要 旨
症例は 81歳女性。平成 17年に頸部リンパ節結核の治療歴がある。平成 21年8月肺結核の疑いで当院呼吸器 内科を紹介され入院。胸部X線・
CT写真で右上葉肺尖部に気管支拡張像を伴った浸潤影を認めた。喀痰抗酸菌塗抹染色陽性、PCR法は
Mycobacterium(以下
M.)tuber
culosis、M. avium 、M. intr
acellulareは全て陰性 であった。小川培地および
Mycobacteria Growth Indicator Tube(
MGIT)法では菌の発育を認めず、血液 を添加した
BACTEC잙Myco/
F-LYTICボトルで菌の発育を認めた。
DNA-DNA hybridization(
DDH)法で
M. nonchromogenicumと同定されたが、
DNAシークエンス解析で相同性が不十分であることから、M. terrae complexと言わざるを得なかった。本例は
M. terrae compl exの分離に血液の添加が有用であった稀な分離経験であったため報告する。
キーワード
非結核性抗酸菌、
Mycobacterium terrae complex、
Mycobacterium nonchromogenicum、
DNA-DNA hybridi- zation法、DNAシークエンス解析
緒 言
近 年、非 結 核 性 抗 酸 菌 症(
Nontuberculous mycobacteriosis:NTM)、特 に 肺
Mycobacterium avium complex(
MAC)症は増加傾向にある。当院の新
規非結核性抗酸菌の菌種別分離比率は、
Mycobacterium(以下
M.)
aviumと
M. intracellulareを含めた
MACが最も多く、次いで
M. kansasiiが多かった웋
웗。一方、希少 菌種워
웦웍웗も約9%分離されている。そのうち
M. terraeや
M. nonchromogenicum等を含めた
M. terrae complexの菌種は
Runyon分類の쒁群に該当する遅発育菌で、通 常は小川培地で分離可能である。今回、小川培地や液体 培地で菌が分離されず、BACTEC
잙Myco/
F-LYTICボトル(以下
Myco/
Fボトル)に血液を添加することによ り菌を分離・同定できた1症例を経験したので報告する。
症 例
患者:81歳、女性。
平成 12年に慢性腎不全を指摘され、平成 15年より人 工透析を導入。平成 17年に頸部リンパ節結核の診断でN 病院にて
Isoniazid(I
NH)、Ri
fampicin(RFP )、Et
ham- butol(EB )で治療。平成 21年8月にN病院から肺結核 が疑われ当院呼吸器内科に紹介、入院となった。胸部X
線写真では右肺尖部の胸膜肥厚像を認め、胸部
CTでは 右肺尖部に気管支拡張像を伴った不規則な
consolida- tionと周囲の散布性陰影を認めた(図1)。入院時検査所 見は、白血球数 9,200/
μL、
CRP9.10mg/
dLと炎症反応 が高値であった。吸引痰では有意菌は認めなかった(表 1)。
細菌学的検討
1.検査方法
喀痰の抗酸菌塗抹染色は
Ziehl-Neelsen法を用いた。
前処理はタンパク質分解酵素であるセミアルカリプロテ アーゼのプレソルブ(日水製薬)で溶解・均質化し、4%
NaOH
を等量から3倍量混合した。培養は2%小川培地
(極東製薬工業)2本に接種し、37℃で8週間培養した。
抗酸菌の同定は、
DNA-DNA hybridization(以下
DDH) 法は
DDHマイコバクテリアʻ極東ʼ (極東製薬工業)を使 用し、
PCR法はアンプリコア・マイコバクテリウム(ロッシュ・ダイアグノステイクス)を使用した。薬剤感受性 試験はブロスミック
NTM(極東製薬工業)を用いた。
2.抗酸菌検査の経緯
前 医 で の 喀 痰 抗 酸 菌 塗 抹 染 色 は ガ フ キー2 号、
Mycobacteria Growth Indicator Tube
(以下
MGIT)
◀
論 文 ト ッ プ ペ ー ジ の み に 入 れ る
血液の添加により分離できた My c o b ac t e r i um t e r r ae c ompl e xの1例
市立室蘭総合病院 臨床検査科
林 右
市立室蘭総合病院 呼吸器内科
澤 田 格
室蘭病医誌(第 38巻 第1号 平成 25年 10月)
36
法は陰性であった。当院入院時の喀痰抗酸菌塗抹染色は 陰性、抗酸菌培養は小川培地融解のため培養継続は不可 能となった。PCR法では
M. tuberculosis、M. avium 、
M. intracellulareは全て陰性であった。その後も喀痰培 養が継続して提出され、9月下旬の吸引痰では、抗酸菌 塗抹染色でガフキー3号、抗酸菌培養および
PCR法では全て陰性の結果であり、稀な抗酸菌が疑われた。前処 理法や培養条件について条件を変更し培養を試みること とした。前処理は4%
NaOHに加えて5%シュウ酸も用 い、培養条件は温度を室温・35℃・37℃・42℃と異なる 温度で培養を行なったが、菌の発育は見られなかった。
次に、前処理した喀痰を滅菌蒸留水で2回洗浄し、血液 5
mLを添加した
Myco/
Fボトルにその沈渣浮遊液 0.5
mLを入れ、BACTEC 9050で培養したところ、5日目 に菌が生育した。この菌液を2%小川培地に接種し 37℃
で培養した結果、約1週間で菌の発育を認め、小川培地 への継代培養も可能であった。コロニー形態はS型の非
光発色(図 2
a)であった。DDH 法では判定基準より
M.nonchromogenicum
と同定された(図 2
b)。しかし
M.nonchromogenicum
は、通常は小川培地や
MGIT法で分離可能であることから、
DDH法の同定結果と本菌の 発育に乖離があったことから、遺伝子解析を行なった。
本 菌 は
M. nonchromogenicumに 16
S rRNAで 97.5%、r
poBで 96.3%の相同性を示した(表2)。薬剤感受 性 試 験 は、
MACの 判 定 基 準 で
EB、
Clarithromycin(
CAM)、
Amykacin(
AMK)に感性を示した(表3)。
本例は入院後も結核菌は同定されなかったが、結核感染 の既往などから総合的に判断し、肺結核の標準治療を行 なった。人工透析中のため
INH300mgと
RFP450mgを連日透析後、
EB750
mgと
Pyrazinamide(
PZA)1
gを隔日透析後で開始した。喀痰抗酸菌塗抹染色・培養と もに陰性化し、10月下旬転院となった。
図1 平成 21年8月、呼吸器内科受診時の胸部X線写真(a )および 胸部
CT写真(b,c)
a
;右肺尖部に浸潤影と胸膜の肥厚像を認める。
b,c
;右上葉肺尖部に気管支拡張を伴った
consolidationを認める。
表 1 入院時検査所見
37
考 察
本菌は小川培地や
MGIT法で発育せず、各種温度でも発育しなかった。血液を添加した後に発育してきた事か ら、ヘモグロビンやヘミンを要求する
M. haemophilumが疑われたが、分離菌は小川培地に継代培養可能であり、
M. haemophilum
は否定され、本来は継代に血液の添加 を必要としない菌種と考えられた。
通常培養で分離不能であった要因として、⑴NaOH な どの前処理の影響웎
웦웏웗、⑵菌体の要因、⑶菌体の産生物質 など、様々な要因が考えられる。特に⑵については、
in vivoで増殖し
in vitroでは増殖しない何らかの環境要
因、菌体の突然変異、栄養要求性の変化、細菌ライフサ イクルの変化、つまり菌増殖における誘導期の遷延化や 対数増殖期に入るための
triggerの必要性が考えられ る。
血液添加により培養可能となった要因としては、⒜血 液成分が菌体に作用し、菌体表面の修飾・修復、菌体内 部のシグナル伝達に作用、⒝co-
factorとしての発育因子 の供給、⒞血液成分が培養液と反応した物質が菌体に作 用したことなどが考えられる。
M. terrae complex
の同定について、本例のように何 らかの成分を添加することで菌を分離した報告は文献検 索では見つからず、本症例が初めての報告と思われる。
本例では、細胞分裂が休止した要因も再開した要因も明 確ではないが、それぞれいくつかの要素が複合している 可能性も否定できない。工藤원
웗は菌種変異による遅発育 菌の培養期間は 16週まで延長する必要性を述べており、
充分な培養期間をおく事も重要である。
抗酸菌の同定は、従来培養により生化学的性状を検査 する方法が用いられてきたが、操作の簡便性や迅速性か ら
DDH法キットが一般に広く用いられている。
Kusunoki
ら웑
웗は、
DDH法で同定できても生化学的性 状と一致しない株のあることを報告した。
DDH法の判 定基準は相対類似度に基づいて 18菌種を識別する基準 となっているため、本例では、遺伝学的に近縁な
M. non- chromogenicumと判定されたと考える。近年は遺伝子解 析から系統発生的な分類同定が行われるようになり、
Stackebrand
ら
웒웗は 16
S rRNA遺伝子の相同性が 98.7
%〜99.0%以上に満たない場合は新しい菌種の可能性が 高く、1.5%以上配列が異なる場合はほとんど別の種にな ることを報告している。本菌は
M. nonchromogenicumに 16
S rRNA遺伝子解析で 97.5%程度の相 同 性 で あ り、M. nonchr
omogenicumと結論するには不十分であ ること、生化学的性状や他の遺伝子解析を実施していな いことなどから最終的には
M. terrae complexと言わざ るを得なかった。
表 2 本菌との遺伝子の相同性
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表3 薬剤感受性成績 (μg /
mL)
図2 2%小川培地 (
a)と
DNA-DNA hybridization法(b )
a
;非光発色のS型コロニー形成を認める。
b
;M. nonchr
omogenicumと考えられた。
2006年 に
Cloudら웓
웗は 16
S rRNA遺 伝 子 解 析 でM.nonchromogenicum
に 99.6%と 近 似 し た 新 種 の
M.arupense、2006年にMasaki
ら웋
월웗は
M. arupenseと
M.terrae
に 98.6%と 近 似 し た 本 邦 最 初 の 新 種
M.kumamotonense
、2008年に
Munら웋
웋웗は
M. arupenseに 98%と近似した
M. senuense、2012年に
Hanniganら
웋워웗は
M. arupenseに近似した
M. minnesotenseを新たに 報告している。本菌は、99.5%の相 同 性 を 示 し た
M.arupense
や
M. arupenseに非常に近似した菌種の可能 性が考えられるが、hsp65 や
ITS1の遺伝子解析を追加 し、
HPLC(
high-pressure liquid chromatography)や 生化学的性状等を精査することで、更に詳細な同定ある いは新種か否かの評価ができると考える。臨床では、菌 種の正確な同定は抗菌薬の選択上重要であるため、本菌 のように従来の報告と乖離した菌種に遭遇した場合に は、遺伝子解析など他の同定方法も積極的に実施すべき である。
結 語
近年、非結核性抗酸菌症は増加傾向にあり、抗菌薬の 選択上、菌の分離・同定は重要である。
本例は
M. terrae complexの分離に血液の添加が有用 であった稀な分離経験と考える。
謝 辞
遺伝子解析をしていただいた北海道立衛生研究所 山 口敬治先生、DDH 法の吸光度測定をしていただいた極 東製薬工業株式会社様、ご助言をいただいた同社 関戸 紗由里氏には記して御礼申します。
この論文の要旨は第1回日本臨床衛生検査技師会北日 本支部医学検査学会(平成 24年 10月 20日)で発表した。
文 献
1)林 右,松田啓子,澤田 格,鈴木洋祐:当院に おける抗酸菌 分 離 状 況 の 検 討〜2000年 1 月 か ら 2010年 12月までの成績から〜.室蘭病医誌
37:38
‑
44,2012.2)鈴 木 洋 祐,笹 岡 彰 一,澤 田 格,林 右:肺
Mycobacterium szulgai感染症の1例.室蘭病医誌
35:18‑
21,2010.3)角 俊行,澤田 格,林 右:肺
MAC症治癒後に発症した肺
Mycobacterium gordonae感染症の1
例.室蘭病医誌
37:15‑
18,2012.4)丸茂健治,青木良雄:抗酸菌に対する
NaOHの殺 菌作用 1.生理食塩水中での抗酸菌の生残率.結 核
58:515‑
520,1983.5)高橋 宏:1.塗抹陽性培養陰性とその対策.結核
65:29‑
33,1990.6)工藤祐是:喀痰における抗酸菌塗抹陽性培養陰性
〜抗酸菌検出における諸問題に関連して〜.結核
56:291‑
299,1981.7)Kus
unoki S,Ezaki T,Tamesada M,Hatanaka Y, Asano K,Hashimoto Y,Yabuuchi E:Application of colorimetric microdil ution plate hybridization for rapid genetic identif ication of 22 Mycobacter-ium species.J Clin Microbiol 29:1596
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1603,1991.8)
Stackebrandt E,Ebers J:Taxonomic parameters revisited:tarnished gold s tandards.Microbiology Today 33:152‑
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[
Epub ahead of print]
39