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岩田文男先生を偲んで

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Academic year: 2021

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日本甲殻類学会 Obituary

Carcinological Society of Japan

追悼

Cancer 26: 123–124 (2017)

岩田文男先生を偲んで

Dr. Fumio Iwata―A memorial piece

小西光一

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Kooichi Konishi

わが国での紐形動物分類の第一人者であり,また 日本甲殻類学会の評議員として学会に貢献された, 岩田文男先生が本年3月30日に逝去されました.享 年92歳でした. 先生は横浜生まれのハマっ子で,現在の横浜国立 大学のご出身でした.そこでは当学会初代会長の酒 井恒教授の教えを受け,甲殻類とのつながりはここ から始まったと思われます.なお,先生は国内学会 だけでなく,「The Crustacean Society」の賛助会員

(Patron)として,海外学界への協力もされていま した.その後,先生は北海道大学に進学され,内田 亨教授の指導の下,紐形動物の研究に従事されて多 くの業績を上げられ,国際的な評価を受けてこられ ました.これに加えて,アサリやエダアシクラゲな ど他の分類群も研究対象とされ,上述のとおり酒井 先生つながりというのか,甲殻類もそのひとつで, ヨツハモガニやコイチョウガニなど5編の幼生発生 に関する論文を出されました.特筆すべきは,論文 としては未公表ながら,きわめて研究者の少ないカ ニ類の胚発生の分野も手がけられていたことです. いまでは光顕の世界でも技術の進展により,パラ フィン切片という技術そのものがクラシカルになり つつありますが,当時は発生胚での器官形成に伴う 形態変化を調べるためには,この方法しかありませ んでした.実際にはかなり根気のいる作業で,とく に微小なサンプルの切削方向をコントロールしつつ 連続切片にするのに研究者は皆かなり苦労していま した.このような中,先生はこの方向性を保つため に,ダリアの花弁の底部に固定した胚を沈めてそれ ごとパラフィン包埋しておられ,このため研究室に はアルコール漬けの花弁を入れた瓶があったのを憶 えています.いかつい外見とは別に,このような繊 細さを要する作業も器用にこなされていました. いかついといえば,先生ほど頑健という言葉が ピッタリの方はいませんでした.とにかく病という 漢字には無縁な体力をお持ちでした.大学での講義 はもちろん,研究のために室内の切片作成だけでな く,屋外での採集,それに続く飼育にも多大の時間 を割かれましたが,とにかく採集では出かける前か らとても楽しそうな顔をされていました.その採集 では,ご自慢の愛車,ニッサンならぬダットサン・ ブルーバード(1962年型!)を運転して北海道内 のほとんどを走破されていました.前席がベンチ シートでコラムシフトの右サイドブレーキという, 当時すでにクラッシックカーでしたが,先生同様に 頑健な車体だったのが印象的でした.ご一緒した採 集で記憶しているのは,周りのものが凍てつく冬の 北海道の夜,札幌から車を運転して,途中で温泉に 立ち寄り,温まってから,凍てつく噴火湾の海岸で 採集し(採集してから温まるのではない…),採れ た動物をこれまた凍てつくバケツに放り込んでいっ たことです.当時は身が‘しばれる’というより凍 るかと思いましたが,今では懐かしい思い出です. 昨春,ほんとうに久しぶりでお会いしたとき,と ても元気なご様子で,「僕は86歳になってから論文 を書くのが億劫になってしまったよ.君もそうなら ないように気をつけたまえ.」とおっしゃられまし たが,言われた側が早々にそうなってしまってお 1 国立研究開発法人 水産研究・教育機構 中央水産研 究所 〒236–8648 横浜市金沢区福浦2–12–4

National Research Institute of Fisheries Science, Fisheries Research Agency, 2–12–4 Fukuura, Yokohama 236–8648, Japan

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Cancer 26 (2017) 小西光一 り,返す言葉がなかったのを思い出しました.先生 は今ごろ天界にて論文書きを再開されているので しょうか?謹んで先生のご冥福をお祈りいたしま す. 採集旅行での岩田先生と,愛車のダットサン・ブルーバード(1976.4.16,臼尻にて).

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