アメリカにおける資本集中運動とその若干の論点に ついて
その他のタイトル On American merger movements and their problems.
著者 瀬尾 芙巳子
雑誌名 關西大學商學論集
巻 5
号 2
ページ 159‑179
発行年 1960‑06‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00021727
アメリカにおける資本集中運動とその若千の論点について︵顛尾︶
六七
アメ
アメリカ合衆国における資本集中運動
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Mo
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'
が︑十九世紀末のいわゆる世紀転換期
Tu
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U. 爆
発的な発展をみ︑以後引続いて若干の起伏を示しながら進展の 過程を辿ったことは︑
Lu
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L d
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a W
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F.
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r らの 実証的研究によって明らかにされてきたところであった︒その なかでもっとも璽要な設問は︑ある特定の時期にかかる大規模
な資本集中
11
独占を惹き起すに至った内部的・経済的動因は何 であったかということである︒例えば一九五五年に前述の先人
たちの業績を綜合・整理した
J es s
e
W.
Ma
rk
ha
m は ︑
的様相﹂について︑景気循環との因果関係の検証を試みようと
(1 )
した
︒
Ma
rk
ha
m はそこで合併活動と︑工業生産高・卸売価格・
工業株式価格のそれぞれとの相関係数を算出してそれがどれ
K2 )
ほど有意義なものであるかを分析した
J . F .
We
st
on
の数値を
引用しているが︑
Ma
rk
ah
m自身はそこで﹁株式価格の上昇が
資産再評価を通じて発起人
pr
om
ot
er
に大きな利得をなさし
めることによって合併活動を刺戟する﹂という誘惑的な結論を
︱ ︱ ‑ 0
年代の経験に徴して抑制し︑はるかに控え目な婦結を引き
(3 )
出した︒このような
Ma
rk
ha
m
らの何らかの﹁原理的目的に
(4 )
役立とうとする﹂研究態度は︑
一九五九年に刊行された
Ra
lp
h
ー
れるような波動を画くことに注目し︑このような﹁合併の循環 リカにおける資本集中運動の進展が︑あたかも景気循環にみら
瀬 尾 芙 巳 子
その若干の論点について アメリカにおける資本集中運動と
︵ 研 究 ノ ー ト
︶
アメリカにおける資本集中運動とその若干の論点について︵瀬尾︶
(5 )
L•Nelsonの研究にも引き継がれている。Nelsonほその著書
の中で︑従来の業蹟における一九0四し一九一九年についての
資料的不備を補い︑
とに
して
︑
﹁より包括的﹂で﹁より多くの﹂史実をも
(6 )
﹁合併の基礎にある原因と動機﹂を分析しようとし
た︒その場合に
Ne
ls
on
の問題意識は殆ど
Ma rk ha m の言 及
したものを継承している︒いわば景気論的な仕方で提出された
Ma rk ha m
の資本集中運動の動因論ともいうべきものを忠実に
模写し︑より八発展>させているのである︒
われわれが本稿で素描の対象とすることも︑最近の合併運動
の研究家である
Ma rk ha m1 1N el so n
が企図したのと同じく︑
資本集中運動の進展という︑過去七0年以上に亘る︑疑問の余
地のない史実の上に立って︑このような経済構造を誘発した内
部的動因の原理的な分析を試みることである︒しかしながら︑
そこでは同時に
Ma rk ha m1 1N el so
nらの手法の皮相性に対決
していかねばならない︒すなわち
Ma rk ha m
が提示しつつ慎
重であった証券市場と合併運動との結託の問題に
Ne
ls
on
は更
に一歩を推し進めているが︑この種の相関の論理がそれで万事
完了というほどの自足性をもつものであるかどうか︑なおそこ
にいっそう内発的な動機力が存在するとすれば︑それは何であ
るかといった問題である︒このことは︑独占の意義とその論理 との分析にも直結するものとなるであろう︒このようにしてわれわれは︑対象を扱ううえでの問題の所在をあらかじめつぎのように約言しておきたい︒すなわち︑資本一般の論理の自己運動︵ともいうべきもの︶がいかにして︑資本集積・集中
1 1 独占
を生み出していくかというその論理的過程を︑歴史的な運動過
程の場において追っていくことであり︑歴史のなかに論理を辿
ろうとすることである︒そこで主として実証的資料としては最
新の Ma rk ha m1 1N el so
nらの研究によりつつ︑かれらの分析
に対する
Wa
lt
er
Adams•G.W.
St
oc
ki
ng
らの評言を参照
とし︑さらに進んで彼らの手法の底にある﹁原理﹂を前面に引
き出してその妥当性を検証し︑資本集中に至る論理過程の素描
に至 りた い︒
田
J es s e W. Ma rk ha m, S
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③
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p p. 1 5 31 4 .
④
i b i d
︑.
p . 1 4 3 .
⑤
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L•Nelson,
Me
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M ov em en ts i n
A
me
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ca
n
I nd u s tr y , 1 8 9 51 1 9 56 , B N ER 1 9 5 9 .
⑥
i b i d . , p . 4 .
六八
アメリカにおける資本集中運動とその若干の論点について︵瀬尾︶ 世紀転換期の合併運動
第 一 図 合併による各年企業消減数
1920年代後半 の合併運動
OO OO OO OO OO OO OO OO 0 0 8 6 5
^ 3 2 2 1
r
000000 086543
`
(1895‑1956年)
戦後の合併運動
^
rS681 0061
Il
l0
6
0161 516 06 SZ6 0£6 9£6 OV6 SV6 0の6 gs6
〔注〕 a.....・データーの相違による。
(出所) R.L. Nelson, Merger Movement, Chart 1より
もとにしてアメリカにおける資本集中運動の現実的過程を概観
しよ う︒
︵第 一図 をみ よ︒
︶ はじ めに
︑
主として
Ne
ls
on
によって整備せられた資料を
r r
第 一 表
A) 1904年以前の各時期におけるトラスト形成数・
資本集積額・工場数
Iトラスト教I% 門譴警I96 I工場数 1彩
1890年まで 23 I 7 I 504.2 I 7 I 663 I 12
需:::{累塁嘉 品a)I
6 . i
:f876器 心苔 1o :
合 計 │ 318 │ 100 │ 7, 151.3 I 100 │ 5,288 │ 100
〔出所〕 J. Moody, The Truth about the Trust, From, Markham, op. cit. Table 3.
〔注〕 (a) 1899年のみで企業結合の1887 1904年全体の約25彩を占めている。 op. cit. p.157.
六九 B)鉱山業及び製造業の企業結合, 18901903年 (96)
年 次 / Moody I Watkins
掌::::悶}
i I
品 : 翡 名 : 悶1899 1903 I 80.83 I 69.00 合 計 │100.00 I 100.00
〔出所〕 Nelson, op. cit. Table 5.
集中運動は︑一八九八年に急激な進展の山を迎えた︒第一表に
みられるように︑一八九七年以前の企業結合
C on s
o li d
a ti o
n
は
それ以後のテンボに比較すればはるかに低いものであったので 一︑既に明らかにされているように︑アメリカにおける資本
ある︒一八八八年t
一八九三年の小さい合併サイクルはこの時
点の満潮の前駆であった︒
二︑その後の一九0四l
一九
0八年と一九0八し一九一四年
の二つの小さい合併波は比較的小さく︑全体として下降的性格 を示していて︑その後の一九一四
l一九一八年のサイクルが上
昇的性格をみせていることと対照的である︒この点についての
Ne
ls
on
の次の指摘は注意に価する︒すなわち︑﹁合衆国におけ る第二次合併運動ほ厳密にほ八繁栄する
1 ‑ 0
年代>の産物では
なくてかなり以前に始まるもっと長期的な現象である︒﹂との
(7)
提言 であ る︒ 三︑ 一九
二六
し一 九一
︱1 0
年の資本集中運動は︑ふたたび非常 に高度なものであった︒資料上の時期は若干ずれるがその重要 度は第二表においても明らかであろう︒
四︑
一九
一︱
‑ 0
年代
就中 一九 一
1 1︱
︱一 年以 後は 合併
活動
の退 潮の 時
期であるといわれている︒
N e
ls
on
の依拠した合併による企業 消減数は明らかに著しい減退を示している︒けれどもこの時期 の他の集中指標︑例えば賃労働者の集中や賃労働者数別事業所 規模などを指標とした資料ではこの時期にもいくらかの集中の
(8 )
進展をみせていることを指摘しておかねばならない︒
五︑戦後の合併運動は一九四四年に遡及しうる︒その特徴は
た一九五五ー六年には相当な高さに達していることを見逃すこ
とはできないであろう︒
以上を要約するとわれわれほ以下の三つの大きな資本集中運 動の画期をみることができる︒すなわち︑日一八九八年し一九
0
二年の﹁初期︵または第一次︶合併運動﹂の時点︑は一九二
六l
一 九 一 ︱
‑ 0
年の第二次合併運動︑および国一九四五年以降の 戦後合併運動の各時点である︒そのうち特に重要なものほ︑
H
第 二 表
最大重要な合併の日附による, 1955年の最大10(I)
製造工業会社の分布
アメリカにおける資本集中運動とその若千の論点について︵瀬尾︶
重要な合併を有する会社:
1895年以前 1895 1904年 1905 1915年 1915 1924年 1925 1934年 1935 1944年 1叫5 1955年 重要な合併を有しない会社:
a J
⑲
l l o 7 5 1 0 9 1 2 1
63 37 100
〔出所) Nelson, op. cit. Table 1.
〔注〕 (a) 1911年のStandardOil Companyの解組により創られた8 つの石油会社を含む。
(b) 内の8社は19531955に発生。
七〇
にピークもま ろがり﹂と共
﹁広
いひ
いるとされる
. ヵ 運動と違って 来の二大合併 いう点で︑従 もっていると ークと広いひ
•(9)
ろがりと﹂を ﹁
より 低い ピ
摘 に よ れ ば
Ne
ls
on
の指
アメリカにおける資本集中運動とその若千の論点について︵瀬尾︶ 第一次合併運動の進展過程を通じてその動因をめぐって見出されるいくつかの論点は︑
Ma
rk
ha
m1
1N
el
so
n の研究に手ぎわ
よく整理されている︒そのなかでとくに︑
一
︑
Ne
ls
on
がまずその検討に力を注いだ問題はいわゆるエ
業成長の減速化
r e t a
r d a t
i o n
と資本集中運動との関聯であっ
た︒
﹁
r e t a
r d a t
i o n
のテーゼが意味すると思われることは︑世紀
転換点において︑需要の低下と激しい価格の低下という破減的
][
の初期合併運動であって︑この時点の膨群たる資本集中の進展
︑︑
︑︑
ほ資本制経済構造における質的転換を意味するものであり︑そ
れ以後の集中運動がたんなる量的強化の意味をもつものであっ
たことに比らべていっそう原理的な問題を提起するものなので
ある︒そこでまずこの第一次合併運動について︑その動因が何
であったかという問題をめぐってのいくつかの論点について考
察し てみ たい
︒
Mo
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me
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切
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L•Nelson,
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1 ,
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1956•p.40.
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27•1941.
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L•Nelson,0p.
c i t . p . 5 .
Am
er
ic
an
七
な傾向を緩和するために競争者をして団結することを余儀なく
させるに充分な程大きくて瞼しい工業成長の型の変化[減衰ー
( 10 )
注]が存在したということである︒﹂ここで
Ne
ls
on
~「市場
拡張 の限 度﹂
( I I
﹁利 得﹂ 阻
i n s
の低下︶が企業結合を生み出す
(1
1)
という過程を述ぺた
My
ro
n
Wa
tk
in
s
の叙述を引用している
が︑そこで容易にみられるのは︑﹁需要﹂や﹁価格﹂の低下と
いう利潤率への不利な要素を︑生産成長率というより間接的・
︑ ︑
迂回的な対象に直接結びつけてしまっていることである︒すな
わち
Ne
ls
on
~ここで、合併に影響する要因としての「利得」
唇
i n
の問題を︵生産高の︶成長の問題と混同している︒そう
したうえで︑かれは﹃成長減速ー合併仮説﹄なるものを︵それ
があるとして︶否定するのである︒たしかに一八九五l
一九
〇
五年において︑一般の工業成長率および合併活動を伴った産業
の各年成長率が一〇︒^ーセント以上であったシリーズの割合
( 12 )
は︑急激に増加してさえいる︒こうして
Ne
ls
on
ほむしろ合
併運動の時期において﹁減速の反転﹂
1 1 ﹁加速化﹂を検出してい
( 13 )
る︒この点についてほわれわれは既に︑同様の計測的結果を得
ていた︒便宜上ここに再録すると第三表の通りである︒しかし
ながらそこで指摘できることは︑
( 1 )
第一次合併運動とそれにつづく時点に成長率の減衰の
第 表
各産業循環過程年平均発展率(彩)
年 次 A) 1865 1876年
18761885年 18851896年 18961908年 19081921年 B) 18651896年 18961921年
〔出所〕
銑鉄生産高 (1人当り)5.60 8.23 2.94 5.78 0.48 7.5 4.8
製造工業生産高 (1人当り) 3.68
4.85 1. 78 3.15 2.08 5.5 4.2
A) 拙稿「米国工業における産業循環の変型とその構造」
(「商学論集」第四巻第1号第一表)
B) 拙稿「現代の産業循環と独占構造」
(「経済評論」1959年11月号所収第2表)
み れ ば こ の
( 2 )
だが
﹁反 転﹂ を示
実である︒こ
れは企業結合
の︵
短期
的な
︶
生産力的効果
を示すものと
考え られ る︒
より長期的に
﹁反 転﹂ は結
局趨勢として
の成長率の減衰を揚棄することにはならなかった︒さらに重要
なこ
とは
︑
( 3 )
以上の事実は︑直ちに︑成長率と合併との因果関係を
︵肯定的にも否定的にも︶物語るものではないということであ
る ︒
Wa
tk
in
s
らの提言は成長率自体にではなく︑より直接に
は利澗率に拘わるものであり︑一般に独占と成長率との相関と
ほ論理的には利潤率を媒介として考察されるべきものである︒ したことは事 なぜなら︑独占は市場支配を前提とするのであるから︑価格・需要・現実の生産︵供給曲線︶等の概念をすでに予想してをり︑
無媒介的に抽象的な生産のクームに直結することはできないか
(U
)
らで ある
︒
二︑そこでつぎに対象を転じて︑初期合併運動の時点まで
に︑アメリカ製造工業においてみられる利潤率の動向を検討し
よう︒この問題について逸することのできないのは
G . M . G i l l ,
( 15 )
ma
n
の一九五七年に公刊された業績であるが︑これより先に︑
イギリスについて一八七三年に始まって一八九0年代の中頃ま
でもつづいた長い不況の時期が︑生産力の増加と企業の収益性
との鋭い矛盾を露呈しつつあったということが︑
Ma
ur
ic
e
( 16 )
Do
bb
によって指摘されている︒著名なカルテルの弁護論者で
ある
Li
ef
ma
nn
もカルテルが﹁利潤率低落⁝⁝の一産物﹂で
( 17 )
あると述ぺた︒アメリカでも一八九八年l
一九
0二年に直接先
( 18 )
行する一八九0年代は長い不況の時期であった︒こうして第
1 1
図にみられるように︑イギリス・アメリカの一八九0年代後半
からの資本集中運動の高まりは︑この一八九0年代の︑または
それに至る長い不況の随伴物として出現している︒これはたん
なる成長率以上に︑利潤率への危機を媒介とするものであった
ことが容易に予想されるであろう︒しかるに重要なことはこの
アメ
l J力における資本集中運動とその若干の論点について︵瀬尾︶
七
アメリカにおける資本集中運動とその若干の論点について︵類尾︶
生産性
( 1 1
剰余価値率︶の大きな上昇にも拘らず現われたので 意義での平均利澗率を算出し︑長期的な傾向として︑
( 19 )
年に至る一貫した低落を検証しているが︑このような傾向は︑
一九 一九
利潤率への脅威が︑単に漿気的な︑もしくは偶然的な出来事で
はなく︑長期的︑構造的な根をもった体質的な趨勢として出現
したことである︒J.
M . G i l l
m a n
は固定資本の価額にイソペ
ソトリの価額を加えたぶ
, t o c
k
Ba
si
s `
にお いて
︑
マルクス的
アメリカとイギリスの企業結合の各年ツリーズ 18871904年
企業結合数
"
゜0
0 0 0 9 8
ワ〇
60 50 40
第 図
(/l1•Ul
?メ') n,, J> ソ'),"-~ョン
= 年
N吐4如{ギリ1の7マルがメーション
‑‑‑・ M己
30 20 I
゜1887 • 90 • g
〔出所〕 Nelson,前掲舎
八
`
I I I I
べ 、 \
ヽ•、‘‘9^` ̀ ̀`ヽ
I I I I I
'1900'02'04
第 図
ある︒︵第三図第四図︶体質的な利潤率低下を説明する有力な
メカニズムはこれを資本の有機的構成の高度化と結合する論理
である︒この理論それ自体のおよびギルマンの手法自体の吟味
はここでの対象の域外にあるが︑ここではひとまず︑
1 1 0
世紀︑ ︑
までの資本集中運動の進展の基抵に︑こうした長期的な平均利
潤率の低落傾向が作用しつづけていたことを指摘しなければな
らな い︒
ギルマソによる平均利澗率の趨勢
15
。
こ
1□□
〔出所〕 J.M. Gillman, op. cit. Chart 4. p.57.
七
第 四 図
A)ギルマソによる剰余価値率の趨勢
150 l?5
100
B)資本の有機的構成の趨勢
l:9
ロロビ]
8(出所) 第三図に同じ
三︑みぎにおいて注意すべきことは︑独占化の甚抵にある長 期的利潤率の低下傾向は︑一八九八
l
一九
0二年の資本集中
の勃発にも拘らずさらに進行を続けたことである︒ここに︑
Ma
rk
ha
m が特に分析した﹁初期合併運動﹂の時点を通じての激 しい競争過程を説明する論拠をみることができる︒
Ma
rk
ha
m
が引用している
A . S .
De
wi
ng
の挙例に拠れば︑合併企業の現 実利潤をそれらの期待利潤および合併に包含された独立企業に よって以前に作出されていた利潤と比較する場合︑大きな合 併企業の七分の一のみが成功的であったとされてい殆︒︑また
Sh
aw
Li
ve
rm
or
e の資料も第四表のごとく︑一八八八年から
一九
0
五年までに形成された合併企業のうち約四七︒^ーセント
は破産
f a i l
u r e
または所有利権の縮小に終り︑一四一の破産企 業のうち五一一一件は︑合併の形成後まもなく破産したものである
( 21 )
ことを示している︒このような激烈な陶汰の過程は︑合併を通 じてさらに少数企業への集中が進行したことを物語っている︒
一九
0
三年の"
Ri
ch
Ma
n'
s Pa
ni
c "には︑期待利潤と現実利
潤との間の懸隔を反映して︑一
00
の指導的な工業株式価格は
( 22 )
四一 一ア
`四
︒ハ ーセ ント まで 下落 をみ た
eこのような合併過程を通
じての急激な思惑とその崩壊は合併運動そのものの一時的な頓 座にさえ反映した︒そうして一八九五年ー一九
0四年の時点は 年は少数企業間の統合
c on s
o ,
l i d a
t i o n
と︑一企業による他
企業の株式取得
a c q u
i s i t
i o n
によって特徴づけられるものとなり対照的な型を示すこととな
( 23 )
った︒第五表にみえるように統合企業の平均規模はのちの合併 運動において増大をみせてをり︑初期以後の合併は大企業間の 再整理としての性格を有することがいえるとともに他面では︑
c on s
o li d
a ti o
n から
a c q u
i s i t
i o n
へと
い5
今口
砒幻
形細
忘の
比重
の
推移
i X z
︑中企業の大企業への吸収
11
再整理過程として把握する
( 2 5 )
ことが可能であろう︒このようにして企業の合併過程は激しい 競争戦を伴い︑統合規模や合併形態の変化をふくむ再整理過程 を伴った︒社会的平均利潤率の安定化がみられる一九二
0年代
には︑合併活動が体質的に支配し強靭な基盤を形成ずみであっ
たということができる︒
第 四 表
合併企業の成功率
成功したもの 弱い成功をみたもの 回生したもの(所有利権縮少)
破産したもの 合 計
合併企業の数 146
28 13 141
アメリカにおける資本集中運動とその若干の論点について︵瀬尾︶
彩459443
328 100
〔出所〕 Shaw Livermore, From Markham, op. cit. p.165. Table 4.
多数企業の合併により特徴づ けられたのであったが︑一九
0四年の頓座とそれにつづく
下向趨勢を経たのちの合併運 動の上向の再出の時点である
ところの一九一五l
一九
二
0
七四
第 五 表
統合消減した企業の平均資本規模
アメリカにおける資本集中運動とその若千の論点について︵瀬尾︶
七五
社であろうと分析している︒こうしてその当初の目標︵もしそ
年 次 18951904 19051914 19151920
(m全 体illion doll~r) 2.1 1.8 4.7
五大統合を除外したもの※
1.6 1.8 3.0
〔出所〕 Nelson, op. cit. p.55.
(注〕※ FederalSteel (1898), U. S. Steel (I 901), Union Carbide
& Carbon, Transcontinental Oil, Allied Chemical & Dye (1915 1920)の各巨大Consolidationを除外したもの。
てわ れわ れは
︑
てのつぎの見解を吟味する段
階に到達した︒すなわち︑ま
︑︑
︑︑
一方 にお
ず
Ma
rk
ha
m ほ ︑
︑ ︑いて合併企業がそれぞれの市
場に対し支配力の集中度を増
大させたことを認めている︒
すな
わち
︑I
nd
us
tr
ia
l
Co
m,
mi
ss
io
nの
資料
によ
れば
ニニ
の合併企業は平均して全国内
市場の七一︒^ーセントを統制
していたし︑Moodyの研究によれば︑九二の合併企業のうち
七八が全工業産出高の五〇︒^ーセント以上を︑五七が六0
バー
セソト以上を︑そして二六が八〇︒^ーセント以上を支配してい
るとされている︒こうして若千の過大評価を考慮に入れても︑
﹁大きな水平的合併企業のかなりの数が︑特定企業の規模や全
生産能力と市場との双方に対する比例的支配力を大いに増大さ
せた︒﹂のであり︑煙草・精油・精糖・非鉄金属精錬・製靴・
Ne ls on の合 併の 動因 につ い
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四︑以上の分析を背景としクイプライクーその他の諸産業では︑﹁合併はしばしば寡占的
または競争的市場を全産出高の五
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^ーセント以上を支配する
部分的独占によって支配される市場へと変換したことは全く明
︵蕊
︶
らかである︒﹂とされたのである︒しかしながら︑他方におい
て︑Markhamによれば︑こうした企業規模や市場支配力の増
︑︑
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大は︑一八八七l
一九
0四年合併の大多数の動因ではない︒な
︑︑
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ぜなら﹁多くの初期の合併企業は何ら重要な程度の市湯支配力
を穫得しなかった﹂[傍点引用者]からである゜s百w
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moreによれば市湯に影響力を有する企業へと上昇した三七七
の合併企業のうち︑一五五のみが﹁市湯に著しい影響力を与え
るに充分な﹂力をもったものとなり︑そのなかの﹁選らばれた
少数者﹂のみが一九一0年までに﹁かなりの程度の独占的支配
力を
﹂穫 得し た︑ とし てい る︒ Li ve rm or eは のち に一 四六 の
成功した企業のうち一六を﹁その成功が独占的支配又は不公乎
で業
腹な
実践
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"として定義つけてい磁osまたMoody~トラストのリストに載せた一
当で あろ うと し︑
三二社のうち七0社を四
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^ーセント以上の市場支配力を得て
いたとしているが、Markham~実際には四七社とみるのが妥
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資料
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