奈良教育大学学術リポジトリNEAR
考古遺物分析のための基礎研究(1)
著者 三辻 利一, 大原 荘司, 赤阪 賀世子, 小池 進
雑誌名 古文化財教育研究報告
巻 6
ページ 31‑46
発行年 1977‑06‑30
URL http://hdl.handle.net/10105/412
考古遺物分析のための基礎研究(1)
*
一 司 子 進
世
利 荘 賀 辻 原 阪 池 三 大 赤 小
1 序
考古遺物の材質を研究することの意味は,いろいろある。たとえば,須恵器,土師器,その他の 土器類,および,黒曜石,石棺などの石器類では,天然産の素材を,殆んどそのまま使用するので, 原産地の素材の化学的,鉱物学的特性を知れば,土器や石器が,何処で作られたものかが判る。レ、
いかえれば,地域間の交流を追跡する上に役立つ。一方,青銅器,鉄器などの金属類は,原鉱石か ら,金属を抽出し(冶金),鋳型にはめて鋳造する必要があるので,産地分析は単純ではないo現 段階では,青銅器などの合金の組成の変遷に,技術的な発達の跡をたどることが出来るにすぎない であろう。
このように,考古遺物を材質という立場から研究するとき,何らかの方法で,考古遺物の一片を 分析することが必要になる。一口に考古遺物といっても,破壊分析を許されるものもあれば,許さ れないものもあり,また,材質的にみても,種類が多様である。たとえば,土器,瓦,ガラス,石 器等のように,主成分が建酸質のものから,栄,コイン,鎌などのように,銅を主体とした金属, 壁画の顔料,絵画や種々の道具に塗ってある塗料,さらには,木材や印刷物等のセルロース質のも
のまである。一方,分析法についても,重量分析法,容量分析法,紫外・可視分光光度法,原子吸 光分析法,発光分光分析法,質量分析法,ケイ光Ⅹ線分析法,放射化分析法など,化学薬品とど‑
ヵ‑で分析出来る方法から原子炉のような大型施設を必要とする分析法まである。当然,分析の精 度,感度は,分析法によって異なるのみならず,分析元素によっても相異する。これら多くの分析 法の中から,どの方法を選ぶか比分析対象となる考古遺物の性格,および,これら考古遺物を材 質として研究する目的に関係する。これから報告する一連の研究では,種々の異なる材質の考古遺 物を,種々の方法で分析する上に,不可欠の基礎的データを得ることを目的としている0
本論文では,メス1)*出土の鋼鉄,銅錬り,および,古代コイン2)の分析に必要であったエネル ギー分散型ケイ光Ⅹ線分析法の基礎データについて報告する。ケイ光Ⅹ線分析法Ifア, X線管から出 て来る1次Ⅹ線を試料に照射し,その結果,試料から出る2次Ⅹ線を検出器で計測する仕組になっ ている。 1次Ⅹ線は,材質の種類にもよるが,通常,照射試料の表面下・数十JLまでしか入射しな
*理学電機
Sll
いから,試料の表面の元素組成についての情報を供与するにすぎ帥oそれにもかかわらず,試料 全体の組成を知ろうとすれば,表面を含めて,試料内の元素分布が均一一であるという条件が必要と なる。この条件を満足すれば,同時多元素定量分析を行う上に,ケイ光Ⅹ線分析昧極めて有効で ある。
2次Ⅹ線のエネルギー解析を行うには,通常, 2通Dの方法があ9,回析格子によって,エネル ギー分散を行う方法を波長分散型(分散型)というOもう一つの方法札最近,開発されて来た ( sL ‑ Lの半導体検出器に波高分析器を連結して,エネルギー解析を行うもので,エネルギー 分散型(非分散型)と云われる。とくに,エネルギー分散型は波長分散型に比べて,測定に要する 時間が,ずっと短かい上に,測定データがテレビ上に,測定しながら,同時に表示出来るため,研 究をスム‑スに運ぶ上に極めて有効である.
ヶィ光Ⅹ線分析で試料の特性を決める方法も2通9あるo一つは,観測された試料のケイ光Ⅹ線 スペクトル中の個々のピ‑ク(又昧 ピーク面積)比をとる方法である。同一組成の試料では,当 叶 ∴ヰfuV‑Ji: hit;.t,甲:二,=二言?‑こ.蝣f*.'・,舶・州till.二 川iw‑ ニ∴ ミ∴‑‥・・
の方法は,いくつかの標準試料を使用して検量線を作り,未知試料中の元素の絶体定量を行い,読 料の特性を決める方法である。この方法は,試料のマトリックス補正,その他の試料内部の因子に 基づく難しい問題を含んでいる.
考古遺物の場合には,材質的にみて同じ物か,否かを判定することが必要な場合が多いので,読 料の内部因子に基づく複雑な補正を必要としないピーク比法をとる方が便利であるoとくに,青銅 器などの金属考古遺物で昧主成分id, 2 種の比較的数少い種類の元素からなるため,ど‑ク 比法がより有効である。しかし,余りピークの数が多いと,ど‑ク比因子の数も多くなり,総合解 釈が,やや,難しくなる。
ピーク比をとる場合, 1次線源として, Ⅹ線管から出る連続スペクトルを使用すると,印加電圧, 電流によって,ピーク比が変化するoしたがって.ピーク比法で試料の特性を決める上に昧最適 の電挽,電圧条件を決めなければならないoさらに, H5,Pbなどのようにケイ光Ⅹ線スペクトル に微細構造をもつ元素が含まれる場合に昧 あらかじめ標準試料のケイ光Ⅹ線スペクトルを測定し 整理しておくと,定性分析をスムースに行う上に便利である.
以1のような観点から, Ⅹ線管にかかる電圧,電流のピーク比に与える効果を,古代鋼鉄試料に っいて検討した。また,この結果得られた最適条件下で,古代青銅製品に含まれる可能性のある元 素の標準ケイ光Ⅹ線スペクトルを,ここにまとめたo同時に,相和ピークや,重元素のL線などの 間違い易いスペクトル線の実例をもあげた。
‑32‑
の E^^^^^^^^^H^kj
標準試料として昧市販の試薬(通常札硝酸塩)を使用した。この他に 99.99%の銅,ス メ,および了/チモン金属を使用したO考古遺物の実例として使用した試料は・メス1)塚出土の銅 鎌,銅鏡,および,古代コインであるo
ヶィ光Ⅹ線スペクトルの測定には Kevex一理学電機製エネルギー分散型ケイ光Ⅹ線分析装置 を使用した。
3 結果と考察
はじめに, Ⅹ線管から出る連続スペクトルを試料に照射した場合, Ⅹ線管の印加電圧を一定にし, 電流を種々,変化させたときのケイ光Ⅹ線スペクトルの変化を図1に示してあるo CuとSnのス ペクトル線が観測されているo電流が減少すると,全体的に,ピーク強度が減少することがわかるo この過程をまとめたのが,図2と図3である.図2から,CuのKα,Kl線が電流低下とともに,直 線的に減少することがわかるoしかし, Ktf/Kβの比は電流低下とともに・多少増加の傾向はある が,ほほ,一定であるO図3に払同様に・ Snピークの電流依存性が示されているo Kα/Kβの
ピーク比Iit,Cuの場合とよく似た傾向を示しているo以上のことから・ Ⅹ線管に流れる電流岨Ⅹ 触 I i ∴i ・‑'Ml!.‑I:一競漕を仁∴十 >Oi^てLfjffl用LiCi‑L,航<1:?.管し:'=いこ
とがわかる。
次に, Ⅹ線管に流れる電流を一定にし,印加電圧を種々変化させた時のケイ光Ⅹ線スペクトルの 変化を図4に示してある。印加電圧の降下とともに・ピークの高さも減少するが, fc"‑クの相対比 にも,大きな影響があることがわかるoすなわち,高励起エネルギーをもつSnのピークの減少が・
低励起エネルギーのCuのど‑クの減少に比べて著しいのであるoこれ払印加電圧が降下すると, 励起エネルギーの高いSn原子の励起効率が, Cu原子に比べて,著しく低下するためであるo
印加電圧,電流のCu Kα/SnKαの比に対する影響を図5にまとめてあるo この結果から, t・‑クの相対比により,試料の個性を決定する場合にtt, x線管にかける電圧が・非常に重要な役 割を果たすことがわかるo図5よりCu Kα SnKαの比をとる場合には,印加電圧を45肌以 上にすることが望ましい。本分析装置は2次ターゲットを使用しており,上に得られた最適条件頚 城Id, 2次ターゲットを十分励起出来る電圧領域に相当する( Gd‑45KV)
次に,メスリ塚蹄,錦l) ,および,古代コイン2)の分析に使用した,いくつかの標準スペク トルをまとめてみよう。図6に,原子番号の順に, Cr,Mn, Fe,Coのケイ光Ⅹ線スペクトルを・
図7に札Nt,, Cu, Znのケイ光Ⅹ線スペクトルを示してあるoレザれも, 2次ク‑ゲットとして Moを使用し, Ⅹ線管の使用条件Ifア, 40KV‑20mAであったoまた,図の横軸に目盛9を入れて
SKfi
あるのは,原子番号とともに,スペクトル線の位置が,高エネルギー側にシフトしていることを明 示するためである。図6よb, CrKβとMnKα MnKβとFeKα FeKβとCoKαが,また, 図7より, NLKlとCuKαが重なることが判る。しかし, CuとZnには,重複するスペクトル線 がないことが明らかである。
次に,これら標準スペクトルを使用して,定性分析した実例を示す。図8には100リラコイ/
(イクリヤ)のケイ光Ⅹ線スペクトルを示してある Fe‑Crの2元系合金である。また,図9 には, 1ダイムコイン(U,S,A)のスペクトルを示してある Cu‑Nレ合金である.勿論, NレKβとCuKαとは重複している。他に,不純物として Fe,Mnが含まれていることが判るo 図10は嘉慶通宝(清)のスペクトルである Cu,Znを主成分とし,他に Fe. Pbが含まれて いることが判るO このように,中重元素を含む試料のケイ光Ⅹ線分析には, Moターゲットが有効 である。
次に,重元素を含む試料の分析に有効なGdタ‑ゲットによるスペクトルを示そうO 図11には, 古代の青銅に,しばしば,含有されているAs, Se,A?の標準スペクトルを,また,図12には, Cu,Feの標準スペクトルを示してある。 Cuのスペクトルの縦軸のスケールを拡大すると,Feの 位置に, /」、さなtl‑クが観測される。これは不純物としてのFeのfc:'‑クではなく CuKαのエ スケープ」*‑クである(測定に使用した銅札 99.99%"の純金属銅である)。すなわち,試料よ
9出るCuのケイ光Ⅹ線(Kα‑8.04KeV)の一部が, (Si ‑Li)半導体中のS'L原子を励起 し,散乱されてのち,検出器に捕獲されたⅩ線札 あたかも, (銅のKα線)‑( sレ原子の励起エ ネルギー)‑8.04‑1.74‑6.30KeVのエネルギーを持ったケイ光Ⅹ線が検出器に入射したか のように検出されるのである。このCuのエスケ‑ブピークの位置が,たまたま, FeのKα(6.40 KeV)の位置とほほ一致するのである。この場合. FeのKlが全く観測されないところから,Cu のエスケープピークであることが確認された。
次に,図13にSnとSbの標準ケイ光Ⅹ線スペクトルを示してある。この2つのスペクトルの特 徴は,縦軸のスケ‑ルを拡大すると, Lα, Lβの2本のL線が観測されることであるOとくに,古 代青銅の微量成分をみるとき,このSnのL線がK,CaのKα線と見誤ることがあ9注意を要する。
次に,図14には,各々, Sn金属とCu金属, Sb金属とCu金属の混合試料のケイ光Ⅹ線スペク トルを示してある。このスペクトルで注意すべき点は, SnのKα( 25.3KeV)とCuのKa(8.04 KeV),および, SbのKα( 26.4KeV)とCuのKaの相和ピークが強度は′j\きいながらも, 観測されるということである。つま9,検出器の中に SnKα CuKαまたは,Sb Kα CuK<*
が同時に入射し,あたかも SnKα+Cu Kα‑25.3+8.04‑33.3KeV, SbKα+CuKα
‑26.4+8.04‑ 34.4KeVのエネルギーを持つⅩ線が入射したかのように,スペクトル線を与える
‑34‑
のである。とくに SnKαとCu Kαの相和t‑クの位置は,図15に示されているように, La のKα線( 33.4 KeV )の位置に相当するので,微量のLaと見誤る恐れがある。
図16には,メス1)塚出土の青白に錆びた鋼鉄をェメリー細で研磨してのち,観測したケイ光Ⅹ 線スペクトルを示してある。上述した標準スペクトルを使用して定性分析すると,Cu, Sn.Pbを 主成分とした3元系合金であることがわかる。縦軸のスケールを拡大すると,この他に,Ag.Sb が含まれていることが判る。また, Laの位置に観測されるど‑クは,上述したどとく Cu Kα
とSnKαの相和ピークであって, LaのK線ではない。同様のことは Cu‑Sbの2元系合金で もみられる.図17に, Cu, Sbを主成分とした四鉄銭(漢)のケイ光Ⅹ線スペクトルを示してある。
Cu KαとSb Kαの相和ピ‑クが観測されていることが判る。
次に,青銅に朱が付着した例を示そう。まず,図18にI鞍とPbの標準スペクトルを示すoレザ れも,やや,複雑な微細構造をもつ。図19には,赤色付着物をもったメスり塚銅鏡のケイ光Ⅹ線 スペクトルを示してある.鋼鉄にPbが含まれるため, PbとH3のL線が同時に観測され,非常に 複雑なスペクトルになっている。しかし,標準スペクトルを使用すれば,赤色付着物は朱であるこ
とが容易に判る。
以上のようにして,標準スべクトノLを使用して,古代青銅のケイ光Ⅹ線スペクトルは完全に解読 出来た。
次に,本法による定量分析の結果を示そう。標準試料としては,伸銅協会配布のCZS‑20,
‑23, ‑24 ; CZ‑55 ;CZP‑26 ; SZ‑1を使用した。古代の青銅の組成に類似した青 銅標準試料は現在作られていないため,入手出来た標準試料は,いずれも,古代の青銅に比べて,
snの含有量が著しく少ない青銅であった。これらの標準試料の分析値と本法による測定データを 表1に示してある。これらをもとにして作成したCu, Sn, Pb, Zn, Feの検量線を図20, 21,
22, 23, 24に示してあるo メスリ塚鋼鉄や古代コインの定量分析の一部に札 この検量線を使 用した。
以上に論述して来たように,実際に,考古遺物のケイ光Ⅹ線分析を行おうとすると,多くの基礎 デ‑クを必要とするが,それさえ準備されれば,エネルギー分散型ケイ光Ⅹ線分析法札種々の考 古遺物の分析に,きわめて有効である。
4 文 献
(I)三辻利一 特定研究 〝古文化財〝にて発表( 1977年1月 奈良教育大) (21三辻利一他 奈良教育大学古文化財教育研究報告(第6号) ( 1977年)投稿中
‑35‑
表1 金属標準試料データ
元 素
試 料
S n P b Z n C u F e
W t % C t S W t % C t S W t % C t S W t % C t S W t % C t S
C Z S ‑ 2 0
‑ 2 3
‑ 2 4
C Z ‑ 5 5
C Z P ‑ 2 6
s z ‑
1.0 0
0.6 3
1.3 8
0.2 7 9
0 .0 2 0
0 .0 0 3
1 3 ,8 3 4
8,5 4 6
1 8 .8 5 2
3 .9 0 5
3 5
2 4
0 .0 5 3
0 .0 0 5
0 .0 0 9
0 .2 2 4
1.0 5
1.5 3
3 1
5 7
2 6
2 3 6
7 8 6
9 9 6
3 5 .8 2
3 4 .4 0
3 7 .8 0
3 6 .5 4
4 0 .2 4
3 8.6 4
3 .5 2 3
3 ,5 2 8
3 ,9 1 7
3 ,7 3 2
4 ,4 4 2
4.1 4 1
6 3 .0 3
6 4 .9 6
6 0 .7 9
6 2 .8 9
5 8 .6 9
5 9 .8 3
2 2 ,4 4 8
2 5 .5 4 6
2 1,2 5 4
2 3 ,1 5 4
2 1,8 2 9
2 1,3 0 7
0.0 9 9
0 .0 0 4
0 .0 2 4
0 .0 6 7
0 .0 0 3
0 .0 0 2
3 8 6
1 0 2
1 3 7
2 1 5
9 8
8 5
図1 電 流依存 性
‑37‑
Cu‑ k,,
レ
図2 Cuの電流依存
図3 Snの電流依存性
‑38‑
図Ll ピークの高さの電圧依存性
‑39‑
Cl
図6 Cr,hh,Fe,Coの標準ケイ光Ⅹ線スペクトル
BUB
*l
I I0 15
図 Ni,,Cu,Znの標準ケイ光Ⅹ線スペクトル
図 100リラコイン(イタリア)のケイ光Ⅹ線スペクトル
図9 1ダイムコイン(U,S,A)のケイ光Ⅹ線スペクトル
図10 嘉慶通宝(清)のケイ光Ⅹ線スペクトル
図11 As,Se,A9 の標準スペクトル ー42‑
TEE帽T
図12 GdターゲットによるFe.Cuの 標準ケイ光Ⅹ線スペクトル
図13 Sn,Sbの標準ケイ光Ⅹ線スペクトル
図14 Sn, CuおよびSb,Cu混合試料のケイ光Ⅹ線スペクトル
図15 Laの標準ケイ光Ⅹ線スペクトル
‑44‑
図16 メスリ塚出土鋼錬(研磨)のケイ光Ⅹ線スペクトル
‑ 4 5
‑
図17 四錬B(漢)のケイ光Ⅹ線スペクトル
図18 Ho,Pbの標準ケイ光Ⅹ線スペクトル
三,:.∴l ÷I
図19 赤色付着物付きのメスリ鋼鉄の ケイ光Ⅹ線スペクトル
x ■ 書 よ ( カ ウ m 蝣 a ォ ( カ ウ ン ト )
so 40 *O
z. oi k)
図23 Zn の検量線
x
* 態 度 ( カ ウ ノ ト ) x ●書ま ( カ ウ ノ ト ■ )Ⅹ ■ 書よ ( カ ウ ン ー )
ao 仙 SO S0 70 80 ・0 1 00 Cu(▼tX)
図20 Cuの検量線
Czs‑84 U> * ‑ LiH ns.1
図22 Pbの検量線