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米国における第二次世界大戦の記憶と歴史像
著者 島田 真杉
雑誌名 高円史学
巻 13
ページ 164‑171
発行年 1997‑11‑01
その他のタイトル Memories and Historical Images of the Second World War in the United States
URL http://hdl.handle.net/10105/8740
米国における第二次世界大戦の記憶と歴史像
島 田 真 杉
はじめに
米国社会における第二次世界大戦の記憶は日本のそれと
多くの点で異なっている︒米国のそれは︑しばしばいわゆ
る﹁よい戦争﹂論という形をとる︒先年のスミソニアン博
物館における原爆展問題を通して︑日本でもある程度は知
られるようになったが︑その概略は次のようなものだ︒
この大戦は米国にとってはファシズムや軍国主義から民
主主義を防衛するための戦争で︑その遂行のための生産・
軍事両面での大規模かつ整然とした動員に市民は積極的に
協力し︑枢軸国に対する連合国の勝利の原動力になった︒
その過程での犠牲は他国に比して相対的に少なく︑また社 会のさまざまな溝が埋められて市民は結束した︒他方︑軍需で経済が復興し失業は解消︑賃金は上昇し︑さらに大戦中の貯蓄によって戦後には爆発的な消費ブームが可能になるなど市民生活が改善された︒こうした意味でこの戦争は社会にとっても個人にとってもよい戦争であった︒
日本で多くの人々が抱いているこの戦争のイメージから
すれば︑とくに太平洋戦争当時の国内の生活の苦しさや︑
戦闘や原爆による多数の犠牲者といったことからすると︑
戦争に﹁よい﹂という形容詞を付けることには︑戦勝国の
こととはいえ納得が行かないかもしれない︒世界的に見る
と五千数百万人という途方もない数の死者を出しているの
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だから︑なおさらと言えるかも知れない︒しかし︑全体主
義の侵略を退け︑豊かな生活の基盤を作り出した﹁よい戦
争﹂というこの議論を覆すのは実はそう簡単なことではな
いと思われる︒九〇年代の初め頃から︑第二次大戦以来半
世紀が経過したことを記念する催しなどとともに︑米国に
とってのこの戦争の意義がさまざまな形で改めて論じられ
ているが︑その動きをたどってみると︑この議論の堅田さ
を思い知らされるような気がするのである︒そこで︑ここ
では近年の特徴的な動きを二︑三取り出して︑紙幅の許す
範囲で﹁よい戦争﹂論の検証の可能性を考えて見たい︒
一 ﹃合衆国史の教育基準第五−十二学年﹄の場合
米国の歴史家や歴史教育に携わっている人々は︑この戦
争をどのように捉え︑そして教えようとしているのか︒新
しい動きを示すものとして﹃合衆国史の教育基準﹄︵l九
九四年︶という書物がある︒これは︑米国政府が出資する
全米人文財団の援助を受けて進められた全国歴史教育基準 作成計画の最初の成果というべきもので︑全米の初等・中等教育の場における合衆国史教育の改善を目指したものである︒この計画には歴史教育関係の多くの組織のはか︑米国の歴史家の二大組織︑アメリカ史研究者会議OAHとアメリカ歴史学協会AHAも全面的に協力している︒それゆえ︑その内容は︑近年の米国における歴史学界の動向︑そして成果を十分に反映したものと考えて差し支えない︒
本書は冒頭で︑教養ある市民の育成に歴史教育がいかに
重要かを説くとともに︑歴史的愚考とは何かということに
ついても多くの紙数を割いている︒その後︑合衆国史のさ
まざまなテーマを時代順に設定し︑各々について生徒が学
び理解すべき事実や視点を数点ずつ挙げていく︒第二次大
戦に関わる部分の論点は大きく分けて次の三点である︒
まずは大戦の起源と経過である︒次に全体としての戦争
の性格である︒これは要するに全体主義国の侵略に対し︑
民主主義を防衛する戦争であったということになる︒これ
に関連して︑連合国がいかにして勝利を収めたかという閏
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題も提示される︒連合国内部の外交︑払われた犠牲︑原爆
投下決定の意味などである︵投下については第七学年以上
の生徒に対し︑各種史料を用いて是非を議論させるよう求
められている︶︒第三点は︑戦争が米国社会に与えた影響
である︒戦時動員がどのようなものであったか︑それは文
化やテクノロジーにどんな影響を及ぼしたかを考察させる︒
しかしこの部分でより大きな力点が置かれているように思
えるのは︑大戦中に社会の少数派が受けた扱いである︒少
し引用してみる︒﹁合衆国の少数派が戦争遂行に貢献した
ことと彼らに対する人種主義や差別とを対比せよ︒﹂﹁日系
アメリカ人が強制収容所へ入れられたことを検討せよ︒﹂
﹁女性の役割や家庭というものに戦争が与えた影響を分析
せよ︒﹂この問題はまた︑別の箇所で次のように表現され
ている︒﹁強制収容された日系アメリカ人の市民的自由が
否定されたことについて︑また黒人が︑自分たちがまだ国
内で与えられてもいない民主主義の理念のために海外で戦っ
たという皮肉について︑生徒は学ばねばならない﹂と︒ ここに浮かび上がってくるのは︑﹁よい戦争﹂論がいう
ところの整然とした動員と協力︑あるいは市民の固い結束
の姿というよりも︑むしろさまざまな矛盾をはらんだ戦中
の社会像である︒これは近年の米国社会で強まっている多
文化主義の流れと一致するし︑同時に︑過去二〇年ほどの
問の社会史的観点からの研究によって得られた成果を基盤
にしたものでもある︒
しかし︑そうした見方が世論に支持されるかどうかは︑一
また別の問題である︒第二次大戦の部分だけに限らず︑こ 朗lの書物全体に﹁少数派や非特権層への配慮﹂という歴史観−
が貫かれているが︑実はこれが出版と同時に保守的な議員
やマスメディアの凄まじい攻撃対象となった︒多くの市民
が︑自分たちの抱く伝統的な歴史像との違いに違和感を訴
えたのだ︒学界の歴史研究と社会の常識との落差という深
刻な問題だが︑この点は第三章でもう一度触れよう︒
二 ﹁第二次世界大戦とアメリカの夢﹂展覧会の場合
一九九四年から九五年にかけて︑上述の﹃基準﹄や︑あ
るいはスミソニアン博物館における﹁エノラ・ゲイ号﹂展
示の問題が白熱しているころ︑ワシントンにある建築博物
館で戦争の影響を肯定的に捉える展覧会が一四カ月にわたっ
て開かれていた︒国防省の歴史遺産管理計画が中心になっ
て企画された﹁第二次世界大戦とアメリカの夢﹂展である︒
私の手元にそのカタログがある︒六本の解説論文を含む大
部のものだ︒それをもとに展示の概要を紹介してみよう︒
展示の基本方針は︑会場入り口のパネルによれば︑﹁戦
時建築計画の産物を展示し︑この戦争がアメリカ人の物質
的な面での夢とあこがれにどんな影響を与えたか入場者自
身に採ってもらう﹂ことであるという︒そして展示の末尾
には︑三〇年代の大恐慌の時代に公共事業促進局で活躍し
たあるエコノミストが︑戦時経済の活力を目の当たりにし
て記した書物の中の一文が掲げられている︒長くなるが引
用してみる︒﹁こんなにも巨大な軍需生産のために︑私た ちの資源をこんなにも素早く︑そしてこんなにも効率的に動員できるなら︑技術的に見ても組織的に見ても︑我々の経済資源を平和時の消費のために同じように効率的に動員できないことがあろうか︒敵を倒すための莫大な量の軍艦や航空機︑その他の武器を作ることができるなら︑戦争の後︑その同じ資源を︑すべての国民の生活水準を引き上げるために大いに必要とされている住宅︑自動車︑電化製品︑学校︑病院その他を作り出すために投入できないだろうか︒﹂︵R・ネイサン﹃物質的豊かさのための動員﹄︶
展示の最後でこう問いかけられた入場者の多くは︑過去
半世紀余りの米国社会の歴史を振り返り︑戦争が物質的な
面での生活改善にどれほど大きく寄与したかに改めて納得
し会場を後にする︒展示はそういうふうに構想されている
ように思われる︒具体例をいくつか取り出してみよう︒
兵舎として使われた一七万戸以上ものカマボコ型住居︑
アラスカまで伸ばされた高速道路︑真珠湾攻撃の直前に着
工されハカ月で完成したペンタゴン︑オレゴン州ヴァン
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ポートに出現した巨大な造船工場とその労働者のための街︑
デトロイトの近くに作られた巨大な爆撃機工場︑軍需生産
の拠点へ大量に動員された労働者のための大規模な団地︒
これらはみなとてつもない規模で作られ︑米国各地の景観
を大きく変えてしまうとともに︑ガラスを多用したり極め
て機能的効率的に設計され︑人々の意識や生活に永続的な
変化をもたらすことになった︒また︑新しい工場で生産さ
れることになる新開発の素材︑例えばサランなどの合成繊
維やプラスティックなども戦勝に役立っただけではなく︑
戦後の生活に貢献した︒と︑こういう具合である︒
他方︑大戦中に人々の協力意欲をかき立てるために用い
られた広告やポスター類も展示されている︒それらは︑建
築技術を含む新しいテクノロジーや製品が戦後にすばらし
い生活を作り出してくれることを約束し︑そのすばらしい
生活の実現のために戦おうと語りかける︒下の図は電化製
品で有名なGE社の一九四三年の広告で︑前線へ出る直前
の兵士が婚約者と将来の豊かな生活の夢を語り合い︑その 実現を約束するという図柄である︒地面に描かれた未来の新居に注目したい︒右下には﹁将来の﹃ヴィクトリー・ホーム﹄は今日の犠牲の代償の一部である﹂と書かれている︒特徴的なものとしては他に︑﹁総力戦の後にこそ︑満たされた完璧な生活が可能になる﹂という文句を掲げたものなどがある︒約束は︑よく知られている戦後米国の繁栄の中でたしかに多くの市民にとって現実となった︒少なくとも彼ら自身はそう意識している︒大戦中に日系二世の四四二
D.Albrechtの著審(文末の 文献リスト参照)より転載
ー168−
部隊で戦った著名な政治家︑ダニエル・イノウエも︑この
展覧会は﹁わが国の過去の重要問題を洞察する視点を提供
し︑最も困難な状況下で生み出された米国民の創造的活動
の成果を祝福するためのもの﹂とメッセージを寄せた︒そ
うした意味で﹁よい戦争﹂は米国市民にとって否定のしよ
うのない現実そのものであり︑展覧会の題名は彼らの脳裏
に戦後の豊かな生活の原点としての戦争を改めて刻み込む︒
三 学界の動向と展望
大戦を肯定的に捉える傾向が続く一方︑﹁よい戦争﹂な
どある訳はないといった主張を秘めた議論︑米国の大戦経
験の暗く悲惨な側面に光を当てる議論も新たに生まれてい
る︒代表的なものとして取り上げたいのは︑ジョージ・ロー
ダー二世の﹃検閲された戦争⁚視覚を通したアメリカ人の
第二次大戦経験﹄︵一九九三年︶である︒
この著作は︑大戦中の米国で用いられた報道写真︑そし
て戦争の意義を伝えようとする広告やポスターを分析し︑ 米国市民に何が伝えられ︑何が伝えられなかったかを明らかにすることにより︑市民の意識というものがいかに操作されたものであったかを見事に描き出している︒近年︑戦争宣伝のテクニックに関しては︑米国のみならずドイツや日本におけるものについてもさまざまに取り上げられて来た︒米国では︑国立公文書館で﹁信念の力⁚第二次大戦期のポスター芸術﹂という展覧会も催され︑戦争の意義の訴えや戦争協力の依頼が市民に影響力を及ぼしたことが強調されている︒しかしローダーは︑大戦中にボツとされた報道写真に注目する︒それは例えば米兵の死体の写真である︒そうした写真は︑市民の戦争に対する関心を高める必要に応じて戦争後半期には公開されもした︒しかしあまりにも無残と判断されたものはしまい込まれた︒また大量虐殺の写真でも︑非白人のものは影響が少ないとして公開されている︒ローダーによれば︑このような操作は︑戦後の米国社会において︑市民の戦争に対する感覚を大きく左右する
ことになったという︒つまりは︑﹁よい戦争﹂ に論は︑国
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家による操作を通じて作り出されたイメージに拠っている
面が多分にあるということだ︒
この他にも︑徴兵の業務がそれほど円滑には進まず︑む
しろ各種の混乱が付きまとったこと︑また徴兵された兵士
たちの間で政府が掲げた戦争目的が十分理解されず︑さら
には関心すらも乏しかったことなど︑戦争の多様な側面を
描き出し︑﹁よい戦争﹂のいくつかの論点を掘り崩す研究
が次々と公にされている︵ただ︑﹁よい戦争﹂批判が﹁よ
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くない﹂側面の誇張にまで至れば歴史学の危機を招くとい
う︑ある歴史家の警告には留意したい︶︒それらの成果か
らすれば︑第二次大戦期の米国社会を﹁黄金の時代﹂といっ
た言葉で表現することはもはや不可能になったかに思える︒
他方︑著名な現代史家ウイリアム・オニールは︑近著
﹃戦う民主主義国﹄ の中で︑暗い側面を踏まえたうえでな
おかつ︑戦時下のさまざまな領域での米国市民の活躍を情
熱的に描き︑戦後の自由主義と民主主義を中心とする世界
の枠組みを作り上げて行くうえで米国市民が払った犠牲に 賛歌を捧げる︒学界の中では少数派の立場といえそうだが︑先に見た世論の動向からすれば多数の市民の支持は得られるだろう︒最近の米国でのある調査は︑市民の問で抽象的な理屈より自らの直接経験をもとに世の中を認識する傾向がきわめて強いことを明らかにしたが︑第二次大戦の理解についても︑感覚的な﹁よい戦争﹂論や︑それに近いオニールの議論の方が受け入れられ易いといえそうだ︒
さて︑近年の米国における第二次大戦の記憶と歴史像に
関する動きを駆け足でたどって来た︒もう紙数が尽きてい
るので︑上の議論から引き出せることを二︑三点にまとめ
て締めくくる︒一つはアカデミズムの世界と市民との意識
の隔たりである︒米国の場合はその距離が近いという印象
があり︑歴史家の側からの接近の努力についても多少知っ
ているつもりだったが︑改めて距離を認識させられた︒
二つ目は︑大戦中の悲惨さ︑愚かさが明らかにされても
なお変わらない︑﹁よい戦争﹂論批判の難しさである︒そ
れには二つの面があろう︒まず米国社会の側の条件として︑
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戦中︑そしてとくに戦後に︑他国とは隔絶した恵まれた生
活状況が多くの市民に実態としてあり︑これが戦争認識に
影響したことだ︒﹁だからこそ米国市民は他国民を気遣え﹂
という説教も聞かれるが︑私の脳裏には大戦中に米国内を
旅行したある英国官僚の回想が浮かぶ︒彼は母国と生活事
情が余りにも違うことに驚嘆し︑米国史の比較不可能性を
痛感したのである︒他方︑米国を外から論じる側の問題と
して︑戦後の世界では戦争から生まれた秩序の中で日本を
含め多‑の国の市民が戦争に関連した技術の恩恵を受け︑
またしばしば軍需で潤い︑米国市民と同様の生活を目指し
て来たことが挙げられる︒批判するには私たち自身の足元
も十分見つめ直してかかる必要がある︒結局のところ︑私
たち歴史の研究と教育に携わる者に差し当たり出来ること
は︑そうした自己点検とともに︑月並みだがまず正確な事
実を積み上げて記憶や感覚を検証して行‑努力であろう︒
その点で︑近年の米国歴史学界の動きは︑私には十分参考
になり評価出来るものだ︒ 三点目として︑日本の西洋史分野での第二次大戦史研究が手薄なことである︒平和への思いへ戦争への嫌悪が︑研究すらも遠ざけて来た感があるが︑総力戦下の社会の研究は現代史研究の軸にもなりうるものだと感じている︒
[主
要参
考文
献]
o N a t i o n a l S t a n d a r d s f o r U n i t e d S t a t e s H i s t o r y : E x p l o r i n g t h e A m e r i c a n E x p e r i e n c e , G r a d e s 5 ‑ 1 2 E x p a n d e d E d i t i o n ( n . d . ) . D o n a l d A l b r e c h t , e d . . W o r l d W a r I I a n d t h e A m e r i c a n D r e a m : H o w W a r t i m e B u i l d i n g C h a n g e d a N a t i o n ( 1 9 9 5 ) .
‑ G e o r g e R o e d e r , J r . ‑ T h e C e n s o r e d W a r : A m e r i c a n V i s u a l E x p e r i e n c e D u r i n g W o r l d W a r T w o ( 1 9 9 3 ) . L e w i s E r e n b e r g &
S u s a n H i r s c h , e d s . , W a r i n A m e r i c a n
C u l t u r e
⁚ S o c i e t y a n d C o n s c i o u s n e s s d u r i n g W o r l d W a r
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(京都大学総合人間学部)