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抽象概念の理解に役立つ物語性について

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Academic year: 2021

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(1)情報処理学会第 78 回全国大会. 6B-06. 抽象的概念の理解に役立つ物語性について (On Narrativity for Understanding Abstract Concepts) 新田義彦(Yoshihiko Nitta) 日本大学経済学部 (Nihon University, College of Economics) 要旨 難解な文学や芸術の理解には、その根底にある物語性を見出 すと有効であることがよく知られている。物語性の概念は容易 に拡張敷衍できるので、社会の活動全般の説明や方向付け・動 機付けにも有用であることも知られている。 本論文では、数学的な命題などの抽象的概念の理解や説明に も、物語性を見出す方法が有効であることをいくつかの具体例 で示してみたい。 Key Words: 自然言語処理,物語性、抽象的概念、言語理解. 1.はじめに さまざまな知的産物の根底には、何らかの「物語」が存在す ると考えられる。意識的にせよ無意識的にせよ、漠とした物語 を想定し、その物語に沿って物語の構成物を組み立て、物語の 筋道をつけるように思考(推論)を進めると、知的産物の理解 が深まることが多い。これは現段階では単なる仮説(私的見 解)に過ぎないが、この仮説の正当性の検証はしばし棚上げに する。 今回は「物語性」の抽出あるいは導出が困難と見なされてき た知的産物、つまり物語性が希薄な知的産物を特に取り上げ、 そこから何とか物語性を導出する努力と努力の結果について報 告する。物語性が希薄な知的産物としては、抽象的概念、特に 数学的概念、俳句に織り込められている諦観、達観、止観など を取り上げる。通常、俳句に潜んでいる諸々の思念や観相は、 抽象的概念とは見なされぬようであるが、諸々の日常的具体性 や通俗性を捨象した結果の蒸留物のような知的産物であるから、 やはり一種の抽象的思念である。そして思念や思考の結果を少 し乱暴に「概念」に昇華することにしよう。 抽象的概念から無理をして「物語性」を引き出す理由は、 勿論、当該の抽象的概念の深い理解と解釈のためである。. 2.物語性とは 「物語性」という概念を定義するためには、まず「物語」と は何かを捉える必要がある。 「物語」の定義を広辞苑 第5版で調べると下記のように記さ れている: ①話し語ること。また、その内容。よもやまばなし。談話。万 葉集(7)「淡海県(おうみあがた)のものがたりせむ」 ②作者の見聞または想像を基礎とし、人物・事件について叙述 した散文の文学作品。狭義には平安時代から室町時代までのも のをいう。大別して伝奇物語・写実物語または歌物語・歴史物 語・説話物語・軍記物語・擬古物語などの種類があり、「日 記」と称するものの中にはこれと区別しにくいものもある。も のがたりぶみ。 ③人形浄瑠璃・歌舞伎の時代物で、主役が思い出・心情などを 語る場面、またその演出。 本論文で扱う「物語」は、ほぼ①と②に対応する。 そして、この「物語」という概念を抽象化したもの、つまり 「物語なるものの性質」を「物語性」と定義することにしよう。 我々は幼児から様々な物語に接触している。物語の形で知識 と経験が脳内に蓄積されていると考えてよいだろう。昔話を読. 2-25. み聞かされて得た知識、歌舞伎や演劇、ドラマを鑑賞して得た 知識などは直截に「物語」の形で脳内に蓄積される。日常生活 の経験(様々な出来事との遭遇)もまた、ある種の物語の形で 脳内に蓄積される([4][5])。 このようにして我々の人生過程において蓄積され続ける「物 語」は、原始のままで蓄積され増量するわけではない。脳の記 憶容量は有限であるから素朴無加工の蓄積は早晩、容量超過を 引き起こす。物語の蓄積は、物語の形質を変化させながら容量 圧縮をして人間の寿命のある限り継続される。形質変化による 容量圧縮が即、物語の抽象化である。抽象化は一般化とは異な るが、共通する側面もある。本論文でいう「抽象的概念」とは、 そのような長年月の人生過程の中で凝縮され純化されてきた思 念、観念、そして概念のことであり、根源的に物語をその源泉 として持っている。 抽象的概念から物語を抽出・導出することは、したがって、 一種の先祖帰りであるとも言える。. 3.物語構造における再帰性 伝統的な物語論(たとえば文献[1][2])においては、物語の 構造を語り手と聞き手、あるいは書き手(作者)と読み手(読 者)というような対置として捉える。対置における多様性や多 義性は、物語の語り手がさらに新しい語り手を創世(定義)す るというような内包性により扱う。しかしこのやり方は、物語 の持つ説得力、物語が人を惹きつける力を説明しようとすると きにはあまり役には立たない。語り手と聞き手関係あるいは書 き手と読み手関係の内包性や階層性に注目することは、物語構 造を静的に分析する立場に軸足を置くことになるからであろう。 本論文では、これらのしばしば曖昧な内包性や階層性といっ た静的な構造分析は放棄する。物語においては、書き手と読み 手、あるいは語り手と聞き手が、相互に再帰的(recursive) あるいは再生成的(regenerating)に関係し合うと考える。つ まり、物語の生成過程と解釈過程、創作過程と鑑賞過程、(さ らに言えば生産過程と消費過程[3])の相互交渉において、語 りと聞き、書くこと(生産)と読むこと(消費)がダイナミッ クに切り替わると考える。 どのみち物語の最外部には、物語の製作者(語り手)と消費 者(聞き手)が存在し、情報(影響力)は、前者から後者に向 かうという方向性は不変である。ひとたび物語の内部に入れば、 つまり物語空間という仮想現実の領域に入れば、語り手と聞き 手の切り替えが再帰的に行われると考えるのである。 こ の よ う な 動 的 な 再 帰 構 造 の 中 に は 、 Q A ( QuestionAnswer)問い掛けと応え返し、謎掛けと謎解き、という関係が 入りやすい。発問と応答の反復が、一種の物語を導出し難解な 「抽象的概念」の理解(謎解き・解釈)を導く要諦であると主 張したい。以下の部分でこの主張を支持する例証を探求してみ ることにしよう。 もう1つだけ古典的物語理論[1]における、重要概念、物語 内容(histoire)と物語言説(re/cit)について触れておく。 物語内容とは、語りをする(narrate する)内容、つまり話の 内容である。物語言説は、語られた(narrate された)もの、 つまり話された結果のものである。 物語内容は、物語そのものであるが、この物語そのものは静 的に鎮座しているのではなく語る(narrate する)という行動. Copyright 2016 Information Processing Society of Japan. All Rights Reserved..

(2) 情報処理学会第 78 回全国大会. を起こすべく待機しているとみなすべきである。(註:私見あ るいは謬見ではあるが、“物語内容”という既に定着した学術 訳語が適切であるのか否か少しく不安である) 物語言説の具体例は語りにより製作されたテキストである。 テキストは創作されたシナリオ、映画作品(フィルムの形式) のように拡張解釈してよい。 ソシュールの言語理論においては、シニフェ(signifyer 記 号を使って書き記すこと 表記すること)とシニフェ (signified 記号により記されたもの 表記の結果)を、対置 させ弁別的に定義している。物語内容と物語言説の対置は、シ ニフェとシニファの対置と同型関係にあると言ってよい。 少し前に論述した、語りと聞きの再帰的関係は、古典的物語 論における「物語内容」と「物語言説」の相対的関係と共通す るところもある。 古典的物語理論[1][2]では、さらに、下記の項目を詳細に分 析しているが、本論文の扱う問題とは直接に関係しないのでこ れ以上は言及しないことにする。 ・ 時 間 的 順 序 関 係 : 先 説 ( Event を 前 も っ て 語 る ) と 後 説 (Event を起きた後で語る) ・時間的持続関係:休止、情景、要約、省略、など ・叙法:物語内容の再現の方法や様態 ・言説おける距離:再現(直接話法による会話)、転記(間接 話法)、さらなる物語化(語り手が地文を提示) ・背景(パースペクティブ)と焦点(フォーカス):自然言語 処理分野では観点あるいは視点という。 ・態(voice):語り手(narrator)と物語内容の関係、ある いは語り手と物語言説の関係. 4.俳句に込められた諦観と止観 註:諦観は“たいかん”と読む。 1)寒鯉を見て雲水の去りゆけり 森 澄雄 ――求道する我(雲水)の境地に、すでに寒鯉が到達している のかもしれない。謙虚な諦観。 2)いくたび病みいくたび癒えき実千両 石田波郷 ――千両の赤い実を見て病める作者は何を感じたのか。 3)密会の窓より高し梅雨の駅. 眞鍋呉夫 ――駅舎の高さが気になる我の心は、道ならぬ煩悩に苛まれる。 諦観からは遠い。 4)死ぬときは箸を置くやうに草の花 小川軽舟 ――箸を置くように死にたいと願う作者にとって、無名の草の 花は手本。死生観。 5)棺一基四顧茫々と霞みけり 大道寺将司 6)鬼を呑む夕べ哀しき曼珠沙華 同上 7)縮みゆく残(のこん)の月の明日知らず 同上 ――風雅、超然、余裕などの特質をもつ、一般の古典的俳句の 諦観とは隔絶されている。極北に位置する荒涼の美意識という べきか。根底には深い闇のような死生の諦念がある。 8)梅が香や殊に月夜のおもしろし 加賀千代女 9)我が我を置き忘れたる暑さかな 同上 10)木枯らしやすぐに落ち着く水の月 同上 ――四季折々の生活感情が、素直に物語りされている。これも 一つの簡素清潔な人生観(諦観)であろう。 11)隣人と闇のつづける若井くむ 本多静江 ――清楚な生活感情が、素直に物語りされている。元日の早朝 未明の若水に淑気がこもる。これは一つの理想的な日本的人生 観(諦観)であろう。 12)貝寄風(かいよせ)に乗りて帰郷の船速し 中村草田男 ――春風に乗る軽舟、帰郷の喜び、はやる心。若さと希望、喜 びの人生観。これも諦観の一側面。. 2-26. 5.数学的抽象概念に潜む物語性 1)確率論と博打による破産 2)食品の量の過大表示と統計的検定 3)ε-δ論法による連続性や微分の定義と「曲線の滑らかさ」 に関する直覚(実感) 4)圏論における極限、余極限概念とその直覚的理解 5) 圏論における自然変換と「翻訳」の関係 6)距離空間の定義と、生活感覚における距離 7)集合の濃度、順序数と、日常感覚における数の大小 8)暗号と復号、解読、公開鍵暗号 など。導出されるべき物語性の記述は省略した。. 6. おわりに 人々が文化的産物を解釈する際には、意識的にせよ無意識的 にせよ、何らかの物語性を根底において推論や思考を前進させ ていると考えてよい場合が多い。 本報告では、物語性が薄い、つまり物語の抽出が難しいと考 えられる「抽象的概念」を取り上げ、そこから物語性を導出す る意義と工夫について述べた。 抽象的概念の例題としては、数学的概念と共に日本の古典的 文芸である俳句を取り上げた。俳句と抽象的概念とは、一見無 関係、水と油の関係に見えるかもしれない。諸々の日常通俗的 陳述描写を、濾過して蒸留・凝縮した文芸的産物(つまり物語 の越幾斯)が俳句である、と考えるならば、「俳句」は「抽象 的概念」そのものである。このように考えて、俳句を考察対象 に加えた。 次の課題は、様々な抽象的概念を、その内在物語の特性によ り分類して、諦観と止観の深奥に接近することである。この接 近により物語論の新局面が開けるかもしれないと密かに期待し ている。. 参考文献 [1] ジャン=ミシェル・アダン(著)末松壽,佐藤正年(訳), 『物語論――プロップからエーコまで』,文庫クセジュ 873, 白水社(2004) [2]Genette, G., Discourse du re/ceipt, essai de me /thode, Figures Ⅲ . Paris: Seuil. ( ジェラ^ル・ジュネット (著)花輪光,和泉凉一 訳,『物語のディスクール: 方法論の試み』,水声社(1985) ) [3] 小方孝、金井明人,『物語論の情報学説――物語生成の思 想と技術を巡って』、学文社(2010-10) [4] 新田義彦, 「物語と非物語の差異に関する雑感」, 人工知 能学会・第 49 回ことば工学研究会資料, 於 岩手県盛岡 市プラザおでって(2015-9-26)pp.65-74 [5] 新田義彦, 「非物語から物語を引き出すこと」, 人工知能 学会・第 50 回ことば工学研究会資料, 於 千葉大学・人 文社会学系総合研究棟(2015-9-26)pp.117-123 [6] 新田義彦, 「謎解きによる物語性の抽出について」, 電子 情 報 通 信 学 会 ・ 総 合 大 会 於 九 州 大 学 ・ 予 稿 集 、 D-5 (2016-3-15~19). Copyright 2016 Information Processing Society of Japan. All Rights Reserved..

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