• 検索結果がありません。

光による情動行動の調整に関わる研究の展望

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "光による情動行動の調整に関わる研究の展望"

Copied!
4
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

― 35 ―

日本生理人類学会誌 Vol.26,  No.2  2021,  5 35 - 38

【トピックス】

光による情動行動の調整に関わる研究の展望

高雄 元晴

*1

・Martina Meliana

*2

PHOTOBIOMODULATION FOR EMOTIONAL BEHAVIOR Motoharu TAKAO, Martina MELIANA

キーワード: 光感受性網膜神経節細胞,青色光,網膜,情動,周産期

Key words: intrinsically photosensitive retinal ganglion cell, retina, blue light, emotion, perinatal period

1. 内因性光感受性網膜神経節細胞の発見

 視交叉上核(suprachiasmatic nucleus)は哺乳動物 の脳において最も主要な概日リズム中枢であることは 長年にわたって知られてきた。しかしながら視交叉上 核から発振される概日リズムを同調させる光が網膜の 中でどのように受容され、かつ視神経を通じてどの細 胞が情報伝達を担っているのか 20 世紀中に解明する ことができなかった。筆者はこの問題に 90 年代後半 から取り組み1)、2000 年に米国ブラウン大学に留学 した際に、指導教員であった David Berson 准教授(当 時)や King-Wai Yau 教授(米国ジョンズホプキンス 大学)らとともにラット網膜において内因性光感受性 網膜神経節細胞(intrinsically photosensitive retinal ganglion cell: ipRGC)を発見した。この細胞はメラ ノプシン(melanopsin)という視物質を含有し、光 電変換(phototransduction)すなわち光エネルギー から電気エネルギーへの変換を行うとともに視神経を 通じて視交叉上核の神経細胞を支配して概日リズムの 同調に関与し、さらに視蓋前域オリーブ核(pretectal olivary nucleus)において光瞳孔反射に関わっている ことがわかった2)-4)。その後、別のグループによる研 究で ipRGC はヒトやサルなどの他の哺乳動物にも存 在し、いずれも概日リズムの光同調や光瞳孔反射に関 わっていることが明らかになっている5)。ラットやマ ウスを含む齧歯類からサルやヒトといった霊長類に至 るまで ipRGC の分光波長感度特性は似通っており、 青色に相当する 480 nm 前後の波長の光に最も高い感 度を有している2), 6), 7)

2

.

ipRGCの網膜内神経回路とその他の中枢投射

 詳細な組織学的研究から ipRGC は網膜において双 極細胞やアマクリン細胞を通じて古典的視細胞すなわ ち錐体(cone)および杆体(rod)からの情報入力が 存在し、内因性の光反応はある程度修飾を受けている ことがわかっている6)。また水平細胞を介したネット

ワーク明順応(network light adaptation)も行われ ていることが明らかになっている8)。このように網膜 内における ipRGC の実際の光反応特性は相当程度複 雑かつ現在進行的に研究されているものであり、完全 に理解するのは時間を待たないといけない。  ipRGC の中枢投射に関してもその後の研究で複雑 であることがわかってきた。当初は概日リズムの光同 調 に 関 わ る 視 交 叉 上 核、 外 側 膝 状 体 層 間 核 (intergeniculate leaflet) お よ び 外 側 膝 状 体 腹 側 核 (ventral lateral geniculate nucleus)、光瞳孔反射に 関わる視蓋前域オリーブ核への投射がマウスにおいて 確認されていたが6)、その後の詳細な組織学的解析に

よって予想されていたよりも多くの神経核にも投射し ていることがわかってきた9)。具体的には、イメージ

形成視覚(image forming vision)に関わる外側膝状 体背側核(lateral geniculate nucleus)、齧歯類におい て 最 も 主 要 な 視 覚 神 経 核 で あ る 上 丘(superior colliculus)、内分泌に関わる視索上核周囲領域(peri-supraoptic nucleus) や 室 傍 核 上 部 領 域 (subparaventricular zone)、痛覚・自律神経調節・呼 吸・排尿・睡眠・性行動そして情動といった幅広い神 経機能に関わる中脳水道周囲灰白質(periaqueductal *1東海大学情報理工学部情報科学科

Department of Human and Information Science, Tokai University

*2東海大学情報理工学部情報科学科・富士通(株)

Department of Human and Information Science, Tokai University & Fujitsu Limited

(2)

― 36 ― 日本生理人類学会誌 gray)、 睡 眠 や 情 動 に 関 わ る 外 側 手 綱 核(lateral habenular)、 情 動 に 関 わ る 内 側 扁 桃 体(medial amygdala)が挙げられる。ここで注目すべきは、情 動(emotion)に関わる主要な神経核が複数含まれて いることである。これはとりもなおさず ipRGC から 伝 達 さ れ る 光 情 報 に よ っ て 情 動 行 動(emotional behavior)が調節される可能性を示唆している。

3. 光による情動行動の調節(季節性気分障害)

 光による情動行動の調節に関する研究は、動物のみ ならずヒトでも盛んに行われてきたものの決して明確 な結果が得られたものが多いとは言えないのが現状で ある。光による気分を含む情動行動の変化について最 も直接的に感じられるのは、シフトワークやジェット ラグである。また日照時間の短い地域で見られやすい うつの一種である季節性気分障害(seasonal affective disorder)もこの一つに含まれるといえる。シフトワー クやジェットラグは外界の一日のリズムの急な変化に 体内の概日リズムの同調が間に合わなくなる結果、不 快感やいらいら感を感じたり、認知機能の低下、下痢 や便秘といった症状も引き起こすことがある5)。動物 実験ではあるが、慢性的なシフトワークやジェットラ グの状態においた高齢マウスの死亡率は通常の生活を 送った高齢マウスより高くなるという報告もある10)  季節性気分障害に ipRGC が関わっている可能性が あるとする研究結果も得られている。Roecklein ら11) は季節性感情障害の患者において光刺激を消灯したあ と瞳孔が散大する過程を指す光刺激後瞳孔反応(post-illumination pupil response)が正常コントロールに 比べて減弱していることを報告している。一方で季節 性感情障害でない大うつ病性障害(major depressive disorder)の患者ではこのような減弱は見られないと いう報告もある12)。光刺激後瞳孔反応は ipRGC の光 受容過程を反映していることが報告13)されているこ とから、季節性感情障害に何らかの ipRGC の反応性 の低下が原因となっていることが示唆される。  ところで、メラノプシン遺伝子には P10L と 1394T というミスセンスバリアントがあり、そのうち TT 型 の P10L(rs2675703)を持った人は持たない人に比べ て 5.6 倍、季節性感情障害の罹患率が高いという報告 がある14)。しかしながらこれらの遺伝子多型がどの ように季節性感情障害患者における ipRGC の光反応 性の低下に関わっているのかわかっていない。季節性 感情障害の病態生理学的理解のためにも今後の研究が 待たれる。

4. 光による情動行動の調節

(セロトニン神経系との関わり)

 縫線核(raphe)は、ipRGC から直接入力のある外 側手綱核から視覚性の調整を受けるとともにセロトニ ン作動性神経細胞の遠心性の出力を脳全体に送ってい る15)。セロトニン受容体を有する神経細胞が関わる 生理学的機能は、神経核により体温調節・摂食・睡眠・ 痛覚・性行動・学習等様々である16)。また情動にも 関わっており、セロトニン作動性神経細胞の障害は不 安行動を低下させることが動物実験により確認されて いる16)。さらに ipRGC の投射先の一つである中脳水 道周囲灰白質においてセロトニンが攻撃性の調節に関 わっていることがわかっている17)。ヒトにおいても セロトニントランスポーターの遺伝子多型が不安性格 特性と関わっているとともに、特定の遺伝子型を持つ 人はうつの発症リスクが高いことが知られている18) 実際、セロトニンの受容体は抗うつ薬や抗不安薬の最 も主要なターゲットである。

5. 周産期における光による情動特性の刻印づけ

 周産期に暴露される光によって、長期にわたって情 動特性が影響を受けることが動物実験で報告されてい る19)。具体的には周産期に光暴露時間が短い方が長 い方より成体期においてより高いうつ傾向と不安傾向 を示すが、これは ipRGC を介して周産期に視交叉上 核および縫線核の活動性が光の暴露時間に応じてある 程度刻印づけ(imprinting)がなされることが原因で あると考えられる。実際、マウスおよびヒトの網膜に おいてメラノプシンが他の視物質の遺伝子より発生の 早期に発現していることからもこの仮説は支持され る。  ヒトにおいて同種の研究はまだないが、周産期に暴 露される光によって成人後の概日リズムの型(朝型・ 夜型)が決定されることが白人において報告されてい る20)。すなわち日照時間の短い冬季に生まれると朝 型に、日照時間の長い夏季に生まれると夜型になりや すい。同じ結果は動物実験でも認められている。なお アジア人においてこのような傾向が認められていな い。概日リズムの型と性格行動特性および情動特性に は強い関係があることが多くの研究を通じて報告され ている21)。この事実から考えても、ヒトにおいても 周産期に暴露される光が情動特性に長期にわたって影 響を及ぼす可能性が十分ありうると考えられる。

(3)

― 37 ― 高雄 元晴 他:光による情動行動の調整に関わる研究の展望

6. 総括

 ipRGC は当初予想されたものよりはるかに多くの 脳機能に関わっていることがわかってきた。特に情動 の異常な変動はうつや不安などの精神疾患との関連も 深く、現代のストレス社会そして人工照明環境で長時 間過ごすことを余儀なくされる現代人にとって解決す べき喫緊の課題となっている。動物実験において、 ipRGC を介した照明環境と情動行動との関係および その神経科学的メカニズムがようやくわかりつつある 一方で22)、動物実験に匹敵するぐらい組織的で詳細 な研究はヒトにおいていまだなされているとは言い難 い。ヒトを対象とした研究を行うには実験動物に比べ 制約がはるかに大きいという難点はある。しかしなが ら早急な結論は得られなくても、精神疾患患者を対象 とした臨床研究、公衆衛生学的な調査研究、心理生理 学的な実験研究を積み重ね、ヒトが心穏やかにすごし、 精神的に健康に働き居住できる照明環境条件について 明らかにする必要がある。そのためにも動物実験によ る研究を先行して行い、そこで得られた知見をもとに ヒトを対象とした研究を進めていくのが最良であると 考えられる。そして最終的には、企業に新しい技術の 種を提供し、心と身体に優しい照明を実現するような 照明機器や環境の実現につながるトランスレーショナ ルな研究が将来望まれる。

《謝  辞》

  本 論 文 の 作 成 に あ た り 科 研 費・ 基 盤 研 究 C (19K06876)および基盤研究 B(20H03335)の補助を 受けた。

《利益相反》

 本論文に関して、開示すべき利益相反はない。

《引用文献》

1)Takao M, Morigiwa K, Sasaki H, Miyoshi T, Shima T, Nakanishi S, Nagai K, Fukuda Y. Impaired behavioral suppression by light in metabotropic glutamate receptor subtype 6-deficient mice. Neuroscience, 97: 779-787, 2000 2 ) B e r s o n D M , D u n n , F A , T a k a o M .

Phototransduction by retinal ganglion cells that set the circadian clock. Science, 295: 1070–1073, 2002

3)Hattar S, Liao HW, TakaoM, Berson DM, Yau

KW. Melanopsin-containing retinal ganglion cells: architecture, projections, and intrinsic photosensitivity. Science, 295: 1065–1070, 2002 4)Lucas RJ, Hattar S, Takao M, Berson DM,

Foster RG, Yau KW. Diminished pupillary light reflex at high irradiances in melanopsin-knockout mice. Science, 299: 245-247, 2003 5)Lazzerini OL, Prusky G, Hattar S. Mood, the

circadian system, and melanopsin retinal ganglion cells. Annu Rev Neurosci, 40: 539-556, 2017

6)Do MTH, Melanopsin and the intrinsically photosensitive retinal ganglion cells: biophysics to behavioral. Neuron, 104: 205-226, 2019

7)Takao M, Fukuda Y, Morita T. A novel intrinsic electroretinogram response in isolated mouse retina. Neuroscience, 357: 363-371, 2017

8)Viney TJ, Balint K, Hillier D, Siegert S, Boldogkoi Z, Enquist LW, Meister M, Cepko CL, Roska B. Local retinal circuits of melanopsin-containing ganglion cells identified by transsynaptic viral tracing. Curr Biol 17: 981-988, 2007

9)Hattar S, Kumar M, Park A, Tong P, Tung J, Yau KW, Berson DM. Central projections of melanopsin-expressing retinal ganglion cells in the mouse. J Comp Neurol, 497: 326-349, 2006 10)Davidson AK, Sellix MT, Daniel J, Yamazaki S,

Menaker M, Block GD. Chronic jet-lag increasesmortality in aged mice. Curr Biol, 16: 914–916, 2006

11)Roecklein KA, Wong PM, Miller MA, Donofry SD, Kamarck ML, Brainard GC. Melanopsin, photosensitive ganglion cells, and seasonal affective disorder. Neurosci Biobehav Rev, 37: 229–239, 2013

12)Feigl B, Ojha G, Hides L, Zele AJ. Melanopsin-driven pupil response and light exposure in non-seasonal major depressive disorder. Front Neurol, 9:1-5, 2018

13)Gamlin PD, McDougal DH, Pokorny J, Smith VC, King WY, Dacey DM. Human and macaque pupil responses driven by melanopsin-containing retinal ganglion cells. Vision Res, 47: 946–954, 2007

14)Roecklein KA, Rohan KJ, Duncan WC, Rollag MD, Rosenthal NE, Lipsky RH, Provencio I. A missense variant (P10L)of the melanopsin (Opn4)

(4)

― 38 ― 日本生理人類学会誌 gene is associated with Seasonal Affective

Disorder. J Affect Disord, 114: 279-285, 2009 15)Hay-Schmidt A, Vrang N, Larsen PJ, Mikkelsen

JD. Projections from the raphe nuclei to the suprachiasmatic nucleus of the rat. J Chem Neuroanat, 25: 293–310, 2003

16)Olivier B. Serotonin and aggression. Ann NY Acad Sci, 1036: 382-392, 2004

17)Zelena D, Menant O, Andersson F, Chaillou E. Periaqueductal gray and emotions: the complexity of the problem and the light at the end of the tunnel, the magnetic resonance imaging. Endocr Regul, 52: 222-238, 2018

18)Su S, Zhao J, Bremner JD, Miller AH, Tang W, Bouzyk M, Snieder H, Novik O, Afzal N, Goldberg J, Vaccarino V. Serotonin transporter gene, depressive symptoms, and interleukin-6. Circ Cardiovasc Genet, 2: 614-620, 2009

19)Green NH, Jackson CR, Iwamoto H, Tackenberg MC, McMahon DG. Photoperiod programs dorsal raphe serotonergic neurons and affective behaviors. Curr Biol, 25: 1389–1394, 2015

20)Takao M, Kurachi T, Kato H. Photoperiod at birth does not modulate the diurnal preference in asian population. Chronobiol Int, 26: 1470-1477, 2009

21)Takao M, Ishihara N, Mori T. Morning-evening type and stress-related personality in Japanese college students. Percept Mot Skills, 104: 687-690, 2007

22)LeGates TA, Altimus CM, Wang H, Lee HK, Yang S, Zhao H, Kirkwood A, Weber ET, Hattar S. Aberrant light directly impairs mood and learning through melanopsin-expressing neu-rons. Nature, 491: 594-598, 2012

《連 絡 先》

高雄 元晴 〒257-0018 平塚市北金目 4-1-1 東海大学情報理工 学部情報科学科 E-mail:[email protected] (2021 年 4 月 10 日受付,2021 年 4 月 21 日採用決定,討論受付期限 2022 年 5 月末日)

参照

関連したドキュメント

Seiichi TAKANASHI, Hajime ISHIDA, Chikayoshi YATOMI, Masaaki HAMADA and Shuichi KIRIHATA In this study, experiment and numerical analysis were explored for column in regular waves,

私たちの行動には 5W1H

方法 理論的妥当性および先行研究の結果に基づいて,日常生活動作を構成する7動作領域より

担い手に農地を集積するための土地利用調整に関する話し合いや農家の意

浸透圧調節系は抗利尿ホルモンが水分の出納により血

6 Baker, CC and McCafferty, DB (2005) “Accident database review of human element concerns: What do the results mean for classification?” Proc. Michael Barnett, et al.,

船舶の航行に伴う生物の越境移動による海洋環境への影響を抑制するための国際的規則に関して

Schmitz, ‘Zur Kapitulariengesetzgebung Ludwigs des Frommen’, Deutsches Archiv für Erforschung des Mittelalters 42, 1986, pp. Die Rezeption der Kapitularien in den Libri