手取川流域の地形発達
著者 東 良憲
雑誌名 金沢大学文学部地理学報告
巻 第10号
ページ 165‑166
発行年 2002‑03‑15
URL http://hdl.handle.net/2297/3155
手取川流域の地形発達
兼 良 意
研究対象とする手取川は,白山およびその連峰に水源をもつ,全長72k恥流域面積800加2に及ぶ石川県 内で最長・最大の河川である.中流域には河岸段丘の発達が良く,耕地や集落に利用されている.また,
下流域は鶴来町を扇頂とする手取扇状地が広がる.
手取川中流域には,高位段丘群(雲龍山Ⅰ面・雲龍山Ⅱ面・獅子狗Ⅰ面・都子狗似面)・中位段丘群(瀬 戸野面・吉野谷面・獅子狗Ⅲ面)・低位段丘群(福岡面・白山町面・鶴来面)の3つの段丘群が識別される.
雲龍山Ⅰ面と現河床との比高は300mに達し,段丘礫のほとんどがくさり礫で,赤色風化されている.この ことから雲龍山Ⅰ面は段丘面が形成された後,少なくとも2回の温暖期の影響を受けていると考えられ,
形成年代は30〜20万年前と推測される.この段丘面と30〜20mの比高をもつ雲龍山Ⅱ面は,段丘面構成礫 層30〜40mの堆積段丘面である.段丘礫は半くさり礫であり,そのはとんどが白山溶岩で占められている.
このことから,雲龍山Ⅱ面の形成には古白山火山の活動(20〜10万年前)とその後の山体侵食による礫の 供給量増加の影響を受けた可能性が高く,また温暖期の影響は受けたとしても1回程度であるということ が考えられる.中位段丘群は下末吉期〜武蔵野期に,低位段丘群は立川期〜後氷期に形成されたと考えら れる.
扇状地内部に埋没する地形面をも 下位のものから手取埋没扇状地Ⅰ面・松任埋没面・手取埋没扇状地Ⅱ
面・美川埋没面・手取扇状地面の5面に分類される.手取埋没扇状地Ⅰ面は砂礫の堆積により構成され,
その形成年代は12万年よりも古いと考えられる.松任埋没面は,砂を主とする海成堆積物の堆積により構 成され∴下末吉海進期に形成された堆積面と考えられる.手取埋没扇状地Ⅱ面は,砂礫の堆積により構成 される.地形面を構成する砂礫の層厚は最も厚い部分では100mに達する.この地形面は武蔵野期〜最終氷 期にかけて形成されたと考えられる.この砂礫層の最上部付近において洪水ロームの堆積を現鱒調査によ り確認した.この洪水ロームは最終氷期の扇状地拡大期における,埋没段丘面の存在を強く示唆すると思 われる.年代測定の結果,2780±110yrBPであり,約3000年前にこの洪水ロームは,上流からの砂礫の供 給により埋没したと思われる.美川埋没面は,砂・粘土・シルトを主とする海成堆積物により構成される 堆積面である.この地形面は縄文海進極頂期(6000年前)前後にかけて形成されたと考えられる.手取扇 状地面は,沖積世に堆積した砂礫の堆積により構成され,下位の地形面を全て覆っている.
−165−
本研究対象地域でをま,′山地と扇状地の間に確実度Ⅰ,活動度B級の富樫断層が走る.ボーリング資料か らも,扇頂部付近で断層運動によると考えられる基盤岩の変位が確認された.また,手取川谷口付近で軋 左岸側には河岸段丘の存在が認められないことからも,.獅子狗Ⅰ面(拓計380m)・Ⅱ面(標高350m)は段 丘面形成後,富樫断層の活動により現標高にまで持ち上げられ扇状地側は沈降したと考えられる.
以上より,手取川流域では,約30〜2万年前にかけて上・中流域では河岸段丘面が形成された.また,
扇状地においては下末吉期に松任埋没面が形成されその後の最終氷期にかけて扇状地の拡大が行われる.
縄文海進極頂期に軋 美川埋没面が形成された.その後は,若干の海進・海退を繰り返しながら現在に至 ると思われる.
−166−