祥
習指導体制の研究―
教育学教室
/Jヽ 林洋 一 郎
1.放
送 教 育 の 課 題 日本 において,昭
和8年
にラジオによる学校放送が開始 されてか ら今年で50年,ま
た,昭
和28年 にテ レビによる学校放送が開始 されてか ら30年 になる。テレビ受像機が各教室に一台設置 されるま でに普及 し,NHKの
学校放送番組の充実に ともない,と
くに小学校 での放送利用が増力日して きて いる。昭和55年8月 に実施 した授業 に関する調査りに訣ると,小
学校 では約80%の
教師が,NHKの
学校放送番組 を利用 していることがわかった。利用者のうち,70%が
理科,63%が
社会,48%が
道 徳のテレビ番組 を利用 してお り,つ
いでラジオの国語番組 の15%,テ
レビ番組の音楽,国
語,算
数 の順で少な くなっている。中学校 では約20%の
教師が利用 しているが,女
教師 はほ とん ど利用 して いないようである。意外であったのは,算
数のテレビ番組の利用者が きわめて少 ない ことであった。 小学校 の場合,約
80%の
教師が放送番組 を利用 しているといって も,日
常的 に継続 して利用 してい るものか ら,ま
れに利用する もの まで含 まれているのである。 とすれば,放
送教育が学校教育の中 で,正
当に評価 され,定
着す るまでにはいたっていない とみるのが妥 当であろう。 その理由 として は,放
送番組 を視聴す ることで,果
して学習効果があるであろうか という疑間 と同時 に,放
送 によ る学習の指導方法が よ くわか らない とい うこともあるであろう。 あるいは,教
科書の進度 と放送内 容 とのずれを問題 にす る教師 もある。いずれにして も,放
送教材 は,カ
セ ッ トビデオコーダーの普 及によ り,今
後 ますます視聴覚的方法 としての重要性 を増 して くるであろうし,利
用方法 も多様化 して くる と思われるのである。 放送教育 を学校教育 に導入 して,授
業 を改善す るね らい としては,次
のよ うなことが考 え られ る。 第一 に,学
校放送 は,教
科 についていえば,精
選 された教材や新鮮 な情報 に もとづ く教授・学習 過程が システム化 されてお り,イ
メージを豊かにする認識のパ ター ンを提供 し,学
習活動 によ りふ くらみ と広が りをもたせ ることがで きる。 第二 に,放
送による学習 を通 して,個
々の児童・ 生徒の個性や適性 を把握 し,個
別化学習 を進め るチ ャンスをつかむ ことがで きる。 第二 に,未
来の学習社会や生涯教育の理念 に照 らして,自
主的 。主体 的な学習経験 をさせ る必要 があ り,そ
の きっかけを放送教材 に求めることがで きる。 第四に,教
師 自身が放送番組 を視聴することによって,教
材の開発や指導法の改善 をはか る手が か りを得 ることがで きる。 放送教育の分野で入賞 した実践研究報告によると,放
送 による学習の積極 的な指導 によ り,学
習の成果 を具体的に評価 しなが ら
,自
主的 。主体的な学習の構 えを形成 してい くことが可能であるこ とを実証 しているものが多いのである。 しか も,そ
の実践過程で,学
習指導上 の重要な原則 を確認 した り,発
見 しているのである。 これ らの成果 は,教
師の指導性や意欲的な研究態度 に もとづいて いると共 に,放
送教材の教授機能 による教育的効果の側面 を見落 してはならないであろう。 この小論 の目的は,放
送教材の教授機能の特質 を明 らかにし,放
送 による学習の有効な指導方法 と具体的な手だてを追求す ることである。2.放
送(TV)教
材 の 特 性 と教 授 機 能 放送教材の特徴 は,連
続 した「形象」 による「情報提示」 にある。「形象」 とは,「映像 と音像 か ら構成 される」かものである。映像 とは画像 と同 じであ り,音
像 とは従来音声 と呼ばれてい るもので ある。 したが って,映
像 は絵 によって,音
像 は言葉 と音(楽)あるいはどちらか一方 によ り,形
成 さ れるイメー ジである。情報提示 は,映
像 による資料提示であった り,映
像 による観察,実
験,演
示 に含 まれる概念や事柄の言葉による説明であった りする。その中には課題提起 のための発問 も含 ま れ る。発間構成 は,学
習意欲 を誘発 し,思
考 を方向づけるためになされる。課題性 を伴った提示 は, 説得力のあるもの とな り,学
習者 の知識 を自覚的な ものにする可能性が大 きい。学習者 は,提
示 さ れる情報 をもとに して知識 を獲得 した り,あ
るいは疑間 をもち,課
題解決のための実践や探究活動 に発展 してい く場合 もある。放送教材は,単
に資料 としての情報源であるばか りでな く,
とくに教 授・ 学習過程がデザインされているもの は,情
報提示 と思考が制御 されてい るので,テ
レビ視聴 に よつて学習が成立 し,教
授機能 を期待することがで きるのである。 ところで,一
般的にいえば,情
報提示 は,言
葉(数字的サイン)と絵(映像的サイ ン)によって構成 されている。言葉 は,視
覚サイン(書き物 あるいはプ リン ト)または聴覚サイ ン(スピーチ)と しての 言語 に相当 し,い ずれ も学習 によってさまざまな意味を習得 していかなければならない ものである。 フレミング(Malcolm Fleming)の 見解 によれば,「絵(Pictures)は,わ
れわれの周囲 の視覚的現実を 部分的にしか も写実の程度 を変 えて表現するものであ り,言
葉 (Words)は,自
由 に,視
覚的現実に 加 えて聴覚的触覚的その他 の知覚 的現 実 という多 くの側 面にかかわ りをもつの で,言
葉 は絵 よ り も広範囲の意味にかかわ りをもつのである3ち と述べている。一般的には,絵
は言 葉 よ りも一連の観 念についてははるかに制限されているが,き
わめて広範囲の意味 をひき起 こし得 るとみな されてい るのではあるまいか。 テレビによる情報提示機能 をよりよく理解するために,絵
(Pictures)と 言葉 (lVords)の特′性について相違点 を歩ヒ較 した ものをあげてみると表 1の ようになる。 テレビによる情 報 提 示 は,絵
(映像)に よ る世 界 の表現 ばか りで な く,言
葉(音声)に よ っ て世 界 を範疇 化 し,分
析 し,説
明することがで きる。高橋勉氏 は,言
語 と映像の総合 とい う観点か ら, 「言語 と映像 は,相
互依存の関係 にあるが,言
語や文字 による意味表現の特質 は,分
析的であ り,一 義的前提 によって構造づけられているが,映
像 による表現は,総
合的であ り,多
義的な関連把握 に あるといえるのである。そ して,こ
の両者が,教
育 とい う目的的な思考過程 において,統
合 され,し か も言語・文字 をその中核 とする情報 をともなって,学
習に動機づけられていることがわか るので ある9」 と述べている。 テレビによる情報提示は,絵
による映像 と言葉 によるイメー ジが ミックス さ れて,相
互の弱点 を補完するよう機能 することができるのである。ある望 ましい冗長度 を用意す る ことによって,言
葉 と絵 によるメッセージの機能が結びつき,情
報提示 におけるきわめて印象的 で 効果的なコ ミュニケーション形態 を生み出す ことがで きるのである。表
1.絵
と言葉の差異° 葉 性 特 言及する,解
釈する 任意の連想 によって 比較的低い(特に抽象語) プ リン トは視覚的,ス
ピ ーチは聴覚的 プ リン トでは長 い,ス
ピ ーチでは短かい プ リン トは時空的,ス
ピ ーチは時間的 明示 する,定
義す る 喚起 し,明
示する 抽象的 (具体的) 視覚的な事柄 には適 当, 他の ことには高い 聴覚一時間的概念には高 い 視覚 的,映
像的 言葉,時
に はイ 順 次 的,直
線 的 左 半球 間接 的,ゆ
るやか な た くさん 文字,多
様 な組 み合わ せ 記号 の質 対 象へ のか かわ り 記憶性 知覚経路 知 覚持続時間 時間空 間上 の特徴 概 念 感 情 表現 され た観念 表現 の正確 さ 表現 の効率 随伴 す る機 能 精 神的効 果 情報処理 貯 蔵 意 味の喚起 必 要 な先行学 習 要素 の多様性 学校放送の中に も,映
像の特徴 を生か して,教
材 としての資料的性格 を強 くもたせ た もの と,通
常の授業 の形態 をとりなが らも,学
習者 の興味や関心 を引 くような教材の開発や工夫 をして,基
礎 的・基本的な概念や事項 を理解 させようとしているものがある。前者 は,例
えば現在放映 されてい る社会科番組 に共通 した特徴であ り,あ
るテーマについ ての範 例 的 な教 材(情報)を提供 す るタイ プである。後者 は,理
科や算数の番組 に多 くみ られ るもので,最
初 に学習課題 を子 どもたちに投 げ かけ,様
々なアプローチの仕方を映像的手法 を用いて操作 し,解
決へ と導いてい くタイプであ る。 学校放送番組 は,学
習指導要領や教科書 をよ く検討 した上 で,そ
れぞれの専門家の意見や協力 を 得て制作 されているので,内
容構成 についての信頼性 は一般 に高い といえる。 しか しなが ら,教
師 の指 導 目標 や教 科 の特 質 か らみて,利
用 しようとする放送番組(教材)が適当であるか どうかの判 断 をする基準があればいっそう望 ましい と思われ るのである。判断の基準についてはい ろい ろと考 えられるが,ガ
ウ(Doris T,Gow)の 提案 してい る教 材 の 質 的分析の視点°が役 に立 つ。彼 は,一
般的カ リキュラムにおける教材の質 を問題 に しているのであるが,そ
の 観 点 は放 送 番組(教材)の 分析 にも共通 していると思われるものがあるので要約 してみる。彼 は,教
材の評価 と選択 のための 描写 す る 類似 に よって 比較 的高 い 視覚 的 長 い 空間的 例 示 す る 喚起 す る 具体 的 (抽象的) 視覚 的 な事柄 には高 い, 他 の こ とに は低 い 視覚 ―空 間的概念 には高 い 聴 覚 的,言
語 的 イ メー ジ,時
に は言葉 同時 的,平
行 的 右 半球 直接 的,す
ば やい わ ず か 視 覚世界 につれ て変化有効 な分析道具 として,四 つの視点か ら分析項 目を構成 している。四つの分析視点 とい うの は,(1)学
習の機会 (opportu ty),り)学習を動機づ けるもの (mot ato嗚),は)学習内容の構造 (structure),
および は)指導事 象(instrttctional events)で ぁる。(1)の「機会」というの は
,そ
の教 材 が学 習す るた めの適 当な機会 を保障す るために,学
習者 に対 して焦点化 されてい く認知活動 を提供 しているか ど うか とい うことである。 また,そ
の教材は,遅
速 いずれの学習者 に とって も,あ
るいは異なる学 習 スタイルに対 して も,学
習の機会 を与 えているか とい うことである。(21の「動機づける もの」という のは,自
己指導のためのプログラムを作った り,選
択 した り,あ
るいは自己評価 をす る機会がある か どうか。 また,そ
の教材 は,適
当な強化や フィー ドバ ックを与 えているか どうか。 また,そ
の教 材には,学習者 たちの興味に訴 えるほど十分 な多様′性があるか どうか とい うことである。偲)の「構造」 とい うの は,主
目標が明確 で,下
位 目標 は最終 日標 を達成す るために どのようにうまく構 造づ けら れ秩序づけられているか とい うことである。 また,主
目標の習熟度 をはかる適当なテス ト方法があ るかどうか ということも,「構造」に関連 している。(4)の「指導事象」に関 しては,指
導の ス トラテ ジー と方法は適切 にしか も効果的に用い られているか ということである。例 えば,チ
ェックしたぃ 項 目としては,ス
モールステ ッえ 手がか りと助言,教
材 に もとづいた質問,モ
デ リング,実例 に も とづいた概念学習,強
化(reinfOrcemёnt),フ ィー ドバ ック(feedback)な どがある。 教育工学的観点か らみれ ば,授
業 は,学
習目標 を達成 するために,学
習の諸条件や思考対象 を最 適 に制御 してい く過程である。 そこで,授
業設計 にあたっては,授
業の どこで どのような情報 を提 示 し,ど
のような発問 をし,ど
のような思考や行動 をさせて,ど
のような学習目標 を達成 しようと しているのか を明 らかに しなけれ ばな らない。学校放送番組 は,視
聴対象 を想定 して,単
に情報や 問題 を提示する というのではな く,教
授・ 学習過程 をあ らか じめシステム化 して,学
習目標の達成 へのプロセスを明 らかにした上で制作 されるのである。 そのような意味において,学
校放送 は教授 機能 をもっているといえるのである。3.放
送 学 習 と放 送 利 用 学 習 放送番組 を授業 に導入す る場合 に,放
送教育観や指導方法の相違か ら,「放送学習」と「放送利用 学習」の立場 に分類す ることができる。放送学習 とか,放
送利用学習 とい う用語が,対
照的に使用 され るようになったの は士ヒ較的最近のことであるが,そ
の きっかけをつ くったのは,日召和35年の放 送教育研究会全国大会における西本・ 山下論争であろうと思われる。 この大会のパネル討議で,西
本三十二氏 は「放送学習」の立場 か ら,ま
た,山
下静雄氏 は「放送利用学習」に近 い立場か ら意見が 述べ られている。 山下氏 は このパネル討議で最初の提案者 として,放
送教育 における四つの盲点を指摘 し,そ
の改 善 を提言 しているのである。すなわち,「第一の点 は聞かせ る前の指導であ ります。放送 を聞かせ る ときに,い
ったい何 を聞 けばいいのか,ど
こを見て とらなければならないか,子
どもたちが,聞
き とり,見
て とり,考
えなけれ ばならない点 を明確 につか ませて,問
題意識 をもって放送 を聴視 させ るとい うことです。カメラが対象 をあ りの ままに記録 するの とちがって,対
象の中か ら必要な もの をえらび とって心 に定着 させてい くことに努力す るとい うことです。 これを一応焦点化 と呼んでお きます。第二 の盲点 と思われ るものは,い ま一般 に指導す るときには,聞
かせ る前の指導 はす るが, 聞 きはじめると先生 はだ まってすわっていて,見
おわ り,聞
きおわってか ら指導をするというのが 二般の形態です。そうではな く,見
ること,聞
くことを指導す るのですか ら,視
聴のあいだに,そ
の映像の どうい う意味 をつかみだすか
,何
を捨てて何 を取 ってい くか ということを進行中に指導 し て,見
おわ り,聞
きおわった ときには,大
部分の子 どもがその番組 のね らいに到達 しているところ まで もっていきたい。 この進行中の指導 を同時化 と呼んでお きます。………第二の問題点は,聞
か せたあ と,テ
レビで学習 した効果が,ま
だ経験 しない領域や未学習の領域 に転移 するように,学
習 効果に水 をつけることが必要です。 そのためには放送が提出 した個々の経験 を包摂す る一段上の高 次の概念にまで もっていって,系
統化 してい くことが必要です。………第四の盲点 といわれるもの は,聞
かせたあ との指導で,放
送で学んだ効果 をそれだけの ものに しないで,拡
大化 してい くため に,家
庭学習に結びつけた り,教
科書や読書 と結びつけた りしてい くことです。 これ をか りに拡大 化 と呼んでお きます。つ」と述べ,以
上の焦点化,同
時化,一
般化,拡
大化 に工夫 と改善がなされる な らば,視
聴指導は もっ と洗練 された ものにな り効果 もあがるであろうと提言 したのである。 これ に対 し,次
に引用す る西本氏 の発言は,翌
年の昭和36年の放送教育学会でのパ ネル討議にお けるものである。 このパ ネル討議 は前年の論争に結着 をつけるという意味で,波
多野完治氏の司会 により,山
下氏 と西本氏 の両氏 をメンバー として行なわれたのである。 この対談的性格 をもったパ ネル討議で,最後 に発言 されている西本氏の意見 は次のようである。「山下 さんと私の考え方が近づ いたようであって,ど
うも近づかないような感 じが友るんです。 い まの説明 を聞 くと,や
は り指導 過多であるという印象を受 けます。………私のいっているのは,シ
リーズ番組 を継続視聴 と継続指 導することが,教
室内での放送教育 の原則 とすべ きであるということです。山下 さんの指導法は, シリーズ番組 をバ ラバラに して,一
回ずつテレビ学習を完結 させてい くという原則 に立 っているの ではないで しょうか。 シ リーズ番組 を継続視聴 しておれば,直
前の指導はきわめて簡単でよい。学 習動機 を喚起 する程度 で よい。旺盛 な学習動機 を起すには,長
い問答や解説 はかえって邪魔 になる。 視聴中はもっぱ ら考えなが ら見,見
なが ら考 え,理
解 し,批
判 し,生
活化 させるべ きで,そ
の複雑 微妙な視聴活動の中に教師 は原則 として分 け入 ってはいるべ きではないのです。………次 に直後の 指導 には,あ
る程度時間 をかけて もよい と私 は考えているのですが,そ
れで も必要の最小限度 にと どめるべ きで,そ
うでない と,口
先だけの理解や指導に終 って しまうおそれがあるのです。 その代 り,一
学期間 を通 じ,
また一年間を通 じて,ラ
ジオ・ テレビで視聴 したことを,随
時随所で,各
教 科の学習 と結びつけて,継
続指導す る。 ……地 このように,両
者の放送教育 についての見解 は部分的 にみても異なってお り,放
送教材観の相違 か ら,教
室教師の役割や視聴前・ 視聴中・視聴後の指導観の相違 となってあ らわれている。要す る に,放
送学習の立場 は,放
送 メディアの特性 を重視 し,テ
レビ教師による教材構成 に教授機能を強 く認め,放
送利用学習の立場 は,放
送 メディアの特性 に価値 を認 めなが らも,視
聴覚的教材 として の性格 を重視 し,日常の生活や教室では得 られに くい代理経験 をさせて くれ るところに関心がある。 両方の立場 はかならず しも明確な概念規定がなされているわけではないが,利
用形態 と教師のかか わ り方か ら 'ヒ 較 してみ ると表2のようになる。 この表2からもわかるように,放
送学習の立場 は,そ
れぞれの教科の一連 の放送番組 を継続 して 丸 ごと視聴 してい くことが,教
育効果 を上 げる必要条件 なのである。 これに対 して放送利用学習の 場合 は,通 常のカ リキュラムに融合 させ て,教 授 目標 を実現 してい くための教材や資料 として,個 々 の放送番組 を選択利用 してさしつかえない と考えている。放送学習の立場で,「生」利用が強調 され るのは,放
送の特性である,速
報性,同
時性,簡
便性 を生か し,教
師 も学習者 と同 じ立場で視聴 し, 感動 を共有するところに意義 を強 く認め るか らである。それに対 して,録
画利用 は,放
送 というょ表
2.放
送 学 習 と放 送利用学習 の相対的比較 働 放 送 学 習 放 送 利 用 学 習1.学
校放 送 に学習者 が 自主 的に取 り 組 む2.放
送番組視聴 に よる直接教育作用 を尊重 す る1.授
業 に教師が放送 を利用する2.視
聴覚補助教材 として利用す る1.番
組の シリーズ性,継
続2.丸
ごと,生
(録画利用含 む)1.番
組の個別性,選
択2.分
断(又は丸 ごと),録
画(音)1.放
送 カ リキ ュラム として位置づ け る2.教
科書 カ リキ ュ ラム と両立・ 並行1.教
科書 カ リキ ュラム の資料 として 位置づ け る2.教
科 書 カ リキ ュ ラム と融合1.事
前 指導 で動機 づ け2.事
後 指導 で は視 聴 反応 をふ まえ, 主体 的学習態度 の育成1,事
前指導で視点 を強調2.事
後指導で は放送 内容の概念的知 識の把握1.映
像教育論的 (芸術性)2.認
知理論1.教
育工 学的 (プ ログ ラム学 習)2.刺
激・ 反応 理論 りも視聴覚教材 としての性格 が強 くなるとみ られている。 しか し,時
差克服 のための録画利 用 は認 め られるべ きであるし,カ
セ ッ トビデオコーダーの普及 に ともない録画利用 は増加 し,利
用 方法 も 多様化 してい くであろうと思われるのである。 また,「丸 ごと」利用 は,制
作者の意図を重視 し,作
品の人格性や芸術性 を尊重 する立場 か ら強調 され,「分断」利用 は,VTRの
操作 によ り,学
習者の 特性や能力に応 じた番組 内容 の把握や資料的利用 に適 している。 そして,「継続」利用については, シリーズタイプの番組 に適 してお り,累
積効果が認 められている。 シ リーズタイプで もテーマや内 容が個別的である番組 は,指
導 目標や学習課題 に応 じて「選択」利用 されて もよいのである。 ところで,放
送 による学習 は,放
送番組の内容 を理解 させ ることで終 るのではな く,番
組視聴 で 得た基礎的な学力 をもとに して,自
発的で創造的な学習へ発展 させてい くことが期待 されるのであ る。放送学習の立場で は,放
送学習で身につけた探究心や学習方法 を活用 して,発
展的な学習へ移 行 させ てい く指導観が求められたのである。蛯谷米司氏 は,「学習は,行
動の変容 とその習慣化 によ って完成するものであるので,『放送学習』において も,学
習の成立 には,い
くつかの条件が満たさ れることを必要 とする。すなわち,映
像 によるテレビの学習には,そ
れに即応す る効果のあがる部 面 と,な
お不十分 な面 とが あるので,こ
れ らを意識 した学習指導の場 を,格
別 に用意す る必要があ る。 これを『発展学習』と名づけることにす る。101」 と述べ,発
展学習について次の ように整理 され ている。すなわち,発
展学習の核 になる ものは,通
常の教室学習の経験,放
送学習の経験,日
常生 活の経験 など多様である。発展学習の場 は無限で,放
送視聴の後 とは限 らない。放送学習の,特
に直後 に
,発
展 学習 を設 けるの は,物
理 的理 由か らであ る。放 送視聴直後 の発展学習 は,教
材 の核 を 放 送 教材 に求 め るほ うが学習効 率 を高 め る。放送学 習 も発展学 習 も,学
習者 の発達段 階 に即 して展 開 されな けれ ばな らないが,教
材 として の番組 の構成・ 演 出 にお ける映像 へ の配慮 に著 し く影響 さ れ る。 そ して,発
展 学 習 を充実 させ るた めに,放
送番組 の シ リーズ を継続 して丸 ご と視 聴 させ,新
鮮 な情報 の受容 の機会 を用意 す ることが必要 で あ る とされて い る。したが って,発
展学 習 の理 念 は, 放送学 習 の延長線上 に位置づ け られ るので あ る。 それ で は,放
送 番組 を授業 に導入 し,発
展 的 な学 習 を させ てい く指導方式 を どのよ うに考 えた ら よいで あ ろうか。水越敏行氏 は,放
送 か らの発展学習 について,「発見 や探 究 に よる学 習,つ
ま り問 題解 決型の学習で は,与
え られた情報 や知識 をの りこえての発展が,重
点 目標 とな る。放送学 習で は,な
お さらに発展 学習が必要 なわ けで,15分
や20分,あ
る ま とまった情報が 出 され るが,そ
こか ら どれだ け発展学 習 がで きるか に よって,そ
の番組 の質 が,ま
た それ を使 った教 師 の力量が,問
わ れ るのである。1り 」と述 べ て い る。現実 には,一
単位 時間 内で,テ
レ ビ視聴後 の残 りの時間 を発展学 習 にあて る とい うような発想 が現場 に支配 的 で あ ると指摘 されてい るが,「 ゆ と りの時間 」な どの効 果 的 な活用が期待 され るのであ る。4.指
導 モ デ ル と視 聴 能 力 の 育 成 水越敏行氏 を代表 とするい くつかの研究 グループは,放
送教育 の実証的研究 に取 り組 み,映
像視 聴能力の形成 と評価 に関する研究で成果 をあげている。 その場合に用い られた発展学習の基本的モ デルは,図
1である。 図 1の モデルで,TV視
聴の前に問題意識や期待 をもたすための事前指導に重要な位置づ けが与 えられているが,こ
れ は,放
送番組の内容の説明や視聴の仕方 を規定することではなか ろう。 とく に放送学習の観点か ら,「教師が教授するとい う構 えではな く,児
童の学習の構 えこそ大切 に しなが ら,放
送番組 という素材 を与 えることにより,児
童 自らが問題 を発見 し,そ
の解決への方途 を探究 してい くIOl」 とい う指導観の もとに実践 した成果 も報告 されている。それによると,テ
レビを視聴 さ 図1
発展 学習 の基本 的モデル121 。期待 を持 たす 。問題意識 を持 つ ①印象に残った場面をカードに書く ②カードの内容を確認しあう ③時系列に並べてみる ④関係のあるカードを集める ⑤まとめのカー ドを書 く ⑥やりたいこと,調
べたいことのカードを書 く ●調べたいこと 0やりたい こと 0やれ る こと (具体 的,身
近 な環境 に目をむける) ●野外調査,文献調査, イ ンタ ビュー等せてさえいれば
,ど
ん どん自分の考 えを出 し合 って学習が展開 されてい くというのではな く,問
題 意識 をもった り,感
想 を もった りす る力(視聴能力)をつけるためには,も
っ ともっと段階的なステ ップを考 えて訓練 しなければならない とい うことである。 水越氏 らの研究 グループでは,映
像視聴能力 を評価 するための測定方法を開発 し,い
ろいろと試 みている。一例 をあげれば,視
聴能力 を構成 する要素 として,第
一困子群 を「認知の因子」 とし, 第二因子群 を「イメー ジの因子Jと
しているが,こ
の第二因子群 を測定するために,イ メージ・マッ 図2
イ メージ・ マ ップ プの手法“)が用い られ る。図2のような束J激図形 を児童たちに与 えて,中
心の言葉(この場合 は「砂 丘」)から,連
想語 を次々に書 いてい くことを求め るのである。内側の リンク上の言葉か らの連想 を 外側の リンクに書 いてい くもので,記
入 された語 か ら,イ
メージ流暢性(総連想語数)とイメージ拡 散性(連想の種類),あるいはまた,イ メー ジの統合 性(統合語数 。本目互関連数),イ
メージ再生性(番組 内語の再生率),さ
らに,感
情傾 向(感情語の出現 率)といったインデックスをつ くり,イ メージの量 と質が評価 されるのである。イメージ・ マ ップの 中核 にどんな言葉 をお くかが問題 であるが,放
送 番組の主題 に関係のあるキーワー ドが選択 され る のである。 ある程度視聴能力がついて くると,次
のような 事後指導の方式が考 えられ る。すなわち,理
科番 組 の事後指導の場合であるが,視
聴内容の要点 を 短時間で まとめ,あ
とは,子
どもたちが新 しく発 見 した課題 を発表 し合 いぅ予想 を立 て討論 したあ とに,実
験 した り図鑑で調べた りして課題解決す る方法を試みるという研究報告19がある。これ は,一 単位時間内での仮説実験授業方式 を応用 した指 導のパ ター ンであると思われるが,こ
の場合,仮
説実験授業の授業書 に相当するのが,学
校放送番 組(TV教
材)であると考 えられ,課
題 を発見 させた り,予
想 を立 てさせ るところに発展学習への要 素が含 まれているとみることができる。 要するに,発
展的学習へ導び くためには,ま
ず放送番組 の映像的情報 を概念化 し,あ
るいは,制
作意図や学習課題 を読み とる視聴能力 を学』者 に身 につけさせ る手 だてが必要である。例 えば,す
でに取 り上 げたイメー ジ・ マ ップの手法や,番
組 内容 を構成 している概念の構造図や事項 の関連図 を書かせ る指導 も有効 な手だてである。 さらに,視
聴ノー トの とらせ方 を工夫 し,感
想や質問事項 を考 えさせ ることによって,新たな疑問や問題 を見い出 させてい く。視聴ノー トの指導にあた って, 教師が必ず 目を通 して,で
きるだけコメン トを書 き,学
習者に返却するとい う事後指導 を通 して, 日常 はあ まり行なえない子 どもたちとの対話的要素 をもった個別指導に発展 させている実践例1° もあ る。 また,視
聴後,い
ろいろな資料 を活用 して自由に調べた ことを書 くレポー ト学習の方式 は,視
聴 ノー トの活用 をさらに一歩進めた ものである。 放送教育が,放
送の視聴か ら発展する学習への移行 をね らっている以上,あ
らか じめ情報がセ ッ ト化 されている学校放送番組 は,自
主的 。自発的な学習のための動機づけとな り,あ
るいは学習意欲 を喚起する有効 な学習材料(教材)とな り得 る。つまり
,放
送番組 の多 くは,児
童 。生徒の発達 段 階や興味などを考慮 して,15分
ない し20分間の ミニ授業 として制作 されてお り,学
習者はその授 業 ・ 過程 を観察 しなが ら学習 しているとみなす こともできる。放送による学習への期待は,放
送番組 が 視聴するだけでよ くわか る半 ば完成 された教材であるか どうか ということの他 に,そ
の後の学習 を 発展 させ られるか どうか とい うことにある。教師の指導性 は,放
送番組の内容分析 による課題発 見 の方法を児童・生徒 に学習 させ ることによって,そ
の後 の発展的な学習に導び き,自
主的 。主体 的 な学習態度 を育成 してい く手だてを,ひ
とリー人の児童・生徒 について考 えてい くことで発揮 され るのである。 江 1)「教育原理Jの受講 生 たちが面接 してレポー トした,鳥 取県を中心 とす る130名の教師 についての結果である。2)第
32回放送教育研究会全国大会「研究 の手引 き」,第1号,山口大会総合事務局発行,昭和55年,p.13) ralcoin Fleming,“ Characteristics of Effective FnstructionaI Presentation'',Educational Technology,
V0121,Num 7,July,1981,p34 4)Ibid,p35
5)高
橋勉,『言語 。映像 と教育過程』,「放送教育」,1969年12月号,p25
6)Doris T Gow,``Intrinsic Analysis of lnstrtlctional h/1aterials",Educational TechnO10gy,vo1 20,Num 5, May,1980, pp■1-15