――目次――
1,
宗教における平等と差別,姉崎正治,Masaharu ANEZAKI,pp.1-6.
2,
日本人の宗教心,帰依則行善,紀平正美,Masami KIHIRA,pp.7-14.
3,
国家と教会,カール・バルトを中心として,佐野勝也,Katsuya SANO,pp.15-24.
4,
宗教的倫理,最近弁証法神学の主問題,丸川仁夫,Hitoo MARUKAWA,pp.25-41.
5,
民族的宗教の性質と機能,宇野円空,Enkū UNO,pp.42-49.
6,
満州伝道について,中山正善,Masayoshi NAKAYAMA,pp.50-58.
7,
教団内における信仰運動について,中村辨康,Benkō NAKAMURA,pp.59-70.
8,
日本的基督教論,今井三郎,Saburō IMAI,pp.71-78.
9,
宗教の批判的再興の機構,梅原真隆,Masataka UMEHARA,pp.79-82.
10,
行刑上の新教化法と囚人の感想,正木亮,Ryō MASAKI,pp.83-90.
11,
明治以降の修身教育にあらはれたる宗教政策,海後宗臣,Sōshin KAIGO,pp.91-101.
12,
仏教復興と既成教団,浜田本悠,Honyū HAMADA,pp.102-108.
13,
我国最近における基督教界の動向,主として所謂「日本的基督教」について,比屋根安定,Antei
HIYANE,pp.109-119.
14,
仏教青年運動の一考察,柴田道賢,Dōken SHIBATA,pp.120-125.
15,
類似宗教団体の現勢とその分析,小関紹夫,Tsuguo OZEKI,pp.126-140.
16,
世界の危機と基督教,相原一郎介,Ichirō AIHARA,pp.141-147.
17,
アメリカ宗教界における無神論的傾向の萌芽,岸本英夫,Hideo KISHIMOTO,pp.148-157.
18,
カトリック的宗教復興の現象と理念,吉満義彦,Yoshihiko YOSHIMITSU,pp.158-174.
19,
仏教研究の新しい芽,久野芳隆,Horyū KUNO,pp.178-186.
20,
国民主義運動と神道の宗教的動向,溝口駒造,Komazō MIZOGUCHI,pp.187-198.
Posted in 1934
(昭和9)年
宗教に於ける平等と差別
妹 崎 正 治
抽象の概念と具饉の知覚とが、日常生活に於ても.叉思想の生活に於ても、互に相助け相補ひつ1も.而かも 度々支梧衝爽することのあるは、頼著な事案である。此の消息は、宗教に於て特に著しく、宗教系統の封立、同 系統の中での分派.乃至軟骨の宗義と佃人信仰との遷座など.皆この消息の一面を表し、古木宗教史上の動稀欒 化には、此関係が現れてゐる。此鮎に関しての諸種の歓察は、前にも時々之を公にし.又こ1で一々論述するの が今の目的でなく.こ1には所謂る宇内的宗教と民族的宗教との封照に閲して、平等と差別との閲係を概見した いのである。それといふのは、現在世界各閲共に種々の民族主義が強まり、而して民族的宗教の主張が力を得、 特に我固では此傾向が強いのであるから、平等と差別との関係は特に注意を要するものがあると考へられる。 一世、宗教信仰には、l一つの雨樋を包含してゐて、其究貴の目途些二世十方宇宙を一括しての生命理想に解れ、 叉つかまふとするにあるが、而かも叉その信念の結着安住としては、各自の信念.之を人に倦へることもし難い 性質をもつてゐる。此が宗教の、香人生金牌の両極性PO−arity であつて、云ひかゆれば、一方超地的平等性と 共に他方猫特の差別性と、此の二つを兼ね具へてゐる、若くは具へん事を要求する。一方極めて宇宙的︵若︿は 形而上的︶であると共に、その宇宙的信念れ異腹的に人格の光となりいのちとなるを聾する。件数でいふ法と人 宗教に於ける平等と差別 9J7との一致結合を要求する。其故に、或種類の宗教運動で、道理至極な一般信傭を整へ、例へば縛迷開悟とか、同
胞愛とかいふ様に、概括的に何物をも包容し得る様な教を立て1、平等理想を旗じるしにしても、それが多くは只﹁ごもつとも﹂といふだけで、一向力にならないといふことは、幾多の箕例が之を示すに散りある。その反封
に、いくら個人的確信が熱烈で輩固であつても.その特殊信仰の差別性が、一向平等性を帯びないものでは、単 に狂熱又は礪善に経る、此も亦一々詮明を委しない位である。︵日本には、種々の﹁行者﹂と解する者の信仰に多 く此が現れてゐる︶。平等と差別との聯終に関する此間題は、単に宇宙と個人といふ様態で現れるだけでなく、人間生活に必然な種
々の社食生活︵沸教でいふ依報の法界︶と個人との閲係にも、同じ滑息が現れる。即ち、多くの個人が生活し、 叉いのちを托する配合︵法界︶は.必しも超越的理想家や形而上単著の見る宇宙でなく、もつと直接に具髄的の 吐合であつて,それ′ぐ一粒鹿又事情に應じて、家族、部落.種族、民族、若くは講祀、教禽等になる。且つ又、 個人は、極めて少数の特別な場合を除いて、全然個人として生活してゐる︵有形にも無形にも︶着でなく、此等 の社命法界が最も有力な生活要素をなしてゐるのであるから、箕際問題として見れば.個人と宇宙との踊係とい ふのは、個人と迭界︵種々の内容で︶との関係といふことになり、而して宗教信念の内容としては、その所属の 法界が宇宙的に如何なる位遣を占め.意義を有するかといふ鮎に辟着する。伺ほ法界の構成についても給すべき鮎はあるが、観て之を略して、信念の規模の欒避について観察して見る。
元来の民族的宗教で、自族の守政和を中心にし、他族の者はその崇敬に参興し柑すとして.排他的主張を生命に l宗教に於ける平等と差別 クJ8してゐた闘は,民族の別を顧みない宇内的宿昔との別は明白であつた。然るに、今から二千年ほど前に相続いて 宇内的宗教が現れて.民族別を超越した信念をひろめるに及んで、民族的宗教も、単に排他の自己本位に安んじ て居られなくなゎ.多少とも宇宙的意義を蓉挿する様になつて釆た。︵ペルシャ敦、ユダヤ教、同数、儒教、印度 教、細道等貰例についての観察は、之を略する︶。 然るに、その反封に、俳教とキリスト教と.二つ最も宇宙的信念を明にして興った宇内的宗教でも.それが諸 の民族を感化すると共に、叉各々の民族生活と密着するに及んでは、それだけ差別性が多くなり.それだけ平等 性を滅すると云ふ結果を呈してゐる。咄は異民族の間に於ける薫別特色と結びつく結果である外に、同一国民の 問に生存しても、時代の労連、時勢環境の需要などに際じても.同様差別性を加へる。民族性や時勢と共に有力 なのは、特別な人格の力であつて、同じ宗教系に属しても、叉同じ時勢に廃しても、個人的特色が各人にあり、 而して夫が特に傑出した偉人に於て著しく、其が又多くの人を感化すれば.夫々の特色に應じた差別性が勢力を 占めるに至るのは昔然の事である。勿論.個人と民族性と時勢とを全然分離して考へることは出来ないが、兎に 角、個人の特色が重要の一要素たることは、例へば、日本俳教史の申で鎌倉時代、叉西洋で宗教改革時代の場合 に著しく現れてゐる。 平等性と差別性との滑息をかく親祭して見、而して宗教の感化力が宇宙と個人とに徹底するを要するといふ大 根抵と併せて見ると、その間から、宗教の滑長に閲する大切な解樺を多く蔑見し得る。即ち、宗教の生命は、宇 宙のいのちが個人のいのちに世現せられる朗に最もそのカを按はすが.多くの個人は自家猫特の力よりも、国債 祭政に於ける平等と差別 9J9
統合の一員と⊥て生活するから、宗教の斉際の俵嬢は、民族なり教食なりの生命︵その成立の要素.倦統東森﹁ 理想抱負、時々の必要等を含めて︶に頼る鮎が多い。而して、問題を直接具性的につゞめて見れば、現代文化庇 於ては.民族園結、国家の生命が、直接現前の勢力であカ、点数の生命も﹂此の勢力の影響を受けること前代止 りも多くなつてゐる。か1る状態の釆歴や賂釆、又は利害得失は、暫く之を別問題として、眼前の情勢には此の 如きものがある。此に於て願菅なことは、今まで宇内的宗教と⊥て知られ、平等性に於て秀でたはすの宗教、特 に沸教とキりスト教とが、諸方面に於て民族運動の趣を呈しっ1ある事算である。勿論、かういふ傾向は.必lし も近年に起った事でなく、キリスト教では十六世紀の所謂る改革がそれであり.日本の彿教は﹂奈良朝にも既に その兆を示し、夫から後段々之を増長して釆た。其外.印度教の復興や同数の勃興など、亦その例に漏れぬ。此 等の事を鮭史的に観察して.その意義を探るのは別の問題として、もつと直接の事態を見やう。即ち現時世界文 化の危機に際して、民族的主張が種々の形で興ってゐる中に、宗教心も同じ所動をなしてゐる事、特に我国では、 神道も沸教も﹂亦キリスト教すら、民族的主張と結ぶ鮎が、顛著に.文意識的になりつ1あるといふ一鮎、此が 今の問題でぁる。 此の傾向趨勢は.宗教運動が場合によつては、平等性に偏し、超越的理想に馳せて、終に遊離叉抽象に経るに 封する強い畢肘になるもので.婆漠な宇宙観や猫善の個人主義に封する有力の拾靡たるべき性質を兵へてゐる。 云はゞ、天からふり降った様な理想に封して、土につき、地から掃き出る資質ある信念と云ふべきである。然し. 同時に警戒を聾するのは、此の如くにして差別性、現斉性が強くなるに従つて.平等性の減退する危険といふこ 崇敬に於ける車等と羊別 四 タj妙
とで.雷へて云はゞ.根は張っても花も貰も貧弱な草木に似ろ危険である。此鮎を、飛囲現存の諸宗教について 親祭するのは.之を別の横合に護り、一般的観察として云はゞ、根強い差別性の特色を漁じて、如何に包容的な平 等性の向上力を蓉挿し得るかといふ鮎が、此動向の宗教に封する試金石となるといふに辟する。此の関係は、偶人 の信念とその感化力との関係とも同じであつて、宗教元来の惟質叉使命は、現賽差別相を引上げて理想向上の生 命を蟄挿せしめるにあり、此向上力の映乏は、その活力の減退萎縮に終らLめる。即ち、民族的生命を基本とし 養濾とLて蟄動する信念は、其から出畿して世界的理想を具へて始めて宗教的生命を蓉埠し得るのであるから、 元木の民族的宗教の規模以上に展望のない様な差別性に堕しては、極めて限られただけのいのちに終る。他の生 命の寄算と同様、延びなければ縮むといふことは宗教のみに限らぬが、平等包容の感化を辟趨とする宗教に於て、 特に著しくこの滑息が示される。押遣にしても、叉日本併教、日本キリスト教などいふ主張は、一面直接の民族 生活に根底を据えようとするのは重富であるが、横板だけ具はつても、枝菓華貫の成長力がなければ枯死するは 明白である。此に於て、問題は、我が民族生活に具性的の差別特色があると共に、その特色ある生命の中に、ど れだけ宇宙的意義と平等理想とを具へてゐるや.叉如何にして之を費埠し得るやといふ問題に膵活する。 此黙も、今こ1には概詮に止めるが、右の所論は.既に聖徳太子が一博三賓上菩薩浄土との聯絡として道破せ られた所、その大意を云はゞ下の如くなる。一撃二茸の大法は、法︵眞理︶と人と法界とが不離の一世たる根本 原則を明にし、此の三つが互に依存し照明して.固としても個人としても、叉世界としても生命の満躍すべきを 示す。而して個人たる衆生は各々その善悪根性の感應に結<‖せちれて図を達吉る.。比国土を浄土とするのが即ち 票数に於ける平等と差別 五 ジβJ
六 票数に於ける平等と差別 菩薩の事業であつて︵太子自ら此に督らうと期せられた︶、衆生の眞心が、此の理想に感じて生命を営む様になれ ば、その有相︵現斉具憶︶の眞心が自ら此土に浄土を建設する。要するに此の如き浄土建設の理想を快いた民族 主養は﹁人皆麓あり、達者なし﹂の偏狭に堕して萎縮する。 此の如く現実の国土生活に基いて.而かも之を超越する浄土建設の理想は、俸教大師を通じて、日蓮上人の主 張で愈よ蟄揮せられた。﹁我れ日本の桂とならん﹂との日本は単に地理的硯貰の日本ではなかつた。宇宙的生命を 牌現する日本閲、正法をいのちとする日本国、即ち菩薩浄土の日本国であつた。﹁世界とは日本固なり﹂との一言 は、民族生活を離れす、而かも単に民族生活に局限せられない日本国であつた。此の如きは日本国で始めて、現 斉と共に理想、差別と共忙平等を具備し得るのでないか。﹁日本的﹂を﹁宇宙的﹂又は﹁世界的﹂に封抗し、又は 分離して考へてゐる様な﹁日本的﹂宗教は到底宗教の使命を負揺するに足りない。 タββ
個人主義乃至自由主義が行き詰って、直ちに金牌主義乃至閥家主義が提唱せられる。然し個人といふ立場にあ ■ヽl︳ヽ ってあげつらふ限りは、全蝮乃至囲家の眞意養には達し得ぬ、其は部分を如何程集めても.重態とはならす、個 人の集合は依然として個人主義的のものであり、相封に封せしむる絶封は依然として相封に止まるからである。 猶ほ比喩を取って見る、病人が始めて自分の病束であることが自覚せしめられる様になつたとき、理想としての 健康恒を描くであらうが、其れは柄人の考へ出した健康健であつて、健康鰻それ自らではない、健康鰻は寧ろ健 康惣といふ革識はないのであつて、僅かに自分を柄人と比較した時にのみ、共の意識がある。此の事は今日俄に 日本精神といふことが流行して居ることに常飲め得られる。個人主義的の邪論でそれが取扱はれる限少、それは 病人の夢ほどの債値こそないものである。長の日本精神は寧ろ日常のもの、平々凡々にして、無自覚的なるもの に存在する。 此の比喩は.其の俸に叉宗教といふことを諭する場合に常飲る。件数や基督教や周々数等が宗教の代表的なる 日本人の宗教心
日本人の宗教心
− 蹄 依 則 行 善!
平 正 美
七 飢沖ものとしての宗教は、身に病あるものが腎師へ、・病院へ行ぐが如くに.、心に病あるもの1安心立命を得べき方塘 に過ぎない。即ち此の世をぼ草しと見て、彼岸を欣求する、煩悩具足と伝知して.如来の同向に梼取せられると するのが宗教である。只沸教に於ては.其の方便が更に理論的に深められた、それが為に大乗彿教となつては既 に其の趣が異って乗る。即ち此が﹁方便の眞門﹂となつて、最早宗教自牒の止揚︵aurheben︶となつて居る。而 してそれは印度から支部へ渡少、・更に日本へ釆て始めて完成せられたる所のものである。 日本人に宗教的意識ありや否やといふことはしば′1論ぜられる朗のことである。如何にも山紫水明の土地で ヽヽ あり.気候和順であつて.うら安の囲なりと日本を考へる以上は、他の特に宗教的民族と解せらる1ものほどに 深刻なる宗教心なしとも言ひ得られるであらう。恋しさう云ふのが既虹二部日本に裁ての理想を表明したもので ヽヽヽヽ ある。若しさう云ふ土地に住居して居る人々は何にも特に山紫水明でもなければ、風雨和順でもなくうらやすで もない。香な﹃日本精神﹄にも書いて償いた過少、日本は地簑の図であり、叉辟風の襲来する観でもある。我等 が近く経験した如くに、関東の大地賽には地震計が、叉今次の閥酉の大風水害には風速計が破壊せられて、其の 役を鳥L得なかつたといふことは、何たる皮肉なことであらう。一切の人偏工作尤、大自然の威力に向うては無 力であることを忘れた時に常に我等は警告せられつ1釆て居る。即ち故に天語といふ意識が成立つ。西洋個人主 義と聯細した自然料率に眩惑せられた人々は、天譲思想をば、迷信なりと云ふが、それは実際の生活を知らない 机上の墨絵者の為す抽象論に外ならない。自然現象と調和しての生満こそ、質に賓生活なのである。我等は党日 の大暴風雨に笛つで、直接に経験した、自然はあの如き暴威を退くした後に、仲秋前夜の名月は静かに天察に懸 日大人の宗教心 八 I924
って明唆々・たりであつた。我等日本人は斯くて大自然に封して絶封に辟伏することを、昔より知つて居る。斯く
ヽlヽ︳ヽヽヽ て聖徳太子の辟俵別行善といふことが理論でなしに、算感、斉経験の上に成立つ。腰天判下非人謀とは・陽明の ヽヽヽヽ 蠍々吟に於ける名句であるが、個人の立場に於けるよしあしの原理を捨て▲.腰天判下する、日本人は奥底から 此の意義を知って居る、単なる理論からではない。斯る国民性に封してl詰れか宗教心なし、或は嘉しと云ひ得よう。
既に自然に随順することを知った以上、其の自然と調和しなくてはならぬ。それに貫生活の内容が加へられて
は、﹁上﹂餌ち﹁紳﹂とも調和しなくてはならす、同時に人と人とが調和しなくてはならぬ・而して此の方法は祭と
なつて居る所のものでそれが斉に我が紳造の眞幣を鴬す所のものである。それで叉聖徳太子は内外困姓なる場合
に、身分柄華慮の生活に於て、よく大乗教理を畢習せられたのである。それで拳者としての太子からすればー制
定せられたる憲法の最初に﹁以レ和声貴﹂とせられた﹁和﹂も、樺迦の慈悲、孔子の仁の思想であり、文字として
は.中庸や論語にある﹁和妄取り入れられたものとすべきであらう0然し大凡世界の聖人哲人の説く朗のものに は.其の位置乃至社台、状勢に由つて種々の相違があるが、辟する所は・人の人たる道を説いたことであゎ・それは賓に大乗に菩薩道として説く所の﹁よく自利するが故に利他す﹂に外ならない。即ちそれが叉﹁和﹂の論理
的内容に外ならないのである。故に太子は其の事を倉講せられた以上、日域大乗相應地といふ意鼓忙よつて、此
の憲法を作られたのである。故に其の﹁和﹂は−最早単なる珊論としてのものでなくして、日本人が始より又今 も貰践して居る閉のものに外ならない。故に其の邁、其の仁、其の兼悲、それは算行せられないが故に詮かるl ■ ● 日本人の宗教心 九 タβ5日本人の宗教心
一〇
が如き、理論や理想ではなく.賓践である。即ち峯理でなくしてー:日本では天皇といふ現紳人に調和綜合せしめられて居る所の其の斉鯉である。而して天皇は﹁みこともち﹂でありト其の天皇に随順し、辟俵、し、奉仕するこ
とそのことが.我等日本人に於ける具鰹的・の行書である.由ち我等自ら又﹁みこともち﹂である。斯くて我等の ヽr 生満は﹁上和下陛﹂﹁事と理と自ら通じ﹂︵事孟巌法登るので.ある。斯る囲が、印度に支部にー其他一切の兵団に、其の類例が求め一得られようか。太子を以て和国の教主と尊崇した親蛇、叉共の﹁和﹂によつて叉よく﹁三
〇〇
〇 願縛入﹂といふ大論理を成就し得た、而して虞貫の倍柴を以て欲生の膀となすと云うたが、互に信じ合ひ・柴み
○ 合ふ所の﹁和﹂こそ貫に日本の囲髄である。
試みに井際生活に裁て考へて見よう。日本人だとて、身に病を起さないものはない、心が不安に捕へられない
のではない。此を時代の上から云へば、宗教的なる時代と云へば藤原氏末期から鎌倉期である。道長の豪著は楼
花一日の簗と滑えて、世は汝辛の寧となる、南都北嶺には大挙匠輩出しても、それは、丁度今の筆者の如く、名
ヽヽヽ︳利の焦のものしりである。加ふるに、天災地辣は相緯で起って釆た。即ち斯る際に於て、深信を其の最尖塙とす
る邁離稜土、欣求西方の思想が起った、即ち其虚に他力宗、浄土教の柴えたのも叉常然である。︵而して今日叉思 想不安の時に、宗教的なものが雨後の筍子の如くに出て釆左のも亦常然である︶。然し其の極限に於て一道元親鸞日蓮といふ如き偉人が出たのは、日本人本木のものへの復膵であつたに外ならない。即ち彿教をば、全く日本化
してしまつたのである。而して其の﹁和﹂の力の表現が元冠を打破り得たこと、今日日本が浦洲簡閲モ出現せし
めたのと同様である。此の三宗派は.・各其の人の立場を相違したので、所謂宗派としては互に寧ふたが、日本へ 9加の複印といふことに於ては皆な同一である。それで=蓮が念俳無闇、絹天魔.展言亡国・律開城といへるも・斉 − はレニンが﹁宗教は阿片なり﹂と云うた思想の先駆であつて、佃人に基く基なる理論によるもの1換言すれば ﹁唯心の自性に沈み、定散の二︵白︶心に迷へ・るもの﹂の打破であつて、逆には固鰭としての﹁和﹂の建立である。
見よ、今日所謂宗教の盛んなる地に於て、何の図表的組織力あるかを。
之を更に個人生活に於て考へて見る。生前の苦に疲れ、よる年波に病と死とを考へたならば、所謂宗教心、即
00 ち御俳に凍らんとする心は強く起るであらう。然し斯る人でもー孫の手を引きて御寺の御祭に参詣し、老若男女の大衆と共に、′約束せられたる軸陀の誓願に就ての御説教を聴聞するならば、詮教者の人格など間顎とならす、
恐らく何のくつたくもなく、ほがらかな心︵暗明心︶になるであらう∂即ち煩悩具足としての﹁我﹂は、衆と共にすることの内に、解治せられるのである。
00 余は敢て此鹿に御寺の御祭といふ。無思慮な併敬老は時に云ふ、紳通が俳教の方の儀式を取り入れ∴示教的行事を焦すと。然るに此の言は、全く毎倒である。例へば眞吾ぁ行事、其の内には印度のものや叉其れ以西の諸民
族のものが取り入れられて居ることは勿論であり、叉其が紳道の儀式にも取り入れられたことは勿論であるが・
其の主とする所のものは日本民族が始めより行ひ得たるものが本となつて居ることは明白なことである。叉基督
教にしても件数にしても、大浬輿の境地は葦等である、其の内には一切の俗縁関係は無い筈である。従つて組先
崇拝といふ様なことも、其の内に無い筈である。而して組先崇拝といふことは、我が民族の始めより有する所の
ものである。︵此を文革なる組牽崇弁といふが故に謬る、粗壁崇拝は同時に子孫擁護の馬である。我今此虚に﹁承 日本人の宗教心 クβ7日本人の宗教心
一二
前転後﹂の機として働くといふのが、日本の根本養である︶。故に若し俳壁の内に組先の位牌を安置するといふこ となか少しならば、日本に於て如是件数が柴え得たと.経れが考へ得よう。花を彿に赦するといふも.もと日本の古俗を取り入れたに外ならない。一般に云うて僻事は本来神道の有する祭事の取少入れで、外囲にて補はれた
もの忙過ぎない。而して此の祭とは膵依心の表出であり、同時に衆と共にする和の成立する唯一の方法であり、
000 又其の祭事に於て個人我が滑失して、所謂宗教的なるものは、其虚に失はれて、︵三願挿入︶して只つとめのみに純化せられる。
一般に云はる1朗の宗教的とは、抽象せられたる個人の上に立脚し.他との比較による抽象知の為に迷はされ て.︵故に宗教に於ては一切の知を否定する︶占己を無力無知、所謂煩悩具足とする研から所謂救済を求めんとす る意識を云ふのである。即ちそれの為に救済者をば全知全能となす。然も其の全知全能たるや.決して純化されたものではない、云はゞ自分に都合よい様に表象したるものに過ぎない。故に又それを如何に論理的に組織した
、 ヽ
とてそれは知的組枯としても無力無意義の紳畢たるに過ぎない。それで余は斯る立場のものを否定する意義にて
﹁日本の紳は全知全能にあらす﹂と云ふのである。言奉げせぬ、即ち抽象知を否定する日本人は、始めより自然と
人と、人と人と等l其他一切の直別をば﹁こ有機的統一態として融合せしむる、それが日本の紳である。故に叉 一切を其の内にありて存立せしめる。其故に此虚には第十八街に於ける唯除五逆、誹誘iE法と云ふが如き、但書は不必要となるのである。抽象的知識によりて、一定の原理里且つるものから、共の原理に邁臆するものは之を許
し.黙らざるものは之を排除しなくてはならぬ.即ち馨悪定傲の自︵二︶心に迷うて掟㌍セ嘗さなくてはならなく 飢如なる、純粋行的組紙に於ては老若男女茸曙盤凡等.−切の封立はなくなる。然も一中心としてのものは限然とし て成立するが故に、辟依則行書となる。而してそれの毅もよく蟄現して居る行事は.上述の如く祭事でかると知 るべきである。故に其の中心者絶封存産着が全知であらうが.全能であるまいが、そんな理論kは何等の頓着が ないといふのが.日本の︵紳︶道の眞賠である。 叉所謂宗教家は、個人に立脚するが故にT倍する﹂といふ主観内の、意識内の.叫の働きを取り出し.其れを宗 教特有のものとする。如何にも硬菩提心とは、宗教の第↓歩であるが、単にそれは宗教のみのことではない。一 般に我以上の﹁或者﹂の存在を意識してのみ、始めて庖己意識的なのである。哉菩櫨心とは即ちそれに外ならな い。其虎灯は先づ第一に信仰があるぺ而しで其の自己内分裂を、融合統一せんとして、其虚に種々の努力精進が 00 なされ雪之を信向といふ。此の場合に上記の如く、其の或者をば知的に捕へんとする限りは.如何に巧妙にそ れを描き出しても.それは主観的のものセあ少、抽象の無限性に捕へられて/永劫出離の綾なぎこと1なる。此 虚に聖徳太子乃至親管は、日本の﹁和﹂を貰醜としたが故に、特に後者に於ては所謂﹁三顧挿入﹂ −而して此は ヘーゲルが﹃精紳現象論﹄に於ても亦明白にした所のものであつて、彼此全く同様であることに興味がある− 00 00 直ちに信楽内容に到達し得たのである。即ち侶柴の世界は最早封立的なる彼岸に於てのものにあらすして、此岸 のものである。即ち国家︵日本の国家である、地図は常らず︶がそれである。即ち其虚には最早宗教は止揚せられ たのである。我囲の紳諸に於て八百萬仰が其健自仰の存在を保有しながら、皇組天照大神に統一せられ、共の大 紳の﹁みこともち﹂としての天皇に辟伏し随順する魔の我等関空般が叉紳たゎ得て居る。即ち斯くして一切の ヽ 日本人の宗教心 凱汐
日本人、の穿歓心
苗
宗教は我が日本に於ては其俸存在せしめられて.然もそれは財家統一の内面的の力となり得て居る。所謂宗教の盛なる民族が国家的枕言烏し得ざるのと遊現象となつて居る。基督教が若し今の態度を其の健にするならば、
恐らく日本に於ては消え去らなくてはならぬであらう。信する働きの以上の三段を顧すして一月信仰のみを談す
るが故に、︷示教家は主観に堕在して、造地獄の行を営む。斯くて若し宗教家なるものが、所謂宗教として止まらんと欲するならば・只すら自己の本尊に辟伏すればよい。
興廃に自ら信者をして﹁和﹂を空しましめ得・而して其は国家的統一の内面的の力たらしめることになり得るで
ぁらう。然るに若し宗教家が、世俗に交少、吐合寄集などに事を出すやうなことがあればーそれ峰宗教家として
の墜落である。何となれば其は﹁大義﹂を私し.信仰といふ名によりて、他に己をおしつけることになるからでぁる。又現今国家意識の高揚につれ、自己への反省の為に、俳教が多少の注意を得たるを以て、宗教としての件
数の復興と考へたならば、それ亦大なる認識不足に陥るであらう。何となれば・そは我閲を養へるものとしての
俳教への回顧に外ならない、宗教としての俳教ではないからである。宗教の止揚は、既に道元親鸞日蓮によつて
其の始めが馬されて居ることを知らなくてはならぬ。︵九、一〇、八︶榛題の辟依別行善の則は郎にても可、否な伽と則とを卸せしむるが純粋行の立填である。
タ乱l佐 野 勝 也
おそらく現代世界において、ドイツ囲ほど我三示教の研究者にとつて興味ある問題を提供して居る困は少ない
であらう。昨年の初めに行はれた所謂ナチス的図表革命は、政治機構の一大欒草であつたと同時に、一種の宗教
改革を訝らした。此の宗教的欒革の跡をたどることも興味あることではあるが、それはすでに私が別な横合にお
いて試みたところであるから、今は故に繰返すことをしない。私は今此の国家的革命に伴ふところの宗教革命に
際し、カール・バルトが如何なる役割を演じっ1あるかを述べ、彼の国家及び軟骨取を考察して見度いと思ふ。おそらく現代世界の宗教界で、彼ほど人々から注目されてゐる人物は無く、彼の紳畢ほど世界的勢力を有するも
のは無いであらう。単にそればかりで無く、彼を中心として現下のドイツの宗教界を考察することは、現代ドイ
● ヅを支配しつつあるところの二つの相反した思想の一つをとらへることであ少、従つて、それに依って.現代ド イツの宗教界の著しい傾向をとらへること1なるであらう。而して此のことは.直接我日本の現状への考察に役 立たないまでも.その考察への有力な暗示を輿へるであらう。 困家と敦∵甘囲
−−1カール・バルトを中心としてーー1 タ3J国家と教∵曾 〓ハ 昨年初めナチスの天下が確立して以来、ヒッ!フ﹂政府は国家のすぺての磯紺を統制せんと企て.督然その手 は軟骨にまでも及んで釆た。ヒットラーは昨年三月二十三日の譲合における聾明で﹁政府は、プーチスタント、 ヵトリック南沢共に、民族主義維持に封する重要なる動力と見る⋮⋮政府はドイツ国民の開家的道徳的革新に封 する政府の活動が、宗教家に依つて同様なる注意を排はれんことを期待し、且つ希望する⋮⋮﹂と宜言した。此 の宣言の根概に存するところの思想は、宗教の国家及び民族への奉仕の要求である。ヒットラーは、これを国民 及び人様に封する宗教の算詮的態度なり上し、か1るキリスト教を従来のそれに封して﹁質詮的キリスト教﹂︵計s pOSitiぺeChristentum︶と云ふぺ此のヒットラーのキリスト教観は、軟骨内部に多くの共鳴者を獲得した。而して 之れ等の共鳴者に依ってドイツチエ・クリステンなる囲煙が組椒されるに至つた。此の囲世の主養綱領は﹂次に 述べるとほりである。 ド√ツ教倉は、イエス・キリストの宿昔が軟骨へ委託したところの奉仕をドイツ国民へ為し得るような形熊を 得なければならない。ドイツチエ・クリステンにとつては、ナチス闘家が最高のものであることを認識すること が、只に国民としての義務の問題であ少、且つ文政治的確信の問題であるばかりで無く、信仰の問題でもある。 従ってイエスの栢晋は、﹁第三国家における宿昔﹂として宜倦されなければならない。即ちマンモニスムス、ポル シェギスムス、非キリスト教的平和主義に封して防染することを目的としなければならない。更にドイツ致命は ビシ亨フ ドイツ人キサスト教徒の軟骨、即ちアリヤン人種の軟骨でなければならない。而してドイツ国教舎監督を選奉す る際には.非アリヤン系キリスト教徒の選皐樺を排除し、ドイツチエ・クリステンの動議に依つて.ドイツチエ・ 訊ヲβ
クリステン中から選出されなければならない。更にビショフは、組理大臣から特別に信任された人でなければな らない。此の綱領に依つて明らかなように.ドイツチエ・クリステンは、現代ドイツを支配するととろの強烈な る図表主義的思想の上に立ち、且つ叉その支配者との布接なる聯紡の下に立つところの囲鰻であ冴。 此のドイツチエ・クリステンの主義綱領に封して、カール・.ハルトは、断乎とトて反封して云ふに、かくの如 きことは、その精紳上からも文句の上からも、ブロテスタント救命内にあつて何等の市民樺むも有するものでは 無い。かくの如き主張のみが教食を支配するようになつたとしたら、軟骨は最後である。か1る圏惚と平和を締 カ . かる教囲に加入する者は、誘惑着か、でなければ自ら・誘惑された着である。か1る信仰蓮動を為す数台は、P− マ的洗皇政治の下における軟骨に外ならない。 然らばバルトは如何なる理由でドイツチエ・クリステンにかくも猛烈に反封するであらうか。それは彼の軟骨 親と.ドイツチエ・クリステンの教命貌とが、根本的に相容れないからである。彼に依れば、軟骨が存在してゐ るのは、国家の烏でも国民の鳥でも、或は又或一定の人種へ奉仕する薦でも無い。それは人間が迫った二偶の宗 教圏髄では無く、紳の啓示、即ち永遠なる父が、永遠なる子イエス・キリストを通して只一度語つたところの紳 の言葉に依つて成立する。従って教食は∵ニ位にして一なる紳の啓示以外に、自然と歴史を通して罪ある人聞へ 紳が啓示し給ふところにも基づくとの主張は、否定されなければならない。軟骨は、紳の言某を膏約、新約の雨 空書に、伐つ七酷く。従って、琶約聖書は、新約聖書と等しく、紳の言葉を語る。決して新約聖書のみが我々の信 囲家と数∵曾 タβ3
仰の基準なのでは無い。
こ﹂で少しく啓示と教倉とに関する彼の主儲を述べて置かう。彼に依れば、啓未は我々自らこれを額見㌦.基礎づけし得るところの算在でも無ければ、眞理でも無い。我々は只これを受取ウ、敢合がこれに就いて輿へると
とろの許明︵Ze。gnis︶を確認し、信仰するだけである。バルトは、此の啓示、詮明、信仰の三偶の概念、特に啓 示の箕在性と展理性に関して本年四月彼が.ハリにおいて試みた講演○欝nbarung−巴rche、TheO−Ogieにおいて戯場の誓喩を用ひて明快に説明して居るっ
今こゝに一つの戦場において.敵の喫撃を受けたとする。此の敵の喫撃は.紳の啓示である。而して、此の戦場七最初に敵の襲撃を受けたところの前衛部隊がある。これが彗一着及び使徒である。彼等は後方の本隊へ、敵
め襲撃を受けたこ上を報告する。此の報昔が聖書である。報骨に接した本隊は、武器を執つて前進する焉に兵を
統合するであらう。これが軟骨である。此の瞬間、即ち召集︵Rur︶、決断︵Ent邑1eidu義︶、決意︵Entschluss︶− 命令︵・汐夢l︶、服従︵GehOr置m︶ こそは我々の信仰普自︵汐kenntnis︶の瞬間である。即ち我々は、預言者と使徒が立ってゐるところへ急ぐように召集されて居る。一彼等は紳と面接して居る。彼等は、彼等白身の馬で無く
して、紳の為に我々を召集Lて居る。その彼等の召集を聞いて出費する者が数台である。軟骨は、紳の啓示が制度化したものでも無ければ、紳の啓示から人間が受けるかも知れないところの印象、経
験、刺激などを摘要する烏の園憶でも無い。教倉は、啓示に封する人間の撰樺、決断、態度に伐つゼ、成立しな
いで、人間に封する紳の横棒、決断、態度忙依うて、紳が人瀾に所有せしめる啓示の中に成立する。同様な感情
国表と政争 タ3さ確信、意志が人間を教食に導くのでは無くして.同一な紳、キリスト、集、洗樺、信仰が人を軟骨に導く。 軟骨を確立させる唯一のものは、人阻が紳に詭くと云ふことである。何となれば、紳は人に語るからである。 紳が人に語るところ、そこに教倉が存在する。それはよしや只二三人に過ぎす、然もその二三人が挟まれた背で も.普通人でも無く、むしろ無根漢だつたところで.紳の言菓の在るところには致命が在る。 以上の如くであるから、バルトに伐れば.教倉が依って立つ唯lの根嬢は、紳の言葉︵GOtteSノくOrt︶である。 紳の言葉無くしては、此の世に何物も存在しない。人間にとつて永遠に善なるものは、只一個しか存在しない。 即ち垂心、仝霹、仝感情、全力を以て帥の言葉に固着することこれである。而して紳は斉に彼め言葉の中に存し 我々にとつて紳の言葉の名辞及び内容は、イ土ス・キリストであり、イエス・キリストは、新約聖書中に費見され るっ以上の鮎においては軟骨内に在る著すべてが一致して居る。然らざれば彼は教合内に在る着では無い。 致命の詑教者にして教師たる者は、その説教及ひ教授に依って、紳の青菜に奉仕すべき職分を負うてゐる。此 の職分を果すか否かは、単に彼等が立つかたほれるかを決するばかりで無く、此の世において最も重要なるすべ てのものが立つかたほれるかを決するものである。如何なる心配も如何なる希望も此の奉仕に封するほど切箕な るものは無く、如何なる友人も.此の奉仕を助けるものほど親しき者は無く、如何なる敵も、此の奉仕を妨げる 者ほど憎々しい者は無い。これこそ唯一範封のものであり、これ以上のものは何物も存在しない。而してこれこ そはバルトが﹁紳畢的存在﹂︵theO−OgischeE数sten欄︶と肇つけるものである。換言すれば、それは、紳の言草に我 我を束縛することである。 甲家と軟骨 93与
二〇 開象と軟骨 以上述べたような教合歓が、ナチス的散骨貌と一致し得ないことはあまりに明白である。ナチスにとつて最高 の債値は﹁ドイツ国民﹂である。あらゆるも仇は此の最高債値へ奉仕しなければなうない。聖書もドイツの国民 的自覚と一致する限りにおいて償値がある。従って.ユダヤ的色彩濃厚な億約聖書は、ドイツ的教昏にとつては 無償値であ少.ユダヤ人は、ドイツ約数倉から排除されなければならない。バルトにとつては、教倉とドイツ国 民との関係は偶然的関係に過ぎない。ドイツ固民無くとも教倉はあり得る の言葉の存在するところには教合がある。たとひ如何に大なるドイツ国民的軟骨であつても.紳の言葉の存在し ないところには.軟骨はあり得ない。従つて紳の言葉の存在しないナチス的ドイツ軟骨は、長の軟骨では無くし て、飲食の形骸に過ぎない。 然し乍ら:ハル.トの反封にも拘らずードイツチエ・クリステンは、鬱勃として起少来ったドイツの国家主義的 思想と、これを聾摸する政治的権力との為に、異常な勢力を以て敬展し、途にはバルトが教へた畢生のうちにも
此の輿慣に加入する者が現はれ、一九二二年秋以来、バルトと共に Nwischen den N昏en なる雑誌を敢行して
ゐたゴガルチンさへこれに加入してしまつた︵後に彼は脱退したが︶。かくの如くして、ドイツチエ・クリステシ
のドイツ・プロテスタント教倉内における勢力は、昨年九月までに抱封多数となつて釆た。そこで彼等は、ドイ
ツ全図を統一するところの国教合を建設し、その最高指導者としての監督を推戴することを決議した。かくして
選出されたのが牧師、、、斗ラー︵Llldwig M已Ier︶である。これもナチス的世界観﹁金牌国家として・のドイツ国民﹂
︵das deutscheく01打als tOF︻erStBt︶なる理念から生じた常然の結果である。何となれば統一囲家の理念からす
れば、現在のドイツの如く、教禽が種々なる教派に分裂してゐることは.許し難いことだからである。 此の問題に封してバルトは次の如く主張する。教食草新は.軟骨生活の内的必然性から、換言すれば、紳の育 英への服従から生れなければならない。でなければ、それは軟骨革新では無い。現箕教禽は.空襲の■教禽であり 教合の活動は人間の崩さ点さに封し、常に何等かの喜ばLさ平和さ祀祭日らしさを有してゎなければならない。
目には見えないが然も心服させるに足る光は、軟骨の眞に精榊的な決意から全然消え去ることは加⋮い。それは貫
に一個の良心の光であ少、肉の崩さに封して罪の赦しを約束するところの光である。然るに、かくの如き光は、
此の春以来のドイツの軟骨革新道動のうちに費見することができない。
我々は間ふ。教食草新の決心は、教倉自身から、換言すれば.軟骨が紳の言葉を聞くことから教生したものか それとも又、教倉の内的必然性からで無く、政治的動機から現はれたもので.従って、たとひそれを教昏がとらへたとしても、全然非教食的な決心に過ぎないのかと。もし此の第一の間を明白に、良心を以て肯定することが
甘きないならば、教食草新道動の既往の成果に封し不満があることは、何等怪しむに足少ない。然るに悲しい哉
我々は、此の第一の間ひを明白に良心を以て肯定することはできない。教食草新運動は、紳の言菓を聞いて行は
れてゐるのセは無く、政治上の欒動の聾を聞打て行はれてゐる。従つて、此の邁動においては、聖書が主となつ
てゐない。換言すれば、紳の言葉が主となつてゎない。聖書が主であるところには、紳畢的存在があゎ、紳畢的
存在があるところに.軟骨革新は、軟骨の生命の中から生れ出る。紳畢的存在の無いところには、死産あるのみである。
国家と敦曾 937二二 国家と数台 教倉統一の問題と同時に、国教舎監督の問題がある。監督としては、ドイサチエ・クリステン側からミニフー なる牧師が選出されたことは、私が既に述べたとほりである。ところが彼が選出されるまでには、ドイツ軟骨内 に非常な争闘があつた。元来ミュラーはケユニヒスペルクの軍隊附詮教師だつたのを、昨年ヒットラーが改植を獲 得すると間も無くその軟骨間跨顧問としてベルワンヘ招脾した人である。従って、それまでのミュラーは、何等 教合内部にあつて指導的地位を有してゐたわけでは無かつた。何人を観軟骨監督の地位に選むべきかゞ問題にな った暗も、救命の多数は、彼を選まないで牧師フォン・ボーデルシュヰンク︵くOn官de−schwing一1︶を推した。 然るにミニフーは、政府常局者の力を借りて彼を娯迫し、策略と推力とに依って監督の地位を掩得してしまつた。 これに爛Lては、ドイツ軟骨内に非常な紛擾が起った。バルトは、此の問題に就いて次の如く云つた。 彼等は云ふ、ドイツ全図の教禽を一人の国教禽監督の手に委ね、彼を精帥的指導者として仰ぐべきであると。 一九三三年の初頭において、弘がか1る制度の必要を歩みてゐただらうか。勿論、事務的な国教禽最高委員とし ての監督なる観念は早くから存在して居った。然し乍ら、それはカト∴リック的な精紳上の金棒者としての監督な る制度では無かった。然るに、・今や問題となつてゐる監督は、此の種の名目だけの事務的な監督では無い。それ だからこそミニフーか、それともポーデルシュウインクかの開題か.かくも激烈なる諭寧を惹起したのである。 即ち今問題となつてゐる監督は、プロテスタント的教理の上に立つところの監督では無くして、カトリック朗監 督である。 β ルックーやカルダインは.指者導なる地位があつて.而して後これを掟給したのでは無い。か1る地位の存在 朋
する以前.彼等は事葉上の指導者だつた。教食指尊者なる制度を設定し、而して後或特定の人を信祝して此の地 位に就かしめることは無意味である。紳畢的存在さへあれば.あらゆる卑下に拘らす 一 郎ち彼は小紳単著であ らうと、名も知れぬ田舎牧師であらうと.香聖書と信仰個保とを知つてゐるに過ぎない俗人であらうと、聖書に 云ふところの正しい監督である。 以上述べ来ったバルトの主張の中には、多くの問題が含まれてゐることは云ふまでも無い。然し、それは聾す るに危機紳畢そのもの1根本問題に関することである。史にたとひその根本の立場たる啓示の絶封性を認めると しても、啓示をバルトの如く紳の言葉にのみ限定すべきか、それともブルソナーの如く、自然と庭史における紳 の啓示をも認むべきか香か。仮に認めるとしたら、それと聖書、即ち紳の言菓との関係を如何に考ふべきか。若 し叉ブルソナーの立場を是認するとしたら、危機紳草の根本の立場なる帥の言葉の抱封性が、果して維持される かどうか。それ等の問題は興味ある問題であるに相違ないが、今はそれを論じてゐる飴裕は無い。只我々はバル トの場合に封して次の如く云ふことはできるであらう。 .ハルトが云ふやうに、ナチスが主張するような教合は、云はゞ闘家の奴祢としての教倉であつて、そこには何 等のキリスト教的精紳は存在しない、従って叉.ナチス治下に行はれてゐるような軟骨統一は、何等キリスト教 の根本精神かろの膵結では無い。数台が地上の一個の制度として存在するからには、或民族、或国家と交渉せざ るを得ない。即ちそれは或民族、或市民、或国民の軟骨でなけれぼならない。然し乍ら、軟骨がも七それ等の民 レーゾン・デトール 族、市民.国民に奉仕するようになつた時、軟骨はその存在理由を失った時である。教倉は、それ等に奉仕する 園家と軟骨 9β9
国家と数∵曾
二四
ので無くして、それ等が軟骨に奉仕しなければならない。即ち数台はー常にその指導者としての地位を固持しな
ければならない。。ハルトの紳畢的立場はよしや多くの問題を含むとしても、彼が現代ドイツの宗教状態に勤して
輿へた批判は正しいと云はも護りれば怒らない。.眞理を語るには勇気を必要とする。.ハルトは、その意味において 勇者である。姫迫の多いドイツ園内においては.彼に従ふ者は多数とは云へない。然し乍ら彼はドイツ以外の世 界各国において、多くの共鳴者と渇仰者とを得つ1ある。 パルトは既に述べたようにゴガルチンやツルナイゼンと共に NwischendenNeiten なる雑誌を畿行Lて、彼等の共通の主張である所謂る危機紳畢を主張して釆た。然るにそれを昨年限り駿刊にしてしまつた。靡刊の
理由はゴガルチンとの意見の相違に在る。それは紳畢上の意見の相違でもあるが、直接の動機は、ドイツチエ・
クリステンに封する雨着の意見の相違である。NwischendenNeiteロの相続としてバルトは、ツルナイゼンと 共にEくange︼ischeThe。−Ogieなる月刊雑誌を費行しっ1ある。バルトは、なほその外にTheO−OgischeE数stenN heuteなるパンフレットを牽行して居る。私の手もとには第十冊まで到着して居る。そのうち第六、第八の二冊を除けば全部バルトの執筆したものである。何れも神輿上の問題を論じたものではあるが、ドイツ現下の宗
教状態を理解すること無くしては、充分理解し難いものである。それほど、それは時事問題と直接の交渉を有
して居る。近着.の英字雑誌に依れば、常局者は、此のパンフレッートの費行を禁止したさうである。それのみで 無くバルトは、その居住地ボン市に抑留されてゐるとのことである。然し一説には.その生餌のスヰスに滞在 して居ると俸へて居る。.ハルトに関する私の本論文の所詮は、此のパンフレットに依ったことを附記Lて碇く。 β4∂+
バルトのロマ書が世に現れて以来こ1十数年、その間に所詮法紳畢は靡く世界に普及した。それは単にドイツ スヰスに於てのみならす.英米そわ他の諸闘に亘って、思想界に廉く溺浸し深く浸透し、そこに大なる共鳴と反 響とをひき起してゐる。ジョン マコナウキイはその近著TFe冒−hianTheO−OgyandT訂ManOコ?day ︵−讐如︶に於て、英米に於けるバルト紳畢の影響を叙述した後、欧洲大陸に於ける反響、批判に関しては更に品の書物を必要とすると言ひ、﹁ドイツーオランダ、デンマーク、スウェーデン、スヰスその他の諸国、ロシアに於
てさへ、汎ゆる文献が現れーそれは、カール・ハルトの教書が大陸教倉の生活の上に、プ;スタント軟骨もカ トリック数台も引括めてl刺戟約数果を及ぼしつ1あることを示してゐる﹂︵三二三頁︶と述べてゐる。我が国に於ても未ださほど多くの研究約乃至批評的な文献は現れてゐないが、併し思想界・教竺般に呼び起された関心
は相常に甚大なるものがある。こ1に今この所詮法面畢の全般に亘つて語ることは到底不可能であり、その最近の状勢も全面的には述べ得ないがーこの波の最近の注目すべき傾向として、その倫理問題の一端に解れ、その動
宗教的倫理宗 教 的 倫 理
− 最近弊苦法紳畢の圭問題 −
■llll︳ ノ仁 夫
タ≠J所詮法油単の根本はその極端な、突きつめた紳中心主義にある。﹁紳は天に人は地に﹂あり、この雨着は隔施し てゐる。人間は罪の時事に覆はれ死の箕の下にある。この地上に於て、如何に人間的に偉大であらうと高貴であ らうと、それは決して人間に生の翼を輿へる所以ではない。人間が人間的に進み得る道は升へは通じない。それ はせまき門でなくて鎖された門である。人間の理性を尊重することも、深い神秘的な融合一致の鰹験を主張する ことも、又人間の歴史の敬展向上を認めることも、眞の満ける紳の追求には無駄である。紳は人間追求の封象と なるものではない。人間的な紳肯定の道も、亦自己否定の道隼眞の紳認識には用をなさない。斯く人間が紳を 追求し得す紳に近づき得す、たゞ罪の呪ひの許にあるものとすれば.人は罪の倍−死を受けるより外はない。人 は死な1ければならぬのである。 − けれどもこ1に唯︼つ生きる道がある。それは決して人間から通する邁で はなくて紳から釆たる道である。即ち紳の啓示、キリストの十字架がある。そこに紳の言がある。そこに紳自ら が人間に語り行動する。そこに死すべき罪を赦す赦しがあり、従って和解がある。これは飽くまで紳から来る生の 道であり、人間に於ては死の邁である。常に紳が主牌であつて人間はその封象たるに過ぎす、人間の側から紳を 封象とし紳に向つて語り行動することは出奔ない・のである。その汎ゆる道は鎖されてゐる。たゞ紳の側から ー その救ひの光はキサストの十字架に於てこの地上の罪と死との上に照るのである。それは人間の理解や憬験の外 にある。たゞ信仰によつてのみ人はこの眞理に嘲れ得る。 宗教的倫理 きを発ってみたいと思ふ。 〓 タ4β
人世紳に就て語らんとして途に語り得ないのであり、新譜法紳畢のとる鞘許法と雑も、この虞理.紳の啓示.
紳の言に戯て完全に語り得るものではないが、併し少なくとも従来の何れの方法よれも最もよくをこを指泉し得
るとするところに桝語法紳畢の立場がある。紳は常にそれ稜に中心的、主憶的に考へられ、人間は虚しきものと
して考へられてゐるが馬に、人間のこの世に於ける存在、行為の意義なり横倍なりは無税・Jれる傾向が強く、その意味に於て逃避的な紳畢とも云はれ、叉紳の峻厳な偉力の前に、自己の亡びの運命の前に、只管惰伏する、憫
伏せざるを得ぬ人間を注絶し、その鮎を特に高調するところ.恐怖と戦陳の紳畢とも考へられる。ひいては、人間の鮭史も、それ自らが内在的に有する意義とか使命とかは認められないのでかり、創造者なる紳、救扱者なる
紳との関係に於て見られた歴史、即ち原鮭史的なもの、終末史的なものでなければ意味をなさないのである。換
言すれば.創造者であり救扱者である紳の顕現なるキリストを看瓢として見直された慶史を必要とするのである。従って叉倫理も、嘗然その立場から見直されなければならない。
罪による紳から▲の分離.紳の創造的鶴一からの離反.こ1にキリストがあり、そこに示された罪の赦しと和解 とによる原歴史の回復、それは叉終末史を語るものであり、かく原−終末−歴史的に見て初めて歴史が歴史とし ての意味をもつものとすれば.人仙の謄史はjEしい意味に於て救抵史であり、叉その反面に於て罪人の鮭史であ る。人間の謄史全憶がさうであるとすれば.倫理もまた人間の理想や徳の上に立つものではあり得ない。それは 飽くまで罪の赦しの上に立つものでなければならない︵これは既にパルトのロマ書中に強調されてゐる。特に一 二三︶。良心の倫理、理想主義的倫理に封して、耕許法紳畢が詮くものは恩寵の倫理、宿昔の倫理である︵例へ 宗紋的倫理 鋏ほ宗教的倫理 二八 ばGOgarten−へ品thikdesGeまssensOder・EthikderGnadeごin−−−usiOnenの如き︶。換言すればそれはまた罪 人の倫理である。要するに、人類には﹁義人なし、一人だになし﹂であり、原罪に起因する罪の力が、決して部分 的にではなく、仝性的に、根本的に人間のこの各在を貰いてゐるのであるが故にー良心だけが特に取確された潔 い部分として人間を救ふ力を持つのでもなく.叉人間のもつ理想が人を罪から引出す指導力を有するのでもない。 かく直接に永遠に解れ紳に通する道をとつて人間の府馬を規定し指導しやうとすることは、却って罪人としての 人間の存在を強めるに過ぎないのである。それは必ず放棄されなければならぬものである。人間を根本的に紳か ら見返せんとする所詮法面堅は、人間の倫理をも.人間の何らかの能力の上に立つものとして認めないのである。 人間の罪を赦す紳の恩寵に基いて初めて倫理が成立する。それ以外の倫理は虞創な眞貰な倫理たり得ないので ある。罪はキリストの十字架によつてのみ腰はれるのであり、この恩寵がなければ如何なる人間の生活も行為も 人間の危機を除去し得ない。この恩寵によつて人間には新しき生活が始吏る。そこに人間の信仰的應答が要求さ れるのであるが、併し﹁たゞ信仰によりて﹂であり、それ以外の如何なる行為も不必要である、寧ろ有害である。 たゞ信仰によつて 篤行動が有意義となる。即ち罪む赦されることにより更に装とされ、聖とされ、こ1に、乱されたる根瀕的創造 の秩序回復の道が開かれるのである。この生満面はかの生活面に相連なるものではない。それ甘酢ち切られた二 づである。∵は死の相の許にある生満であり。他は虞に生きる生酒である。而もこの生活は.人間の力によつて 開拓されたものではなくて紳の恩寵に基いたものである。自己豪虚しくして唯信仰によつて受けるところにこの 9重5
生新が開かれる。従ってこ1・に於ける人間の行為は、紳の意志への絶封的な従順でなければならない。従つて叉 そこにはアガペーの生活1献身磯牲的な愛の生活が営まれる。自己を主張するのでなくて己れを虚しうした生活、
凡ての行為は﹁たゞ紳の発光の為に﹂あるやうな生活が始められるのである。
併し我らが地上の人間である限少、我らの生活行為は央張り罪に汚染Lてをり、意の重荷を負ふてゐる。けれ ども亦それが、キリストを信する著の生所行篤として養とされ翌とされるのである。こ1に於ても飽くまで養とされ聖とされるのであつて決して我らが義となり聖となるのではない。罪を赦されたからといつて人間が斯くな
り得るのではない。罪を赦されるといふことは人間が完全に罪の影響から離険して了ふといふ事を意味しない。
従ってその生活行為に猶罪の汚染の残ることは止むを得ないのであり、たゞそれが紳によつて義と認められ聖と
されるのである。この意味に於て斯許法紳奉のいふ倫理はあくまで罪人の倫理である。そこには、地上の人間に
固着する悲劇的性質に就ての深い反省がある。−−併し希望はある。救速は完成する。それを語るものが終末の 信仰である。従って、罪人の倫理は中間時倫理︻已eriヨSethikとも言はれる。 か1る倫理思想は大鰐バルト、ブルンナー、ゴーガルチン等を通じて見られるところであ少、それはたしかに倫理的な間ひに封して明確た二の倫理的答を輿へてをり、人間の倫理生活の根本を基草するものではあるが、併
し人間のもつと具鰻的な貫際的な錯雑した社食生活を導くものとしては、飴りにも原理的であり過ぎはLないか。根本的要件を教へたとしても、この地上の箕際の開家生活、吐合生活に閲してもつと直接的に具髄的に指針を輿
へ.そこに慶するべき態度を明示する必婆があ少はしないか。− 最近に於て、この要求に答へんとする試みが 宗教的倫理 945なされてゐる。
三
その一はゴーガルヂンの ミPO−itischeEthik、く巧SuCF einer Grund−egung二讐柑; であり、これは副摩の示す
如く倫理の基礎づけを試みたものではあるが、しかし人間の現箕生活に封するより具憶的な関心が示されてゐる ︵狽、これの濠備的なものとしてごWiderdieaechtungder AutOrit印てがある︶。更にプルンナ1の大著ごD畠 GebOtu邑DieOrdnungenこ思柁−は人間生活の各部門に亘つて綿密なる貫践的指針を輿へてゐる。今まづ前者 に就てその主張するところを見やう。 耕許珪紳拳は最初より人間の算存的思惟を詮き、その他種々の用語の概念に於ても貫存野草と或る程度の接近 は示してゐた。併し、その中心はキリストに於ける紳の笹不にあり、あくまで紳の言の紳撃たらんことを努力し て釆た。バルトはこの鮎最も強力な主張を繰返してゐる。そしてゴーガルチンはこの次の中で、最も貫存哲拳的 な傾向の強い一人であり、紳畢の構成に人間単的な詮明を取入れんとする。紳の育と人の言との隔離がパルトの
如く強く主張されないのである。これは既に彼の主著ミlchg−anbean den Dreieinigen GOtt,−諾のミに於ても見
られるところであるが、更にこの倫理畢の基礎づけに於てもか1る態度は、はつきりして釆てゐるやうに思はれ る。 彼によれば、倫理問題の根抵は、人間が飽くまで患であるに拘らす、而も彼がそこに止まり得ないといふとこ ろにある。そしてこの事が、人間は互に相従烏Lてゐるといふ人闘の幣接な聯馳に踊して理附される時.初めて 宗教的倫理 タ4β
倫理間嶺の正憶がわかるのである︵一六頁︶。悪とは善に反すること︵七叫貫︶であるが故に、党づ尊とは何である かを知らなければならぬ。そしてこれはこの場合常然基督教の立場から解かれねぼならぬ。 基督数的信仰に就て語る者は普及び惑に就て語らざるを得ない。何者、基督数的信仰はとりもなほさず義認の 信仰であるからである。換言すれば、それは罪人の.憩人の信仰である。基督数的意味に於て信ずる者は.彼が 憩いといふことを知ってゐる、と同時に叉、紳は、彼、悪人に封して善であるといふことを知つてゐる。そして この、唯信仰からのみ釆たる義認の教へは、紳が藩人にとつて善であるといふ虚に起るこの書こそ唯一の善であ り、その善に人間は関興する、といふことを教へるのである。併しこの善とは何であるか。それは要するに紳が人 間にとつて紳であるといふ事である。そこで彼は、人間が﹁心から信頼し信仰し得る﹂ものである。 − かくあ るのは、紳が創造者であるからである。そこで、信仰にあつて人間に起る紳の善とは、紳が自らを、我が属する 者、我がそれに属してのみわが賞存をもち得る育として立許するといふ事である。これは二つに分けて考へられ る。︵こ紳は我にわが箕存を輿へる、趨靖に言へば、我に我を輿へる。︵二︶耐は我を我から要求する、我は彼に 欧風しなければならぬ。この二つ、mich−miTgebenとmich−言m−已丁旨dern とは同︼行為である。即ち、 紳は我を彼の為に求めるヱとによつて我に我を輿へ、叉我に我を輿へることによつて我を彼の為に求める。この 二つはどこ迄も相互的であり、これは依馬的存在 H守⋮gsein といふ表現で示される。斯くて、善、紳が我にと って紳であるといふ虚に起る普、信仰の中に起る善とは、換言すれば﹂我は紳に依展してゐるといふ事になるの である︵六九頁以下︶。 宗教的倫理 β卓7
宗教的倫理 三二 我は我を欲する紳の意志の中にわが実存を有するといふ事、即ち紳の別途に基いて我がこ1に在るといふ事は、 わが存在を単に孤猫的なものとtて離しては置かない。人間は相互に依虚した存在である。即ちゴーガルチンの 表現によれば、人間は苫TSich−Sein−A戻−Sich−SeぎAn占nd畠TSich−Seinに於てあるのではなく、くOmlAn− dem−her−Seiローヨざden−Ander〒象忘2iヨ︸MiTei冨nde丁数3−Dem−A邑ern⊥㌫已g・Seinに於てあるのである。 人間は紳の別途に基いてかく在るのである。.従つて善くあるとは首然Dem・andern・h茸gI望tよeinでなければ ならない。 ゴーガルテンは人間のか1る存在を政治的存在DaspO≡ischeSein と言ふ。即ち我らが、常に二人の人間の 問に経る善といふ意味で善の概念を規定する時、我らは既に人間の政治的存在に就て語ってゐるのである。人間 のGuT乱nこ岩籍・Seinに就て間ふのは.即ち人間の政治的存在に就て間ふてゐるのである。そして叉、人の Gutよeiロー誓s?乳−−に裁て間ふより外、その政治的存在に就て間ひ得ないのである。人間の政治的存在の外に人 間の存在の仕方はない。人間の存在が既に政治的なのである。そこでこれを、人間の存在の一つの様相、例へば 社命的存在といふやうなものと同一成してはならぬ。そこには次の如き直別がある。即ち、社食的存在といふこ とは、人間の間に或る集園、祀合といふものが必要とする封象、例へば萎術、科畢、技術、経済といふやうなも のに関連した人間の存在皇一己つてゐるのである。正確に言へば、その場合は人間の存在に就て云々するのでなく て、行為に就て語るのである。社食は人間の行為の産物であり形式である。本来の意味での人間行為の凡て、即 ち人間の文明的及び文化的行為の凡ては、唯社食に於てのみ、他の人間と共に行はれるのであり、その意味に於 9射
て社命は人問行焉の形式である。叉配合の椀類様式、配合の存在するといふ革質が人相の行為に依存する限少. 社食は人間行為の産物である。1これに封して、人間の政治的存在は人間の汎ゆる行為に先んじてゐる。即ち 一方に於て、人間の如何なる行為も人間の政治的存在を欒することは出来ぬ。ある人聞はその政治的存在に違背 することは出来る、併し彼はそれを如何なる行為によつても戯てることは出来ない。これは、人間が如何なる行 焉によつても人間たることを止め得ないのと同じことである。更に、人間の政治的存在がその汎ゆる行為に先ん するといふ時、それは他の一面に於て、人間の汎ゆる行為は政治的であるといふことを示してゐる。 そこで、人間の政治的存在が把握されなければ、人間の行為を人間の行篤として把挺することは全く不可能で あらう。併しかく人間の存在と行為とを分けてみることは、決して人間が存在と行為とに分割されるといふ事を 言ふのではない。常に存在は行薦を、行為は存在を伴ふてゐる。そして人間の行焉がその存在から把握されなけ れば、それは辞意的になる。その結果としては、社食がその科挙、萎術、技術、経済と共に絶封的目的となり、 人間がその目的の手段となる。人間の意味も債値もそこに依存することになる。これでは人間の貫存が非人間化 されるのである。そして叉、かくては倫理問題は文化問題になつて了ふ。併し、倫理は文化の問題ではなく、文 化が倫理の問題である。これは、倫理の問題を行為の問題としてゞなく、人間存在の問題として解する時初めて 明かとなる。従ってそこでは、自分が善く或は惑く振舞ふといふことではなく、善く在る、悪く在るといふ事が 根本的に重要となる。即ち、善意は飽くまで、それが人間の存在と聯閲する磨からその本眈的な、無傭件的な意 味を得なければならぬのである。 宗教的倫理 銚拍