 名 で 三 種 の ア ル キ ドメ デ ィ ウ ム が,油 絵 具 の 補 助 剤 と して 市 販 さ れ た の で あ る 。 製 造 会 社 の パ ン フ レ ッ ト 【WINSOR&NEWTON 年 月 日 不 詳a]に よ る と,い ず れ も ペ ン タ エ リス リ トー ル と無 水 フ タ ル 酸 の ア ル キ ド樹 脂 で あ り,違 い は ペ ー ス トの か た さ と い う。 「リ ク イ ソ」 は も っ と も流 動 的 で あ り,「 ウ ィ ン ジ ェ ル 」 は 揺 変 性4)が あ り,「 オ レ オ パ ス ト」 は 厚 塗 り に む く と い う特 徴 が あ る。
4) チ キ ソ トロ ピー と もい う。か き混 ぜ る こ とな どに よ って ゲルが 流 動 性 の あ る ゾル に 変 わ り,
放 置 して お くと元 の ゲル に戻 る性 質 を さす 。
園 田 合成素材の分析 ・識別法に関す る基礎研究
表1 a.塗 料 の 品種 と生 産 構 成 比(単 位 千 トソ,数 字 の 単位 未 満 は 四捨 五 入) 【 通 商 産 業 大 臣 官房 調 査 統 計 部(編) 1992,1995】
品種 1991 1992 1993 1994 1995
塗料 2115 Za62 1955 zoo6 1992
[内訳]
・油性 塗 料 16 14 12 12 10
・ ラ ッ カ ー
45 41 37 36 35
・電気 絶 縁 塗 料 44 40 40 44 46
・合成 樹 脂 塗 料 1459 1434 1355 1382 1371
(溶液系塗料 954 931 8S9 875 s6a>
(水系塗料 382 374 363 373 376)
(無溶液系塗料 123 129 132 133 131)
・無 機 質 塗料 9 8
8 ・9 10
・そ の 他 の塗 料 65 59 53 51 48
・ シ ソ ナ ー
438 427 415 436 435
・関 連 製 品 36 36 32 34 35
表1 b。合 成 樹 脂 塗料 の品 種 と生 産構 成 比(単 位 千 トン,数 字 の 単位 未 満 は 四捨 五 入) 【 通 商 産業 大 臣官 房 調 査 統計 部(編) 1992,1995】
品種 1991 1992 1993 1994 1995
合成樹脂塗料 1459 1434 1355 1382 1371
[内訳]
・溶液 系 塗 料 954 931 859 875 862
(ア ル キ ド樹 脂 系 ニ ス ・エ ナ メ ル 64 60 54 55 53)
(アルキ ド樹 脂 系調 合 ペ イ ン ト 78 76 69 68 63)
(アルキ ド樹 脂 系 さ び止 め ペ イ ン ト 92 88 79 76 76)
(ア ミノ ア ル キ ド樹 脂 系 165 152 131 129 127)
(ビ ニル樹 脂 系 34 34 30 28 25)
(ア ク リル樹 脂 系 ・常温 乾 燥 84 80 80 83 82)
(ア ク リル樹 脂 系 ・焼 付乾 燥 57 55 49 48 50)
(エ ポ キ シ樹 脂 系 タ ー ル エ ポ キ シ 型 23 24 26 26 25)
(エ ポ キ シ 樹 脂 系 ニ ス ・エ ナ メ ル 88 90 85 90 91)
(ウ レ タ ソ樹 脂 系 ・一 液 型 8 8 7 8 8)
(ウ レタ ン樹 脂 系 ・多 液型 99 102 98 111 iis)
(不飽和 ポ リエ ス テ ル樹脂 系 29 28 26 25 26)
(塩化 ゴ ム系 17 17 17 15 15)
(船底塗料 19 20 17 16 16)
(そのほ か 89 89 84 89 84)
・水 系塗 料 382 374 363 373 376
・無 溶剤 系 塗 料 123 129 132 133 131
国立 民族学博物館研究報告 22巻2号 これ らの補 助 剤 を 油 絵 具 に添 加 す る こ とで,油 絵 具 は よ り流 動 的 に な り扱 いや す くな る。 また乾 燥 も促 進 され る。 乾 いた の ち形 成 され る絵 具 の膜 も よ り丈 夫 で柔 軟 に な る た め,ひ び割 れ もお こ りに くい。
そ の 後,同 絵 具 製 造 会 社 は メ デ ィ ウ ム だ け で な く,ア ル キ ド絵 具 【WINSOR&
NEWTON年 月 日不 詳b】そ の もの の市 販 を開 始 した。1976年 に英 国 で販 売 し,一 年 後 に ア メ リカで 売 り出 してい る。 ア ル キ ド絵 具 は従 来 の油 絵 具 に比 べ る と乾燥 が早 い5)た め,塗 った 約 一 時 間 後 に は重 ね 塗 りが で き る 。 分 散 液 系 の ア ク リル絵 具 や ビ ニル 絵 具6)と 異 な り,乾 い た後 も しぼ ら く も との溶 剤 に 可 溶 な た め(乾 燥 が 溶 剤 の 蒸発 に よ る もの で,樹 脂 の重 合 が あ ま り進 ま な い ま で の間),絵 具 の微 妙 な混 ぜ 合 わ せ が 可 能 で 油絵 具 に 似 た効 果 が だ せ る。完 全 に乾 燥 した後 は,も との溶 剤 に 溶 け な い丈 夫 な 絵 具層 を形 成 す る。
つ け 加Z..ると今 日で は,少 量(5%程 度)の アル キ ド樹 脂 を 油絵 具 に混 入 し油絵 具 の 乾 燥 を調 節 す る こ と もお こな わ れ て い る。 また,速 乾 性 に す る ため の市 販 の メデ ィ
ウムに含 まれ て い る こ と もあ る 【 森 田 1986]。
1.2.合 成 有 機 顔 料 の概 要
ノ
もの に 色 を与 え る物 質 を総 称 して 色 材 と よび,大 き く染 料 系 と顔料 系 とに分 け られ る。 この ふ たつ の違 い は前 者 が 展 色 剤7)に 溶 解 して し ま うの に対 し後 者 は溶 解 せ ず に 分 散 して い る点 に あ る。 色材 の歴 史 は,19世 紀 半 ぽ,化 学 の発 展 に伴 い大 き な転 換 期 をむ か え,様 々 な合 成 の もの が生 まれ た 。 な か で も有 機 顔料 の台 頭 は め ざ ま しい。 そ の うち今 日,塗 料 に使 用 され て い る のは 主 と して,ニ トロ ソ系,ア ゾ系,フ タ ロシア ニ ン系,オ キ サ ジ ン系,ア ン トラキ ノ ン系,キ ナ ク リ ドソ系 な どで あ り,中 で も ア ゾ 系 の顔 料 が 圧倒 的 に 多い 【 日本顔 料 技 術 協 会(編) 1989]【ホル ベ イ ソ工 業 技 術 部(編) 1991H園 田 1995】 。 ア ゾ系 顔 料 は ジ ア ゾ成 分 とカ ップ リ ング成 分 と よぼ れ るふ た つ の成 分 で で きて お り}そ の組 み 合 わせ 次 第 で 黄 色,オ レソ ジ色,赤 色 に お よぶ色 帯 域 の 多種 多 様 の 色 調 が随 意 にで るか らで あ る。
5)油 絵 具 は,乾 性 油 が 空 気 中 の酸 素 と結 び つ くこ とで,ゆ っ く りと化学 的 に 固化 乾 燥 して い く。 ア ル キ ド絵 具 の 乾 燥 の メ カ ニズ ム も 同様 だ が,構 成 成 分 の一 部 が 最初 か ら重 合 し,す で に 高分 子 にな って い る ため,乾 燥 時 間 が短 縮 され る。
6)現 在,専 門 家 用 に 市 販 され て い る ア ク リル絵 具 や ビ ニル絵 具 の大 半 は 分 散液 で あ る。 分 散 液 で は 合成 樹 脂 の小 さな 固 体 が 水 中 に浮 遊 して い る状 態 に あ る。 水 が 蒸 発 す る と,合 成 樹 脂 の粒 子 が互 い に くっつ きあ って 塗膜 を形 成 す る。 合 成 樹 脂 は も とも と水 に 溶 け て い たわ け で は な い の で,乾 燥 後 の塗 膜 は 水 に 溶 け な い。
7)塗 料 の成 分 の うち,顔 料 以 外 の もの を さす 。
園田 合成素材 の分析 ・識別 法に関す る基礎研究
顔 料 名 は 化 学 物 命 名 法 に よ る の が 正 式 で あ る が,合 成 有 機 顔 料 の 場 合 は と く に 長 く な り,非 常 に 分 か りに くい 。 そ こ で 一 般 的 に 用 い られ る の が,色 材 の 総 合 的 な 便 覧 と
して 世 界 的 に 知 ら れ る カ ラ ー イ ソ デ ッ ク ス[TxE SOCIETY OF DYERS AND COLOURISTS, THE AMERICAN ASSOCIATION OF TEXTILE CHEMISTS AND COLORISTS 1956,1975,1982】 の 表 記 方 法 で あ る 。 こ の 表 記 方 法 は ふ た つ の 部 分 に 分 け られ る 。 ひ と つ は 登 録 の 名 称 で あ り,こ れ に よ っ て ど の よ う な 色 な の か が 分 か る。 構 造 番 号 か ら は,そ の も の が ど の よ うな 化 学 成 分 で あ る の か が 明 ら か に な る 。 表2に カ ラ ー イ ソデ ッ ク ス の 構 造 番 号 の 分 類 を 示 す 。
ひ と つ 例 を あ げ る と,化 学 式 で は2‑Nitrop‑toluidine→Acetoacetanilide
と な る こ の 顔 料 は,カ ラ ー イ ソ デ ッ ク ス の 表 記 方 法 を 用 い る とPigment Yellow 1 (PY1)C.1.11680で あ る 。 Pigment Yellowと い う こ と か ら黄 色 の 顔 料 で あ る こ とが 分 か る 。 そ して 番 号 が11000か ら19999ま で の 間 に あ る こ と か ら,種i類 と して は モ ノ ア
ゾ系 の 顔 料 で あ る こ と が 分 か る 。
カ ラ ー イ ソ デ ッ ク ス に よ る 表 記 方 法 は,複 雑 な 化 学 式 を 有 す る合 成 有 機 顔 料 を 特 定 す る に は と く に 便 利 で あ る 。 絵 具 の ラ ベ ル に こ の 表 記 方 法 を 用 い る こ と も 広 ま っ て き た 。 本 稿 で も合 成 有 機 顔 料 の 特 定 に は この 表 記 方 法 を 用 い る こ と に す る 。
2.分 析 ・識 別 法
2.1.熱 分 解 ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー
ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー は 混 合 物 を 単 一 物 質 に 分 け て い く分 析 ・識 別 方 法 の ひ とつ で あ る。 こ の うち 試 料 を ガ ス 化 して 分 離 分 析 す る方 法 を と くに ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー と よ ん で い る 。 ガ ス 化 し に くい 試 料 の 場 合 に は,前 も っ て 化 学 的 な 処 理 を して 揮 発 性 の 高 い 物 質 に 変 え た り,不 活 性 ガ ス の 中 で 瞬 間 的 に 高 温 加 熱 した りす る 。 後 者 の よ う に 試 料 を 熱 で 分 解 し,そ の と き に 生 成 す る 物 質 を ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー と い う手 段 を 用 い て 分 離 分 析 して い く方 法 が 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー で あ る 。
ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー の 原 理 は 次 の よ うに な る。 装 置 と して は,ボ ソ ベ,試 料 気
化 室,カ ラ ム,検 出 器 が 直 列 に 並 ん で い る(図1)。 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー の場 合 に は,熱 分 解 装 置 が 試 料 気 化 室 の前 に くる。
気 化 室 に 注 入 され た 試 料(も し く は 熱 分 解 で 生 成 した 物 質)は,装 置 に 接 続 した ボ ンベ か ら送 られ て
くる不 活 性 の キ ャ リア ガ ス に 押 し 流 さ れ,カ ラ ム と よ ぼ れ る細 長 い 管 の 中 を 通 って い く。 試 料 を構 成 す る各 成分 は,カ ラ ムの 内壁 に コ ー テ ィ ソグ さ れ て い る 固 定 相 液 体 へ の 親 和 性 が そ れ ぞ れ 異 な る た め,
カ ラ ム を通 過 す る 時 間 に差 が 生 じ る。 カ ラ ムか らで て くる 各 成 分 を 検 出器 で 検 出 し,そ の量 を 時 間 と と も に記 録 計 に 記 録 す る。 こ の記 録 した もの を ク ロマ トグ ラ ム(熱 分 解 生 成 物 の 場 合 は,通 常,パ イ
ログ ラ ム)と よぶ 【 河 合 19871。
試 料 を 注 入 してか ら構 成 成 分 の ピ ー クの頂 点 が あ らわ れ る まで の 時 間 を保 持 時 間 と よび,実 験 条 件 が 一 定 で あ れ ば,そ の成 分 を 特 徴 づ け る 目安 とな る。 未 知 の 試 料 で
国立民族学博物館研究報告 22巻2号 表2 カ ラ ーイ ソデ ック スの 構造 番 号一 覧 表
構造番号 顔料の種類
10000‑10299
ニ ト ロ ソ10300‑10999
ニ ト ロ11000‑19999 モ ノ ア ゾ 20000‑29999 ジ ス ア ゾ 30000‑34999 ト リ ス ア ゾ
35000‑36999 ポ リ ア ゾ 37000‑39999 ア ゾ イ ヅ ク 40000‑40799 ス チ ル ベ ン
40800‑40999 カ ロ テ ノ イ ド 41000‑41999
ジ フ ェ ニ ル メタ ン 42000‑44999
ト リ ア リ ル メタ ン 45000‑45999 キ サ ン テ ン 46000‑46999 ア ク リ ジ ン 47000‑47999 キ ノ リ ソ
48000‑48999 メ チ ン と ポ リ メ チ ソ 49000‑49399 チ ア ゾ ー ル
49400‑49999 イ ン ダ ミ
ソ と イ ソ ド フ ェ ノ ー ルsOOOO‑so999 ア ジ ン
51000‑51999 オ キ サ ジ ソ 52000‑52999 チ ア ジ ソ 53000‑54999 硫化染料
SSOOQ‑‑55999 ラ ク ト ソ 56000‑56999 ア ミ ノ ケ ト ン 57000‑57999 ヒ ド ロ キ シ ケ
ト ン58000‑72999 ア ソ トラ キ ノ ン 73000‑73999 イ ソ ジ ゴ イ ド 74000‑74999 フ タ ロ シ ア ニ ソ 75000‑75999 天然系
76000‑76999 酸化染料
77000‑77999 無機系
も,そ の保 持 時 間 を,同 条件 で分 析 した既 知 の 標 準試 料 の保 持 時 間 と比較 す る こ と で, そ れ が何 で あ るか が推 測 で き る。 保持 時間 は さ ま ざま な因 子(カ ラム の長 さ,固 定 相 液 体 の種 類 や膜 厚,キ ャ リア ガス の 流 速,カ ラ ムの入 ってい る恒 温槽 の昇 温 プ ログ ラ ムな ど)に よっ て左 右 され る。 この た め分 析 す る試 料 の種 類 に 応 じた 実験 条 件 を設 定 す る こ と,そ して一 度 設 定 した 実 験 条 件 は厳 守 す る こ とが再 現 性 の あ るデ ー タを 得 る 上 で重 要 で あ る。 なお 検 出器 と して質 量 分析 器 を 用 い る と,ピ ー クの 保 持 時間 のみ な
らず イ オ ソ質量 がわ か るの で,同 定 は よ り確 実 に な る。
園田 合成素材の分析 ・識別法に関する基礎研究
図1 使用 した装置の概略 図
熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー は,高 分 子 化 学,生 化 学,有 機 地 質 学,法 化 学,食 品 科 学,環 境 科 学 を は じめ,各 種 工 場 で の ル ー チ ソ的 な 品 質 管 理 ・検 査 に 広 く使 用 さ れ て い る 。 合 成 高 分 子 の 定 性 ・組 成 分 析 法 と し て1954年 頃 か ら 使 用 さ れ て お り,と く に 最 近 に な っ て か ら の 関 連 機 器 の 開 発 や 改 良 は め ざ ま し い 。
こ の 方 法 を 初 め て 博 物 館 資 料 の 調 査 に 応 用 し た の は,お そ ら くプ リー クBreekと フ ロ ソ チ ェ スFroentj es【BREEK etα1.1975]で あ る 。 フ ァ ン ・ メ ー ヘ レ ンVan Meegerenの 描 い た フ ェル メ ー ルVermeerや ピ ー テ ル ・デ ・ホ ッ ホPeter de Hooghの 贋 作 が 問 題 に な った と き,フ ァ ソ ・メ ー ヘ レ ソ の ア ト リ エ に 残 っ て い た 樹 脂 と,問 題
に な っ て い る 絵 画 に 使 用 さ れ て い る 樹 脂 の い ず れ もが20世 紀 に 発 明 さ れ た 合 成 樹 脂 で
あ る こ とを 分 析 を と お して 証 明 し,贋 作 と贋 作 製 作 者 を 科 学 的 に 結 び つ け た 。
保 存 ・修 復 に 使 用 され て い る 合 成 樹 脂 の 分 析 例 と し て は,ド ・ ヴ ィ ッ トDe witte
国立民族学博物館研究報告 22巻2号
ら の パ ラ ロイ ドParaloid B72(文 化 財 の 修 復 に 広 く使 用 され て い る ア ク リル 樹 脂)の 旧 タ イ プ と新 タ イ プ の 分 析[DE WITTE 2t lzl.1978】,ド ・ヴ ィ ッ トと テ ル フTerfveの 合 成 の ニ ス や 絵 具,接 着 剤 に 含 ま れ て い る 可 塑 剤 の 分 析 【DE WITTE 2f QI.1982】 が あ げ られ る 。
熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー を 博 物 館 の 資 料 調 査 に 応 用 した 事 例 は,1989年 に シ ェ ド リ ソ ス キ ーShedrinskyら が ま と め て い る[SHEDRINSKY 2t UL.1989b】 の で 参 考 に な る 。
フ ラ ン ス 博 物 館 科 学 研 究 所Laboratoire de Recherche des Musees de Franceで は 1980年 代 後 半 か ら,絵 画 材 料 と して 使 用 さ れ て い る合 成 樹 脂(ア ク リル 樹 脂,酢 酸 ビ ニ ル 系 樹 脂,ケ トソ樹 脂 な ど)の い ず れ で も 分 析 が 可 能 な 汎 用 的 な 実 験 条 件 を 検 討 し て い る 【SoNoDA 1987][Sorrona et al.1990】 【 園 田 1991】。 欧 米 で は 必 要 が 認 め られ れ ぽ 絵 画 か ら 絵 具 を 一 部 採 取 して 調 査 す る こ と が 許 され る が,そ の 量 は 当 然 の こ と な が ら極 微 量 で あ る た め,一 般 に 広 く使 用 さ れ て い る 素 材 で あ れ ぽ ど の よ う な も の で も 同 定 可 能 な 実 験 条 件 を 設 定 し て お く必 要 が あ る た め で あ る 。 専 門 家 用 絵 具 の 分 析 を と お し て,合 成 の 顔 料 の うち 種 類 が も っ と も豊 富 で,専 門 家 用 絵 具 に も 多 種 類 含 ま れ て い る ア ゾ 系 の 顔 料 の 場 合 は 樹 脂 と の 同 時 検 出 が 可 能 で あ る こ と も 分 か り 【SONODA l987】[SoNoDA et al.1993】,近 代 絵 画 の 技 法 や 修 復 に 関 す る 調 査 に 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー が 応 用 さ れ る よ う に も な っ て き たIRIoux et al.1989】 【SoNoDA et al. 1993]0
2.2.TMAH共 存 下 に お け る 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー
しか し熱 分 解 ガス ク ロマ トグ ラ フ ィーで 全 て の 合成 素 材 の分 析 ・識 別 が 可能 とい う わ け で は ない 。 た とえぽ 熱 分 解 しに くい もの,あ るいは 熱 分 解 に よ って 非 常 に極 性 の 高 い物 質 を生 成 して しま うよ うな もの には,こ の方 法 は 適 して い な い。 また ア ル キ ド 樹 脂 の よ うに 熱 分 解す る と数 多 くの物 質 を 生 成 して しま うもの は,分 析 結 果 の 解析 が 困 難 で あ る。
試 料 の処 理 方 法 として こ こ数 年 注 目 され て い る もの に反 応 熱 分 解 が あ る。 反 応 熱 分 解 とは,試 料 と誘 導 体 化試 薬 を共 存 させ る こ とに よ って熱 分 解 と同時 に(あ るい は 前 後 して)化 学 反 応 を お こさ せ る方 法 で あ る。 他 の 余 分 な実 験 手 順 を必 要 とせ ず に 熱 分 解 装 置 内 で反 応 を お こ させ る こ とが で き るため,試 料 の ロスお よび コ ンタ ミネ ー シ ョ
ソの危 険 が少 ない とい う利 点 が あ る[KOSSA et al.1979】 。 代 表 的 な誘 導 体 化試 薬 に 水
酸 化 テ トラ メチ ル ア ンモ ニ ウム(TMAH)が あ る。 熱分 解 の と きに試 料 とTMAHを
園田 合成素材 の分析 ・識別法に関す る基礎研究
共 存 さ せ る と,加 水 分 解 と メ チ ル 誘 導 体 化 が お こ る と い わ れ て い る 【CHALLINOR 1994】。 熱 分 解 生 成 物 が 単 に メ チ ル 誘 導 体 化 す る と い うわ け で は な い 。
反 応 熱 分 解 を 利 用 し た 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー は,1989年 に チ ャ リ ノ ー Challinorに よ っ て 効 果 的 な 誘 導 体 化 試 薬 の 添 加 方 法 が 提 唱(分 析 対 象=ポ リエ ス テ ル,フ ェ ノ ー ル 系 接 着 剤,各 種 添 加 剤)[CHALLINOR 1989】 さ れ て か ら 大 い に 広 ま っ た 。 そ の 後,各 種 の 合 成 樹 脂(建 物 用 ア ル キ ド樹 脂 【C肌 肌‑NOR 1991a1;ポ リ エ ス テ ル,UV吸 収 剤,フ ェ ノ ー ル ・ホ ル マ リソ樹 脂,脂 肪 酸,ワ ッ ク ス,灯 油,蛋 白 質
【CHALLINOR l991b】;コ ロ ホ ニ ウ ム を 含 む 合 成 樹 脂 【C肌LINOR 1993】)の 組 成 分 析 に 適 用 さ れ て い る 。
ア ン ダ ー ソ ソAndersonら や ハ ー デ ルHardellは 天 然 樹 脂[ANDERSON@t RI.1991]
【HARDELL 1993],キ ア バ リChiavariら は 絵 具 の 展 色 剤(卵 黄,卵 白,リ ン シ ー ド油, ニ カ ワ,カ ゼ イ ン)【Cxiavaxi et al.1993】 の 分 析 に 同 方 法 を 用 い て い る 。 ま た,ブ ー
ンBoonら は 地 塗 り層 の 分 析 に 最 近 応 用 した 【Boox et al.1996】 。
ま た,木 材 の 分 析 に も 同 方 法 が 応 用 さ れ 始 め て い る(針 葉 樹,ヨ ー ロ ッパ 産 広 葉 樹, オ ー ス トラ リア 産 ユ ー カ リ 【CHALL‑NOR 1995】;ダ グ ラ ス 杉 の リ グ ニ ン 【IVICKINNEY et al.1995】;竹,マ ツ,ブ ナ の リ グ ニ ソ 【MaxTix et al.19951)。
表3に,本 稿 に 関 連 す る,熱 分 解 ガ ス ク ロマ トグ ラ フ ィ ー,お よ び,反 応 熱 分 解 を 利 用 した 熱 分 解 ガ ス ク ロマ ト グ ラ フ ィ ー 関 係 の 論 文 を ま と め た 。
3.今 回使 用 した実験 条 件
3.1.熱 分 解 お よ び 反 応 熱 分 解
熱 分 解 装 置 は エ ス ・ジー ・イ ーSGE社 のパ イ ロ ジ ェ クタ ー 皿型 を,熱 分 解 お よび 反 応熱 分 解 の両 方 に用 い た。
試料 の形 態 は,塗 膜 状(樹 脂,絵 具 の場 合)あ る いは 粉 状(顔 料 の場 合)の 二 とお りで あ る。 いず れ の 形 態 で も石 英製 の 毛細 管(長 さ50mm,内 径0.53 mm)を 使 用 し,熱 分 解 ガス ク ロマ トグ ラ フ ィー の場 合 は試 料 の み,TMAH共 存下 に お け る熱 分 解 ガ ス ク ロマ トグ ラ フ ィーの場 合 は試 料 と試 薬(TMAH 25%水 溶 液)を 毛細 管 の 中 に入 れ る。 毛細 管 は 試 料 ご とに新 しい ものを 使 用 して い る。
試 料 を 入 れ た毛 細 管 を 熱 分解 装 置 の上部 に と りつ け た試 料 ホル ダ ーの先 端 に と りつ
け る。試 料 ホ ル ダ ー を上 に ひ き あげ た 状 態(図2a)で は 毛 細 管 は 常 温 部 分 に あ る。
国立民族学博物館研究報告 22巻2号 表3 熱 分 解 ガス ク ロマ トグ ラ フ ィ ー,お よび 反 応 熱 分 解 を 利 用 した 熱 分 解 ガ ス ク ロマ トグ ラ フ ィ ーに よる分 析 例
F
分析の対象 と 文献
な った もの 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ 反 応熱分解を利用 した熱
ブ イ ー
分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ
イ ー
〈天 然 の素 材 〉
油脂
Stolow et al.1973 Chiavari et al.1993Rogers 1976 Carbini et al.1994
天然樹脂
Stolow et al.1973 Anderson et al.1991Rogers 1975 Hardell 1993
Shedrinsky et al.1987/88 Shedrinsky et al.1993 Chiavari et at.1995
卵
Stolow et al.1973 Chiavari et al.1993Rogers 1976 Carbini et al.1994
ゼ ラ チ ン,ニ カ ワ Stolow et al.1973 Chiavari et al.1993 Rogers 1976
上記 以外 の蛋 白質
Chiavari et al.1992 Challinor 1991bま た は ア ミ ノ 酸
Boon et al.1987 Chiavari et al.1993ガ ム
Stolow et al.1973Derrick et a1.1990
ワ ヅ ク ス Shedrinsky et al,1989a Challinor 1991b
絵 画 か らのサ ン プル
Stolow et al.1973 Boon et al.1996木材
Challinor 1995Martin et al.1995 McKinney et al.1995
考古資料
Chiavari et al.1991Shedrinsky et al.1991
〈合 成 の 素 材 〉
合成樹脂
Breek et al.1975 Challinor 1989De Witte et al.1978 Challinor 1991a De Witte et al.1982 Challinor 1991b Challinor 1983 Challinor 1993 Sonoda 1987
Sonoda et al.1990
園 田1991
Mestdagh et al.1992 Shedrinsky et al.1993
可 塑 剤,添 加剤
De Witte et al.1982 Challinor 1989 Challinor 1991b合成有機顔料,絵 具
Sonoda et al.1993絵 画 か らの サ ンプ ル
Breek et al.1975 Sonoda et al.1993園田 合成素材の分析 ・識別法に関する基礎研究
図2 熱分解装置 の概略図
分 析 開 始 と 同 時 に 試 料 ホ ル ダ ー を 下 に お す と,毛 細 管 は 熱 分 解 装 置 内 の 石 英 ラ イ ナ ー の 中 央 部 分 に は い り(図2b),あ ら か じめ 設 定 し た 熱 分 解(あ る い 反 応 熱 分 解)温 度 に 一 瞬 の うち に 加 熱 さ れ る。
熱 分 解 は,今 ま で の 実 験 条 件ISoNoDA 1987][SONODA et al.1990】 【 園 田 1991】
[SoNoDAθ'α1.1993]と 同 じ650。Cで お こ な っ た 。 反 応 熱 分 解 の 温 度 は,「 リク イ ン」
を 例 に 予 備 実 験 を 重 ね た 結 果,未 反 応 物 の 残 ら な い 最 低 温 度 と い う こ と で 同 じ く 650。Cと し,試 薬 の 量 は ア ル キ ド樹 脂 試 料 約5〜10μgに 対 し1,ulと した 。
未 反 応 物 の 有 無 を 確 認 す る た め,試 料 を650。Cで 通 常 の 熱 分 解(あ る い はTMAH 共 存 下 で の 熱 分 解)し た 後,800。Cで 再 加 熱 す る 。 そ の 後,毛 細 管 を 取 り出 し,内 部 を 実 体 顕 微 鏡 で 観 察 し,残 渣 が あ る か 調 べ る 。
3.2.ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー
使 用 した 装 置 は ヒ ュ ー レ ッ ト ・パ ッ カ ー ドHewlett&Packard社,6890型 の ク ロ マ
トグ ラ フ で あ る 。 検 出 器 は 水 素 炎 イ オ ソ化 検 出 器8),キ ャ リ ア ガ ス は ヘ リ ウ ム を 用 い
8) カ ラ ムか らで て く る各成 分 を 水 素 炎 中 で燃 焼 させ,イ オ ン化 させ る。 こ の とき生 じた イ オ
ン電 流 を増 幅 して 記 録 す る。 有 機 化 合 物 の検 出 に は,水 素 炎 イ オ ン化 検 出器 が 最 も一 般 的 に
使 用 され る。
国立民族学博物 館研究報告 22巻2号
た 。 分 析 結 果 の デ ー タ 処 理 は,ベ ク トラVL4型 の コ ン ビ,z タ を 用 い,ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ用 ケ ミ ス テ ー シ ョ ソを 利 用 した 。
キ ャ ピ ラ リ ー カ ラ ムは ク ロ ム パ ッ クChrompack社 のCPSil 8CB(フ ェ ニ ル5%, ジ メ チ ル シ ロ キ サ ン95%,内 径0.32mm,固 定 相 の 膜 厚0.4μm)を 用 い た 。 チ ャ リ ノ ー は,こ れ よ りや や 極 性 の 強 いDB‑1701(7%シ ア ノ プ ロ ピ ル,7%フ ェ ニ ル, 86%ジ メ チ ル シ ロ キ サ ン)(J&W社)を 用 い て い る が,こ の 場 合 に は カ ラ ム の 使 用 最 高 温 度 が 低 く な っ て し ま う。 こ こ で は 合 成 有 機 顔 料 の 熱 分 解 に よ る 分 析 を 想 定 して い る た め,な る べ く高 温 ま で 昇 温 で き る よ うに,微 極 性 の 固 定 相 液 体 で コ ー テ ィ ン グ し た カ ラ ム を 選 択 した の で あ る 。 カ ラ ム の 全 長 は30mと した が,25mの 先 に5mの カ ラ ム を つ け る こ と で,万 が 一 カ ラ ム を 汚 染 した 場 合 は 先 の 部 分 を 付 け 替 え られ る よ う に 配 慮 し た 。 今 ま で の 実 験 か ら,有 機 顔 料 の 種 類 に よ っ て は 熱 分 解 ガ ス ク ・マ トグ ラ フ ィ ー で 分 析 不 可 能 で あ る だ け で な く,顔 料 の 微 粉 末 が 付 着 し装 置 を 汚 染 す る原 因 と な る(お そ ら く熱 分 解 され る 前 に 昇 華9)し て し ま うた め)こ と が 考 え ら れ る か ら で あ る 。
実 験 条 件 を 設 定 す る に あ た っ て カ ラ ム の 分 離 効 率 を あ ら わ す 指 標 と し て 用 い られ る HETP(理 論 段 高 さ)と キ ャ リ ア ガ ス 流 速 との 関 係 を 調 べ た と こ ろ,キ ャ リア ガ ス の 流 速 が お お よ そ 毎 秒14か ら36cmの あ い だ,す な わ ち 毎 分 約0.6か ら2mlの 間 で あ れ ば 分 離 効 率 が よ い こ と が 分 か っ た 。 今 回 の 実 験 条 件 で は,温 度 に 関 係 な く キ ャ リア ガ ス の 流 速 は 毎 分1mlに 設 定 して い る 。
注 入 シ ス テ ム は,ス プ リ ヅ ト/ス プ リ ッ ト レス で あ る 。 ス プ リ ッ ト レ ス 方 式 を 選 択 す る と 全 量 を 注 入 で き る 利 点 が あ る が,ス プ リ ッ ト方 式 の 方 が 極 微 量 の 試 料 を 再 現 性 よ く注 入 で き る。 こ こ で は ス プ リ ッ ト方 式 を 用 い,ス プ リ ッ ト比 は1:30と し た 。 熱 分 解 あ る い は 反 応 熱 分 解 で 生 成 す る物 質 を 速 や か に 試 料 気 化 室 に 導 入 す る た め に,パ ル ス ド注 入 モ ー ド(試 料 注 入 時 か ら30秒 間 の み キ ャ リ ア ガ ス の 圧 力 を0.35×105パ ス カ ル か ら0.7×105パ ス カ ル に 倍 増)を 併 用 した 。
熱 分 解 あ る い は 反 応 熱 分 解 で 生 成 す る さ ま ざ ま な 物 質 に 対 応 で き る よ う,カ ラ ム の 入 っ て い る 恒 温 槽 の 昇 温 プ ロ グ ラ ム は 次 の よ うに し た 。40。Cか ら300。Cま で 毎 分 10。Cで 昇 温 し,分 析 が 終 わ る ま で 最 終 温 度 を 保 つ 。 試 料 気 化 室 の 温 度 は290。C,検 出 器 の 温 度 は300。Cで あ る。
こ の 実 験 条 件 下 に お い て,通 常,分 析 に 有 す る 時 間 は30分 程 度 で あ る 。
基 礎 研 究 の 段 階 で は 質 量 分 析 器 は 併 用 して お らず,ピ ー ク の 同 定 は 保 持 時 間 を も と
9)物 質 が 固相 か ら液相 を経 ず に 直接 に気 化 す る こ とを さす 。
園田 合成素材の分析 ・識別法に関する基礎研究
に お こな った(主 要 ピー クの保 持 時 間 の平 均 値 に 対 す る相 対 誤 差 は,信 頼 率95%に お い て,お お よそ0.1%で あ った)。
ア ル キ ド樹 脂 に 由 来 す る ピ ー ク の 同 定 は,す で に 発 表 さ れ て い る 文 献
【CHALHNoR 1989,1991alか ら生 成 が予 測 で き る物 質 に 関 しては,そ の物 質 の標 準試 料 を 同 じ実 験条 件 下 であ らか じめ 分 析 し,保 持 時 間 を 測定 した 。 す な わ ち,熱 分 解 で 生成 す る可 能 性 の あ る無 水 フタ ル酸 は,直 接 ガ ス ク ロマ トグ ラ フに か け て保 持 時 間 を も とめ た。 グ リセ リン,ペ ソタ エ リス リ トー ル,各 種 フ タル酸,ア ゼ ライ ソ酸,そ の ほ か 代表 的 な 脂肪 酸 か ら反 応熱 分 解 で 生 成す る物 質 に 関 して は,こ れ らの標 準 試 料 を TMAHと ともに前 も って分 析 し,あ らわれ る ピー クの 保持 時 間 を も とめ た。
合成 有 機 顔 料 の場 合 は,通 常,熱 分 解 あ る いは 反 応 熱 分解 の いず れ で も複 数 の ピー クが 検 出 され るが,そ れ ぞ れ が何 に相 当 す るのか は まだ 分 か って い ない。 顔 料 を 特徴 づ け るに あた って は,既 知 の標 準 試 料 を前 も って熱 分 解 あ るい は 反 応熱 分 解 で分 析 し, そ の と き得 られ た特 徴 的 な 複 数 の ピー クの保 持 時 間 と総 合 的 に比 較 した 。
4.熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー に よ る 分 析
4.1.ア ル キ ド メ デ ィ ウ ム の 分 析
三 種 類 の ア ル キ ドメ デ ィ ウ ム を 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー で 分 析 した 結 果 の パ イ ロ グ ラ ム を 図3に 示 す 。
保 持 時 間13.5分 付 近 に あ ら わ れ る大 き な ピ ー ク は,オ ル ト フ タ ル 酸 系 の ア ル キ ド樹 脂 の 代 表 的 な 熱 分 解 生 成 物 と して 知 ら れ る 無 水 フ タ ル 酸 で あ る 【C肌LINOR l983】。
無 水 フ タ ル 酸 よ り前 に で る 一 連 の ピ ー クは,い ず れ の パ イ ロ グ ラ ム に も 共 通 し て い る 上,そ の 大 半 は 油 絵 具 の パ イ ロ グ ラ ム に も み ら れ る の で,乾 性 油 か ら の 熱 分 解 生 成 物 と推 測 で き るio)〇三 つ の パ イ ロ グ ラ ム を 比 較 す る と,一 番 顕 著 な 違 い は 無 水 フ タ ル 酸 以 降 に あ ら わ れ る 後 半 の ピ ー クだ が,そ れ ぞ れ が 何 に 由 来 す る の か は 判 明 し て い な い 。 い ず れ の メ デ ィ ウ ム も オ ル ト フ タ ル 酸 系 の ア ル キ ド樹 脂 で あ る こ と は 推 測 で き る
が,そ れ 以 上 の 詳 しい 同 定 は 困 難 で あ る 。
10) 油 絵 具 の 熱 分 解 ガ ス ク ロマ トグ ラ フ ィ Yrよ る分 析 に 関 して は,フ ラ ソス博 物 館科 学 研 究
所 で お こな われ た 未 発表 の研 究 が あ る。
国立民族学博物館研究報告 22巻2号
図3 ア ル キ ドメ デ ィ ウ ム(ウ ィ ン ザ ー ア ン ド ニ ュ ー ト ソ)の 熱 分 解 ガ ス ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー に よ る 分 析
(a)「 リ ク イ ン 」 の650。Cに お け る パ イ ロ グ ラ ム (b)「 ウ ィ ソ ジ ェ ル 」 の650。Cに お け る パ イ ロ グ ラ ム (c)「 オ レオ パ ス ト」 の650。Cに お け る パ イ ロ グ ラ ム AP 無 水 フ タ ル 酸
4.2.ア ル キ ド絵 具 の 分 析
顔 料 が 無 機 系 の ア ル キ ド絵 具 は,今 回 熱 分 解 ガ ス ク ロマ ト グ ラ フ ィ ー に よ る 分 析 の 対 象 と し て は い な い 。 と い うの も今 ま で 合 成 樹 脂 絵 具 を 同 じ よ う な 実 験 条 件 で 分 析 し た と こ ろ,い ず れ の 場 合 も展 色 剤 は 検 出 され る が,無 機 顔 料 の 検 出 は 不 可 能 だ っ た か
ら で あ る 【SoNoDA 1987】 【SONODA et al.1993】 。
有 機 顔 料 を 含 む ア ル キ ド絵 具 の 場 合,顔 料 の 存 在 が 展 色 剤 の 分 析 に 影 響 を 与 え る だ ろ うか 。 また,ど こ ま で 展 色 剤 と有 機 顔 料 の 同 時 検 出 が 可 能 で あ ろ うか 。 こ の 問 い に 答 え る た め,数 あ る ア ル キ ド絵 具 の 中 か ら,な る べ く多 く の 種 類 の 有 機 顔 料 が 含 まれ
る よ うに と選 択 した の が 表4aの 絵 具 で あ る 。
熱 分 解 ガ ス ク ロ マ トグ ラ フ ィ ー の 結 果 を ま と め て み る 。
(1)い ず れ の パ イ ロ グ ラ ム に も 共 通 して い る ピ ー ク は,展 色 剤 で あ る ア ル キ ド樹 脂
園 田 合成素材の分析 ・識別法に関する基礎研究
表4 分 析 の対 象 と した ア ル キ ド絵 具(ウ イ ソザ ー ア ソ ドニ ュ ー トソ社)
絵具名 絵 具 に 含 まれ て い る顔 料 の 種類
(絵具 会 社 の パ ンフ レ ッ トよ り) (a)有機 顔 料 を 含 む 絵 具
「ロ ン ド ソ イ エ ・ 一 」
PY1(11680)
「パ ー ミ リ オ ソ ヒ ュ ー 」
PR3(12120)
「ロ ン ド ン レ ツ ド 」
PR9(12460)
「パ ー マ ネ ソ トロ ー ズ 」 PV19{46500) PR83(58000)
「コ バ ル トバ イ オ レ ッ ト ヒ ュ ー 」
PR122(73915) PV23(51319) PW6{77891)
「ジ オ キ サ ジ ソパ ー プ ル 」 PV23{51319)
「フ タ ロ シ ア ニ ソ プ ル ー 」 PBIS{74160)
「セ ル リ ア ソ ブ ル ー ヒ ュ ー 」
PB15{74160) PG7(74260)
PB29{77007) PW6(77891)
「フ タ ロ シ ア ニ ソ グ リー ン」 PG7(74260)
「パ ー マ ネ ソ ト グ リ ー ソ ラ イ ト」 PBIS(74160) PY1(11680) PY3(11710) PW6(77891) PG23(77009) PG7(74260) (b)無 機 顔 料 の み を含 む 絵 具
「カ ド ミ ウ ム イ ェ ロ ー ラ イ ト」
PY37{77199)
「カ ド ミ ウ ム オ レ ソ ジ」 PO20{77199)
「ウ ル ト ラ マ リ ソ ダ ー ク」 PB29{77007)
「コ パ ル トブ ル ー 」 PB28(77346)
「プ ル シ ヤ ン ブ ル ー 」 PB27{77510)
「ビ リジ ア ソ」 PG18(77289)
「イ エ ・ 一 オ ー カ ー 」